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  • date:2016.8.3
  • author:中橋 由香

偶然が生んだ奇跡の屏風 関西大学「豊臣期大坂図屏風」の謎に迫る

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関西大学の第1学舎1号館には、オーストリアで発見された『豊臣期大坂図屏風』の復元陶板が展示されています。この屏風が大坂の風景を描いたものだとわかったのは2008年。大変貴重なものだそうですが、そもそもなぜ日本の屏風がオーストリアで発見されたのか、またこの屏風の魅力について伺うべく、関西大学なにわ大阪研究センターを訪ねました。

関西大学なにわ大阪研究センター

関西大学なにわ大阪研究センター

関西大学文学部総合人文学科の黒田一充教授

関西大学文学部総合人文学科の黒田一充教授。なにわ大阪研究センター副センター長も務める

偶然が重なり、再発見された屏風

今回取材に応じてくださったのは、なにわ大阪研究センターの副センター長である黒田一充教授。


黒田教授によると、屏風の発見はさまざまな偶然が重なり合ったものだといいます。

 

「この屏風が1600年代前半の豊臣家統治時代の大坂を描いたものだとわかったのは2008年のことです。


屏風は今もオーストリアのグラーツ郊外にあるエッゲンベルグ城(現在はシュタイアーマルク州立博物館の一部)にあり、パネルが8枚の八曲一隻、それが一つずつばらされ、インドの間(現:日本の間)と呼ばれていた部屋の壁に埋め込まれています。


実はエッゲンベルグ城は第二次世界大戦時にソ連軍に占領され、いろいろなものが奪われたり壊されたりしました。しかし、壁と一体化していたためか、この屏風は難を逃れ、現在まで残っています。おそらく、屏風そのままの姿であったら、今も残っていたかどうか……。

 

その後インドの間の解体修理の際、屏風が修復のため壁から取り外され、そこではじめて日本の屏風であることがわかったんです。


この時エッゲンベルグ城に勤め、修復に携わったバーバラ・カイザー氏からこの屏風がどこのものか調べてほしいと、日本文化に明るいケルン大学のフランチィスカ・エームケ教授に屏風の写真が託されました。


エームケ教授は2006年に関西大学に招かれ、その時なにわ・大阪文化遺産学研究センター(現:なにわ大阪研究センター)に写真をもってこられました。そこではじめて『これは大坂の街を描いたものじゃないか』と判明したんです」

 

盗難されず現在まで残っていることや写真が関西大学に持ち込まれたことなど、ほとんど奇跡のような偶然だと感じます。

 

この屏風がなぜ海を渡ってオーストリアにたどりついたのかは、未だはっきりしていないそうですが、1600年代半ば、長崎の出島から東インド会社を通じた交易記録にいくつかの屏風が輸出された記録があるようです。

 

「1600年代半ばに、東インド会社から交易品として屏風が何点かリクエストされたという記録があります。実際にこの屏風がその交易品に含まれていたかは不明ですが、その可能性は大きいと思います」と黒田教授。

謎だらけの「豊臣期大坂図屏風」

ところでこの屏風に描かれた風景、なぜ豊臣家統治時代の大坂であるとわかったのでしょうか。その理由を先生に尋ねました。

 

「大坂の風景であることは、大坂城や住吉神社が描かれていることからわかります。


豊臣秀吉が建造した大坂城は大坂夏の陣で燃えてしまいますが、まもなく徳川幕府によって再建されました。

 

豊臣時代と徳川時代の大坂城の大きな違いは、天守閣の最上階の構造です。秀吉が建てた大坂城は天守閣の周りに桟がついていて、外に出られるようになっているんです。『大坂夏の陣図屏風』を参照して再建された今の大阪城も、そのようになっています。


しかし徳川大坂城には桟がなく、窓のみの構造でした。これは同時代に建設された名古屋城などにも見られる特徴ですね。


もう一つ、住吉大社にある四角い部分。これは今でも存在する石舞台※です。記録では1607年に秀頼が住吉大社に石舞台を寄贈したとあります。大坂夏の陣が1615年ですのでこの二点から、1615年の大坂夏の陣以前の大坂の街を描いたものだとわかったんです」

 

※石舞台
雅楽などを演じるための舞台。住吉大社の石舞台は厳島神社、四天王寺とともに日本三舞台と称され、重要文化財にも指定されています。

屏風に描かれた大坂城

屏風に描かれた大坂城

 

住吉大社の石舞台(白枠部分)

住吉大社の石舞台(白枠部分)

 

専門用語では景観年代というそうですが、その頃の大坂を描いたスケッチなどをもとに、屏風絵は描かれたのではないか。さらにいうと、描かれているのは1600年代前半の風景ですが、制作されたのは1600年代の半ばで、大坂ではなく京都の工房で描かれたのではないかと黒田教授は考えているようです。

 

「金雲の表現方法などが特徴的で、貝殻を薄く切ってその上に金箔を張り込むという表現をしていて、当時京都で制作された洛中洛外図屏風と同じ手法です。

美術陶板で作られたレプリカの『豊臣期大坂図屏風』の金雲部分

美術陶板で作られたレプリカの『豊臣期大坂図屏風』の金雲部分

 

この屏風は大まかに、左から右へ、京都から堺までの風景を描いていますが、四角い屏風の画面に配置するため、実際の建物の位置や方角とは異なっています。


景色を見ながらではなく、何かの資料を見て描かれたではないかなと思われますので、それも大坂以外で制作されたのではと考える理由のひとつです」

屏風に描かれた極楽橋

極楽橋。別の記録とこの絵では位置が違う

 

『豊臣期大坂図屏風』に限らず、屏風はコラージュに近い形で作られているようです。時間や場所が変わる時は区切りの場面に金雲をおいて表現するなど、さまざまな工夫が見られるといいます。

 

「住吉祭の行列の後ろにある石の鳥居は、四天王寺の石の鳥居になっています。本来は反橋の前に住吉社の石の鳥居があるのですが、この長い行列を入れようとすると長さが足りないので、鳥居の位置をずらして収めようとしたのだと考えられます」

四天王寺付近の鳥居(白枠・左部分)。本来の地理から考えるともっと右側(南側)にある。右は住吉社の反橋(白枠・右部分)

四天王寺付近の鳥居(白枠・左部分)。本来の地理から考えるともっと右側(南側)にある。右は住吉社の反橋(白枠・右部分)

 

他にも、町中にうどん屋さんなどがあったり住吉社への行列に女性が参加していたりと、当時の暮らしが分かるものがたくさんあります。

 

当時の大坂の様子を知る資料は、この『豊臣期大坂図屏風』を含めても4例ほどしかないそうで、さらに大坂夏の陣などを描いた合戦図ではない、平和な時代の大坂がうかがえる最古の資料がこの屏風なのだそう。

 

ところでこの屏風、まだまだ謎が多いのだそうです。

 

「例えば船場からつながる、右端にある塔のある神社。ここに該当する神社がどこなのかわかっていません。すぐ下には金雲がありますが、船場と神社の間にはないので地理的につながっているはずなんですが……はっきりとはわかりません。


他にも中央のかごに乗っている人物も、秀吉にしては若すぎるかな?とか。


一番の謎は、この時代の大坂の風景を、誰がどんな目的で描かせたのかということ。京都の洛中洛外図は需要もあり、盛んに生産されました。しかしわざわざ豊臣家統治時代の大坂を誰が描かせたのか、記録が一切ないので謎のままです」

『豊臣期大坂図屏風』復元陶板の全景

『豊臣期大坂図屏風』復元陶板の全景

当時の人々の姿を紐解く資料としての大坂図屏風

このような絵画資料が果たす役割はどういったことなのでしょうか。やはり視覚的に見れる部分は大きいと黒田教授は言います。

 

「これまでの歴史研究、文学研究で盛んに取り上げられたのはいわゆる貴族、武士など上層階級の人たちの文化です。歴史の研究で一番分かりづらいのは、その当時の庶民の暮らしぶりなんです。江戸時代くらいになって庶民の暮らしを描いたものが多くなりますが、現代の私たちは文字で書いてあることを想像するしかできません。絵画資料があると、実際にはどうだったか、想像だけでは足りない部分を補えます。そこが一番のポイントではないかと。


また、昔より今は当時の庶民の暮らしに興味を持つ人が増えていること、想像するだけではなく視覚的研究へとシフトしてきているのを感じます。今後この流れはより一層進むのではないか」とのことです。

 

 

さてこの『豊臣期大坂図屏風』、実物は現在もオーストリアのエッゲンベルグ城にありますが、大阪市のフェスティバルホールの緞帳としても見ることができます。

 

関西大学創立130周年を間近に控え、8月9日(金)には、このフェスティバルホールでコンサートが開催されます。コンサートではエッゲンベルグ城で毎年コンサートを行っているグラーツストリングスによる、豊臣期大坂図屏風をイメージした新曲が披露される予定です。


偶然の積み重ねで発見された一枚を、ぜひ耳からも楽しんでみてはいかがでしょうか。


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