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“涙の卒業式”はなぜ生まれたの?『卒業式の歴史学』の著者に聞く、日本特有の文化が育まれた理由。

2021年3月25日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

3月は卒業式シーズン。みんなで共に歌い、感動し、涙する。卒業式と聞けば、そんなシーンを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。

でも、私たちが春の風物詩のように感じている“涙の卒業式”は、実は日本特有の文化なんです。

私たちはなぜ卒業式で涙するのか?なぜ歌うのか?そんな疑問を追究し、卒業式をテーマに研究する立教大学文学部教授の有本真紀先生にお話を伺います。

練習を重ねて作り上げる、日本特有の卒業式

『卒業式の歴史学』の著者であり、卒業式をテーマに研究してきた有本先生ですが、もともとの専門は音楽科教育。なぜ卒業式に注目したのでしょうか?

 

「私は小学校の教員養成課程で音楽科教育の授業を担当しています。そこで気になったのが、模擬授業を割り振られた学生の多くが、卒業式の歌を好んで教材に選ぶこと。自分が式で歌ったあの曲をぜひみんなで歌いたいと言うんです」

先生のご著書『卒業式の歴史学』(有本 真紀著 講談社選書メチエ 2013年)。明治初期の軍学校から全国の小学校卒業式まで、史資料から歴史社会学として紐解く一冊

先生のご著書『卒業式の歴史学』(有本 真紀著 講談社選書メチエ 2013年)。明治初期の軍学校から全国の小学校卒業式まで、史資料から歴史社会学として紐解く一冊

 

みんなで歌って涙した、感動の卒業式。そんな思い出を語る学生たちを見て不思議に感じたという有本先生。

 

「私にとっての卒業式は、特に感動的な思い出ではなかったんです。小学校から中学校に上がる時は同じ敷地内だったので、あまり感慨もなかったですし(笑)。だから学生たちの感覚とはかなりギャップがありました」

 

実は筆者も同じく、卒業式にそれほど思い入れはなかったので、先生が先に言ってくださって少しホッとしました。

改めて思い返してみると、感動のシーンで泣かないといけないような妙なプレッシャーを感じて、なんとなく居心地が悪かった記憶があります。あと、何度も練習させられてちょっと面倒だった思い出が…。

 

「入退場や卒業証書の受け取り方の練習、あとは呼びかけの練習ですね。『楽しかった運動会』とか一人ずつセリフを読んで、みんなで復唱して、途中で歌を挟んで盛り上げていく。私自身は一度もやったことがないんです。想像するだけでも気恥ずかしくて…やらされなくて良かったと思ってます(笑)」

小学校や中学校では、なぜこんなにするのかというくらい、練習した記憶が・・・(写真はイメージ)

小学校や中学校では、なぜこんなにするのかというくらい、練習した記憶が・・・(写真はイメージ)

 

お話を聞いているだけで、あの恥ずかしさが蘇ってきました…。呼びかけからの卒業ソング、入退場や証書授受の所作。この私たちにとってお馴染みの卒業式は、実は日本独特のものだと有本先生は指摘します。

 

「いろんな国の留学生にも聞いてみたんですが、同じような卒業式はないですね。日本特有の学校文化です。そもそも義務教育段階の卒業にあたって特別なセレモニーなど存在しない国も多いです。日本ではどうしてこういう形式の卒業式をやっているんだろう?と疑問に思ったところから、研究が始まりました」

“涙の卒業式”が作られてきた歴史

そもそも卒業式という儀式は、いつ頃から日本で行われているのでしょうか?

 

「日本で最も古い卒業式の記録は、1876(明治9)年に陸軍外山学校で観兵式とともに行われた生徒卒業式。翌年の1877(明治10)年には東京大学の第一回卒業式が行われ、他の官立・公立学校でも行われるようになっていきました」

 

軍の学校から始まり、普及していったんですね。当時の卒業式はどんなものだったのでしょうか。

観兵式を描いた錦絵「各隊整列之図」(1877年、国会図書館蔵)

観兵式を描いた錦絵「各隊整列之図」(1877年、国会図書館蔵)

 

「黎明期の卒業式は、成果発表の意味合いが大きいです。今で言う卒論発表のようなスピーチもありましたし、体操の演技や軍楽隊の演奏なども行われていました。近代教育の成果を披露する場ですね。だから父兄や関係者以外にもチケットを配って一般公開する学校もありました」

 

テレビやラジオといった娯楽もまだない時代。地域の人々にとっては、物珍しさもあって楽しいイベントだったのでしょう。現代の“涙の卒業式”とはかなりイメージが違うようです。

 

「“涙の卒業式”の原型ができてくるのは明治の終わり頃ですね。特に小学校の卒業式で式次第が定型化し、学校生活の集大成として卒業式が位置づけられるようになっていくのが明治30年代。儀式として形を整えていく過程で、形だけではなく感情も伴うものにしなくては、という意識が強まっていきます」

 

もう一つ、教育勅語の影響もあったと有本先生は指摘します。

 

「教育勅語発布の翌年には、祝日大祭日儀式が行われるようになります。卒業式だけでなく、天皇への忠誠を誓うための様々な儀式を行うようになったことで、儀式における感情教育の色合いが濃くなっていきます」

 

天皇への忠誠、感情教育といった言葉の不穏な空気に、少しおののいてしまいます。卒業式にそんな一面があったとは…。

ただし、「より感動的な卒業式を目指す傾向は、むしろ戦後に強まっていきます」と有本先生は続けます。

 

「戦後、国家主義的な意味合いを帯びた儀式は廃止され、学校儀式の数は激減します。その中で、卒業式は学校生活最大の節目としてより重視されるようになり、やがて感情調達装置として成熟していきます」

 

感情調達装置とは、なかなかのパワーワード!筆者がかつて感じた、泣かないといけないようなプレッシャーは、こうして色々な要素が絡み合ってできていったんですね。

卒業ソングがあふれる時代へ

「卒業式と涙の関係において、歌は特別な意味を持っています。卒業式の歌がこれほどたくさん存在する国は、日本をおいて他にありません」と有本先生。卒業ソングの歴史についても聞いてみました。

 

「昭和30年代までは、卒業式の歌と言えば≪蛍の光≫と≪仰げば尊し≫。≪仰げば尊し≫のほうが歌も伴奏も難易度が高いという事情もあって、特に≪蛍の光≫が圧倒的に多いです」

 

今のように卒業ソングが豊富になるのはいつ頃からでしょうか?

 

「やっぱり金八先生からですね。≪贈る言葉≫が謝恩会などで歌われるようになり、やがて式の中でも取り入れられました。涙や感動と卒業式との結びつきは、フィクションによって強められた面も大きいです」

≪贈る言葉≫は教科書にも載っていた記憶がありますし、金八先生の影響は根強いですね…(写真はイメージ)

≪贈る言葉≫は教科書にも載っていた記憶がありますし、金八先生の影響は根強いですね…(写真はイメージ)

 

その後はどんな歌が人気を集めたのでしょうか。

 

「最もブレイクしたのは≪旅立ちの日に≫。中学校の先生が作った曲で、1990年代に全国に普及していきました。いわゆる卒業式の歌ランキングが毎年発表されるようになるのは、2004年からなんです。≪旅立ちの日に≫が定番曲になった頃から新しい卒業ソングがさらに増えていき、ランキング化されるほど充実するようになりました」

 

毎年3月になるとテレビやラジオで卒業ソングが流れるのを恒例行事のように感じていましたが、これほどバリエーション豊富になったのは意外と最近だったんですね。

当たり前を疑ってみることから始まる

現在、有本先生が新たなテーマとして興味を持っているのは入学。「卒業式をやったので、今度は入学をやろうかと」と笑います。

 

「入学式ではなく入学。1年生を対象とするのはなぜかというと、社会集団が新参者をどう受け入れるのか、どう扱うのかということに興味がある。学校の中での社会化、学校的社会化という文脈でとらえたいんです」

 

学校的社会化とはどういうことでしょうか…?

 

「学校には独特のルールがありますよね。たとえば名前を呼ばれたら、手を挙げて返事をする。家で親が子どもを呼ぶときには必要のない所作、学校的に社会化されたふるまいです。でも今では、逆に社会のほうが学校化しているんです。まだ言葉も覚えていないような小さい子どもに『○○△△さん』と呼んで、『ハーイ』とさせたりしますよね。学校的なふるまいを親が無意識にさせている。学校的社会化と社会の学校化、次はそんなことを研究したいと思っています」

 

筆者も先日友人宅で、1歳半の子どもが『○○くん』『ハーイ』を披露しているのを見たばかり。その光景を当たり前のように受け入れ、何の疑問も持たずにいましたが、学校的社会化という言葉に思わずハッとさせられました。

 

「私たちは何を当たり前とし、それをどのようにして成り立たせているのか。それを明らかにすることが、結局私がやりたいことなんだと思います。卒業式でも入学でも同じ。でも、当たり前だと思っていたものがそうではなかったと暴くだけでは、面白いトリビアで終わってしまう。事実や経緯を明らかにするだけではなく、私たちがどうしてこういうことを感じたり考えたりするんだろうという視点から追究していきたいです」

 

卒業式をはじめとする日本特有の学校文化を改めて知ることで、私たちが当たり前だと思ってきたことが実はそうでもないと気付かされました。

当たり前を疑ってみることから、新しい視点や考え方が生まれてくる。それが学問の面白さなのかもしれません。

公共経済学×『ムーミン』:経済学者の視点で読み解く、北欧文学に描かれた幸せのヒント

2020年11月10日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

映画や小説、アニメ、漫画…サブカルの世界を学問の視点で掘り下げるシリーズ第4弾。

今回のテーマは、公共経済学×『ムーミン』です。

第1作が発表されてから2020年で75周年を迎え、今も世界中で愛され続けている『ムーミン』シリーズ。その中の一冊『ムーミン谷の仲間たち』を、公共経済学の視点から読み解きます。

社会全体の幸せはどうやって決まる?

フィンランドを代表する芸術家、トーべ・ヤンソンが生み出した『ムーミン』シリーズは、小説や絵本、コミック、アニメ、キャラクターグッズなど、さまざまな形で親しまれています。

本を読んだことのない人でも、ムーミン、スナフキン、リトルミイ…といった愛らしくも個性的な登場人物たちを知っているのではないでしょうか?

 

今回取り上げるのは、『ムーミン』シリーズの中で唯一の短編集『ムーミン谷の仲間たち』。ムーミン谷のおなじみのキャラクターが登場する、9つのお話が収められています。

今回は近畿大学の仲林真子先生に、公共経済学の視点からこの本をどのように捉えるか、お話を伺います。

『ムーミン全集【新版】ムーミン谷の仲間たち』著者:トーベ・ヤンソン/山室静訳(講談社)

『ムーミン全集【新版】ムーミン谷の仲間たち』著者:トーベ・ヤンソン/山室静訳(講談社)

 

仲林先生は、ムーミン谷を一つのコミュニティ=地域社会と捉え、個々のキャラクターの幸せとムーミン谷全体の幸せがどのようになっているかを考えたと言います。

 

「公共経済学では、社会的厚生関数というものを使って、社会全体の幸せを分析します。サミュエルソンとバーグソンという経済学者は、この社会的厚生関数を、社会を構成する一人ひとりのメンバーの効用に依存すると定義しました。効用とは、いわゆる満足のこと。私の授業では、うれしさとか、食べ物を食べた時だったらおいしさとか、とにかく気持ちが上がるような、ハッピーな状態になることだと説明しています」

 

社会的厚生関数を表した数式の一つを、仲林先生が示してくれました。

 

W=U1+U2+……Un

 

「これは、功利主義に基づく社会的厚生関数として有名なベンサム型社会的厚生関数です。社会全体の幸せを、その社会を構成するメンバーの幸せの合計として表しています。1番目の人の幸せ、2番目の人の幸せ、それを全員分足したものを、W=社会全体の幸せとして定義しています。ムーミン谷で言うとこんな感じですね」

 

ムーミン谷の幸せ=ムーミンの幸せ+スナフキンの幸せ+リトルミイの幸せ+……

 

キャラクターたちの幸せを足し算したものが、ムーミン谷全体の幸せ。とてもわかりやすい考え方ですが、実は大きな問題をはらんでいると言います。

 

「たとえば1番目の人の幸せが増えて、2番目の人の幸せが減った時に、増えた分のほうが大きかったら、全体としては前より良くなったことになってしまう。つまり、不幸せだった人がさらに不幸せになったとしても、その問題が消えて見えなくなってしまうんです。その結果、格差が広がっていきます」

 

これがまさしく資本主義が抱える問題、そして格差社会につながっていると仲林先生は指摘します。一方、ムーミン谷はどうでしょうか。

 

「ムーミン谷は、おそらく格差社会ではないですよね(笑)。個性的なキャラクターたちが好き勝手に、そこそこ幸せそうに暮らしている。この物語の中に、今の私たちに必要なヒントがあるのではないかと思うんです」

コロナ禍の中で実施された近畿大学のウェブ企画「今だから読んでもらいたい本」。そこでおすすめ本の一つとして『ムーミン谷の仲間たち』を選んだ仲林先生。推薦した理由は、個人の幸せと社会の幸せを考えてほしいから、とのこと

コロナ禍の中で実施された近畿大学のウェブ企画「今だから読んでもらいたい本」。そこでおすすめ本の一つとして『ムーミン谷の仲間たち』を選んだ仲林先生。推薦した理由は、個人の幸せと社会の幸せを考えてほしいから、とのこと

子どもの成育環境と自己肯定感

ここからは、『ムーミン谷の仲間たち』の中のエピソードを取り上げ、詳しくお話をお聞きします。9つの短編から、仲林先生がピックアップしたのは2つ。1つ目は、『目に見えない子』というお話です。

 

『目に見えない子』の主人公・ニンニは、育ての親から皮肉や意地悪を言われ続けたせいで、姿が見えなくなってしまった、という女の子。ムーミンの家に連れてこられたニンニは、ムーミン一家と一緒に暮らしていくうちに、足が見え、手が見え、少しずつ体を取り戻していきます。

 

「子どもの虐待やネグレクトが問題となっている中で、まさにそのものの話だなと。これが70年以上前に書かれていることに驚嘆しますね」と仲林先生。先生は現在、教育に関する研究に取り組んでいると言います。

 

「私が対象としているのはもう少し大きい子ども、主に学校の校風や校訓が、学習の成果にどんな影響を与えているか、という研究をしています。人の成長や目標の達成に、成育環境がどのように影響するのか。たとえば厳しい学校では成績が良くなるのか、それともちょっとゆるい学校のほうが良いのか。叱咤激励するほうが良いのか、褒めちぎったほうが良いのか、などさまざまな分析をしていきます」

 

成育環境が子どもに与える影響というテーマは、まさにニンニの物語と重なります。この物語が、教育分野における一つの問題提起になっていると仲林先生は語ります。

 

「実はこういった教育に関する研究も、公共経済学の守備範囲なんです。経済学の中には教育経済学という分野もあります。教育は広い意味で公共財にあたりますし、個人にとっては消費と投資という2つ面があります。消費ととらえれば効用が上がりますし、投資ととらえれば将来収益を生みます」

 

「経済学とは少し離れますけど」と前置きして、仲林先生はこう続けます。

 

「最近、自己肯定感という言葉をよく耳にしますよね。ニンニの体が少しずつ見えていくところは、自己肯定感のバロメーターのように感じました。お話の最後、ムーミンママのために怒ったことで、ずっと見えなかったニンニの顔が見えるんですよね。大事な人のために本気で怒ることができるかどうか、強くなれるかどうか。それが(自己愛ではない)自己肯定感において大切なことなんだと。そういった意味でもこのお話は示唆に富んだ話だと思いますね」

 

ずっと怒ることができなかったニンニに、リトルミイはこんな言葉を投げかけます。

「たたかうってことをおぼえないかぎり、あんたは自分の顔を持てるわけないわ」

そしてニンニは、大好きなムーミンママを守るために本気で怒り、自分の顔を取り戻すのです。

 

仲林先生の示す「自己肯定感」というキーワードから、新たな視点で物語を味わえたように感じます。

幸せな老後を過ごすためのヒント

仲林先生がもう1つ選んだのは、『静かなのが好きなヘムレンさん』というお話です。

 

早く歳を取って年金をもらって、静かに暮らしたいと願っていたヘムレンさんは、親戚から土地を受け継いで隠居生活を始めます。でも、洪水で遊園地が流されてしまったと悲しむ子どもたちにせがまれて、結局自分の土地に遊園地を作ってあげるのです。静かであることを何よりも好むヘムレンさんが、最後には子どもたちを喜ばせることに幸せを感じるようになるというお話です。

 

「今日本では、超高齢社会や年金が政策の主要なテーマになっています。世界一ともいわれる超高齢社会で、退職後の20~30年をどう過ごすのか。静かに暮らしたいと望む人は多いでしょうが、人と関わらない生活は味気ないものかもしれませんよね。ヘムレンさんの物語が、幸せな老後の在り方や、健康寿命を延ばすためのヒントを与えてくれているようにも思えますね」

 

超高齢社会において、年金は公共経済学の中でも重要なテーマだと言います。

 

「公共経済学の主なテーマの一つですね。たとえば今の日本では、80歳代の人と20歳代の人は同じ国に生まれているのに、社会保障の観点ではまったく状況が変わってしまう。公共経済学ではそういった問題の分析も行います。年金だけでなく医療や介護も含めて、中心となるテーマです」

ムーミンに描かれた一つの幸せの形

効率と公平もまた、公共経済学の大きなそして普遍的なテーマの一つだと仲林先生は語ります。

 

「従来の経済学では、効率性を一つの基準として考えてきました。でも効率を追求していくと、強い人がより豊かになり、弱い人がより貧しくなって、公平ではなくなってしまう。先ほどのベンサム型の社会的厚生関数はそれを表していました。効率と公平は、経済学の中では両立しないんです。だから、効率と公平の間のどこに立ち位置を取るのか、おそらく10人いたら10通りの考え方があると思います」

 

そのバランスの取り方が、ムーミンの世界ではうまくいっているのではないかと仲林先生は続けます。

 

「誰かをうらやんだり、すねたり。小さなもめごとや人間関係のストレスが案外リアルに描かれつつも、手を差し伸べる姿がムーミン谷にはあるんですね。困った人に食事をふるまったり、一人ぼっちの人に声をかけたり、格差が広がらないうちに、みんなのほんの少しずつの気遣いによって解消されて、コミュニティの中で自然にバランスを取っているように感じます。誰かひとりが我慢をし過ぎたら、持続可能じゃなくなりますよね。でもムーミン谷では誰も無理をしていなくて、バランスが絶妙なんです」

 

「少し飛躍するかもしれませんが」と仲林先生はこんなふうに語ってくれました。

 

「最近、公助・共助・自助の考え方が注目されています。ムーミン谷は、まさにこの共助と自助のバランスが絶妙で、そのことによって幸せが保たれているように感じます。フィンランドは、国連が発表した世界幸福度ランキングで2020年まで3年連続第1位です。ムーミン谷はそのフィンランドで、作者であるトーべ・ヤンソンさんが70年以上前に考えた社会厚生の在り方、一つの幸せの形だと思います」

 

最後には、「楽しく読んだらそれでいいと思いますけど」と笑う仲林先生。

楽しく読んでいるうちに、何かに気付いてハッとしたり、あれこれ考えさせられたり。それがムーミンの魅力なのかもしれません。

公共経済学という一つの視点を通じて、ムーミンの世界をより深く味わう貴重なひとときでした。

利他を考えるってどういうこと?東京工業大学「未来の人類研究センター」の伊藤亜紗先生に聞いてみた。

2020年10月15日 / この研究がスゴい!, 大学の知をのぞく

「利他学」という学問をご存じでしょうか?

「利他=自分でないもののために行動すること」について考える、これまでのどのジャンルにも当てはまらない新しい学問です。

利他と言われてもあまりピンとこない?自分以外のためにって、ちょっと偽善的に感じてしまう?

そんな方こそぜひ読んでみてください。利他のイメージががらりと変わるかもしれません。

いま改めて利他について考える理由とは?

2020年2月、理工系大学発の人文社会系の研究機関として、東京工業大学「未来の人類研究センター」が誕生しました。

センターの最初の5年間のテーマとして掲げられたのが「利他」。利他について考える学問とは、いったいどんなものなのでしょうか?

センター長を務める伊藤亜紗先生にお話を伺いました。

 

そもそも理工系大学の中で人文系の研究を行うことには、どんな意味があるのでしょうか。センター設立の経緯からお話を伺っていきます。

 

「理工系大学の中の人文系研究者って、シンクタンクみたいな存在なんですよね。理工系の研究者が開発している技術が、実際の社会の中でどんな意味を持つのか、どのような考えるべき問題を含んでいるのか。そういった相談をされることがすごく多いんです。とはいえ、一人ひとりはシェイクスピアの専門家だったり宗教の専門家だったりするので、科学技術と社会の関係を考えると言ってもなかなか難しい。そこで、ちゃんと人文系の研究組織を作って取り組もうということで、できたのがこのセンターです」

 

科学技術と人類や社会との関係を考える上で、「利他」というテーマを掲げたのはどうしてでしょうか。

 

「東工大はものづくりをする大学だと言われています。ものを作るって本来はものすごく利他的な行為なんです。でも現実は、技術を開発したその先に人間がいてその人に届けるんだ、という実感が持てなくなってきています」

 

橋を例に挙げて、伊藤先生はこんなふうに説明します。

 

「たとえば川に橋を架ける時、本来はその川を渡りたい人のことを思って作るわけですよね。でも、技術開発が複雑になり、橋のある一部分の鉄筋の強度のための研究、というふうに細分化されていくと、一番大事な川を渡りたい人の存在がどんどん消えていってしまう。そこで、改めて原点回帰するという意味で利他というテーマが良いんじゃないかと考えました」

ウェブでの取材に答えてくださった伊藤先生。専門の美学を通し、アートや哲学、身体に関連する横断的な研究を行っている

ウェブでの取材に答えてくださった伊藤先生。専門の美学を通し、アートや哲学、身体に関連する横断的な研究を行っている

センターの公式ウェブサイト。水辺で焚火を囲む先生たち…その理由は後ほど

センターの公式ウェブサイト。水辺で焚火を囲む先生たち…その理由は後ほど

相手をコントロールしようとしない

こうして決まった利他というテーマ。でも実は伊藤先生は、この言葉に対して最初は違和感を覚えていたと言います。

 

「私はこれまでの研究で、障害を持つ方たちと多く関わってきました。そこで抱いてきた違和感があって。たとえば障害を持っている人は弱者でかわいそうだから助けてあげよう、みたいな善意のかたまりの人って、善意を受ける側からすると、いつもサポートされる役割を演じないといけないと感じて辛くなってしまうことがあるんです」

2015年から今年で18刷となった伊藤先生の著書『目の見えない人は世界をどう見ているのか』/光文社新書。健常者が見えない人の価値観を一方的に決めつけることの問題も指摘している

2015年から今年で18刷となった伊藤先生の著書『目の見えない人は世界をどう見ているのか』/光文社新書。健常者が見えない人の価値観を一方的に決めつけることの問題も指摘している

 

わかりやすい利他、善意のかたまりのような利他は、相手を自分の善意を実行するためのツールにしてしまっているのではないかと、伊藤先生は指摘します。

 

「周りの人を自分のツールにして、コントロールしようとしてしまう。それって利他ではないですよね。自分の行為が相手にとって良い効果を持つべきだ、と思って行動してしまうと、相手はそれに合わせて演技させられてしまうんです。まず相手をコントロールしないという前提から入らないと、利他の問題ってけっこう怖いなって思います」

 

コントロールしないことが一番の利他。そう頭では理解しても、つい相手が喜んでくれることを期待してしまったり…。なかなか難しく感じてしまいます。そう漏らすと、伊藤先生はこんなアドバイスをしてくれました。

 

「もちろん、こうなったらいいなと思うのは自然なこと。でも自分の中に余裕を持って、相手が自分の思い通りの行動ではなかったとしても、それを受け止めるようなスペースをいつも用意しておくことが大事かなと思います」

世の中のあらゆることが利他に関係している

未来の人類研究センターの立ち上げ時期は、くしくもコロナ禍と重なりました。社会が大きく変わる中で、利他という視点がより重要になってきたようにも感じます。

センターで取り組む利他学にはどのような影響があったのでしょうか。

 

「私が特に感じたのは、利他の<他>に含まれるのは人間だけではないということ。人間だけを中心に考えちゃいけないなって思いました。それこそウイルスだって、人間に悪影響を及ぼすものでもあるけど、生物全体でみると進化の中で重要な意味をもつ<他>なわけです」

 

センターで行っている研究会では、さまざまな<他>について理系の研究者と対話を重ねていると言います。

 

「たとえば<他>を太陽だと捉え、人間と太陽の関係について光合成の専門家と話したり、東工大には宇宙系の研究者も多いので、<他>を地球外の生命と捉えて、その生物との利他的な関係について話したりしました」

オートファジーの研究でノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典教授、植物分子等を研究分野とする東京工業大学の久堀徹教授など多彩なゲストを招く研究会。Webサイトは研究会レポートのほか、その中から利他にまつわる言葉や気づきをピックアップしたページもある

オートファジーの研究でノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典教授、植物分子等を研究分野とする東京工業大学の久堀徹教授など多彩なゲストを招く研究会。Webサイトは研究会レポートのほか、その中から利他にまつわる言葉や気づきをピックアップしたページもある

 

利他と聞いて人との関わりしかイメージしていませんでしたが、ウイルスや地球外生命体まで<他>だとは…。少し戸惑っていると、「たぶん利他に関係しないことってないんですよね」と伊藤先生。

 

「ミシマ社と共同で開催している『利他プロジェクトin MSLive』では、料理家の土井善晴さんや社会福祉施設の代表を務める村瀨孝生さんをゲストにお迎えしました。なんで料理?って不思議かもしれないですけど、何か良いことをやっている人はだいたい利他と関係してるなって思うんです。だから特に最初の半年は、ジャンルを限定せずに幅広く、いろいろな方と対話できればと考えました。一般的に理解されている利他じゃないような利他が重要だと思っています。だから、あえてわかりやすくないところから(笑)」

ミシマ社×未来の人類研究センターの対談シリーズ「利他プロジェクトin MSLive」。対談の内容はこちら

ミシマ社×未来の人類研究センターの対談シリーズ「利他プロジェクトin MSLive」。対談の内容はこちら

数値化やコントロールの枠から離れてみる

センターには伊藤先生をはじめ5名の先生が在籍していますが、まずこのメンバーで大事にしようと話したのが「雑談」だと言います。

 

「センターとしての初めての仕事は、メンバーで焚火をすることでした。焚火を囲んで雑談している姿が、センターのホームページのシンボルのようになっています。研究のヒントって、実は雑談の中からしか生まれないんですよね。ゴールがしっかりと決まっている会議ももちろん大事なんですけど、それだけだとコントロールの枠内のことしか起こらない。コントロールが外れたところに利他的なものが生まれるんじゃないかって話し合ったんです。だから研究会やMSLiveの人選も、雑談の中から決まることが多いですね」

焚き火を囲んで雑談、の雰囲気そのままに、先生方がおしゃべりする「利他ラジオ」のコンテンツも必聴

焚き火を囲んで雑談、の雰囲気そのままに、先生方がおしゃべりする「利他ラジオ」のコンテンツも必聴

 

今後もさまざまなイベントやシンポジウムの開催、本の出版などの計画を進めているとのこと。どんなゲストが登場するのかも含め、これからも予測のつかない展開が楽しみです。

 

最後に、利他について考える上で私たちは普段どんなことを意識したら良いのか、お聞きしてみました。

 

「社会の中で働いたり勉強したりしていると、何でも数値で評価されてしまいますよね。でも利他って数値化できないものなんです。数値化できない価値がある。それを意識することがすごく大事だと思います。数字に支配されると利他が消えていくと思うんです。だから自分がどんな数字に支配されがちなのか意識して、その支配の外にどんな価値があるか気付くことが、利他につながっていくんじゃないかと思います」

 

数値化やコントロールの枠から、一度離れてみること。そこから日常の見え方が変わって来るのかもしれません。

これまであまり考えてこなかった利他にまつわるさまざまなお話から、たくさんの気付きを得ることができました。

ドローンで山岳遭難者を捜索!近畿大学によるQRコード付き登山用小型シェルターとは?

2020年8月18日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

「山ガール」なんて言葉が流行ったのは、もう10年ほど前のこと。今では登山は、老若男女が気軽に楽しめるレジャーとして定着しています。

でも気軽に出かけたその先で、もしも道に迷ってしまったら?急な悪天候で遭難してしまったら?そんな「もしも」の時に活躍する最新アイテムが開発されたと聞いて、お話を伺ってきました。

数100m先の遭難者を見つけて個人を識別

今回取材するのは、近畿大学理工学部と日本山岳救助機構合同会社が共同開発した、QRコード付き再帰性反射マーク(M-bright)を印刷した小型シェルター。いったいどんなアイテムなのでしょうか?近畿大学の前田佳伸教授にwebでお話を伺いました。

特殊なQRコードがつけられたM-brightプリント・ピコシェルター(左)。ポンチョとして着用する際はこのように(左)

特殊なQRコードがつけられたM-brightプリント・ピコシェルター(左)。ポンチョとして着用する際はこのように(左)

前田佳伸教授(電気電子工学科)

前田佳伸教授(電気電子工学科)

 

まず再帰性反射マークという言葉が耳慣れませんが、「身近なところにもありますよ」と前田先生。たとえば高速道路にある反射板も同じ仕組みで作られていると言います。

 

「車のライトが当たると光を照射した方向に反射するという仕組みで、今回の再帰性反射マークも同じです。サーチライトを搭載したドローンから光を当てると、再帰性反射マークが光を反射するため、遭難者の居場所がわかるんです。このシステムによって、数100m先にいる遭難者を見つけることができます」

 

なるほど、光の反射を使って捜索するんですね。QRコードが付いているのはどうしてでしょうか。

 

「このQRコードには、私が理事長を務めるNPO法人光探索協会が付与した個別識別番号が付けられていて、登録者の情報が管理・保管されています。ですので、数100m先にいる遭難者が誰なのか、個人を特定することが可能になります」

 

「たとえばこのTシャツは…」とお話しながら、前田先生が画面越しに着ているTシャツを見せてくれました。

その胸元にはQRコードが!

その胸元にはQRコードが!

こちらがそのQRコード再帰性反射マークTシャツ。光の照射があると虹色に。照射なしだと右のように、マークがあることも一見してわかりづらい

こちらがそのQRコード再帰性反射マークTシャツ。光の照射があると虹色に。照射なしだと右のように、マークがあることも一見してわかりづらい

 

「このTシャツは2018年にクラウドファンディングを行った際に、支援者へのリターンとして作ったものです。ライトを当てるとQRコードが七色に光って、個人を特定できます」

 

クラウドファンディングの告知が登山雑誌に掲載され、記事を見た日本山岳救助機構合同会社の方からオファーがあったことが、今回の共同開発のきっかけだそうです。今回はTシャツではなく小型シェルターという形になったんですね。

 

「この小型シェルターはすごくコンパクトに畳めて、しかも軽いので、非常用として携帯するのに便利です。天頂部を吊って設営すると、中に2人まで待避することができます。また、ポンチョとして着用することもできるので、雨具や防寒具の予備としても使えます」

新技術の登場で山岳救助の現場が変わる!

さらに、これまでの山岳救助で使われていた既存の技術との大きな違いがあると前田先生は語ります。

 

「たとえば山岳用の電波を使った小型発信機。これも大変有効なんですが、電子機器なので電池が切れると使えません。転倒した時に遠くに飛んで行ったり、岩にぶつかって壊れたりする可能性もあります。そういった場合のひとつの補助として使えると考えています」

 

たしかにこのシェルターなら、充電の心配もなく使えますね。ちなみに悪天候の時は使えるのでしょうか?雪や雨の中でも使用できるのか気になるところです。

 

「光が透過する環境であれば使えるので、雪や雨が降っている中でもある程度は大丈夫です。あとは、条件がそろえば水の中でも使えます。電子機器だと水に浸かってしまうと無理ですが、これは水中の捜索も可能なんです。山岳遭難者の多くは川や沢で亡くなると言われているので、そのような捜索にも有効です」

 

また、これまでの山岳捜索はヘリコプターからの目視によるものが多かったそうですが、やはり人間の目で見つけるのは至難の業。今回のシステムでは光を能動的に当てることによって、より高い確率で遭難者を発見できると考えられています。さらに、ドローンで捜索できるので、有人のヘリコプターによる二次遭難の危険性も回避することができます。

 

お話を聞けば聞くほど画期的なアイテムですが、「アイディア自体はそんなに難しいものではないんですよ」と前田先生。最も苦労したのは、システムの有効性を示すことだと語ります。

 

「有効性を証明するため、何度も実証実験を行いました。たとえば今年1月には、六甲山スノーパークで実験を行い、雪の降る環境でも光が透過すれば十分に認識できることが判明しました。スキー場の方が面白がって実験の様子をツイートしてくれたので、けっこう話題になりました」

 

 

QRコードというか全身が光っていますよ…!「これは共同研究をしているメーカーが実験用に特別に作ってくれた、全身を再帰性反射材で覆ったつなぎのウェアです。200m先でも明々ときれいに見えるでしょう?」と笑顔で話す前田先生。雪の中で全身が七色に光る光景はなかなかシュールです(笑)。

きっかけはマグロから?意外な開発エピソード

ところでこの再帰性反射材を使った光探索システムは、どのようにして生まれたのでしょうか?開発のきっかけを伺うと、意外な答えが返ってきました。

 

「もともとこのシステムは、宇宙マグロプロジェクトという計画から生まれたものなんです。海面近くを回遊するマグロなどの魚の生態を究明するため、魚に再帰性反射材を装着して追跡するという計画です。地上から400km離れた人工衛星からレーザーを照射して、魚を追尾することを構想しています。そのための基礎データを取得するため、来年には10cm四方の超小型人工衛星を打ち上げる予定です」

宇宙から追跡するというなかなか壮大なプロジェクト…!

宇宙から追跡するというなかなか壮大なプロジェクト…!

 

近大といえばマグロ、というイメージがありますが、ここでマグロが登場するとは思いませんでした。このプロジェクトのための技術を、山岳救助に応用したものだったんですね。他にもいろいろな分野に活用できそうです。

 

「このシステムは迷子探しにも応用できると考えています。たとえば2025年に開催される大阪・関西万博において、世界各国から訪れる子どもたちに再帰性反射材のQRコード付きワッペンなどを付けてもらえば、迷子になった時に光探索システムで捜索できます。他にも徘徊老人の捜索やペットの迷子探しへの活用も期待できます」

 

前田先生いわく、この技術を一言で表すと「遠くのQRコードを読む技術」。今までQRコードといえば、電子マネーの決済などの際に携帯電話をかざして読み込むというイメージしかありませんでしたが、数100m先でも読めるとなると、これまでとは全く違った新しい使い方が生まれてきそうです。

 

なお、今回開発された登山用小型シェルター・M-brightプリント・ピコシェルターは、8月20日から日本山岳救助機構合同会社のWebサイトにて発売予定。「個別識別QRコードタイプ」13,050円(税込)、「同一QRコードタイプ」12,550円(税込)となっています。また、より気軽に持てるものを、とハンカチタイプも同時に発売されます。

QRコードお守りハンカチバンダナ(3300円税込)  。遭難時には頭や腕に巻いたり、リュクサックや石を包み込んで空が見える場所に設置することによって、遭難場所を知らせる目印にすることもできる

QRコードお守りハンカチバンダナ(3,300円(税込)) 。遭難時には頭や腕に巻いたり、リュクサックや石を包み込んで空が見える場所に設置することによって、遭難場所を知らせる目印にすることもできる

 

「本格的に登山をする方には小型シェルター、家族での気軽な登山や小さな子ども向けにはハンカチタイプ、と考えて2タイプ用意しました」と前田先生。どちらも小さく畳めるので、リュックの片隅に入れておけばいざという時に安心ですね。近い将来、山に登る時にはQRコード付き再帰性反射マークを使ったアイテムを携帯することが当たり前になるかもしれません。

越前屋俵太さんの「想定外を楽しむ」とは? 関大のオンラインイベントに参加してみた!

2020年6月23日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

緊急事態宣言が解かれたとはいえ、さまざまな「想定外」の状況が続く日々。不安やイライラに心が揺れてしまうことも多いのではないでしょうか。

 

想定外の時代を生き抜くためにはどうすれば良い?そんなタイムリーなテーマで行われた、関西大学梅田キャンパス「KANDAI Me RISE」(以下ミライズ)主催のオンライントークイベントに参加してきました。

ほとんど0円大学初、オンラインイベントのレポートです

ほとんど0円大学初、オンラインイベントのレポートです

 

展開は予測不能。想定外のトークがスタート!

今回のトークイベントのテーマは「想定外の時代を楽しむリーダーシップ」。7月から開講される「ビジネススキルとしての“EI=感情的知性”開発セミナー」第2期のキックオフイベントとして開催されました。

 

当初はミライズで対面型イベントとして行われる予定でしたが、外出自粛要請に伴い急遽オンラインでの開催となりました。

 

ゲストに迎えるのは、ABCテレビ「探偵ナイトスクープ」の番組立ち上げから関わり、初代探偵としても知られる越前屋俵太さん(関西大学 総合情報学部特任教授)。

 

聞き手は、EIセミナー本講座でも講師を務める組織変革コーチの吉田典生さんです。

 

関西大学の先輩後輩でもある2人が、「想定外を楽しむ」をテーマに参加者も交えて大いに語り合いました。

ゲストの越前屋俵太さん。専門は「現場の実論」。京都大学では「京大変人講座」のディレクター兼ナビゲーターとして、関連本もプロデュース

ゲストの越前屋俵太さん。専門は「現場の実論」。京都大学では「京大変人講座」のディレクター兼ナビゲーターとして、関連本もプロデュース

ホストは吉田典生さん。一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート理事

ホストは吉田典生さん。一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート理事

 

「今回はできるだけ双方向で、やりとりしながら進めたい」と吉田さんが水を向けると、「今日は全員としゃべるよ!」と俵太さん。「●●さん、何飲んでるの?」「●●さん、その背景いいね」と40名を超える参加者にどんどん語りかけます。

 

お二人のトークで進むのかと思いきや、いきなり想定外の展開!

 

道行く一般人をいきなりテレビ番組に巻き込む手法を考案した俵太さんにとって、参加者との双方向のやりとりは、いわば十八番ともいえるスタイル。独特のゆるい雰囲気に包まれ、皆さんの緊張もすぐにほどけていきます。

 

イベント中の入退室や離席、飲食なども自由で、それぞれが自宅でリラックスしながら参加できるのもオンラインならではの環境です。

オンライン会議ツール、zoomを使って実施。画面には参加者の顔が並びます。越前屋俵太さんのファンや吉田典生さんの講義の受講生という方が続々と集まりました(参加者の方はプライバシー保護のためぼかしています)

オンライン会議ツール、zoomを使って実施。画面には参加者の顔が並びます。越前屋俵太さんのファンや吉田典生さんの講義の受講生という方が続々と集まりました(参加者の方はプライバシー保護のためぼかしています)

 

「今日はなんで参加したんですか?僕に何か聞きたいことある?」と問いかける俵太さんに、参加者からは次々と質問が。

 

「私も今50代半ばですけど、この先に走れる期間って限られている。俵太さんはこの先10年何をして生きていこうとされていますか?」と質問が挙がると、「何にもわからないよ」と俵太さんは笑います。

 

「僕が大学で教えている学生たちも、みんな何をしていいかわからないんだよ。でも僕もわからないよって言ってる。自分はこうだと決められないことを、自己否定してしまう学生が多いんだけど、僕は決まってなくてもいいんじゃないかと思う。やりたいことも毎日変わるしね。出会う人によって変わるじゃない。ピカソなんて付き合ってる彼女が替わるたびに芸風変わってたわけよ(笑)。そんなもんだよ」

 

心を軽くしてくれるような、軽妙な語り口に引き込まれていきます。

とことん考え尽くしたら本能に従う。

ある日一切の仕事を辞め、5年間山に籠もった経験を持つ俵太さん。会社を辞めるか悩んでいるという参加者からは、「俵太さんにとって辞める覚悟とは?」と質問が挙がりました。

 

「僕もずっと考えていたけど、覚悟とは何か、言葉で理解しようとしているうちは無理だよ(笑)。例えば大人は、無にならなきゃって思ったりするけど、子どもの頃そんなこと考えてました?楽しいから夢中で遊んでたら、いつの間にか無になっている。大人は思考する力が付いてしまったがために、本能で生きることを忘れてますよね」

 

ただし、考えることはけっして無駄ではないと俵太さんは続けます。

 

「考えるのがダメだとは言いたくない、僕も考え続けてきたから。考える時は考え倒したほうがいいです。これ以上考えられへんってくらい考え倒したら、ちゃんと休む。あとはやりたいことをやってたらいいんじゃないですか」

 

ついあれこれ考えてしまって、がんじがらめになってしまうという経験があるのは筆者だけではないようで...チャット画面には「楽しいことを本能で選んでいけばいいですね」などのコメントが多く寄せられていました。

 

参加者の反応がリアルタイムで見えて、「そうそう!」と共感したり「そんな考え方もあるのか」と気付いたりできるのもオンラインならではの面白さです。

前のめりに参加者とのやりとりを楽しむ越前屋俵太さん

前のめりに参加者とのやりとりを楽しむ越前屋俵太さん

吉田さんは時折俵太さんに時折ツッコミをいれつつ、参加者との会話を橋渡し

吉田さんは時折俵太さんに時折ツッコミをいれつつ、参加者との会話を橋渡し

 

いったん壊して再構築する勇気を。

ほとゼロ編集部にも質問の機会が巡ってきたので、現在7つの大学で教鞭を取る俵太さんに、これからの大学についてお聞きしてみました。

 

大学のリモート授業でも「全員としゃべる」と決めているという俵太さん。従来の授業のように教員が一方的に話すのではない、教員と学生の新しい関係性が生まれていると語ります。

 

「リモート授業をきっかけに、授業の在り方、大学の在り方が変わってほしいと思います。改革派、変えなきゃいけないと思っている人たちにとってはすごくチャンスではないかな」

 

「現状に満足しない人は必ずいる。でも現状に甘んじて自分のポジションを守りたい人もいる」と俵太さんは続けます。革命を嫌う人もいる、そしてその気持ちは他人だけでなく自分の中にも存在すると指摘します。

 

「せっかく頑張ってきたんだから、キャリアはつぶしたくない。それでもやっぱり僕は、昨日の自分を否定してみようと思って、一切の仕事を辞めた。辞めたことで新しい自分に会えたような気がする。スクラップアンドビルド、いったん壊して再構築するっていうことだよね。大学では、リフレーミングという手法を学生たちに伝えています。枠をチャラにして、もう1回枠を作り直す。リフレーミングの手法を身に付けると楽しい。でも勇気がいるよ」

 

そんな俵太さんの言葉に対し、「リフレーミングしたいけど、なかなかできない。もう数年悩んでいる」という参加者も。「僕も辞めようと思ってから3年くらい悩んだ。そういう時は無理しないほうがいいよ。いずれ何かきっかけが出てくるから」と答えてくれました。

今だからできることを考えてみよう。

あっという間に90分が過ぎ、イベント終了の時間に。「最後に一言だけいいですか?」と俵太さんがこんなエールを送ってくれました。

 

「今の状況をネガティブに捉えるんじゃなくて、今だからできることって何だろう?と考えることで面白くなるんじゃないかなと思います。ニュートンはペストの流行で大学が休講になった期間に万有引力を発見した。彼はその期間を“創造的な休暇”と呼んでいたそうです。そう考えると、今も大切な時間なのかなという気がしますね。日本人はちょっと頑張りすぎ、忙しくて考える時間がない。だから今は考える時間を与えてもらったんじゃないかと僕は思ってます」

5年の山ごもりを経て毒素が抜け、身体が軽くなったという俵太さん。実体験を経た言葉には重みがありました

5年の山ごもりを経て毒素が抜け、身体が軽くなったという俵太さん。実体験を経た言葉には重みがありました

 

終了後のチャット画面には、参加者から前向きな言葉が次々と書き込まれ、皆さんの表情もどこか晴れやかに見えたのが印象的でした。

 

まだまだ先が見えない日々ですが、この想定外の今をしっかり大切にしようと自然に思えるようなひとときでした。

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