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  • date:2020.9.17
  • author:谷脇栗太

路上から社会が見えてくる。関西大学の永井良和先生に聞く、考現学と「街歩き」のススメ

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今回お話を伺った研究者

永井 良和

関西大学 社会学部 教授

1960年、兵庫県生まれ。専攻は都市社会学・大衆文化史、風俗研究。研究テーマは日本社会における大衆文化の変容、風俗統制の社会史、娯楽空間の変容など。『定本 風俗営業取締り』(河出書房新社)、『南海ホークスがあったころ 野球ファンとパ・リーグの文化史』(共著、河出書房新社)、『スパイ・爆撃・監視カメラ 人が人を信じないということ』(河出書房新社)など著書多数。

考古学と聞けば、インディ・ジョーンズのような太古のロマンあふれるイメージに胸踊る人も多いだろう。それでは、「考現学」ということばがあるのはご存知だろうか?

 

「古い時代を考える学問」が考古学なら、考現学は「現在を考える学問」ということになる。なんでも、遺跡の発掘や古代文字の解読のかわりに、現在の街に繰り出して風景や文化からさまざまなものを読み取る学問らしい。

 

都市社会学・大衆文化史がご専門の永井良和先生(関西大学社会学部教授)によれば、日常に考現学の視点を取り入れると、街を歩くだけでもいろいろなことを発見できてしまうという。それってすごく楽しそうではないか。

 

ということで、いつも見ている街の景色がちょっとしたアドベンチャーになるかもしれない「考現学」の視点の持ちかたと、永井先生が25年以上にわたってゼミで続けてこられた「街歩き」についてお話を伺った。

変化する現代をとらえる「考現学」 

amazonで「考現学」と名のつく本を調べてみると、『お風呂考現学』、『トイレ考現学』、『地下鉄考現学』、『居酒屋ほろ酔い考現学』といったタイトルが目に入る。街中のさまざまなものが「現在を考える学問」を着込んで気取っているようにも、ちょっと気のいい「考現学さん」が街に繰り出して、興味の赴くままにあちこちに首を突っ込んでいるようにも見えるけど、その輪郭は判然としない。

 

それでは永井先生、考現学とはどんな学問なんでしょうか?

 

「考現学はアカデミックな学問というよりも、在野の研究者の間で実践されてきた『民間学』です。

 

現在までいろいろな人がそれぞれに実践されてきたので、はっきりと定義できるものでもないのですが……考古学者が遺跡から掘り出されたものから当時の生活を想像するのに対して、考現学は現在の日常生活で目にするものを起点に社会について考えます。街に出て、身の回りの対象に目を向け、記録し、そこにどんな背景があるのか考えを巡らせる。そういった現実との向き合い方こそが考現学のポイントだと思います」

 

考古学ならば地道な発掘作業が大きな発見につながるのだと思いますが、考現学では街に出て風景を見たり、写真に撮ったりするだけで何か発見があるのでしょうか?

 

「たとえばインスタ映えするからといって写真に撮るだけでは不十分で、少し前と比べて今はどう変化しているか、という比較の視点が大切ですね。

 

そもそも、考現学という言葉を生み出したのは、昭和初期に日常生活のなかの衣食住を研究していた今和次郎(こん わじろう)という人物です。考現学の原点は、関東大震災の破壊し尽くされた東京で、次々と建てられていたバラック(仮設建築)をスケッチしたことでした。また、彼の有名な研究に『銀座街風俗』というものがあります。この研究で彼は、銀座の街頭を歩いている人の服装や髪型を分類してその数を記録し、イラストでも残しました。

1925年、今和次郎は銀座の街を行き交う人々の服装や髪型を記録した。ファッションが和装から洋装に移り変わる途上にあったことがわかる(「東京銀座風俗記録 統計図索引」工学院大学図書館所蔵)

1925年、今和次郎は銀座の街を行き交う人々の服装や髪型を記録に残した。ファッションが和装から洋装に移り変わる途上にあったことがわかる(「東京銀座風俗記録 統計図索引」工学院大学図書館所蔵)

 

今和次郎はなぜそんなことをしたのでしょうか? それは、彼がそうした光景に時代が変化する気配を感じ取ったからでしょう。災害の後に街が生まれ変わろうとする様子、人々の服装が和装から洋装へ変わってゆく様子、そうした社会の大きな変化を路上に見出したことが、彼が後に考現学と名付ける活動を始めた動機だったわけです」

 

なるほど、街の変化を感じ取ることが考現学の第一歩ということですね。ちなみに、今和次郎が始めた考現学は、その後どんなふうに展開していったのでしょうか?

 

「今和次郎のフィールドワーク的な研究手法や身近な対象に目を向ける視点は、研究者や文化人の間でゆっくりと根付いていきました。考現学の流れを汲んだものとして有名なのは、第2次世界大戦後のことになりますが、1970年代から80年代に美術家で作家の赤瀬川原平氏や建築家の藤森照信氏らが主導した路上観察の活動ですね。街中に残された遺物を『超芸術トマソン』と名付けて観察する活動をご存知の方も多いでしょう。私も当時注目していて、路上観察学会関係の書籍はすべて読みました。ただ、路上観察学は発見者のセンスが重視されるような、芸術に軸足を置いたアプローチなんですね。私自身はというと、1976年に発足した現代風俗研究会という民間の研究会に長く参加しています。街に出て都市風俗を研究するという点で考現学の流れに位置づけることができますが、こちらはどちらかというと歴史学的なアプローチを重視しているといえます。そんなふうにいろいろな人や団体が考現学的な視点を取り入れて独自の活動を展開してきたので、どれが考現学だ、と線引きするのが難しいんです。

美術家の赤瀬川原平らは、建築物などの不動産に付随し、意味や用途を超越した遺構や痕跡を「超芸術トマソン」と名付けて収集・類型化した。こちらは取り壊された建物の痕跡が隣の建物の外壁に影のように残っているもの

美術家で作家の赤瀬川原平らは、建築物などの不動産に付随し、意味や用途を超越した遺構や痕跡を「超芸術トマソン」と名付けて収集・類型化した。こちらは取り壊された建物の痕跡が隣の建物の外壁に影のように残っているもの

 

トマソンをはじめとする路上観察には今も根強い愛好者がいますが、「考現学」ということば自体はあまり耳にする機会がありません。

 

「最近はむしろ、わざわざ考現学を標榜しなくても考現学的なアプローチが当たり前になってきたと言えるのではないでしょうか。大学における学びでも、哲学書や外国語の文献を読み漁るような従来の王道的な学問だけでなく、私たちの生きる現代社会の身近な問題を対象にする研究が増えてきましたよね。大学全体が社会連携に力を入れて積極的に社会との接点を広げていこうという流れもあります。身の回りの細部に目を向けて面白がるということが特別なことではなくなってきたわけです」

 

言われてみれば、テレビなどでも日常の中のちょっとヘンなものに改めて面白みを見出すというような番組は人気です。考現学的な視点は私たちの中にしっかり浸透しているのかもしれませんね。

街の風景と個人の経験が重なったところに研究が生まれる

ところで永井先生は都市社会学・大衆文化史が専攻ということですが、これまで扱ってこられたテーマは社交ダンス、探偵、プロ野球とじつに多種多様ですね。こうした研究テーマには考現学的な視点が関係しているのでしょうか?

 

「どのテーマも私自身が街で出会った実体験がきっかけになっているという意味では、考現学的な眼が働いているといえるかもしれません。私のアプローチは歴史研究が主体なので、目の前にあるものをつぶさに観察してスケッチするような今和次郎の考現学とは少し違いますが……。

 

プロ野球をとりまく文化に関する研究(『南海ホークスがあったころ 野球ファンとパ・リーグの文化史』橋爪紳也氏と共著 2003年 紀伊国屋書店、2010年に河出書房新社より文庫化)をまとめたのは、ファンだった南海ホークスが福岡ダイエーホークスに転身し、本拠地・大阪球場がなくなっていくのを目の当たりにしたことがきっかけでした。大阪球場は野球場としての役目を終えた後、一時期はグラウンドの中に住宅展示場ができてヘンな景観が生まれ、最終的に完全に取り壊され、現在はなんばパークスという商業施設になっています。その過程を目にしていたので、なんばパークスのあたりの景観を見ていると大阪球場がダブって見えるんです。

017f絵葉書(大阪球場)

南海ホークスの本拠地であった大阪球場(大阪スタジアム)と、その跡地にできたなんばパークス

南海ホークスの本拠地であった大阪球場(正式名称は大阪スタヂアム)と、その跡地にできたなんばパークスを望む景観

 

そんなふうに自分が体験した原風景といま目の前にある現在の風景が重なりあった時に、『これは研究の素材になるんじゃないか』と考えてしまうんです。ゼミの学生たちと一緒に歩いているときにそんな風景に出会って立ち止まると、『先生また私たちに見えへんもん見てはる』と呆れられますね(笑)」

 

個人的な体験を社会の中に位置付けて考えてみると、研究すべきテーマが見えてくるわけですね。風景がそのきっかけになるのも面白いです。

永井ゼミ流、街歩きのススメ

さて、それではここからは考現学的な視点の実践編として、永井ゼミの「街歩き」についてお聞きしたいと思います。1994年から「街歩き」を続けているそうですが、どんな活動なんですか?

 

「だいたい2カ月に1回ぐらい、時間と場所だけを決めてゼミ生たちと無目的に街を歩いて、見つけたものを各自で写真に撮ったりメモしたりしています。何かおもしろいものが見つかる場合もあれば、空振りの場合もある。街歩きは授業の一環でもなんでもなくて、参加するかどうかは学生の自由です。最近はコロナで中断してしまっていますが……」

2017年1月の街歩きの様子。「細かいことを決めず、なりゆきまかせだからこそ25年以上も続けてこられました」とのこと

2017年1月の街歩きの様子。「細かいことを決めず、なりゆきまかせだからこそ25年以上も続けてこられました」とのこと

 

そう聞くとかなりユルくて楽しそうですが、街歩きで見つけたものが卒論のテーマにつながったりはしないんでしょうか?

 

「みんなで探せば何かが見つかるというものでもなくて、街を歩いていろいろ目にした経験が下地になり、個人の体験として蓄積されてゆきます。そして自分一人で歩き出したときに何かを見つけるわけです。だから、街歩き自体はほとんど無駄。無駄に歩いて、喋って、お酒を飲んで、それでいいんです。

 

さらに言えば、卒論のテーマにつながらなくても、街歩き続けているうちにそれがその人のライフスタイルになる。就職して、結婚して、子育てを始めても、考現学的な目は衰えません。道端にいろいろなものを見つけてしまうんですよ。5年に一度、OB・OGを招いて永井ゼミの大同窓会というのを行うのですが、それは5年の間に各自が見つけた面白い写真を持ってきて報告し合うという会なんです。もう中年になった元ゼミ生の報告などを聞くと、街歩きがそれぞれの人生にしっかり根付いていることがわかって嬉しくなります」

街歩きや調査活動に必須のフィールドノート。永井先生の長年にわたる調査記録がびっしり書き込まれている

街歩きや調査活動に必須のフィールドノート。永井先生の長年にわたる調査記録がびっしり書き込まれている

考現学的街歩き、3つのコツ

日常が新しい発見に満ちていると人生が豊かになりそうですね。私もさっそく街歩きを実践してみたくなってきました! ということで、考現学的な目を育てる街歩きのコツを教えていただけませんか?

 

「ひとつは、大きく見ようとせずに、とにかく細部にこだわるということ。名古屋に今和次郎の考現学の研究スタイルをまさに実践していらっしゃる岡本信也さん、岡本靖子さんというご夫妻がおられますが、おふたりの研究に、物干し竿の支柱の上に帽子のようにかぶせてある缶詰の空き缶を調査したものがあります。昔は木製の支柱や杭がよく使われていましたが、雨で腐ってしまうので空き缶を被せて傷みを防いでいたんです。そういったものを調査してみると、缶詰食品が減ったり、庭のある家が減ったりといった変化の中で街の風景から『缶詰の帽子』が姿を消してゆく。普通に歩いていると見過ごしてしまいそうな細部から、食生活や住宅事情の変遷が垣間見えるわけです」

 

棒にかぶせてある缶、たしかにどこか懐かしい情景ですが、そんな細部からも突き詰めれば社会の変化を読み取ることができるんですね。

 

「もうひとつは、ツッコむ精神。街で何か普通じゃないものを目にした時に、かすかな違和感を覚えますよね。それを無視して通り過ぎるのではなく、二度見するのが大事なんです。街歩きの初心者は前ばかり見てガツガツ進んで『何も見つかりませんでした』と言うのだけど、振り返ったところにこそ大きな発見があるわけです。それで、見つけたら『なんやこれは!』『なんでこんな風になってるんや!』と声に出す。いちいち声に出していると愉快な気分になってきます。一人だと変にハイになっていきますが、みんなでやればこわくない。

 

たとえばこの写真を見てください。どこかおかしくないですか?」

 

えーっと……何の変哲もない駅そばですが……

街歩きで発見された阪急梅田駅「阪急そば」の看板だが……(現在は「若菜そば」として営業中)

街歩きで発見された阪急梅田駅「阪急そば」の看板だが……(現在は「若菜そば」として営業中)

 

あっ、これ写真がうどんですね!「阪急そば」って書いてあるのにうどんだ!

 

「おかしいでしょ? 毎日見てると全然気が付かないんですが、留学生が気づいたりする。で、実際に調べてみると関西の駅そばで売れているのはほとんどがそばじゃなくてうどんなんです」

 

なるほど、実は私も毎日のように目にしていましたが、全く気が付きませんでした。調べるとそこにもちゃんと意味があるわけですね。

 

「そして最後のコツですが、見つけたものを人に話すこと。この写真もいろんな人に見せると、その人の使っている沿線の駅そば情報を教えてくれたりして、話が展開していくんです。それもSNSで完結させるのではなくて、外に出て人に会って話すと一層手応えがあると思います」

 

街歩きのコツをまとめると、「大きく見るのではなく、細部にこだわる」「気になるものを見かけたら、立ち止まって振り返る」、そして「発見を人に伝えてみる」ということですね。

 

「それができれば、誰でも一生楽しめる娯楽が身につきます。お金もかからず友達も増えますよ」

 コロナ時代の考現学

ここまで考現学の楽しみ方について教えていただきました。最後に少し堅い話題になってしまうのですが、コロナでまさに街の様子が大きく変わろうとしている今、考現学的なアプローチはどんな風に役立つでしょうか?

 

「とても大切なポイントですね。今まで私たちは、街の様相が大きく変わった節目を幾度か経験してきました。今和次郎が目撃した関東大震災もそうですし、関西でいうと、戦時中の空襲で大阪や神戸は焼け野原になり、阪神大震災でも街は一変しました。街の風景として見えてくる部分だけを切り取っても、コロナはそれらに匹敵するぐらい大きな変化をもたらすでしょう。短期的には、潰れてしまったお店が入れ替わる。長期的にはもっといろいろな変化が出てくるでしょう。住居や公共空間がソーシャルディスタンスに対応して作り変えられるかもしれません。そうした変化が現に起こりつつあるということを皆さん体感していますよね。

 

そこでまずは、今まで私たちが生きてきたコロナ以前の原風景も忘れないでいただきたいです。これまでの経験と比べることで、今後の社会がどう変化していくのかをしっかり見定めてほしい。そして、それぞれの身の回りの変化を記録することが大切です。写真でも日記でも構いません。記録が残っていれば、何十年と経った後からでも、コロナで何が変わって何が変わらなかったのか、社会はいい方向に進んでいるのか、あるいはその逆か、見極める大切な材料になるはずです」

 

原風景ということばが非常に重いですね……。細部に目を配ることで、大きな流れを冷静に見定めることができる。まさに今、考現学的な視点が大切になりそうですね。

 

 

一生涯付き合える娯楽にもなり、もしかしたら貴重な歴史資料にもなるかもしれない考現学的街歩き。通勤通学やちょっとした買い物の時、いつもの風景の小さな変化に気をつけてみると思わぬ大発見がひそんでいるかもしれない。3つのコツを意識して、今日からはじめてみてはいかがだろうか。


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