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珍獣図鑑(7):成体≒卵巣? 甲殻類に寄生しメス化させちゃう甲殻類、フクロムシの美学

2020年12月15日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第7回目は「フクロムシ×吉田隆太特任助教(お茶の水女子大学 湾岸生物教育研究センター)」です。それではどうぞ。(編集部)


 

お話を伺った吉田さんが調査地とする、館山市沖ノ島の北西にひろがる磯環境。美しい青空

お話を伺った吉田さんが調査地とする、館山市沖ノ島の北西にひろがる磯環境。美しい青空

我が身の組織を宿主に流し込み、栄養分をゴッソリ奪取

「フクロムシ」という名前から、頑張って袋状の昆虫を思い浮かべようとしたけれど、想像力の限界。パンパンに膨らんだマダニっぽいやつしか浮かばなかったんですが…って、そもそも昆虫なのかしら。

 

「フクロムシは甲殻類に寄生する甲殻類で、推定では世界に300種ほど。とくにカニに寄生する種類が多く、ほかにもヤドカリやシャコに寄生するものもいます。名前のとおり巾着袋みたいな袋型をしていて、生息域のメインは海。波打ち際から深海まで、宿主がいる幅広い海域で暮らしています」

 

甲殻類に寄生する甲殻類!? しかも袋型でカニにくっついてる…この時点で、七福神の布袋さんカニver.が現れたものの(脳内に)、ハサミで小粋に抱えられているわけじゃないですよね?

 

「袋はカニのお腹の部分に位置していて、見た目はカニの卵のようです。実はこの部分が生殖器官で、大部分を占めるのが卵巣。卵巣の周りを包む膜の間で産卵した卵を育て、孵化した幼生が海中へと飛びだしていきます」

カニに寄生したフクロムシ。お腹の黄色いカズノコのようなものがフクロムシ(の卵が詰まった生殖器官)。右下の白い線=スケールバーは10mm

カニに寄生したフクロムシ。お腹の黄色いカズノコのようなものがフクロムシ(の卵が詰まった生殖器官)。右下の白い線=スケールバーは10mm

 

おっと、これはもう早々にパニック! 写真を見て卵っぽさには納得したものの、これってどういう状態なんだか…。

 

「孵化した時点では、ノープリウス幼生といって、脚が三対ある典型的な甲殻類の幼生と変わらない形態なんですよ。それが数回脱皮をすると、フジツボの幼生と同じく、米粒みたいな形のキプリス幼生に変態します。キプリス幼生が宿主にくっつき、宿主の表面で一度変態し、注射針のようなものをだします。その注射針を宿主に差し込み、自分の体の組織を流し込むんです[文献1]」

 

いや、変態にもほどがある! 組織を流し込むって???

 

「線虫みたいなものが入り込むイメージですかね。もっていた殻は脱ぎ捨て、宿主の体内に根っこのようなものを張って、消化器官に取りつき、栄養分をもらって生きていきます。そしてある程度大きくなったら、宿主の体外に生殖器官を出すんです」

孵化したころは甲殻類に典型的なノープリウス幼生(左)。しかしやがてキプリス幼生(右)に変態し、寄生し始める

孵化したころは甲殻類に典型的なノープリウス幼生(左)。しかしやがてキプリス幼生(右)に変態し、寄生し始める

 

ちなみにフクロムシはフジツボの仲間。写真はクロフジツボ

ちなみにフクロムシはフジツボの仲間。写真はクロフジツボ

生殖巣を破壊して不能にし、卵を守り育てるオスへと調教?

幼生の姿はちゃんと甲殻類っぽいのに…そこからはもう、生き物かどうかも謎な姿に…。しかしながら、袋の部分が卵巣ってことはメスですよね。オスはどう生きて、どうやって受精するんでしょ。

 

「メスの袋の中に、オスが入り込むための“部屋”(レセプタクル receptacle)があるんですよ。オスは幼生の状態で寄って来て部屋の中で変態し、精細胞のようになります。一方で袋もどんどん発達し、放精と抱卵が繰り返され、幼生が海へと放たれていくんです。オスが小さい生物は割と多くいますが、これほど極端に形を変える例は特殊でしょう。立派に成熟したフクロムシのメスでも“部屋”自体が空になっていることを見かけるので、それがオスの寿命ではないかと推測しています」

 

うわぁ、なんだか切ない話…。そういえば、寄生先の宿主の性別は決まっているんですか?

 

「宿主はオス・メス問いません。カニの場合、卵を抱えやすいようメスのお腹が幅広いんですが、フクロムシに寄生されたオスは三角形だったお腹がだんだん広くなり、メスっぽく形を変えられてしまうんですよ。よく“メス化する”と表現されますが、オスでも自分の卵のように世話をするんです。精巣を破壊することで雄性ホルモンが分泌されなくなり、結果的にメスのような形態や行動に結びついているのかもしれません」

 

えええ、生殖巣を破壊する!?

 

「“寄生去勢”と表現されるように、機能を停止させ不能の状態にしてしまうんです。生き物が生殖巣に与えるエネルギーをすべて、フクロムシの繁殖のために回す目的があるのではと言われています」

ヤドカリに寄生するフクロムシを宿主から取り出した様子。緑色が宿主体内にある“根”の部分、オレンジ色が卵の詰まった生殖器官。スケールバーは10mm

ヤドカリに寄生するフクロムシを宿主から取り出した様子。緑色が宿主体内にある“根”の部分、オレンジ色が卵の詰まった生殖器官。スケールバーは10mm

親からもらった栄養だけで、宿主に辿り着くまで生き永らえる…

なんたる乗っ取り行為! いや、見事な生存戦略! あからさまに子孫を残すことだけに特化した寄生っぷりが、かっこよく思えてきました。

 

「寄生したら、生殖器官と栄養を吸収する器官以外、何もない。酵素で分解された栄養を吸収するので、消化器官すらありませんからね。宿主が繁殖するために得た栄養分を、いかに自分たちに行きわたらせるか…そのための器官を発達させることに専念しているかのようです」

 

うーん、なんだかとってもストイック! 逆にフクロムシの天敵は、宿主をエサとする生き物ってことになるんですかね。

 

「それに加えて、フクロムシに寄生する生き物もいるんですよ。大きいものだと、ダンゴムシの仲間である等脚目のカクレヤドリムシ類がその一つですが、寄生率はものすごく低いです」

 

ほへぇ~。自分たちが寄生するだけじゃなかったのか…。

 

「フクロムシも、必ず寄生できるわけではありません。甲殻類はきれい好きで、常に表面をグルーミングしてるから、寄生しづらいんですよ。そんななか、脱皮直後の体は柔らかく、じっとしていないと固まらないので、その時期に寄生するんじゃないかと言われています」

 

なるほど、最適なタイミングがあるんですね。そうやって寄生するまでの間は、フクロムシも普通にエサをとるんでしょうか?

 

「幼生時代は、いっさいごはんを食べませんね。そもそも口もなく、親からもらった栄養だけで、宿主に辿り着くまで生き永らえます」

 

これまたすごい! 宿主から根こそぎ栄養分を吸収しようとするのも納得です。フクロムシに寄生された甲殻類が食卓に並ぶ…なんてこともあり得ます?

 

「タラバガニに寄生している例なんかは、ロシアからの報告がありますね。あとはワタリガニとか。シンガポールなどでチリクラブの材料として有名なノコギリガザミの仲間といった大きなカニに寄生し、問題視されている例もあります。中国のほうでは、チュウゴクモクズガニ(上海ガニ)の養殖場で流行ったらどうしようと心配する声もあります[文献2]。シャコにつくこともあり得ますが、見つけると相当珍しいレベルです。日本でのチェックをかいくぐることはほとんどないでしょうが、そもそも食べても全然大丈夫なので心配は要りませんよ」

研究対象のヤドカリに寄生していたフクロムシが、まさかの新種!

聴けば聴くほど不思議な生き物ですが、存在自体は珍しいわけではないようで。とはいえ海と縁遠ければ出会う機会もないし…そもそもフクロムシに関心を持たれたきっかけは?

 

「琉球大学での卒業研究でヤドカリの繁殖時期を調べようとしていたとき、お腹にタラコのようなものがついているのを見つけたんです。先生に訊ね、フクロムシだと教えてもらって。本やインターネットで調べたら、生き様がすごかったので気に入りました。それから研究を始め、例のフクロムシが新種だったこともわかりました」

 

なんたる奇跡! 初めて出会ったフクロムシが新種だったなんて!

 

「実はヤドカリに寄生しているフクロムシは全然研究されていなかったんです。ちょっと変わっているなと調べてみたら、まだ未記載種であることが結構ありますよ。それでも特徴をとらえきれないものもあって。外見で種類を見分けるのが難しいんですよね」

 

ヤドカリのお腹にいる赤いものが、吉田さんが発見し新種記載したフクロムシ。学名はDipterosaccus shiinoi。スケールバーは10mm

ヤドカリのお腹にいる赤いものが、吉田さんが発見し新種記載したフクロムシ。学名はDipterosaccus shiinoi。スケールバーは10mm

 

おっしゃる通り、タラコにしか見えませんもんねぇ。そこにどんな違いがあるのか、素人には見当もつきません。当時は甲殻類を専門とする先生にアドバイスをもらったり、その分類手法を参考にしたりしていたそうですが…。

 

「解剖をして顕微鏡で限られた構造を見ると、些細なところが違ったりします。それをもとに、先行の研究論文を参考にしながら見分けるんですが、トゲがあるかないかなどの判別も、これをトゲと見ていいのか、これを長いと見ていいのかといった細かさなので、ずいぶん悩まされました。甲殻類でいう外骨格の殻がなく、すごく柔軟に袋を動かせるから、その形がどうだっていう議論もできないんですよね」

 

そんななか、一筋の光明となったのが、仲間としては全然違う“柔らかい生き物”の研究手法だったんだとか。

 

「イソギンチャクなどの柔らかい生き物だと、中の筋肉がどう走っているかといった特徴などから分類することが多いので、そのへんを参考にすると格段にわかりやすくなっていきました。薄く切って断面を顕微鏡で観察すると、中の細かい組織が内臓とどうくっついているかなどの違いがわかったり。そういった積み重ねが、新種の発見にもつながっていきました」

生き様がドラマチックな寄生虫のなかでも、とりわけ不思議で面白い。

これまでに吉田さんが発見された新種は4種。微細な違いから分類を進めつつも、フクロムシの構造が生き方にどう関わっているのかは、まだまだ謎だらけだそうです。

 

「たとえば、卵を抱え込むのにヒダのようなものを伸ばしている種類がいるんですが、これは卵がむやみに外に出ないようにするためなのかなとか、表面積を増やすことで卵に新鮮な海水を行きわたらせやすくしているのかなとか、想像しながら観察はしていますが、実情はわからないんですよね」

 

フクロムシが学術的に発見されたのは1836年のこと。1906年にフクロムシだけをまとめた書籍が発行されたものの、現在もフクロムシをメインにしている研究者はわずか数人。

 

「寄生虫全般そうですが、生活史がとてもドラマチックでしょう。僕らでは想像できない世界が広がっている。なかでもフクロムシは、寄生するためにここまで形を変えられているのも魅力です。不思議な生き物で面白いし、海辺では珍しくないんですが、研究する人が少ないんですよね。だからまずは自分のいる千葉の沿岸域で見られるフクロムシがどういう種類なのかを、はっきりさせていきたい。自分たちの扱っているフクロムシがどういう正体なのか、はっきりさせていければ、研究が盛り上がるんじゃないかと期待しています」

 

作業中の吉田さん。海底の砂泥を採集し、そのなかの生き物を探しているところ

作業中の吉田さん。海底の砂泥を採集し、そのなかの生き物を探しているところ

 

【珍獣図鑑 生態メモ】フクロムシ

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他の甲殻類に寄生する甲殻類で、世界に300種ほど存在。幅広い海域に暮らし、とくにカニに寄生する種類が多い。フジツボと同じ蔓脚下綱に属し、ノープリウス幼生からキプリス幼生へと変態するが、寄生するメスの成体は袋状となる。宿主の腹部から体内に侵入して栄養分を吸収し、体外にほぼ卵巣が占められた生殖器官を出し、オスを取り込んで放精と抱卵を繰り返す。孵化した幼生が海中へと飛びだし、新たな宿主に寄生する。

 

参考文献

[1] Glenner, H., and  Høeg, J.T. 1995. A new motile, multicellular stage involved in host invasion by parasitic barnacles (Rhizocephala). Nature, 377: 147-150.

[2] Li, H., Yan, Y., Yu, X., Miao, S., Wang, Y. 2011. Occurrence and effects of the rhizocephalan parasite, Polyascus gregarius, in the Chinese mitten crab, Eriocheir sinensis, cultured in a freshwater pond, China. Journal  of the World Aquaculture Society, 42: 354-363.

京都産業大学内に「PCR検査センター」開設! コロナ禍のキャンパスに安全・安心を届ける、大学の新たな取り組みを学長に聞いてみた。

2020年11月17日 / ほとゼロからのお知らせ, トピック

コロナ禍による緊急事態宣言を経て、秋学期から対面授業を再開する大学が増えたと同時に、クラスター(感染者集団)の発生も相次ぎました。そんななか、京都産業大学は、学内に「PCR検査センター」を設置するといち早く決め、10月20日に運用を開始。医学部をもたない大学としては異例のことです。その経緯や概要を、黒坂光学長のお話を交えてご紹介します。

無症状者による感染拡大を防止し、安全・安心なキャンパスライフをめざす

緊急事態宣言下にあった今春、この先キャンパス内の安全・安心をどう保つかが、各大学の大きな課題となっていました。京都産業大学でPCR検査センター開設の計画が立ち上がったのは、ちょうどその頃だったといいます。

 

「地元京都の企業である株式会社島津製作所が、コロナ検出用の簡便なキットを開発されたという情報を受けて、5月末頃から動き始めました。従来の検査方法では、遺伝情報を伝達するウイルスのリボ核酸(RNA)を検体から抽出してから、目的のDNAを増幅してウイルス量を測定しなければならなかったんですが、この検出試薬キットならRNA抽出のステップなしで検査できるため、手間が省けて検査時間を短縮することができます。工程が長くなると偽陽性や人為的なエラーが出る恐れも増します。検査に際して採取が容易な被験者の唾液を用いて短時間で測定できる、とても画期的な開発だと思います」

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PCR検査センター設置の経緯を語る黒坂光学長

 

そんな京都の産学がタッグを組み、9月1日に両者は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に向けた包括的連携協力に関する協定を締結。同社支援の下、キャンパス内にある保健管理センターに併設させる形で、PCR検査センターを整備しました。広さは約88㎡。ウイルスの飛散等を防ぐバイオセーフティレベル2+の基準を満たし、検体の採取から判定まで一貫して実施できる施設となっています。だけども検査をするってことは、感染の疑いのある学生が大学に来てしまうのでは!?

 

「目的は、無症状感染者による感染拡大を防ぐこと。つまり検査対象となるのは、症状がない学生や教職員です。発熱などの症状がある場合は、一般の方と同様に医療機関で受診をしてもらいます。学外での検査を支援する手法もありますが、学生が安心して学ぶことのできるキャンパスの環境づくりには、一度きりではなく、折に触れて測定するのが大事だと考え、キャンパス内にPCR検査をできる施設を開設する運びとなりました」

 

1日あたり40件程度の検査を実施する予定で、10月20日の開所後は、試験的にサンプルをとって工程を確認しながらの運用が進んでいます。しかしながらPCR検査といえば、ちょいと検索してみても、15,000円だかの高額な費用がかかっちゃうはず。学生さんに対してそのあたり…大丈夫なんですかね?

 

「学生に検査を受けてもらいやすいよう、負担額は1回900円に抑えました。当面は大学側から声をかける形で、寮生やフィールドワークなどの学外活動をする学生を優先的に検査の対象とします。集団生活をする学生寮で感染者が出てしまうと、クラスターになってしまう恐れがありますし、フィールドワークにおいても、検査を行っていれば本人も受け入れ先も安心ですからね。大学として学生のことを考え、それぞれに必要なタイミングで検査できる体制を整えていく予定です」

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京都産業大学の保健管理センターに併設されたPCR検査センター(検体採取室)

府や市、他大学とも連携し、“大学のまち”京都全体の安心につなげたい

今回の取り組みは、京都府や市の助言や協力も仰ぎながら進めていったんだとか。開所については、学生たちからも「学内で受けられるのはうれしい」「安心な大学生活につながる」などの声が。外部の人たちからは、「思い切ってよくやった」「学生のことを考えた対策だ」といった評価がされているようです。

 

「データを蓄積していけば、より精度が高まり、検査自体の改良にもつながるはず。本学と同じようにコロナ対策を考えている大学もあると思いますので、他大学でも展開できるよう協力したいです。情報提供も積極的に行い、より広くコロナ対策の体制ができる手がかりにできればと」

 

ゆくゆくは「衛生検査所」として整備することも視野に入れ、緊急時に京都府や市からの検査協力の要請があれば応じる方針とのこと。運用期間は現状、2025年末までを想定しているそうです。

 

「ワクチンや治療薬が開発されれば、PCR検査自体が必要なくなるかもしれませんし、早くそうなってくれるのに越したことはありませんからね」

 

とはいえ、学内にPCR検査センターを設置したからといって、感染者を減らせるわけではありません。コロナの対策に向き合うと同時に、何より大切なのは日常の行動様式だと黒坂学長は語ります。

 

「学生がキャンパスに入構する際は、全員検温していることはもちろん、感染予防などに関する呼びかけも、Webサイトでの告知ではなく全員にメールで配信し、連絡もれがないようにしています。学生に配布する啓発用のポケット版リーフレットも作成したんですが、上賀茂神社で祈祷してもらったんですよ。定期的なPCR検査で無症状感染者の早期発見をめざすとともに、感染防止への意識を向上させる啓発活動も徹底していきます」

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上賀茂神社で祈祷した新型コロナ啓発のポケット版リーフレット。アマビエのイラストがかわいい

 

京都にある48の大学・短期大学に加えて地方自治体や経済団体が参画し、産学官の連携を深める「公益財団法人 大学コンソーシアム京都」の理事長も務めている黒坂学長。京都府や市とも一丸となって、コロナ対策を推進しています。

 

「京都は数多くの大学が集まる “大学のまち”です。無症状感染者の早期発見と適切な対処を行えば、地域の感染者も減らせ、京都全体の安心にもつながりますからね。対面授業が戻りつつあるなか、安心して学べる環境を整えることが重要です。専門分野を学ぶことはもちろん、課外活動やアルバイト、友人との語らいなど、トータルで経験してこそ人としての幅は広がりますし、そのためのベースとなるのが大学です。さまざまな対策を通じて、今後もより安全・安心なキャンパスづくりに取り組んでいきます」

珍獣図鑑(6):ファニーな見た目でクールに滑空! どこにも属さねぇ孤高の奇獣・ヒヨケザル

2020年11月12日 / この研究がスゴい!, 大学の知をのぞく


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第6回目は「ヒヨケザル×辻?大和准教授(石巻専修大学)」です。それではどうぞ。(編集部)


マレーヒヨケザル。親のお腹のあたりから顔を覗かせているのは子ども

マレーヒヨケザル。親のお腹のあたりから子どもが顔を覗かせている

サル、ムササビ、コウモリ…どの仲間でもない“皮翼目”

これまた今まで存じ上げなかったものの、ビジュアルインパクトは相当にハイレベル。お猿さんチックな顔立ちに、ムササビやモモンガよりも生々しい膜が張られたおからだ。木から木へ、さぞ颯爽と滑空できそうな雰囲気だけど…いったいヒヨケザルって何者なんですか?

 

「サルという名前がついていますが、サルではありません。研究者の間でも、どのグループに入れるか長らく混乱していたらしく、霊長目(サル目)やツパイ目と一緒にしていた時代もあったようです。しかし遺伝子を使った最近の系統解析により、ヒヨケザルの仲間だけで独立させ、皮翼目という扱いにされています。同じく滑空する哺乳類である齧歯目のムササビやモモンガよりはサルと近縁で、飛行をする翼手目のコウモリとは大きく違います」

 

ヒヨケザルのことを英語では、フライングリーマー(空飛ぶキツネザル)とも言うんだとか。やはり外国の方にも、お猿さんっぽく見えるんですねぇ。その皮翼目には何種類いるんでしょう。

 

「2種類とされていて、1種は私が研究対象としているマレーヒヨケザル。マレー半島やスマトラ島、ジャワ島やボルネオ島など、東南アジアの比較的広い範囲に暮らし、インドシナ半島のベトナムやラオスにも小集団がいるようです。もう1種がフィリピンヒヨケザル。名前のとおり、フィリピンの島々にすんでいます」

サルではない

サルではない

Let’s滑空生活! 航空力学的にも理にかなった形態に進化

なんだか孤高の進化を遂げたっぽくてかっこいい。空を飛ぶことで、効率のいい生活を送れるメリットがあったんでしょうねぇ。とはいえ、どれぐらい飛べるものなんでしょ。

 

「電波発信機をつけて行われたシンガポールの研究によると、最長で136mもの飛行距離を記録したようです。私たちが行ったジャワ島での調査では、平均で32.6m。最長で252mという数値が出ましたが、直接目撃したデータではないので、短距離を何回か飛んだのかもしれません。いずれにせよ、100m以上は飛べるようです。母親は意外と大きな赤ちゃんを抱えたまま飛ぶので、大変だと思います」

 

100m以上とは、かなりの飛びっぷり! 飛ぶための膜、皮膜がここまで発達している哺乳類はほかにいないんだとか。念ずれば通ずってこと? 進化のパワーすごいですね。

 

「航空力学的にも空を飛ぶのに理にかなった構造だと、アメリカの研究者が報告しています。皮膜は指と指の間、尻尾と後ろ足の間にもついているんですが、なるべく風を受け、飛行距離を稼ごうという進化の産物なのかなと。指と指の間の膜を動かすことで進行方向を変えられるらしく、尻尾と後ろ足の間の皮膜は、上下に振ることで飛行距離を1~2割も稼げるそうです」

滑空するマレーヒヨケザル

滑空するマレーヒヨケザル

 

とびきり大きなお目めも、飛行中、木にぶつからず目的地へ正確に着地できるように発達したんじゃないかとのこと。足も樹上生活に適した形状なんだとか。

「前足はかぎ爪になっていて、後ろ足はウサギやカエルのようなイメージです。前足をガッチリと木に引っかけ、後ろ足でピョンピョンとジャンプしながら登っていく。ある程度高いところまで来ると、手足を思いっきり開いて滑空します。前歯はクシのようにギザギザしているんですが、その機能はまだわかっていません。木をかじって樹液を出しているのではという研究者もいますし、毛づくろいで役に立っているかもしれませんし。まだまだ謎の多い動物なんですよ」

夜行性だし昼間でも見つけにくい…研究者泣かせな高嶺の花?

聞けば聞くほどめちゃくちゃ特徴的だし、人気の研究対象っぽいけど、そうでもないってことですか。飛び回って暮らしているなら、かなり目立ちそうですけど…。

 

「夜行性ですし、日中は木にぶら下がっているかしがみついているかで、ほとんど動かないんですよ。木に溶け込むような場所で休んでいるから、枝の一部や木の実などにしか見えなくて、地元の人もほとんど知らないはず。私の調査地は観光客も多いレクリエーション林ですが、真下を素通りしていく人が大半です。研究が進んでこなかった理由の一つに、発見の困難さがあるかと思います」

日中、木にしがみついて休んでいるマレーヒヨケザル(昼間はほぼこのポーズ)

日中、木にしがみついて休んでいるマレーヒヨケザル(昼間はほぼこのポーズ)

 

その形態的な特徴は19世紀頃の文献にも記載されてはいたものの、行動については謎だらけ。最初に論文が出たのも1990年頃と、超最近なのだとか。

 

「30ヘクタールの森林に20匹ほどが暮らしているのは確認したものの、生息域全体の個体数もまだ不明のまま。系統についてはそれなりに論文が出ていますが、行動や生態に関する論文は、調べたところ10本もなさそうです。調査対象とされた場所も、今まで4カ所しかありませんからね。私自身、サルの研究が本業ですし、ヒヨケザルだけを専門に研究している人は、たぶんいないと思います」

きっかけは偶然。愛くるしさとカッコ良さにギャップ萌え

まったく知らんかった我がことは棚に上げつつ、そんなにも研究が進んでいなかったとは…。となると、辻?さんはヒヨケザルの研究を、いつから何キッカケで始められたんでしょ。

 

「2010年から断片的にデータをとるようになり、本格的に研究を始めたのは2015年からです。ジャワルトンという、葉っぱを食べるリーフモンキーの仲間の調査をするためジャワ島の自然保護区へ行ったとき、アシスタントとして雇ったレンジャーの趣味がヒヨケザルの観察だったんですよ。森林の動植物に詳しい、とても有能なアシスタントだったんですが、ヒヨケザルを見つけると調査そっちのけではしゃぐはしゃぐ(苦笑)。集中してよと注意していたんですが、何回も繰り返されるうち私までヒヨケザルに愛着が湧いてきて…。見た感じ鈍くさそうなのに、空を飛ぶときはめちゃくちゃかっこいい。そのへんのギャップも魅力でした」

向かって右が辻?さん。左はヒヨケザル観察が趣味というジャワ島でのアシスタント

向かって右が辻?さん。左はヒヨケザル観察が趣味というジャワ島でのアシスタント

 

ジャワルトン。葉を食べるサル

ジャワルトン。葉を食べるサル(リーフモンキー)

専門は、サルをはじめとする哺乳類の採食生態。その一環として赴いた調査で、ヒヨケザルと出会ったってわけですね。

 

「あとからわかったんですが、比較的、ヒヨケザルが高密度にいる調査地だったんですよ。サルとヒヨケザルって、食べるものが結構かぶっているから、潜在的には競争関係にあるはずなのに、両者が共存できているメカニズムも面白いなと」

 

ヒヨケザルは葉食性で、若葉が好き。植物の葉や若い果実を食べています。報告されているのは今のところ39種類だそうですが…。

 

「まだ情報が少なく、食べ物についての論文も3つしかないんですよ。私の調査地で見つけた9種類のうち、4種類ぐらいは新しい食べ物でしたし。新しい発見がどんどんあるのも、未知の動物を研究する面白さですね」

マメ科の植物の若葉を食べるマレーヒヨケザル

マメ科の植物の若葉を食べるマレーヒヨケザル

生態がわかっていないと捕獲も一苦労。虫取り網で悪戦苦闘!

主な研究手法は観察。先述の飛行距離は電波発信機を使って調査したってことですが、どうやって取りつけたんですか?

 

「非常にシンプルで、日本から持って行った虫取り網に竹竿を何本もつけ、10mほどの長さにして生け捕りにしました。運動神経がないと難しく、なかなかうまくいかないんですよね。この手の調査では麻酔銃を使うのが一般的なんですが、ヒヨケザルの場合、まだ生理機構がわかっていないので、下手に使うと死んじゃう恐れがある。原始的ですが網を使った生け捕りがいいと、先に捕獲したシンガポールの研究者から助言をもらいました」

電波発信機をつけて調べた結果、行動圏は1.2~5ヘクタールぐらいだとわかっているんだとか。同じぐらいの大きさの動物なら、行動圏はもう少し広くなるはずだそうで…。

 

「恐らく葉っぱを食べる性質に関係していると思われます。別の研究者が同じくジャワ島のココヤシ農園で調べた報告によれば、メスが1.3ヘクタール、オスが1.8ヘクタール。メスには縄張りがあって排他的だけど、オスの行動圏は重なっているので、オスとメスとで土地の使い方が微妙に違うと考えられます。その生活空間のなかで、オスとメスがどうやって出会い、子どもを残しているのかも非常に興味深い。ちなみにいつ行ってもお腹に赤ちゃんがいるのを見かけるので、一年を通じて繁殖しているのは間違いありません。今後は繁殖システムについても明らかにしていきたいです」

マレーヒヨケザルの親子

マレーヒヨケザルの親子

単独性だと言われているヒヨケザルの社会性に迫りたい

オスとメスの関わり合い方も謎だけど、どうやらほかの生き物たちとの関係性も謎なようで…。

 

「調査をしていると、鳥やリスなど、結構いろんな動物が近くにやってくるんですよ。例のリーフモンキーとは比較的良好というかニュートラルな関係で、よく一緒にいるんですが、アグレッシブなカニクイザルがやってくると、なぜか慌てて逃げ出すんです。相手によって行動を変えるのも面白いなぁと思っていて」

リーフモンキーとマレーヒヨケザル。よく一緒にいる

リーフモンキーとマレーヒヨケザル。よく一緒にいる

 

カニクイザル。彼らが来るとヒヨケザルは逃げ出してしまう

カニクイザル。彼らが来るとヒヨケザルは逃げ出してしまう

 

マレーヒヨケザルと共存する動物たち。左上から時計回りに、キタカササギサイチョウ、マレーセンザンコウ、ルサジカ、ジャワオオコウモリ、インドオオリス

マレーヒヨケザルと共存する動物たち。左上から時計回りに、キタカササギサイチョウ、マレーセンザンコウ、ルサジカ、ジャワオオコウモリ、インドオオリス

 

聞けばヒヨケザルの社会的行動についてはほとんどわかっていないんだとか。

「1本の木に4匹の個体が一緒にいることは記録しているんですが、これが親子なのか兄弟なのかカップルなのか、全然わかっていないんですよ。もしかすると情報交換をしたり、一緒に何かを食べていたりしたのかもしれません」

 

実はもともと好きではなかったサルの研究も、その社会的行動から興味をもち始めたという辻?さん。

 

「大学時代に上野動物園で行っていたボランティア活動の担当が、たまたまニホンザルの猿山だったんです。最初はうるさくて苦手だったんですけど、群れの中に仲の良い者や牽制し合う者、特定の相手のご機嫌をとる者がいたりして…。ただのサルの集まりと思っていたのが有機的なグループに見えてきて、面白く感じるようになったんです。ヒヨケザルは現状、単独性の動物だと言われていますが、私自身はサルのように複雑で高度な社会性をもっているのではと考えているので、それを検証したい。これからも調査を続けて、マイナーながらも面白い、ヒヨケザルの魅力的な部分をどんどん広めていきたいですね」

パガンダランの森林

マレーヒヨケザルが多く棲むパガンダランの森林

 

最後に、マレーヒヨケザルの独特な「排泄」の様子を捉えた映像を(閲覧注意?)。おしりの皮膜をペロッとめくりあげ、先っぽにある肛門から排泄する。お腹のあたりにいる子どもにも注目。

【珍獣図鑑 生態メモ】ヒヨケザル

図鑑用

皮翼目(ヒヨケザル目)に属する哺乳類で、フィリピンヒヨケザルとマレーヒヨケザルの2種のみが現存。体長は30~45cm、体重は1~2kgほど。東南アジアの熱帯林で樹上生活を送る。前足のかぎ爪と後ろ足のジャンプ力で木に登り、全身に張り巡らされた皮膜を使って100m以上も滑空する。夜行性で、若葉や若い果実などを食べる葉食性。母親は折り畳んだ皮膜の中に子どもを入れて育てる。

珍獣図鑑(5):これぞ機能美!? 無性生殖で増えまくる群体性ホヤの美しさ

2020年9月29日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第5回目は「群体性ホヤ×広瀬裕一教授(琉球大学)」です。それではどうぞ。(編集部)


クローンの集合体。 多くの個体が一体化した群体性ホヤ

群体性ホヤの研究者、琉球大学の広瀬裕一教授。手にはマメボヤ(向かって左)とチャツボボヤの模型が

群体性ホヤの研究者、琉球大学の広瀬裕一教授。手にはマメボヤ(向かって左)とチャツボボヤの模型が

 

「名前は聞いたことがあるけど海産物ってことぐらいしか知らない」、「好物だけどあれって貝の仲間じゃないの?」…多くの人(ex.自分)にとって“なんとなく珍味”的な認識であろう「ホヤ」。実は食用なのってマボヤやアカボヤといった一部だけの話で、大きさもピンキリ。しかも軟体動物門の貝類とかと違って、哺乳類と同じ脊索動物門(生涯の少なくとも一時期に「脊索」をもつ動物)なんだとか。とにかく種類が多いらしく…。

 

「波打ち際から深海まで、世界中の海に生息していて、名前がついているものだけで3,000種ぐらいはあるんですが、確認されていないだけで実際にはもっと多いはずです。そのなかでも数多くの微細な個体がくっついたままで生きていくホヤを総称して『群体性ホヤ』と呼びます。卵と精子による有性生殖だけでなく、個虫(群体を構成する個体)ごとに出芽して増殖する無性生殖も可能です。短い間に効率よく、たくさんの仲間を増やすことができるんです」

 

それってつまり、自ら生みだしたクローンと一体化して暮らしてるってことですか!?  早くも想像を絶する生活スタイルだけど、なんだかかっこいい…。って、それなら有性生殖の必要性ってあるのかしら。

 

「有性生殖は、ほぼすべての生物で行われるんですが、理由は恐らくゲノムを混ぜ合わせるため。ゲノムが同一だと性質も同じになります。同じゲノムのものだけが増えていくと、環境が変動したり新たな競争相手・天敵が出現したときに一蓮托生で絶滅する恐れがありますからね。群体性ホヤの場合、環境が生育に向いているときは無性生殖で数を増やし、環境が悪くなる前に有性生殖を始めて分散していくようです。ホヤは岩などにくっついて生きる付着生物で、敵が来ても逃げだせないため、多くの子孫を残すことがより重要になってきます」

ドーム状の群体性ホヤ(真ん中の緑)

ドーム状の群体性ホヤ(真ん中の緑)

一つの群体のなかでは、心臓の拍動や成長サイクルもシンクロする

敵が来ても逃げだせないってことは、自ら餌を捕獲しに行けないわけですよね。じゃあ食事はどうやって?

 

「水中に分散されている植物プランクトンや粒子を取り込んで、養分になるものだけを吸収する濾過(ろか)摂食を行っています。そういう生き物は、結構いるんですが、ホヤの仲間は通常、ほかの生き物が食べられないほど小さいものも捕らえられるのが強み。粘液のネットを使って、絡めとるんですよ」

 

群体性だと、小さな個虫それぞれが、そうやって食べてるってことか…なんとも不思議な…。一体どんな感覚で生きているんだろう。

 

「出芽した自分のクローンと組織的にはつながっていますが、どんなコミュニケーションをとっているのかは想像つきません。ただ、一つの群体のなかだと、各個虫の心臓の拍動や成長サイクルがシンクロすることはわかっています。例えば一つのイタボヤの群体を二つに切り離すと、そのうちに拍動がズレてくるんですけど、これをもう一回くっつけるとまた同期するんです」

 

えええ、切って離して、また戻す!? そんなことができるんですか?

 

「しかも違う群体の間でも、実験的にくっつけられる種もあるんですよ。僕の修士論文につながった現象なんですが、群体の端と端でくっつけようとしても他者と自己を区別して無理だった群体の組み合わせでも、群体の切り口同士だったらくっついて、血管もつながったんです。今まで想像していなかったことが起きたので、とても印象的でした」

イタボヤの仲間。シート状につながった群体性ホヤ

イタボヤの仲間。シート状につながった群体性ホヤ

無脊椎動物や形への興味から、群体性ホヤの美しさに魅了された

なんとも謎めきがハードすぎる…。そもそも群体性ホヤなるものを初めて知ったんですが、群体性ホヤに関心を持ったきっかけは?

 

「もともと海の無脊椎動物に興味があったんですが、大学時代、発生学の授業で臨海実験所の先生のお話に感銘を受け、そこで卒業研究をやりたくなったんですよね。先生は群体性ホヤ一筋の研究者だったので、選んだというより踏襲したわけですが、実際に採集や飼育していくなかで、その美しさにも魅せられました」

 

これは意外な面食い発言! まさかビジュアルに惹かれての興味だったとは…。

 

「僕の研究スタイルは、顕微鏡観察による形態学的なアプローチがメインなんですが、その発端は高校時代。生物実験室にあった位相差顕微鏡を遊び半分で操作しているうちに、それまで透明で何も見えなかったものが、突然見えたことに驚いて…。その感動が原点になっています。生物は自然淘汰をずっと受けているから、進化の過程で無駄なものは極力なくなり、ベストのものが選ばれていくはず。ということは、すべての形に意味があるんじゃないかと考え、形の機能について追究しています」

 

確かに、生きていくために役立つからその形になった、という説はよく見聞きするけど、すべての形に意味があるとは考えたこともなった。だけどじゃあ、地球上にいる生物の形がこれほどまでに多様なのって、矛盾してないですか?

 

「そこも面白く感じるので、どんな理由で形が多様化していったのかを知りたいんです。と同時に、同じような形を違う動物がもつという、いわゆる収斂進化が起こっていった理由も知りたい。ある美術展で『形は機能に従う』という言葉を目にして、まさにそうじゃないかと。“高層建築の父”と呼ばれたアメリカの建築家、ルイス・サリヴァンによるものだとあとから知ったんですが、これって生物にも当てはまるんじゃないないかと考えています」

違いは穴の数。藍藻共生ホヤの分類基準を発見し、6種の新種を記載

珍しい生き物に対する珍しいアプローチな気が漠然としたんですけど、そもそも群体性ホヤを研究している人って多いんですかね?

 

「決して多くはないですが、近年では、外来種問題から研究をする人が増えてきました。無性生殖でどんどん増えていくと、何かの表面をシート状に覆ってしまうのでたちが悪いんですよ。
ただまぁ、単体性ホヤのほうが大きいし、卵もとれるし、まだ扱いやすいので、研究者人口は多いです。そんななか、あえて群体性を選ぶとなると、やはり出芽によってクローンが得られることや、再生力が高いことを利用した研究が主流ですね。
天然物化学のリソースとしては長く注目されているので、生物分野より化学分野の研究者の方が多いようです。抗癌剤の候補になるものが、群体性ホヤから見つかっていますし。ちなみにその嚆矢となったのは、藍藻(らんそう)共生ホヤから得られたジデムニンという化合物です」

 

またまた新出単語! 藍藻共生ホヤって?

 

「光合成をする藻類と生涯、共生している群体性ホヤの類いです。熱帯や亜熱帯にしかおらず、あまり研究されていなくて。何を基準に種の分類をすべきかも、まだ判然としていないんですよね」

 

分類が判然としていないというのは、珍獣図鑑のナメクジ回でも聞きました。生物の研究って、分類できないとその先に進めなかったりするのでは?

 

「藍藻共生ホヤでも、そこがハードルになっていたんですよ。突破口になったのが、ホヤにある鰓孔(さいこう)というエラの穴。我々の咽頭にあたるような器官で、成長によってどんどん増えていくんですが、藻類共生ホヤの場合、その数で種類が分けられることが判明したんです。沖縄で見かけるものでも、まだ名前のついていないものがたくさんあったんですが、これに気がついたことで、6種の新種記載もできました」

藍藻共生の群体性ホヤ。広瀬さんが新種記載した種(上記の6種とはまた別)。久米島にて。「群体性ホヤは動物だとすら思ってもらえないときがあるんですよ」。そう語る広瀬さんの言葉が腑に落ちる

藍藻共生の群体性ホヤ。広瀬さんが新種記載した種(上記の6種とはまた別)。久米島にて。「群体性ホヤは動物だとすら思ってもらえないときがあるんですよ」。そう語る広瀬さんの言葉が腑に落ちる

こちらも藍藻共生の群体性ホヤの一種。一つ上の写真の種と同様に緑色をしているが、これは共生藍藻(光合成色素)の色

こちらも藍藻共生の群体性ホヤの一種。一つ上の写真の種と同様に緑色をしているが、これは共生藍藻の光合成色素の色

生物が持つ形の意味を、一つでも多く明らかにしていきたい

やっぱり、まだまだ未開拓の分野なんですねぇ…。天敵とかってわかっているんでしょうか。

 

「巻貝とかウミウシとかヒラムシとか…種によっていろいろですが、不明なもののほうが多いです。藍藻共生ホヤだと、藍藻が含む毒で天敵から身を守っているかもしれませんが、はっきりしたことはわかりません。ただ、群体性ホヤのような付着性動物の場合、下敷きになると餌がとれなくなって死んじゃったりするんで、場所の奪い合いのほうが大きな問題になっていると考えられます」

 

毒を持つ藍藻と共生しているホヤから抗癌剤の候補になるものがとれたって、なんとなく合点がいきますね。研究されているなかで、「驚きの発見」みたいな瞬間ってありました?

 

「たくさんあるんですが…ひとつは、いろんなホヤが皮の表面にイボイボ構造を持っていると気づいたときですね。電子顕微鏡でものすごく拡大して見ると、0.1 µmぐらいの高さのイボイボが多くのホヤに共通していて。無駄にこんな構造があるはずないと思ったものの、発見した当時は機能を調べる技術やアイデアがありませんでした。最近になって共同研究で進められるようになりました」

 

最近になってとは興味深い! 何がきっかけで、どんな共同研究を?

 

「動物学会のシンポジウムで、工学系の先生が、蛾の複眼の表面にあるモスアイ構造について紹介されたんですよ。光の反射を防ぐ機能があるというお話だったんですが、そのスライドを見たときに、ホヤの表面にも同じ構造がある!と驚きました。それで工学領域からのアプローチでわかることがあるんじゃないかと考え、講演終了後、その先生にコンタクトをとって、協力してくれる研究者を紹介してもらったんです。現在は、物理的な性質の測定やシミュレーションをしてもらって、ホヤの表面に見られる微細構造の機能を明らかにしようとしています」

 

ニッチな分野のなかでも、とびきり細かいポイント。だけどそれだけ小さい部分だからこそ、そんな形になった“わざわざ”な意味がありそうですね。

 

「誰が一番乗りするかを競争するような研究分野もありますが、誰も気づいていないものを見つけるほうが自分には性に合っていて。研究者人口が少ないので、マイペースで疑問と向き合えるのも群体性ホヤの魅力ですね。僕はよく、『ホヤは裏切らない』と言っているんですが、ホヤは何かを調べると必ず何か新しいことを見せてくれているんですよ。これから先、形の持つ意味を一つでも多く、明らかにできればうれしいです」

ミスジウスボヤの仲間の骨片を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したもの。骨片はホヤ群体の皮の中に埋まっているという

ミスジウスボヤの仲間の骨片を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したもの。骨片はホヤ群体の皮の中に埋まっているという

最後に、広瀬さんがホヤを採集している映像を。ホヤの研究者には泳ぎの能力も求められるんですね。

【珍獣図鑑 生態メモ】群体性ホヤ

こちらも藍藻共生の群体性ホヤの一種。一つ上の写真の種と同様に緑色をしているが、これは共生藍藻(光合成色素)の色

脊索動物門  尾索(被嚢)動物亜門 ホヤ綱に属する海産動物のうち、無性生殖により発芽した個体(個虫)同士が親個体から離れず、つながった状態で成長していくもの。有性生殖も行い、別群体も形成していく。個虫の大きさは科によってかなり異なる。大きいものだと数cm(ツツボヤの仲間など)、小さいものだと2-0.5 mm (ウスボヤの仲間など。藍藻共生ホヤもこちらの仲間)。単体性ホヤと同様、世界中の海に生息。水中に分散する植物プランクトンや粒子を取り込んで、養分になるものだけを吸収する濾過摂食を行う。

 

禍転じて福と為れ! 大学教員らによる2万人超えのFacebookグループが、コロナ禍の教育を変える。

2020年9月15日 / ほとゼロからのお知らせ, トピック

新型コロナウイルス感染症の拡大で、新年度からの大学教育はどうなっちゃうんだろう…と、多くの人たちが大混乱だった2020年3月末。Facebook上に、名は体を表しきったかのような公開グループ、「新型コロナ休講で、大学教員は何をすべきかについて知恵と情報を共有するグループ」が立ち上がりました。「大学教員中心ですが、職員や学生の方、さらには大学教育に関心を持つあらゆる方々を歓迎いたします」という門戸の広さも手伝って、設立早々からメンバーは爆発的に増え、4月上旬には15,000人を突破。7月には20,000人を超える規模になりました。コロナ禍の厳しい状況においても、より良い教育を行おうと奮闘している大学の先生たち。創設者である関西学院大学 法学部の岡本仁宏教授にお話を伺いました。

ボヤキや情報、取り組み、ノウハウ、大学ごとの違いなどを共有。

 「新型コロナ休講で、大学教員は何をすべきかについて知恵と情報を共有するグループ」…何度も呼んでみたくなるような、この駆け込み寺感! 2020年9月現在、“休講”はもはや過去の話になってしまいましたが、当時の暗中っぷりが伺えます。立ち上げられたのは、どういう経緯だったのでしょう?

 

「考えたのは、開設の前日です。3月30日にスタートさせ、知り合いの大学教員らに入らないかと呼びかけました。新年度からの授業について、早いところで3月上旬には全面オンラインで行うと発表していましたが、多くの大学はスタートを延期し、様子を見ようという状況でした。とはいえ、オンラインで開講するしかないことは明白。多くの教員にとって初めての試みだから、みんな困っていたんですよね。当然、僕も困ったので、情報を教え合いながら乗り切りましょう、という目的でつくりました」

 

グループ情報には、「ボヤキや情報、取り組み、ノウハウ、大学ごとの違いなどを共有するためのグループです」と書かれています。情報よりもボヤキが先に来ているあたり、なんだか取っつきやすい印象を受けたんですが…。

 

「共感をもとにしたほうが、グループはつくりやすいですからね。技術的な情報交換だけでなく、悩みや苦しみを表現できる場にして、コミュニティ性をもたせたかったんです。現状ではこんなに苦しんでいる人がいる、じゃあどうするべきかと、問題発見にもつながりますし。とはいえ、これほどまでに増えるとは思っていなくて。皆さんの関心が非常に高く、規模は予想外に大きくなりました」

何を使ってどう授業をしたらいいのか?から始まった模索。

しかしながら、大勢が各々にボヤいたりお困り事を書き込んだりしてしまっては、ものすごい勢いで投稿が流れていくでしょうし、知りたい情報に辿り着くのも至難の業、になりかねません。そこで、メンバーが1,000人を超えた立ち上げ翌日の3月31日にはトピック制を導入。4月1日にはボランティアのモデレーターを募集し、管理運営を協働で担う仕組みを取り入れたといいます。

 

「現在もトップ投稿から飛べるようにしていますが、ナンバリングでトピックの分類と階層化を行いました。トピック一覧は随時、アップデートしています。管理者権限も4人のメンバーや十数人のモデレーターで共有し、参加申請の許可やルール違反投稿に対するマネジメント、トピックの編成をどうするかの議論やログデータの分析を行うなど、力を合わせながら運営しています」

 

トピックは現在、「0 イベント情報」「1 自己紹介」「2 質問」「3 大学の動向」「4 オンラインでの授業方法」「5 学生支援」「6 研究関係」「7 教職員支援」「8 大学のインフラ」「9 関連グループ」「10 ひろば・雑談」「11 我々の対応」という11項目に大別。さらに細かな小カテゴリが設けられているトピックもあります。まず投稿が伸びたのは、「4 オンラインでの授業方法」。なかでも技術的な相談が多く寄せられたそうです。

 

「どのツールを使えばいいのかとか、どう使ったらいいのかとか、初期の段階では具体的な問題が多かったことでもわかるように、それだけみんな本当に困っていたんですよね。そこから次第に、実験や実技などの授業、留学生や障害のある学生に対しての授業をどう展開していけばいいのかなど、より幅広い問題が出てきて。授業設計論について議論されたり、政治家の発言にみんなが怒ったり、学生からの書き込みに対してみんなで知恵を絞ったり…大学教員たちが所属や専門領域、雇用形態を超えて対話し、お互い助け合うグループになっていきました」

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トピックは細分化すると合計38個!ここからも、さまざまな議論されていることがわかる

「大学設置基準」を満たすだけの勉強量が定着しつつある。

対面での授業が休止されたことで問題視されたことの一つが、新入生たちの友だちづくりです。つらい思いをしたり、社会的孤立に追いやられたのは、非常に大きな問題であると岡本先生は語ります。

 

「グループ内でも議論されていますが、社会的孤立を克服できるように支援するのも、大学の責務の一つでしょう。僕自身、1年生向けのオンライン講義では、学生同士の交流を促すようにしていますけど、ひとりリーダー的な存在の学生がいれば発展もしやすい。対面で新入生歓迎会を開いたからといって、誰もがすぐに馴染めるわけではありませんし、オンラインでもツールを工夫することで、友だちづくりはある程度は可能なはず。教職員は、まずは設置法上の義務である授業を進めることに必死でしたが、秋以降にはどういう形で学生を支援していくかという、知恵も問われてくると思います」

 

オンライン授業が主流になると、学生にとって課題の量が増え、授業時間外の学習負担が大きくなったことも問題視されるようになりました。しかしながら一部の専攻を除き、「大学生、受験が終わったら勉強しなさすぎ問題」が根強くあったことは周知の事実(自分はまさにそうでした…)。アメリカの制度をもとに決められた1単位=45時間という大学設置基準を満たすには、60分の授業時間に対してなら前後60分ずつの予習復習時間が必要とされています。

 

「必読文献を読んでから授業に参加し、ディスカッションをして深めるのは、国際的に見れば当然のこと。大講義は聴くだけでいいわけじゃありません。本来なら毎回、事前に準備をして、頭の中に課題を設けてから臨むべきなんですが、その常識が日本の学生には薄かったんですよね。コロナ禍を受け、大学設置基準にふさわしい学習形態に近寄れたものの、『本来こういうものだ』という納得感のないまま、急速に切り替わってしまったことに問題がありました。学科や学部にマネジメントする余裕がなく、各教員が個別に進めてきたことも、弊害が出た一因だったように感じます。そのあたりも、秋学期以降に改善すべき課題でしょう」

コロナ禍が招いた現状を、未来に向けた在り方を考えるチャンスに。

「痛感したのは、学生だけでなく大学教員の多様性も重要だということ。情報がすぐに回ってこない、大学ごとの形式に合わせなければならないなど、非常勤の先生がどれだけ大変かを初めて知った専任教員も多かったようです。担当の授業数が少なく、サポートスタッフがいてコミュニティもあるような大学の教員なら、こういったグループの必要性はあまりないかもしれません。だけど技術的な基盤が充分じゃないような大学で働いている教員や、かけもちで苦労している教員たちにとっては、特に役立ったと思います。前期は全国の教員が対応に追われましたが、そんな中でも日を追うごとに前向きな話も出てきている。遠隔授業が教育の在り方を問い直すのではという意見も多い」

 

コロナ禍により、オンライン教育の可能性が広がったのは確かなこと。双方向性の学習手法はどんどん進化していますし、必ず不可逆的な変化をもたらすはずだと、岡本先生は考えます。

 

「たとえば、映像教材で予習し、その議論を授業時間に行う反転授業などは、オンラインのほうがスムーズに進められたという意見もありますし、すべてを対面に戻す必要はないだろうと。遠隔での可能性は、まだ汲み尽くされていないと考えている人たちが多い。この点は、私たちのグループの今後にも関わりますね」

 

投稿数とコメント数の合計はすでに約4万件に上り、それらに対する「いいね」などのリアクションも40万件ほど。グループコンテンツを見たり、投稿やコメント、リアクションなどをしたりするアクティブメンバーの数は、現在もほぼ毎日1万人以上を保っています。そんな現状を知り、先生方の熱心さにうれしくなりましたが、それはご本人たちも同じだったようで…。

 

「グループを開いて感じたのは、大学教員は結構真面目に一生懸命、頑張っているんだなということ。参加者も、授業をちょっとでも良くしようという人たちが多いのを知れて、お互いの励みになりました。秋学期からはオンラインと対面の両構えで進める大学が多いようですが、これは教員にとっても大きな負担になります。だから条件整備に努めてほしいと、大学にも、政治や社会にも訴えたいですね。まだまだ孤立している先生も少なくないはず。こういう場を活用してもらい、悩みを共有しながら一歩一歩進められたらと思います。みんなで知恵を出し合いながら、コロナ禍が招いた現状を、未来に向けた在り方を考えていくチャンスにしたいですね」

デジタルアーカイブを楽しむ(2):遊びを通じて学んだ歴史を遊びながら学ぶ、至福メビウス!「東京学芸大学附属図書館」デジタルアーカイブ

2020年8月6日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

新型コロナの問題もあって、「家にいながら楽しめる、学べるコンテンツを探す機会が増えた」という声を耳にします。

そこでおすすめしたいのが、大学や研究機関のデジタルアーカイブ。研究機関ならではの専門性を活かして収集された貴重な資料が大量にアーカイブされ、ネット上で公開されています。見ているだけで楽しい画、あっと驚くような本、自分の育った地域の昔の写真、そんな資料も見つかるかも知れません。

ほとんど0円大学では、ぜひ一度はアクセスして欲しいデジタルアーカイブを数回にわたって紹介していきます(第1回目はこちら)。

第2回は、東京学芸大学附属図書館のデジタルアーカイブに注目。主に近代の知育玩具や教科書が閲覧できます。明治の頃の人々は、どんなビジュアルを使って教育を行っていたのでしょうか?眺めているだけでも時間を忘れてしまいそうな、インパクトのある資料をたっぷり楽しむことができます。(編集部)

※今回紹介するアーカイブでは、資料本文の表示にFlash Playerを使用しており、環境によっては閲覧できませんが、[データダウンロード]と記載されている場合、そちらからjpeg画像ファイルとして閲覧することもできます。

※トップ画像は『世進電話雙六』(東京学芸大学附属図書館所蔵)を一部改変(トリミング)


 

[2024.11.6追記:本記事で紹介しているデジタルアーカイブ「学びと遊びの歴史」は、現在、東京学芸大学教育コンテンツアーカイブに引き継がれています。記事内のリンクは引き継ぎ先のページに設定し直しています。また、本文中で触れられているコンテンツの一部は公開を終了しています。(編集部)]

 

東京学芸大学は、その前身から教育や教員養成に関する研究に長く携わってきた学校である。そうした来歴もあってか、附属図書館には教育関係の貴重な資料がわんさとある。そんな特色ある資料を誰もが自由に閲覧できるよう公開しているのが、同館のデジタルアーカイブ『学びと遊びの歴史』だ。サイト内の「資料を知る」というページによれば、資料は大きく『往来物』『明治初期教科書』『心学資料』『絵双六(すごろく)』『おもちゃ絵』の5つに分類。それぞれ資料本文のデジタル画像に加え、各資料についての概説やコラム、電子展示や翻字(読みやすい文字に改めた資料)など、理解を深めて楽しめるコンテンツが用意されている。

 

『往来物』とは、平安末期から明治前期まで広く使われた初級教科書のこと。もともと往復の手紙文を例文としたことから名づけられたという。同館では、2,500点を越える往来物を所蔵し、そのほとんどをデジタル化。タイトルや分類などから探しだせる。

 

『明治初期教科書』は読んで字の如くだが、明治初期は旧来の教科書と近代教科書の融合統一が行われた時代。アーカイブは「小学校教則綱領」が公布された1881(明治14)年以前以後に分類されていて、その変遷が科目ごとに見比べられるのも興味深い。

 

『心学』とは、江戸中期、商家の奉公人を務めた石田梅岩(ばいがん)が始めた思想・哲学。低く見られがちだった“商業”の社会的意義を説き、忠孝・正直・倹約などの実践を広めたことが資料を通じて語られている。

 

こうした資料のなかでも特にハートをブチ抜かれたのが、『絵双六』『おもちゃ絵』だ。グッとくる画像が数々掲載されているので、断片だけでもご紹介する。

やはり本物の引力は圧巻!“レトロタッチ”を凌駕する画力にお手上げ

「小學尋常科高等科修業壽語録」の袋(東京学芸大学附属図書館所蔵)

「小學尋常科高等科修業壽語録」の袋(東京学芸大学附属図書館所蔵)

江戸時代に始まり、明治、大正、昭和にかけて印刷物として広く普及した『絵双六』は、さいころの目に従い、ふり出しから上がりまで進む「廻り双六」と、指定された場所に飛んで上がりをめざす「飛び双六」とに大別。同館が所蔵する200点近い『絵双六』からは、子どもたちが遊びのなかから何を学んでいたかが見てとれる。

 

たとえば「小學尋常科高等科修業壽語録」は、尋常科一年級から始まり、各授業を受けながら高等科の卒業証書授与式をめざすストーリー。絵柄がたまらない。さらに各マスには一言コメントが添えられていて、「算術を知らないと経済の道が立たんと言われてたのか~」とか、「読書作文が最も必要な“業”だとされていたのか~」とか、「唱歌を歌うと品性が養われると言われていたのか~」とか、近代のはじまったころに、どんな風に子どもたちを教育しようとしてたのかも見えてきて興味深い。止まると戻らされる落第のマスがやたら多いのも個人的にはツボだった。ナンボほど落第するねん。ちなみに袋の絵柄も激シブで素晴らしい。

 

ほかにも善フェイスと惡フェイスの子どもが善悪を体現している「教育善悪子供双六」や、上がりが婚礼なあたりにも時代を感じる「女子家庭双六」といった教育チックなものに加え、広告なんだろうけど“毛のはへる香油”などいちいちキュートな「東化粧美人壽語録(すごろく)」とか、パッと見で今ならアウトだろうなと察せられる「内地雜居ポンチ壽語録」とか「婦人一代出世雙六(すごろく)」とか、ホントにもう見ていて飽きないし当時のことを知るにもうってつけだと思うので、ぜひ気になるタイトルをクリックしまくってほしい。

印刷でタイムトラベル! Enterキーを叩いてみれば、文明開化の音がする

一方、『おもちゃ絵』とは、近世後期から近代にかけて製作・出版された、図鑑的な知育玩具。おなじみ「着せ替え」や「影絵」、「あやつり人形」や「お面」などに加え、身近な事物を集めた「物尽くし」や「切り抜き遊び」、前後の形を貼ってつくる「両面合わせ」や折ると画面が変化する「折替わり」などがあり、遊びながら知識を習得したり玩具そのものとして楽しんだりされていたらしい。これらとは別に、紙細工で立体的な模型を製作する「組上げ燈籠」や「立版古(たてばんこ)」などもあり、難易度の高いものは数枚続きにもなっていたんだとか。

子どもたちの遊びを描いた「新板子供遊尽し 」(東京学芸大学附属図書館所蔵)。竹の棒を二人で担いで行われている懸垂には「たけがしなつてもだいじやうぶダヨ」と添えられているが、二人の肩が心配になる

 

元禄時代の女性に3種類の着物を着せて遊ぶ「教訓元禄きせかへ 」(東京学芸大学附属図書館所蔵)。髪型や小物も添えられていて、両面合わせにもなっている

 

うれしがって挑戦してみたところ、前と後ろの形が予想以上にバッチリ重なり感動した ※「教訓元禄きせかへ」(東京学芸大学附属図書館所蔵)のデータを印刷し作成

うれしがって挑戦してみたところ、前と後ろの形が予想以上にバッチリ重なり感動した
※「教訓元禄きせかへ」(東京学芸大学附属図書館所蔵)のデータを印刷し作成

 

めちゃくちゃカッチョいい「古戦場陣取餝立 (かざりたて)」(東京学芸大学附属図書館所蔵)。こちらは厚めのコピー用紙を買ってからチャレンジしてみたい

資料のいくつかには解説も添えられていて、電子展示のページから確認すると見やすくおすすめ。たとえば「餝立武者揃(むしゃぞろい)」なら、小さく描かれているのが完成図だとわかったり、パッと気づかなかったけど義経と弁慶らだとわかったりして気持ちがいい。

 

眺めるだけで楽しすぎる所蔵資料の数々。そのいくつかは、A4サイズの用紙にプリントアウトすれば、文庫判または新書判の書籍に使えるオリジナルブックカバーに仕立ててくれているのも心憎い。

 

「教育関係資料」と聞くと、なんだかおカタそうに感じてしまうけれど、掲げられたテーマは“学びと遊びの歴史”。ニヤニヤできる資料がてんこ盛りなので、「東亰名所遊覧雙六」気分で、ぜひ巡ってきてみては。

「新版春遊子寳雙六」(東京学芸大学附属図書館所蔵)のブックカバーを、再読していた町田康さん作の『浄土』にセット。おシモな解説文言も隠れて大変かわいく変身した

「新版春遊子寳雙六」(東京学芸大学附属図書館所蔵)のブックカバーを、再読していた町田康さん作の『浄土』にセット。おシモな解説文言も隠れて大変かわいく変身した

珍獣図鑑(4):日本最大。琉球諸島の一部だけで暮らす天然記念物、ケナガネズミって?

2020年7月21日 / この研究がスゴい!, 大学の知をのぞく


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第4回目は「ケナガネズミ×小林峻助教(琉球大学)」です。それではどうぞ。(編集部)


鼻先からしっぽの先まで40~60cm!日本のネズミで最大の種

ケナガネズミ。毛も長いがしっぽも長い

ケナガネズミ。毛も長いがしっぽも長い

 

「ケナガネズミ」といえば、以前、ヤンバルクイナを特集した自然動物番組のなかで、同じく“やんばる”(沖縄島北部の自然が多く残るエリア)に暮らす天然記念物の生き物として名前が挙がっていた。私もそのときが初耳だったし、どんな動物なのかはあまり知られていない気がする。推測できるのは、きっと毛が長いからケナガネズミと呼ばれるのだろうということ…。まずはその「毛」を含む、この生き物の基本的な特徴を伺った。

 

「まさに毛が長いのが名前の由来ですね。普通のネズミの毛は長くても3cmくらいですが、ケナガネズミは5cm以上。長いものだと7cmにもなります。

さらに特徴的なのはそのサイズで、鼻の先からお尻まで20~30cmもの大きさ。しっぽも同じぐらいだから全長40~60cmにもなる、日本在来のネズミでは最大の種です。

しっぽの先5分の2ほどが白くなっているのも特徴。夜行性ですが、夜に見ると目立ちますよ」

 

えええ、そんなに大きいの!? 単体の写真で見てもわかりにくいけど、60cmを想像するとなかなかのインパクト…。しっぽの先が白いのはなんでだろう?

 

「しっぽの先が白い動物は世界にいくつかいて、天敵の視線をそらせるためだとか、オスがメスを追いかけるとき目印にするためだとか言われていますが、ケナガネズミに関してはよくわかっていません。

長い毛だけでなく、ちょっと平べったいトゲ状の毛も混在しているんですが、それで捕食されるのを防げているのかどうかも、まだわからないんです。防御の役割を果たしていそうにも思えますが、ハブに食べられている例もありますし…。まだまだわかっていないことばかりの動物なんですよ」

のんびり動いて木の上で暮らす個性派…知名度が低いのは希少だから?

ケナガネズミが暮らす沖縄島北部の森林

ケナガネズミが暮らす沖縄島北部の森林

 

どうやらまだ謎の多い生き物のようだ。やんばる以外にも生息しているんだろうか。そしてどんなところで、何を食べて暮らしているのだろうか?

 

「世界でも沖縄島北部、徳之島、奄美大島にしか分布していません。ケナガネズミは木にできた洞窟状の空間である樹洞を利用するのですが、体が大きいため大きな樹洞ができる木、つまり大きな木のある森が必要です。そのため琉球諸島のなかでも島のサイズが比較的大きく、森林も発達していたこれら3つの島に生き残ったのではないかと考えられます。

おもに木の上で生活をする樹上性でして、枝伝いに別の木に移動し、ときどき地面に降りてくる感じです。沖縄にはオキナワトゲネズミやオキナワハツカネズミなど地上で暮らすネズミもいるので、もしかしたら生活する場所を分けて暮らしているのかもしれませんね。

ドングリの実や松の実などの植物をよく食べますが、カタツムリや昆虫なども食べる雑食の動物です」

 

なるほど。いわゆる家ネズミとは、生活圏も違えば、行動もかなり違うようだ。

 

「普通ネズミって、すばしっこくちょろちょろ走り回るイメージだと思いますが、ケナガネズミの動きはゆっくり、のんびり。地面に降りてきても、のそのそと遅いんですよ。枝伝いに移動するときは、しっぽを使ってバランスをとったりするんですけど、クモザルのようにしっぽでぶらさがったりはできません。

ネズミとはいえ、もともと森林に住んでいるので、地元の人も“知ってはいる”程度。歴史的に見ても、人に嫌がられたようなことはありません」

 

それじゃあ自分が知らなかったのも無理はない、はず。とはいえヤンバルクイナは、実物を目にしたことはないものの、幼い頃から存在は知っていた。なんでケナガネズミは、知名度が低いのかしら。

 

「2000年代前半ぐらいまでは、沖縄島北部に何年も通っているカメラマンでさえ、数年に一度しか見られないような状況だったので、それだけ個体数が少なかったんじゃないかなと思います。専門の研究者もおらず、見ようと思っても見られない状態がずっと続いていたので、情報を発信しようにも、あまりできなかったのでしょう。

もう一つありそうなのは、一般的にネズミの印象が良くないということ(苦笑)。イベントなどで紹介しても、お子さんは比較的興味をもたれますが、親御さんのなかにはネズミというだけで『勘弁してください!』という方もおられます。そういうイメージがあると、知名度は上がりにくいのかもしれませんね」

左4つがケナガネズミの食痕が見られるマツボックリ。右2つは食べられる前の状態

左4つがケナガネズミの食痕が見られるマツボックリ。右2つは食べられる前の状態

ハマセンダンを採餌中のケナガネズミ

ハマセンダンを採餌中のケナガネズミ

まだ基礎的な研究段階で謎だらけ。でも、かわいさ世界一は確定!?

確かに家ネズミなんて出没するだけで嫌がられる。ネズミというだけでなかなか大変な境遇だな…。小林さんがそんなケナガネズミに関心を持ったきっかけとは?

 

「小さい頃はいわゆる“昆虫少年”だったんですよ。小学生時代、家族旅行で沖縄に来たとき、目にする虫が地元の長野県と全然違って面白いと感じたのが一番のきっかけです。そこから沖縄の動物や植物にも興味をもちはじめ、琉球大学へ進学しました。メインにしている哺乳類媒植物(哺乳類によって花粉が媒介される植物)の研究のかたわらで、夜には北部へ観察に行ったりしていました。とくにケナガネズミは樹上性で大きくて目立ちますからね。機会があれば研究したいと、ずっと思っていたんです」

子どものころは昆虫少年だったという小林峻さん。沖縄の動植物に魅了されて琉球大学へ

子どものころは昆虫少年だったという小林峻さん。沖縄の動植物に魅了されて琉球大学へ

 

変わった生き物を知れば、興味をそそられるのもよくわかる。だけど一般的には害獣扱いされる“ネズミ”に対して、抵抗はなかったんだろうか。

 

「ケナガネズミはものすごくかわいいと、私は思っています! おっとりした動きもかわいいですし、顔もめちゃくちゃかわいいですし、ふっくらしていて大きいのもいい。毛が長いから丸々と見え、ぽっちゃり感があるのも魅力です。日本で一番、世界でも一番かわいいと言っていいんじゃないかと」

 

これは失礼いたしました…! なるほど確かに、写真で見てもめちゃくちゃ愛くるしい。ネズミだと思うから、この大きさにおののくだけで、ウサギっぽく捉えれば、ますます愛らしく見えてきた。ところでケナガネズミの研究を実際にスタートさせたのはいつ頃から?

 

「5年ほど前、大学院生の時代です。最初に携わったのは、動物園での飼育研究。野外では観察しにくい動物の生態を明らかにするために始まったものでした。

まだ全く研究されていなかったので、基礎生態から調査を進行し、いつ活動しているか、どのぐらい餌を食べるのか、いつ鳴き声を出すのかなども調べていきました」

 

それほど未知の動物だったとは! 固有種ということもあってか、海外で研究が進んでいるわけでもなかったそうだ。夜行性で雑食、というのは伺ったけど、鳴き声に関してはどんな特徴があるのだろう?

 

「だいたい9月頃からの繁殖の時期に鳴いているのはわかってきているものの、何のためにどのような声を使っているのかについてはまだ研究中です。繁殖についても、年に何回子どもを産むのかといったことや1回に何個体出産するのかといったことも、まだわかっていないんですよね。樹洞に巣を構えているようなんですが、子育て中は神経質になっているので、影響を与えないような調査で研究ができればと考えているところです」

ケナガネズミはかわいい

ケナガネズミはかわいい

自然破壊で個体数が減少? 本来なかったリスクで絶滅の危機に…

現在の個体数ははっきりわかっていないものの、決して多くはないようで、環境省版レッドリストで絶滅危惧IB類に指定されているんだとか。なぜそんな状況になったんだろう。

 

「まず生息環境の喪失が挙げられると思います。戦後、広範囲にわたりケナガネズミの棲んでいた森林が伐採されてしまったんですよね。そのため繁殖に必要となる大きな樹洞が減り、餌も供給されなくなってしまいました。

それに最近だと、外来種の問題もあります。従来いなかった食肉目の動物に襲われるケースです。沖縄の外来種として有名なマングースだけでなく、集落から山に入り込み野生化してしまった猫に食べられる事例も報告されていますし、犬に噛まれたケナガネズミも発見されています。

三つめは交通事故です。たとえば沖縄島の北部は、大きい道路が山を横切っていたりするので、枝伝いに移動できず、道を渡らないといけない。それで死んでしまう事故が年に数件、発生しているんです()。

島の面積は限られていますので、もともとそんなに数が多くなかったのでしょうが、いま挙げたようなリスクで、だんだん減ってしまったのではないかと考えられます」

 

ケナガネズミの交通事故…やんばる地域での2019年の交通事故件数は5件で、全て死亡事故だったという。また、他の地域でも交通事故は起きている。たとえば環境省奄美野生生物保護センターによると奄美大島での2019年の交通事故死の件数は14だった。

ケナガネズミの繁殖には樹洞が欠かせない

ケナガネズミの繁殖には樹洞が欠かせない

今後研究が進めば、島に暮らす動物の共通性が見えてくるかも!

本来なかったリスクで絶滅の危機に追い込まれているとは…。私たちはケナガネズミとどう接していけばいいのだろう?

 

「まずは自然林をしっかり残していくことが大前提。実はやんばるではケナガネズミの目撃情報も増えてきているので、森の状態が以前よりは良くなってきたのかもしれません。戦後の大規模な森林伐採から60~70年経ち、樹木が生長し森が回復してきたことによって、ケナガネズミが暮らせるようになってきたのだと考えられます。今後も、油断せずに森林を守っていくことが大切です。外来種の問題についても、ペットをちゃんと飼うということや、そこにいない生き物を持ち込まないようにしていかなければなりません。

交通事故については、制限速度をきちんと守ること。動きが活発になるのはやはり繁殖期だと思われます。交尾する相手を見つけるために動き回ったり、大きくなった子どもが別の場所に移動したりすることが増える時期は、とくに注意が必要です。琉球諸島にはケナガネズミ以外にも貴重な動物がたくさんいるので、常に気を付けてほしいと思います。

また、ケナガネズミを見かけても、珍しい、かわいいからといって、専門的な知識がない方が許可なく触ったりはしないでくださいね」

 

モラルやルールを守ることが重要だと小林さん。現在の研究は、どんな状況なんだろう。

 

「2019年の7月頃から、樹木に自動で撮影するカメラをかけ、樹洞をどういうタイミングで利用するのか、いつ子どもが産まれるのかなどの調査を行っています。結果はまだ出ていませんが、2個体が同じ樹洞のなかに入って行く様子が映ったりしています。これまで野外での目撃例があったとおり、冬場には子どもの姿も撮影できました」

樹洞に設置した調査用のカメラ

樹洞に設置した調査用のカメラ

 

人がなかなか入れないような場所の動物というわけではなく、地元の人が目にすることも可能な動物だが、研究はまだ緒についたばかり。だからこそ、今後の展開からも目が離せない。

 

「島で暮らす動物の特性を解明するための対象としても面白いと思うんですよ。たとえばヤンバルクイナの飛べないという形質は、島だからこそ進化した形質だと考えられています。そういった島だけに分布する動物ならではのことが、ケナガネズミにもあるのではと。動きがゆっくりなこととも関係している気がします。

まだ研究が始まったばかりで、わかっていることは少ないですが、今後研究が進めば、ケナガネズミに限らず、島に暮らす動物の共通性が見えてくるかもしれません。そのあたりも明らかにしていきたいですね」

調査地までの道中の沢にて

調査地までの道中の沢にて

【珍獣図鑑 生態メモ】ケナガネズミ

中サイズ図鑑用ケナガネズミ

体長は20~30cm、しっぽを含めると40~60cmにもなる、日本に在来のネズミのなかで最大の種。和名の由来どおり5~7cmの長い毛をもち、トゲ状の毛も混在。琉球諸島の沖縄島北部・奄美大島・徳之島にしか分布していない天然記念物。樹上性、夜行性、雑食性。個体数は把握されていないが多くはなく、環境省版レッドリストで絶滅危惧IB類に指定されている。

 

珍獣図鑑(3):元祖・哺乳類!? カモノハシはヘンテコなのが魅力的

2020年6月18日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、よく知らない生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちはその生き物といかに遭遇し、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。もちろん、基本的な生態や最新の研究成果も。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第3回目は「カモノハシ×浅原正和 専任講師(愛知学院大学)」です。(編集部)


見た目も特徴も風変わりな、卵を産んで母乳で育てる哺乳類

浅原正和さん(愛知学院大学の研究室にて)

浅原正和さん(愛知学院大学の研究室にて)

 

アニメや企業ブランドのキャラクターにもなっていて、なんとなく身近な印象のあるキュートな動物、カモノハシ。自分が知らないだけで、どこかの動物園にはいるのだろう、なんて思っていたけれど、日本国内どころか、カモノハシに出会える場所は現在、オーストラリアしかないという。

 

そんなカモノハシが研究対象になったきっかけは?

 

「小学校低学年の頃、雑誌に載っていたカモノハシの図解を見て、『こんなヘンテコな生き物がいるのか!』と驚いたんですよね。まず見た目が変だし、特徴も変。哺乳類なのに卵を産み母乳で子どもを育てたり、くちばしがあってほかの哺乳類にない感覚器官をもっていったり、水かきがあって水中を泳いで餌をとったり…とにかく変わっているところに惹かれました」

 

それをきっかけに、周りにもカモノハシ好きだと公言するように。とはいえ将来、研究したいとまでは、まだ思っていなかったようで。

 

「もともと理系の科目、なかでも生物が好きだったんですよ。大学で専攻したところ、歴史が好きだったこともあり、哺乳類の進化に興味がわいてきて。研究テーマを探していたとき、カモノハシの祖先の化石が歯や下顎ぐらいしか見つかっていないことがわかり、単孔類をターゲットにするのもありだなと考えるようになりました」

 

単孔類? 読んで字のごとく、穴が一つ、つまり鳥類や爬虫類などと同じく総排泄腔(肛門・排尿口・生殖口を兼ねる器官)をもっている哺乳類らしいけど…。

 

「単孔類は、現存するなかで唯一、卵を産む哺乳類。そのことからも想像できるように、哺乳類のなかで最も原始的なグループに属していて、ヒトを含む哺乳類の進化を知るうえで重要な存在です。爬虫類からの分岐が3億年以上前に遡るので、その後、哺乳類がより哺乳類らしくなっていく途中段階、つまり我々の祖先の姿を知ろうと思うと、貴重な比較対象になってきます。しかしながら現在はカモノハシとハリモグラの仲間に含まれる5種しかおらず、化石記録もあまり残っていないんです。だからこそ逆に、挑戦してみたくなりました」

カモノハシ (Photo by David Clode on Unsplash)

カモノハシ (Photo by David Clode on Unsplash)

歯1本の化石から特定された、カモノハシの祖先の新種

あえて困難に立ち向かおうとは、さすが研究者。ここで素朴な疑問。カモノハシってくちばしがあるのに歯もあるの? あ、でも鳥類じゃなく哺乳類だから、あって当然か。

 

「いえ、現生の単孔類には、歯がありません。カモノハシは咀嚼をするにも関わらず歯を失った、唯一の哺乳類なんです。だけどカモノハシの仲間として、歯のある祖先、2300~700万年前に生きていたオブドゥロドンの存在がわかっています」

 

オ、オブドゥロドン!? 歯があるだけに噛みそうな名前だけど(?)、歯の化石からカモノハシの仲間だったとわかるなんて不思議…。

 

「歯は体のなかで一番固く、残りやすいんですが、逆に言うと歯の化石ぐらいしか見つかっていないものも多い。だけど哺乳類は、歯の形を見れば種がわかります。さらには食性、何を食べていたかもわかりますし、かなり情報量の多い組織なんです。歯から新種が発見されることもありますしね。2013年に見つかったオブドゥロドンの新種も、歯1本の化石から論文が出されているんですよ」

カモノハシとオブドゥロドン

 

カモノハシに歯がないのは何故? 定説を覆す新説を発表!

歯ってすごい…。だけどカモノハシの歯は、なんでなくなってしまったんだろう。

 

「その謎を解き明かすため、オーストラリアやアメリカの研究者たちと共同で研究を進めました。共同研究者がCTで撮影した、1000万年ほど前のオブドゥロドンの化石標本のデータをもらって解析し、カモノハシの頭骨と比較。その結果、くちばしの感覚器官が発達するとともに、電気感覚を伝えるために太くなった神経が、歯の生えるスペースを奪ってしまったのだと考えました」

オブドゥロドンの頭骨(上)とカモノハシの頭骨(ともにレプリカ)

オブドゥロドンの頭骨(上)とカモノハシの頭骨(ともにレプリカ)

 

カモノハシはくちばしで電気を感知しているの!? 発達したってことは、何らかの変化に対応する必要があったってことか。

 

「歯が失われただけでなく、くちばしも下向きに変化してきているんですよね。いずれも原因は、オブドゥロドンとカモノハシの採食行動の違いではないかと思います。カモノハシは水の底で餌をとるため、くちばしが下向きになっているのに対し、オブドゥロドンは、水中で泳いでいる獲物をとっていたんじゃないかと。加えて、水底で餌をとると、くちばしで泥が巻き上がるため、視覚が役立ちにくくなります。そのため、くちばしの感覚を発展させていった、という結論に至りました」

 

なんと興味深い発見! だけど浅原さんたちが研究する前までは、どう捉えられていたの?

 

「単孔類の仲間は、1億2000万年前ぐらいから歯の先に伸びる神経の管が発達していたことがわかっていて、その感覚器官は恐竜の時代には鋭敏に発達していたというのが定説でした。しかし現在のカモノハシほどの鋭敏な電気感覚は、オブドゥロドンがいた時代よりあと、つまりこれまで考えられていたよりもずっとあとになって発達した、という説を2016年に発表したんです」

 

定説を覆す新説! かっこいい! 件の論文は『Science』の姉妹誌である『Science Advances』に掲載され、世界5カ国で報道。さらには『Science』本誌にも紹介記事が載り、大きな話題となったそう。

 

「カモノハシは、くちばしを振りながら泳ぐことで、電気の発信元を検知し、周囲を認識しているようです。それ以外の感覚はかなり低く、視覚も聴覚も嗅覚も強くない。水の中では目をつぶって泳ぎまわり、耳も閉じている状態です。人間は情報の8割を視覚から得ているといいますが、カモノハシはくちばしで世界を感じているんですよ」

 

浅原さんらによるオブドゥロドンとカモノハシの比較研究の図解

浅原さんらによるオブドゥロドンとカモノハシの比較研究の図解

 

標本調査に利用した米国国立自然史博物館(スミソニアン)

標本調査に利用した米国国立自然史博物館(スミソニアン)

日本にもやって来る可能性があった!? 「カモノハシ外交」

前述の研究で使った材料が、「共同研究者がCTで撮影した化石標本のデータ」だったことで気になったけれど、浅原さんが生きたカモノハシを目にする機会って?

 

「オーストラリアへ遊びに行ったときに見るぐらいで、研究でふれたことはありませんね。初めて目にしたのは、まだ研究を始める前の学部生時代。動物園や近くにカモノハシが住んでいるというワイナリーに行って出会ったんですが、さらに愛おしくなりました。

研究には標本を使う選択肢しかありませんが、その数も少ない。単孔類は現在、カモノハシとハリモグラしかいないぐらいなので、あまり多様性がなく、細く長く生き延びてきたと考えられます」

オーストラリアのワイナリーの裏手の川で、カモノハシの出現を待つ学生時代の浅原さん

オーストラリアのワイナリーの裏手の川で、カモノハシの出現を待つ学生時代の浅原さん

シドニー水族館で浅原さんが撮影したカモノハシ

シドニー水族館で浅原さんが撮影したカモノハシ

 

材料が限られている、という研究の苦労もあるわけか。だけどそもそも、カモノハシはオーストラリアにしかいなかったものなの?

 

「6000万年ほど前には、南極大陸や南米大陸にもカモノハシの仲間がいたことはわかっています。現在は動物愛護の考え方も強くなってきているので、わざわざストレスをかけて海外に運び出せなくなっているようです。オーストラリアから外に出たのは、アメリカの動物園に送られた例だけ。ほかは実現しませんでした」

 

それは意外。現在いないだけで、過去には各国の動物園で愛されていたのかと想像していた。だけど海外に送る試みはあったということか。

 

「中国の『パンダ外交』と同じレベルのことが、カモノハシでも行われていたんですよ。特徴的なのは、計画された回ごとに、主体も目的も違うこと。1916~58年にかけて試みられたアメリカへの移送は、動物商や動物園といった民間の交流。それに対し、戦時中に進められたイギリスのケースは政府間。実は日本にも送られる計画があったんですが、これは自治体間、州首相と都知事との取り決めでした。1996 年に開催予定だった東京での博覧会で出展される計画だったんですが、前年に首相と知事が交代したことで、計画は中止に追い込まれたんです」

 

知らなかった! さほど遠くない過去に、カモノハシが日本で暮らす可能性があったなんて…。じゃあイギリスへは、なぜ戦時中に?

 

「オーストラリアはイギリスからの支援を必要としていましたからね。1943 年の移送は、英首相だったウィンストン・チャーチルのリクエストによるものです。第二次大戦中、イギリスの船はドイツ軍の潜水艦から攻撃を受けていましたが、その被害が減り、形成が逆転しつつある時期でした。その戦果が上がりつつあることをアピールしたかったのでは、というのが私の考えです。オーストラリアからはるばる船便で届くということは、イギリスの周りの海が安全になったことを示すでしょう」

 

なるほど、そんな思惑が…。カモノハシは、オーストラリアではコインにもなっているほど象徴的な生き物だけど、コアラやカンガルーよりもレア度が高い。しかも神経質で長い期間の輸送が難しいので、それだけ外交に意味が出てきたのだという。とはいえ、環境的にオーストラリア外でも生きていけるのだろうか。

 

「オーストラリア大陸でも北から南、熱帯から寒いところまでかなり広いエリアで暮らしているので、それなりに適応能力は高いはず。まちのすぐ近くの公園でも見られますし、川が汚れていなくて餌がある場所なら生息できるようですよ」

水と陸、生活スタイルが分かれる前の祖先の姿を解き明かす!

カモノハシグッズがたくさんの研究室

カモノハシグッズがたくさんの研究室

 

へんてこで面白く、そしてかわいい。そこがカモノハシの魅力だと微笑む浅原さん。研究室は、カモノハシグッズでいっぱいだ。

 

「ひょうきんな顔をしているものも多く、愛くるしいですよね。研究を始めてから、さらに愛着がわいてきています。カモノハシって 、実物より大きく思っている人が多いんですが、実際は40から60cmぐらい。骨のレプリカを見てもらったらわかるとおり、意外に小さいでしょ?」

意外と小さいカモノハシ

意外と小さいカモノハシ

 

確かに! もっと大きなイメージだったけど、実際はこれぐらいなのか。

 

「水で暮らす生き物は、毛皮の中に水が入らないよう、毛の密度が高い傾向にある。すると犬や猫などに比べて、実物より大きく見えるみたいです。カモノハシは、水の中で餌をとりますが、水辺の穴の中で寝泊まりする、半水生の暮らしをしています。同じ単孔類でも、ハリモグラの生活場所は陸上。よちよちと歩き回り、長い舌でアリなどを食べるんですよ」

 

同じグループとはいえ、水と陸上、生活様式が違えば見た目も随分、違うものだ。かわいいのは共通しているけれど…。

 

「オーストラリアだけに生息しているのも共通しているんですけどね。カモノハシは、石の下など見えない場所にいる甲殻類や昆虫などを探すので、そこから漏れてくる電気の情報が大事になってきますが、陸上で蟻塚などを探すハリモグラは、においの感覚がメインのようです。ハリモグラの鼻先にも電気を感じる感覚器官はありますが、数は少ない。カモノハシが約2万なのに対し、400ほどしかなく、恐らく今は役に立っていません」

 

これも進化の過程で失われていったんだろうか。探っていけば、哺乳類最初の分岐点が見えてきそうだ。

 

「痕跡があるということは、祖先が恐らく電気の感覚を必要とする暮らしをしていた、つまり電気の伝わる水中で活動していたことを示唆しています。今ではかなり違う姿をしているカモノハシとハリモグラがどう分かれていったのかも今後、解き明かしていきたいです。ゲノムのデータがそろってきたら、水生で進化するような特徴の遺伝子を見ることもできるはず。今後も周辺分野の動きを注視しながら、研究を進めていきたいですね」

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【珍獣図鑑 生態メモ】カモノハシ

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ハリモグラ、ミユビハリモグラを含めた3属からなる単孔類の一種で、オーストラリアにだけ生息。哺乳類だが卵を産み、母乳で子どもを育てる。くちばしと水かきがあり、緻密な毛皮とひらたい尻尾をもつ。水辺に穴を掘って暮らし、水中で甲殻類や水棲昆虫などを捕食。獲物が動くときに発する微弱な電流や水流をくちばしで感知して捕らえ、くちばしの付け根にある角質板を歯の代わりにして咀嚼する。

 

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