仏教の教えと「禅」の精神を建学の理念とし、7学部・17学科を中心に多彩な学びを展開する駒澤大学。2025年3月、同大学の「禅文化歴史博物館」の建物が国の有形文化財(建造物)に登録決定しました。都内のあちこちで桜が満開となった4月上旬、同館に訪れ、建築の魅力を体感するとともに、館内展示も合わせて堪能してきました。
稲妻型の外観が圧巻。次代へ継承される文化遺産へ
禅文化歴史博物館は駒澤大学が有するキャンパスの一つ、駒沢キャンパス内にあります。もとは大学図書館として1928年に建設され、その後、図書館の新築に伴い宗教行事を行う場などとして活用。1999年、東京都選定歴史的建造物に選定されたのを機に博物館としてリニューアルが進められ、開校120周年記念事業の一環として2002年に開館。以降、博物館として、広く一般に向けて仏教や禅の歴史や文化を発信しています。
関東大震災後の復興に向け建てられた復興建築の一つで、後の戦争や高度成長期の地域開発など、時代の荒波を乗り越えて現存する稀少な建築とされています。耐震耐久性を考慮した鉄骨鉄筋コンクリート造の重厚な佇まいには堂々たる存在感があり、キャンパス内の近代的な建物のなかでひときわ異彩を放っていました。

この建築の最大の見どころは、ユニークな稲妻型の正面外観です。「折板構造(せつばんこうぞう)」という工法によって造られたそれは、独創的なだけでなく圧巻の造形美で非常に見応えがあります。
設計者は、銀座サッポロライオンビヤホールなどの設計を手掛けたことでも有名な菅原榮蔵。20世紀建築界の巨匠の一人とされるフランク・ロイド・ライトに影響を受けたとされ、館内外でその要素を見て取れます。
例えば、外壁を覆うスクラッチタイル。ライトの代表作である旧帝国ホテルで多用されたスダレ煉瓦の意匠を引き継いだタイルで、一つひとつ引っかき傷を付けたような模様で独特の味わいを醸し出しています。

旧帝国ホテルが関東大震災で軽微な損傷だったことから、震災復興期には、ライトの影響を受けたライト風(式)建築が多用されたといいます
また、博物館入口をはじめ館内にも旧帝国ホテルに採用されたテラコッタ装飾が用いられ、温かみある陰影を生み出しています。さらに玄関のタイルは日本六古窯のひとつ、常滑焼(とこなめやき)でつくられており、旧帝国ホテル(ライト館)で使われたタイルと同じ意匠なのだとか。こうした装飾などもほぼ当時の様子をとどめている点で稀少性が高いといえます。

博物館入口を飾るテラコッタ
館内に入ると吹き抜けになった大ホールが現れ、天井にある幾何学模様のステンドグラスに目を奪われます。ライトの影響を受けながらも、こうしたステンドグラスや、それを際立たせる柱のない無柱空間構造などに設計者の創意が体現されています。

万華鏡のようなステンドグラス。広い空間に差し込むやわらかな光が印象的でした
建物に合わせて製作されたとされる椅子や棚、衝立などが現存していることにも驚きます。あたかも建築の一部として有機的に存在しているようでした。

椅子や棚が設置された一角。タイムスリップしたかのようなノスタルジックな雰囲気
仏教美術や工芸品を通して仏教と禅宗を学ぶ
建築を堪能した後は、館内展示の鑑賞へ。
突然ですが、みなさんは「仏教・禅宗とは何か」を説明できますか? お葬式やお墓参り、最近ではマインドフルネスや坐禅体験などを通じてその存在感はより増しつつも、しっかりと答えられる人は多くはないかもしれません。
ざっくり解説すると、仏教は紀元前5~6世紀頃にインド北部(現ネパール)で生まれたお釈迦様(=ゴータマ・シッダールタ=仏陀)により「真理を悟り、人生苦の根本問題を解決すること」を目的に説かれた教え。その後、中国に渡り、より実践的な一派として「禅(宗)」が成立します。
日本には鎌倉時代以降に伝来し、栄西や道元、隠元らによって日本三大禅宗の「臨済宗・曹洞宗・黄檗宗」が開かれました。駒澤大学はそのひとつ、曹洞宗の学林(禅僧の学問所)を源流とし、同館の展示は禅宗、特に曹洞宗の歴史と文化にフォーカスを当てた内容になっています。

曹洞宗と駒澤大学の歴史の説明パネル
同館は2階建てで、この日公開されていたのは1階の常設展示でした。大ホール全体を禅の象徴空間として演出した「展示室A」と、大ホールから放射状に配置された5つの「展示室B」から成る構成です。禅僧の墨蹟(ぼくせき:禅僧の記した筆跡)や絵画をはじめとする仏教美術、工芸品など幅広い展示を通じて、仏教や禅宗の歴史・文化が多面的に紹介されています。各室に掲示された説明パネルでは史実の背景や関係性などについても丁寧にわかりやすく紹介されており、筆者のような前知識のない者にも新たな「知」をもたらしてくれる内容でした。

「展示室A」内の一仏両祖と須弥壇(しゅみだん:本尊を祀る場所)

三大禅宗のひとつ、黄檗宗の宗祖・隠元が日本に広めた煎茶の茶器。隠元は中国の僧侶で、煎茶をはじめさまざまな中国文化を日本に伝えたとされています
道元自筆の『正法眼蔵嗣書』公開、禅寺の鳴らし物(楽器)体験も
ここからは春季特別公開で展示された『正法眼蔵嗣書(しょうぼうげんぞうししょ)』と、仏教・禅宗入門におすすめの展示をいくつかご紹介します(※2025年の春季特別公開は4月8日に終了。毎年4月と11月に公開されます)。
まずは、曹洞宗の宗祖・道元自筆の『正法眼蔵嗣書』から。正法眼蔵には「仏法の真髄をあまねく包蔵せる書」という意味があり、道元の思想の集大成として今日まで伝わってきたそう。後世の門人により編集され、その過程によっていくつかの構成がありますが、現在流布している95巻本(本山版)のうち第16巻にあたる「嗣書」は、1243年の道元自身による修訂本で、冒頭から末尾まで欠落のない完全本であることから極めて貴重な資料です。美しく鮮明で確かな道元の筆致を、時を経て見られることに感動します。

『正法眼蔵嗣書(しょうぼうげんぞうししょ)』
次は、彫塑家・桝澤清による作品「釈尊生涯のレリーフ」。もともとは駒澤大学旧本館の講堂壁面にあった仏教美術で、お釈迦様の誕生から死までが4枚のレリーフで表現されています。「二象による灌水(降誕)」「菩提樹(成道)」「法輪への礼拝(説法)」「仏塔への礼拝(涅槃)」の4場面を通じて、お釈迦様やお釈迦様が生きた時代を知ることができます。「釈尊生涯のレリーフ」については、禅文化歴史博物館の公式動画でわかりやすく紹介されているので、ぜひこちらもご覧ください。
(YouTube)資料紹介「釈尊生涯のレリーフ」

「法輪への礼拝(説法)」の場面のレリーフ
最後に紹介するのは、体験コーナー「“禅博”の鳴らし物(楽器)」です。禅寺の修行で用いられる「鼓(く)」「柝(たく)」「鏧子(けいす)」「鈴(れい)」「引鏧(いんきん)」「鐃鈸(にょうはつ)」「木魚(もくぎょ)」という7種類の鳴らし物(楽器)が展示され、実際に鳴らすことができます。私語を厳しく禁じる修行中は、坐禅や読経、食事などの開始を鳴らし物によって伝えるのだそう。これだけの種類の鳴らし物に触れられる機会はそうそうありません。ぜひ同館で体験してみてください。

7種類の鳴らし物
お釈迦様の誕生祭「花まつり」
訪問した日は、4月8日のお釈迦様の誕生を祝う仏教行事の「花まつり」が開催されており、誕生仏像が祀られ、来館者には甘茶が提供されていました。日本では、草花で飾った花御堂(はなみどう)をつくり、誕生仏像に甘茶をかけて祝うのだとか。なぜ甘茶かというと、お釈迦様の誕生時に九頭の龍が現れ、頭から香湯(甘露の雨)を注いだという伝承に由来しているのだそうです。

花御堂と中央には誕生仏像

ほんのり独特な甘みを醸した甘茶
文化財としてその存在だけで時代を雄弁に物語る禅文化歴史博物館や、仏教・禅宗の歴史・文化の展示、さらに花まつりまで堪能できた今回の探訪。知識が深まると新たなことに自然と目が向く連鎖――知らないことを知る楽しさをあらためて実感しました。新緑が気持ちのいいこれからの季節、ぜひ新たな「知」と出会いに禅文化歴史博物館に出かけてみてください。