ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

「国際協力×○○○○」がテーマのミクストメディアゼミ。(前編)

2015年10月28日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

「国際協力」と聞くと、どこか遠い彼方の話、無縁の世界、という感じがしてしまう。「井戸を掘ったりとか、そんなイメージが浮かびますよね」と問いかけられ、深くうなずいてしまった。あなたも? だが、実はそんなにとっつきにくいもんじゃない、と教えてくれるのが、今回取材した龍谷大学経済学部講師・神谷祐介先生だ。

GO! GO! 国際協力

神谷先生は、開発途上国の医療経済や母子保健を専門分野にJICA(国際協力機構)やタイのNGOでも活躍、龍谷大学経済学部には2014年に赴任した。現在は「ジェンダーと開発」をテーマに研究活動を進め、担当するゼミの主題は「国際協力」だ。 「現代の国際協力は、井戸掘りのイメージから大分変わってきている。最新のテクノロジーも入ってきているし、資金にクラウドファンディングを活用したプロジェクトもあります」

新しい国際協力のあり方を話す神谷先生

新しい国際協力のあり方を話す神谷先生

こんなに変わってきた国際協力の姿を肌で感じ、自分たちには何ができるかを考えてほしい、という思いを込めて、ゼミのコンセプトは「国際協力×○○○○」。学生たちは、先生が用意するさまざまなプロジェクトの中から興味のあるものを選んで参加し、活動に携わりながら体験的に学習。ゆくゆくは学生がやりたいプロジェクトを自ら企画・運営していく。
現在、神谷ゼミではさまざまな「国際協力×○○○○」プロジェクトが走っているが、まずは最近フィールドワークを敢行したというラオスプロジェクトから。2015年3月にタイ、ラオスのスタディツアーに出かけ、現地の人々の暮らしや開発の実際を見聞きしたことをベースにして立ち上げたプロジェクトのうちの一つである。

ラオスの学生たちと

ラオスの学生たちと

ラオスプロジェクトでは、健康・美容に関わる商品・サービスの市場調査を現地で行い、できれば事業化につなげるのが目標という。ラオスは今、都市部では急激な経済発展の波が押し寄せて消費が高まり、健康・美容への関心も高まっている。一方で、急速な近代化の影響もあって、肥満をはじめとする生活習慣病が増加しているという。首都ビエンチャンでは今、朝夕ごとに公園などで1回1時間60円程度でできるエアロビクスが市民に人気らしい。そんなラオスで、日本から持ち込んだ100円均一の健康・美容グッズは人々の心をどうとらえるのか。なかなか興味深い調査だ。

無茶ぶりで鍛える行動力

2015年の夏休み、ラオスプロジェクトのメンバー7人はラオスの首都、ビエンチャンを訪問して調査を実施した。中心街にある多くの人々が行き交う公園で通りかかる人に次々と声をかける。ラオス保健科学大学の学生との共同調査だが、頼ってばかりはいられない。「とにかく言葉がわからないから、ジェスチャーとか何でも使って必死でコミュニケーションしました。苦しかった…」(ゼミ生)

現地調査の様子

現地調査の様子

現地調査2



今回調査した100均グッズは、小顔ローラー、竹ふみ、肩マッサージ器、頭皮マッサージ器、万歩計の5点。実際に使ってもらいながら、商品の満足度やいくらなら買うかを聞いていったという。この「いくらなら買うか」という調査項目は、支払意志額(willingness to pay:WTP)といい、市場に出ていないものにどれだけ価値があるかを調べる経済学の手法なのだそうだ。しかし頭皮マッサージ器って、泡立て器の切れたような形をした頭にあてて動かすとゾワゾワーとするあれ…用途を説明するの、いかにも大変そう。
しかも、年齢と性別に加え体重と身長もその場で測定し、BMIをはじき出して分析に使ったとか。いったい、街角でいきなり体重測定なんか気軽にOKしてくれるものなんだろうか、と首をひねっていると、「無料測定はむしろ、人寄せの決め手になるんです」と先生。ラオスでは体重計が高価で誰の家にもあるというものではないし、定期健康診断も広まっていない。身体測定が無料だなんてラッキー、ということらしい。

身体測定器を公園に設置し、人を呼び込んだ

身体測定器を公園に設置し、人を呼び込んだ

学生たちが苦労の末に集めたアンケートは50人分。神谷先生の指導の下、詳しいデータ分析を行って研究や事業化プロジェクトに活かしていく予定だ。大まかな調査結果によると、ラオスの人にとってもっとも高い価値があると認められたのは肩マッサージ器で、日本円で500円程度は出してもいいと考えているそうだ。反対に竹ふみは満足度は高いが、似たようなものが現地にあるためあまり高い価値を認められなかったらしい。

参加した3回生の木舩さん(左)と豊永さん(右)。「対応力や行動力が身についたと思う」

参加した3回生の木舩さん(左)と豊永さん(右)。「対応力や行動力が身についたと思う」

この街頭アンケート以外にも、学生たちは、ビエンチャンのモーニングマーケットで日本製の美容健康商品の評判や売れ行きの聞き取り調査などを実施。また、ラオスを訪問している外国人にインタビューをして動画に記録。その内容を「YOUは何しに○○へ~ラオス編~」として編集し、動画サイトにアップする予定だそうだ。

「YOUは何しにラオスへ」インタビュー中!

「YOUは何しにラオスへ」インタビュー中!



今回の調査を入口に、ラオスの人たちの生活改善につながるようなBOPビジネス(途上国の低所得層に有益な製品・サービスを提供するビジネス)プランへの発展など、可能性はいろいろ考えられると神谷先生。手始めに、ファッションや日用品がよく売られる中心的な市場、ナイトマーケットに「実際に学生の店を出してみてもいい」とも語る。次の挑戦はもう始まっているようだ。

ラオスプロジェクトがめざす事業化は、国際協力にあった「慈善」のイメージも塗りかえてしまう。神谷先生はBOPビジネスの推進で関西の民間企業と連携した取り組みも進めており、今後も「日本の技術や新しいアイデアで、途上国の人々の暮らしを変えるようなソーシャルビジネスの橋渡しをしたい」という思いがあるという。

まだまだ神谷ゼミの「国際協力×○○○○」は幅広いので、興味のある方は、後編へ。

ボーダーはなくすもの、越えるもの。立命館大学大阪いばらきキャンパスの挑戦。

2015年8月21日 / 大学の地域貢献

2015年4月に開設された立命館大学大阪いばらきキャンパス(OIC)を訪れると、犬を散歩させる人がいたり芝生を走り回る子どもたちが大勢いたり、ベンチに腰をかけて話し込む年配のご婦人方がいたりで、およそ大学らしくない。常識破りのキャンパスは何をめざしているのか、OIC地域連携室副室長の政策科学部・服部利幸教授にお話をうかがった。

社会を変えるキャンパス。

―「開かれたキャンパス」とはうかがっていましたが、ここまで開かれているとは思いませんでした。
服部 平日の昼間でも、本当にたくさんの人が来られますよ。隣接地にある市の岩倉公園も子どもたちでいっぱいですし、僕らもこんなキャンパスは他に知らんなあと。昨日、衣笠キャンパス(京都)に行ったのですが、キャンパスに学生と教職員しかいないのが不思議で。普通、そうなんですけど。市民の方が自由に出入りできるエリアにワンちゃんとかがいて、なんかざわざわしている大阪いばらきキャンパス(OIC)の雰囲気に、開設から数か月で慣れたんですね。

―どうして、こんなキャンパスをつくることになったのでしょうか。
服部 一つは、問題解決型の学びを重視したからです。こうした学びには、フィールドワークなどで学生がどんどん外に出ていき、また、地域の人にもキャンパスに来てもらえるオープンな環境である必要があります。もう一つの理由は、OICは、社会的な問題にオープンな手法で取り組み、イノベーションを起こしていくことをめざしているからです。

OICの考え方について話す服部利幸教授

OICの考え方について話す服部利幸教授

―社会を変えるキャンパスですか。
服部 社会の課題は、実は、深くてよくわからないものです。みんなが課題と思っていてるものの下に、まだまだ深層があったり。そこで、オープンなキャンパスという環境で今までにない新しい視点や手法を取り入れ、積極的に課題認識をしていこうじゃないかと。さらに、オープンイノベーションという考え方も重視しています。閉じた組織の中で研究、調査してイノベーションを導くのでなく、市民、学生や教職員、企業人などの技術や経験を一つにここに集めオープンなイノベーションをめざしています。ソーシャル&オープンイノベーションの拠点が、OICなんです。

―何かモデルのようなものがあったのでしょうか。
服部 いくつかの大学にヒアリングに行きましたが、お話をうかがった範囲ではソーシャル&オープンイノベーションの拠点というような捉え方をしていたところはありませんでしたね。

―本邦初のキャンパスというわけですね。ハードの面でも、特徴があると思いますが。
服部 B棟は茨木市との協力関係のもとに建てられた地域・社会連携のための施設で、「立命館いばらきフューチャープラザ」といいます。この棟は学生や教職員の他、地域の方、社会人の方、企業の方などさまざまな方が利用可能。グランドホールなどのホール、コーヒーショップやレストランなど市民のための文化と憩いの機能のほか、図書館、大学の研究所、OICリサーチオフィスや産学交流ラウンジなど産学連携施設と、いろんな機能が混在しています。なかでも象徴的なのが2階のオープンスペース「ギャラリー R-AGORA」です。

ギャラリー R-AGORAで行われた「まちライブラリー@OIC」の第1回植本祭

ギャラリー R-AGORAで行われた「まちライブラリー@OIC」の第1回植本祭

―広々としたオープンスペースですね。
服部 集いやつながりの場といったらいいでしょうか。小さな話し合いもできるし、討論会や発表会、報告会などのイベントもできます。イベントって、こういうオープンなところでやると雰囲気が全く変わってなかなかいいので、大型ディスプレイの前のスペースでよくイベントをやるようになりました。想定してはいませんでしたが、100人以上のイベントもできるし、5人でもちゃんと成立するのもすごいところ。通りすがりの人が参加できたり、新しい発見があります。

つながる、広がる。

―OICでは、ソーシャル&オープンイノベーションの拠点として、具体的にどんな活動が進んでいるのでしょうか。
服部 特徴的な取り組みとしては、大きく2つのカテゴリーに分けられます。一つは、産学連携、地域連携プロジェクトです。学内外の連携のワンストップサービス拠点として、OIC地域連携室があり、地域、行政、企業、大学とが結びついて今までとは違う視点で活動を行っている事例が今まで以上に増えてきました。例えば、「かしの歯ぷろじぇくと」もその一つ。乳幼児の虫歯の罹患率を下げようという茨木市の保健の取り組みに、政策科学部の学生が課題抽出からアイデア提案、施策の実施などの活動でコラボし、さらに地元のオーラルケア製品のメーカーが虫歯予防について蓄積した情報を提供してバックアップしています。さらにここにお母さんたちのグループも入ってオープンイノベーションをめざしています。

―行政×企業×大学×消費者・市民…×(かける)が増えていくんですね。
服部 そうです。それも、今までと違う×が増えていくんです。この他にも、「立命ワイン&ビール製造プロジェクト」「茨木ご当地ソフトクリームプロジェクト」「スマイルコミュニティプロジェクト」などが動いています。

茨木ご当地ソフトクリームプロジェクトに関わった学生たち

茨木ご当地ソフトクリームプロジェクトに関わった学生たち

もう一つのカテゴリーは、大学が仕掛けて新しいコミュニティをつくる「市民協働プロジェクト」です。コミュニティは、規制や人の目などマイナス面もある一方で、やはり社会生活にとって必要な機能を果たす重要な存在です。コミュニティづくりを、大学がお手伝いしようという取り組みです。

―主役は市民だということですね。
服部 たとえば、茨木市の里山から苗木を採取し、OIC内で育成する「育てる里山プロジェクト」というのがありますが、スタートは里山を守る活動をしている市民団体との出会いでした。そもそも茨木で活動されていた、開発で失われつつある里山の樹木をOICに移植する「消える里山引っ越しプロジェクト」が、里山の勉強と里山エリアのお世話をする現在の「育てる里山プロジェクト」へと発展したのです。みんなで落ち葉を90キロぐらい取って来て樹木の周りに置き腐って土になるのを待つつもりなのに、次の日に行ってみたら風で全部飛んでしまっていたなど、いろんな苦労を体験しながら自然の時間の流れを実体験しています。

 育てる里山プロジェクト。開設に合わせOICの里山エリアに約500本植樹した

育てる里山プロジェクト。開設に合わせOICの里山エリアに約500本植樹した

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 「ガーデニングプロジェクト」は、OICの中に、魅力あふれるガーデンを市民や学生が協力してつくり育てていく取り組みですが、単に植えるだけではありません。市民のみなさんはOICが開設する一年前から見学にいったり、工事が先に終わった部分を使ってテスト的に植えてみたり勉強を続けてきています。

ガーデニングプロジェクト。ハーブなどさまざまなテーマで定期講座も開かれている

ガーデニングプロジェクト。ハーブなどさまざまなテーマで定期講座も開かれている

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 「まちライブラリープロジェクト」は市民が自分の本を提供して書棚をつくる活動ですが、本を通じて人々の集まりが生まれ、子どもに本を読ませる会とかコーヒーの会とかいろいろな活動が増えてきています。これが少しずつ大きくなって、子どもの本が足りないのならば何かアクションを起こそうか、なんてことにもなるかもしれません。先ほどの「かしの歯ぷろじぇくと」のお母さん方が協力するなどつながったり広がったりする、そんなふうにコミュニティが自然にできていくのをお手伝いできればと思っています。

まちライブラリープロジェクト。本を通じたコミュニティが次々と生まれている

まちライブラリープロジェクト。本を通じたコミュニティが次々と生まれている

いつも何かがあるワクワク感を。

―これからプロジェクトは増えていくのでしょうか。
服部 増えていくでしょう。コミュニティづくり支援の活動はとくに増えていくと思います。茨木市との連携事業で、いばらぎまちづくりラボ「いばラボ」というのがあります。PBL(Project-Based Learning : 課題解決型学習)の手法を入れてゼミにしてしまった新しい市民講座で、ゼミナール形式で茨木市の課題を発見、解決する場で、大学は教員がコーディネータとして参加してまちづくり活動をサポートしています。このいばラボから出たテーマがいろんな形で発展していくのも含め、連携した活動が増えていくのを期待しています。

いばラボは座学だけではなく市民が自ら考え発展させていくプロジェクトだ

いばラボは座学だけではなく市民が自ら考え発展させていくプロジェクトだ

―ソーシャル&オープンイノベーションのこれからについて、どう思われますか。
服部 まちの最大の資源は、そこに住んでいる住民です。住民のみなさんの優れた知恵を徹底的に活用しなければもったいない。地域連携の担当として市民の方と接してきて、NPO活動などがたくさんあって積極的に活動していらっしゃる様子や市民の方々が抱いておられる大学への期待などがわかり、背中を押していただいていると感じます。市民の方々の茨木を良くしたいという気持ちをいつも忘れずに、みなさんの協力を当たり前と思ったり驕ったりしないよう取り組んでいかなければと肝に命じています。情報発信が行き届いていないとよくお叱りを受けることがありますが、大事なのはここに来たら何かがある、というワクワク感をつくっていくことかなと思うようになりました。どうしたらいいかまだわかりませんが、それこそ、市民の方々と一緒に考えていきたいですね。

学生ガイドとゆく140年の歴史。同志社大学今出川キャンパスツアー

2015年7月22日 / 話題のスポット, 大学を楽しもう

オープンキャンパスで受験生に、ホームカミングデーで卒業生に、など、学生が案内してくれる大学キャンパスツアーが花盛りだ。そんな中、創立140年の同志社大学では、歴史ある今出川キャンパス、理系学部の集まる京田辺キャンパスともに一般の人も参加できるキャンパスツアーを展開している。今回は、今出川キャンパスのツアーを体験してみた。

一人でも予約なしでもOK 、土曜日の定期キャンパスツアー

京都にある国の重要文化財(国宝含む)の指定を受けている建造物は294件。もちろん都道府県別でいうとトップの数だが、それでも大学所有の建物ということになるとたった3件。そのうちの1件が、同志社大学今出川キャンパスにある5棟の近代建築である。

切妻屋根が美しい同志社礼拝堂(同志社大学提供)

切妻屋根が美しい同志社礼拝堂(同志社大学提供)

 

そう聞かされると見たいではないですか。

一般人も自由に出入りできるキャンパスなので風格ある外観はいつでも堪能できるのだが、残念ながらほとんどの建物の内部へは通常立ち入り禁止。そこでおすすめしたいのが、学生がガイドしながら案内してくれるキャンパスツアーだ。10名~100名の団体向けで予約制の「平日キャンパスツアー」の他、年に数回の日程で実施される「定期キャンパスツアー」が個人の気軽な参加にはおすすめ。予約不要で1名だけでも参加でき、平日のツアーでは入れない建物の中も見学できる。


ということで、さっそく定期キャンパスツアーに参加してみた。この日の参加者は50~60人といったところ。記念品の大学グッズとキャンパスマップをもらい、ツアーの説明と元気ハツラツな学生ガイドの自己紹介を受ける。その後、15人程度のグループに分かれていよいよツアー開始だ。

キャンパスツアーガイドの社会学部2回生 長穂智基さん、グローバル地域文化学部3回生 水谷優希さん

キャンパスツアーガイドの社会学部2回生 長穂智基さん、グローバル地域文化学部3回生 水谷優希さん

明治の空気を吸って、背筋が伸びるよう

同志社大学のシンボル的存在、クラーク記念館(同志社大学提供)

同志社大学のシンボル的存在、クラーク記念館(同志社大学提供)

 

明治から戦前にかけての近代建築と最近の近代的な建物が調和し、赤レンガの建物を緑陰が爽やかに彩る今出川キャンパス。2015年で創立140年という歴史の重みにあふれ、どこを見ても絵になる。学生ガイドに連れられ、5つの重要文化財のほか、国内大学の中で最大級の規模を誇るラーニング・コモンズなど、最新設備が自慢の良心館を中心にキャンパスを巡る。

良心館のラーニング・コモンズ(同志社大学提供)

良心館のラーニング・コモンズ(同志社大学提供)

 

平日ツアーは約1時間のところ、定期ツアーは1時間30分といくぶん時間に余裕があるのがうれしいところ。通常は入れないクラーク記念館や同志社礼拝堂にも入館でき、明治の学生気分を味わえる。クラーク記念館ではチャペルに案内され、その堂々としたしつらえや華麗なシャンデリアなどに目を奪われる。

クラーク記念館内部のクラーク・チャペル

クラーク記念館内部のクラーク・チャペル

 

一方、同志社礼拝堂では、荘厳な中にも温かみのある室内装飾や色ガラスを通してさしこむ光に魅入られる。色ガラスについては、同志社礼拝堂が大好きという、ツアーガイド歴3年となる水谷優希さんの、「晴れの日だと、バラのモチーフを通して床が輝き本当に美しい」という情報を付け加えておきたい。


両ポイントとも、ガイドから「それではお座りいただいて、じっくりお楽しみください」という一言がかかる場所。異次元感たっぷりの空間で、写真を撮ったり質問をしたり、一気に参加者のテンションも上がってくる。

どこかほっとする温かみと美しさに時間を忘れる(同志社大学提供)

どこかほっとする温かみと美しさに時間を忘れる(同志社大学提供)

バラをモチーフとした窓は必見(同志社大学提供)

バラをモチーフとした窓は必見(同志社大学提供)

キャンパスライフ満喫中の学生ガイドだからこそ

一方、学生ガイド側も、この「座る」ポイントで、自分の個性を発揮したフリートークを展開する人が多い。「ツアーの最初の段階で、どんなプロフィールのお客様なのかをつかみ、ニーズに合った情報の提供を心がけています」というのは、ツアーガイド歴2年の長穂智基さん。水谷さんも「受験生とそのご家族が多いグループだと、自分の学部で何を学んでいるかとか、受験勉強の経験談などを多めに盛り込みます」とうなずく。

1887(明治20)年竣工の有終館。当時は日本最大の学校図書館で「書籍館」と呼ばれた

1887(明治20)年竣工の有終館。当時は日本最大の学校図書館で「書籍館」と呼ばれた

 

所属学部も学年もさまざまな学生ガイドたち。建物の由来や歴史、機能などをしっかり学習した後、通算3回の先輩ガイドのツアーへの同行を経て、ようやく独り立ちできるという。決まった解説原稿があるわけではなく、どんな話題をどんな配分で盛り込んでいくかや、時間の余裕があった時に+αとしてどこを紹介するかなど、結構、ガイド一人ひとりの裁量に任されているのだそうだ。「歴史的な建物の解説だけなら職員がやってもいい。学生だからこそ伝えられる学生生活の雰囲気、キャンパスの居心地などを生の言葉で語ってほしい」と広報部広報課・角厚志さんは学生ガイド起用の狙いを語る。

ハリス理化学館の階段。手すりをこすると同志社大学に合格できるらしい?!

ハリス理化学館の階段。手すりをこすると同志社大学に合格できるらしい?!

 

ガイドが終わると、「一緒に写真撮ろう」とか握手やサインを求められることもあって、「いいツアーができたのかな、とすごくうれしい」と話す水谷さん。OBOGを案内することも多く、昔のキャンパスについていろいろと教えてもらえるのも楽しみの一つだそう。先輩からすれば、自分の学生時代の話を後輩にできるのって、かなりうれしいはずだ。一方、創部55年の歴史あるクラブ「喜劇研究会」に所属する長穂さんは、あえてツアーの最後あたりでお笑いをやっていることを披露して「あ、だから話がうまいんだね」と言ってもらえることを励みに精進しているらしい。

5つの重要文化財や良心館がどれだけステキでスゴイかという話は、ぜひ同志社大学今出川キャンパスに出かけて、学生ガイドの口から聞いてみてください。個性的で意欲的なガイドばかりなので、きっと充実した時間になるはず。

終了後は、烏丸通を挟んで西側の室町キャンパス・寒梅館にあるフレンチコースの楽しめるレストランなど、キャンパス内にたくさんある学食でいまどきの大学の味を堪能してみるのもよさそうだ(平日ツアーで学食探訪をするなら、昼のピーク時は避けること! 学生で満杯です)。

それともう一つ、長穂さんが好きだというポイント、パーパスロードもいい感じだったのでおすすめしておきたい。西門からクラーク記念館に続くメインストリートで、「ここを通らないとどこへも行けない」道。木々がどっしり、こんもり茂る中に赤レンガの建物がよく映えて、歩く人の足取りも「未来へ一直線」に見えてくる。ここからどこへでも行ける、大学のキャンパスってそういう場所だよねと、改めて実感できた今出川キャンパスの半日だった。

まっすぐに伸びるパーパスロード(同志社大学提供)

まっすぐに伸びるパーパスロード(同志社大学提供)

 

悲しみの記憶をつなぐ ダークツーリズムとは何モノだ。【後編】

2015年7月21日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

前回は追手門学院大学・井出明准教授に、ダークツーリズムとはなにか、悲しみの跡をたどる旅が人々に何をもたらすのかをうかがった。
今回は、先日世界遺産登録が決まった“明治日本の産業革命遺産”も取り上げ、より深くダークツーリズムの本質について迫る。

 

からだで受け取る記憶。

井出先生自身は、ダークツーリズムという言葉を知らないまま偶然に、悲しみの跡をたどる経験をすることになったという。学部では経済学を学び、修士号は憲法、博士号は情報学で取得したという学際型の研究者であった井出先生。博士号の審査をしてもらった教授の縁で、京大の防災研究所の仕事を情報学の専門家として手伝い、さまざまな被災地を訪れる機会を得た。

「ITと社会との関わりをテーマに研究していました。確かに、ITは記憶や悲しみを受け継ぐ有力な手法の一つですが、ITでは拾えない部分、現地に行かなければわからないことが絶対にあるということがわかりました」

 

もともと旅行が趣味だった井出先生は、それ以来、旅に出た時に意識的に悲しみの跡も見に行くようになった。サイパンに行けば泳ぎもするが戦争の跡も見た。仕事とプライベートの両面から、現場で得られる驚きや悲しみ、感動はコンピュータでは伝えられないということを実感したという。現場で何を受け取ることができるのか、岡山県長島にあるハンセン病療養所を例にとって先生は話してくれた。

 

ハンセン病療養所の旧事務所(現・長島愛生園歴史館)

ハンセン病療養所の旧事務所(現・長島愛生園歴史館)。

「岡山のハンセン病療養所は、東京ドーム51個分の広さがあります。端から端まで歩くと4キロぐらいあって非常に疲れるし、何ともいえない最果て感があります。隔離施設だったから人里離れた場所にあり風光明媚ですが、美しい景色を見ながら歩いていると突然、とんでもないものに行きあってしまいます。それは”監房”の跡でした。ここでは、逃走した者を多く収監したそうです。また、懲戒権は園長が持っていたため、裁判が行われることもなく、園内がいわば治外法権であったことがわかります。こんな美しい場所で、こんな残酷な人権侵害があったことを知り、いろんな感情や思考が浮かんで来ます。からだを使って感じるということが重要なのです」

現場から直接伝わってくる悲しみは深く心に突き刺さるし、現地へ行って受け取る情報は予想以上に多く、地域や場所、関わった人々へと興味の対象も広がる。より深く広く悲しみを受け継ぐ方法が、ダークツーリズムということなんだろう。

戦争や災害を中心に起こってきたダークツーリズムの研究は、次第にその対象を広げてきているという。前述のハンセン病療養所もその一つだが、他にも宗教弾圧や人身売買、強制労働、刑務所にも悲しみの記憶がある。

 

「網走刑務所は高倉健のイメージがありますが、実はさまざまな歴史を背負っています。初期は西南戦争で負けた西郷軍の兵士を収容し、強制労働をさせて北海道の線路を作っていきました。その後は、治安維持法違反の思想犯です。犯罪の中にはこのように社会が作りだすものもある。それもダークツーリズムの対象になります」

こうして拡大していくものをきちんと追いかけたいと、井出先生は話す。

 良いことも悪いことも地域の資産として。

荒尾市・大牟田市の万田坑跡

熊本県荒尾市と福岡県大牟田市にまたがる三池炭鉱・万田坑跡

ダークツーリズムの悲しみを承継する方法論は、今、被災地の再生や観光資源の開発などに真剣に活用され始めている。

「ダークツーリズムが一般化するまでは、地域振興というとあくまでもいいところしか見せないのが普通でした。しかし、今ではここにたくさんの悲しい記憶があるということを見せることで、地域への理解を深めるという方向に動いています。例えば先日世界遺産に登録された長崎の軍艦島。古き良き日本を見に行くというような観光から始まりましたが、在日韓国・朝鮮人の方々から炭鉱の徴用の歴史も紹介して欲しいという声があがったのを受けて、案内も拡充されつつあります。これは、同じく世界遺産登録された荒尾・大牟田の産業遺産でも見られる傾向です。ダークツーリズムを通じて、良いこと、悪いことを含め、地域を多面的に見ることができるようになります。水俣にしろ広島にしろ、地域のアイデンティティの中に、公害があり被ばくがある。よく、人の傷跡をえぐってどうするのだ、と批判されることがあるのですが、そういう悲しみがあったことを含めて今があるのだから、光と影の両者を見せることで、地域を深く愛してくれる人に出会うことができると思います」

 

被災地の一部にはやはり抵抗感が強いが、最近は被災地の中からも講演や原稿の依頼が来るようになり、ダークツーリズムの本来的な意味が理解されつつあるのを感じるという。

「東南アジアの津波の被災者も、アメリカの9.11の被害者も、アウシュビッツの関係者も、ダークツーリズムという言葉でつながっていける。より一般化した概念でダークツーリズムが使われるよう、正しい理解を広めるのが研究者としての務めだと思っています」

 

目をそむけたくなるような悲しいことが確かにあったことを知って、人はそれまでと同じではいられない。ダークツーリズムで受け継ぐ悲しみの記憶は、一人ひとりの日常を変えていくだろう。それがどんなに小さく私的なものであっても、たくさん集まりつながればいつか世の中を変えていける力になるかもしれない。ダークツーリズムとは、過去と未来をつなぎ、世界の人々をもつなぐ祈りを込めたフックに違いない。

 

※徴用
戦前は、合法的な行政手続きに基づき、国民を国家の命によって労働に従事させることができた。戦争末期には、朝鮮半島に暮らす人々もこの対象となり、炭鉱や工場に動員された。今日、韓国政府はこれをさして“強制労働”と呼ぶが、あくまでも合法的な国家活動であるとする日本政府とは見解が対立している。

悲しみの記憶をつなぐ ダークツーリズムとは何モノだ。【前編】

2015年7月17日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

人には、二つの死があると言われる。肉体の死と忘れ去られることの死。戦争や災害など人類の悲しみにもきっと同じように二つあるはずだ。二つ目の悲しみを迎えないために、戦争や災害など人類の悲しみの跡を巡る旅、ダークツーリズムの方法論が注目を浴びている。ダークツーリズムとは何なのか、これからどうなっていくのか。この分野の第一人者である追手門学院大学・井出明准教授にお話をうかがった。

国の光を観る。

ダークツーリズムがイギリスの学者によって提唱されたのは、1990年代のこと。戦争や災害など、人類の悲しみの跡を巡るツーリストたちが少なからずいるという現象を研究し、そうした旅のかたちを総括してそう呼んだという。
しかし、ダークとツーリズム(観光)なんて、到底マッチしそうもない単語の組み合わせのような気がする。悲しみの跡を、観光なんてしていいものなのか。

 

「そう考えるのは、日本の場合、高度経済成長期のマス・ツーリズムを経験して、観光=遊び・娯楽のイメージが強く刷り込まれているから。でも観光という言葉には、本来、見聞を広めその地域や文化を理解し尊敬の念を抱くといったポジティブな意味があります。近代の初期に、ツーリズムを日本語に訳す時、『国の光を観る』という四書五経の易経の中の言葉をあてたんです」

井出先生は、観光という言葉がもともと持っていた多面的な価値や意味をわかってもらうために、あえてこの言葉を使うようにしているという。その場所やそこに生きた人々、遭遇した悲しみを理解するための旅。悲しみの記憶と真摯に向き合う旅なら、不謹慎という批判はあたらない。

「ただ、ブームになって野次馬的なダークツーリズムが増えてきていることも確かです。アウシュビッツでも中の煉瓦を持って帰るなど、けしからん人たちも出てきているのは悲しいことです」

アウシュビッツ強制収容所(ドイツ)

ユダヤ人の大虐殺の象徴とされるアウシュビッツ強制収容所(ドイツ)

バンダ・アチェの洋上発電所(インドネシア)

スマトラ沖地震によって陸に打ち上げられたバンダ・アチェの洋上発電所(インドネシア)

 

イノベーション&カタルシスの旅。

原爆ドーム

広島市の戦後復興の象徴、原爆ドーム

悲しみの跡をたどる旅は、人に何をもたらすのだろう。

 

「原爆ドームなどを見て魂が揺さぶられる人は多いでしょう。とくに若い人なら、自分に近い年齢の人がたくさん亡くなった場所で、なぜ自分が生かされているのかを考え、生かされている命なら世の中の役に立つ生き方をしたいというふうに、ダークツーリズムを通じて内面的なイノベーションが起こることもあるようです」

魂がゆさぶられて、人生観がひっくり返る機会などそうそうやってこない。ダークツーリズムが注目される理由が、ここにもありそうだ。先生によれば、さらに多様な価値が指摘されているという。

「たとえば、カタルシスもその一つです。日本ではあまり意識されませんが、ヨーロッパではアリストテレス哲学以降、悲劇を鑑賞することで心のわだかまりをデトックス(解毒)するという考え方です。旅でカタルシスを味わえることが、ダークツーリズムが流行した原因の一つとも言われています」

 

(後編に続く)

幕末から平成までどんな時空も思いのまま。ロケ地の殿堂、龍谷大学大宮学舎

2015年6月8日 / 話題のスポット, 大学を楽しもう

ロケ地情報が、大変なことになっている。ネットで検索すると、そのロケ場所がどの作品の誰のどんなシーンに使われたかという詳細な情報が、放映されたらすぐという感じのタイミングでアップされている。それだけ、ロケ地ツーリズム人気が高まっているのだと思うが、確かに、映画やテレビで観たあのシーンが手の届くものとして存在するのは魅力。映像クリエイターが探し出して撮影するぐらいだから、雰囲気がいい場所も多い。

 

大学キャンパスもロケ地として以前からよく使われ、学園ものに限らず多くの作品に登場する。空間が広いし、歴史的建造物など圧巻の存在感を持つ建物があることに加え、キャンパスには日常から隔絶された雰囲気が漂うからなのかもしれない。

 

ロケ地として多用されるキャンパスは数あるが、なかでも京都駅近く西本願寺のすぐ隣りにある龍谷大学大宮学舎は、筋金入りのロケキャン(筆者造語。「ロケ適キャンパス」ぐらいの意味)の一つ。今まで数多くのオファーを受けて映画やテレビドラマのロケが行われてきた。筆者は、1978(昭和53)年のドラマ「横溝正史シリーズⅡ」のエンディングタイトルで舞台となった大宮学舎の“誰知らぬ場所”な感じをよく覚えている。

ライトアップされた姿も美しい(火曜・木曜のみ)

ライトアップされた姿も美しい(火曜・木曜のみ)

 

1639年開学の龍谷大学は貴重な文化遺産の宝庫だが、なかでも創設の地、大宮学舎は、複数の建物が重要文化財に指定されるというレアな存在だ。1879(明治12)年に建てられた大教校(西本願寺の教育施設)の建物がほぼ完全な形で現存し、本館、正門、旧守衛所は1964年に、北黌(ほっこう)・南黌(なんこう)、渡り廊下は1998年に国の重要文化財に指定された。ちなみに「黌」とは学校や校舎を表す言葉。現在の教室棟である。また、本館は「擬洋風建築」というのだそうで、石の柱のように見えるが実は木の柱に石材を貼ったもの。北黌、南黌も含め、西欧風と東洋風がまじりあった不思議な風情がある。

 

行ってみるとわかるのだが、歴史的建物が群としてあると漂う空気が違う。ロケではそういう素材としての良さをさらに強調して、建物そのものだけでなく建物前の広場や間の道まで使った大掛かりなレトロ設定をやってのける。映画「幕末高校生」や「柘榴坂の仇討ち」では、アスファルトの道を覆って土を撒いたり、馬を走らせたり、雪を降らせたり、裏方さんやエキストラなど総勢200~300人がかりのタイムトリップ的撮影になったという。撮影規模の大小にかかわらず、数分のシーンの撮影に1日や2日かけるのはよくあることで、授業の邪魔にならないよう早朝に撮るのも当たり前。朝の散歩の途中に「あっ、ロケやってるやん」とラッキーなご近所の方もいらっしゃる。


北黌・南黌はいつもは教室だが、撮影時は役者やスタッフの控え室に

北黌・南黌はいつもは教室だが、撮影時は役者やスタッフの控え室に

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 建物の中でも人気があるのは本館。外観は、映画「るろうに剣心」の陸軍省、ドラマ「遺恨あり~明治十三年最後の仇討~」の東京上等裁判所など、明治政府の役所によく設定されている。内部の応接室や階段も明治時代の建築物らしい重厚感にあふれているが、現代劇のオファーも多い。ドラマ「スペシャリスト2」など刑事ドラマに頻出するほか、映画「舞妓Haaaan! ! !」では京都市長室になったりも。本館ではないが、映画「娚の一生」ではある先生のリアル研究室がそのまま主役の大学教授の研究室として使われたとか。

重厚感のある内装。緊張感のあるシーンが撮影できそう

重厚感のある内装。緊張感のあるシーンが撮影できそう

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大宮学舎は一般の人でもキャンパス内に入って、建物をじっくりと眺めることが可能。建物内は残念ながら入れないが、素晴らしい建築の姿は外からでも十分堪能できる。正門のイギリス製門扉や本館の窓に使われている装飾など、細部まで見飽きることがない。龍谷大学ホームページには、学内で過去に行われたロケの情報が掲載されているので参考に。


常識にとらわれない発想から生まれた騒音を防ぐ新理論(後編)

2015年5月29日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

前回に続き、新理論に基づいた常識破りの遮音壁開発の話。新理論の素になったのは、35年以上前に大学院生だった河井教授が発見し、後にエッジ効果と命名した新現象で、プレートに音が当たるとそのエッジに沿って空気の粒子が激しく振動するというものだった。空気の粒子の振動を抑えれば遮音ができそうだが、どうやったら最も効果的に粒子の振動を封じられるか。さらに進めていった理論解析から導き出されたのは、遮音の常識から大きく外れた結論だった。(前編はこちら)

仰天の「エッジ効果抑制理論」
柔らか素材で音を止める

河井教授がエッジ効果を思い出したのは、2010年、指導していた学生の研究で遮音壁の性能向上を扱うことになったからだった。道路遮音壁の世界では、1970年代半ばから先端に吸音体を取り付けて遮音性能を向上させた先端改良型と呼ばれるものが登場し開発が進んだ。学生の研究は当初、先端にどんな装置を置いたらいいかをテーマにしていたが、エッジ効果を採り入れることで、全く違う新しいアプローチをとることになった。

 

理論解析をしてみると、エッジに沿った粒子の振動を抑えることで、回り込む音を防ぎ遮音効果が高まるとわかった。先端で吸音するのではなく、先端に生じる大きな粒子速度を止めてしまおうというわけだ。音の止め方がまたユニークで、布や多孔質材など柔らかくて穴がたくさんあいた音を通す材料を薄い吸音層としてプレートのエッジ上に取り付ける。音が繊維の中を通る時に摩擦が起こり、運動エネルギー(音エネルギー)が熱エネルギーに変わって吸収されるという原理に基づく。音を通すものが音を止めるとは、なんとも仰天な理論だが、空気の粒子の振動を抑える材料としては理に適っている。試しにやってみると予想以上に音を止める効果が高く、研究室は湧いた。

 

「硬い材料でも止まりますが、そのエッジにまた激しい粒子の振動が起こってしまう。柔らかい素材ならエッジができにくいでしょう」。また、上に行くにしたがって徐々に柔らかい素材を使い、音に対する抵抗を減らしていくことでさらに大きな減音効果が出ることもわかった。

金属製の遮音プレート。薄いが制音効果があるという

金属製の遮音プレート。薄いが制音効果があるという

吸音材を敷き詰めた実験室

吸音材を敷き詰めた実験室

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究室での模型実験の値は、理論値とかなりの精度で合致。音エネルギーにしておおむね10分の1、聴感として半分ぐらいまで音を低減できるという、素晴らしい遮音効果が明らかになった。河井教授は、新理論「エッジ効果抑制理論」で、音を止めるには硬くて音を通さない材料というそれまでの常識を逆転させてしまったのだ。

世の中の課題解決に向けてまだまだ広がる可能性

河井教授の新理論は、さっそくものづくりに生かされることになった。関西大学産学官連携センターでは、特許出願などの知的財産に関わるアドバイス、大学の研究成果を実用化につなげるJST(独立行政法人 科学技術振興機構)の支援プログラムへの応募などで、河井教授の研究をサポートした。

 

企業との橋渡しをしてくれたのは、音響工学のプロである河井教授の友人である。河井教授の話に、いくつもの劇場やコンサートホールの設計を手掛けた友人は非常に興味を持ち、いち早く製品化しようと、道路遮音壁のトップメーカーに打診。さっそく河井教授とメーカーとの共同開発がスタートし、繊維材を保護する外装パネルを取り付けた際に理論値への影響を最小限にするなど、数々の課題をクリアしながら、1年半というハイスピードで、遮音壁用の先端装置の製品化が実現した。以来、現在までに3、4社との共同開発による製品化が進み、高速道路や鉄道、工事現場、設備機器設置場所などへ導入されつつある。現在、中国の企業からも引き合いがあり、すでに試験的な施工が始まる段階だという。

 

「他にもこの理論が応用できる用途はある」と河井教授は、あるテレビ番組の企画でテーマになった「防災無線」の課題を解決するアイデアを話してくれた。防災無線は重要だが、遠くまで届けるために音が大きく、音源に近い人はうるさい。遮音壁用の先端装置を改良してスピーカーの先端に取り付ければ、スピーカー背後への回り込みを防いで近くの人には音を抑え目にしつつ、遠くまで音を届けることができるのではないか、というもの。なるほど、いろいろなところで遮音の技術は役に立ちそうだ。

 

研究内容について語る河井教授「別に音でなくてもよかった。みんながわかっていないようなことを解き明かす理論解析が面白くて続けてきたというか」と語る河井教授。常識をひっくり返す研究をやってのけたが、「結果は常識を外れていたけど、発想自体は常識的。常識も大事なんです。ただ、やっているうちに、時々、これは常識でいくとおかしいぞ、ということに突き当たる。そういう時は、とことん常識を疑っていく」。その辺りは、ベテラン研究者の嗅覚なんだろう。

 

遮音の研究は、河井教授の研究の一部。「例えば、吸音材の面積が小さいほど、吸音率が大きくなる現象を面積効果といいますが、これも不思議な現象でしょ。どうしてこうなるかというと…」。この“面白がり”ぶりが、音の謎を解き明かしていくその原動力なんだろう、きっと。

常識にとらわれない発想から生まれた騒音を防ぐ新理論(前編)

2015年5月28日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

音は非常に身近な存在だが、音が起こす現象はなかなか複雑で、解析は簡単ではない。とくに騒音などの対策については、まだまだ、経験や実験に頼る部分が多いらしい。そこへ、コンピュータによる理論解析によって世界で誰も考えつかなかった理論が導き出され、その理論に基づいて、抜群に性能の高い遮音壁用の装置が開発されて注目を浴びている。新理論の名は「エッジ効果抑制理論」。生み出したのは、関西大学環境都市工学部・河井康人教授だ。

上にパネルを載せるだけ? 
大きな効果を発揮する新たな遮音装置とは

河井教授が打ち立てた「エッジ効果抑制理論」とは、立てたプレートの上の先端(エッジ)部に多孔質材など音を通す素材を載せることで音の回り込みを防ぐという、新しい遮音の理論だ。「音を通す」のに遮音できるとは不思議なハナシだが、だからこそ、今まで誰も考えつかなかったわけなんだろう。このユニークな理論に基づいて、産学連携による共同開発で遮音壁用の先端装置が製品化され、高速道路や鉄道、工事現場などですでに活用されている。ごくごくアバウトに言って、従来の遮音壁より感覚レベルで倍の遮音効果があるというのだから、注目度の高さも納得だ。

 

実際にどんなものか見せていただこうとうかがったのは、関西大学千里山キャンパスの一角。コージェネシステムの装置が設置されたスペースを取り囲む遮音壁は、上にパネル状になった件の装置を載せている。施工担当者によると、「試験的にコージェネシステムをマックスで稼働させてみましたが、壁の外にいると動いていることがわからないぐらい静か」だったとか。見学時には機器は動いていなかったが、外からの音も遮音する壁の内側は、確かに非常に静かだ。とくに壁の近くに寄ると、シーンという感じ。壁の外に出た瞬間に、すぐそばの校舎に設置されているファンの音がブーンと響いてきて、改めて遮音効果の高さを実感した。

研究のヒントになった大学院時代の新発見

河井教授の専門は建築音響や環境音響の分野で、音の発生や伝達、音響の空間における特性などをコンピュータシミュレーションによって解析する研究を続けてきた。「大学で建築に入ったのですが製図が苦手でね。数学が好きだったので、僕の生きる道は理論解析の方かなと…」。京都大の博士課程時代、理論家の恩師の厳しい要求に負けん気で応えるうち、成果が出始めた。大学院生だった今から35年以上前、解析法を見直すことでそれまであまり気付かれていなかった新たな現象を発見した。その研究が、今回の新理論の素になっているという。

 

音の源は物体の振動だ。振動が物体のまわりの空気を押し出してそこだけ空気圧が高くなり、この圧の高いところがまた近くの空気を押して、というふうに順に圧の高い部分が進行方向へ向かって移動し、波として伝わる。池に小石を投げ込んだ時にできるさざなみのようなイメージだ。この圧力の変化量を「音圧」という。また、空気中を音が伝わる時、音の進行方向に向かって空気の粒子が振動するが、この粒子が振動する速さを「粒子速度」という。

 

河井教授の大学院時代の発見は、薄い板の音の反射や回折を解析する過程でプレートに音が当たった時、プレートの端(エッジ)の部分で粒子速度が高まる、つまり激しく空気の粒子が振動するという現象だった。プレートに音波が当たると当たった面と裏面で音圧に差ができる。表と裏の境目であるエッジ部では音圧の変化が急激になることで、エッジに沿って空気の粒子が激しく振動する。「その当時は、この現象が遮音に使えるなんて思ってなかったんですけどね」

 

この現象と遮音が出会うのは、5年ほど前、河井教授が指導していた学生の研究がきっかけになった。試しにこの現象を使ってみようか、というぐらいの軽い気持ちだったが、河井教授いわく「瓢箪から駒が出た」。次回は、その“駒”の話へ。

 

次回更新へ続く

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