京都らしい街並みに欠かせない京町家と細街路〜京都アカデミアウィークで歴史から現代に合わせた改修方法までまるっと学ぶ
東京と京都の2拠点生活を始めた筆者は、以前より京町家という存在が気になっていました。全国的にも「古民家カフェ」「古民家リノベーション」といった言葉をよく目にして、心惹かれるものの、京町家って、実は基準や定義もよく知らない……。
そんなとき、京都の8大学が東京・丸の内に集結し、さまざまなテーマの講演会を開催する「京都アカデミアウィーク」で、京町家について学術的な視点からお話をうかがう貴重な機会がありました。京都美術工芸大学の森重幸子先生(建築学部建築学科 教授)が登壇された「京都のまちに欠かせない路地と京町家ーその魅力と再生手法について」をレポートします!
京町家とは? 条件や間取りから定義を確認
町家とは一般的に、「まち」に建つ住居を指します。ここではまず、京都の「まち」について、その成り立ちを見ていきます。京都のまちは、平安京からのまちがそのまま残っているわけではありません。いわゆる「洛中」はおおよそ豊臣秀吉の御土居(京都を囲む土塁)の中を指し、近代のまちはその範囲から外に向かって発展していったそうです。どのように京都市街地が発展していったのか、地図を見比べるととてもわかりやすいですね。
そして、京町家の定義について説明がありました。必須条件は、1950年(昭和25年)以前に建築、木造、伝統的な構造、3階建て以下、一戸建てまたは長屋建て、平入りの屋根があること。さらにこれらに加えて、通り庭、火袋、坪庭または奥庭、通り庇(道に沿って設けられた軒)、格子、隣地に接する外壁または高塀のいずれかを有することが京町家の条件となるそうです。複数条件のうち一つがあればいいの? と思いましたが、その理由は「改変されてるものが多いから」と森重先生。「本質的には、町に建っている家ということで、通りに面して直接立っているものを町家と呼んでいます」。
下の図のような間取りは典型的な「表屋造」と呼ばれるそうです。右側が表の通り道に面していて、間口に対して奥に長い敷地、表屋と坪庭を挟んだ奥棟に分かれていて、奥に前栽と呼ばれる庭があり、そのさらに奥に蔵があるという構成になっています。全然知らなかったのですが、蔵の横にあるスペースは家族以外には見せないプライベートな場所で、ここで洗濯物を干したり、床の間に出すお花を栽培したり、家の修繕のための瓦を置いたりするそうです。そこまで通りから靴のままでいけるようになっているのが大きな特徴とのこと。
さらに森重先生は間取りの特徴について続けます。「京町家だけでなく伝統的な日本の家屋全般に当てはまることかと思いますが、いわゆる個室というものがなく、廊下ができるのももう少しあとです。また、隣との間は窓がなく完全に壁になっていて、窓は奥行き方向だけというルールで建てられています」。廊下と窓にもこのような特徴があるとは、気付きませんでした。
京都の気候に合わせた特徴も。「『家のつくりようは夏を旨とすべし』という吉田兼好の言葉がありますが、京町家は最大限の風通しが得られるような間取りになっていると言えます。盆地である京都の夏は暑くて蒸すので……」。
クーラーが日本の家庭に普及し始めたのは1960〜70年台。それ以前に建てられた京町家には、京都の蒸し暑さを乗り切る工夫がなされていたのですね。
京町家の長所を生かした改修
京町家がどのようなものなのか理解を深めたうえで、次に再生手法について学びました。減少傾向にあるという京町家。どのように再生して活用していくことができるのか、気になるところです。
京町家は、雨漏りの状態をある程度目視で確認できる、床は畳をあげるだけで覗けるといったように、傷み具合が把握しやすく、床下や天井が容易に点検できるので、傷んでいる箇所を直しやすい構造なんだそうです。見つかった柱の傷みや土壁の変形は、一つひとつ直していくことができます。
間口方向の耐力壁が少ないのは大きな弱点なので、もともとの土壁や伝統工法の構造の性質を理解しつつ耐震性を上げることも重視しているそうです。土壁の家の耐震性を上げるには、土壁の家に合わせた構造要素を足していくことが重要で、こういった技術も進歩しているといいます。
それから、音や熱環境の面でも、現代に合わせて改修するそうです。夏の日差しは大きな屋根で遮断でき、通り庭の床はたたきで、町家の床下はもともと構造的に涼しいのだそう。しかし、近年はそれでは対応できないほど暑いし、風通しが良いことが冬にはマイナスになってしまうため、断熱性能を上げる実験も行われているとのことです。具体的には、障子紙を太鼓張りにして空気の層を作る、襖に断熱材を入れる、障子に凹凸をつけることで気密性を上げて隙間風を減らすといった措置などがあると、森重先生は説明をしてくださいました。
京町家がもつ魅力である自然素材や風通しの良さを生かしながら、現代の気候や生活スタイルに合わせていく。ただ単に利便性を追求するのではなく、京町家を大切に守り続けていきたいという願いも込められた改修方法に感じられました。一方で、コストがかかってしまうことや腕のいい職人さんでないとなかなかできないそうで、課題も知ることができました。
もう一つの京都らしさ、細街路とその活用方法
さて、町家から少し離れて、今度は路地に注目します。町家が多いところは、路地の多いところでもあるのです。筆者も京都で細い路地を歩くのはとても好きで、趣があっていいなぁと思います。
森重先生は「両側に立ち並ぶ建物と一体となって空間を形作る」「街路空間は都市の魅力を決定づける重要な要素」というバーナード・ルドフスキー(建築家)の言葉を紹介されました。たしかに路地が京町家と一体となって京都の街の雰囲気を作っているように思います。ここで取り上げられるのは、市内に13,000箇所ほどある「細街路」(幅4m未満の路地)です。
細街路には、短所と長所の両面があるそうです。まず短所としては、防災面での危険が挙がりました。狭い路地ではどうしても火事が広がりやすいなどのリスクがありますよね。そして長所として挙げられたのは、交通安全(車が入れないため)、近所との交流ができる空間、表通りと違う世界。つまり、普通は路地の奥は表通りとは異なる空間で、内側で家同士が近いためコミュニティが生まれ、町の多様性につながるとのこと。路地がコミュニティの形成に一役かっているとは思ってもみませんでした。
細街路は具体的にどのように活用されているのでしょうか。森重先生の研究で実際の活用例を調査したところ、子育て世帯では子どもたちの安全な遊び場として重宝されていることがわかったそう。
「お子さんが生まれてからは、ここで三輪車で遊んだり、チョークでお絵かきをしたり、お子さんのお友だちと焼肉パーティーをしたり、多様に使ってらっしゃるとのことでした。最近は、ここでご主人がリモートワークをすることもあり、非常に豊かに使ってらっしゃるというお話がありました」と森重先生。
リモートワークまで! さすがに思いつかない活用法でした。さらに森重先生はこう続けられました。「京都のまちを見ていると、公園が少なくなかなか遊べる場所が限られるため、路地空間がすごく貴重な子どもの遊び場になっています。なので、特に子育て世帯の生活空間として重要だと思います。路地を生活空間の一部として生かしていくということは、町全体を使って生かしていくという方向だと思っています」。
路地空間がご近所さんとの交流の場から子どもの遊び場まで幅広く活用されていると知り、とても興味深かったです。京町家にばかり注目していましたが、細街路の役割や重要性も併せて学ぶことができたので、これから街歩きをする際には細街路の雰囲気や魅力も味わっていきたいと思います。
先生は最後に「路地・町家は、歴史的な市街地の特徴的な存在ですが、単に歴史的なものというだけではなくて、現代の私たちから見ても貴重で、街中の居住の場としてすごく可能性のある場所だと思っています」と締め括られました。
今回の講演会では、その可能性について理解を深め、京町家や細街路の存在を見直すことができました。実際に京都市内を歩いていると、森重先生のお話にあった京町家や細街路が京都の街並みを作る重要な要素になっていると体感することがとても多くあります。皆さんも京都を歩く際にはぜひ、注目してみてください。