音は非常に身近な存在だが、音が起こす現象はなかなか複雑で、解析は簡単ではない。とくに騒音などの対策については、まだまだ、経験や実験に頼る部分が多いらしい。そこへ、コンピュータによる理論解析によって世界で誰も考えつかなかった理論が導き出され、その理論に基づいて、抜群に性能の高い遮音壁用の装置が開発されて注目を浴びている。新理論の名は「エッジ効果抑制理論」。生み出したのは、関西大学環境都市工学部・河井康人教授だ。
上にパネルを載せるだけ?
大きな効果を発揮する新たな遮音装置とは
河井教授が打ち立てた「エッジ効果抑制理論」とは、立てたプレートの上の先端(エッジ)部に多孔質材など音を通す素材を載せることで音の回り込みを防ぐという、新しい遮音の理論だ。「音を通す」のに遮音できるとは不思議なハナシだが、だからこそ、今まで誰も考えつかなかったわけなんだろう。このユニークな理論に基づいて、産学連携による共同開発で遮音壁用の先端装置が製品化され、高速道路や鉄道、工事現場などですでに活用されている。ごくごくアバウトに言って、従来の遮音壁より感覚レベルで倍の遮音効果があるというのだから、注目度の高さも納得だ。
実際にどんなものか見せていただこうとうかがったのは、関西大学千里山キャンパスの一角。コージェネシステムの装置が設置されたスペースを取り囲む遮音壁は、上にパネル状になった件の装置を載せている。施工担当者によると、「試験的にコージェネシステムをマックスで稼働させてみましたが、壁の外にいると動いていることがわからないぐらい静か」だったとか。見学時には機器は動いていなかったが、外からの音も遮音する壁の内側は、確かに非常に静かだ。とくに壁の近くに寄ると、シーンという感じ。壁の外に出た瞬間に、すぐそばの校舎に設置されているファンの音がブーンと響いてきて、改めて遮音効果の高さを実感した。
研究のヒントになった大学院時代の新発見
河井教授の専門は建築音響や環境音響の分野で、音の発生や伝達、音響の空間における特性などをコンピュータシミュレーションによって解析する研究を続けてきた。「大学で建築に入ったのですが製図が苦手でね。数学が好きだったので、僕の生きる道は理論解析の方かなと…」。京都大の博士課程時代、理論家の恩師の厳しい要求に負けん気で応えるうち、成果が出始めた。大学院生だった今から35年以上前、解析法を見直すことでそれまであまり気付かれていなかった新たな現象を発見した。その研究が、今回の新理論の素になっているという。
音の源は物体の振動だ。振動が物体のまわりの空気を押し出してそこだけ空気圧が高くなり、この圧の高いところがまた近くの空気を押して、というふうに順に圧の高い部分が進行方向へ向かって移動し、波として伝わる。池に小石を投げ込んだ時にできるさざなみのようなイメージだ。この圧力の変化量を「音圧」という。また、空気中を音が伝わる時、音の進行方向に向かって空気の粒子が振動するが、この粒子が振動する速さを「粒子速度」という。
河井教授の大学院時代の発見は、薄い板の音の反射や回折を解析する過程でプレートに音が当たった時、プレートの端(エッジ)の部分で粒子速度が高まる、つまり激しく空気の粒子が振動するという現象だった。プレートに音波が当たると当たった面と裏面で音圧に差ができる。表と裏の境目であるエッジ部では音圧の変化が急激になることで、エッジに沿って空気の粒子が激しく振動する。「その当時は、この現象が遮音に使えるなんて思ってなかったんですけどね」
この現象と遮音が出会うのは、5年ほど前、河井教授が指導していた学生の研究がきっかけになった。試しにこの現象を使ってみようか、というぐらいの軽い気持ちだったが、河井教授いわく「瓢箪から駒が出た」。次回は、その“駒”の話へ。
(次回更新へ続く)