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  • date:2021.1.28
  • author:蔵麻子

URA が推薦する、注目の研究者

【第7回】お寺で新史料を発掘!僧侶たちの知られざる葛藤や思いから仏教の面白さを伝える

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大谷 由香

龍谷大学 文学部仏教学科 准教授

龍谷大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。浄土真宗本願寺派教学伝道研究センター非常勤研究助手、日本学術振興会特別研究員RPDを経て2015年より東京大学史料編纂所共同研究員として活動。2017年より龍谷大学講師、2020年より現職。著書に『中世後期 泉涌寺の研究』(2017年、法藏館)。専門分野は日本仏教・戒律思想。

この研究に注目している人

菊川 一道

世界仏教文化研究センター 博士研究員

研究にも教育にも熱心なとてもパワフルな方です。仏教の戒律思想がご専門なのですが、既存の史料に満足せず、いろんなお寺の蔵に入ってはホコリをかぶっていた史料を発掘。そこから緻密な文献考証を経て新しい発見を次々に発表されている気鋭の研究者です。またそれをもとに自死問題など、現代の問題につなげて発信しているところも注目されます。お酒好きで他分野の研究者と飲み会の席で意気投合して一緒に研究を始めてしまうなんてことも多々。とにかくお話が面白くて、まわりを引き込む魅力をお持ちの先生です。

Q.大谷先生のご専門である仏教の戒律」についての研究について教えてください。

私は日本仏教において戒律がどのように解釈されたのかを研究しています。戒律とはそもそも、お釈迦さんがインドで仏教教団を作ったときに、みんなが一緒に暮らすために設けた共通のルールが始まりです。それが長い年月や国を超えて広まるなかで、時代や土地に合わない部分も出てきたため注釈書が生まれてきました。注釈書を紐解くと、それを書いた僧侶が悩んでいた宗教上の理想と現実との折り合いへの葛藤が見えてきます。そこがこの研究の面白いところです。

 

「お酒を飲んではいけません」という戒律がありますよね。それを「どんなときも絶対に飲んではダメ」とするか、「こういう時は飲んでもいい」と解釈するかは、その注釈書を書いた僧侶の思想が反映されます。既存の戒律への解釈に異を唱えるのは勇気がいります。それでも信念を持って、可能なかぎりのお経や注釈書を検証したうえで新しい解釈を著した先人が多くいた。だからこそ、いろんな戒律解釈が時代ごとに現れているんです。

 

仏教学では思想の歴史を扱うことが多いのですが、その見方からすると、私の研究は戒律から思想の歴史を扱っているといえます。思想というのは、何もないところから急に変わるものではありませんよね。例えば、平安時代に遣唐使船が廃止されてから、仏教を含む国際文化交流は停滞し、日本独自の文化が花開いたというのが通説でした。でも調べていくと、日宋貿易を掌握していた平家が没落し枷になるものがなくなったことで、民間船による海洋交易が一気に盛んになったようなんです。僧侶たちも、その民間船に乗り最先端の仏教を求めてどんどん海外に出ていくようになった。鎌倉時代に新しい仏教が乱立したのには、そうした歴史的背景が深く関わっているのではないかと考えています。

 

これは過去だけでなく、今もそうなのではないでしょうか。コロナ禍で法要の数が減るとか、そういう現実の積み重ねがあって仏教界として発信していくメッセージが少しずつ変わっていくのかもしれません。実際にあった出来事に影響されて、仏教思想や戒律の解釈が変わっていくというのは当然のことだと思います。

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ここ5〜6年は歴史学の研究者と一緒に、東アジア全般の仏教交流の実態をふまえた仏教思想や戒律の変化を見ているという大谷先生。民間船で海に乗り出した僧侶たちの話に胸が熱くなる

Q.戒律について研究されるなかで、自殺、自死といった現代にも通じる問題についても発信されていますね。

西本願寺の教学伝道研究センター(現 浄土真宗本願寺派総合研究所)の研究員だったときに、「自殺者が多い時代に、本願寺は何を発信していくか」というのを研究検討する部署ができまして。そこでの取り組みが始まりです。

 

世俗的には「自殺すると地獄に行くぞ」と言われますよね。でも仏典にはお釈迦さんの弟子が自殺する話が出てきます。「自殺したお釈迦さんの弟子はどうなったの?」と疑問を感じて色々調べたら、「自殺して地獄に行く」というような話は出てこない。逆に「彼は頑張ったから悟りを得たよ」とお釈迦さんが弟子たちに説いていたりと、遺族に寄り添う姿勢が見える記述をいくつか見つけることができました。

 

お釈迦さんは、どんな人にも死んで欲しくないと思っているけれど、死にたいと願ってしまうことを否定せず、自殺を選択した当人も責めなかった。死に方ではなく生き方を評価していた。私はそう考えます。

 

仏教は、その時代の人がどう歩むかに寄り添って説かれてきた宗教です。どの時代の僧侶たちも「現世の問題に対して、仏教はどうアプローチするのか」というのを文献に求め、解釈し、世に説いてきました。私は僧侶でもありますので、今の時代は私がそれをやらなければという使命感がありますね。堕胎や安楽死なども考えるべき問題だと思います。

大谷画像①_上七軒文庫提供b

京都市上京区の私塾「上七軒文庫」で開講された、大谷先生による全3回の講義「禁忌の仏教学」。本講義の2回目に「自殺」をテーマとして扱い話題となった(上七軒文庫提供)

Q.お寺の蔵に入って文献を探す活動もされていると伺いました。

仏教関係の典籍といえば、『大正新脩 大蔵経』八十五巻をはじめ、活字化出版されたさまざまなものがありますがその他にもまだ活字化されていない典籍も多く、私も龍谷大学の世界仏教文化研究センターの基礎研究部門で、大学が所蔵する貴重な古典籍に触れています。ですがそれ以外にもさまざまな史料が、お寺にはたくさん眠っているんです。それを調査するのが好きで、いろんな伝手を頼って蔵に入らせてもらっています。

 

国文学や歴史学、美術史関係の方々が調査に入っているところに参加したり、地域の学芸員の方からの紹介や依頼で入らせていただくことが多いですね。調査は一人だけではできませんので、分野を超えて信頼できる研究者仲間とやっています。大体、飲み会で仲良くなって異分野交流が始まって…「あそこの寺にあの史料があるらしい」なんて話からプロジェクトがスタートすることも(笑)。

 

文献調査の何が魅力って、誰も知らない新しい史料に出会える喜びです。江戸時代や室町時代の人が書いた史料から、その人の考えや想いが筆跡からも伝わってくる。2017年に出版した『中世後期 泉涌寺の研究』は、そんな寺院文献からわかった新事実をまとめたものです。

 

もちろん蔵に入っても、自分の研究に関係ない文献の方が多いですよ。ですが、次世代に文献を伝えていくことも研究者として大事だと考えているので、目録はしっかり作ります。今調査しているお寺には7000部以上の史料が残っていて、目録づくりだけでも20年以上かかりそうなんです。出入りしているうちにお寺から信頼されて「実はこれも…」と秘蔵文献までどんどん出てきて。もうこれは一生の仕事だな、と思って取り組んでいます。

 

Q.仏教学を学生たちに教えるうえで、意識していることはありますか?

仏教学ってちょっと浮世離れしたところがあると思うんですよ。私も仏教学科出身なんですが、学生に「空(くう)の思想は」なんて話してもピンとこないじゃないですか。私は、仏教学を精神的な教えについて学ぶだけのものだと、学生たちに思ってもらいたくないんです。歴史や文学など、さまざまな分野に仏教の影響を見て取れるし、仏教もまたさまざまな分野から影響を受けています。そこに注目すると、「どういう時代要請があって、この仏教の考え方が生まれてきたのか」というのが見えてきます。例えば寺社勢力の台頭があって新しい文化が花開いた。そうした事実をつなげていき、「だから仏教思想や戒律の解釈も変わったんだ」というのがわかると、ワクワクしますよね。視野を広くして仏教をとらえると、これほど面白い学問は他にないと思います。美術館や博物館の展示を見ているだけでも、どんどん想像が時空を超えて広がっていく。それが仏教学ならではの魅力だと私は思っていますし、学生に伝えたいことですね。

 

今年、1年生の基礎演習で『仏教かるた』を学生たちと作成しました。かるたを作るために仏教のあれこれを調べれば、仏教と歴史や文化とのつながりを知り、興味を持ってもらえるのではと考えたからです。

 

コロナで前期授業がオンラインになったことも、この取り組みを進めた理由のひとつです。オンラインでも学科の仲間と一緒にできる取り組みを通じて、一人じゃないことを感じてもらいたかったんですね。後期からは対面授業ができるようになりましたので、体育館を借りまして、三密にならないよう気をつけながら全員で完成したかるたを楽しみました。

☆DSC09253

学生が手作りした『仏教かるた』。仏教に関わる「へー!」と驚く知識が満載

教育者としても研究者としても、「次世代にこれをどう伝えていくか」をすごく意識しています。お寺で発見した史料を後世に残したいですし、仏教学を面白いと感じてくれる学生さんや研究者を増やすためにも、適当なことはできないという覚悟を持って取り組んでいます。

 

最近ではいろんな分野の研究者が、私の論文を引用してくださることが増えましたが、そこに奢らず後世に恥じない生き方をしたいですね。自分が受け取ったものを後世につないでいくためにも、論文が100年後も引用されるような揺るぎない研究者をめざしていきたいです。


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