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  • date:2021.3.16
  • author:蔵麻子

3.11の記憶を薄れさせないために私たちがすべきことは? 新鋭の社会学者に聞く、災害の記憶のつなぎ方

名古屋生まれの水出先生。大学時代に他県の友人から「伊勢湾台風?なにそれ?」と言われるまで、「伊勢湾台風を知らない日本人がいるはずない!」と信じていたそうです。またそれが、災害のメディア史を研究し始めたきっかけのひとつだったとか。

今回お話を聞いた研究者

水出 幸輝

社会学者(専門:社会学、メディア史)

1990年名古屋市生まれ。関西大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了。日本学術振興会特別研究員PD(京都大学)。著作に『〈災後〉の記憶史  メディアにみる関東大震災・伊勢湾台風』 (人文書院、2019年) 。新たな切り口で災害のメディア史研究に取り組む新鋭の社会学者。

思い出すのが辛くても、後世につないでいかなければいけない記憶。そのひとつが災害の記憶です。特に東日本大震災、阪神淡路大震災、関東大震災は、日本人が「忘れるはずがない!」と考える災害の記憶ではないでしょうか。ところが歴史を振り返れば、日本人が関東大震災の記憶を薄れさせていた時代が存在するというのです。

 

この衝撃の事実を教えてくれたのが、災害のメディア史を研究する水出幸輝先生。先生のお話から、東日本大震災10周年を迎える今だからこそ知っておきたい、震災の記憶に関する衝撃の事実と、災害の記憶のつなぎ方をお伝えします。

関東大震災の記憶が日本人から消えかけた時代がある

被災者を悼む心と次代への教訓として、私たちは災害の記憶を忘れずにいようと心がけています。ところが過去を振り返れば、戦後を挟んでの20〜30年ほどのあいだの日本人は、関東大震災の記憶がかなり薄れていたと、水出幸輝先生は指摘します。水出先生は『〈災後〉の記憶史』の著者であり、新たな切り口で災害のメディア史を研究する社会学者です。

水出先生のご著書。関東大震災と伊勢湾台風を主なテーマとし、災害間、地域間、時代ごとの比較を通じ、記憶と認識の変遷に迫った。(水出幸輝著、人文書院発行、2019年)

水出先生のご著書。関東大震災と伊勢湾台風を主なテーマとし、災害間、地域間、時代ごとの比較を通じ、記憶と認識の変遷に迫った。(水出幸輝著、人文書院発行、2019年)

 

「関東大震災は1923年(大正12年)9月1日に起こった、10万5,000人あまりが死亡あるいは行方不明となった大災害です。しかし僕が新聞記事を調査したところ、関東大震災についての周年記事は6年を過ぎたあたりから徐々に減少。戦後にはほぼ記事になることもなく、人々にとって忘れられたに近しい災害となっていました」

 

(左)震災直後の家屋損壊状況(9月2日、牛込揚場町)、(右)ビルの被害状況(9月7日、京橋銀座通り) (出典)内閣府 防災情報のページ 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成18年7月 1923 関東大震災

(左)震災直後の家屋損壊状況(9月2日、牛込揚場町)、(右)ビルの被害状況(9月7日、京橋銀座通り)
出典:内閣府 防災情報のページ 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成18年7月 1923 関東大震災

 

終戦が1945年ですから20年ぐらいしか経っていません。それに私たちは、学校などで関東大震災について学びますし、大きな災害が起こると必ず引き合いに出されます。忘れかけていたって、おかしくないですか?

 

「いいえ、少なくとも誰もが憶えているようなナショナルな記憶ではなくなっていたんです。きっかけとなったのは、関東大震災の6年半後に開催された《帝都復興祭》というイベントです。帝都復興祭以降の日本は、国民にも対外的にも『復興は完了した』と言い切るようになり、震災を過去のものとして扱うようになりました」

 

ふむふむ。帝都復興祭について調べてみると、天皇や各国の大使が参加する、オリンピックのような大々的イベントだったことがわかります。震災後の瓦礫に覆われた街から、西洋にならった建築が立ち並ぶ大都市へと変貌した東京で、大掛かりなパレードが行われていた写真もネットに出てきました。うん、これだけ華々しく復興を祝ってしまうと、災害の記憶が色あせていくのも仕方がないかもしれません。

帝都復興祭のために皇居外苑に設けられた「奉迎門」。数多くの国民が詰めかけた(ACME NEWSPICTURES/National Geographic 1932年2月号「今日の東京」より) 画像提供:日経ナショナル ジオグラフィック社

帝都復興祭のために皇居外苑に設けられた「奉迎門」。数多くの国民が詰めかけた(ACME NEWSPICTURES/National Geographic 1932年2月号「今日の東京」より) 画像提供:日経ナショナル ジオグラフィック社

 

「帝都復興祭までは、関東大震災は新聞の社説で大きく扱われる話題でした。それが『復興は完了した』と言われたことで、メディアは関東大震災を語る理由や意義を失っていきます。

 

僕は東京と大阪で発行された新聞を使って関東大震災の扱われ方を比較してみたのですが、まず大阪版は、震災を実際に体験していないだけに早くから関東大震災の記事が消えていました。一方で東京版は、第二次世界大戦に入ってもギリギリ関東大震災の報道が残っていました。ですが記事の論調は『空襲による火災を防ぐために、関東大震災の火災を思い出そう』というもので、戦後に至ってはほぼ語られなくなっていきます。そうした紙面での扱いに比例して、人々の記憶からも関東大震災は薄れていったんです」

 

帝都復興祭自体は、多くの人に夢と希望を与える素晴らしいイベントだったわけだけど、そもそもの関東大震災を忘れていくきっかけにもなってしまった。…なんだかもやっとする話ですね。

 

あれ、でも今の私たちは関東大震災のことをちゃんと覚えています。これはどういうことなんでしょう?

 

「関東大震災の記憶は一度消えかけました。でも思い出すきっかけがあった。それが1960年に制定された《防災の日》です」

復活した関東大震災の記憶、忘れられた伊勢湾台風

防災の日とは1960年の9月1日に制定された「広く国民が台風、高潮、津波、地震等の災害についての認識を深め、これに対処する心構えを準備する」啓発記念日のこと。なぜこれが関東大震災を思い出すきっかけとなったのでしょう?

 

「防災の日とは、1959年に起こった伊勢湾台風をきっかけに制定された記念日です。伊勢湾台風のことはご存知ですか?」

 

伊勢湾台風!はい、知ってます! 愛知県・三重県を中心に東海地方に甚大な被害をもたらした大風災害ですよね。水出先生は愛知県出身ですが、私も三重県出身なので…東海地方で育てば子どもの頃から伊勢湾台風について学びます。でも伊勢湾台風を知ってる人って、東海地方出身者以外は少ないですよね。

名古屋生まれの水出先生。大学時代に他県の友人から「伊勢湾台風?なにそれ?」と言われるまで、「伊勢湾台風を知らない日本人がいるはずない!」と信じていたそうです。またそれが、災害のメディア史を研究し始めたきっかけのひとつだったとか。

名古屋生まれの水出先生。大学時代に他県の友人から「伊勢湾台風?なにそれ?」と言われるまで、「伊勢湾台風を知らない日本人がいるはずない!」と信じていたそうです。またそれが、災害のメディア史を研究し始めたきっかけのひとつだったとか

 

「伊勢湾台風は1959年の9月26日に発生した、およそ5,000人の死者をもたらした甚大な台風災害でした。阪神淡路大震災の死者数が約6,000人ですから、被害の規模を想像いただけると思います。それこそ、防災の日が制定されるきっかけとなったほど、当時の日本人にとって衝撃的な災害だったんです。ところが今では伊勢湾台風は忘れられ、主に関東大震災について語られる記念日となってしまいました」

 

ええー!東海地方出身者としてはちょっと納得いかない事実です。なぜそんなことになったんですか?

 

「それは日付が原因だと考えられます。伊勢湾台風は9月26日に発生しましたが、防災の日は9月1日…関東大震災の日に制定されました。これは推察ですが、覚えやすいし2学期の頭ということで、行事として取り組みやすいという戦略が設定者にあったのでしょう。『被害甚大だった伊勢湾台風を日本国民が忘れるはずがない』という油断もあったと思います」

伊勢湾台風の様子。海と化した低平地の惨状。写真は長島町(中日新聞社、1959) 出典:内閣府 防災情報のページ 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成20年3月 1959 伊勢湾台風

伊勢湾台風の様子。海と化した低平地の惨状。写真は長島町(中日新聞社、1959)
出典:内閣府 防災情報のページ 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成20年3月 1959 伊勢湾台風

 

しかし蓋を開ければ、9月1日という日程ゆえにメディアは関東大震災についてフィーチャーするようになり、伊勢湾台風は次第に忘れられるようになったと水出先生。なんと歯痒い事実…!

でもそれくらい災害の記憶って、メディアでの扱われ方や記念日によって、簡単に忘れられたり復活したりするんですね。

 

「そうなんです。そうした傾向から僕が危惧しているのが、東京オリンピック開催によって東日本大震災の記憶が薄れてしまう可能性です」

 

えっ!それはどういうことですか?

 

「関東大震災では帝都復興祭という祝祭が一つの区切りとなり、災害を忘れる流れを生み出しました。僕が心配しているのは、関東大震災ですらそうだと考えれば、東京オリンピックを東日本大震災の復興オリンピックと位置付けることは、震災の記憶を残す上では戦略的によくないのではないかということです」

 

復興の完了を意味するような巨大なイベントがあると、インベントを企画した側やそれを楽しむ私たちにその気がなくても、記憶が薄れていく可能性はあるわけですね。

 

「そうです。大学の授業でこうした話をすると、学生たちは『いやいや、忘れないでしょ!』と言うんです。でも歴史は忘れることを証明している。僕は復興オリンピックを否定したいわけではありません。ただ、オリンピック後も引き続き東日本大震災について語り続ける回路を用意しておかないと、被災地の人々は憶えていても、国民的な記憶としては忘却につながる恐れがある。それは注意しないといけないと思うのです」

<記憶が薄れた>という事実を見つめる、災害の記憶のつなぎかた

私たちは災害の記憶を「忘れるはずがない」と思っていても記憶が薄れてしまうことが、水出先生のお話からよくわかりました。でも水出先生、ならば災害の記憶をつなぐため、私たちはどんなことに気をつけるべきなんでしょうか?

 

「災害の歴史とは忘却の歴史です。あらゆる災害を記憶しておくことは難しいですし、誰もが同じ災害の記憶を持つ必要はないと僕は考えます。大切なのは、地域で記憶を残すという努力ではないでしょうか。例えば伊勢湾台風の記憶が、全国的には忘れられても東海地方ではしっかり受け継がれているようにです」

 

自分の地域で過去に起こった災害を、先人の体験談として受け継ぎ、地域環境として起こりやすい災害なんだという自戒をそこに暮らす人々が持ち続けることが大事だと水出先生。そうして災害の記憶を地域でつないでいくことは、人々のアイデンティティにもなるし、将来起こり得る災害への対処法へとつながると語ります。

 

「『東日本大震災は大変な災害だったから、我々は社会に残していくんだ』という記憶のしかたは、災害が発生した時点と今を点として覚えておくようなものです。そうではなく、災害の記憶を線にして、奥行きのある歴史として読み解いていくことが大事ではないでしょうか。そうすれば災害の記憶が単なる情報ではなく、何か別の災害が起きた時に相対化して役立たせることができる知識となるはずです」

 

また歴史を線として見ることは、<記憶が薄れたという事実を見つめること>でもあると水出先生。

 

「『災害のことを憶えている』と言うよりも『災害のことを忘れている』と言い続ける方が、記憶を思い出し続ける装置として働きます。『僕たちは災害の記憶を薄れさせてしまう。だから思い出さなきゃ』というメンタリティを持つことが大事ではないでしょうか。またそれこそが、防災の日や3.11をはじめとする記念日に僕たちがやるべきことだと思います」

 

災害の記憶に区切りをつけることは、私たちが未来を向いて生きるために必要なこと。ただ、記念日など折に触れて『普段は忘れかけている』災害の記憶を甦らせるのが大切なんですね。みなさんも記憶の奥行きを広げてみてください。まずはこの3月から、震災の記念日のたびに。


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