【大学はこう使え! 特別編】 大学研究広報の老舗サイト「Meiji.net」の担当者が語る、研究記事の楽しみ方
あらゆる研究の知られざる面白さを伝えたい。そんな願いをもって記事づくりに励んでいる『ほとんど0円大学』ですが、近頃は大学発のオウンドメディアも増えてきました。その先駆けともいうべき存在が「Meiji.net」です。明治大学の教授陣が、社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイトとして構成。大学の公式サイトとは別に展開する意図や面白さは、どのあたりにあるのでしょう。「Meiji.net」の運営担当をしている、明治大学広報課の朝烏修平さんに、ほとゼロ編集長の花岡正樹が迫りました。
世界初のことしかやっていないのが研究者。その視点がまず面白い。
花岡 「Meiji.net」は大学発オウンドメディアの老舗というイメージがあるんですが、もともとはどういう経緯ではじまったんでしょうか。
朝烏 研究の社会への還元を主な目的として始まったサイトなんです。当時の広報スタッフたちが、大学の研究をどう伝えようかと考え続けた結果、辿り着いたのがこのスタイルだったようです。サイトが立ち上がった2013年の時点でも、研究内容を取り上げた記事は世の中にたくさんあったと思いますが、オウンドメディアにして、かみ砕いて記事化した情報を定期的に発信していた大学はほぼなかったようでした。
花岡 記事づくりは、どう進められているんですか。
朝烏 800名を超える専任教員のなかから月に5人の研究者をピックアップし、オピニオンとリレーコラム、それぞれの取材を同時に行い、毎月10本の記事を出しています。
オピニオンは、大学の公式見解ではなく、先生個人の立場・視点で研究内容を紹介してもらう記事のことで、ビジネス、社会・ライフ、国際、IT・科学、キャリア・教育という5つのカテゴリに分類しています。
リレーコラムは、不定期にテーマを変えつつ構成していて、現在のテーマは「人生で影響を受けた人物」。先生たちの人柄的な部分が知れるように意識しています。
そのほか、文字だと伝わりにくい場合などは、研究紹介アニメとして動画で構成することも。ビジネスパーソンをメインターゲットとしたサイトですが、さらに今後は、受験生や職場復帰をめざす女性など、さまざまな読み手を意識した特集記事にも力を入れていこうとしています。
花岡 あえて研究には直接ふれないリレーコラムは、研究者の考え方や価値観がよく伝わってきます。そう思うと、「Meiji.net」は研究を伝えるサイトであるとともに、研究者を伝えるサイトでもあると言えるかもしれませんね。
朝烏 先生たちが何に影響を受けて、今こうなっているかがわかってくると、より人間味が増してくるはずです。専門分野以外にも、こういう価値観を大切にしている一人の人間なんだというところが見えてくると、その視点の魅力もより見えてくるんじゃないかなと。
花岡 人となりがわかると、身近にも感じられる場合もありますしね。広報担当者として、そもそも大学の研究の面白さって、どういうところに感じていらっしゃいますか。
朝烏 研究ってそれぞれ先生方のオリジナルじゃないですか。だからこそ論文が出るわけで、ある意味、世界初のことしかやっていないんですよね。そもそも、先生一人ひとりの視点自体がまず面白いんです。
花岡 そう考えると、すべてに最新の情報が入っているとも言えますよね。今までにない視点を知るだけでもワクワクしてきますし。
朝烏 研究者の視点はあらゆる角度から何歩も先を行っていたり、普遍的な情報が多かったりして、信頼度が高い傾向にあります。そのため、、サイトに設置した人気記事ランキングを見ても、数年前の記事がまだ入ってきたりするんですよ。社会情勢に応じてPV(ページビュー)が上がってくる記事も異なりますし。自然と色あせない記事になっていくのが、研究を伝えることの面白さでもあります。
幅広い層に読み応えがあるよう、研究内容をわかりやすく翻訳。
花岡 大学の場合、プレスリリースで研究情報を発信しているわけじゃないですか。そういうなかで、あえて大学の研究を記事として出す意義って、どこにあると思われますか。
朝烏 まず違うのはアーカイブ性です。たくさんの記事を新鮮な気持ちで読み進めてもらえるように、意識しながらその数を財産として蓄積しています。あとは、専門性の高い研究内容をどう翻訳するか。研究をまったく知らない人に伝えるためには、どうすればいいかという問いからスタートさせています。
花岡 そこが大事ですよね。「ほとんど0円大学」では、記事を通じて、知らないことを知ることは楽しいことなんだということを、たくさんの人に伝えたいと思っています。これはうちだけじゃなく、研究を扱うサイトの一番大きなミッションなのかなと、僕は勝手に思っています。
朝烏 そのためにも、どれだけわかりやすい言葉にしていくかが重要になります。でも、言い換えていく作業って、つまりは事実から少しずつ離れていくことに繋がりかねないと思うんです。どれだけ綱渡りできるかが、広報としては難しいところでもあり面白いところでもあります。
ただ、わかりやすさと正確性を天秤にかけなければいけないなら、正確性を優先します。この表現で間違いないかどうか、細かく研究者に確認をとりますし。ニュアンスが違うとなると、論文にあった言葉に戻すこともあります。
花岡 わかりやすさと正確性のバランスが大切ですよね。
朝烏 両立させるためには、事前に調べつつも、こちらが何も知らないと思って教えてくださいという姿勢で取材を進めることが大事かなと。そうすれば、わかりやすい言葉に置き換えて説明しようとしてくれますしね。
大学としてではなく、研究者の立場から意見を打ち出せるのも強み。
花岡 一方で、読み進めてもらうためには面白くなきゃいけないじゃないですか。その部分で気にされているところは?
朝烏 読んでいる人たちが、どんなところに意外性を感じるのか、考えています。
花岡 そうですね。ただ、「へぇ~!」と思うことは入れたいですけど、トリビアとは違うというか。
朝烏 単なる知識ではなく、新たな視点に立って自分なりにその物事を考えられるようになる、きっかけであったり考え方であったりの気づきを私自身が体感しながら、読み手の方に与えられたらいいなと思っています。これまで知らなかった意見にふれ、自分であればどう思うのかと考えること自体が、面白い作業なのかなと。
花岡 なるほど。だから、研究を伝える記事をリサーチ(研究)じゃなくオピニオン(意見)と表現しているわけですね。
朝烏 研究者の意見と大学の意見は違うよというスタンスです。各記事の最後には、それがわかるように注釈も入れています。でもそうしていても、読者のなかには、研究者の意見イコール大学の意見と受け取る人はゼロではありません。それでも、この姿勢を変えずに発信し続けることを大切にするのが明治大学です。私はこれが強みだと感じています。
花岡 オピニオンが立っているほうが面白いけど、すべての研究者の意見が必ずしも合致しているわけじゃない。それがわかっているうえで、研究者が意見を出せる場を用意しているのはいいですね。
朝烏 極論、同じテーマでまったく違うことを言っている記事が上がっていても、それはそれでといいと思うんです。
花岡 違う意見を言っている人たちが大勢いるのが大学だと。
朝烏 まさに。大学としての立場じゃなく、研究者としての立場から意見を打ち出せるのも、「Meiji.net」の強みです。研究者自身に確信があれば、これまでの常識を覆すような説でも、サイトに出すことにためらいはありません。
花岡 そういうサイトだからこそ、取材を受けてくださる先生方も多そうな気がします。研究をわかりやすく翻訳し、面白く打ち出せると、先生方に喜ばれることもありませんか。
朝烏 そうですね。すごく反響があったと言われることもありますし、講演依頼や共同研究につながることもあります。名刺がわりにしてもらえているケースも多いようです。研究の実績って、論文を読んだりして調べないとわかりませんが、「ここにわかりやすくまとまっていますよ」といった形で、うまく活用してもらえています。
花岡 そういう話を聞くと、つくる側の励みにもなりますよね。
いち大学の広報サイトではなく、世の中的に意味のあるものにしたい。
花岡 「Meiji.net」の記事は、試験問題などにも使われていると聞いたのですが、本当ですか?
朝烏 高校の特別入試の作文テーマにさせてほしいといった依頼が定期的にあります。さらに今年度からは数研出版からお声がけいただき、高校の国語の教科書に載ることになりました。
花岡 それはすごい! 今後もっとこうしていきたい、みたいな展望はありますか。
朝烏 信頼性を強みにして、いち大学の広報サイトではなく、世の中的に意味のあるものにしていきたいですね。
花岡 明治大学のメディアというより、単独のメディアとして立たせていくというか。
朝烏 ニュース記事っぽく読み進めて、「これどこがやっているの? 明治大学なんだ」って思う人がもっと増えればいいなと。うちの大学と関係が薄い人が見て、いかに「明治いいじゃん」と思ってもらえるかが大事だと考えています。
花岡 まったく知らない人に、そこからファンになってもらえるのが理想ですよね。そこらへんの独立性が出てくると、できることが増えていきそうです。明治大学のこの先生と他大学のあの先生をつなげたら面白い、みたいな。
朝烏 他大学や企業のオウンドメディアとコラボレーションして、双方の視点から記事を載せ合うのも、お互いにとっていいかもしれませんよね。
花岡 大学の研究紹介系のメディアがもっとメジャーになることで、大学全体にもメリットがあるでしょうし。一般の人たちに、面白い情報があると思ってもらうことで、大学の見え方がより良く変わっていけばいいですよね。