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珍獣図鑑(11):17年に一度の大発生! 周期ゼミの遺伝子に仕掛けられた“時計”を探せ

2021年7月1日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第11回目は、「17年に一度の大発生」がニュースで話題になっている周期ゼミについて、京都大学の曽田貞滋先生にお聞きしました。それではどうぞ。(編集部)


実は3種類のセミが混ざっている!?

北米で大発生中の17年ゼミ、街路樹をびっしり覆っている映像はかなりインパクトがあります。一体どんなセミなのでしょうか?

 

「まず、17年ゼミというのは1種のセミではありません。今年大発生している17年ゼミは、3系統のセミが同時に発生しているんです。

 

土の中で幼虫として長い時間を過ごし、13年や17年という周期で一斉に羽化を行うセミを周期ゼミと呼んでいますが、分類としては北米大陸東部に生息するセミ科チッチゼミ亜科のマジシカダ属のセミを指します。マジシカダ属のセミは3つの系統(種群)に分けられますが、それぞれの種群に13年ゼミ、17年ゼミがいて、現在7種(13年ゼミ4種、17年ゼミ3種)が知られています。それぞれの系統は見た目こそよく似ていますが、オスの鳴き声が全く異なるので、明確に聞き分けることができます」

曽田先生らのグループがゲノム解析で明らかにした周期ゼミの3系統。同系統の13年ゼミと17年ゼミは遺伝的に非常に近く、外見では見分けがつかない

曽田先生らのグループがゲノム解析で明らかにした周期ゼミの3系統。同系統の13年ゼミと17年ゼミは遺伝的に非常に近く、外見では見分けがつかない

 

むむむ!? 17年ゼミだけで3種いるんですか。今年発生したのは「ブルードⅩ(テン)」というセミだとニュースで聞きましたが。

 

「ブルードというのは、発生年ごとに割り当てられた集団の呼称ですね。1893年を起点として、そこから1年ごとに発生する17年ゼミの集団がブルードⅠ〜ⅩⅦ、同じように13年ゼミがブルードⅩⅧ〜ⅩⅩⅩと名付けられています。これは仮定上の割り当てなので、実際にはこれまで発生が確認されていないブルードや絶滅してしまったブルードもあり、現存するブルードは17年ゼミで12個、13年ゼミで3個です。

 

各ブルードは発生年だけでなく、発生地域も棲み分けられています。今年発生しているブルードⅩは、東海岸から内陸部まで広く分布していて、その中に首都ワシントンD.C.も含まれるので大きなニュースになっているんでしょうね」

全ブルードの分布図。北部に17年ゼミ、南部に13年ゼミのブルードが分布している

全ブルードの分布図。北部に17年ゼミ、南部に13年ゼミのブルードが分布している

 

分布図を見るとまるでパズルみたいですね。3つに分かれた系統のそれぞれが13年ゼミと17年ゼミに分岐しているのも、発生年ごとに分布が綺麗に棲み分けられているのも、すごく不思議だ…!

じっくり育って天敵を数で圧倒。驚きの生存戦略

そもそも、13年と17年って人間ならば中学生、高校生の年頃。昆虫としては異様に長生きですね。日本ではセミというと7年ぐらいで成虫になるイメージです。

 

「昆虫ではアリの女王が10年以上生きることが知られていますが、幼虫の期間が周期ゼミほど長いものは非常に珍しいですね。氷河期の寒冷な気候のもとで十分に成長するため、幼虫として長い時間を過ごすように進化したという説があります。

 

ちなみに、日本で馴染み深いクマゼミやアブラゼミは幼虫の期間がはっきり決まっているわけではなく、同じ年に産卵された卵でも羽化のタイミングは5年後だったり8年後だったりとバラバラです」

 

寿命の長い周期ゼミは研究対象としても長く付き合っていく覚悟が要りそうですね……。一度に大量に発生するのも何か生存に有利になる理由があるのでしょうか。

 

「限られた地域で天敵が食べ尽くせないほど一気に大発生することで、より多くの個体が生き延びることができ、繁殖の機会も増えるのだと考えられます。ちなみに、周期ゼミは日本で見かけるセミほど俊敏に飛び回ることもなく、羽化した場所からほとんど動かずに交尾・産卵します。遠くに飛んでいくような個体は、群れでいることのメリットを受けられないため子孫を残せないのでしょう」

現地調査で撮影した13年ゼミ。あまり動かないので簡単に捕まえられる(撮影:曽田貞滋)

現地調査で撮影した13年ゼミ。あまり動かないので簡単に捕まえられる(撮影:曽田貞滋)

 

じっくりと体を成長させ、圧倒的な物量で天敵を凌駕する……何だかバトル漫画かパニック映画のキャラクターみたいですが、天敵にとっては入れ食い状態ですね。生態系のバランスが崩れてしまったりしないんでしょうか?

 

「そうですね。現地で調査をしていると、お腹の部分だけを食いちぎられてまだ生きているセミをよく見かけます。セミはいくらでもいるので、リスや鳥などは美味しい部分だけを食べてあとは捨ててしまうのでしょう。そのほかの天敵としてはセミに寄生するハエカビの1種(真菌類)がいます。腹部に寄生して生殖能力を奪うのですが、寄生されたセミはゾンビのように交尾相手を探し、交尾行動をとることで菌を媒介してしまいます。

 

いずれにしても13年または17年に1度なので、セミのおかげで天敵の小動物が一時的に増えることはあっても、生態系のバランスが崩れるということはなさそうです」

お腹だけを食べられ、まだ生きているセミ。地面から木に登ってくる様子はゾンビのよう(撮影:曽田貞滋)

お腹だけを食べられ、まだ生きているセミ。地面から木に登ってくる様子はゾンビのよう(撮影:曽田貞滋)

 

ところで、周期ゼミは「素数ゼミ」とも呼ばれていますね。なぜ13年や17年という素数周期(!?)で発生するのでしょうか?

 

「13と17の最小公倍数は13×17=221ですね。理論上、13年ゼミと17年ゼミは221年に1度しか出会わないことになります。このように素数周期で発生することで、他の周期ゼミとの交配の機会が減り、大発生の周期が維持されてきたのではないかという説があります」

 

たとえば13年ゼミと17年ゼミが交配して一部が15年ゼミになったら、大発生のメリットが薄れてしまうということですね。他の周期とぶつかりやすい周期のセミが淘汰されて、素数周期のセミが生き残ったと……うまくできていますね!

 

「数理生物学者の吉村仁さんがこの説を発表した時は、自然界の法則の美しさに私自身とても心を動かされ、周期ゼミに関心を持つきっかけにもなりました。

 

しかし、この説には落とし穴があって、13年、14年、15年……といったさまざまな周期がある年を起点に一斉にスタートしない限り、素数だから他の周期とぶつかりにくいとは言えないんですよ。近年は、研究者の間では素数とは別の見方が主流になっています」

魔法の数字は素数ではなく「4」だった!?

素数とは別の見方ですか。曽田先生はどんな視点で周期ゼミを研究されているんでしょうか?

 

「私の関心は、地球上の生物が多様な進化を遂げてきた秘密を、その生活史——発育や生殖といった一生のサイクル、またそれらが環境とどう関わっているか——から明らかにすることです。これまでオサムシなどさまざまな昆虫を研究対象にしてきました。周期ゼミは非常に面白い生活史をもつ昆虫として注目していましたが、調査に加わった直接のきっかけは、2007年に吉村仁さんが始められた全ブルードのサンプリング調査に参加したことでした。以来、周期ゼミの系統進化をゲノム解析を用いて研究しています。

 

現在の課題は、13年と17年という周期の違いがどのようにして起こるのか、具体的には、周期ゼミの幼虫期の長さがどのように制御されているのかを明らかにすることです」

 

ふむふむ。「なぜ」ではなく「どのように」というところがミソでしょうか。セミは土の中で13年や17年を計るタイマーを持ってるんでしょうか……?

 

「1日や1年といった単位ならまだしも、十何年間も時間を計って一斉に羽化するなんて普通はできないですよね。

 

そこで、鍵になる魔法の数字は『4』です。実は、周期ゼミの中にも本来の発生年とは違うタイミングで羽化してしまう個体がいるのですが、そうした『はぐれ者』は本来の発生年の4年前、あるいは、まれにですが4年後に見られることが知られているんですね。

 

そこで、こんな仮説を考えてみました。周期ゼミの幼虫には4年ごとに羽化するかどうかを判定する『チェックポイント』のようなものがあって、ある体重を超えた翌年に一斉に羽化するとすれば……4×3+1=13、4×4+1=17で、13年と17年の発生周期の説明がつきます。羽化が4年ずれた『はぐれ者』は、4年ごとの判定の時点で他の個体よりも成長が早かったり、遅かったりした個体ということになります。

4年周期で体重をチェックする仕組みが働き、体重が閾値を超えた翌年に羽化している?

4年周期で体重をチェックする仕組みが働き、体重が閾値を超えた翌年に羽化している?

 

この考え方であれば、なぜ3系統からそれぞれ13年、17年ゼミが分岐したのかについても説明がつきます。たとえばあるブルードの17年ゼミの幼虫に成長を促すような何らかの変化が起こることで、本来よりも4年早く羽化して13年周期に移行することが考えられます。その周期がまた17年に戻ると、もとの周期とずれた分、ブルードの移動が起こります。元に戻らずに13年周期のまま遺伝的に固定されると、13年ゼミになると考えられるわけです」

 

うわーっ、パズルのピースがピッタリ嵌る感覚! ゾクッとしました!

 

「この説が示唆しているのは、13年周期と17年周期の違いには、周期ゼミが持っている可塑性(もともと遺伝子に組み込まれた、環境条件に応じて現れる変化)と、遺伝子そのものの変異という両側面が働いているのではないかということです。どこまでが可塑性で説明できて、どんな点で遺伝的な違いが働いているのかは未解明です。

 

そこで私は、13年ゼミと17年ゼミの幼虫の成長速度の違いが遺伝的に決まっているのではないかと仮説を立てました。現在、これを二つの手法で検証しようとしています。一つは13年ゼミと17年ゼミの全ゲノムを解読して、幼虫の成長速度に関係する遺伝子の違いを調べること。もう一つは土の中の幼虫を採取して成長の状態を確認するとともに、4年ごとに発現しているはずの『チェックポイント』に関わる遺伝子を特定することです。今年はコロナのため渡米はできませんが、現地の研究者にも協力してもらって研究を進めています」

十分な体重に成長した幼虫は羽化前年に目が赤くなる。17年ゼミの幼虫を掘り出してみると、4年早く羽化の兆候が見られる「はぐれ者(straggler)」も

十分な体重に成長した幼虫は羽化前年に目が赤くなる。17年ゼミの幼虫を掘り出してみると、4年早く羽化の兆候が見られる「はぐれ者(straggler)」も(撮影:曽田貞滋)

2019年に行った幼虫発掘調査の様子

2019年に行った幼虫発掘調査の様子

今年、研究者が注目するのは「ブルードの地図」

さっきは「謎は全て解けた!」という気分になってしまいましたが、本当のところはまだまだ分からないことだらけなんですね。研究の最前線を伺ったところで、今年の「ブルードⅩ」の大発生は、研究者の間ではどんなところに注目されているんでしょうか?

 

「ブルードⅩは比較的大きいブルードで、ブルードⅥとブルードⅩⅣというプラスマイナス4年違いのブルードと接しています。アメリカの研究者はブルードⅩの詳細な発生地図を作って、隣接するブルードとの関係を明らかにしようとしています。先ほど説明したような4年違いの『はぐれ者』は、通常はそのうち消失してしまいますが、一部は定着してブルードの地図を書き換えるのではないかと見られています。ブルードの変化の仕組みに興味を持つ研究者にとって、今年は重要なチャンスなのではないでしょうか。

 

また、アメリカでは市民参加型のブルード研究の発展も期待されています。2019年には、セミを発見した一般の人が画像付きで場所や日時を投稿できる『Cicada Safari』というアプリがリリースされ、研究に役立てられています」

 

ゲノム解析から大陸規模の調査まで、目が眩みそうなスケール感のお話でした。改めて、生物の多様性ってすごいですね。

 

「地球上の生命は、はじめは単細胞生物から始まり、様々な大きさ、形に多様化してきました。そしてその生活史も非常に多様化しています。生活史の多様性は、生物の多様性を支えています。多様な生活史がどのように制御されているのか、どのように進化したのか、それを明らかにすることはダーウィン以来の進化研究のフロンティアのひとつと言えるでしょう。

 

周期ゼミの生活史は極めて例外的なものに見えますが、巧妙な制御の仕組みとその進化過程を明らかにすることは、生命の多様化の計り知れない潜在力を理解することにつながると考えています」

2018年、京都大学での周期ゼミワークショップに集まった日本・アメリカ・中国の研究者たち

2018年、京都大学での周期ゼミワークショップに集まった日本・アメリカ・中国の研究者たち

 

【珍獣図鑑 生態メモ】周期ゼミ

magicicada3のコピー

セミ科チッチゼミ亜科のマジシカダ属のセミで、北米東部に生息する。形態・鳴き声で明らかに区別できる3系統(種群)があり、それぞれの種群に13年ゼミと17年ゼミがいて、現在7種(13年ゼミ4種、17年ゼミ3種)が知られている。長い期間を幼虫として土の中で過ごし、13年または17年の周期で一斉に羽化する。「ブルード」と呼ばれる年次集団ごとに発生地域が棲み分けられていて、羽化した場所からほとんど移動せずに繁殖を行う。

最も重い犯罪を作れ! 現役東大院生が開発した「刑法ポーカー」で遊んでみた。

2021年6月8日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

ここ数年、人気が再燃しているアナログゲーム。多彩なゲームシステムやデザインもさることながら、ありとあらゆる題材がゲームになっていることも魅力のひとつ。日々いろいろな大学や研究者を取材しているほとぜろとしては、学問のエッセンスが詰まったゲームを遊んでみたい!

 

ということで、今回ご紹介するのは「刑法ポーカー」。なんと現役の東京大学院生が開発した、遊びながら刑法が学べるポーカーなんだとか。さっそく遊んでみて、開発者にもお話を伺いました!

さっそく遊んでみた

ブラックを基調にしたクールなデザインが目を引く「刑法ポーカー」。基本的なルールはお馴染みのポーカーと同じで、5枚の手札を揃えて「役」を作るというもの。ただし、刑法ポーカーでは「最も重い罪」を作った人が勝ちとなります。

刑法ポーカー

刑法ポーカー

5枚ずつ手札を配り、じゃんけんで順番を決めて、2回ずつ手札を交換。

5枚ずつ手札を配り、じゃんけんで順番を決めて、2回ずつ手札を交換。

ドン!

ドン!

 

上の画像では「傷害致死罪」が成立! 罪の重さはというと、3年〜20年の懲役。これはそこそこの役なのでは。他のプレーヤーは役ができなかったので、このプレーヤーの勝ちです。やったぁ!?

 

犯罪なだけに素直に喜んでいいのか戸惑いますが、役ができるとやっぱり達成感を覚えてしまう……!

 

ではここでカードの説明を。犯罪を構成するカードは大きく分けて「客観的構成要件(青いカード)」と「主観的構成要件(黄色いカード)」の2種類。今回の役を見てみると、「暴行の故意」があった上で、実際に「暴行」が行われ(ここまでで暴行罪が成立)、その「因果関係」で「死亡結果」が発生した場合に傷害致死罪という犯罪が成立するというわけ。暴行罪を犯した結果、相手が死んでしまうというより重い結果が発生しているので、こういう犯罪を「結果的加重犯」というのだそう。

 

なるほど〜、「遊びながら学べる」ってこういうことだったのか。

 

こんな感じで、「暴行罪」から「強盗致死罪」(説明書によると「刑法ポーカーのロイヤルストレートフラッシュ」!)、ボーナスカードである「外患誘致罪」*までいろいろな犯罪を作って罪の重さを競います。
*外国と手を組んで日本に対して武力行使させるなど、外国に軍事上の利益を与える犯罪。量刑は死刑のみという刑法上最も重い犯罪だが、現在まで適用された例はない。

暴行罪と業務上横領罪のコンボ(併合罪)

暴行罪と業務上横領罪のコンボ(併合罪)

 

カード2枚の「暴行罪」は比較的簡単に作れるので、上の画像のように左の2枚で「暴行罪」、右の3枚で「業務上横領罪」(※特殊カード使用)が成立することも。シチュエーションとしては、横領がバレてヤケになって誰かを殴ったということ…? なかなかどうしようもない奴だな…などと想像しつつ。

 

逆に、役としては強い「強盗致傷罪」や「殺人罪」は構成要件となるカードが希少だったり、カードを5枚フルに揃える必要があったりするため、滅多にお目にかかれません。

 

初心者でもサクッと遊べる「未修コース」のほか、刑法を学んだことがある・がっつりプレイしたい人向けの拡張ルール「既修コース」も用意されています。こちらでは客観的事実と主観的に認識した事実が食い違う状態(法律用語で「抽象的事実の錯誤」)でも役が作れるなど、ゲームとしてもさらに作り込まれている模様。

 

知識がなくても普通のポーカーと同じ感覚で遊べますが、刑法を勉強するつもりで挑めばさらに奥深く楽しめそう!

役と量刑の一覧は手元で確認できるよう、カードにまとめられているのでご安心を

役と量刑の一覧は手元で確認できるよう、1枚のカードにまとめられているのでご安心を

開発者が伝授するオススメの遊び方

基本的な遊び方が分かったところで、どんな人が作ったのか興味が湧いてきました。

 

ということで、メールでお話を伺ったのは刑法ポーカーの開発者、伊藤誠悟さん。現在は東京大学法学政治学研究科を休学し、司法修習生として研修に励んでおられる伊藤さんに、刑法ポーカー開発の経緯やさらなる楽しみ方を教えていただきました。

 

——まずお聞きしたいのですが、一体なぜ刑法をポーカーにしようと思ったんでしょうか?

 

学部時代は慶應義塾大学法学部の刑法を研究するゼミに所属していたのですが、とにかく自由なゼミで、卒業にあたって卒業論文か卒業制作のどちらかを選ぶことができたんです。先輩の代では、刑法の判例をカルタにしたものや、刑法のクイズをアタック25形式で出題するものなどが作られていたので、それに倣って作ったのが刑法ポーカーでした。

 

開発にあたってはゼミの教授や刑法を学んだことがない友達にもプレイしてもらって、理論的に正しく、ゲームとして面白く、初心者でも楽しめるバランスを追求しました。

伊藤さんが卒業制作として開発した、商品化される前の刑法ポーカー

伊藤さんが卒業制作として開発した、商品化される前の刑法ポーカー

 

——まさかの卒業制作だったんですね。刑法を学んだことがない人が楽しむためのコツはありますか?

 

まずは未修コースで遊んでいただき、慣れてきたら既修コースにもチャレンジしてみてください。ルールが複雑になる分、より楽しめるはずです。

 

自分の手札を見て「これはどういう状況なのか」と想像してみるのもオススメです。例えば「殺人の実行行為」「殺人の故意」「死亡結果」はあるのに「因果関係」がない場合には、「殺意を持って被害者にナイフを突き刺したところ、被害者が救急車に運ばれ、その道中で事故に遭って死亡した」というケースが考えられます。

 

——役として成立していなくてもイマジネーションで遊べる! これはすごく面白そうです。ちなみに、重い犯罪を作って勝ちを競うことって日常ではなかなかないと思いますが、刑法ポーカーはどういう目線で遊ぶのが正解なんでしょうか?

 

私としては「とにかく楽しんでほしい!」と思っているので、検察官になりきって楽しむも良し、犯罪者になりきって楽しむも良しです。ぜひお好みのスタイルで遊んでください。もっとも、法教育に用いる場合には、倫理的な観点から、検察官目線でのプレイを推奨します。

 

検察官になりきって遊ぶなら、量刑(刑罰の重さ)を自分で調べてみるのもオススメです。六法をお持ちであれば六法を引いて、なければインターネットで検索して、自分の役の量刑を調べてみてください。

 

——検察官か、犯罪者か。なりきりプレイも楽しそうです。最後に、刑法ポーカーの今後の展開は?

 

刑法ポーカーは、いつかアプリでも遊べるようにできたら、と考えています。また、刑法ポーカーの別バージョンとして、他の犯罪を追加したものや、こども向けのもの、弁護士として無罪を目指すもの等を構想しています。さらに、刑法ポーカーの民法バージョンも、一つのアイデアとして温めています。

 

今後、刑法ポーカーを通して、より多くの方に刑法を知っていただけたら、それが何より嬉しいです。さらに、そこから刑法に関心を持って、刑法を学んでくださる方が現れれば、作者冥利に尽きます。今後、私も刑法ポーカーを用いて、法教育を行いたいと考えています。

 

——ありがとうございました!

 

 

刑法ポーカーを楽しむ秘訣は、知識もさることながら想像力にありそう。ぜひぜひチャレンジしてみてはいかが?

都会の鳥は面白い! 北海道教育大学・三上修先生が提案する「電柱鳥類学」とは?

2021年6月3日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

鳥たちが繁殖や子育てに飛び回る春から夏は、バードウォッチングにもってこいの季節。緑豊かな山や森に出かけたい一方で、梅雨の時期に遠出するのはなかなか億劫でもあります。

 

「身近な街中にもたくさんの鳥が暮らしていますよ」と教えてくれたのは、都市の鳥類を研究する三上修先生(北海道教育大学 教授)。なんでも、「電柱」に注目して観察することで鳥と人間のいろいろな関係が見えてくるのだとか。一体どういうこと? 都会のバードウォッチングのコツと合わせて聞いてきました。

三上修先生。電柱だけでなくマンホールの蓋やお城巡りもお好きなのだそう

三上修先生。電柱だけでなくマンホールの蓋やお城巡りもお好きなのだそう

スズメやカラス、身近な鳥が面白い!

三上先生の研究対象は都市の鳥類だそうですね。街中の鳥といえばスズメやカラスでしょうか。恥ずかしながら、身近すぎて観察しようと思ったこともありませんでした。

 

「都会の鳥だって観察してみると面白いですよ。わざわざ山や森に足を運ばなくても、通勤中や散歩ついでに観察できる分、意外な発見も多いんです。特に個体数の多いスズメが狙い目ですね。たとえば、初夏から夏にかけて、子スズメを観察できることはご存知ですか?」

 

スズメの子どもですか。あまり見たことがないような……

 

「今の時期、成鳥に混じってくちばしの端がまだ黄色いスズメがいると思います。それが巣立ったばかりの子スズメなんです。かわいいのでぜひ見つけてみてください。言ってしまえば当たり前のことですが、鳥たちはただそこにいるだけではなくて、私たちと同じように街中で生活して子孫を残しているんです」

親に餌をねだる子スズメ。くちばしの端が黄色いのが見分けるポイント

親に餌をねだる子スズメ。くちばしの端が黄色いのが見分けるポイント

 

そう思うとおもしろいですね! 街で鳥を観察するとき、どんな点に注目すればいいでしょうか?

 

「まずは種類に注目してみることですね。よく見るカラスにも、ハシブトガラスとハシボソガラスという2種類がいます。くちばしが太くて気性の荒いカラスが前者で、くちばしが細くてクルミを高いところから落として割るような賢いカラスが後者です。ハシボソガラスは地面が好きなので、だいたい30秒以上地上に降りていればハシボソガラスの確率が高い、とか、知っていると面白いことがいろいろあります。

 

そのほか、ドバト、キジバト、ヒヨドリ、ムクドリ、ツグミ、ハクセキレイ…だいたい10種類ぐらい覚えておけば、街中で出会う鳥はほぼ見分けられます」

 

スズメ、カラス、ハト、そのほかはまとめて小鳥……という認識で生きてきたので、明日から世界観が変わりそうです。

 

「次に季節による変化ですね。たとえばスズメの場合、子育てをする春から夏はあちこちでバラバラに行動し、秋から冬は群れでかたまって過ごしています。たくさんの鳥に出会いたければ、春から夏、とくに早朝の時間帯に観察するのがおすすめです。

 

あとは、街のつくりによっても見られる鳥の種類が変わります。緑豊かなお寺や公園があれば鳥が集まりますし、池やお堀といった水場があれば水鳥も見られます」

 

そういえば、以前住んでいた近くにお寺があって、そのお堀にいつもアオサギがいました。引っ越してから見かけなくなったなぁ。人間が作った街の中で、鳥も居心地の良い場所を探して生活しているんですね。

ハシボソガラスとハシブトガラス。くちばしの形や鳴き声の違いが見分けるポイント

ハシボソガラスとハシブトガラス。くちばしの形や鳴き声の違いが見分けるポイント

鳥たちの新たな止まり木、電柱・電線

ところで、三上先生は昨年『電柱鳥類学』という本を出版されましたね。一体なぜ、電柱に注目されたのでしょうか?

 

「都市のスズメを研究している中で、スズメたちは住宅や街路樹など、人間が作った環境を利用して巣作りを行っていることがわかりました。その中でも、場所によりますが3割〜5割程度のスズメが電柱に巣を作っていたんです。これはまず電柱のことを知る必要があると思い、部位の名前や役割を調べるうちに、電柱そのものに俄然興味がわいてきました。それ以来、電力会社さんとも協力しながら、電柱や電線を利用する鳥を調査しています。

 

電線や電柱が街中に普及しはじめたのは昭和以降です。電柱や電線を利用する鳥たちを観察すると、そうした新しい環境に鳥たちがどのように適応しているのか、その習性や人間との関係がよく見えてきます」

三上先生の著書『電柱鳥類学 スズメはどこに止まってる?』(岩波書店)

三上先生の著書『電柱鳥類学 スズメはどこに止まってる?』(岩波書店)

 

いろいろ気になるのですが、まず、鳥が電柱や電線を利用するってどういうことでしょうか?

 

「電柱に巣を作るということもありますが、より一般的なのは、電柱や電線に止まるという行動ですね。見通しの良い高い場所から安全を確認したり、餌を探したり、鳥たちはさまざまな理由で電柱や電線に止まっていると考えられます。

 

中でも、スズメやカラスは特によく電柱や電線を利用しています。スズメとカラスが電線のどの高さによく止まるのかを観察して数えてみると、スズメは上段から下段までまんべんなく止まり、カラスはより高いところを好むことがわかりました。

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電線の上・中・下段の好みだけでなく、スズメは電柱から遠い電線の真ん中の方に、カラスは電柱に近い端っこの方に止まる傾向があるそう

電線の上・中・下段の好みだけでなく、スズメは電柱から遠い電線の真ん中の方に、カラスは電柱に近い端っこの方に止まる傾向があるそう

 

ここからは私の解釈になりますが、スズメは地面近くの餌をついばんだり、広い範囲を飛んで移動したりと忙しく動き回っています。そのため、その時々で都合のよい高さの電線を止まり木として利用しているのでしょう。一方、カラスはスズメよりも行動範囲が広いため、広範囲を見渡して飛び立ちやすい高い位置を好むと考えられます。またカラスは群れるのですけれど、互いの仲があまり良くないので、他のカラスが自分より上に止まるのを嫌っているのかもしれません。こんなふうに、電柱や電線を利用する様子にも鳥の個性が表れているんです」

 

なるほど。人間でも、電車に乗ったら端っこに座るのが好きな人、群れるのが好きな人、すぐ降りるから立っておきたい人、いろいろいますもんね。

電柱に巣を作る鳥と人間の攻防

スズメは電柱に巣を作ることもあるとおっしゃっていましたが、それって私でも観察することはできますか?

 

「電柱の腕金(電線を支えるために水平に取り付けられた金属の棒で、中は空洞になっている)の中に巣材を運び込んで巣を作ります。電柱の下を通ると、スズメの雛の鳴き声が聞こえることがあります。観察していると、親鳥が餌を咥えて腕金の中に入っていくのを見ることができると思います。ここがスズメの巣です。

腕金の中の巣に餌を運ぶスズメ

腕金の中の巣に餌を運ぶスズメ

 

観察のポイントは、スズメが子育てをする春から夏、静かな早朝を狙うことです。交通量が増えてくる時間帯だと鳴き声は自動車の音にかき消されてしまいます。また、近くで人間が見ているとなかなか巣に戻ろうとしない親鳥もいます。

 

早朝の限られた時間、歩き回って巣を探す調査はなかなか大変なのですが、スズメの巣自体が珍しいかというと実はそうでもありません。オス・メスのつがい1組につき1つの巣があると考えれば、例えば自宅から駅までの間でスズメを10羽見かけたら、その付近にだいたい5つぐらいは巣がある計算になります」

 

意外と身近にたくさんありそう! 探してみたくなりますね。ところで、電柱に巣を作ってしまって危なくないのでしょうか? 例えば停電の原因になったりとか……。

 

「電柱を管理している電力会社さんのお話によると、スズメの巣自体は停電の原因にはならないようですね。スズメが感電してしまうということもありません。ただ、スズメの巣を狙ってやってくる動物が停電の原因になることがあります」

 

動物ですか。ネコ……はさすがに電柱には登らなさそうですが。

 

「ヘビですね。腕金のスズメの巣を目当てに電柱に登ったヘビが、長い体で2本の電線をまたいだり、電線に触れた状態で腕金に触れたりすると、ヘビの身体に電流が流れて停電の原因になってしまうんです。

 

停電を防ぐために人間側も工夫していまして、スズメが巣を作らないように開口部を塞いであるタイプの腕金もあります。ちなみにこの塞ぎ方にも電力会社やメーカーごとに色々なタイプがあって、観察してみると面白いですよ。もっとも、近年は都市部でヘビを見かけること自体が少なくなっていますが……」

 

電柱の上でそんな攻防が行われていたんですね! それにしても、腕金の塞ぎ方の違いに注目する着眼点、さすがです。

 

「人間にとって厄介なのはスズメよりもカラスの巣ですね。都市部のカラスは樹上だけでなく電柱の上にも巣を作るのですが、巣材にハンガーなどの金属が混じっていると停電の原因になってしまいます。

 

そこで、電力会社さんではカラスの巣を見つけ次第撤去したり、危険な巣材のみを取り除いたりされています。巣を撤去した後はカラスが戻ってこないようにカラス除けの風車を設置するなど、暮らしの安全のために日々奔走してくださっているんです。私も研究の一環で巣の撤去に立ち会わせていただいたり、カラスに関する情報交換をさせていただいたりとお世話になっています」

 

鳥と人間、同じ空間で暮らしているとトラブルもありますよね……。暮らしの安全を守ってくれている現場の方々に感謝です。

電柱に作られたカラスの巣

電柱に作られたカラスの巣は、停電の原因になることも

 

駅前のムクドリ、都市ならではの鳥がいる風景

電柱と鳥といえば、夕方になると駅前の電柱や電線にたくさん鳥が集まってビヨビヨとすごい声で鳴いています。ちょっとギョッとしてしまうんですが、あれは何なんでしょうか。

 

「それはムクドリですね。夕方、ねぐらに帰る前に電柱に集まる習性があります。人間の気配があると猛禽類などの天敵が寄りつかないため、あえて賑やかな駅前などを待ち合わせ場所にするんでしょうね。そのまま電線の上をねぐらにする場合もあります。

 

ムクドリに限らず、電線に集まる鳥は路上に糞を落とすので、人間から嫌がられることが多いですね。対策として、鳥が止まりづらいトゲトゲを設置している電線や電柱もあります」

電線にズラッと並んだムクドリの群れ

電線にズラッと並んだムクドリの群れ

 

人間が鳥の対策に追われる一方で、鳥の方は人間のいる環境を好んでいる場合もあるんですね! それにしても、電柱なんて自然の木々に比べるとごく最近現れたものなのに、鳥たちの間でそれを利用する習性がしっかり定着しているのは何故なんでしょうか?

 

「鳥は学習能力が高い生き物です。他の個体が取った行動を真似ることで、習性が伝播していくんです。そうした習性は世代間や地域間で受け継がれながら広がっていきます。電柱に止まったり巣を作ったりする習性も、こうした学習能力のおかげで数年から数十年という短期間で定着してきたんでしょうね。

 

もっと長い時間をかけて都市の鳥を観察していくと、そうした習性がリアルタイムで更新されてゆく様子も明らかになるかもしれません」

 

鳥たちは私たちが思っているよりずっと賢いのかも。なんとか仲良くやっていきたいものですね。

都市が変われば鳥たちも変わる!?

先生は研究者として、鳥と人間の関係をどんなふうに見ておられますか?

 

「はい。緑豊かな自然こそが鳥にとって理想の環境と考えられがちですが、一概にそうともいえない部分もあって、スズメやツバメは日本ではもはや都市部にしか生息していません。かれらにとっては人間がいる環境の方が、天敵の多い野山よりも安全だからでしょう。俳句や絵画、ことわざなどにもいろいろな鳥が登場するように、文化という側面でも都市の鳥は身近な存在です。大切にしていきたいですね。

 

もちろん、人間にとって害になる部分は対策も必要ですし、私も研究者として協力を惜しみません。それと同時に、身近に鳥がいること自体が、私たちが自然について学ぶ貴重な機会にもなっています。多くの人に鳥のことをもっとよく知ってもらい、面白がってもらえたらと思っています」

 

最後に、都市の鳥を研究することで今後どんなことが分かってきそうでしょうか。

 

「これはまだ構想段階なのですが、街中で見られる鳥から、その都市の歩んできた歴史を垣間見ることができるのではないかと考えています。

 

私が住んでいる函館は昔からたびたび大火に見舞われてきた歴史があります。そのため、延焼を防ぐ防火帯が整備され、たくさんの樹木が植えられました。そのおかげで現在、街の中でもたくさんの種類の鳥を見ることができます。大火という歴史、防火帯という人々の智慧があり、それらが街で見られる鳥にあらわれているのです。

防火帯として整備された函館市街の“グリーンベルト”

函館市街を見下ろすと、防火帯として“グリーンベルト”が張り巡らされているのがわかる

 

街の成り立ちとそこに見られる鳥の関係を知ることができれば、街の魅力を再発見することにもつながるでしょう。もっともこうした研究を行うには、実際にその土地で暮らしてみないとはじまりません。なかなか時間がかかりそうです」

 

鳥を通して街の歴史が見えてくる……想像するだけでワクワクしますね。
ありがとうございました!

新種発見の陰に歴史あり。生物を名付け、整理する「分類学」について東京大学・岡西政典先生に教えてもらった。

2021年5月11日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

「新種発見」。生物学者でなくとも、耳にすればなんともワクワクする言葉だ。先日ホトゼロでもご紹介した新種のルリゴキブリ属のほか、SNSがきっかけで発見された新種のダニに「twitter」という学名がつけられたニュースも記憶に新しい。

 

ところで、ある生物が新種としてデビューするためにはさまざまなハードルがある。大前提として、それまでに発見されたすべての生物種が、誰が見てもわかるように一定のルールで分類されていることが必要だ。今まで誰にも発見されていないことが証明できて初めて、その生物が新種であると言えるのだから。

 

そんな生物の分類に日夜励んでいるのが、分類学の研究者だ。そこには一体どんなドラマがあるのだろうか? クモヒトデの分類を専門とする東京大学の岡西政典先生に、分類学とはどんな学問なのかをお聞きした。

新種発見だけじゃない。生物に名前をつけ、整理する学問

さっそくですが、分類学とはどんな学問なのでしょうか?

 

「分類学とは、同じ特徴を持った生物同士を集めて名づけることで、人間が認識できるようにする学問です。私の場合はクモヒトデという海棲生物を扱っています。船で海に出てクモヒトデを採集し、標本にして、その形を顕微鏡で観察し、時にはDNA配列を解析します。そのようにして標本がどの種にあたるのかを同定(生物の名前が、既知のどの名前に当てはまるかを決定すること)していき、その中から新種を見つけて論文として発表するというのが主な研究内容です」

 

ふむふむ、ざっくり言うと、新種を発見して命名する学問ということですか?

 

「分類学イコール新種の発見かと言われれば、必ずしもそうではありません。むしろ、つけた名前が安定的に使われるように情報を整理し続けてゆくことこそが分類学の仕事だと私は考えています。

岡西先生が手に持っているのはクモヒトデの仲間、テヅルモヅルの標本

岡西先生が手に持っているのはクモヒトデの仲間、テヅルモヅルの標本

 

例えば、海洋環境を保全する取り組みでは生物種の数が一つのバロメーターになります。この海域に10年前は何種類の生物がいたが、今は環境破壊のために何種類しか残っていない、といった具合ですね。ですが、一つの学名で呼ばれていた生物がよく調べれば3種に分類できたり、別々の海域で発見されて別の学名をつけられていた生物が同じ1種の生物だったりということが現実によくあります。このように、名前のつけ方に混乱があると自然界を正しく把握することができませんよね。だから、あらゆる活動の基礎を作るために名前を安定させるということはとても大切なんです」

 

なるほど、新発見の生物に新しい学名をつけるだけでなく、これまで使われてきた学名を整理することも重要なんですね。逆にいえば、学名ってそんなにしょっちゅう変わるものなんでしょうか?

 

「はい。学名とは属名と種小名で構成された生物種固有・世界共通の名前ですが、分類学の父とも呼ばれる博物学者リンネが現在使われている二名法の学名を提唱したのが1758年のことです。原則としてその種を最初に発表した研究者に命名権がありますが、リンネ以降260年以上の歴史の中で、複数の研究者が同一種の学名を別々の名前で発表してしまっていたり、あとから分類が見直されたりすることもあるため、その都度文献を遡って整理することが必要になるんです」

 

260年分の学名を整理する必要があるんですか!

 

「そうなんですよ。分類学では古い文献も無視するわけにはいかない。そうなると昔から知られている有名な種ほど文献が多いので、学名の整理も混迷を究めます。

 

実は、みなさんよくご存知のサザエがまさにその好例です。サザエにはこれまでいくつかの学名がつけられていたのですが、それを整理していくと有効な学名がひとつもなかったことが明らかになり、2017年にようやく新種として《Turbo sazae》※と命名されました。これには非常に複雑な経緯があるのですが、長らく中国産のナンカイサザエと同種と思われていたことに加え、誰もが知っている有名種だったために過去についた学名を疑ってみる研究者が少なかったということも混乱の原因のひとつでしょう」
※編注:種名は斜体での表記が推奨されていますが、サイトの仕様により平体表記となっています。

 

今まで学名のついていない生き物を美味しくいただいていたと思うと、不思議な感じです。

 

「現在学名がついている生物種は約200万種と言われています。地球全体の生物種数は研究者によって見解が異なりますが、その大部分はまだ学名のついていない未記載種(まだ種名が与えられていない種)です。新種記載だけでもまだまだ手が足りていない状況ですが、既知の種も検証を繰り返していくことで学名の安定性を保たなければいけないので、分類学者の仕事は当分尽きそうにありません」

海でクモヒトデを採集する岡西先生。一度にある程度まとめて採集して、標本にしたものを長い時間をかけて分類してゆく(写真提供:藤田敏彦[国立科学博物館])

海でクモヒトデを採集する岡西先生。一度にある程度まとめて採集して、標本にしたものを長い時間をかけて分類してゆく(写真提供:藤田敏彦[国立科学博物館])

 

新種発見は地道な作業の連続

新種の記載について、もう少し具体的に教えてください。

 

「まず、生物の種とは何かということですが、ここでは交配して子孫を残すことができる個体群のことだと考えてください。その上で、分類の基本となるのは多くの場合は生物の形態、つまり形の違いです。私が研究しているクモヒトデの場合は、標本から切り出した組織を電子顕微鏡で観察して形態を把握します。

 

さて、ここで重要なのは、採取した標本をこれまで知られているクモヒトデと比較することです。過去に発見・命名された生物種には、学名やその形態的特徴を記した命名の根拠となる『記載論文』が存在します。クモヒトデのグループのあらゆる種の記載論文に目を通し、調べたい標本の特徴と照らし合わせます。その特徴がこれまでに発見されたどの種にも当てはまらない場合、その標本は新種である可能性が浮上します。

 

次にやることは記載論文の執筆です。学名をつけ、タイプ標本(その種の名前の基準となる標本)を示し、形態を詳細に記述し、それがこれまで知られているどの種の特徴にも当てはまらないことを示します。この記載論文が査読を経て学術誌に掲載されて、はじめてひとつの『新種』が世に出るのです」

クモヒトデの分類のために100年以上前の記載論文を調べることもしばしば

クモヒトデの分類のために100年以上前の記載論文を調べることもしばしば

 

これまで発見されたどの種でもないことを証明するのって、かなり大変そうですね。

 

「分類群によりますが、属(種のひとつ上の階層)から種を絞り込む段階で数本から数十本の論文を読むことになりますね。論文に書かれている形態的特徴は文章だけでは理解できない場合も多いので、その種の標本を保管している研究機関に足を運んだりしながら、自分の頭の中にあらゆるクモヒトデのデータを蓄積していく必要があります。ひたすら外国語の文献を読み込む作業に何度も心が折れそうになりましたよ。

 

そうやって毎日文献やいくつもの標本に向き合って同定を続けていると、とつぜん目の前がひらけるような、ブレイクスルーが起こる瞬間があるんです。最初のブレイクスルーは、論文に書かれた特徴と目の前の標本がぴったり一致する瞬間です。これは論文をもとに正しく同定できるようになった証拠です。次のブレイクスルーは、既知の種の特徴が完全に頭の中に入り、これまで観察した標本の中にどの種とも一致しない標本があるぞ、と閃く瞬間です。今でも研究の中でそんな瞬間はありますが、標本を保管している棚からはじめて新種を見出した時の閃きは忘れられません」

 

目の前の標本と過去の研究者の業績にとことん向き合って、頭の中にデータベースが出来上がってはじめて新種にたどり着けるわけですね。そして論文執筆……なんとも地道な作業ですが、そのぶん喜びもひとしおでしょうね。

岡西先生がはじめて新種記載した思い出のクモヒトデSquamophis amamiensis (Okansihi and Fujita, 2009) (写真撮影:藤田敏彦[国立科学博物館])

岡西先生がはじめて新種記載した思い出のクモヒトデSquamophis amamiensis (Okansihi and Fujita, 2009) (写真撮影:藤田敏彦[国立科学博物館])

 

デジタル化とDNA解析によるこれからの分類学

 「今まではそんな苦労があったんですが、分類学はデジタルと相性がいいことが救いですね。論文もwebで検索・閲覧できるものが増えてきましたし、種によっては標本を3Dスキャンしたデータが公開されている場合もあります。また、現在では動物の新種記載の際にZooBankというオープンアクセスのデータベースに登録することが必須となっていて、学名を一元的に把握することができるようになりました。作業的な部分は格段に簡素化できるようになりつつあるので、これからはもっと研究が加速していくでしょう」

 

最新技術の恩恵ですね。なんだかホッとしました。そういえば、同定にDNAの解析も使うとおっしゃっていましたね。

 

「形態で見分けがつきづらい種でも、DNAを解析すればはっきりと見分けることができます。近年はとくに、先ほどのサザエのように昔から知られていた種をDNA解析することで、実は外見上よく似た複数の種がいることが明らかになる例が多いですね。

 

この点は明快で便利なのですが、解析したい生物の組織からDNAを抽出して解析するには手間とコストがかかるため、現状ではすべての標本をDNA解析にかけるというわけにはいきません。やはり基本的には目で見た形態の違いに頼ることが多いです。ただし、もともと分離培養することが前提となっている細菌などの分類では、DNA解析を用いることが主流です」

 

DNA解析は進化の過程を研究する際にも使われると思うんですが、分類学では形態の違いに加えて進化系統も分類の基準になったりするのでしょうか?

 

「分類学において系統をどう扱うかは、分類群やそれぞれの研究者によってスタンスが分かれるところですね。分類は自然界の姿をなるべくそのまま反映しているのが望ましいので、その意味では系統も考慮にいれるべきかもしれません。実際に、分類学でも系統に主眼を置いたアプローチを取ることはあります。

 

ただ、分類学者が行うのはあくまで人間が自然界を認識するための名前を付ける行為なので、DNA解析で明らかになった系統が従来の分類法と矛盾する時に、かえって混乱を招くことは避けなければなりません。そこで、植物学では従来の分類学の規制に拠らない、DNA情報に基づいたAPG(Angiosperm Phylogeny Group)体系というものが発表されています。その方がスタンスの違う研究者同士のコミュニケーションがスムーズにいくのかもしれません」

 

形態に着目する従来の考え方が土台としてありつつ、新しい考え方も模索されているのですね。うーむ、奥が深い。

UMAに憧れた少年が、クモヒトデに魅せられて

ところで、岡西先生が分類学の道に進まれたのにはどんな理由があったのでしょうか?

 

「昔から珍しい生き物が好きで、子どもの頃はスカイフィッシュとかのUMA(未確認生物)に夢中になりました。だけど、テレビでUMAを探す番組を見ていても結局見つからないんですよね。UMAと並んで好きだったのが深海生物です。これもテレビ番組で、深海艇のカメラの前を大きなサメが通り過ぎるところを見ては『すげー!』と興奮していました。いつか自分も珍しい生き物にたくさん出会いたいと夢見ていて、大学で分類学研究室の存在を知ったときは迷わずその扉を叩きました」

 

まさかUMAがきっかけとは! 岡西先生が研究されているクモヒトデもかなり独特な見た目ですね。

 

「学部2年のときに海で生き物を採集する実習があって、偶然採集したのがクモヒトデとの出会いでした。それがなんとなく印象に残っていて、分類学の研究室で卒業研究のテーマを決めるときに先生から渡された図鑑をペラペラめくっていてクモヒトデに目が止まり、じゃあこれにします、と。

 

クモヒトデは形も面白いのですが、私はこの鱗の質感が好きですね。顕微鏡で拡大すると本当にかっこいいんです。研究対象としては、組織が硬く形がはっきりしているので同定がしやすい部類だと思いますね、テヅルモヅルは組織が柔らかいので少し事情が違いますが。化石としても残りやすいので、海底の砂つぶからクモヒトデの骨片の化石を選り分けて観察したりもしています」

岡西先生が魅せられたというクモヒトデの鱗の顕微鏡写真

岡西先生が魅せられたというクモヒトデの鱗の顕微鏡写真

クモヒトデの仲間の中でもひときわ奇妙な見た目のテヅルモヅル。細かく枝分かれした腕が特徴(写真撮影:山内洋紀[京都大学白浜水族館])

クモヒトデの仲間の中でもひときわ奇妙な見た目のテヅルモヅル。細かく枝分かれした腕が特徴(写真撮影:山内洋紀[京都大学白浜水族館])

 

先生はこれまで何種ぐらい新種を記載されたのでしょうか。

 

「クモヒトデは世界中で約2100種、日本では340~350種が知られていて、私はこれまで21種を新種として記載してきました。新種が発見されるペースは分類群によってかなり差があって、他の勢いのある分類群と比べればクモヒトデの新種はそれほど多くはありませんね」

 

先ほど新種記載の苦労をお聞きしたので21種でも眩暈がしそうですが、上には上がいるのですね……。最後に、今後の目標を教えてください。

 

「最近、私の中で研究に対する考え方が少し変わってきています。クモヒトデはある程度分類が進んでいる分類群だと捉え、生息域や生息環境といった生態的なデータやDNA解析を駆使して、包括的に研究をまとめられないかと考えているんです。研究者人生をかけて、日本産クモヒトデを詳細に網羅した図鑑を作り上げたいですね」

 

 

新種発見のニュースの陰にある地道で奥深い分類学の世界、いかがだっただろうか。道端の草木や小さな昆虫、すべて誰かが文献を調べつくして名付けた、あるいはこれから名付けられるのだと想像すると、なんだかとても愛おしく感じられる。さらにディープな世界を知りたい方は、岡西先生の著書も手に取ってみてほしい。

 

5/11追記:取材後の2021年4月30日、岡西先生らの研究グループは相模湾で新種クモヒトデを発見したことを発表した(プレスリリースはこちら)。日進月歩で進展している研究の今後がますます楽しみだ。

 

ラジオの魅力はアメリカで花開いた。四国学院大学・福永健一先生に聞く、声のメディア史

2021年4月1日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

みなさんこんにちは。ぽかぽか暖かい春の一日、いかがお過ごしですか? 大学や学問の楽しさをお届けする「ほとんど0円大学」、本日のお相手はライターのタニワキです。

 

……と、いつも違う調子ではじめてみました。というのも今回扱うテーマは「ラジオ」。深夜ラジオが青春時代のバイブルだったという方、あるいは最近テレワークでラジオを聴く機会が増えたという方も多いのではないでしょうか。「お耳の恋人」なんて言い回しもあるぐらいで、リスナーに寄り添ってくれるような親しみやすさがラジオの魅力のひとつ。ですが一体どのように今のようなラジオのカルチャーが出来上がってきたのかは意外と知りませんよね。

 

というわけで今回は、四国学院大学社会学部 助教の福永健一先生に、ラジオの魅力のルーツについて教えていただきましょう。

1920年代のアメリカで開花したラジオの魅力

福永先生は音響メディアについて研究されているそうですね。

 

「はい。1870年代にレコードと電話が発明されてから、20世紀前半にかけて拡声器やラジオ、トーキー映画といった音響メディアやテクノロジーが急速に発展し世の中に浸透していきました。これらは、音や声を録音したり、遠く離れた場所に届けたり、音量を増幅して大勢の人に一斉に伝えたりと、音や声をめぐる環境を劇的に変化させました。そうした技術革新によって、人々の感受性や社会、文化がどのように変化してきたのかを研究しています。その中でも、アメリカのラジオ放送初期の状況について着目して研究に取り組んできました」

20世紀初頭に発明された音響メディアのひとつ、拡声器(商品名はマグナボックス)。実演しているのは女優のフリッツ・シェフ

20世紀初頭に発明された音響メディアのひとつ、拡声器(商品名はマグナボックス)。実演しているのは女優のフリッツ・シェフ(出典:wikimedia commons

 

ふむふむ。なぜアメリカなのでしょうか?

 

「アメリカのラジオの歴史が面白いと思うのは、現在につながる“声”の文化が育まれていたと考えられるからです。現在でもラジオ独特の魅力といえば、多くの人がラジオの出演者に対する『親しみやすさ』を挙げますね。実はこうしたラジオの魅力は、1920年代のアメリカのラジオ放送で生まれたのです。

 

ラジオ放送が始まったのは1920年代のことです。当時、イギリスや日本をはじめ多くの国が公共放送だった一方で、アメリカのラジオは初めから民間による営利目的の商業放送としてスタートしました。このことが、番組の内容から出演者の喋り方に至るまで、独自のラジオ文化が発展することにつながっていきます」

 

商業放送からスタートしたというのはいかにも自由の国アメリカらしいですね。アメリカのラジオ放送の始まりはどんなものだったのでしょうか。

 

「第一次世界大戦期間中、アメリカは当時の最新技術だった無線電話を国有化し、軍事利用していました。終戦とともに無線電話や電波が民間に開放されます。そうすると、無線電話を介して音楽を流したり、それを誰かが聴いて楽しんだりという営みが草の根的に広がっていきました。そのなかから、これをビジネスにしようと試みるものが現れてきます。

 

その代表的な例として、1920年11月に開局したKDKAというラジオ局があります。KDKAはアメリカでラジオ放送を始めた最初期の局と言われていますが、実はKDKAはラジオの受信機器の販売を行うウェスティングハウスという企業が運営する局で、機器の宣伝のためにラジオ放送を始めたのです。その後、これを模倣してデパートなどの小売店をはじめあらゆる企業が販売促進や宣伝のためにラジオ放送局を開局し、1920年からわずか3年でアメリカに600もの放送局が開局するというカオスな状況が生まれました。さらに広告代理店がラジオ放送産業に参入するようになると、アメリカのラジオはさらに商業性を加速させていきました」

KDKAの収録スタジオ。大人数での演奏も可能な広々とした空間で、壁や天井にはエコーを抑える布が張り巡らされている

KDKAの収録スタジオ。大人数での演奏も可能な広々とした空間で、壁や天井にはエコーを抑える布が張り巡らされている(出典:wikimedia commons

 

いきなり600局も! 現在の日本全国の民間ラジオ局の数が100局程度ということですから、その数の多さが窺えますね。今でいえば企業が公式SNSアカウントを立ち上げるぐらいの感覚でしょうか。

 

「まさにその感覚に近いと思いますね。そして、そこからさまざまな番組スタイルが生まれていきました。草創期の番組といえば、歌手や楽団を呼んで音楽を楽しむ番組が6割程度を占め、ほかはトークやドラマ、天気予報や株式情報に関するニュースなどが放送されていました。1920年代の後半からは“バラエティ・ショウ”という、人気スターが司会者として番組を回しながら、様々なパフォーマーが登場して歌や話芸、トーク、寸劇を繰り広げるという番組形式が人気を博し定着していきます。これは、いまでいうテレビの『バラエティ番組』に近く、昔のラジオは現在のような小さなスタジオの密室的な雰囲気とはずいぶん異なるものでした。

 

このあたりで課題になってきたのが、多彩な出演者の個性をラジオの向こうのリスナーにいかに伝えるかということです」

 

姿が見えないとなれば、声で個性を表現するしかなさそうです。

 

「その通りです。それまでラジオの“声”は、言葉で情報を伝えるための道具にすぎないと考えられてきました。実際、同時代のイギリスや日本のラジオ放送では、話者の個性が出ないように抑揚をつけずに話すことが望ましいというルールがありました。一方で、アメリカでは敢えて出演者の声質や話し方の違いを前面に出すことで、リスナーに話者の人柄を想像させることが主流になっていったのです。そのほうが番組を聞いてくれる人が多くなるのでは、という聴取者獲得の戦略が背景にあったのです。

 

出演者の人柄が前面に出ることで、リスナーは声に汲み取れる人柄から親しみを感じ取ることを楽しむようになりました。当時の雑誌や新聞記事などをみてみると、1930年代にラジオ特有の魅力を表すワードとして“親密さ(intimacy)”という言葉が現れるのですが、これは、家庭という『親密な領域』で楽しむという意味と、『出演者への親しみを覚える』ことができるという二つの意味で用いられていました。1930年代は、とりわけ後者の意味で用いられています。いいかえれば、ラジオとは出演者の人間味を味わえることが魅力なのだと考えられていたのです」

 

声から滲み出る人柄に親しみを覚える、まさに今と同じラジオの楽しみ方が出来上がっていったわけですね。それでは、一体どんな声が当時のラジオを彩ったのでしょうか。

一世を風靡した、囁くような歌声“クルーナー”

「1920年代後半から30年代前半の世界大恐慌期、アメリカのラジオは産業的にも文化的にも最初のピークを迎えます。この時期、数あるラジオ局の中からNBCとCBSという2大ネットワーク局が台頭し、ラジオは多くの人の日常生活に欠かせないマス・メディアへと成長していきました。聴取率を争う両局は、看板となるような個性的な声をもつスターの発掘に心血を注ぎ始めます。ここから『ラジオ・スター』という存在が生まれていくわけですが、その最初期に登場したのが“クルーナー”と呼ばれる歌手たちでした。ここで、クルーナーの元祖であるルディ・ヴァリの歌声をお聞きいただきましょう」

 

ルディ・ヴァリ「Heigh-Ho! Everybody, Heigh-Ho!」

 

ちょっと脱力系というか、軽く口ずさむような歌い方が垢抜けていますね。雑な感想で申し訳ないですが、「昔の映画でラジオから流れてくる歌声」のイメージそのものです。

 

「ニューヨークの人気ダンスバンドのリーダーだったルディ・ヴァリですが、1928年にラジオに出演した時、彼の甘い歌声に女性リスナーから大きな反響が起こりました。彼は白人男性で、スリムで、イェール大学卒の秀才。当時の基準ではスターの資質を備えていました。とくに彼の声に惚れ込んだNBCの幹部はさっそく彼を雇い、“クルーナー(crooner=囁くように歌う人)”という二つ名で売り出しました。NBCの親会社はRCAという企業で、RCAビクターというレコード会社とRKOという映画会社も所有していました。ルディ・ヴァリは1929年にRCAビクターのレコード歌手、NBCラジオ放送の司会者、RKOの映画俳優としてデビューします。ヴァリは、その年にリリースしたレコードが売り上げ1位になり、ラジオ司会者としてもとりわけ女性たちから熱狂的に支持され社会現象的な人気を博しました」

レコード歌手、ラジオの司会者、映画俳優と、マルチに活躍したルディ・ヴァリ

レコード歌手、ラジオの司会者、映画俳優と、マルチに活躍したルディ・ヴァリ

 

クルーナーの声はラジオとの相性が良かったのでしょうか。親密さを感じさせる歌声だからこそ、自分のためだけに歌ってくれている……とリスナーが妄想することができたのかも。

 

「耳元で囁くような距離感が、当時の女性たちにとって非常にセクシーなものに聞こえたようですね。当時、歌手の活躍の場といえば劇場などのショーが中心で、地声で朗々と歌い上げるような歌唱法が主流でした。一方ルディ・ヴァリは、マイクロフォンを通して声を張らずに歌う歌唱法によって、ラジオという新しいメディアを中心に評価されていったのです。ヴァリの声は、ささやくような歌声という新しさだけでなく、声から想起される人柄でも絶大な人気を博しました。

 

ルディ・ヴァリが成功したことで、囁くような歌唱法は他の歌手の間でも模倣され、そうした歌手を指す言葉としてクルーナーの呼び名が定着していきました。女性の人気に支えられたヴァリに続いて、クールな男らしさで男女を問わずファンの心を掴んだビング・クロスビーがCBSから登場します。

時代を超えて愛される歌声、ビング・クロスビー

時代を超えて愛される歌声、ビング・クロスビー(出典:wikimedia commons

 

NBCの後を追うようにして、ライバル局のCBSも数あるパフォーマーからレコード歌手、俳優、司会者をつとめるに値するラジオ・スターを発掘し始めました。CBSも、NBCと同じようにコロンビアフォノグラフというレコード会社とパラマウントという映画会社を所有していました。ヴァリのクルーナー人気真っ盛りの1931年、CBSからビング・クロスビーという歌手がクルーナーとして売り出され、ヴァリを超える人気を博していきます。1942年に出た『ホワイト・クリスマス』で有名なあの歌手です。クロスビーも最初はクルーナーとして売り出されたのです。

 

ビング・クロスビー「White Christmas」

 

アメリカのラジオ・スターは、ラジオ司会者、レコード歌手、映画俳優というように、メディアを越境して活躍するマルチタレントであることが多かったのですが、これは先述したような二大ネットワークのNBCやCBSの産業構造が大きく影響しています。クルーナーはそうしたラジオ・スターのあり方の嚆矢と位置付けることができます。また、日本のアイドル、タレントといった『芸能人』もマルチタレントであることが多いですね。制度などの文脈は異なるものの、メディア・スターであるという点で、クルーナーは『芸能人』的な存在の元祖という位置づけも可能ではないかと考えています」

 

1930年代から40年代にかけて、フランク・シナトラもクルーナー・スタイルで人気を博し、ポピュラー音楽の歴史に名を刻むことになります。ロックンロールのような新たなスタイルが台頭する1950年代まで、クルーナー的な歌唱スタイルがポピュラー音楽のメインストリームだったのです。」

「親密さ」の政治進出

アメリカの初期ラジオ放送の話に戻りますが、ラジオ・スターの趨勢は、玉石混淆だったラジオが大衆を動かすマス・メディアへと成長していった過程とも重なりますね。歌手の他に、ラジオの「親密さ」が世の中に影響を与えた例はありますか?

 

「はい、ラジオの“親密さ”はエンターテイメントの世界だけでなく、1930年代から政治の世界でも注目されていきました。とくに、ラジオ放送を介した大統領の演説やイメージ戦略において、親密さは非常に重要視されていました。

 

ラジオ放送のスタジオから大統領演説を最初に行ったのは、1929年から33年まで大統領を務めたハーバート・フーバーでしたが、彼の演説は「冷たい」と不評を買いました。リスナーたちはラジオの声から人柄を感じ取れるようになっていたのです。続いて1933年から大統領を務めたフランクリン・ルーズべルトは、車椅子を使っていたこともあり、ラジオ演説を好みました。フーバーとは違い、彼はラジオが親密なメディアであることをよく理解して戦略的に使いこなしました。穏やかで親しみやすい人柄を声で巧みに表現することで、国民からの支持を強固にしていったのです」

マイクに向かうフランクリン・ルーズベルト

マイクに向かうフランクリン・ルーズベルト(出典:wikimedia commons

 

フランクリン・ルーズベルトといえば、国民に向けたラジオ放送「炉辺談話(fireside chats)」が知られていますね。ちょっと音源を探してみました。「Hi, friends」という呼びかけから始まって、語りかけるような調子が印象的です。

 

 

「ルーズベルトの登場以降、政治の世界でもラジオを介した“人柄のよさ”がイメージ戦略として重要なキーワードになっています。娯楽から政治まで、ラジオの親密さはアメリカの大衆に強烈に作用していったんですね。

 

なぜこういう戦略がとられたのかというと、1920年代や30年代というのは、そもそも、メディアを介して人間を経験するというのが、まだ新しかった時代だったからだと思います。それまで人々は、主に生身の人間から直接、あるいは新聞などで活字を通して色々な人の考えや、ふるまいを享受してきました。それが映画やラジオの登場によって、メディアを介して人物を直接経験するようになりました。メディアの向こうの人が自分に語りかけてくるわけです。ラジオはその人の姿が見えないわけですから、メディア上の人物というのは非常に断片的な存在に過ぎません。そうした生身の人間の経験には敵わない欠落したものを補うための戦略として、ラジオの場合は『親密さ』という答えに辿り着いたのだと考えます」

 

声の印象で政治家への評価が変わってしまうと考えるとちょっと恐ろしくもありますが、そもそも感じのいい声じゃないと民衆が耳を傾けなかったとも言えそうですね。いずれにしても、「親密さ」が政治でも世界を動かしていたのか……。

ラジオの本質は今も変わらない 

戦後は世界的にテレビが普及し始めます。メディアの覇権はラジオからテレビへ、そして現代ではテレビからネットへと移り変わっていますが、この変化をどう見られていますか?

 

「先ほどもヴァラエティ・ショウの話をしましたが、ラジオが開拓した娯楽がテレビに引き継がれていったという側面は大いにあります。その後、時代とともに聴取者の数は変遷し、若者文化の中心がラジオからテレビに移ってゆきました。今では、若者はテレビからネットへと流れています。

 

そうした盛り上がりや衰退というものはあるにしても、ラジオというメディアの本質は変わっていないと私は考えています。ラジオの良さは何ですか?と聞かれたら、誰でもすぐに答えることができますよね。ラジオ・パーソナリティへの親しみやすさとか、人柄がわかるのがいいんだ…とかですね。だから、時代ごとに番組形式のマイナーチェンジはあるにしても、ラジオの魅力自体の答えは揺るがないわけです。これはテレビでも同じなのではないでしょうか。YouTubeもそうだと思います。今は、いろんな人が試行錯誤を繰り返して、その魅力を模索している段階なんだと思います。

 

最近ではclubhouseというSNSが話題になっていますね。声のメディアの魅力が再発見されていけば、clubhouseだけでなくラジオもまだまだ盛り返していくと思いますよ。」

 

ラジオを聴くだけでなく、自分の声を発信する人も増えてきていますね。ますます広がってゆく「声」の文化、今後の展開も楽しみです。

福永先生のおすすめラジオ番組は、ニッポン放送の「テレフォン人生相談」と、ラジオ日本「タブレット純 音楽の黄金時代」とのことでした。

福永先生のおすすめラジオ番組は、ニッポン放送の「テレフォン人生相談」と、ラジオ日本「タブレット純 音楽の黄金時代」とのことでした。

学問×エンタメ! オンラインで学ぶ・楽しむ祭典『どこでも博物ふぇす!零』潜入レポート

2021年3月23日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

ちょっと敷居が高い学問の世界を、エンタメとして楽しんじゃおうというイベントがオンラインで開催されると聞いた。その名も「どこでも博物ふぇす!零」。これは放っておけない! ということで、2021年1月30日〜2月14日に開催されたこのイベントに潜入取材した。

学問で交流する人気イベントがバーチャル空間に

動植物の標本や化石、美しい鉱物、あるいは夜空の星座や物理法則をあらわした数式。自然界はいろいろな美しさ・楽しさに溢れている。眺めているだけでも楽しいけれど、学問的な背景を知るともっと楽しい。そんな知的好奇心を存分に満たしてくれるイベントが「博物ふぇすてぃばる!」だ。

 

デザイナーやアーティストから、大学などの研究機関所属の研究者まで、自然や学問の魅力にとりつかれた人々が一堂に会し、グッズの販売、展示、講演などを通して交流する。東京の科学技術館を会場として2014年から毎年開催されている人気イベントだが、今回は会場をオンラインに移し、「どこでも博物ふぇす!零」として開催。バーチャル空間ならではの仕掛けを盛り込んだ内容になっているそうだ。

 

ということで、自宅のPCからバーチャル会場に潜入!

 

まずは物販ブースを歩き回ってみよう。並んでいるのは単にかわいいだけでなく、ちょっとマニアックなラインナップや細部へのこだわりがキラリと光るものばかり。掲示されているQRコードを読み込むことで外部の通販サイトにつながり、好きなグッズを購入することができる。

古生代カンブリア紀の生き物をモチーフにしたグッズたち。みんな大好きアノマロカリスがお店番

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星座を模したアクセサリー。「わりと正確な宇宙アクセサリー」という言い回しの安心感

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とはいえやはり、かわいいは正義。タヌキとキツネの鼻先に癒される

とはいえやはり、かわいいは正義。タヌキとキツネの鼻先に癒される

 

ところで、さっきからチラチラと目に入っていたどこか生き物っぽい形をしたタワーが気になる。「放散虫」という看板に導かれて入口をくぐると……

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会場の真ん中にそびえる気になる塔……?

 

クリスマスのオーナメントのような造形が美しいプランクトン、放散虫の展示コーナーだった。この時は「中の人」のお一人、生物造形作家でアクセサリーデザイナーの横山隼さん(RC GEAR)が在廊していて、放散虫に関して来場者からの質問にチャット機能で丁寧に答えておられた。

青い放散虫のアバターが横山さん。出展者と来場者との交流もイベントの大きな魅力のひとつ

青い放散虫のアバターが横山さん。出展者と来場者との交流もイベントの大きな魅力のひとつ

 

これまでの「博物ふぇすてぃばる!」では、グッズを販売する出店者も関連する学問について解説や紹介をすることがルールになっていた(たとえばタヌキグッズを販売する際に、タヌキの生態についての解説パネルを作ってブースに掲示するなど。名付けて「ガクモンからエンタメ」)。今回のオンラインイベントでもそのコンセプトは活かされていて、楽しく学問のエッセンスに触れられるようになっているのが肝だ。

楽しく学べるバーチャル講演

イベントのもうひとつの目玉は、多彩なラインナップの講演。といっても堅苦しいものではなく、バーチャル空間を駆使した個性的な演出や、最新の研究成果を楽しく伝えるエンタメ性がふんだんに盛り込まれている。いくつか覗いてみたので紹介したい。

 

まずは、恐竜の3Dモデルをはじめ最新技術を活用して教育普及活動に取り組んでいる、福井県立大学 恐竜技術研究ラボの「VR恐竜シンポジウム」だ。骨格標本がずらりと並ぶ会場で、最新の古生物学研究についての発表を聴講した。

講演会場で大人気だったブラキオサウルスの骨格。落ちないように頭まで登って、向かいの骨格に飛び移る遊びをみんなでやっているところ

講演会場で大人気だったブラキオサウルスの骨格。落ちないように頭まで登って、向かいの骨格に飛び移る遊びをみんなでやっているところ

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フクイプテリクスの骨格(左)と、放散虫の一種ウビゲリナ・アキタエンシス(右)の3Dモデル

 

今井拓哉さんが研究しているのは福井県で2013年に発掘された原始的な鳥類、フクイプテリクス。恐竜から鳥への進化の過程を知る重要な手がかりとして研究が進められている。一方、芝原暁彦さんは有孔虫というプランクトンに関する研究を紹介。さまざまな形のものがあり、土産物の「星の砂」として知られているのもこのうちの一種。地層からたくさん見つかる小さな化石は過去の地球の環境変化を知る手がかりになるそうだ。

 

化石を拡大して展示したり、360度いろんな角度から観察したり、手に持ったり、上に乗ったり……現実ではちょっと難しいこともVRならば簡単に実現できるのが面白い。

 

続いて、なんとお笑いライブがあるということでお邪魔してみた。「科学コミュニケーター黒ラブ教授の濃厚科学お笑いライブヽ(´▽`)/体験版」。タイトルからしてはっちゃけている。

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研究者で科学コミュニケーターでよしもと芸人

 

この方が黒ラブ教授。某大学で植物やウイルスの研究をしている本物の研究者であり、研究者と一般の人とを橋渡しする科学コミュニケーターであり、吉本興業所属の芸人でもあるという濃厚なプロフィール。

***

黒ラブ教授のボケに対して、コメント欄からツッコミや声援が飛ぶ

 

ネタはというと、「研究者あるある」と「日常あるある」と「覚えておくとカッコいい科学知識」を織り交ぜたやや強引な展開がクセになる。視聴者からのコメントも丁寧に拾って会場を沸かせていた。気になった方は是非YouTubeで検索を!

 

2週間のイベントの大トリを飾るのは、変形菌(真性粘菌)の研究者・増井真那さんの講演。変形菌と暮らして14年、研究歴13年という増井さん。なんと7歳から研究を始め、高校2年生で国際学術誌に査読論文が掲載されたそう。現在は慶應義塾大学に通う19歳だ。

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変形菌はこう見えて単細胞生物。同種の変形菌同士を混ぜ合わせると、ひとつに合体する場合と回避しあう場合がある

 

そんな増井さんの研究対象であり相棒的存在が、変形菌(真性粘菌)。小さな不定形の生物で、樹皮の下や落ち葉の下を這うように移動しながら有機物を食べ、時が来ると変形して胞子を飛ばす。変形菌はひとつの個体がふたつに分裂することができるほか、他の個体と出会うと混ざり合ったり、避け合ったりもする。自己と他者の区別はあるが、その在り方はかなりユニークだ。

 

終了時間が過ぎてからもコメント欄からひっきりなしに質問が飛び、それに丁寧に答える増井さんが印象的だった。筆者はというと、それまで当たり前だった自分という存在がなんだかふわふわ頼りなく感じられるのだった。

変形菌は今回のイベントのマスコット「推し博物」にも選ばれていて、あちこちで会場を侵食していた

変形菌(真性粘菌)は今回のイベントのマスコット「推し博物」にも選ばれていて、あちこちで会場を侵食していた

 

自然や学問への愛とこだわりに溢れた祭典、いかがだっただろうか? 今回ご紹介できたのはほんの一部だが、気になる出展者や出演者がいれば是非その活動を追いかけてみてほしい。そして、今秋の9月11日、12日には「博物ふぇすてぃばる!」のリアル開催が予定されている。会場は例年通り東京九段下の科学技術館とのことだ。

研究者の質問バトン(3):ネアンデルタール人はどうして絶滅したの?

2021年2月18日 / この研究がスゴい!, 大学の知をのぞく

研究者の素朴な疑問を数珠つなぎに解決してゆく質問バトン。前回、麻布大学の菊水健史先生からおあずかりした質問は「ネアンデルタール人はどうして絶滅したの?」でした。

 

ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)は、約40万年前に出現し、約4万年前に絶滅したと考えられている化石人類。進化史上では私たちホモ・サピエンスと同じ時代を生きてきた「きょうだい」とも言える存在です。なぜホモ・サピエンスが現代まで生き残り、ネアンデルタール人が絶滅したのかという謎はこれまで多くの人を惹きつけてきたわけですが、最新の研究ではどんなことがわかっているのでしょうか。化石人類の姿に骨から迫る形態人類学の専門家、東京大学の近藤修先生にお聞きしました。

ネアンデルタール人絶滅の原因は混沌の中

――さっそくですが、ネアンデルタール人の絶滅の原因はどこまでわかってきているのでしょうか?

 

「はい、これはとても難しい質問ですね。ネアンデルタール人が絶滅した原因については研究が進むほどに混沌としてきています。さまざまな仮説が唱えられてはいますが、どれも十分な証拠がなくて、今後どういうふうに転がるか誰も予想できない状況だと思います」

 

――混沌……今回の謎はなかなか手強そうです。まずはこれまでどんな仮説が唱えられてきたのか教えていただけますか?

 

「これまで有力とされてきたのは氷河期の気候変動の影響で絶滅したという説ですが、これはあまり正しくないと考えています。氷河期の地球は5万年から10万年という周期で気温が上下しているのですが、ネアンデルタール人が絶滅したと考えられている約4万年前は最も寒い時期というわけではありませんでした。また、ネアンデルタール人は特に寒い時期にはより南の方に移動していたことがわかっています。気候変動には適応できていたんですね。

 

他には病原菌を絶滅の原因とする説もありますが、これにも具体的な証拠はありません。当時は現代ほど人口密度が高くなく、ダイナミックな人の移動もなかったので、ヨーロッパ全土から西アジアに至るネアンデルタール人の分布域すべてに感染が広がるかどうかに疑問が残ります」

 

――なるほど、天変地異による絶滅というシナリオはどうも決め手に欠けそうですね。

名称未設定のアートワーク 1

私たちの祖先がネアンデルタール人を追いやったのか?

――素人としては、私たちの祖先との生存競争がネアンデルタール人を絶滅に追いやったのではないかと想像してしまうのですが。

 

「ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の間に、絶滅につながるような激しい生存競争があったという証拠は見つかっていません。

 

ネアンデルタール人はヨーロッパを中心に分布し、ホモ・サピエンスはアフリカから進出して世界中に散らばっていったので、局地的には両者は接触していたでしょう。しかしこれも病原菌説と同じで、仮にある地域で両者の生存競争があったとしても、それが種全体の絶滅につながるとは考えづらいのです。せいぜいローカルな小競り合いにとどまっていたのではないでしょうか」

 

――ううむ確かに。戦争のような広範囲の衝突となると、もっと時代を下ってからでないと起こらなさそうですね。

 

「そして、もし仮に両者の間に生存競争があったとしても、ホモ・サピエンスがなぜ生き残ったのか説明できる根拠がありません。というのも現在の研究では、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの間には文化レベルの差はほとんどなかったと考えられているんです。ネアンデールタール人もホモ・サピエンスと同じように石器を使いこなしていましたし、最近の研究ではボディペイントを施し、原始的な装飾品を身につけていたこともわかっています。そうすると、私たちが持っている高い知能や抽象的な思考能力が、ホモ・サピエンス特有のものだと考えるのはちょっと無理がありますよね。

 

それどころか、単純に身体能力で比較した場合、ネアンデルタール人の方が筋肉量に恵まれていたと考えられています。なので、ホモ・サピエンスの方が狩猟の腕前が良かったからとか、喧嘩に強かったから生き残ったということは考えづらいのです」

 

――ホモ・サピエンスの方が能力的に優れていたから生き残ったのだと考えるのは、思い上がりと言えそうですね……。菊水先生のご質問にあった、ホモ・サピエンスが犬を家畜化していたことについてはどうでしょうか?

 

「はい。ホモ・サピエンスの遺跡からは、オオカミの骨やイヌ科の動物の骨が見つかっていて、イヌを狩りに連れて行ったり、あるいは留守を守らせたりしていたことは考えられます(ただし、これまで遺跡から見つかっているイヌ科の動物は、オオカミや現在の飼い犬とは遺伝的に別系統のようです)。ネアンデルタール人の遺跡からもオオカミの骨は見つかっていますが、これは家畜ではなく、集落を襲いに来たか何かの理由でネアンデルタール人に殺されたものでしょう。

 

イヌを家畜化したという点でホモ・サピエンスの方が効率的に食糧を確保できたと仮説を立てることもできます。ただし他の説と同じく、それがネアンデルタール人の絶滅につながったという証拠はありませんが……」


名称未設定のアートワーク

 

――まとめると、ネアンデルタール人の絶滅の理由につながるホモ・サピエンスとの決定的な違いよりはむしろ、両者に共通点が多かったことが明らかになってきているということでしょうか。

 

「そうですね。もちろんそれぞれの研究者は両者の違いを明らかにしようと取り組んでいるわけですが、その成果を絶滅の理由に結びつけるにはまだ早い段階だと私は考えています。現在はDNA解析などの技術を駆使して、個々のローカルな生活像を明らかにする方向で研究が進んでいます」

 

――絶滅という大きな謎は謎として、私たちの祖先やネアンデルタール人の実像に迫る研究が着々と進んでいるわけですね。DNA解析ではどんなことがわかっているのでしょうか?

 

「DNA解析によって、私たち現生人類の中にもネアンデルタール人の遺伝子が数パーセント含まれていることがわかりました。ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は、少なくとも一部で混血していたのです。ただし、それがどういった経緯だったのか、ネアンデルタール人の絶滅と関係するのかについては詳しくはわかっていません。遺伝子のパーセンテージの低さから言っても、両者の交配はあくまで例外的な出来事だったと考えるのが妥当でしょう」

 

――私たちの中にもネアンデルタール人の血が流れているのですね。なんだかネアンデルタール人が親戚やお隣さんのような身近な存在に思えてきました。

骨からわかる化石人類の姿

――近藤先生ご自身は、骨から人類学にアプローチされているということですが……?

 

「形態人類学といって、骨を調べることでホモ・サピエンスとネアンデルタール人の生物種としての共通点や差異、生活環境までさまざまなことを明らかにしようとしています。

 

わかりやすいのは体格の違いですね。ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の身長はほぼ同じでしたが、膝の関節の骨の断面積を比べるとネアンデルタール人の方が骨太なことがわかります。この断面積は体重と相関関係があるので、先ほども触れたようにネアンデルタール人の方が筋肉量が多かったのではないかと推測できるのです。

 

また、頭骨を見るとネアンデルタール人は鼻の周囲のパーツが大きく前にせり出しています。鼻腔や副鼻腔といった鼻の中の空間がホモ・サピエンスよりも広くなっていて、これは一説によると寒冷地に適応するため、吸い込んだ空気を温めるのに役立ったとも言われていますが、反対意見も出ておりはっきりとはわかっていません。

 

骨から生活の様子を垣間見ることもできます。腕の骨の筋肉のつき方を調べると、手指をどれだけ動かしていたのかが推測できます。この研究によると、ホモ・サピエンスもネアンデルタール人も同じように手先を器用に使っていたようです。

 

私が取り組んでいる研究では、ネアンデルタール人の胎児期からの成長過程を調査して、私たちと大きな差がないことがわかりました。妊娠期間や妊娠・出産時に母体にかかる負担も私たちと変わらなかったとすると、それを取り巻く生活サイクルや文化も似通っていたと想像できます」

 

――差異も共通点も、様々なことがわかるんですね。だけど、現代人でも体格は人それぞれバラバラですよね。化石になった人々の生物学的な傾向を見極めるのって大変ではないですか?

 

「はい。その点は、まさに私たち自身が物差しになるんです。寒冷地に住む人々と温暖な地域の人々の違い、栄養状態による違いなど、環境条件が骨格にどう影響するのかは現代の人々を調べることである程度把握することができます。化石人類の骨を比較する際にその環境による差異を差し引いてやると、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人という生物種としての差異を見極めることができるわけです」

 

――化石人類の研究は、私たち現代人をよく知ることと切り離せないわけですね。

近藤先生の研究のきっかけになった、シリア北部のデデリエ洞窟・中期旧石器時代の遺跡での発掘調査(写真はおそらく1993年)。最初に発見された人骨の記録をとっている近藤先生(左)、百々幸雄氏(右、当時は札幌医科大学教授)。

近藤先生の研究のきっかけになった、シリア北部のデデリエ洞窟・中期旧石器時代の遺跡での発掘調査(写真はおそらく1993年)。最初に発見された人骨の記録をとっている近藤先生(左)、百々幸雄氏(右、当時は札幌医科大学教授)

 

近藤先生の素朴な疑問は? 

――それでは最後に、近藤先生の抱えている素朴な疑問を教えていただけますか?

 

「人類学は人間の文化を理解することと切っても切り離せない学問です。そこで気になっているのが、宗教はどうして生まれたのか、ということです。調査を行う中で、古い時代の宗教的モニュメントであったり、宗教の戒律を大切に守って生活している現地の人であったり、様々な信仰の形を目にすることがあります。そうした信仰が生まれ、多様化してきた背景は何なのか、たとえば人間の精神性の進化というようなものと関わっているのかを知りたいですね」

 

――これはどこから手をつければいいのか、特大の謎を投げかけていただきました。「素朴」ほど厄介なものはないということに連載3回目にして気づきつつあります……。

 

とうわけで、次回は「宗教はどうして生まれたの?」という素朴な疑問に答えていただける研究者の先生を探してみたいと思います!

 

(つづく)

 

恐竜時代の「ホタルの光」を再現。中部大学・大場裕一先生に聞く、発光生物の不思議な魅力

2021年2月9日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

蛍の光、窓の雪……ホタルは格別に私たちの心を揺さぶる生き物だ。初夏、夜の川原に儚げな光が舞い飛ぶ光景に魅了されたことのある人は少なくないだろう。

 

そんなホタルが地球上に現れたのは約1億年前、中生代白亜紀のこと。中部大学・長浜バイオ大学・鹿児島大学による最新の研究で、なんとこの恐竜時代のホタルの光を再現することに成功したという。一体どうやって? 恐竜が見ていたかもしれないホタルの光はどんな色だったのだろうか?

 

実験の代表者である発光生物学の専門家・大場裕一先生(中部大学 応用生物学部 教授)を取材した。

 

黄緑色に発光するゲンジボタルの成虫

黄緑色に発光するゲンジボタルの成虫。1億年前はどんな光を放っていたのか?

1億年前のホタルの光、復元の鍵は?

まずは今回発表された研究の概要をご紹介しよう。1億年前のホタルの光と言っても、ホタルの化石を光らせるわけにはいかない。それではどうやって再現したのかというと、現生のホタルの光から「逆算」する方法があるのだという。

 

ホタルをはじめとする発光生物は、体内で発光物質「ルシフェリン」と発光酵素「ルシフェラーゼ」を化学反応させることで光を放つ(正確には、ルシフェリンとルシフェラーゼは生物の発光に関わるさまざまな物質と酵素の総称で、ホタルの場合はホタルルシフェリン、ホタルルシフェラーゼと呼ばれる)。ホタルの仲間は世界中に生息し、黄色、緑、オレンジ色とさまざまな固有の発光色をもつが、ルシフェリンはみな共通であることがこれまでの研究でわかっている。つまり、ルシフェラーゼの違いが発光色を決めているということになる。

 

そこでまず、現生のさまざまなホタルの仲間を集め、遺伝子からルシフェラーゼの設計図(アミノ酸配列)を集める。そして、設計図の変異がどのように起こってきたのかを計算(アミノ酸進化アルゴリズム)によって遡ってゆく。すると、全てのホタルの祖先、つまり1億年前の原始ホタルのルシフェラーゼの設計図を推定することができるという寸法だ。これは進化生物学でよく用いられる手法で、「祖先配列復元」という。

ホタルの光の進化と祖先配列復元による実験のイメージ

ホタルの光の進化と祖先配列復元による実験のイメージ

 

あとは、実験室で実際にそのルシフェラーゼを合成し、ルシフェリンと反応させてやると……

 

 

試験管の中で深い緑色の光を放った!! これが「1億年前のホタルの光」の正体である。

 

それでは、一体どうしてこんな実験を思いついたのだろうか? ここからは大場先生にお話をお聞きしよう。

なぜホタルの光なのか?

ミミズ、キノコ、魚まで、あらゆる発光生物が研究対象という大場先生。今回ホタルに注目した理由は?

 

「ホタルは南極を除く全ての大陸に生息し、2000〜2200種、グループとしては5〜7亜科が知られていて、それぞれが固有の発光色や発光パターンを持っています。ホタルの発光がこれだけ多様になったのは雌雄間のコミュニケーション手段として進化してきたためと考えられていますが、それならば原初のホタルは何色に光っていたのかを実験で明らかにできると面白いんじゃないかと考えました。加えて、ホタルルシフェラーゼは生命工学や基礎医学の分野で幅広く活用できるため、すでにいろいろな種類のホタルの遺伝子情報が蓄積されてきていたという事情もあります」

 

世界中にそれだけ沢山のホタルがいることがまず驚きだ。聞けば日本にも50種ほどが生息していて、幼虫はすべて光るが、成虫になっても光るのはその半数ほどらしい。

 

話を戻して、実際に研究が動き出してからはどんな苦労があったんだろうか。

 

「実は今回の実験の構想を15年ほど前から温めていて、祖先配列復元の専門家である長浜バイオ大学の白井剛先生に共同研究を持ちかけたのが10年ほど前でした。ホタルの遺伝子情報のサンプルは多ければ多いほど正確な推定ができるわけですが、それも5〜7亜科からなるべく幅広くサンプルを用意する必要があります。すでに遺伝子情報が解析されていた種類だけでは系統的に偏りがあったため、新たに数種類のホタルを採取してサンプルを集めました。これには生きたホタルが必要なので、手間がかかりましたね。

 

今回の実験でとにかく無事に光ってくれたことに安心しました。結果は実験してみないとわからなくて、光らなかったらどうしようと思っていましたから」

学生と一緒にホタルの幼虫を採取する

学生たちと一緒にホタルの幼虫を採取する

緑色の光から見える進化の道筋

10年越しの研究で再現した緑色のホタルの光。そこからどんなことがわかるのだろうか?

 

「発光色が緑色になることは、実は想定内でした。というのも、ホタルの光はもともとは捕食者への警告のために使われていたと考えられていたからです。どういうことかというと、ホタルってとても不味いんです。自ら光ることで、自分は不味いということを捕食者にアピールしていたと考えられます。そして、ホタルを捕食していたであろう夜行性動物にとって、一番見えやすい色は緑色なんです。

 

それと、実はホタルはルシフェラーゼを2種類持っているんですよ。ひとつは幼虫と成虫の発光器に使われているもの、もうひとつは卵と蛹の間にしか使われないもので、2000年ごろに我々の研究で初めて見つかりました。卵と蛹は緑色に光るんです。卵や蛹は雌雄コミュニケーションには関係しないはずなので、おそらく捕食者への警告の役割を持っていて、こちらがホタルの光の『原型』に近いのだろうと予想していました。

 

今回の実験で観察できた緑色の光は、『ホタルが捕食者への警告のために獲得した発光が、のちに雌雄コミュニケーションの手段として多様化していった』というこれまで考えられてきた進化の道筋を裏付ける結果と言えるでしょう」

左側が現生のゲンジボタルのルシフェラーゼ、右側が1億年前の原初ホタルのルシフェラーゼ。原初ホタルのほうが深い緑色なのがわかる

左側が現生のゲンジボタルのルシフェラーゼ、右側が1億年前の原初ホタルのルシフェラーゼ。原初ホタルのほうが深い緑色なのがわかる

 

捕食者にとってはホタルの「不味さ」と「緑色の光」が結びついて、ホタルの光を見ると食欲が失せるというわけだ。ところで、1億年前の捕食者というと……やっぱり恐竜!?

 

「主には我々の祖先である小型哺乳類でしょうね。恐竜が闊歩する日中を避けて、小型哺乳類は隠れるように夜にコソコソ動き回っていた。古代の森の暗闇の中で、そんな我々の祖先とホタルの祖先が生存競争を繰り広げて、その結果ホタルは光ることで身を守るようになった……という光景が想像できます」

 

1億年前から、ホタルは我々の祖先に向けて光を放っていたのか(不味さアピールだとしても)。そう考えると人間がホタルの光に対して感傷的になるのもわかる気がするし、試験管の中の緑色の光がなんだか一層愛おしく感じられる。化石をもとに古代生物の生きた姿を想像するのも楽しいが、こうして実際に目で見ることのできる「光」という実験成果はまた一段といろいろなことを考えさせてくれるものだ。

 

それでは、研究の今後の展開は?

 

「まず、今回の論文では1億年前のホタルを強調して取り上げましたが、実はそこから現在に至る過程の7箇所のルシフェラーゼも復元しているんです。なので、どのような進化の過程を辿ってきたのかをもっと詳しく調べるということが1点です。

 

もう1点、ちょっとチャレンジングなこととして考えているのが、1億年前のルシフェラーゼからアミノ酸をランダムに変異させて、実際には起こらなかった進化の過程をシミュレーションしてみるという研究です。アミノ酸のどんな変異がどんな発光色を生むのかが明らかになることで、ルシフェラーゼの本質にせまれるのではないかと思っています」

 

そんなことまでできてしまうとは! これまたロマン溢れる構想だ。

実は、今回の実験でホタルの祖先がホタルになる以前の発光色もわかっている。赤色で弱く発光していたようだ

実は、今回の実験でホタルの祖先がホタルになる以前の発光色もわかっている。赤色で弱く発光していたようだ

「だって面白いでしょ」から始まった発光生物研究

ところで大場先生はどうして発光生物というユニークな研究対象に出会ったのだろうか?

 

「学生時代の私の先生が発光生物を研究していたんです。当時は下村脩先生がノーベル賞を受賞(編注:発光するオワンクラゲから蛍光タンパク質GFPを発見した功績で2008年にノーベル化学賞を受賞)する前で、発光生物の研究がどう役に立つのか誰もちゃんとわかっていなかったんですね。だから『こんな研究していいんだ』と興味を惹かれて、先生にそう聞いたら『だって面白いでしょ』と。そこから私も発光生物に惹き込まれました。

 

発光生物はとにかく人々へのアピール力がありますし、かっこよく言えば子供達が科学に対して興味を持つきっかけにもなる。ですが、私個人としては単純に面白いから研究しているという感覚です。人間でも電球を作るのに何百年もかかっているのに、どんな仕組みであんな小さな生物たちが光を放つことができるのか。どうしてそんな現象が進化の過程で何度も起こったのか。考えてみるとやっぱりすごく面白いなと思います」

 

面白いから。ザ・シンプルだけどこれ以上ない研究動機だ。その面白さは、他の生物学の研究者からはどんなふうに見られているんだろうか。

 

「『光る』ことは研究の強みにもなります。

 

現在、『発光生物DNAバーコーディング』という発光生物を網羅したデータベースを作っていて、いろいろな研究者と共同研究を行っています。たとえば分類学の専門家は、生体よりもホルマリン漬けの標本に接することが多い分、意外とその生物が発光するということを知らなかったりします。ですが新種の生物が発見された時に、それが発光生物だと世間の注目度が全然違うんですよね。近年参加した共同研究では、オーストラリア領クリスマス島の海底洞窟で新種の光るクモヒトデの仲間を発見しました(動画はこちら)。共同研究者の方と一緒に学名を考えまして、クリスマスイルミネーションをもじって『クリスマスイルミナンス(Ophiopsila xmasilluminans 和名:ドウクツヒカリクモヒトデ)』と命名したことが話題になり、『2019年の注目すべき海洋生物の新種トップ10』に選んでいただきました。

発光という視点を入れることで他の研究者にも面白がってもらえることがわかってきたので、共同研究も積極的に進めやすくなってきましたね」

大場先生が研究するめくるめく発光生物たち。
左上:クリスマスイルミナンス(ドウクツヒカリクモヒトデ) 名前はイルミネーションをもじっているだけではなく、「クリスマス島の発光生物」というれっきとした意味がある。写真は藤田喜久先生(沖縄県立芸術大学)提供。
右上:ヒカリマイマイ 世界でただ1種の発光カタツムリ。東南アジアに生息。
左下:ヤコウタケ 日本では小笠原諸島や八丈島に分布する発光キノコ。
右下:ホタルミミズ 日本各地で普通に見られる。刺激を与えると、発光する粘液を分泌する。

 

クモヒトデといえば腕がにょろーんと長いヒトデに近縁の生き物で、星型の飾りと電飾に見えなくもない。しかもそいつが光るなんて、なんだか出来過ぎなぐらいにメリークリスマスなヤツだ。 やっぱり人間は光る生き物にどうしようもなく惹かれてしまうのだろうか。そもそも今日の取材自体が、ホタルの光に吸い寄せられたようなものだ。

 

「『光る』ことを人間がどのように考えてきたのかにも興味があります。東洋でも西洋でも、『光る』=『すごい』という捉え方はありますよね。それで言うと、実は……(ガサゴソ……)

そう言ってなにやらコピーされた紙を取り出す大場先生

そう言ってなにやらコピーされた紙を取り出す大場先生

アニメや漫画に登場する『光るキャラクター』の情報も収集しているんです。これも今日、知り合いが情報提供してくれた漫画なんですが。

 

発光するキャラクターの面白い特徴として、目が光るものが多いんですよ。眼球は光を受容する器官なので、それ自体が光っているのは生物学的におかしいのですが。あと、強大な力を持っているキャラクターが多いですね。光というのは力の象徴なのかもしれませんね」

 

先生、展開が意外すぎます!! 

人はなぜ発光生物に惹かれるのだろうか

「発光生物がさまざまな分類群に散らばって存在していることからもわかるように、進化の過程で生物は幾度も発光現象を獲得してきました。生物にとって光を放つということはそれほど特別なことではないのではないかと私は考えています。実際、ホタルルシフェラーゼももともと別の酵素から、それほど複雑ではないアミノ酸の変異によって進化したことが研究でわかってきました。ただし、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類といった四つ足の動物で発光するものはいません。すでに光よりも有効なコミュニケーション方法を確立しているので、人間が発光する力を持つことはこれから先もないでしょう」

 

つまり、人間が発光生物を特別なもののように感じてしまうのは、実は過大評価ということ?

 

「そうでしょうね。まず言えるのは、我々が視覚優位の生物であるということです。そして、生物としてのヒトは、火を使うようになるまでの長い間、暗闇に怯えながら生きてきたということとも関係があるのかもしれません」

 

発光生物の話をしていたはずが、最後は人間のなかにある光への執着を覗き見ることになってしまった。進化を司る神様からすればそれが過大評価であったとしても、私たちにとっての発光生物の不可思議な魅力や、発光生物研究の奥深さはいささかも揺るがないだろう。これから先も人間が発光することはないというのは少し残念だが……。

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