ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

大学はこう使え! 特別編 iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長の中村先生に聞くコロナで変わる、大学の未来

2021年10月14日 / コラム, 大学はこう使え!

これまで当たり前だった大学での学び方を一変させた、新型コロナウイルス。それが果たして、大学業界にどんなインパクトを与え、今後の大学にどんな影響を与えていくのか。変わった大学の変わった学長に話をうかがえば、想像もできないような大学の未来の話が聴けるかもしれないと思いたち、コロナ禍の2020年4月に開学し、「就職率0%・起業率100%」をテーマに「学生全員起業」をめざすiU(情報経営イノベーション専門職大学)に突撃! 世界的ガールズバンド「少年ナイフ」のディレクターから旧郵政省官僚に転身するなど、超異色な経歴をもつ中村伊知哉学長を取材しました。 

コロナ禍により、リアルの場所だからできる取り組みの価値は、より高まっていく

 ――新型コロナが大学業界に与えたインパクトって相当なものだったと思うんですが、中村学長からご覧になっていかがですか?

 

「まず今回のコロナ禍で、オンラインでの授業対応が順調だった大学もあれば、難しかった大学もあり、デジタルへの備えや対応力が問われました。リアルでいうと、キャンパスという場の考え方も問われたように思います」

 

――オンライン授業もある程度、成立してしまったなかで、キャンパスの意味って、どういう部分にあるんでしょう。

 

「情報を伝達する従来型の授業なら、ほとんどオンラインでできますし、逆にそのほうがいいと思っていました。この傾向は、もう戻らないと考えています。だからこそ逆に、リアルの場所だからできる取り組みの価値が高まり、その設計力が問われることになるでしょう。たとえば一緒にものをつくる、何かを試してみる、対面で討論するといった、生身の人と人とがコミュニケーションすることによってできる、その場の意味がコロナ前よりも出てくると思います」

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――iUの場合は、どうなんですか?

 

「ICTとビジネスの学校なので、もともと多くの授業はオンラインでできる準備をしていたんです。そのため開学のタイミングがコロナ禍にぶつかったものの、あまり混乱せず授業を開始できました。とはいえ、投資家などを招いてピッチを行うなど、リアルで集まって一緒にやる授業も最初から考えていたんですが、一度、緊急事態宣言が明けたとき、授業はそのままオンラインでやってくれという学生からの声が結構あったんですよね。キャンパスには来ながらも、授業は自分のパソコンで受け、終わったら集まって何かをやる、といった形に合わせて学校側もコミュニティづくりをするべきなのではと」

 

――教室がいっぱいある設計自体も要らなくなってくる?

 

「うちの授業は全て40人以下で行うため、普通の大学にある大教室は全く要らないんですよ。僕自身の授業もありますが、いわゆる講義でしゃべることは動画で撮り、すでに200本ぐらいYouTubeに上げています。それを見た前提で、リアルで何かをするという設計をしています」

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――コロナ前の時点で、そういう組み立てをされていたのはすごいですね…。

 

「日本の学校が遅れていただけのことだと思いますよ。世界的な大学の発信の仕方を見ていると、相当早いペースでデジタル化の波は来るぞと思っていました。MITにしろ、スタンフォード大学にしろ、オンライン授業だけで学位を取れるプログラムがあります。それに自動翻訳の精度もすごく上がってきていますよね。だから日本の学生に対する日本語の優位性だってもうすぐなくなるのではと、コロナでみんなが一気に気づいたように感じます」

 

――そういう意味では、日本の大学だけじゃなく、世界の大学に対しての優位性が見えなければいけないと。

 

「研究中心のハイエンドな大学は、それなりの競争力を維持していくと思います。そうじゃない一般の、人材育成機関としての大学は、かなり変化せざるを得ない。オンラインとオフラインのハイブリッドな環境を整えているのは当然のこと。産業界など社会との結びつきが強いことも、大きなポイントになるでしょう。さらには、新しい需要を取り込んでいくこと。子どもの数が減っている今、社会人、シニア、海外の方々が学ぶためのサービスを提供できるかが重要です。今までの大学像とかなり変わらなければ、難しくなっていくでしょうね」

 

――産学連携が一つのポイントになるというのは、学費以外の収入を確保しなければいけないという理由でしょうか?

 

「根本的には日本の産業が弱ってきているからですね。僕の世代が典型ですが、大学時代、バンドばかりやって授業を受けていなかったんですよ(笑)。だけど社会人1年目に受けた教育で、大学…5年間でしたが(笑)、その期間よりはるかにたくさんのことを勉強させられました。つまり昔は会社に育てられる仕組みでやってきたのが、今は会社側にそんな余裕がないので、即戦力をとらなきゃいけない。つまりは産業界が求める教養や知識、能力を大学で身につけさせる必要がある。」

 

――即戦力として使えるスキルが必要だと。

 

「たとえば、経団連に所属する企業の人事担当が新人に求める能力は、毎年いつも一番がコミュニケーション能力です。そういった企業側からの大学への期待を取り入れることが、強みを発揮することにつながると考えます。iUが客員教授の層を厚くしていることも、産業界の声を聴こうしているからこそ。そもそも専任教員の8割程度が産業界出身です。それでも足りないので、現在400人以上いる客員教授を1,000人ぐらいには増やそうとしています。加えて現在300ほどの連携企業も、1,000社ぐらいには増えるはず。教授や連携企業のほうが学生より多い状態が続くことになるでしょう」

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――学生より教員が多いって、なかなか衝撃的なフレーズですね…。

 

「そのうえで、企業で学ぶ環境をつくり、学生と産業界が求めることのマッチングができればなと。最初はこういった考えが企業に受け入れられるかどうか案じていましたが、お声がけしたところ、一緒にやりたいという企業が予想外に多く集まってきてくださって。客員教授もそうで、何人かに声をかけたら、数珠つなぎでどんどん集まってきてくださいました」

 

――産業界の考え方にフィットし、賛同者が増えていったわけですね。

 

「新型コロナでリモートでのコミュニケーションが日常になり、企業の所在地や客員教授のお住まいに関係なく、よりお声がけしやすくなった面もあります。地球の裏側から授業をしてもらうことも、簡単にできるようになりましたからね」

 

――どちらかというと追い風として、今の状況が利用できていると。

 

「そういう面はありますね。もちろん、簡単に全員を集めてイベントができない苦しさはありますが、できるだけメリットを生かすようにもっていきたいので」

 

――もう一つポイントとして挙げられていた、社会人、シニア、海外の人たちをどう取り込むかというのは?

 

「そこは、これからの課題です。まだ1・2期生しかいませんが、シニアの方もいらっしゃるので、意見を聞きながら、何をしていけばもっと喜んでもらえるのかを考えていきたい。実は我々も予想していなかったんですが、親子入学が複数組いるんですよ」

 

――えええ、それはすごい!

 

「親御さんのほうが生き生きとしておられたり。だから家族割をつくらないとなという話も出てきています(笑)」

 

――めちゃくちゃ珍しい印象ですが、どういう動機で?

 

「聞いたところでは、子どものために説明会へ来たら、自分が入りたいと思ったと。ほかにも、よその大学を辞めてきました、という学生も結構います。一生懸命、勉強して国立大学や有名私大に入ったものの、こちらのほうが合っていそうだと発見してきましたと」

 

――いわゆるブランド大学から敢えてiUに…という方々は、どういう点に惹かれたのかは見えていますか?

 

「企業と一緒に学んで全員が起業する方針や、三本柱としてICT、ビジネス、グローバルコミュニケーションを掲げているわかりやすさはあるかなと思います。学校の説明会って、今はほとんど学生がやっているんですが、彼らが『iUはこういう学校で、こんなダメなところがあるけど、こんなふうに面白いよ』と、ストレートに発信しているのも、効き目があるようです」

 

――言わされているんじゃなく、良いところも悪いところも全部言ってしまうスタイルなんですね(笑)。

 

世界中が大きく変化する今の時代は、新たな要望に応えるチャンスでもある

――まだ渦中ではありますが、今回のコロナはiUにとって痛手だったのかチャンスだったのか、どうお考えですか?

 

「僕自身はチャンスだったと思っています。当初からオンライン中心でいこうと設計してきたので、いざコロナになったとき強みが発揮できましたし。ここから先は、感染対策をきっちりして、キャンパスをオープンに開こうとしているので、コロナ後、あるいはwithコロナのハイブリッドな環境を、比較的早く実装できるはずですし。何より、うちの学生たちに、コロナはピンチかチャンスか訊くと、多くがチャンスだと答えますからね」

 

――なぜチャンスだと?

 

「iUは全員起業を掲げているので、起業マインドの子たちが集まっている。つまり、世界中が揺れ動き、ピンチにある状況こそ、世の中が大きく変わるタイミングだから、自分にとってはチャンスだと考える子が多いんです。コロナで世界中が大きく変化するはずだ、その変化こそ楽しんで何かをしよう、と目を輝かせる学生たちが集まってくれたことは、我々にとっての一番のチャンスなんじゃないかと感じています」

 

――学生さんたちが前向きに捉えてくれるのは頼もしいですね。

 

「その期待に応えるためにも、キャンパスに集まってつくるコミュニティの大切さなど、『だからここで学ぶ意味がある』という価値をもっておかなければと。そう遠くない未来、世界中の授業をバラバラに選んで認定された、自分の学習履歴が、卒業証書よりも意味が出てくるようになるのではないかと思っています。そうなればいっそう、それぞれの大学がもつ価値が問われるようになり、淘汰が始まるでしょうしね」

 

――そのあたりって、先ほどお話にあった、社会人を取り込むことにもつながっていきそうですね。

 

「その通りです。社会人はすでに積み重ねたものがあり、問題意識をもって学び直そうとすることが多い。大学側が用意する定食を食べたいわけじゃなく、アラカルトを自分で選びたいわけですよ。いかにそれを提供できるかどうか。社会が求めていることに、大学がどう寄り添っていくか。試されているのは、そういう設計かなと思っています」

 

――かなりの変革が必要とされると。では、これからの大学は、こういう視点で見たほうがいい、こういう点に気をつけたほうがいいといったアドバイスがあれば教えてください。

 

「すごく危険なことを言うと、違うなと思ったら移ったっていいんだと念頭に置いておくことですね。昔は就職すれば定年まで勤め上げるのが当たり前でしたが、今はやってみて違うなと思えば転職するのが当たり前。学校もそうなっていくだろうと。高校のときはまだよくわからないから、偏差値を大きな基準として選びがちですが、どんどんそうじゃなくなっていくはず。いろんな価値観をもって、いろんなものを提供する学校が増えていて、iUみたいに新しくて変な学校も(笑)出てきています。だから『こうあるべきだ』と言ってくる大人をあまり信用しないことが大切なんじゃないでしょうか(笑)」

 

――(笑)あまり固執しなくていいのかなというのは、みんなも実感していく気がしますね。

 

「入ってきた学生を見ると、我々だって考え方を変えなければと日々感じていますよ。たとえばうちは、 1年次2年次でICT、ビジネス、英語をガッと勉強して、3年次で全員がインターンに行き、ボコボコにされて帰ってきて(笑)、4年次で起業して卒業、というカリキュラムなんですが、入ってくる学生が、そんなの待っていられないと、1年次からボコボコ起業し始めて (笑)。どんどんやり方をアジャイルで変えていかなきゃ、学生についていけないぞと思うことが多いです」

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――学生さんが牽引するというか、学生の声を出しやすくして、学校自体が変化を楽しまれているのは素晴らしいですね。

 

「そのうえで、全員起業=就職率0をめざす、という看板は下ろさないでおこうと思っています。さらに先日、世界中の大学・研究所や地域、人材をつなぎ、得意技や知見を融合させて新しいことを起こすためのハブになる『iU B Lab』を立ち上げたんですよ。目標は研究員100万人。そういう大きなコミュニティづくりに進んでいくことが、次の野望です。コロナはありましたが、なんとか船出をしたので、次々に面白いことを仕掛けていきたいと思っています」

 

――どんどんつながって、学生や先生という枠がぼやけていくというか。

 

「もともとフラットファーストを標榜していて、『先生って呼ぶの禁止!』って言っているんですよ。だから学生はほぼ全員、僕のことを伊知哉さんって呼んでいます(笑)」

 

――素敵な関係で楽しそうです(笑)。コロナによる変化にも希望が見えてきました。本日は面白いお話をありがとうございました!

珍獣図鑑(12):害獣扱いは理不尽!? 知るほどにカワイイ南米原産の大型ネズミ、ヌートリア

2021年9月7日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第12回目は「ヌートリア×小林秀司教授(岡山理科大学 理学部 動物学科)」です。それではどうぞ。(編集部)


岡山県でおなじみのあの外来種には、国をあげて増やそうとした歴史が…

ヌートリアの認知度って、どれくらいのもんなんでしょ。個人的には「写真で見たことがあるデッカいネズミ」ぐらいの認識だったところ、たまたま見ていたバラエティ番組で岡山出身の芸人・ウエストランドさんが、「岡山にしかいない」と紹介されていたことにビックラこいたんですが…。すぐさま「西日本中心に生息するネズミ目の動物」という注釈のテロップが出ていたものの、今回の研究者が岡山理科大学の先生…ってことは、やっぱり岡山がヌートリアのメッカなんでしょうか。

 

「岡山県なら、夕方になるとだいたいの川で泳いでいますよ。戦後、ヌートリアが日本中で養殖されていた時期があったんですけど、以降すぐに野生化したのは岡山だけだったんです。なぜ岡山だったかは謎ですが、半水生の生き物で、泳ぐのは得意。でも急流は得意じゃないから、岡山平野下流域の水郷地帯の棲み心地が良かったのかもしれません。しかしそれが1990年代になり、当時私の住んでいた愛知県でも、ある日気づくとヌートリアが隣組になっていました。岡山から広がったわけじゃなく、どこかに隠れていたものが、うまく適応して出てこられるようになったのではと考えられます。現在は一番東が愛知県、一番西が山口県にまで分布しているようです」

体重約4~6kgのヌートリア。見た目のカワイさはもちろん、伺うエピソードすべてが愛くるしい。小林先生が入れ込むのも納得!

体重約4~6kgのヌートリア。見た目のカワイさはもちろん、伺うエピソードすべてが愛くるしい。小林先生が入れ込むのも納得!

 

おおっと、いきなりの珍情報! 日本中で養殖ですと!?

 

「もともと南米、アルゼンチンのラプラタ川流域が原産地だと考えられますが、毛皮は温かくて、肉は美味いということで、19世紀の初期から大量に捕獲が始まり、北米やヨーロッパ、アフリカや中国にも輸出されていきました。日本では1907年、上野動物園で雌雄のつがいが輸入されたのが始まりですが、大量に入ってきたのは1939年。毛皮獣として150匹が輸入され、うち43匹が陸軍の毛皮研究所に送られたという記録が残っています」

 

毛皮獣として陸軍に??

 

「当時、日本で使われていた戦闘機パイロット用の飛行服は、高度6,000mを基準につくられていて、内張りはウサギの毛皮だったんです。だけどB-29が飛んでいるのは高度1万m。そんなに高くまで行くとガチガチに凍ってしまったそうですが、ヌートリアの毛皮だと大丈夫だった。そこで一気に大増産の号令がかかり、毛皮は軍服に、肉は兵隊さんの胃袋に収まっていきました」

 

おおぅ、日本でも食べられた歴史があったんですね…。とはいえ、美味しそうには思えないんですが…。

 

「実際に食べた人によれば、歯応えが良くて獣くささがなく、旨味が多い。上質の鶏肉のような感じだそうです。しかしながら定着したのは、そのときの養殖がきっかけではなく、終戦直後の第二次養殖ブームによってです。1千万人が餓死すると言われていた食糧難のもとで、タンパク質を安価で簡易に増産するため、畜産振興五カ年計画という国家プロジェクトが打ち出されたんです。ある資料によると、その10項目のうち、ヌートリアの優先順位は羊やヤギ、豚に次ぐ8番目で、ニワトリよりも高いものでした」

 

鶏肉よりもヌートリア肉を増やそうと!?

 

「ヌートリアはものすごい粗食だし小さいから飼育しやすかったんですよ。だけど立案された1945年や翌年の大凶作から一転、スタートを切った1947年は結構な豊作だったうえ、東西冷戦を受けてアメリカGHQの占領政策も変化し、食糧状況が改善されて畜産振興五カ年計画はすぐに終わってしまいました」

 

なるほど、それで放逐されて野生化してしまったわけですか…。なんだか身勝手な話ですねぇ…。

水槽内をターンヌートリア。後肢の小指と薬指の間にはなぜか水掻きがない! ⓒ岡山理科大学理学部動物学科動物系統分類学・自然史研究室

水槽内をターンするヌートリア。後肢の小指と薬指の間にはなぜか水掻きがない!
ⓒ岡山理科大学理学部動物学科動物系統分類学・自然史研究室

 

頑張らないために頑張っちゃう、頭が良くてナマケモノな癒やし系

そういえば小林先生って、もともと岡山じゃないってお話でしたが、なんでヌートリアの研究を始められたんでしょう。

 

「子どもの頃からずっと動物オタクで、動物の研究者になろうと思っていました。大学院からしばらくは南米のサルの研究をしていたんですが、岡山理科大学に赴任してきた2年後の2008年、リーマンショックが起こり、麻生内閣のもと緊急雇用創出事業が行われることになったんです。そこで岡山県から、農作物などに被害を及ぼすヌートリアの一斉駆除を失業者の仕事として行いたいから、協力してほしいと依頼があって」

 

えええ、雇用創出で一斉駆除!? で、サルを研究されていたのに、いきなりヌートリアに!?

 

「哺乳類を扱っている研究者が当時、岡山県にはほとんどいなかったからでしょうね。そこから関わってみたら、こんな面白い生き物はいないぞと、ミイラ取りが干からびてカラッカラのミイラになってしまったわけです(笑)」

 

半水生の生き物を相手にカラッカラとは(笑)。どのあたりが面白かったんでしょう?

 

「県庁からの相談を受けて、以前、岡山大学でヌートリアの研究をされていた高橋徹先生に話を伺ってみたところ、仰天の消化システムについて教えてもらって。私は勝手に“ヌートリアの錬金術”と呼んでいますが…ヌートリアは特殊な消化管をもっていて、ろくでもない雑草さえも、おなかに飼っているバクテリアのパワーで、上質なタンパク質とビタミンに変換できちゃうんですよ。まずそこに惹かれたんですけど、実際に飼って付き合うようになったら、まぁ~頭はいいし、争いは嫌いだし、なまけものだし、非常に興味深い魅力にあふれていて、すっかりトリコになったんです」

 

そんなキャラなんですね。好みの分かれるところかもしれませんが、見た目もカワイイですよねぇ。

 

「ぬぼーっとしていて癒し系。僕は“尻尾の長いカピバラ”だと言い張っています(笑)。学生たちには、『頑張るのは大嫌いだけど、頑張らないためには一生懸命頑張るのがヌートリア』だと説明しているんですよ」

 

頑張らないために頑張る!?

 

「たとえば、田畑を守る防護柵をつくる試験のため、実験室に立てたポールに針金で板をくくりつけ、板の向こうにエサを置いたんです。低い板から始めたところ、簡単に乗り越え、向こうにうめぇ食い物があるぞと覚えます。それをまたげない高さにまでしたら、どこか針金が緩んでいるところはないかと周囲をぐるぐる回りながら探し始めて。嗅覚が異常に発達しているので、においが漏れてきているところを発見すると、やおらそこに集中攻撃をかけ、しつこくゆすったりかじったりして、とうとう針金を外して入ってきたんです。サルだと何回かやってみてダメだとすぐ諦めてしまうけれど、ヌートリアは地道に頑張るんです。またげないとはいえ、乗り越えられない高さじゃないし、乗り越えたほうが時間的には早いのに…。観察していて本当に飽きないですよ」

 

しんどいから動かずに済む方法でどうにかしようと頑張っちゃう…わかるわぁ~(笑)。

 

「一度、乗り越えようとしたものの転落しちゃったときがあって、そのショックで実験室の隅でしばらくいじけていたやつもいましたよ。また、トゲトゲがついた市販の猫よけマットを並べてみたときは、迂回すればいいのに、痛がりながらも無理やり上を通ってエサへとたどり着きました。ものすごく面倒くさがり屋なんです」

 

それは愛すべき…どんどんカワイく思えてきました!

ヌートリアの柵越え試験(a〜f)。 乗り越えに失敗し落下した瞬間(h)大福餅のような格好になってしまう。 落ちたことがよほどショックだったようで、しばらく、まるでいじけているように試験室の隅でうずくまっていた(i)。その後、再チャレンジさせるまでには低い柵からはじめて段階を踏んだトレーニングをしばらくしなければならなかった。 ⓒ岡山理科大学理学部動物学科動物系統分類学・自然史研究室

ヌートリアの柵越え試験(a〜f)。
乗り越えに失敗し落下した瞬間(h)。大福餅のような格好になってしまう。
落ちたことがよほどショックだったようで、しばらく、まるでいじけているように試験室の隅でうずくまっていた(i)。
ⓒ岡山理科大学理学部動物学科動物系統分類学・自然史研究室

 

5年あれば8億匹に!? 5,000匹減らしても半年で戻る驚異の繁殖力

とはいえ害獣…特定外来生物に指定されちゃっているんですよねぇ。一斉駆除の成果はどうだったんですか?

 

「結局、2年間で約5,000匹を捕ったんですが、だいたい半年で元に戻りました」

 

は、半年で!?

 

「彼らはものすごく繁殖力が強いんですよ。生後半年から出産を開始して、年に2~3回、多いと1回で10匹以上を産みます。天敵もいない…強いて言えば野犬ぐらいなんで、1匹も死なないと計算すると、一つがいが5年ちょっとで8億匹ぐらいになる」

 

は、8億匹!?

 

「でもそうはならない(笑)。言い方は変ですが自主規制みたいなもので、増えすぎないよう管理しているんだろうと。現在、日本に何匹いるかはわかりません。年間の捕獲数が岡山だと2,000~3,000匹、全国でも1万匹ぐらいなので、そこから推計できなくはないですが、あんまり意味がないんですよ」

 

なるほど。増えすぎることもないけど、減ったら減った分だけ、すぐに増えちゃうんですね。

 

「あの一斉駆除は非常にいい試金石になりました。それがあったおかげで、ちょっとやそっとのことでは根絶は無理だと断言できる。イギリスでは根絶の例がありますが、気候のバックアップがありましたからね。ヌートリアは寒いと足やしっぽがすぐ凍傷になって、そこから感染症を起こすんです。うちの研究室で飼っているやつも、11月になると足が霜焼けになり始めるので、鉄製のオリの上に木の板を敷いて面倒を見ています」

研究室の実験タスクに正解し、ご褒美のレンコンが出てくるはずなのに、装置の不具合で出てこなかったときには、怒りだして実験装置を破壊したことも…(パチンコ屋で台を出いて「出ねぇぞ~!」と叫んでいるおじさんと一緒!)

研究室の実験タスクに正解し、ご褒美のレンコンが出てくるはずなのに、装置の不具合で出てこなかったときには、怒りだして実験装置を破壊したことも…(パチンコ屋で台を叩いて「出ねぇぞ~!」と叫んでいるおじさんと一緒!)

 

自然環境そのものにヌートリアが働きかけて悪化を招いた例はない

じゃあもう、対策のしようがないってことなんでしょうか。

 

「田植えをして稲がある程度育つまで絶対に喰われたくない、というときの駆除はアリだと思います。個別に見れば、その田畑にやって来るのは近くに棲む決まったヌートリアですし、駆除すればしばらくは来ないので。追っ払うのに一番有効なのは、水路を全部コンクリートで固めること。地面が掘れないところだと自然といなくなります。普通にネットを張るだけでは噛み破って入ってくるし、たいてい下からくぐり抜けてきますからね」

 

ふむふむ。数を減らそうとしても減らないけど、個別の対策は有効だと。

 

「要は、田んぼや畑にヌートリアが来なくなればいい。ヌートリアの性質を研究することで、その仕組みをうまく作れないかなと模索している最中です。ヌートリアにならって、なるべく手抜きでできないものかと(笑)。向こうが勝手にこっちを嫌って、来なくなるのがベストでしょうしね」

 

そうですねぇ。そもそもヌートリアによる被害って大きいんでしょうか。

 

「林業に与える被害総額なら、シカやイノシシに比べものにならないぐらい額が低い。病原菌や病原性のダニをもっている率も、調べてみたところ野生動物基準では考えられないぐらい低いので、媒介するであろう病気もほとんどない。生態系の被害もいろいろ報告されていますが、自然環境そのものにヌートリアが働きかけて悪化を招いた例はありません。ヌートリアが起こしているのは、すべて個別の生物に対する被害なんですよ」

 

そうか。粗食の錬金術師なんだし、特定の種を食べなきゃダメってことはないですもんね。

 

「たとえば地元の人が大切に育てていた、絶滅危惧植物のミズアオイを食べちゃったって被害事例もあったんですが、ミズアオイってヌートリアが原産地で主食としている、ホテイアオイ…あの、熱帯魚の水槽に浮かべたりするやつと同属で近い植物なんですよ。ヌートリアからすると、『おぉ、こんなところにソウルフードがあったぞ!』みたいな感じだと思うんで、ミズアオイを保護している人たちには、周りにホテイアオイを育てたらそっちに行くはずだと提案しています」

 

食べるのに手間はかかるし、美味しくもない…貝食事件は迷宮入り?

確かに、ホテイアオイをかきわけてミズアオイを食べに行く、とは考えにくいですよね。そもそも面倒くさがりなんだし…。

 

「ヌートリアが二枚貝を捕まえて食べちゃうという報告もあるんですよ。そうなると、二枚貝に産卵している稀少な淡水魚、タナゴの仲間なんかが被害を受けてしまいます。だけどおかしい。貝の殻って結構かたいんです。おなかの中のバクテリアが、いくらでもタンパク質をつくってくれるわけだから、わざわざ手間のかかる貝を食べる必要がありません」

 

なら、それって冤罪なんじゃ…?

 

「いや、ヌートリアではあるようなんです。試しに研究室のヌートリア君たちに貝を与えてみたところ、彼らぐらい強い噛む力があっても簡単に割れる殻ではなさそうで、足場を固めて両ヒジを地面につけ、両手で握りしめ歯でガリガリかじって壊していました。しかも中から出てきたものが美味くなかったらしく、二度と要るかいと。なんとか騙して貝を食べる習慣をつけられないかと、手を替え品を替えやってみたんですが、拒否してハンガーストライキのようになり、痩せ始めたので即座に実験を中止しました」

 

たまたまゲテモノ好きがいたってこと? 被害のあった場所は、ほかに何も食べるものがない環境でもなかったんですよねぇ?

 

「全然。基本的に水草を好むものの、適当な雑草でも食べていけるので、こだわる必要がないんですよね。ヌートリアって、あまり目が良くないんですよ。だから最初はエサだと思って近づいてきても、目の前でこれだよって貝を見せると、ヒッと固まり、次の瞬間にはクルッと後ろを向き、走って逃げるようになりました」

 

くぅ、カワイイ…。だけど粗食とはいえ、好みはあるんですね。

 

「研究室で好みを調べる実験をしたところ、レンコンが一番好きでピーマンが一番嫌いだとわかりました。その序列のなかで二枚貝を比べてみると、一番嫌いなピーマン以下だったんですよ」

ヌートリアに会いたくなったら、岡山県内にある河川か大阪・天王寺動物園へ。

ヌートリアに会いたくなったら、岡山県内にある河川か大阪・天王寺動物園へ。

 

いつかは会話できるかも! ヌートリアの音声コミュニケーション

食の好みに、においが関係していたりもするのでしょうか? 目はあんまり良くないってことですが…。

 

「研究を始めてからわかったんですが、ヌートリアって顔の真正面は何も見えていないんですよ。有効視野がないんです。横は見えているのと、鼻はベラボーにいいので、それを頼りに活動しているようです」

 

それもまた、間抜けチックでステキ! ヌートリアの生態は、知れば知るほど面白いですね。

 

「害獣や毛皮獣、食肉獣としての研究はあるものの、そもそもどんな生き物なのかという研究がされてこなかったんですよね。いま一番面白いと思っているのは、音声コミュニケーション。ヌートリアってよくしゃべるので、何を話しているのか明らかにしたいんですよ」

 

よくしゃべる!?

 

「研究室に高齢のヌートリアが1匹いたんですが、全身に13カ所もの褥瘡ができちゃっていたんですよ。日々のその治療がやっぱり痛いようで、文句を言ってくるんです。『よし、次は一番痛いところだぞ』なんて話しかけると、『グォ~~~~~ッ!』とかって怒る。 『そんなにいやなの?』『ウォッ!ウォッ!』って会話になっているものだから、後ろで見ている学生たちも大笑いです。腹が減ったら『フォーッ』、怒るときは『グガガガガガガ!』といった具合に、日常の鳴き声は5パターンあることが、学生たちの研究でわかりました。ヌートリアの音声コミュニケーションは、今まで誰も取り組んだことがない研究テーマなので、解明していくのが楽しみです」

 

感情表現も豊かなんですね。どうにかうまく共生していきたいですねぇ…。

 

「実は社会の変容によって、ヌートリアの存在も変わってきているんです。以前はヌートリアが田んぼの畦やため池の堤防に穴を掘っても、主に農業関係者によってすぐに埋め戻され、対策は万全でした。しかし農業関係者の減少と高齢化により、管理自体されない場所ができ、まるでヌートリアを誘致しているかのような状況になってきている。その結果、2018年にはヌートリアの掘った巣穴が原因で、岡山市内のため池堤防が部分崩壊しました。条件を一方的に変更したのは人間社会の方なのに、またもやヌートリアが悪し様に言われるのは大変心苦しい。これからは要注意でしょう」

 

うぅぅ…それはあまりに理不尽な…。人間社会への被害は食い止めつつ、ヌートリアにも、のびのび暮らしてほしいものです。

 

「人にとって役立つ特徴が何か見つかれば共生もしやすいだろうと考え、研究を続けています。そもそも苦しい時代に明日を生き抜こうと、国ぐるみでヌートリアの力にすがったから、定着しちゃったわけです。そのへんがほかの外来生物とはまったく違うところ。それで要らなくなったからって皆殺し…っていうのは、やりすぎだと僕は思います。ヌートリア側から言わせると、『やれるもんならやってみろ』という話ですよ。いないところはいないままにするのは当然ながら、減らそうとして減らせるものでもない。何もしなければ人間に向かってくることはないので、見つけても遠目でカワイさを見届けたら、なるべく無視してあげてほしいですね」

ヌートリアの口腔内は、何と2枚の唇があり、内側の唇は上下ではなく、左右から合わさる仕組みになっている(これは、おそらく初めて公開される写真とのこと)。 ⓒ岡山理科大学理学部動物学科動物系統分類学・自然史研究室

ヌートリアの口腔内は、何と2枚の唇があり、内側の唇は上下ではなく、左右から合わさる仕組みになっている(おそらく初めて公開される写真! とのこと)。
ⓒ岡山理科大学理学部動物学科動物系統分類学・自然史研究室

 

【珍獣図鑑 生態メモ】ヌートリア

南米原産、半水生の大型げっ歯類。流れの緩やかな水辺付近に暮らす。体長50~70cmで長い尻尾やオレンジ色の前歯が特徴。主に水草を好むが、農作物を食べてしまうため、環境省の特定外来生物に指定されている。繁殖力が高く、生後半年頃から出産が始まり、およそ140日に1回ほどのペースで平均6.5匹の子どもを産む。

大学はこう使え! 特別編 関西学院大学の櫻田先生に聞く!人生100年時代の大人のための大学活用法

2021年8月17日 / コラム, 大学はこう使え!

定年後に本当にコワいのは経済格差より「知的格差」…。そんなドキリとするフレーズを掲げ、今年5月に櫻田大造先生が出された、大学の活用術などを伝授する書籍『「定年後知的格差」時代の勉強法』(中公新書ラクレ・2021)。この内容は、大学の魅力を伝え、大人と大学をつなごうという『ほとんど0円大学』とも相通ずるものがある! と盛り上がり、編集長の花岡正樹を聞き手に、大人のための大学活用法をテーマに語り合ってもらいました。

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『「定年後知的格差」時代の勉強法』(中公新書ラクレ・2021)

独学とは異なり、「学び方」から学べ、テーラーメイドの指導が受けられる

花岡 櫻田先生のご著書『「定年後知的格差」時代の勉強法』、とても興味深く拝読しました。人生100 年時代の大学活用という視点で書かれていて面白く、シニア世代に限らず幅広い世代にとっての大学活用法を伺えればなと。

 

櫻田 実は花岡さんのご著書、『定年進学のすすめ―第二の人生を充実させる大学利用法』(花伝社・2010年)にも非常に触発されたんですよ。11年前の本ですが、全然古くなく、むしろこれからのトレンドをうまく読み切っている。こちらで花岡さんがおっしゃっていることが、今回の本を書く一つの動機にもなったんです。

 

花岡 本当ですか!? それは光栄な…。

 

櫻田 まさに大学というものは、20歳前後の若者だけのものじゃない。定年後、定年の前も、さまざまな形で大学を活用することが大切です。こちらと『50歳からの大学案内 関西編』(ぴあ・2018年)も、すべて参照させていただき…。

 

花岡 ありがとうございます。いやもう、お恥ずかしい…(笑)。

 

櫻田 だから私も、お目にかかるのを楽しみにしていました。問題意識は花岡さんと非常に近く、日本の場合、どうしても新卒一括採用に引っぱられ、20歳前後で大学に入り、卒業後すぐ就職するというのがはっきりしていたので、長年そこに囚われきた。しかし今後は新卒一括採用が次第になくなり、18歳人口も減っていく。また日本人の平均寿命が延びており、今や日本人の平均年齢は48歳です。いろいろな形で大学にもう一度入り直すことの意味が高まってきています。

 

花岡 定年後を見据えたシニア世代以外も、ということですよね。

 

櫻田 そうです。勉強することが遊びだという感覚でもって、純粋に自分の好きな知的テーマを大学や大学院で追いかける50代以降の定年前後組に加え、20代から40代にかけた、働き世代の学び直しも挙げられます。

 

花岡 それぞれにおすすめしたい大学の活用法となると、いかがですか?

 

櫻田 学び直しの場合、ビジネスに結びつけたいならMBA(経営学修士)コースなど、夜間に受講できるものもあるので、仕事との両立も可能でしょう。

能動的知的生活をするために学びに行きたいというジニア世代は、テーマを決めて探し、可能であれば直接、必要であれば学部で勉強されてから大学院に進まれるといい。また、世代問わず、進学されるなら大学図書館の利用をおすすめしたい。レファレンスに行って、どんなデータベースがあり、どんなネットで取れる情報があるかを訊くだけでも勉強になる。大学なら、知的好奇心の赴くままにいろいろな追究ができると思います。

 

花岡 図書館で相談することで、得られるものも多いと。

 

櫻田 そうです。テーマを相談し、アドバイスをもらって、メモをとると非常にいい。うちの学部(関西学院大学 国際学部)では、1年次に必修の基礎ゼミの時間を使って、図書館司書の方に図書館の使い方のガイダンスをやってもらっています。これをやるかやらないかで、かなり違ってきます。また私のゼミの学生には、卒業論文のためにも秋学期が始まる前の夏休み中か9月下旬に、必ずレファレンスに行かせています。

 

花岡 図書館をちゃんと使えることがまず、重要になってきますよね。

 

櫻田 そうです。1980~90年代に大学で勉強された方は、そういうことをされなかった方も多いと思います。だから40~50代の方が院生になったとしたら、自分が知りたいテーマに関連するものに、どんなデータベース資料が使えるかを、指導教員だけでなく図書館のレファレンスで訊ねることをおすすめします。

 

花岡 「この本が欲しいけど、ありますか?」という形だけじゃないんですね。

 

櫻田 そうです。でも最近の学生は、課題を出すと、YouTubeに上がっている日本語の動画を見て発表したりもするんです。参考にするのはいいんですけど、読書習慣が廃れてきており、せっかく便利な図書館があるのにもったいないなと思います。

 

花岡 定年前後の世代であれば、それこそ図書館がマッチしやすいのかもしれませんね。

 

櫻田 そのとおりです。今は学術機関リポジトリといって、教員や学生が執筆した論文や資料をPDFファイルにして、無償で公開しています。図書館ではそういったサービスの利用法を学べますし、ILL(Interlibrary loan)、要するに図書館間の相互貸借制度で、自大学にない資料を他大学から簡単に取り寄せるなんてこともできます。郵送料はかかりますが、雑誌の記事なら1枚数十円ぐらいで必要な記事を取り寄せられる。まさに知の宝庫なのです。

 

花岡 そういう面でも、独学で学ぶのと大学で学ぶのとは、結構な差がありそうですよね。

 

櫻田 ええ。ただ、独学できるだけの力があれば、データベースを使えないという点では不便だと思いますけど、それ以外はあまり問題ないように思います。とはいえ、何時間かけて勉強しても苦にならないような、知的関心や興味のあるテーマがあるなら、大学院に行ったほうが伸びやすい。教員から手取り足取り、テーラーメイドの指導が受けられますからね。

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櫻田先生も書籍執筆等するときに大学図書館をよく活用するという

今までの知識と経験+新しい知識+自分なりの考えを融合させることで研究は深まる

花岡 単純に知識を得るだけの良さもあると思うんですが、 学術論文を書く良さはどこにありますか。

 

櫻田 なかなか鋭いご質問です。学術論文は小説などと違って、イマジネーションだけで書けるものじゃない。さまざまな情報を自分なりに咀嚼して、別の言い方に変え、なおかつ出典や脚注を明記して、自分の意見と今まで知らなかった知識をうまく折衷させ、クリエイティブなオリジナルのものとしてアウトプットします。今までの知識と経験、そこに新しい知識と自分の考え、この3つをうまく組み合わる必要があります。

 

花岡 自分のアイデアに吸収した知識を融合させる必要があると。

 

櫻田 そう、融合という言葉がまさにキーワードです。学術論文の場合は客観的に記して、学会で発表することにも意義がある。書き方についても、私は学生の卒業論文に必ず赤字を入れますが、3回ぐらい書き直させることもありますからね。図書館まで一緒に行って、新聞の縮刷版を見せて、しおりを挟ませ、ここの記事は引用しなきゃいけないと教えることもあります。

 

花岡 それは…だいぶ手取り足取りですね(笑)。論文を書いた経験のない世代でも安心です。

 

櫻田 シニアの方は義務的に、あるいは就職に有利だからではなく、例外なく学びたいから来ています。今の時代の大学は、そういう方に対していくらでもレスポンスできるような形でやっています。学会もかなり今は社会人、シニア層が入ってくるようになりました。研究者だけじゃなく、いろんな人が来て、いろんな知識を共有して、なおかつ切磋琢磨する場になってきています。

 

花岡 働き世代やシニア世代が学会とつながる良さ、魅力はどういうところなんでしょう。

 

櫻田 学会誌などを見ると、その分野の学問の最先端がわかることが大きい。この分野にはこういう先生がいて、こんな研究をやっているといったことが、学会に入れば伝わってきますからね。

 

花岡 やはり最先端のところとつながれる場所だと。

 

櫻田 こちらも興味のあるテーマに関連している学会を訊かれれば、いくらでも教えられますし、推薦人が必要な学会なら推薦することもあります。学会も18歳人口が減り、定年退職と同時に辞められる先生方も少なくないので、分野によっては人数が減ってきている。社会人、シニア世代の方々に対して、まさにウエルカムになってきています。

 

花岡 大学と同じようなことが、学会でも起きているんですね。ちなみに、所属すれば学会の活動に関われるものなんでしょうか?

 

櫻田 全く問題ありません。学会のプロジェクトとして本をつくるとき、現役の教授か否かは関係なく、60章を20人ぐらいで書いたりしますからね。たとえばカナダに関する入門的なテキストをつくるとき、あなたが料理好きでカナダの研究をしているならカナダ料理の章をお願いします、と依頼されることがあるかもしれません。

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櫻田先生(左)と、ほとんど0円大学編集長・花岡(右)。今回はオンラインでお話をうかがった

貪欲に学ぶ社会人学生の姿勢が刺激となり、大学や社会にも良い影響が出る

花岡 先生ご自身がカナダの専門家ということで、海外の大学での社会人の大学活用事例についても伺えたらと。

 

櫻田 まずカナダやアメリカの場合、新卒一括採用をやっていません。加えて今、北米では定年退職がなくなってきています。そうなると大学というものが、日本のように二十歳前後からフルタイムで4年間、きちんと勉強しなきゃいけないものじゃなくなってきている。パートタイムで働きながら…たとえばウエイトレスを昼間やりつつ、夜間に6年かかって学部を卒業し、それををアピールして大きいチェーン店のエリアマネエージャーに就くといった形で、ステップアップのために進学する学生も多くいます。

 

花岡 働きながらキャリアアップができると。

 

櫻田 逆に言うと、そうしなくちゃいけないというか。日本のように年功序列で増額する給与体系を北米はとっていないので、労働組合か何かの働きかけでベースアップがない限り給料が上がりません。

 

花岡 自分で上げていかざるを得ないんですね。

 

櫻田 そうなんです。日本も今、年功序列賃金が崩れて、メンバーシップ型からジョブ型の採用に変わりつつある。今後は業績連動みたいな形で年収が決まる形に変わっていくと思います。新卒一括採用に関しても、3年間で3割が辞めるとずっと言われていますから、第二新卒市場も成長していくでしょうし。いろんな企業に出たり入ったりする間に、北米のように大学院でスキルアップしてから別の企業や年収の高い仕事、働き次第で年収がアップするような職業に移っていく人も増えるのではないでしょうか。

 

花岡 今の大学を出たら行ったきりじゃなく、行ったり来たりしながら、自分の人生をデザインしていくと。

 

櫻田 そういう点では、アメリカやカナダのようになっていくかなと思います。もう一点、北米の場合、授業料が高くなりすぎている。この前、調べたんですが、ワシントン大学はワシントン州の学生なら、年間126万円ぐらいで。

 

花岡 日本と同じぐらいですね。

 

櫻田 それが州外や留学生になると、3倍以上の380万円ぐらいになるんです。州立大学なのにですよ。名門のカリフォルニア大学バークレー校は、留学生の1年間の授業料が500万円ぐらい。これで寮に住んで食費も出すと600万円ぐらいはかかります。

北米の大学に留学する場合、高額な授業料がかかる

 

花岡 相当ですね…。それでも北米の方々はキャリアアップのために、高額の費用を払って大学へ行かれるものなんですか? 

 

櫻田 やはり大卒と高卒だと就ける仕事が全然違ってきますからね。

 

花岡 海外の大学活用事例のなかで、日本の大学で取り入れたらいいと思われることはありますか。

 

櫻田 やはり図書館ですね。すごく整備されていて、私が行ったトロント大学なんかもそうでしたが、大学院レベルになれば図書館の中に自分の机と椅子がもらえる。Ph.Dスチューデント…博士課程の院生になると、小さな個室ももらえます。朝早くから夜中まで開いていて、カフェテリアもあるので、そこでごはんも食べて、ずっと勉強していられる。あの環境は日本も真似すべきだと思いますよ。図書館がそれほど利用されていませんし、11時ぐらいまでやっている大学はあまり多くないですから。

 

花岡 深夜までやっている図書館って、それだけで大学の大きな売りになりますもんね。それをフル活用している学生さんが北米には多くいると。

 

櫻田 都会の中にある大学も少ないんですよ。ニューヨーク大学やコロンビア大学、トロント大学なんかは都会にありますが、普通はだいたい…ミシガン大学とかだと街まで車で何時間とか。だから寮に住んで、ほかにやることがない。なおかつ向こうの場合は、成績が悪いとすぐ留年します。大学入試で選ばれる感覚も、一部有名大学にはありますが、日本の一般入試のレベルほど厳しくない。入学してから勉強せざるを得ない仕組みになっているんです。

 

花岡 より真剣に学ぶことになりますよね。学費も高いし…。

 

櫻田 そうそう、まさに元を取るみたいな経済感覚も強くあります。

 

花岡 その元を取ろうという感覚は、日本でも自分が稼いだお金で通う社会人学生の場合、強くもって学ばれるでしょうし。若い学生さんにとっても刺激になる気がします。

 

櫻田 まったくその通りです。学部生にせよ大学院生にせよ、社会人の方はとにかく真面目。社会に出てみてから足りないと気づいた知識を補おうとされるなど、モチベーションが明確ですし問題意識も非常にある。ご自身の社会的経験を話していただけると、就職の具体的なイメージが湧かない学生の勉強にもなりますし。教える側にも、いい意味での緊張感も生まれます。それが相乗効果になり、大学にも社会にも良い影響が出てくると思いますよ。

デジタルアーカイブを楽しむ(3): 約1,300本もの舞台公演映像が検索できる! 早稲田大学演劇博物館の特設サイト

2021年7月29日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

世界屈指の演劇専門総合博物館が、コロナ禍に苦しむ舞台芸術をサポート!

2020年からのコロナ禍によって、数多くの舞台公演が延期や中止を余儀なくされた。どうにか実施の運びとなっても、人数制限を行わざるを得ないなど、大きな打撃を受け続けている。そんな舞台芸術を支援し収益力の強化をめざそうと昨年度、「緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業(EPAD)」がスタート。その一環として今年2月、舞台公演映像の情報検索特設サイト『Japan Digital Theatre Archives(JDTA)』が開設された。

 

手がけたのは、“エンパク”こと早稲田大学演劇博物館。1928年に坪内逍遙が創立して以来、古今東西の貴重な演劇資料の収集と保存、公開に取り組んできた。収蔵品はなんと100万点以上を誇る、アジアで唯一、世界でもトップレベルの演劇専門総合博物館だ。

エンパクでは、文化庁・文化芸術収益力強化事業の一つ、EPADにより、約1,300本の舞台公演映像と、フライヤーや舞台写真などの関連資料を収集・整理し、デジタルアーカイブ化。JDTAではその情報を検索できるだけでなく、画像や一部(2021年7月現在で273本)のダイジェスト映像も無料で閲覧できるようになっている。

 

現代演劇・伝統芸能・舞踊の3分野にわたる舞台公演めぐりに大興奮

JDTAには現代演劇・舞踊・伝統芸能の3分野にわたる資料が集結しているが、「現代演劇だけを見ても老舗の新劇から若手の作品、児童演劇、ミュージカル、2.5次元など、多種多様な公演の情報が凝縮されている」とのこと。

ダイジェスト映像が掲載されているのは、EPADにより著作権処理がなされたもの。順次配信サイトで公開されていく予定なのだそう。

 

まずトップページでは、収集された舞台公演の関連画像12枚がランダムで入れ替わり、気になる画像をクリックするとその公演情報が見られるので、予備知識ゼロでも取っつきやすい。また、メニューにある〈キーワードから探す〉の部分をクリックすれば、10個のキーワードがランダムに登場。あるときは「ピカレスク ミステリー メディアミックス ブラックコメディ 家族 宗教 歴史 四人以上で踊る 震災 囃子」、またあるときは「コンテンポラリーダンス ポストドラマ演劇 元気が出る 児童劇 語りもの 国際共同制作 四人以上で踊る 神話・伝説 笑える インスタレーション」などが並び、気になるワードをクリックすると該当の一覧画像が表示され、そこから公演情報へとジャンプできる。つまりは知らない本との出会いを求めて書店や図書館へ行ったときのアレが体感できて(つまりは?)、めちゃくちゃアガる! 演劇好きな筆者としては、もうこれだけで大興奮なのです。

ランダムに出てくる10個のキーワードが、演劇界のリアルを表していて興味深い!

ランダムに出てくる10個のキーワードが、演劇界のリアルを表していて興味深い!

ランダムに出てくる10個のキーワードが、演劇界のリアルを表していて興味深い!

 

懐かしの公演、気になっていた公演、初めて知る公演…目の前に舞台が広がる!

 トップページでさんざん遊んだあと、いよいよ〈検索〉ページへ。キーワードを入力すれば、対象を「公演 / 画像 / 映像」から絞って簡単に検索できるが、さらには分野や上演年、「抜粋映像あり・受賞歴あり」などの条件やキーワードを追加しての詳細検索も可能だ。

最初に表示されている全公演リストを分野や「抜粋映像あり・受賞歴あり」で絞り込むこともできるので、たとえば「抜粋映像あり」にチェックを入れ、表示された公演のダイジェスト映像を片っ端から見まくることもできる。

ちなみにまずここで、「抜粋映像あり・受賞歴あり」両方にチェックを入れ、目に留まった維新派の2004年公演『キートン』を見てみたところ、〈公演/作品概要〉の【Note】部分に「度重なる台風の襲来で、初日・二日目が中止になるというアクシデントも」と書かれていて、「そうだった、そうだった!」と大興奮。〈関連する演劇〉に表示された『アマハラ』や『トワイライト』、『透視図』や『カンカラ』のダイジェスト映像やフライヤー画像、舞台画像でひとしきり思い出に浸っているとあっという間に時間が過ぎていた。

 

再び検索ページに戻り、「抜粋映像あり」視聴ごっこをリスタート。検索結果の並べ替えができるので、「上演年」で並べ替えて最も古かった東京芸術座の1983年公演『蟹工船』をクリック。セリフが早々に刺激的すぎ!フライヤーシヴすぎ!〈関連する演劇〉に出てきた2010年版『蟹工船』と見比べるのも面白すぎ!!東京芸術座の2017年公演『父を騙すー72年目の遺言ー』も面白すぎる!!!と、あっさり体感血圧が上がりきってしまった。

さらに検索ページにも検索候補のキーワードがランダムに表示されるので、試しに「マンガ・アニメ原作」をクリックしてみたところ、検索結果一覧のなかに『舞台「パタリロ!」~霧のロンドン・エアポート~』がドン。「これ、コロナ禍のせいで東京まで観に行けんかったやつ~!!!」と脳みそ沸騰させつつ、ダイジェスト映像と舞台写真を舐めるように拝見した。

複数の演目に加え、当時のエピソードを交えた全情報が網羅!
複数の演目に加え、当時のエピソードを交えた全情報が網羅!

 

約550本もの戯曲データの目録も掲載。その多くは全文読めちゃう!

さらにはEPADにより、一般社団法人日本劇作家協会が収集・デジタル化した約550本もの戯曲データの目録も掲載。同協会が制作したポータルサイト『戯曲デジタルアーカイブ』では(JDTAとは異なる)この目録に掲載されたほとんどの戯曲が無料で閲覧・ダウンロードできるほか、上演許諾の申請先も調べられる。

ここではスクロールで目に留まったクドカン(宮藤官九郎)の『鈍獣』をリンク先で確認し、〈戯曲を読む〉をクリックしたところ、200ページ以上のPDFが開いてエア鼻血! ウッカリ読みふけってしまい、気づけばどっぷりタイムワープ…(バキバキに面白い!)。同じウッカリを寺山修司の『毛皮のマリー』でもやらかしてしまったので、自制心のない人は時間に余裕のあるときにご覧あれ。

 

このJDTA、舞台ファンはもちろん、舞台公演を観たことがない!という人の“はじめの一歩”にも超オススメ。ちょっとの「面白そう」が趣味につながることだってある。英語との2カ国語サイトにもなっているので、海外に友人知人がいらっしゃる方々は、ぜひ自慢してほしい。なお、今年6月21日からは、エンパク館内限定で公演映像を閲覧できるサービスもスタート(事前予約制)。詳しくはエンパクの「映像・デジタルデータ資料の閲覧」ページでご確認を。

エンパクによれば、「劇場に縁遠かった方々にも身近になれば、観劇文化の裾野が広がり、コロナ禍に苦しむ舞台芸術界の活性化と持続的な収益向上に貢献できるのではないかと私たちは考えています」(岡室美奈子館長)。舞台公演は不要不急に括られるモンじゃ決してないので(とある友人は、舞台があるから自分は生きていられると断言していた)、まずは配信視聴からでも盛り上げていきたいし、生の舞台を気軽に観に行けるご時世にも早くなってほしい!

珍獣図鑑(10):アメーバ状からキノコのように変身! だけど菌類じゃなく動物でも植物でもない、不思議でカワイイ単細胞、変形菌

2021年5月18日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第10回目は現役の慶應義塾大学生にして変形菌研究者の増井真那さんに、変形菌の魅力をうかがいました。それではどうぞ。(編集部)


体の形を自由自在に変えられ、別の状態へと変身を繰り返す!?

見るからにネバネバでカラフルな容姿…。まるでスライムでつくったアートのよう(個人の感想)ですが、いったい変形菌って何者なんですか?

 

「名前に菌とついていますが菌類ではなく、かといって動物でも植物でもない、アメーバのなかまである単細胞生物です。体の形を自由自在に変えられ、別の状態へと変身を繰り返しながら生きていく…不思議で美しくてカワイイ、魅力的な生き物だと僕は思っています。そもそも名前に菌とついているのも、昔は菌類とされていたから。今でも日本菌学会で研究が発表されていますが、実は菌類と変形菌は分類学上、めちゃくちゃ遠い関係で、人間と菌類の方がずっと近いんです」

 

おおっと早速、謎の存在! しかしこのビジュアル、世界的な博物学者・南方熊楠御大が研究されていた粘菌とイコールですよね?

 

「そうです。ただ、粘菌って少し古い言い方ですね。粘菌と呼ばれたことのある生き物のうち、真性粘菌が変形菌なんですよ。他にも細胞性粘菌と原生粘菌がいたのですが、それらとは系統的に異なります」

 

なるほど~違うなかまと一緒に括られているから、さらにややこしいことになってるんですね。別の状態への変身ってのは?

 

「じわ~っと形を変えながら活発に動き回るアメーバ状のときは変形体と言われていて、バクテリアなどの微生物を食べてどんどん成長していきます。動きまわるスピードは1時間に1センチぐらい。その変形体が充分に成長すると、キノコのような子実体っていう状態に変身するのですよ」

体の形を変えながら活発に動き回るアメーバ状のイタモジホコリ変形体。「最初に見つけて家に持ち帰ったイタモジホコリは、多様な表情を見せてくれる変形菌の中でもとくに活発で面白い」と増井さん。

体の形を変えながら活発に動き回るアメーバ状のイタモジホコリ変形体。「最初に見つけて家に持ち帰ったイタモジホコリは、多様な表情を見せてくれる変形菌の中でもとくに活発で面白い」と増井さん。

高さ約3~4 ミリのハナハチノスケホコリ子実体。変形体から、キノコのように胞子を作る子実体に変身!

高さ約3~4 ミリのハナハチノスケホコリ子実体。変形体から、キノコのように胞子を作る子実体に変身!

高さ約1.5 ミリのアオモジホコリ子実体。いろいろな形や色があり、宝石のように何とも美しい。

高さ約1.5 ミリのアオモジホコリ子実体。子実体には種によっていろいろな形や色があり、宝石のように何とも美しい。

 

ひと晩のうちに形をガラッと姿を変え、自らが子孫になっていく…。

写真を見てビックリ。変形体の姿と全然違いますやん!

 

「子実体の中には、自らの子孫である胞子がたくさん詰まっているんです。出てきた胞子がパカッと割れると、中から粘菌アメーバという、目に見えないサイズの小さなアメーバが現れます。その粘菌アメーバ2つが接合すると、また変形体に戻るんです。そうやって変身を繰り返している生き物なんですよ」

 

んんん!?ちょっと待って。子孫と言いつつ、変身しちゃってますよね。ということは…。

 

「そうです。人間や動物と違って変形菌の場合、変形体が子孫である子実体に直接変身してしまうので、親の世代が残らないんです」

 

なにそれ、オモシロイ! どれぐらいの期間で子実体に変身するものなんですか?

 

「これも正確に決まっているわけじゃないんですよ。人工環境で飼っていると、ものすごく長く、何年もの間ずっと変形体の状態でいることもあれば、逆にどんどん変身するものもある。ただ、変身するときは、ひと晩のうちに形をガラッと変えてしまうのですよね」

ポテンシャル的には世界最大の生物、だけどたった一つの細胞でもある。

「飼う」って感覚もなんか不思議ですが、そもそも変形菌って、どこにいるものなんでしょうか?

 

「日本中どこでも、われわれが暮らす身近な場所にもいるんですよ。直射日光や乾燥を嫌うので、枯れ葉をめくった下や倒れて朽ちた木や樹皮の裏とか。僕は生まれも育ちも東京ですが、近場の公園や街路樹の落ち葉だまりなんかでも見つかります」

 

なんとまぁ、そんな身近に! まったく気づかずに生きてきました…。

 

「基本的に子実体は2ミリぐらいのものが多いですし、変形体の場合は木や枯れ葉と色が同化してしまっていて、子実体以上に見つけるのが難しい。ただ、変形体は数ミリ、数センチから、時には数メートルにもなることがあるんですよ」

 

えええ、数メートル!?

 

「理論上はどこまででも大きくなれますが、自然の状態でどれぐらい大きく広がっているのかなかなかわからない。ポテンシャル的には世界最大の生物という人もいます。だけど、どんなに大きくなっても、つながってさえいれば、たった一つの細胞なんですよ」

 

どれだけ大きくても単細胞!? 謎めきすぎていて想像力が追いつかないんですが…ともあれ、自然の中から探すのは難しいと。

 

「最初はそうです。ただ、探して、見つけて、見慣れていくうちに、どんどん視界に入ってくるようになってきました。僕独特の探し方として、近づいてみると、変形体特有の匂いがして、このへんにいるってわかるんですよね。どんな匂いっていうのは、うまく説明できないんですが…」

「最初はなかなか見つからなかったけれど、変形菌と目線を合わせながら探していくうちにコツがわかってくるんです」と、落葉から子実体を探す増井さん。

「最初はなかなか見つからなかったけれど、変形菌と目線を合わせながら探していくうちにコツがわかってくるんです」と、落葉から子実体を探す増井さん。

 

全1,000種ほどの約半分が確認されている、日本は超変形菌大国!

こればかりはもう、場数を踏まないとわからない感覚なんでしょうねぇ。しかし、そんなに広く分布してるものなんですね。

 

「胞子は風に乗ったり、破壊しにきた昆虫の体にくっついたりと、いろいろな形で移動していきます。直径が髪の太さの10分の1ぐらいしかないので、一度風に乗ると、ほとんど地面まで落ちてこず、別の大陸に飛んでいくことすらできるんです。高さ的には成層圏あたりまで飛んで行くことも証明されています」

 

そんなにも飛んでしまうのですか! ってことは、その島だけの固有種、みたいなのは?

 

「諸説ありますが、今のところ固有種は存在しないと言われています。そこもすごいところなんですよね。ただ、世界中どこででも全種類が見られるわけではなく、種類によって気温や気候の好みはあって。現在、世界中で約1,000種が確認されているのですが、そのうちの約半分の500種ほどが日本でも確認されています」

 

約半分もいるってすごい! 逆に全部で約1,000種ってのが、少ないような…?

 

「たとえば蝶や蛾のなかまだと十数万種いるものなので、それに比べてものすごく少ないんですよ。しかも、蝶や蛾はそのうち数%しか日本で見られないから、変形菌は約半分も見つかるっていうのもすごくて。暑すぎず寒すぎず、北海道から沖縄まで多様な気候が入り混じっていることに加え、四季があるので、いろいろな種が生きていけるんだと考えます。日本は超変形菌大国なんですよ」

 

そう聞くと、なんだか嬉しいですね。日本の湿度も関係してますか?

 

「それ以上に雨が降ることが重要です。成層圏ぐらいまで舞い上がった胞子がどうやって落ちてくるのか、一番考えられるのは雨。とはいえ、降ればいいってわけでもなくて。以前、マレーシアにあるボルネオ島のジャングルへ行ったのですが、ありふれた1種類ぐらいにしか出会えなかったんです。おそらく雨が降りすぎるせいで、押し流されちゃうんでしょうね」

キノコを襲撃するイタモジホコリ変形体。映像や写真で見ると、変形体は綺麗に広がっていて簡単に見つかりそうなものの、実際に見つけるのは至難の業。

キノコを襲撃するイタモジホコリ変形体。映像や写真で見ると、変形体は綺麗に広がっていて簡単に見つかりそうなものの、実際に見つけるのは至難の業。

 

ピンチを迎えると無敵の第三形態、おせんべいのような“菌核”に。

湿気が好きな変形菌も、大雨には弱いんですね。天敵とかっているのですか?

 

「変形菌を食べる生き物って、キノコムシだったり線虫だったり、ものすごく小さいから食べられてもほとんどダメージがないんですよ。2つに千切れても死んじゃうわけじゃなく、ただ2匹になるだけですしね。一方、子実体もさまざまな虫に食べられますが、胞子が消化されるわけじゃなく、排泄によって、むしろ遠くまで運んでくれることになるからウェルカム。つまり変形菌に天敵はほぼいなくて、強いて言えば山火事など天災の類い。それに変形菌は、生きにくい環境になっても、緊急避難形態である菌核の状態になれば、死なずに生きていけるんです」

 

おおっと、またもや新出単語! まさかの第三形態、菌核とは!?

 

「瑞々しくネバネバした状態の変形体は、温度変化や乾燥に弱いんですけど、ピンチを迎えるとパリパリのおせんべいのような状態、菌核になるんです。日に照らされ続けても、気温が低くても高くても関係なく、水もエサも摂らず何年間も無事でいられます。そうやって、ひたすら環境が良くなるのを待ち続け、雨が降ってきたりすると、固まった絵具が溶け出すかのように変形体に戻れるんです」

高さ約1.5 ミリの サカズキホコリ子実体。 この美しさに魅了されるのに納得。

高さ約1.5 ミリの サカズキホコリ子実体。 この美しさに魅了されるのに納得。

 

テレビで見た変形菌に一目惚れした5歳児が、日本変形菌研究会へ。

見た目はカワイイのに、なんたる強靱さ…。って、変形菌への興味がほとばしりすぎて後回しになっちゃいましたが、同じレベルで不思議なのが、十代にして変形菌界(って言うの?)で活躍している増井さんの存在です。何がどうなってこんなことに?

 

「5歳のときにテレビで見ていた自然番組で変形体が動く映像を目にし、生で見てみたい、飼ってみたいと言い出したのがきっかけです。とはいえ、両親は生き物にはほとんど興味がなかったし、何をどうしていいのかわからないから、どうにか探し出した日本変形菌研究会とコンタクトをとってくれたんですよ。そこには変形菌の第一人者みたいな先生から、好きで探しているアマチュアの人まで集まってきていて。森の歩き方から探し方、研究の進め方まで教えてもらい、育てていただきました」

 

「お家で飼えるものじゃないよ~」とか適当に片付けそうなものを、しかるべき場所に連れて行ってくれたご両親のグッジョブたるや! 飼い方も皆さんに習ったんですか?

 

「そのノウハウはなく、もともと野生の変形体は培養できないと思われていたんです。唯一、モジホコリという変形菌だけが、実験用に培養されてきたんですが、日本の自然環境じゃほぼ見つからない種類で。6歳のときから試行錯誤を重ね、なんとか飼育できるようになりました」

体を動かして進んでいくだけで、表面にある微生物を体内のいたるところが口になっていて、そこから食べ続ける変形菌。栄養として溶かしきれなかったものは全部排泄するというから不思議。

体のいたるところが口のようになっているので、体を動かして進んでいくだけで微生物を食べ続けることができる変形菌。栄養として溶かしきれなかったものは全部排泄するというから不思議。

 

色とりどりの変形体も、子実体になってみないと種類がわからない。

コツコツ手探りだったんですね! って、何をエサにして育ててるんでしょうか?

 

「モジホコリの事例を参考に、オートミールをあげているんですが、変形菌の中で穀物を分解して栄養にできる種類ってものすごく限られているようです。これまでに最低でも10種類以上は長期飼育に成功しているんですが、変形菌って、変形体の状態だと基本的に種類がわからないんですよね」

 

それは意外! カラフルな色で違いがわかるのかと思ったのですが…。

 

「黄色の次によく見るのが白で、あとは赤とか。ここから珍しくなってくるのが、オレンジ、ピンク、紫、青。そもそも変形菌のなかでも子実体しか確認されていないものもあるし、同じ色が同じ種類とも限らないのです。結局、変形体では断定できないんですよ」

 

そうなんですね~わからなくても好みの違いがあるなら、飼育が大変そうですね。

 

「気温も23度ぐらいが好きなのから18度ぐらいが好きなのもいて、温度が1~2度変わると弱ってきたりもするので難しいんです。そうやって頑張って飼っているうちに、種類ごとに動き方や広がり方が違うんじゃないかなど、いろいろ不思議なことが見えてきて。7 歳から実験を始め、気づいたら今までずっと研究していました」

小学6年生の時の集合写真。今まで常時100匹前後を飼育しているという。

小学6年生の時の集合写真。今まで常時100匹前後を飼育しているという。

白色、黄色、赤色…と色鮮やかな変形体。まさにアート!

白色、黄色、赤色…と色鮮やかな変形体。まさにアート!

 

小3で見出した「変形菌の自他認識」というテーマで研究に没頭!

そんな頃から研究を! わが身を振り返ると異次元すぎる少年時代…。

 

「変形体は、2個体がくっついて1個体になることができるんです。小学3年生のとき、変形体同士を試しに出会わせてみたところ、同じ種類でもくっつける相手とくっつけない相手がいることがわかったんですよ。そのことから、自分と他人の区別をどうつけているのか、そもそも変形菌にとって自分と他人ってどんなものなんだろうと興味をもち、以来、『変形菌の自他認識』というテーマで研究を進めています。変形菌はなぜ、どのように自己か非自己かの認識を行っているのか解明し、最終目標は『生き物にとって自己とは何かを理解すること』です」

 

小3でそのテーマを見いだすって、スゴすぎませんか?!

 

「小学生の頃から学会で発表してきて、多彩な分野の研究者をはじめ、いろんな人と出会い、さまざまなことを学ばせてもらいました。研究成果を海外の人に知ってもらうのに英語を学ぼう、データを分析するのに数学の統計を勉強しよう、論文を書くのに国語力を身につけようともしてきました。これも変形菌と出会えたからですね」

 

そんな動機があれば自主的に勉強できるのね! 世の親御さんに勧めたい。研究の成果ってどんな感じなんでしょうか?

 

「これまで変形菌って、相手の体と直接触れて融合できるかどうかを判断する自他認識しか知られなかったんですが、距離が離れていても自他認識できることを発見したんです。2018年、高校2年生のときに、その成果をまとめた論文が国際学術誌に掲載されたんですが、6千数百回以上もダウンロードされていて、研究が少ない分野であるにもかかわらず、論文への引用も増え始めていて嬉しいです」

変形菌を採取して、育てるのは試行錯誤の毎日。残雪から好雪性粘菌(雪の中で生きる変形菌)を探しているところ。

変形菌を採取して、育てるのは毎日が試行錯誤! 残雪から好雪性粘菌(雪の中で生きる変形菌)を探しているところ。

 

大学の研究所で分子の解析も行い、変形菌の謎を解き明かしていく。

見た目には愛くるしい19歳(取材時)なのに、すでに世界へ出て行っているんですね! にしても接触せずに自他認識できるって、どういうこと?!それってテレパシー?!

 

「変形体は体の周りに自ら出した透明な粘液をまとっていて、水に溶けだしたりしたその粘液に触れることで、自他の判断を行っていたんです。その物質が何なのか、遺伝子がどう関わっているのか。今年の後半からは、大学で所属している先端生命科学研究所で分子の解析も行い、明らかにしていくつもりです」

 

なるほど、大学に入ると、そういう研究の仕方もできるのか! そもそも変形菌の研究者って、どれぐらいいるんでしょう?

 

「正直、わかりません。他の生物の研究者と比べると少ないようにも思いますが、けっこうたくさんいる! って感じることもあります。変形菌の研究は、大学などに属さないアマチュア研究者が頑張ってきた歴史がありますし、数学や工学なんかの異分野の研究者が変形菌研究に取り組む例も多いようです」

 

これからドンドン謎が解き明かされていくかと思うと、めちゃくちゃ楽しみですね!

 

「これまで何千時間と観察し、何百もの変形菌と出会ってきましたが、それでも今の行動はなんだったのとかと思うことばかり。知りたいテーマが尽きず、飽きることがないんですよ。普段、目にすることは少なくても、変形菌は身近にいます。変形菌の面白さを一人でも多くの人に知ってもらえたら嬉しいですし、出会ったらぜひ、かわいがってあげてほしいですね」

「変形菌を通じて、生物の研究をされている方や工業の研究をされている方など、さまざまなジャンルの方と出会うことができました。『自己とは何か』を僕一人で考えていても尽きるので、いろんな視点で考えている人と情報を共有できたらと思っています」

「変形菌を通じて、生物の研究をされている方をはじめ、数学や工学、感染症の研究をされている方など、さまざまなジャンルの方と出会うことができました。これからも、『自己とは何か』を僕とは違ういろいろな視点で考えている人と情報を共有できたらと思っています」

【珍獣図鑑 生態メモ】変形菌

動物でも植物でも菌類でもない、アメーバのなかまである単細胞生物。体の形を自由自在に変えるアメーバ状の変形体が、エサを食べ成長していくと、小さいキノコのような子実体に変身。子実体の中に詰まっている胞子から出てきた粘菌アメーバ2つが接合すると、また変形体へと戻る。変形体は分裂や融合も可能で、数ミリから数メートルに及ぶことも。温度変化や乾燥に弱く、環境が悪化すると身を守るため菌核に変化する。

珍獣図鑑(9):日本から35年ぶりに新種エントリー! ゴキブリの概念を覆す美麗種、ルリゴキブリ

2021年3月30日 / 大学の知をのぞく


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第8回目は「ルリゴキブリ×島野智之教授(法政大学)です。それではどうぞ。(編集部)


「ゴキブリの新種発見=要・殺虫剤の開発」!? そんな勘違い炎上も…

2020年11月、日本で35年ぶりにゴキブリの新種が発見されたというニュースは、目にされた方も多いでしょう。それを紹介した殺虫剤などを製造・販売する会社のツイートに対し、とある企業が「嬉しくないニュースですね」「研究よろしくお願いします」といったリプを返して炎上しちゃう騒動もありました。

 

「家の中から、新しい強力なゴキブリが出現したと思われたんでしょう。謝罪までされた当事者の方々には申し訳ない…。ゴキブリたちの代わりにお詫びしたいです。実際、彼らは悠久の時間を森の中でひっそりと、人間に出会わずに生活していたゴキブリ種に過ぎず、それを我々人間が発見し、新種として命名・発表しただけですからね」

 

そう語るのは、法政大学教授の島野智之さん。竜洋昆虫自然観察公園職員の柳澤静磨さんと鹿児島大学准教授の坂巻祥孝さんらとの研究チームで、南西諸島にすむルリゴキブリ属の新種を、日本動物学会の国際誌『ズーロジカル・サイエンス』に記載・発表しました。ルリと聞くと、青くて美しい瑠璃色を想像するんですが…。

 

「日本の南西諸島から東南アジアにかけて分布するルリゴキブリ属のゴキブリは、非常に美しいメタリックブルーの、いわゆる美麗種です。日本では、これまでに石垣島と西表島に生息する通称“ルリゴキ”…ルリゴキブリ 1種のみが知られていましたが、今回、ほかの島で暮らす2種が別種だとわかったんですよ」

 

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ブータン王国に謎のルリゴキブリ追った際の島野先生。こんなヒマラヤの山奥まで…

 

パッと見、1種類だと思った“ルリゴキ”が、実は2つの新種だった!

写真を見ると、まさに瑠璃のような麗しさ! 発表された新種は、これまで知られていた“ルリゴキ”と、どう違ったんでしょう。

(左)新種ゴキブリ1 アカボシルリゴキブリ奄美大島産のオス、(右)新種ゴキブリ2 ウスオビルリゴキブリ 与那国島産のオス。写真提供:竜洋昆虫自然観察公園 柳澤静磨

(左)新種ゴキブリ1 アカボシルリゴキブリ 奄美大島産のオス、(右)新種ゴキブリ2 ウスオビルリゴキブリ 与那国島産のオス。写真提供:竜洋昆虫自然観察公園 柳澤静磨

 

「それぞれオスの成虫がメタリックブルーなのは同じなんですが、記載したうちの1種、『アカボシルリゴキブリ』は、外側のハネにオレンジ色の3つの紋をもち腹部のオレンジ色の部分が鮮やかなことが特徴です。宇治群島家島、トカラ列島悪石島、奄美大島、徳之島に分布していて、全長が12~13mmほど。もう1種の『ウスオビルリゴキブリ』は腹部が紫色で、外側のハネに不明瞭なオレンジ色の帯をもっています。与那国島にのみ生息し、全長が12.5~14.5 mmでした」

 

朱い星(斑点)のあるのがアカボシ、薄い帯のあるのがウスオビとは、なんてわかりやすいネーミング! だけど、なかなかに微妙な違い…。同じ種類の個体差じゃないの?って思っちゃうんですが…。

 

「実はお恥ずかしいことに、最初は1種類だと思って研究を始めたんですが、DNAを解析すると与那国島産のものだけ全然違ったんですね。それでよく形態を見直すと、帯の途切れ方や色味も違っていて、2種に分類できました」

 

なるほど。DNA解析のおかげで、見た目の違いは微妙でも、遺伝子レベルで違う、ということが明らかになったんですね。

 

「DNAに関しては、国立科学博物館の蛭田眞平さんが、ものすごく丁寧な仕事をしてくれたんですよ。普通はCOI遺伝子(シトクロームc オキシダーゼ・サブユニットI )など1つか2つの遺伝子座を使って調べるんですが、今回は5つの遺伝子座を使って解析。新種2種を含むルリゴキブリ属の系統関係を明らかにするために、台湾の先生にも研究チームに入ってもらって調べました。その結果、日本産のルリゴキブリ属3種がそれぞれ別種で、台湾産の種と姉妹群(系統的に近い)を形成することがわかったんです。つまりは南方から南西諸島に侵入した共通の祖先が、それぞれの島で分化したと考えられます」

(左)ルリゴキブリの既知種(ルリゴキブリ)。そして新種がこちら(中央)アカボシルリゴキブリ(右)ウスオビルリゴキブリ。写真提供:竜洋昆虫自然観察公園 柳澤静磨

とんでもないレア種をオス・メス両方GETした、ゴキブリ愛

うーん、興味深い。当然っちゃ当然ですが、見たことないのを見つけたから即、名づけて発表!ってわけにもいかないんですね。

 

「名前をつけるときって、一個体じゃだめなんですよ。変異がありますからね。オス・メスペアで両方、かつできるだけ多くの個体の形態をきちんと観察して、DNA解析できちんと見極めないと、現代の分類学では認められにくい。とはいえ今回の2種は、どちらもレア種で、探すのが大変。オス・メスを同時に採ることは相当、難易度が高いんです」

 

オスとメス、どちらが捕まえづらいとかってあるんでしょうか。

 

「オスは花に寄ってくるので、それを採って見つけたという人はいました。日中の明るいとき、捕虫網ですくうと入ったりする。だけどメスは飛べず、朽ち木などから明るいところに出てこないので、なかなか見つからないんですよ」

 

オスだけ飛び回って、メスは家庭にこもっているとは、なんたる亭主関白! …って、オスも遊びに出てるわけじゃないか…。

 

「同じところにいると遺伝子が均一化してくるので、オスは分布を広げるために、食べられる危険性があっても飛んでいくんです。地域間で交流があったほうが、遺伝子の多様性は保たれますからね。だけどメスは黒っぽい地味な色で、朽ち木などから動かず外敵から身を守っている。そのためとても見つかりづらいんですが、柳澤くんの粘り強い現地調査によって、オス・メスあわせた細かな検討ができました」

どんな昆虫だって魅力的、なのに嫌われてるなんて理不尽の極み…!

モンゴルのゴビ砂漠でヒヨケムシの調査も

モンゴルのゴビ砂漠でヒヨケムシの調査も

 

島野さんの専門はダニ学と原生生物学。目下、取り組まれているのは、節足動物全体の進化だそうだけど、なぜあえてゴキブリの研究を?

 

「虫はなんでも好きなんですが、ひねくれているので、人が好きな虫というより嫌う虫を研究したくなっちゃうんです。虫はみんな魅力があるのに、あまり知られもせず嫌われてるなんて可哀想。ダニの研究もそんな理由からだったんですが、もともと昆虫を研究したかったので、ゴキブリもやってみることに。これまで邪魔者扱いされてきたゴキブリを研究し、発表することで、皆さんにも驚きとともに関心をもってもらえたらなと」

 

自称“ひねくれ生物学者”のひねくれっぷりには、そんな理由があったとは! なんでも「レアな種類に名前をつけたい」と思っていたところ、ちょうどやる気に燃えた柳澤さんとの出会いがあり、共同研究に取りかかったのだそう。なんでも発表までには2年半かかったとか。

 

「少しの個体しか採れなければ、きちんと飼育しないと研究に使えません。ルリゴキは、豊かな森林の中でも、取りたてて良い環境でないと生きていけないんですよ。育てるのはとても難しいんですが、柳澤くんの愛情をもった飼育のおかげで、レア種ながらも卵鞘から成虫までをステージごとに細かく研究し、論文に記載できました。丁寧な採集と、丁寧な飼育と、丁寧なDNA解析があったからこそ、今回の論文発表につながったんです」

気軽に集まれる「ゴキブリ談話会」で、ゴキブリの研究を加速!

そんなゴキブリ愛をもつ島野さんが発起人になり、2020年9月には柳澤さんらと「ゴキブリ談話会」なるグループを発足したんだとか。

 

「ゴキブリの研究って、朝比奈正二郎先生※の業績があまりにも大きくて、35年前にやり尽くされた感があったんですよね。それが最近になって学会で、ゴキブリに興味をもっている若い人って意外にいるよねって話になって。実はみんな好きなんじゃないのと盛り上がり、好きな人たちを集めたら面白いだろうと結成しました」

 

※日本の昆虫学者(1913年‐2010年) 。トンボやムカシトンボ、ゴキブリなどの分類、生態の研究で知られ、国際トンボ学会会長、日本昆虫学会会長、日本衛生動物学会会長、日本動物分類学会会長を歴任。

『「ゴキブリが好きだ!」「ゴキブリに興味がある!」という一般には向けにくい想いをゴキブリ談話会は受け止めます』という言葉が興味深い

『「ゴキブリが好きだ!」「ゴキブリに興味がある!」という一般には向けにくい想いをゴキブリ談話会は受け止めます』という言葉が興味深い

 

主な目的は、ゴキブリに関心をもつ者同士の情報交換や研究交流。気軽に集まれる会をつくることで、誰もが積極的に研究できる一助になれば、と島野さんは設立の趣旨を語ります。

 

「仲間がいると情報交換できて研究が進むし、組織ができるとみんなの目があるから、違法な輸入をしたり、外来種を野外に捨てたりなど、法律や倫理にふれることも防げるはずです。研究成果は論文にして発表されないと意味がありません。35年間、あまり進んでこなかったゴキブリの研究も、仲間をつくることで切磋琢磨しながら深めていければと思っています」

ゴキブリも生態系の一部を担う分解者。要らない生き物なんていない

これからどんどん、謎が解き明かされていくことに期待大! ところでルリゴキがあんなに美しいメタリックブルーな理由って、何なのでしょうか。

 

「それはわかっていませんが、暗いところから動かないメスに見つけてもらうには、派手な色のほうが、都合がいいのかもしれませんね。むしろ黒いイメージがあるから、なぜだろうと思うのであって。ゴキブリも含め、いろんな色や形の生き物がいますしね」

 

言われてみれば確かにそうだ! ゴキブリ=黒いと思い込んでました…。聞けばルリゴキに限らず、ゴキブリたちも実に多種多様(写真で一部ご紹介!)。 ゴキブリのイメージといえば「汚い」一辺倒なのも、気の毒な話ですよねぇ。

 

「ゴキブリといえば、家の中に出て油を舐めるようなイメージでしょうけど、今回で2種増えて59種になった日本のゴキブリのうち、人家を専門にしているのってごくわずかな数種なんですよ。それ以外のゴキブリは森林に生息していて、人間とは関わりのない生活を送っています。彼らは朽ちた木や落ち葉などの有機物を食べて分解し、再び植物の栄養に戻している。それでまた森林が育っていくという、生態系の役割の一部を果たしているんです」

 

害虫だと言われているゴキブリも、自然を守り育てることに貢献しているんですね。

 

「壊していい自然なんてないし、嫌われているからといって要らない生き物なんていませんからね。ゴキブリの多様性については、日本でも海外でも、まだ研究するべきことがたくさんが残っています。それを一つずつ明らかにしていきたいです。生き物たちを守っていくためにも、新しい種や知られざる生態を世に出して、生態系の大切さを考えてほしい。いろんな生き物がいて、みんな機能をもっているのが生物多様性。ゴキブリも大事なものだと、多くの人に知ってもらいたいですね」

【これもゴキブリ!?多種多様なゴキ図鑑】

写真提供:竜洋昆虫自然観察公園 柳澤静磨

【ニジイロゴキブリ】色合いがとてもきれい。メスと幼虫がダンゴムシ状に丸まる。

【グリーンバナナローチ】昔はゴキブリと同じ括りとされていたキリギリス(直翅目)を彷彿させる色味と柔らかさ。堅い虫が好きな島野さんの好みではないらしい。

 

【ドミノローチ】ドミノみたいな白い点々がある。かわいすぎ。

【ヨロイモグラゴキブリ】世界で最も重い種類で、大きいものでは35gほどに。オーストラリアに分布。親子が一緒に生活する亜社会性をもっている。

ヒメマルゴキブリ 外敵から身を守るため、メス成虫と幼虫にはダンゴムシのようにボール状に丸まる習性がある。鹿児島から沖縄にかけて分布。

【ヒメマルゴキブリ】外敵から身を守るため、メス成虫と幼虫にはダンゴムシのようにボール状に丸まる習性がある。鹿児島から沖縄にかけて分布。

オオゴキブリ 島野さんの推しゴキ。森の中で研究していると、よく朽ち木から出てくる、お友だち的存在。

【オオゴキブリ】島野さんの推しゴキ。森の中で研究していると、よく朽ち木から出てくる、お友だち的存在。

キカイホラアナゴキブリ その名のとおり、喜界島の洞穴に暮らす。穴を掘る機械っぽいわけではない。

【キカイホラアナゴキブリ】その名のとおり、喜界島の洞穴に暮らす。穴を掘る機械っぽいわけではない。

クロゴキブリ 都会でおなじみのあいつ。どこから移入してきたかは不明だけど外来種だそう。

【クロゴキブリ】都会でおなじみのあいつ。どこから移入してきたかは不明だけど外来種だそう。

【珍獣図鑑 生態メモ】ルリゴキブリ

日本南西諸島(北限)から東南アジアにかけて分布する、ルリゴキブリ属のゴキブリ。成虫は美しいメタリックブルーの体をもつ。日本では、これまでに石垣島と西表島に生息する1種のみが知られていたが、2020年11月、それぞれオスの成虫が、背面のハネにオレンジ色の3つの紋をもち、腹部のオレンジ色の部分が鮮やかで,宇治群島家島、トカラ列島悪石島、奄美群島奄美大島、徳之島に分布するアカボシルリゴキブリ(全長が12~13mm)と、腹部が紫色で、背面のハネに不明瞭なオレンジ色の帯をもち、八重山列島与那国島にのみ生息するウスオビルリゴキブリ(全長12.5~14.5 mm)の2種の新種として発表された。

珍獣図鑑(8):見た目はクワガタ、暮らしは海、大人は断食…これがウミクワガタの生きる道

2021年1月21日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第8回目は「ウミクワガタ×太田 悠造 学芸員(鳥取県立山陰海岸ジオパーク海と大地の自然館)です。それではどうぞ。(編集部)


ダンゴムシの仲間だけど、オスの成体はまんまクワガタムシ

ミナミシカツノウミクワガタ

ミナミシカツノウミクワガタ

ウミクワガタ=海のクワガタ…そんなド直球なイメージで泳いでいるクワガタを想像したけど、写真を見てビックリ。色以外ほぼ正解ですやん! なにこれ、溺れないの? と心配になっちゃうほどクワガタなんですが…いったい何者なんですか?

 

「ダンゴムシやワラジムシ、オオグソクムシらと同じく、甲殻類の等脚目に含まれる生き物です。その名のとおり、オスの成体は昆虫のクワガタムシに似た大顎をもっています。とはいえ大きくても2cmあったらめちゃくちゃでかい部類で、たいがいが2~3mm。非常に小さいんです。等脚目はまるっとしたグループが多く、ウミクワガタもメスはダンゴムシのようにまるっこい。幼生も成体とは全く違う形態なんですよ」

ソメワケウミクワガタ。一番左、オスの頭部はクワガタムシそっくりである。真ん中はメスの成体。右は幼生の姿

ソメワケウミクワガタ。一番左、オスの頭部はクワガタムシそっくりである。真ん中はメスの成体。右は幼生の姿

ソロ写真ではわからなかったけれど、サイズは本家(クワガタムシ)と全然違うんですね。なんでオスの成体だけ、クワガタチックな大顎ができちゃったんでしょうか?

 

「大顎の意義は昔から議論されているものの、それを自然下で使っている目撃例は報告されていなくて。今のところ一番有力な説は、外敵から身を守ること。ウミクワガタは、成体になると海綿や岩の中に棲みますが、巣穴の入口付近でオスが一匹、顎を外に向けて鎮座しているんです。これは中にいるメスを守っているんじゃないかと考えられています」

 

なるほど。だけどクワガタムシならオス同士、メスをめぐって大顎でケンカをしますよね。そういう使い方の可能性は?

 

「あると思いますよ。複数のオスを一緒に飼育していると、カラダがバラバラになっているといったように、明らかに大顎でケンカしたであろう状況は見られるので。甲殻類の多くは、カニのように歩行用の脚の一部が発達してハサミになり、それを武器としていますが、ウミクワガタは甲殻類の仲間なのに、咀嚼する大顎が武器になった点で、かなり特異的。どのようにして進化していったかも大きな研究テーマです」

昆虫少年が海の生物に興味をもった結果のマッチング

実はまだあまり調査されていないというウミクワガタ。そもそも太田さんが研究を始められたきっかけは、なんだったんでしょう。

 

「昆虫少年だったんですよ。大学(琉球大学 理学部 生物系)に進学してからも虫採りは続けていたんですが、研究はもう少し知られていないものをやろうと、海の無脊椎動物の研究室へ。講義を聴き、その未解明さに惹かれたんですよね。そこで研究室の先生に虫好きだという話をしたところ、教えてもらったのがウミクワガタでした」

 

もともとクワガタありきだったとは、なんだか合点がいきました。でも研究が進んでいないってことは、生息エリアが限られていたり、数が少なかったりするのでは? 沖縄でも見つかるものだったんでしょうか。

 

「極地から熱帯まで世界中に棲んでいて、珍しい生き物ではないんですが、相当小さくて海でも岩の穴の中などに隠れているので、全然見つからないんですよね。そのせいもあり、世界的に研究者が少なくて…。僕も最初、岩などを真水で洗い流して探していたんですが、見つけるのに半年ぐらいかかりました。だけどあるとき、魚がたくさんいる珊瑚礁で探したらすぐに見つかったことがあって、しかもそれが新種だったんですよ」

 

なんと! そんな早々に新種が見つかるなんて、夢がある!

 

「以降もなかなか出なかったんですが、珊瑚礁のなかでもポツンとあるような、魚の多い岩場では見つかることが多いとわかってきて。その後、干潟でウミクワガタが大量に入っている海綿を発見。行ったら確実に何百匹もとれる場所だったので、そこで見つけたウミクワガタの生態を研究して卒論にしました」

ウミクワガタをソーティング(選り分け)する太田さん

ウミクワガタをソーティング(選り分け)する太田さん

「ドロホリ」「トンボ」…ウミクワガタの新種を、特徴そのままに命名!

そんな発展途上なら、新発見もたくさんありそうですね。アッと驚くようなことってありました?

 

「かなり多いですよ。沖縄ってマングローブの干潟がたくさんあるんですが、下が泥地になっていて、水が流れると削れて壁みたいになるんです。その泥の壁を割ったら、ウミクワガタが大量に入っている巣穴を見つけたんです。ヨーロッパの報告で、そういう生活をする種類がいると知り、似たような環境だなと思って探してみたら本当にいて。ほぼ淡水の汽水域だし、干潮になると完全に干上がる環境なのに、暮らせていたんだとビックリしました」

 

へぇぇ、海水でしか暮らせない、ってわけじゃなかったんですね。

 

「しかも調べたところ、それも新種だとわかりさらに驚きました。ほかのウミクワガタより大顎が小さく、脚がガッチリしていて泳げない。泥を掘って巣穴をつくるのが特徴的だったので、ドロホリウミクワガタという和名をつけました」

 

なんてわかりやすいネーミング! ていうか種類によって、大顎が小さかったりもするんですか。

 

「ほとんどがしっかりとした大顎をもっていて、頭が四角くクワガタっぽいんですが、調べていくと変なやつも出てくるんですよ。複眼が頭の大半を占めていて頭が丸く、大顎がちょろっとしか出ていないトンボのようなやつが沖縄で発見され、東海大学の田中克彦先生が新種として報告されました。その和名を私がつけたのですが、見たまんま、トンボウミクワガタと名づけました」

ドロホリウミクワガタの巣穴

ドロホリウミクワガタの巣穴

トンボウミクワガタ

トンボウミクワガタ

幼生のときに蓄えたエネルギーだけで成体は生き延びる

クワガタにトンボまで乗っかってくるとは、ややこし面白い。聞けば現在210種類ほど見つかっているうちの、まだ名前のついていない種類も入れて40種類近くは太田さんが発見されたんだとか。調査を始められたのが2004年なのに…そないポンポン見つかるものなんですか?

 

「幼生は魚の寄生虫なので、魚をつかまえて探すと、魚のエラや表面に幼生がついていることがあるんですよ。サメやエイをとってくると、結構な確率で何十匹とついてくる。とはいえ幼生の状態だと種類がわからないので、脱皮して成体になるまで水槽で保管します。この手法は2000年代から使われ始め、日本では僕、あとはオーストラリアと南アフリカの研究者が行っているんですが、おかげで研究が飛躍的に進むようになりました」

 

人気が出そうなビジュアルなのに、それほど未開の生物だったとは…。って危うくスルーしそうになりましたが、幼生は魚の寄生虫ですと!?

 

「魚にくっつき血を吸うとダニのように体が膨らみ、ギチギチに膨らむとマダニなどと同じくポロッと離れ落ちるんです。そこから泳いで、海底の海綿や岩の小さな穴などに入って脱皮するサイクルを繰り返します。そして3度目の脱皮で成体になると姿がガラリと変わり繁殖をする。成体になって以降は、幼生のときに吸った魚の体液だけを残りの生活のエネルギーとして使い、何も食べません。だから口を解剖しても、咀嚼器官が全くないんです」

海の甲殻類と陸の昆虫とで、なぜこれほど似たのか明らかにしたい

なんたる生活史! 若いうちに散々ヤンチャをして結婚したら落ち着く的な? いやでも何も食べんとは、落ち着くにもほどがあるけど…。幼生が寄生するのは、先ほどおっしゃってたサメとかエイとかだけなんですか?

 

「寄生される魚は何百種にも上ります。硬骨魚類も軟骨魚類もいて、ギンザメやシーラカンスなど珍しい魚からも見つかっています。ウミクワガタは2~3mmぐらいがほとんどだと言いましたが、軟骨魚類に寄生する種類は、1cmを超える種類のものが多いんですよ」

 

んんん? 寄生する魚類によって大きさが変わるんですか。それはまた、どうしてでしょう。

 

「大きな寄生虫ほど目立つため、それらを餌にするクリーナーフィッシュに食べられやすいんですが、軟骨魚類への寄生って、ほとんどがエラの中なんですよね。よく開く硬骨魚類のエラとは違い、エイなどの軟骨魚類のエラは解剖しなければ完全に開けないような構造。そのすごく奥まで入り込むから、捕食されることなく長く寄生できるんです。硬骨魚類への寄生はせいぜい1日足らずですが、軟骨魚類には何日も寄生している。その間、大きくなれるよう進化したのではと考えています」

 

なるほど、進化って不思議です。ウミクワガタが今の形になったのも、進化の過程で何かあったってことなんですかねぇ。

 

「海の甲殻類と陸の昆虫とで、明らかな収れん(近しい形質もつ方向への進化)が生じているのは非常に興味深いことです。それらを解明するのが研究の魅力だと思っています。系統分類学的な面はもちろん、宿主の利用の仕方など、生態学的な面からもウミクワガタの謎を明らかにしていきたいですね」

 

【珍獣図鑑 生態メモ】ウミクワガタ

ソメワケウミクワガタ。一番左、オスの頭部はクワガタムシそっくりである。真ん中はメスの成体。右は幼生の姿

甲殻類の等脚目に含まれ、全長は概ね2~3mm。オスの成体は昆虫のクワガタムシに似た大顎をもち、それを武器として使用していると考えられる。極地から熱帯まで世界中に生息し、現在確認されている種類は210種ほど。幼生は魚類への寄生と脱皮を繰り返し、三度目の脱皮で全く形態の異なる成体へと変態する。

 

珍獣図鑑(7):成体≒卵巣? 甲殻類に寄生しメス化させちゃう甲殻類、フクロムシの美学

2020年12月15日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第7回目は「フクロムシ×吉田隆太特任助教(お茶の水女子大学 湾岸生物教育研究センター)」です。それではどうぞ。(編集部)


 

お話を伺った吉田さんが調査地とする、館山市沖ノ島の北西にひろがる磯環境。美しい青空

お話を伺った吉田さんが調査地とする、館山市沖ノ島の北西にひろがる磯環境。美しい青空

我が身の組織を宿主に流し込み、栄養分をゴッソリ奪取

「フクロムシ」という名前から、頑張って袋状の昆虫を思い浮かべようとしたけれど、想像力の限界。パンパンに膨らんだマダニっぽいやつしか浮かばなかったんですが…って、そもそも昆虫なのかしら。

 

「フクロムシは甲殻類に寄生する甲殻類で、推定では世界に300種ほど。とくにカニに寄生する種類が多く、ほかにもヤドカリやシャコに寄生するものもいます。名前のとおり巾着袋みたいな袋型をしていて、生息域のメインは海。波打ち際から深海まで、宿主がいる幅広い海域で暮らしています」

 

甲殻類に寄生する甲殻類!? しかも袋型でカニにくっついてる…この時点で、七福神の布袋さんカニver.が現れたものの(脳内に)、ハサミで小粋に抱えられているわけじゃないですよね?

 

「袋はカニのお腹の部分に位置していて、見た目はカニの卵のようです。実はこの部分が生殖器官で、大部分を占めるのが卵巣。卵巣の周りを包む膜の間で産卵した卵を育て、孵化した幼生が海中へと飛びだしていきます」

カニに寄生したフクロムシ。お腹の黄色いカズノコのようなものがフクロムシ(の卵が詰まった生殖器官)。右下の白い線=スケールバーは10mm

カニに寄生したフクロムシ。お腹の黄色いカズノコのようなものがフクロムシ(の卵が詰まった生殖器官)。右下の白い線=スケールバーは10mm

 

おっと、これはもう早々にパニック! 写真を見て卵っぽさには納得したものの、これってどういう状態なんだか…。

 

「孵化した時点では、ノープリウス幼生といって、脚が三対ある典型的な甲殻類の幼生と変わらない形態なんですよ。それが数回脱皮をすると、フジツボの幼生と同じく、米粒みたいな形のキプリス幼生に変態します。キプリス幼生が宿主にくっつき、宿主の表面で一度変態し、注射針のようなものをだします。その注射針を宿主に差し込み、自分の体の組織を流し込むんです[文献1]」

 

いや、変態にもほどがある! 組織を流し込むって???

 

「線虫みたいなものが入り込むイメージですかね。もっていた殻は脱ぎ捨て、宿主の体内に根っこのようなものを張って、消化器官に取りつき、栄養分をもらって生きていきます。そしてある程度大きくなったら、宿主の体外に生殖器官を出すんです」

孵化したころは甲殻類に典型的なノープリウス幼生(左)。しかしやがてキプリス幼生(右)に変態し、寄生し始める

孵化したころは甲殻類に典型的なノープリウス幼生(左)。しかしやがてキプリス幼生(右)に変態し、寄生し始める

 

ちなみにフクロムシはフジツボの仲間。写真はクロフジツボ

ちなみにフクロムシはフジツボの仲間。写真はクロフジツボ

生殖巣を破壊して不能にし、卵を守り育てるオスへと調教?

幼生の姿はちゃんと甲殻類っぽいのに…そこからはもう、生き物かどうかも謎な姿に…。しかしながら、袋の部分が卵巣ってことはメスですよね。オスはどう生きて、どうやって受精するんでしょ。

 

「メスの袋の中に、オスが入り込むための“部屋”(レセプタクル receptacle)があるんですよ。オスは幼生の状態で寄って来て部屋の中で変態し、精細胞のようになります。一方で袋もどんどん発達し、放精と抱卵が繰り返され、幼生が海へと放たれていくんです。オスが小さい生物は割と多くいますが、これほど極端に形を変える例は特殊でしょう。立派に成熟したフクロムシのメスでも“部屋”自体が空になっていることを見かけるので、それがオスの寿命ではないかと推測しています」

 

うわぁ、なんだか切ない話…。そういえば、寄生先の宿主の性別は決まっているんですか?

 

「宿主はオス・メス問いません。カニの場合、卵を抱えやすいようメスのお腹が幅広いんですが、フクロムシに寄生されたオスは三角形だったお腹がだんだん広くなり、メスっぽく形を変えられてしまうんですよ。よく“メス化する”と表現されますが、オスでも自分の卵のように世話をするんです。精巣を破壊することで雄性ホルモンが分泌されなくなり、結果的にメスのような形態や行動に結びついているのかもしれません」

 

えええ、生殖巣を破壊する!?

 

「“寄生去勢”と表現されるように、機能を停止させ不能の状態にしてしまうんです。生き物が生殖巣に与えるエネルギーをすべて、フクロムシの繁殖のために回す目的があるのではと言われています」

ヤドカリに寄生するフクロムシを宿主から取り出した様子。緑色が宿主体内にある“根”の部分、オレンジ色が卵の詰まった生殖器官。スケールバーは10mm

ヤドカリに寄生するフクロムシを宿主から取り出した様子。緑色が宿主体内にある“根”の部分、オレンジ色が卵の詰まった生殖器官。スケールバーは10mm

親からもらった栄養だけで、宿主に辿り着くまで生き永らえる…

なんたる乗っ取り行為! いや、見事な生存戦略! あからさまに子孫を残すことだけに特化した寄生っぷりが、かっこよく思えてきました。

 

「寄生したら、生殖器官と栄養を吸収する器官以外、何もない。酵素で分解された栄養を吸収するので、消化器官すらありませんからね。宿主が繁殖するために得た栄養分を、いかに自分たちに行きわたらせるか…そのための器官を発達させることに専念しているかのようです」

 

うーん、なんだかとってもストイック! 逆にフクロムシの天敵は、宿主をエサとする生き物ってことになるんですかね。

 

「それに加えて、フクロムシに寄生する生き物もいるんですよ。大きいものだと、ダンゴムシの仲間である等脚目のカクレヤドリムシ類がその一つですが、寄生率はものすごく低いです」

 

ほへぇ~。自分たちが寄生するだけじゃなかったのか…。

 

「フクロムシも、必ず寄生できるわけではありません。甲殻類はきれい好きで、常に表面をグルーミングしてるから、寄生しづらいんですよ。そんななか、脱皮直後の体は柔らかく、じっとしていないと固まらないので、その時期に寄生するんじゃないかと言われています」

 

なるほど、最適なタイミングがあるんですね。そうやって寄生するまでの間は、フクロムシも普通にエサをとるんでしょうか?

 

「幼生時代は、いっさいごはんを食べませんね。そもそも口もなく、親からもらった栄養だけで、宿主に辿り着くまで生き永らえます」

 

これまたすごい! 宿主から根こそぎ栄養分を吸収しようとするのも納得です。フクロムシに寄生された甲殻類が食卓に並ぶ…なんてこともあり得ます?

 

「タラバガニに寄生している例なんかは、ロシアからの報告がありますね。あとはワタリガニとか。シンガポールなどでチリクラブの材料として有名なノコギリガザミの仲間といった大きなカニに寄生し、問題視されている例もあります。中国のほうでは、チュウゴクモクズガニ(上海ガニ)の養殖場で流行ったらどうしようと心配する声もあります[文献2]。シャコにつくこともあり得ますが、見つけると相当珍しいレベルです。日本でのチェックをかいくぐることはほとんどないでしょうが、そもそも食べても全然大丈夫なので心配は要りませんよ」

研究対象のヤドカリに寄生していたフクロムシが、まさかの新種!

聴けば聴くほど不思議な生き物ですが、存在自体は珍しいわけではないようで。とはいえ海と縁遠ければ出会う機会もないし…そもそもフクロムシに関心を持たれたきっかけは?

 

「琉球大学での卒業研究でヤドカリの繁殖時期を調べようとしていたとき、お腹にタラコのようなものがついているのを見つけたんです。先生に訊ね、フクロムシだと教えてもらって。本やインターネットで調べたら、生き様がすごかったので気に入りました。それから研究を始め、例のフクロムシが新種だったこともわかりました」

 

なんたる奇跡! 初めて出会ったフクロムシが新種だったなんて!

 

「実はヤドカリに寄生しているフクロムシは全然研究されていなかったんです。ちょっと変わっているなと調べてみたら、まだ未記載種であることが結構ありますよ。それでも特徴をとらえきれないものもあって。外見で種類を見分けるのが難しいんですよね」

 

ヤドカリのお腹にいる赤いものが、吉田さんが発見し新種記載したフクロムシ。学名はDipterosaccus shiinoi。スケールバーは10mm

ヤドカリのお腹にいる赤いものが、吉田さんが発見し新種記載したフクロムシ。学名はDipterosaccus shiinoi。スケールバーは10mm

 

おっしゃる通り、タラコにしか見えませんもんねぇ。そこにどんな違いがあるのか、素人には見当もつきません。当時は甲殻類を専門とする先生にアドバイスをもらったり、その分類手法を参考にしたりしていたそうですが…。

 

「解剖をして顕微鏡で限られた構造を見ると、些細なところが違ったりします。それをもとに、先行の研究論文を参考にしながら見分けるんですが、トゲがあるかないかなどの判別も、これをトゲと見ていいのか、これを長いと見ていいのかといった細かさなので、ずいぶん悩まされました。甲殻類でいう外骨格の殻がなく、すごく柔軟に袋を動かせるから、その形がどうだっていう議論もできないんですよね」

 

そんななか、一筋の光明となったのが、仲間としては全然違う“柔らかい生き物”の研究手法だったんだとか。

 

「イソギンチャクなどの柔らかい生き物だと、中の筋肉がどう走っているかといった特徴などから分類することが多いので、そのへんを参考にすると格段にわかりやすくなっていきました。薄く切って断面を顕微鏡で観察すると、中の細かい組織が内臓とどうくっついているかなどの違いがわかったり。そういった積み重ねが、新種の発見にもつながっていきました」

生き様がドラマチックな寄生虫のなかでも、とりわけ不思議で面白い。

これまでに吉田さんが発見された新種は4種。微細な違いから分類を進めつつも、フクロムシの構造が生き方にどう関わっているのかは、まだまだ謎だらけだそうです。

 

「たとえば、卵を抱え込むのにヒダのようなものを伸ばしている種類がいるんですが、これは卵がむやみに外に出ないようにするためなのかなとか、表面積を増やすことで卵に新鮮な海水を行きわたらせやすくしているのかなとか、想像しながら観察はしていますが、実情はわからないんですよね」

 

フクロムシが学術的に発見されたのは1836年のこと。1906年にフクロムシだけをまとめた書籍が発行されたものの、現在もフクロムシをメインにしている研究者はわずか数人。

 

「寄生虫全般そうですが、生活史がとてもドラマチックでしょう。僕らでは想像できない世界が広がっている。なかでもフクロムシは、寄生するためにここまで形を変えられているのも魅力です。不思議な生き物で面白いし、海辺では珍しくないんですが、研究する人が少ないんですよね。だからまずは自分のいる千葉の沿岸域で見られるフクロムシがどういう種類なのかを、はっきりさせていきたい。自分たちの扱っているフクロムシがどういう正体なのか、はっきりさせていければ、研究が盛り上がるんじゃないかと期待しています」

 

作業中の吉田さん。海底の砂泥を採集し、そのなかの生き物を探しているところ

作業中の吉田さん。海底の砂泥を採集し、そのなかの生き物を探しているところ

 

【珍獣図鑑 生態メモ】フクロムシ

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他の甲殻類に寄生する甲殻類で、世界に300種ほど存在。幅広い海域に暮らし、とくにカニに寄生する種類が多い。フジツボと同じ蔓脚下綱に属し、ノープリウス幼生からキプリス幼生へと変態するが、寄生するメスの成体は袋状となる。宿主の腹部から体内に侵入して栄養分を吸収し、体外にほぼ卵巣が占められた生殖器官を出し、オスを取り込んで放精と抱卵を繰り返す。孵化した幼生が海中へと飛びだし、新たな宿主に寄生する。

 

参考文献

[1] Glenner, H., and  Høeg, J.T. 1995. A new motile, multicellular stage involved in host invasion by parasitic barnacles (Rhizocephala). Nature, 377: 147-150.

[2] Li, H., Yan, Y., Yu, X., Miao, S., Wang, Y. 2011. Occurrence and effects of the rhizocephalan parasite, Polyascus gregarius, in the Chinese mitten crab, Eriocheir sinensis, cultured in a freshwater pond, China. Journal  of the World Aquaculture Society, 42: 354-363.

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