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圧倒的画力と創作エネルギーに溢れる空間! 東京造形大学「ヤマザキマリの世界」展

2022年12月15日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

『テルマエ・ロマエ』をはじめとする漫画やエッセイ、絵画など、多彩な作品を生み出し続けるヤマザキマリさん。その魅力的な作品は、どのように生み出されてきたのでしょうか。東京造形大学附属美術館主催の「ヤマザキマリの世界」展(会期終了)に行ってきました!

 

ヤマザキマリさんは、2020年度以降、東京造形大学の客員教授を務められています。同展は、さまざまな専攻から集まった学部生・大学院生60名のほか、卒業生、教職員、外部協力者などが協力して進めたプロジェクト。漫画家、画家、著述家としての3つの側面から、ヤマザキマリさんの作品が楽しめます。それをさらに盛り上げるのが、学生たちが制作した展示物の数々。ヤマザキマリさんの作品の世界観をよりわかりやすく具体的に伝えるため、その時代の芸術作品を模した作品を展示するなど、さまざまな工夫がされていました。

漫画作品と、学生の本気が融合

展覧会は2つの会場(東京造形大学附属美術館、ZOKEIギャラリー)で行われた。東京造形大学附属美術館の展示室Aでは『テルマエ・ロマエ』ほか、漫画家としての作品を展示

展覧会は2つの会場(東京造形大学附属美術館、ZOKEIギャラリー)で行われた。東京造形大学附属美術館の展示室Aでは『テルマエ・ロマエ』ほか、漫画家としての作品を展示

 

第一会場(東京造形大学附属美術館)に入ってすぐの展示室には、漫画家としての作品が展示されていました。上の写真左手、白枠の額縁には手書き原画が、右側の黒枠の額縁にはデジタル原画がおさめられています。手書き原画の細かい描写に見入ってしまいましたよ。

 

『テルマエ・ロマエ』の手書き原画。セリフなどの文字部分には写植(写真植字)で印字した印画紙が貼り込まれている

『テルマエ・ロマエ』の手書き原画。セリフなどの文字部分には写植(写真植字)で印字した印画紙が貼り込まれている

学生だけで描いた絵画作品「ヤマザキマリワールドの学堂」

学生だけで描いた絵画作品「ヤマザキマリワールドの学堂」

各所にある説明パネルも学生が制作

各所にある説明パネルも学生が制作

 

なかでも目立っていたのは、天井から吊されている絵画「ヤマザキマリワールドの学堂」。こちらはルネサンス期の絵画『アテネの学堂』をモチーフに学生が制作した絵画です。描かれている人物はすべてヤマザキマリさんの漫画作品に出てくるキャラクターという懲りよう! 学生たちの本気度がうかがえる展示でした。

 

15世紀半ばのイタリアを舞台にボッティチェリ、レオナルドらの生涯を描いた作品『リ・アルティジャーニ ルネサンス画家職人伝』のネーム

15世紀半ばのイタリアを舞台にボッティチェリ、レオナルドらの生涯を描いた作品『リ・アルティジャーニ ルネサンス画家職人伝』のネーム

 

また、通常ではなかなか見られない手書きのネーム(マンガのコマ割りや構図、セリフなどを大まかに表したもの)も展示されていました。漫画家は一般的に、ネームに修正が入ると、その部分だけを消して修正箇所を直しますが、ヤマザキマリさんは別の紙に描き直すそうです。ネームからペン入れを経て、漫画ができるまでがわかりやすく展示されていました。ネームの段階から細部にわたり丁寧に描かれていて、作品への真摯な思いが伝わってきます。

画家としての作品と、学生たちの情熱

次の展示室では、ヤマザキマリさんの画家としての側面が見られます。展示室に入った途端、驚いたのがヤマザキマリさんの圧倒的迫力の肖像(下の写真奥)。よく見ると、ヤマザキマリさんの漫画を貼り合わせて作られたモザイクアートなんです。

「ヤマザキマリの肖像」

「ヤマザキマリの肖像」

近くで見るとヤマザキマリさんの漫画を組み合わせて作られていることがわかる

近くで見るとヤマザキマリさんの漫画を組み合わせて作られていることがわかる

 

このモザイクアートは学生が制作したものです。学生たちの情熱がこの展示会をより味わい深いものにしていると感じました。

ミュージシャンの肖像画や幼少期の作品も

左の絵画から『桐竹勘十郎の肖像』『山下達郎の肖像』『立川志の輔の肖像』

左の絵画から『桐竹勘十郎の肖像』『山下達郎の肖像』『立川志の輔の肖像』

 

モザイクアートと反対側の壁には、ヤマザキマリさんが描いた肖像画が展示されていました。どの方の肖像画も生き生きとして、あたたかみを感じます。

ちなみに山下達郎さんの肖像画(上の写真中央)は、もともと山下さんご本人の新作アルバムのジャケット用に、山下さんの提案によりヤマザキマリさんが描いたもの。さらに今回の個展開催のために、山下さんのお声がけにより文楽人形遣いの桐竹勘十郎さん(写真左)と、落語家・立川志の輔さん(同右)の肖像画制作も実現したそうです。山下さんは、絵画に描かれている通りのやさしく、面倒見のいい方なのだろうと感じました。

 

本展の隠れた目玉展示ともいえるのが、幼少期の作品の数々。小さい頃から、市販本のように表紙や見開きのページを作り、メリハリのあるストーリー展開を考えて絵本を描いていたのはすごいと思ってしまいました。

幼少期の手書き絵本やお絵描きなど

幼少期の手書き絵本やお絵描きなど

手書き絵本『えんぴつとけしごむ』。絵本の体裁になっています

手書き絵本『えんぴつとけしごむ』。絵本の体裁になっています

4〜6歳の頃の作品。右下の絵は「ぬいぐるみ」を描いたもの。今でも大切に持っているといいます

4〜6歳の頃の作品。右下の絵は「ぬいぐるみ」を描いたもの。今でも大切に持っているといいます

 

これらの貴重な作品は、展覧会に出すためにヤマザキマリさんのご実家から持ってきてもらったそうですが、とてもきれいな状態で残っていて驚いてしまいました。作品もすばらしいですが、ご家族の愛情も感じます。

著述家としての作品と、学生たちのアイデアの共演

エッセイなどが展示されたZOKEIギャラリー

エッセイなどが展示されたZOKEIギャラリー

 

第二会場(ZOKEIギャラリー)は、ヤマザキマリさんの著述家としての姿が感じられる空間です。

会場に入った途端、目に入ったのが、天井から吊された布の数々です。「ヤマザキマリのことば(インスタレーション)」という展示で、著作の中から学生がピックアップした言葉を布に印字したもの。

 

「わたしは絵を描く人間なんだと悟ったとき、腹をくくった気がします。」という言葉は、絵を描く人だけではなく多くの人に刺さるフレーズなのではないでしょうか。立ち止まって見上げている方が多数いましたよ。

最新刊「歩きながら考える」と、学生が作った本のレビュー

最新刊「歩きながら考える」と、学生が作った本のレビュー

 

ZOKEIギャラリー入口や布のまわりに展示されていて興味を引いたのが、ヤマザキマリさんの本と学生たちのレビューです。このレビューは教授だけではなく、ヤマザキマリさんご本人にもチェックを受けての展示だったようで、何度も書き直して生まれたものなのだそうです。いいものを見せたいと思う学生さんと教授の熱意に頭が下がる思いで読ませていただきました。

 

ヤマザキマリさんの作品をより深く感じられる工夫が、随所に散りばめられた「ヤマザキマリの世界」展。学生による展示物や丁寧な説明パネルがあることで、よりヤマザキマリさんの世界が色あざやかになっていたように感じました。演出の仕方によって作品のことをより好きになっていく。見せ方の工夫は、そのような可能性を秘めていると改めて気づかせてくれた気がします。

 

そして何より、ヤマザキマリさんの圧倒的な画力と作品への真摯な思いが感じられる展覧会でしたよ!

アート系大学ならでは! お洒落な雰囲気の中で食べられる東京造形大のお昼ごはん

2022年12月13日 / 美味しい大学, 大学を楽しもう

東京造形大学にある学食は、窓の向こう側に広がる緑を眺めながらくつろげるスポットです。カフェが併設されているので、おいしいコーヒーやパン、アイスなども食べられます。そんな同大学の学食に行ってきました!

 

アート系の大学だけあり、美しさにもこだわった学食

JR横浜線相原駅から、誰もが無料で乗車できるスクールバスに乗ること約5分。東京造形大学は、小高い山を切り開いてつくられたのか、緑の多い立地に建っています。バスのロータリーを囲むように建物が建っていて、学食のある10号館の建物は、バスを降りると、目の前の美術館を真正面に見て右側に進むと現れます。

バスを降りたら10号館の建物をめざしましょう。写真右手に進むと、芝生の広場があり、そこを抜けて少しいくと10号館が見えてきます

バスを降りたら10号館の建物をめざしましょう。写真右手に進むと、芝生の広場があり、そこを抜けて少しいくと10号館が見えてきます

 

学食のある10号棟に入ると中央に催事などができるスペースがあり、その左側に学食の入口、右側にカフェの入口があります。中央のフリースペースを囲うように学食やカフェがあるので、周辺の山や緑を眺めながら食事がいただけます。白を基調にした明るくて気持ちのいい空間になっていて、こだわりを感じました。

 

ちなみに学食のテーブルとイスは、同大学卒業の藤森泰司さんがデザインしたもの。お洒落な印象です。

中央は催事などができるスペース。奥に広がるガラス張りの空間が食堂部分

中央は催事などができるスペース。奥に広がるガラス張りの空間が食堂部分

 

飽きずに楽しめる、日によって異なるメニューを展開

東京造形大学の学食は、券売機で購入できるほか、キャッシュレス決済にも対応。メニューは日によって異なり、ホームページからも確認可能です。筆者が行った日は、ごはんとお味噌汁がセットの定食、A「麻婆茄子」(400円)、B「豆腐ハンバーグきのこあんかけ」(450円)、C「ミックスフライ(エビ・白身魚・メンチ)」(500円)のほか、「ポークカレー」(280円)や麺類、副菜など、おいしそうなメニューがたくさんあり迷ってしまいました。

食堂内のカウンター各所にキャッシュレス端末が設置され、料理を選択するたび「ピッ」と決済。そのためレジはありません

食堂内のカウンター各所にキャッシュレス端末が設置され、料理を選択するたび「ピッ」と決済。そのためレジはありません

 

迷った末、定食Bと、菜の花のピーナッツ和え(60円)を選びました。豆腐ハンバーグのあんのとろみが強いので、味の絡みが良くて食べやすかったです。お米はふっくら、お味噌汁は上品な味わい。菜の花のピーナッツ和えは砕かれたピーナッツが入り、お持ち帰りしたい食感。この一品が嬉しいですね。

定食B「豆腐ハンバーグきのこあんかけ」と菜の花のピーナッツ和え

定食B「豆腐ハンバーグきのこあんかけ」と菜の花のピーナッツ和え

 

食後は、併設しているカフェでアイスカフェラテ(220円)をいただき大満足。本格的なコーヒー類が気軽に楽しめるのはいいですね。

カフェで頼んだ、アイスカフェラテでホッとひと息

カフェで頼んだ、アイスカフェラテでホッとひと息

 

ちなみにカフェには、コーヒーやサーティーワンのアイスクリーム、パンなども置いてありました。お昼ごはんかそれともデザートか、アイスを食べている学生の姿も見られました。

奥にレジやパンコーナーを設置しているカフェ部分

奥にレジやパンコーナーを設置しているカフェ部分

 

カフェにはタブレットを広げて絵を描いている人が複数いて、アート系の大学らしさが感じられました。

 

さまざまな展示が行われている東京造形大学。展示会の帰りに学食やカフェでゆっくりしていくのもいいですね。

窓の外は一面の緑で開放的な雰囲気の店内

窓の外は一面の緑で開放的な雰囲気の店内

村上春樹×映画ワールドを旅する、早稲田大学の企画展「村上春樹 映画の旅」に行ってきた!

2022年12月8日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

昨年、早稲田大学内にオープンした「村上春樹ライブラリー(正式名称:早稲田大学国際文学館)」。そのおとなりの建物「早稲田大学演劇博物館」で、2022年度秋季企画展「村上春樹 映画の旅」が開催中ということで行ってきました!

村上春樹さんが映画好きなことは知っていたけれど、一体どのような展示会になっているのでしょうか? 

 

ハルキストだけではなく、創作活動にかかわる全ての人にもおすすめの企画展をご案内します。

 

【過去の早稲田大学演劇博物館の記事はコチラ】

デジタルアーカイブを楽しむ(3): 約1,300本もの舞台公演映像が検索できる! 早稲田大学演劇博物館の特設サイト

早稲田大学演劇博物館だから実現する!熱量あふれる企画と 豪華な関連イベント【企画展編】

古今東西、貴重な演劇資料を収蔵する早稲田大学演劇博物館【常設展編】

館内廊下。「旅」をテーマにしているため、展示場の床には道路をイメージ白線が表示(画像提供:早稲田大学演劇博物館)

館内廊下。「旅」をテーマにしているため、展示場の床には道路をイメージ白線が表示(画像提供:早稲田大学演劇博物館)

 

旅するように村上春樹×映画が楽しめる構成

「村上春樹 映画の旅」の第1章「映画館の記憶」では、小説家になる以前の村上春樹さん(以下、村上さん)が足を運んでいた映画館の写真や、観ていた映画の、ポスターやシナリオなどが展示されていました。

映画館の情報などは、村上さんからヒアリングしたそう(画像提供:早稲田大学演劇博物館)

映画館の情報などは、村上さんからヒアリングしたそう(画像提供:早稲田大学演劇博物館)

 

1968年に早稲田大学入学を機に上京した村上さん。当時は脚本家を目指していたため、演劇博物館でよく映画のシナリオを読んでいたそうです。

 

そんな村上さんの卒業論文『アメリカ映画における旅の思想』の表紙(複製)も展示されていて、興味深かったです。村上さんがどれだけ映画に熱中していたかがわかるタイトルですね!

第2章「映画との旅」の壁に描かれたアメリカンなバイク

第2章「映画との旅」の壁に描かれたアメリカンなバイク

 

第1章エリアの角を曲がると、村上さんのエッセイや対談、紀行文などを取り上げる第2章「映画との旅」が始まります。アメリカ西海岸カリフォルニアの陽光が注ぐ、のびやかなロードをイメージ。真っ直ぐの白線と壁に描かれたアメリカンなバイクが印象的でした。

案内標識は「旅」を意識し、道路標識がモチーフ

案内標識は「旅」を意識し、道路標識がモチーフ

 

黄色い標識を右側に折れると、第3章「小説のなかの映画」エリア。どのように小説の中に映画が登場しているか、小説の一部が引用され紹介されています。

 

小説に出てくる映画のポスターのほか、随所に昔の映画字幕に使われていた書体を使用したという「解説キャプチャ」がある親切設計で、小説の引用文には該当ページ数も表記。お気に入りの小説を持参しながらまわると「へえ、ここがそうなんだ!」と、また違う読み方ができるんです。

『羊をめぐる冒険』366ページに出てくる、映画『ダック・スープ』についての説明文

『羊をめぐる冒険』366ページに出てくる、映画『ダック・スープ』についての説明文

 

さらに同エリアにはブースごとにわかれた空間があって、ほんのり暗がりの中、好きなものに囲まれる幸せが得られます。小説と映画の世界に浸ると、村上さんの頭の中にすっぽり入っていくような感覚に襲われて、かなりの没入感!

 

企画担当者の方も、そういう思いで同コーナーをつくったそう。

映画の暗がりをイメージしたというブース(画像提供:早稲田大学演劇博物館)

映画の暗がりをイメージしたというブース(画像提供:早稲田大学演劇博物館)

 

第4章「アメリカ文学と映画」では、『グレード・ギャツビー』やレイモンド・チャンドラーの小説といった、村上さんが手掛けた翻訳本の中で映画化されたものが映画のポスターなどと一緒に紹介されています。

 

最後の第5章「映像化される村上ワールド」では、村上文学の中で映画化された作品に関する資料を展示。2021年の話題作、映画『ドライブ・マイ・カー』の衣装や、作中で繰り広げられる多言語劇中劇用のシナリオなどもありました。

 

展示室の左奥には、車を模した赤いブースを発見。中では映画『ドライブ・マイ・カー』に出てくる、あるシーンが鑑賞できて「そんなサプライズもあるのか!」と、貴重な展示品たちに少し驚いてしまいました。

映画『ドライブ・マイ・カー』の衣装。奥の赤いブースが鑑賞コーナー(画像提供:早稲田大学演劇博物館)

映画『ドライブ・マイ・カー』の衣装。奥の赤いブースが鑑賞コーナー(画像提供:早稲田大学演劇博物館)

ブース横には、映画に出てくるカセットテープの展示。あの声が聞こえてきそうです(画像提供:早稲田大学演劇博物館)

ブース横には、映画に出てくるカセットテープの展示。あの声が聞こえてきそうです(画像提供:早稲田大学演劇博物館)

 

「これだけの本数の映画をご覧になっていることが、一番の驚きでしたね」

そもそもなぜ今回の企画展は開催されたのでしょうか。企画担当者の方に聞いてみました。

 

「昨年『ドライブ・マイ・カー』が評判となったこともありますし、村上春樹さんの作品にはよく映画が出てくることも、早稲田大学時代に映画のシナリオを村上さんがよく読んでいたことも知っていました。そこで村上文学と映画について掘り下げたら面白いのではと思い、今回の企画展にいたりました。村上文学から映画、映画から村上文学など、相互的に興味が広がってくれればうれしいですね」

 

小説の中の映画、またはその逆を知ることで、世界が広がっていく。当展示の面白みを実感させられました。

 

最後に企画担当者の方は、こんなこともおっしゃっていました。

 

「これだけの本数の映画が頭の中に入っていることが、一番の驚きでしたね」

 

村上さんの作品『騎士団長殺し』では、ホラー小説ではないにも関わらず、ホラー映画の名作『シャイニング』が登場するなど、その他の作品でも異ジャンルからのセレクトが多く見られます。しかも登場する作品では、会話の途中でポンっと映画のタイトルが出てくるなど、登場の仕方も仰々しくないのです。それは頭の中に映画の痕跡があるからこそ、自然と結びつけられるもの。

 

素晴らしい才能のある村上さんが多くの映画を楽しんでいるのですから、平凡な筆者のような人間は、一体、どれくらいのインプットをすればいいのでしょうか。

 

とりあえず、映画を観よう。そう思わせてくれる企画展でした。

都心の中で、緑を感じながら楽しめる成城大学の学食

2022年10月17日 / 美味しい大学, 大学を楽しもう

小田急線成城学園前駅から歩いてすぐの場所にある、成城大学。世田谷区内でも有名な高級住宅街のある地域にある大学です。

成城大学の学食は、どんなものか探ってみました!

中央改札口目の前にあるのは駅ビル「成城コルティ」

中央改札口目の前にあるのは駅ビル「成城コルティ」

 

小田急線「成城学園前」駅は、新宿駅から小田急線の急行で15分ほどの場所にあります。「成城学園前」駅という名称ですが、駅の目の前に大学があるわけではありません。

 

駅ビル「成城コルティ」をはじめ、お洒落な雑貨屋さんや飲食店、美容室などが立ち並ぶエリアを通った先に正門が現れます。

大学をはじめ、幼稚園から高校まで同じ敷地内にあるのが成城大学のキャンパスの特徴です。

成城大学正門。ワンキャンパスに幼稚園から大学まで揃っています

成城大学正門。ワンキャンパスに幼稚園から大学まで揃っています

 

正門から緑がいっぱいの校舎。都心にあることを忘れるようなゆったりとしたキャンパスは、入るだけでもワクワクします。

ちなみに成城大学には「学生食堂」「成城ラウンジ」「SEIJOちかぱん」の3カ所で食事が楽しめるのですが、今回はお手軽価格でボリュームのあるメニューが食べられる学生食堂に行ってみることに!

学生食堂の入り口。右側は売店

学生食堂の入り口。右側は売店

 

お目当ての学生食堂は、正門から入って左手にある「法人棟」の1階にあります。

まずは食券売り場で今日のおすすめをチェック。メニューはそこそこ多いのですが、オープンしてすぐの時間帯だからなのか、狙っていた丼物が売り切れ…。

定番のカレーが3種類も! 男子学生の多くは、カレーを注文する姿が。

定番のカレーが3種類も! 男子学生の多くは、カレーを注文する姿が。

本日のうどん・そばは、本日のつゆは関西風白だしとこだわりが!

うどん・そばの本日のつゆは、関西風白だしとこだわりが!

 

悩んだ末、他の女子学生がAランチの「油淋鶏」を頼んでいたので、私もそちらをチョイスしてみました。帰り際、確認したところ圧倒的に男子はカレーが多くて、女子はAランチが人気のようでした。

右側の扉からは、隣りの売店に出入りできます

食券を購入後は、左側にあるトレイやコップなどを取り、さらに左側に進んで食券を渡していきます

 

学食内は思ったよりも広くて、ライブハウスにもなる倉庫風カフェのような雰囲気。ランチを注文する以外にも、談笑する学生や、コンビニなどで購入したものを食べている学生も見られ、学生さんの憩いの場所になっていました。

柱にアルファベットが記されているので、待ち合わせなどにも便利です

柱にアルファベットが記されているので、待ち合わせなどにも便利です

アクリルボードが設置されるなど、コロナ対策もバッチリ

アクリルボードが設置されるなど、コロナ対策もバッチリ

 

天井にはところどころにテントで覆われた特徴的な内装デザイン。レフ板効果があるのか窓側ではない席も明るく感じました。そして何より感動したのが、やっぱり食事です!

Aランチ「油淋鶏セット」

Aランチ「油淋鶏セット」

 

ごはんが山盛りでビックリ。お肉も思ったよりもたっぷり入っています。お味噌汁はわかめのみでしたが、しっかりと出汁がきいていて懐かしい味わい!

また食べたくなる、ほっこり系お味噌汁

また食べたくなる、ほっこり系お味噌汁

 

肝心のお肉は、衣がサクッとしているのにお肉が柔らかくて最高! 甘酢も甘すぎずちょうどいい酸味。お肉にも味がついていて、食べるのが楽しくなりました。やっぱり噛むと衣のサクサク感を音でも感じられると、食が進みますね。衣がしっかりついているのに、油っぽすぎないのも良かったです。

衣はサクッ、お肉はしっとりの「油淋鶏」

衣はサクッ、お肉はしっとりの「油淋鶏」

 

油淋鶏をより味わい深くしているのが、上にのっている香味野菜です。

白米の上に、香味野菜をのせて一緒に食べたところ、瓶詰めして売ってくれたら買うわ!とさえ思ってしまう相性の良さ。ごはんと甘酢とネギが合うのは、わかっていたのですが、理屈じゃないんですよね。無限飯が食べられる絶妙な味わいで大満足!

香味野菜をごはんの上にのせて食べてみた!

香味野菜をごはんの上にのせて食べてみた!

 

お腹いっぱいになったので、大学内を散歩してみたところ構内にキッチンカーもきていました。青空の下でランチを楽しむ学生の姿も!

青空に映える、構内のキッチンカー

青空に映える、構内のキッチンカー

 

駅まで歩いても4分ほどの距離なので、駅前でお弁当を購入して学食で楽しむ人、屋外で食べる人、さまざまな人がいて、とても自由な雰囲気。

緑も多いので歩いているだけで癒やされました。また行きたいと思える大学&学生食堂でした!

子どもたちが描く“日常”が語りかけるもの――聖心女子大学「ウクライナ&ロシア子ども絵画展」への思い

2022年6月23日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

同じ人間なのに、生きている場所が違うだけで「これまでの日常」を送れない人たちがいます。誰かが育てた野菜やくだものを食べて、笑い、時に学んで、あたたかい布団で眠る。私たちが当たり前のようにやっていることが、戦争などで不本意にできなくなってしまう……。世界には日常が脅かされている子どもたちがいるのです。

 

聖心女子大学が緊急企画した「ウクライナ・ロシア子ども絵画展―平和の再想像へ―」(2022年5月5日〜7月7日開催)では、ウクライナとロシアの子どもたちが描いた「(平時のときの)日常の絵画」が展示されています。同大学はなぜ緊急企画を開催したのか、なぜ両国の子どもたちの「日常」の絵画を集めたのか。同展を企画した聖心女子大学の永田佳之先生と、水島尚喜先生にお話を伺いました。

今回お話を伺った研究者

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永田 佳之 聖心女子大学 現代教養学部 教育学科 教授

グローバル共生研究所 副所長/日本国際理解教育学会会長

 

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水島 尚喜 聖心女子大学 現代教養学部 教育学科 教授

日本美術教育研究会会長/(公財)美育文化協会理事

「日常」を描いた子どもたちの作品に、胸が痛むなんて……

ウクライナとロシアの現状や動向が連日報道されるようになり、心を痛めている人は少なくないでしょう。聖心女子大学で開催中の本絵画展では、両国の子どもたちによる絵画全34点が展示されています。この緊急展示会は、2023年5月から聖心グローバルプラザ内にある「BE*hive」で開催予定の「戦争と子ども展:それでも世界は生きるに値する(仮題)」のプレ・イベントとして開催中です。先生方へのインタビューに先立ち、会場の様子をご紹介します。

会場である聖心グローバルプラザに一歩入ると、壁一面の壁画の両サイドに竹笹が用意され、笹の葉には短冊が飾られていました。七夕まで開催される本展示会にちなみ設置され、訪れた人たちの個々の願いや平和への希望が記されていました。

壁の両サイドに竹笹が飾られている。中央の大きな木は、自然石で描かれた壁画『Le Pommier d’Or 黄金の林檎』

壁の両サイドに竹笹が飾られている。中央の大きな木は、自然石で描かれた壁画『Le Pommier d’Or 黄金の林檎』

 

「ウクライナ&ロシア子ども絵画展〜平和の再想像へ〜」は、エントランスの一角でおこなわれています。

両国の子どもの絵画が隣り合うように飾られている

両国の子どもの絵画が隣り合うように飾られている

 

ここに展示されている絵画はすべて公益財団法人美育文化協会が主催する「世界児童画展」に寄せられた作品。

「子どもたちの日常の姿や等身大の心」が素直に表現されたものばかりです。

 

戦争が起きるなんて考えもせずに、日常を楽しんでいる子どもたちの様子が見てとれます。

たわわに実ったくだものが美味しそうな「いいご主人がすべての種をまく」(ウクライナ)

たわわに実ったくだものが美味しそうな「いいご主人がすべての種をまく」(ウクライナ)

 

中でも気になったのが上の絵画「いいご主人がすべての種をまく」(ウクライナ)です。絵画には美味しそうな野菜やくだものが描かれ、楽しそうに収穫しています。後ろ側には、動物たちの姿も。

絵画を描いた少女の日常は、一体どのようになっているのでしょうか。野菜や動物たちは?

そう考えると胸がざわつきました。

 

次に興味を持ったのが「建築物」というタイトルの絵画。ここに描かれた建築物は、今も残っているのでしょうか。

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白黒なので色合いは分からないのですが、とても立派な建築物であることが見てとれます。

 

下はロシアの子の作品です。

幻想的で夢のある「雪だるまのパレード」(ロシア)

幻想的で夢のある「雪だるまのパレード」(ロシア)

 

この他にも絵画は多数展示されていましたが、どれも子どもたちの目線で描かれた日常的な風景ばかり。「毎日をいつものように過ごせることは、とても幸せなんだ」と改めて感じさせられると同時に、両国の絵画を一緒に観たことで、「その幸せに、住む国のちがいなど関係ない」と強く感じました。

 

会場の一角には、ミャンマーの子ども絵画コーナーも。

すべてミャンマーの子どもたちの作品

すべてミャンマーの子どもたちの作品

 

最近はウクライナとロシアの状況ばかりが報道され、ミャンマーの現状はあまり伝わってきていません。この間にも虐殺が繰り広げられていると知った水島先生が、急遽ミャンマーの子ども絵画コーナーも増設したそうです。

作品からは、街の賑わい、学びや仕事の風景が見て取れます。このような日常はいつ戻ってくるのでしょうか。

2人のシンクロした思いからはじまった展示会

写真左が永田先生、右が水島先生

写真左が永田先生、右が水島先生

 

絵画を鑑賞したあとに、絵画展の発案者である永田先生と水島先生にお話をうかがいました。

永田先生によると「ウクライナ&ロシア子ども絵画展」は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の職員の方と対話している中で思いついたそうです。

ユネスコといえば教育、科学、文化を通じた世界平和への貢献をめざす国際機関。ユネスコ憲章の冒頭には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」と書かれています。

 

教育学科で教員養成をされている永田先生は、講義の中でも「平和のメッセージを携えて学校現場に行ってほしい」という願いから、ユネスコ憲章の冒頭も絡めつつ、学生たちに平和のメッセージを伝えているそうです。

 

「子どもたちは人類の財産です。子どもたちが学校に行けなくなったり、傷ついたり亡くなったりしている。どうにかしなければいけないが、我々だけでは戦争を止めることはできません。この絵画展では見ての通り、ウクライナとロシアの子どもたちの日常が描かれています。その大切さが失われていることを知り、開催を思い立ちました」

 

今年の2~3月頃、美術教育を専門とする水島先生に、この絵画展の企画について相談したと語ります。しかし水島先生に当時のことをうかがうと、どうも記憶が違うようなのです。

「僕の意識では、こちらから永田先生に相談したと思っていて……。どうやら二人とも同じくらいのときに、同じことを思っていた、いわゆるシンクロニシティなんですよ」

 

この絵画展の提案は、大学内の会議でもすんなり通ったそうです。普段は時間のかかる会議も、戦争反対への思いは大学内でも同様で、全員賛成の即決でした。

差別や偏見をなくしたいため、両国の展示にこだわった

本絵画展を開催する際に永田先生がこだわったのは、「ウクライナの絵画だけではなく、ロシアの子どもが描いた絵画も入れること」でした。

「日本ではウクライナとロシアの戦争が始まってから、ロシアに対する偏見と差別がひどいと感じています。僕が知っているロシアの友だちは皆さんいい人ですし、僕も現地でロシアの学校に通う子どもたちを見てきましたが、本当に純粋無垢で素晴らしい子どもたちです」

 

ロシアがウクライナに攻撃を仕掛けたと報道されると、ロシアのアーティストの日本での展示会がキャンセルされるなどロシアという国だけではなく「文化」に至るまで、嫌悪するようになっています。

 

水島先生は、「私も今回の絵画展において、ウクライナだけではなくロシアの子どもたちの絵画を同時に展示することは必須と考えていました。たとえ国が敵対していても、両国の子どもの絵を同時に等価に示すこと。そのような子どもの文化間の共生は、大きなテーマであると感じています」と話し、「文化こそ架け橋にならないといけない」と言葉に熱を込めます。

 

では、どのようにして両国の子どもたちが描いた日常の絵画を短期間に集められたのでしょうか。

「『世界児童画展』を50年以上開催している公益財団法人美育文化協会が元々持っていた資産やアーカイブの中からピックアップしました」と水島先生。

同協会が主催する絵画コンクールには、毎回、世界各国から8万点ほどの作品が集まり、賞をとるのは200点ほど。その200点が毎年ストックとして国内に保管されているそうです。そのストックがあったからこそ実現した絵画展だったのですね。

「立ち止まって考えて欲しい」と伝えたい

この展示会をするうえで、一番伝えたいメッセージとは何なのでしょうか。永田先生は「立ち止まって考えて欲しい」と語ります。

 

「状況を冷静に見て欲しいですね。今、日本の学生や子どもが、戦争下の焼けただれた建物や避難している様子などを見て不安や無力感をおぼえています。それは大人も同じです。何かしたいけれどできない人も多いですが、今回の絵画展をきっかけに、立ち止まって考え、自分の感情を表現したり仲間と語り合ったりして欲しい」

 

そのために今回は、絵を鑑賞して感じた自分の気持ちを短冊に込められるように、キャンパス内にある竹を切って、展示会場入り口に4.5メートルほどの竹笹を用意したそうです。

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入り口目の前に飾られた笹の葉には、願い事が書かれた短冊が。「表現することで、次の一歩につながるかもしれない」(永田先生)

 

同様の質問を水島先生にしたところ、以下の言葉が返ってきました。

「子どもたちの中には、差別も偏見も何もありません。大人たちは子どもたちを見習って欲しいです。子どもを見ていると学ぶ部分はたくさんあるはずなんですね。それを感じ取っていただけたらいいなと思います」

 

先生方のお話を伺い、戦争をなくすため私たちにできる一歩として、偏見を持って差別をせずに、相手を知ろうとする心をより持つことが大切と感じました。そうすれば、架け橋となるはずの文化を絶つような発想は生まれなかったのではないでしょうか。これなら私たちにもできるはずです。

同時に、平穏な日常に感謝と愛おしさを感じました。日々を大切にして、今できることをしていけたらいいなと思います。

 

絵本は世界の入り口。「絵本の先生」古橋和夫さんが語る「読みかたり」とは?

2022年6月2日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

絵本の中の桃に手を伸ばし、ぱくり。絵本があれば、子どもはいつでもおいしい食べ物に出会えます。かつて子どもだった大人たちも、きっと、ぱくぱく、もぐもぐしていたはず。

 

そんな子どもも大人も大好きな、絵本の楽しみ方をもっと知りたい! ということで、大学で絵本について教えていた「絵本の先生」であり幼児教育の研究者でもある常葉大学名誉教授の古橋和夫さん(以下、古橋さん)に、絵本の楽しみ方や子どもの想像力を育む役割についてお話を伺いました。古橋さんは『子どもへの絵本の読みかたり』の著者でもあり、2013年から「ふるはしかずおの絵本ブログ(以下、絵本ブログ)」も運営している人物。

古橋さんがおすすめしている「読みかたり」とは何か、おすすめの絵本とは?

「スイミーと結婚したい!」そう思わせる絵本という存在

「ある保育者に教えてもらったのですが、女の子が絵本『スイミー』を読んでもらった後、『私、スイミーと結婚する』と言ったそうなんです。子どもたちにとってスイミーは、ヒーローなんですね」

絵本の先生こと古橋さんは、とてもにこやかにそう教えてくれました。その表情は、絵本ブログに掲載されている、にこやかな笑顔そのものです。

絵本ブログに掲載されている古橋和夫さんの写真

絵本ブログに掲載されている古橋和夫さんの写真

 

大学教授時代から始めた絵本ブログ。もともと保育者になろうとしている学生や、ご家庭で絵本を読んであげている人たちの参考になればと思い始めたそうです。現在では、2、3日おきに更新され、毎回1冊の絵本が紹介されています。膨大な数の絵本は、自ら本屋さんや図書館で探し、アンテナを張って選んでいます。

 

そんな古橋さんは、現在「絵本の先生」として親しまれていますが、絵本について教えるようになったのは、短期大学部保育科の教授だった頃から。

 

「学生たちは2年で保育園や幼稚園に就職していくため、もう少し現場に役立つことを教えられたら」という思いから、空いた時間を見つけては、元々興味があった絵本について教えるようになったそうです。

 

「絵本は保育の窓口だと思っています。しかし絵本の研究をするうちに、さらに世界の入り口と感じるようになりました。戦争、児童労働、ジェンダー問題などを題材とした、大人も楽しめる絵本がたくさん出ています。さまざまなテーマを絵本というメディアで扱うようになったことで、世界への入り口になっていると感じるのです」

世界の入り口「絵本」の読み方

絵本を読む際に知っておくとより深く味わえる、絵本の楽しみ方について教えてもらいました。

 

たとえとして見せてくれた絵本は、ロシアの昔話『おおきなかぶ』です。おじいさんの植えたかぶが大きくなり過ぎて抜けなくなってしまい、みんなの協力を得てやっと土から取り出せるというシンプルな物語。

 

その冒頭部分を見てみると……

絵本『おおきなかぶ』(A・トルストイ 再話 / 内田 莉莎子 訳 / 佐藤 忠良 画、福音館書店)の2、3ページ

絵本『おおきなかぶ』(A・トルストイ 再話 / 内田 莉莎子 訳 / 佐藤 忠良 画、福音館書店)の2、3ページ

 

おじいさんが かぶを うえました。

「あまい あまい かぶになれ。おおきな おおきな かぶになれ」

(引用文/『おおきなかぶ』)

 

という文が入ります。一般的に一行目の「おじいさんが かぶを うえました。」は、語り手の文章と言われています。この語り手について古橋さんの言葉が、印象的でした。

 

「語り手の言葉は作者が言っているわけではありません。語り手というのは、絵本の中に存在している聞き手に向かって語っているのです」

 

古橋さんによると、語り手の言葉は誰に向けられているか特定できない場合もあるけれど、基本的に作品の中の誰かを「聞き手」に想定し、語りかけているそうです。

 

これが絵本における「対話的構造」を生み出していると古橋さんは言います。「対話的構造」とは難しそうな言葉ですが、一体、どういうことでしょうか?

 

たとえば『おおきなかぶ』では「おじいさんの植えたかぶが抜けず、たくさんの生き物と協力して抜ける」という物語の内容があります。この内容を語り手が聞き手に向かって語っている。その内容を読者や作者が、読んでいる(描いている)というのです。

 

1冊の絵本のなかで、時には登場人物になったり、読み手や語り手になったり、自分の意識の中で自在に行き来できる! ということは読む都度に違う感想が浮かぶため、たとえ飽き性な子どもでも最後まで楽しく読めるわけですね。

子どもの体験を広げる「読みかたり」のコツ

古橋さんは絵本の「読み聞かせ」のことを「読みかたり」といいます。そこには絵本を読むことで「子どもの想像力を育てる力になれれば」という気持ちが込められています。

 

「読み聞かせという言葉の響きに、上から目線といったような垂直的な方向の関係性を感じてしまったんですよね。もう少し読み手と子どもが水平的で、なおかつ伝達的ではなく、子どもの想像力を助ける行為につながるように読んであげられたらと思ったんです。そこで『読みかたり』という言葉を考えました」

 

面白い絵本を読んであげると子どもは「もう一回!」とせがんでくることがあります。古橋さんは子どもにとってそういう体験が大切なのだと語ります。絵本は情報を得るだけではない、「体験を広げる手段の一つ」だからこそ、「読み聞かせ」という言葉では表現しきれないと考えたそうなのです。

 

私はこの話を聞いて、熱心に絵本を読んでくれた小学校の担任の先生を思い出しました。先生は生き物が大冒険をする本を、授業の合間に読んでくれたのですが、熱心に読んでくれたおかげで、私は想像の中で船に乗ったり、敵から逃げたりたくさんの冒険ができました。内容はざっくりとしか覚えていませんが、わくわくドキドキした気持ちや、教室にいるはずの私が海を見られたこと、そして先生の表情や情景が今でもありありと思い浮かびます。

 

絵本は読み手が感情を込めることで、たくさんのメッセージを伝えることができて、受け取った側は、教室を海原に変えるほどの体験もできる……。今更ながら、絵本のすごさを痛感しました。

 

だからこそ古橋さんは、絵本の読みかたりのコツは「意気を込めて語ること。一生懸命読むことに集約されている」と語ります。

 

たとえば読み手のコンディションがよくないと、相手に「今日はのっていないのかな」と気づかれてしまうことがあります。

 

「それは作品ではなく読み手の状態が伝わってしまっているわけです。それではいけないので、本の内容を伝えるように一生懸命に読む。それが読みかたりのコツですね」

世界の入り口になる、読み語りにおすすめな絵本

絵本の先生である古橋さんに、おすすめの絵本と、その絵本の読み方を教えてもらいました。

 

おおきなかぶ
(A・トルストイ 再話 / 内田 莉莎子 訳 / 佐藤 忠良 画、福音館書店)

おおきなかぶ

 

先ほどもチラっと話題にあがったロシアの昔話『おおきなかぶ』。多くの人に愛されている絵本のひとつです。

 

この絵本の面白みは多岐に渡ります。その中の一つに、おじいさんがかぶに対して「あまい あまい かぶになれ。おおきな おおきな かぶになれ」と言うシーンがあげられます。

「これは大切な言葉で、かぶというのはある意味、子どものことなのです。大きな、大きな子どもになれ、と言っているんです」

とまさか「かぶ」が「子ども」という見解に、びっくり!

 

ちなみにこの絵本を読むときは、

 

うんとこしょ どっこいしょ

 

で「間」を入れるようにして読むと「抜けるかな」と期待感が高まり、より楽しく読めるそうですよ!

てぶくろ
(エウゲーニー・M・ラチョフ 絵 / うちだ りさこ 訳、福音館書店)

てぶくろ

 

ウクライナ民話の『てぶくろ』も、多くの子どもたちに愛されている作品。おじいさんが落としたてぶくろに、動物たちがお家をつくっていくお話です。かえるやねずみなどの小さな生き物が、いのししやくまなどの力強い生き物をやさしく受け入れていきます。最後はバラバラになり、おじいさんが手袋を回収して物語は幕を閉じます。

 

「手袋はある意味、国や民族の比喩と思っています。最後におじいさんが手袋を取りにきて、みんなは散り散りになってしまいますが『また機会があれば、みんなで手袋の家をつくるんだろうな』と期待を抱かせる良い絵本です」

今の社会情勢を踏まえて読むと、いろいろと違う見方が生まれる絵本ですね。

なぜ戦争はよくないか
(アリス・ウォーカー 文 / ステファーノ・ヴィタール 絵 / 長田弘 訳、偕成社)

なぜ戦争はよくないか

 

ピューリッツァー賞作家アリス・ウォーカーが筆をとった絵本です。なぜ戦争はよくないかが、わかりやすく伝えられています。

 

「この中に『戦争は戦争の目でものを見るのよ』『(戦争は)たくさん経験を積んでも 少しも賢くならないのよ』など、素晴らしい言葉がたくさん並んでいます。こういう本を読むと、絵本は小さな子どもだけのものじゃないな、と意識するようになりますね」

 

子どもは成長するからこそ、子ども目線の絵本選び

ただ読みかたりが子どもにとって良いからといって、どんな本でも読んでいいわけではないそうです。絵はイメージとして残ってしまうため「子どもの発達を考えると、表現が過激な絵本は見せないほうがいい」と語ります。

 

「私が教育学をやっていて大事に感じることは、子どもは成長するということです。絵本に対象年齢の上限はないけれど、下限はある。年齢によって受け入れられる絵本が違うので、子どもの目線に立って絵本選びをしていくといいのではないでしょうか」

 

世の中にはさまざまな真実がありますが、子どもにとって大切な「前向きな明るい真実」を、もっともっと知ってもらいたい。そういう気持ちで、古橋さんは絵本の魅力を伝えているそうです。

 

「お母さんやお父さんの愛情が、どんなに深いものなのかを絵本を通して体験し、自分の世界を広げてほしい。それは子どもの心を豊かにしてくれます。絵本を通して体験することで、自分をもう一度客観的に見る力も養われます。美的な感性や想像力に訴えかけることもできます。さらに世代を超えて、三世代で楽しめる。それが絵本の新たなよさなのです。『ぐりとぐら』のように、50年以上経つ絵本が日本にも生まれつつあります。それは今後、とても大切なことになるのではないでしょうか」

 

世代を超えて愛され続けている絵本。これまで自分に読んでくれた人たちへの感謝を心に、絵本を読みかたっていきたいですね。

 

絵文字によるコミュニケーションを研究する 中央大学の高橋先生に話をきいてみた

2022年5月26日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

文字だけでのやり取りではむずかしいときがあります。たとえば「どうした」という一言も、受け取り方によっては怒っているようにも、心配しているようにも読めてしまいます。そんなときに使うと便利なのが「絵文字」です。

絵文字を一つプラスするだけで、こちらの気持ちが伝わりやすくなります。しかし選んだ絵文字によっては、相手に別の感情を抱かせてしまうこともあるんだとか……。

 

そこで「絵文字が相手にどのように伝わっているか」について、送った側と受け取った側の双方に注目して研究している、中央大学の高橋直己先生(理工学部 ビジネスデータサイエンス学部 助教)にお話を伺いました。

伝わりやすい絵文字がある!?

メールやTwitterなどのコミュニケーションツールに使われている「絵文字」について研究をしている高橋先生は、以前、絵文字入りの文章は相手にどのように伝わるか実験をおこなったことがあるそうです。

その実験内容は、絵文字を組み込んだ文章をつくり、読み手と書き手双方がどう感じたかを評価してもらうというものでした。その結果、『スマイリーズ』というカテゴリーの絵文字が、書き手の感情を正確に伝えやすいということがわかりました。

 

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絵文字『スマイリーズ』

 

絵文字「スマイリーズって、何?」「ニコちゃんマークのこと?」と思った方もいますよね。実は私もそう思いました。ここでいうスマイリーズは、メールやチャットなどで幅広く使用されている、喜怒哀楽をコミカルに表情だけで描かれた絵文字のことです。

 

たしかに冒頭にお伝えした「どうした」という一言も、満面の笑みのスマイリーズが付いていることで、やさしいニュアンスがプラスされる気がします。

「怒っている顔や笑っている顔は、誰が見ても『怒っている、笑っている』と認識できると言われています。要は感情を伝達する、一番直接的な表現方法なんです」

 

そのように語る高橋先生自身もメッセージを送信する際は、スマイリーズをフル活用しているのでしょうか。伺ったところ、予想と反する回答でした。

「スマイリーズが一番伝達するとわかっているからといって、そればかりではないですね。よく使うのは『OK(サムズアップの絵文字)』や『頑張れ(グーの絵文字)』などのジェスチャー絵文字です。

 

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OK(サムズアップの絵文字)(左) と 頑張れ(グーの絵文字)(右)

 

それを織り交ぜつつ、学生が『うまくいきました』と連絡をくれたときなどに、スマイリーズを送っています。私は立場上、言い方によっては学生から『怖い』と受け取られる可能性があるので、伝え方には気をつけています」

 

では実際に、絵文字を使うときの注意点を教えいただけますでしょうか。

 

「先行研究ではネガティブなニュアンスで書かれた文章と絵文字の組み合わせは、伝達効果が低いという結果がでています。それは自分にとって嫌な情報を都合よく解釈してしまう可能性があるためと感じています。

 それと、もう一つは絵文字を使うとどうしてもカジュアルになるので、ネガティブな印象もマイルドになる、という理由も考えられますね。

 前者は『絵文字と関係ない要素』で、後者は『絵文字特有の要素』だと思うので、今後、実験で明らかにできるかもしれません。

 と、いいますのも、怒りやいら立ちを表すスマイリーや悲しみを表すスマイリーもありますが、本気でその感情を相手に伝えようと思ったら絵文字を使おうという発想にはならないような気がします。

 

絵文字はカジュアルなシーンで使うという習慣と、絵文字自体のコミカルなデザインがそのような感情とマッチしないことが原因だと思います。使うとしたら、SNSなどで自分の感情をわかりやすくかつコミカルに表現するときかもしれません」

 

実は使い方が難しいスマイリーズ

書き手の感情が正確に伝わりやすい絵文字がスマイリーズとはいえ、研究をおこなった当事者である高橋先生は、スマイリーズを中心に使っているわけではないようです。伝わるとわかっているのに、なぜ使わないのか気になります。

「私はよく土下座の絵文字も使うのですが、なぜ使うのか自問してみたところ控えめな表現をあえてしたいときもあると思ったのです。要するにスマイリーズは、喜怒哀楽が非常にオーバーに表現されていますよね。もう少し控えめに表現したいときもあるわけです。自分の感情をどれだけオープンに表現したいかがスイッチのような気がします」

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たしかに筆者も実際にスマイリーズを多く使っているかといえば、案外「土下座」を多用しています。笑顔マックスなタイプのスマイリーズは、「前のめり感」があり使用するのに気恥ずかしさを感じてしまうのです。その点、土下座は日本人の感覚に合っているのかもしれません。

 

しかしこのスマイリーズは、使い方を誤るとトラブルになる可能性もあるようなのです。それは高橋先生と共同で学生が進めている絵文字の研究からわかってきました。

 

スマイリーズと一言で言っても目も口も笑っている笑顔の絵柄や、目は笑っているけれど口が歪んでいるものなど、さまざま。そのようなスマイリーズの絵文字に対して「笑顔を感じるか否か」を20~30代の40名(女性17名 男性23名)にヒアリングし、分布を調べるという実験を実施したそうです。

その結果、二極化を示す綺麗なS字分布になったそう!

 

「笑顔」と感じた人の割合による絵文字の分布
(出典:加藤尚吾、他. 日本教育工学会論文誌. 30(Suppl), p25-28, 2006)

 

つまり、スマイリーズは、書き手の感情を伝えやすい絵文字ではあるけれど、スマイリーズの絵文字はさまざまな種類があるため、なかには「笑顔」と捉える人もいれば、笑っていないと捉える人もいる絵文字もあるということ。

 

「どう見ても、笑っていない」と多くの人が感じるスマイリーズでも、10%ぐらいの人は「笑っている」と感じたという結果も出たそうです。

 

それってある意味、怖いことではないでしょうか。自分は楽しさを伝えるために送ったスマイリーズが、相手には「楽しくなかったよ」と受け取られてしまう可能性があるということ。

 

「笑いと認識するための目や口の形は、ある程度想像できると思います。たとえば目尻が下向きになっていて、口が上向きになっているなど何パターンかあると思うのですが、それが満面の笑み寄りになっていれば笑いと受け取られやすい。しかし半々の場合は解釈が分かれてしまいます。その点に気をつけたうえで使用したほうがいいと思いますね。

 

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例えば、上の絵文字は、目じりが下がっており笑顔を思い浮かべますが、口角は下がっていて不満などを感じさせます。また汗も描かれています。漫画などではボケに対するリアクションなどでよく使われる表現ですよね。呆れのニュアンスだと思いますが、それだけではなく笑顔の要素があるため冷たい感じがないです。

 

 

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ほかには、上の絵文字のように口角が上がっていて口の部分は笑み絵文字と思いますが、同時に涙も描かれています。一般的には涙は悲しみを象徴するものですから、ネガティブな感情です。文脈によりけりですが、私が想起するのは「つらい時や悲しい時に誰かに助けてもらってうれしい」などです。

 

また外国人とコミュニケーションを取る人は「肌の色の違い」も念頭に入れる必要があるといいます。日本で使われている一般的なスマイリーズの顔の色は黄色です。しかし外国では違う色となっています。では複数の国の人たちとやり取りをしている人の場合、その相手によって色を使い分けないといけないのか。もし間違えた場合、相手に嫌な思いをさせてしまう可能性をはらんでいるのか、など考慮したうえで使用することも大切かもしれません」

 

こんなに違う、スマホの中の絵文字

次に見せてくださったのが、端末によって違うスマホの絵文字表。絵文字と一言でいっても、iPhoneとAndroidではデザインがかなり違うんです。これには筆者は、びっくり!

 

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(出典:Unicode® Emoji Chart

 

「そこが現実的には、一番大きなギャップを生んでいると思います。これはユーザー間でのやり取りでも同じことが起こります。一人がAndroidでもう一人がiPhoneだとしたら、1つの絵文字がUnicode(文字コードの国際的な業界標準の一つ)上では同じように表現されているのですが、端末によっては全く違うデザインが出てきてしまうのです。笑いのニュアンスも全然違う伝わり方をする可能性があり、結構問題になり得ると思っています」

 

このデザインの違いは、絵文字デザインの意匠権の問題が絡んでくるため、簡単に統一ができない状況だそうです。

 

「そもそも最初に絵文字をつくったのは、かつてのNTT docomoサービス「iモード」を立ち上げたメンバーの1人、栗田穣崇(くりた しげたか)さんという方でした。当初は日本独自の文化でしたが、Unicodeでサポートされたことで、絵文字は世界で正式に文字の仲間入りをしたと言っていいでしょう」

 

日本から生まれた絵文字が、世界中に広がっていったとは知りませんでした。初期の絵文字とは違い、今では見た目もさらに美しくなり、動くもの、自作できるものなどさまざまな絵文字が生まれています。時代とともに進化しているわけです。

 

それならば今後、意匠権の問題もクリアになり、伝わり方の違いで誤解を生むようなことがなくなるといいのに……と、かなりアナログな解決策を想像していたところ、高橋先生がとても先進的な解決策を教えてくれました。

 

「意匠権の問題で統一がうまくいかないのなら、AIを介入させる方法もあると思っています。このままでは相手に正しく伝わらないおそれがあるので、それを少し補正するように表現を変えていく、そういったことも今後考えているところです」


もともと高橋先生は、AIやデータサイエンスを研究されているため、絵文字問題の解決策としてAIに可能性を感じたようです。今後、高橋先生はこれまで通り「絵文字が相手にどう伝わっているのか」という点に着目した研究を進めていかれます。

絵文字とAI、そしてビッグデータ。先進技術を取り入れることで、まだまだ面白いことがおきそうです。

慶應義塾ミュージアム・コモンズで虎づくしな新春展に、どうして雷様まで?!「虎の棲む空き地」に行ってきた!

2022年2月8日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

今年の干支は、寅(虎)! 虎といえば、どんなイメージがありますか。アートや文学、スポーツの世界でも、虎にまつわる作品やアイテムは多々存在します。慶應義塾ミュージアム・コモンズ(通称KeMCo)で開催されている「KeMCo新春展2022 虎の棲む空き地」は、そんな今年の干支にちなんだ「虎」づくしな展示会。絵画や詩、機械など、さまざまなジャンルの「虎」を展示。学生がつくった虎とデジタルを融合した体験型企画も同時開催しています。

虎にまつわる展示会なのに、なぜか「雷様」や「戦う武将」の絵画もある……そんな「KeMCo新春展2022 虎の棲む空き地」をレポート!

※KeMCoオープン企画展の様子も取材させてもらっています。くわしくはコチラ

KeMCoで開催された「KeMCo新春展2022 虎の棲む空き地」

左側手前の白い建物がKeMCo。写真奥には慶應義塾大学の東門や東京タワーが見えます。

左側手前の白い建物がKeMCo。写真奥には慶應義塾大学の東門や東京タワーが見えます。

 

開催場所のKeMCoは、2021年に慶應義塾大学 三田キャンパス東別館内にオープンした、慶應義塾初の博物館。この施設ができて初の新年を迎えスタートした企画が「KeMCo新春展2022 虎の棲む空き地」です。来年以降も新春毎に、干支にちなんだ展示会の開催を予定しているそうです。来年も、要チェックですね!

5つのカテゴリーにわかれて展開

入り口から撮影。写真の右側から「道具に棲む虎」「物語に棲む虎」「装いに棲む虎」「図譜に棲む虎」。そして写真に写っていませんが入り口右側には「詩に棲む虎」のカテゴリーにわかれています。

入り口から撮影。写真の右側から「道具に棲む虎」「物語に棲む虎」「装いに棲む虎」「図譜に棲む虎」。そして写真に写っていませんが入り口右側には「詩に棲む虎」のカテゴリーにわかれています。

入り口から入り、左奥から撮った展示会場。奥に見えるのが「詩に棲む虎」のエリア。

入り口から入り、左奥から撮った展示会場。奥に見えるのが「詩に棲む虎」のエリア。

 

KeMCoは学生や近所の人たちが、緩やかなルールのもとに楽しめる「空き地的な場所」でありたいというコンセプトのもと生まれた施設。そのため「KeMCo新春展2022 虎の棲む空き地」という展覧会名やカテゴリー名も、空き地を意識しているそう。それぞれのカテゴリーから興味を持ったものをピックアップしてご紹介します。

〈詩に棲む虎〉

入り口すぐにある「詩に棲む虎」のエリア。右側中央にある広げられた色紙帖は「十二支歌仙歌合色紙帖」。奥のスクリーンでは、虎をモチーフにした舞踏の様子が映し出され、その下の展示ケースには、虎について書かれた土方巽「舞踏譜スクリプトシート」などが展示されています。

入り口すぐにある「詩に棲む虎」のエリア。右側中央にある広げられた色紙帖は「十二支歌仙歌合色紙帖」。奥のスクリーンでは、虎をモチーフにした舞踏の様子が映し出され、その下の展示ケースには、虎について書かれた土方巽「舞踏譜スクリプトシート」などが展示されています。

 

入り口右側にある「詩に棲む虎」エリア。この中で気になったのは「十二支歌仙歌合色紙帖」です。天神様と崇められている菅原道真が時刻の「子丑寅……」にちなんで詠んだうたとともに、十二支が描かれています。

ちなみに「十二支歌仙歌合色紙帖」は、うたを競い合う「歌合」なので、虎はウサギと競い合っているそうですよ!

擬人化した虎が描かれています。「十二支歌仙歌合色紙帖」江戸時代前期(17世紀)、慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

擬人化した虎が描かれています。「十二支歌仙歌合色紙帖」江戸時代前期(17世紀)、慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

虎の左側には、干支の並びに従い擬人化された「ウサギ」の姿。ちなみに虎の右側では、擬人化された「ウシ」がうたを詠んでいます。

虎の左側には、干支の並びに従い擬人化された「ウサギ」の姿。ちなみに虎の右側では、擬人化された「ウシ」がうたを詠んでいます。

 

虎は銀が黒くなっていて少々見えにくいのですが、よく見ると舌をペロッと出しているんです。個人的には、舌を出した虎の表情が最高にかわいくて、とても気に入りました。同時に舌を出すという行為は、虎の持つ「獰猛」「強者」とは親和性の薄いイメージ。虎の別の側面を感じた気がしました。

〈道具に棲む虎〉

「道具に棲む虎」のエリア。手前のブースが古鏡等、中央が陶器、壁側にはタイガー計算機。

「道具に棲む虎」のエリア。手前のブースが古鏡等、中央が陶器、壁側にはタイガー計算機。

 

道具に棲む虎のエリアには、古代から現代まで時間をワープするように「物」に棲む虎が展示されています。とくに興味をひいたのは、「四神十二支文鏡」です。

「四神十二支文鏡」 唐時代(7世紀)、慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

「四神十二支文鏡」 唐時代(7世紀)、慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

 

中央にある紐を通す丸い凸部分の真下(6時の方向)に描かれているのが白虎です。今回は虎にまつわる展示会なので、白虎が正面に見えるように展示されています。ちょっと尻尾の長い猫のようにも見える白虎でした。

唐時代の鏡と一緒のエリアに、タイガー計算機が並ぶセレクトが面白い!

「タイガー計算機」1957年、慶應義塾ミュージアム・コモンズ

「タイガー計算機」1957年、慶應義塾ミュージアム・コモンズ

 

〈物語に棲む虎〉

「熊野権現縁起絵」江戸時代前期(17世紀)、三田メディアセンター(慶應義塾図書館)

「熊野権現縁起絵」江戸時代前期(17世紀)、三田メディアセンター(慶應義塾図書館)

 

「熊野権現縁起絵」の中央に出てくる人間の子供(王子様)を、獣たちが守り、子供は森の中で成長していくという物語の1シーンが描かれているそうです。

ちなみに人間の子供に花をあげている、青い装いの獣が虎。

この浮世絵の中に描かれている虎が、ポストカードにもなっています。こんな愛らしい虎なら仲良くなりたいものです。

「熊野権現縁起絵」の虎を切り抜き、ポストカードにしたもの。館内にあるので要チェック!

「熊野権現縁起絵」の虎を切り抜き、ポストカードにしたもの。館内にあるので要チェック!

〈装いに棲む虎〉

「装いに棲む虎」エリア。写真右は「幼稚舎ラグビー部ユニフォーム」2000年代、個人蔵

「装いに棲む虎」エリア。写真右は「幼稚舎ラグビー部ユニフォーム」2000年代、個人蔵

 

「装いに棲む虎」エリアだというのに、なぜか雷様の姿が描かれた「雷」の掛け軸を発見。一体、どこに虎が隠れているのでしょうか。

小林清親「雷」明治時代(19世紀末–20世紀初)、慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻。小林清親の肉筆画

小林清親「雷」明治時代(19世紀末–20世紀初)、慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻。小林清親の肉筆画

 

「黄色と黒のしま模様といえば、鬼のパンツ。鬼のパンツも、虎の毛皮からできています」と教えてくれたのは、博物館を案内してくれた慶應義塾ミュージアム・コモンズ 専任講師 松谷芙美さん。

まさかの鬼のパンツつながりとは!

「虎の毛皮は舶来物で貴重だったため、武将の太刀のさやを覆う尻鞘(しりざや)や、馬に乗るときに使う鞍の下に敷く鞍褥(くらしき)にも虎の皮は使われていました。豊臣秀吉も虎を愛用していたんです」

「小敦盛」室町時代末~江戸時代初(16–17世紀)、三田メディアセンター(慶應義塾図書館)

「小敦盛」室町時代末~江戸時代初(16–17世紀)、三田メディアセンター(慶應義塾図書館)

 

まさか虎から鬼のパンツや武将、秀吉に飛ぶとは思いもせず、ビックリ。正直なところ、虎の絵などが展示されている一般的な展示会と思っていたのですが、さまざまな角度から「虎」が、想像力をビシビシ刺激してくれます。

次のエリアではどんな発見があるのでしょうか?

〈図譜に棲む虎〉

「図譜に棲む虎」エリア。写真左側に孤立して設置されたケースには、コンラート・ゲスナーの『博物誌』。

「図譜に棲む虎」エリア。写真左側に孤立して設置されたケースには、コンラート・ゲスナーの『博物誌』。

 

最後は「図譜に棲む虎」。図譜に描かれた虎に関する資料が集められています。右側のケース内には、中国の詩経に出てくる動植物を解説した図譜が複数展示。実在する虎と、虎に似た白い珍獣「騶虞(すうぐ)」などが一緒に描かれている点が特徴的です。

左側のページが虎、右側には珍獣「騶虞」。挹芳斎国雄(画)北村四郎衛ほか(刊行)「毛詩品物図攷 獣虫魚部 五之七」天明5年(1785)刊行、個人蔵

左側のページが虎、右側には珍獣「騶虞」。挹芳斎国雄(画)北村四郎衛ほか(刊行)「毛詩品物図攷 獣虫魚部 五之七」天明5年(1785)刊行、個人蔵

 

壁側には、鎖国が終わり開国したことで英語が身近になってきたことがうかがえる、今でいうアルファベット表のようなものもありました。当時は、絵とともに英語を伝えるこのような浮世絵が、たくさん刷られたそうです。

歌川広重(三代)(筆)、福田熊次郎(版元)「英語図解 11」明治20年(1887)3月15日届、三田メディアセンター(慶應義塾図書館)ボン浮世絵コレクション

歌川広重(三代)(筆)、福田熊次郎(版元)「英語図解 11」明治20年(1887)3月15日届、三田メディアセンター(慶應義塾図書館)ボン浮世絵コレクション

 

中でも興味をひいたのは、歌川芳虎の「〔英語図解(ローマ字イロハ入)〕」。獅子(左側の絵)のとなりに、うちわの絵が描かれているなど、秩序があまり感じられない並びで、見ていて飽きません。

歌川芳虎(筆)万屋孫兵衛(版元)「〔英語図解(ローマ字イロハ入〕」明治時代(19世紀後半)、三田メディアセンター(慶應義塾図書館)ボン浮世絵コレクション

歌川芳虎(筆)万屋孫兵衛(版元)「〔英語図解(ローマ字イロハ入〕」明治時代(19世紀後半)、三田メディアセンター(慶應義塾図書館)ボン浮世絵コレクション

 

ちなみに虎は、左側の絵の右下に描かれていますが、綴りが「ATIGER」となっています。その他にも、同じ絵の左上のほうに「FUR」(「毛皮」の意)と英単語が書かれた箇所に虎の皮がペロンと1枚だけ描かれています。

 

「大学の所蔵品から、なるべく古いものから現代のものまで、さまざまなジャンルのものを集めました。普段ならとなりに並ばないものが、横に展示されています。『ほかにも虎はいないかな?』と探してくれたら嬉しいですね」

と松谷さんが言うように、本当にいろいろな角度から虎の知識が得られて楽しい本展示でした。

KeMCoM Project「虎×デジタル」

本展示を楽しんだあとは、ぜひ寄ってもらいたいのが、学生ならではの斬新な視点から、文化や芸術などの新しい可能性を探求する「KeMCoM Project」として開催されている、虎とデジタルを融合した体験型企画です。本展示のとなりのフロアで開催中です。

フロアの中央にある、KeMCoM Project「みんなの書き初め」コーナー。KeMCoM(@kemcomembers)のインスタでは、学生たちがつくったフィルターがもらえます。

フロアの中央にある、KeMCoM Project「みんなの書き初め」コーナー。KeMCoM(@kemcomembers)のインスタでは、学生たちがつくったフィルターがもらえます。

 

大きく分けて「コンテスト」と「おみくじ」、そして「書き初め」の3つが楽しめる企画です。すべてKeMCoM Projectの、所属を超えた慶應義塾の学生たち(通称KeM CoM)が集まって考えだしたものというから驚きです。

 

まずは入り口左側にあるエリアへ。大きなモニターには学生たちが描いた虎のイラストがふわふわと動いていました。

モニターには、学生が描いたたくさんの虎のイラストが浮かぶ。

モニターには、学生が描いたたくさんの虎のイラストが浮かぶ。

 

ここでは、虎のアクリルキーで気に入ったイラストに触れると、イラストに対して「清き一票」が入れられるという、ちょっと変わったスタイルの「イラストコンテスト」が開催していました。タッチすると、自動で日集計されるそうです。このシステムも、学生たちが考えているとのこと。すごい技術です! 私も虎のイラストに1票入れさせてもらいました。

虎のアクリルキーの尻尾部分を動物のイラストにタッチするとイラストに投票できるシステム。

虎のアクリルキーの尻尾部分を動物のイラストにタッチするとイラストに投票できるシステム。

 

続いては「虎みくじ」のコーナーです。筆者もトライしてみました。虎のアクリルキーの尻尾部分で、虎のイラストをタッチすると画面が変わり、おみくじの結果がモニターに表示されます。

筆者の結果は、なんと凶!

今年初のおみくじだったのですが、まさかの凶で唖然。

イラストコンテストと同様、虎のアクリルキーでタッチすると「虎みくじ」が引けるシステム

イラストコンテストと同様、虎のアクリルキーでタッチすると「虎みくじ」が引けるシステム

「凶」の紙には、源俊頼朝臣の句が。

「凶」の紙には、源俊頼朝臣の句が。

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おみくじをすると、もれなく引いたくじに準じて、百人一首の句が記された紙をもらえます。凶から大吉まで各3パターンずつ、違う句が用意されているそうですよ。筆者のように、残念なおみくじを引いた人でも、気持ちが切り替えやすい句を選んでいるのだとか。ありがたいです!

 

最後は書き初めに挑戦! 「虎」に関する書き初めを行い、それをスキャンしてネットにアップし、気に入ったものがあれば「いいね」を押して楽しむという「虎×アナログ×デジタル」な企画。「虎」というしばりがあるだけで、書き初めの内容はどんなものでもいいそうです。

フロア奥のスクリーンには、「みんなの書き初め」に参加した人たちの作品が映し出されていました。

フロア奥のスクリーンには、「みんなの書き初め」に参加した人たちの作品が映し出されていました。

こちらのURLにアクセスすると、みんなの投稿が見られる画面にアクセスでき「いいね」が押せる仕組み。

こちらのURLにアクセスすると、みんなの投稿が見られる画面にアクセスでき「いいね」が押せる仕組み。

 

日頃、虎について考えたことのない筆者にとって、虎の書き初めはけっこう難儀でしたが、できあがりはこちら。

虎を描いた書き初め。

虎を描いた書き初め。

 

筆者は4児の母なので、4匹の子虎くんに愛を贈っている絵となっています。気に入った作品があれば、「いいね」を押して楽しもう! という企画なので「ぜひ、清き一票を」と言いたくなる、帰宅してからも楽しめる展示会でした。

ハンコは日付け入りなので、入場記念にも。

ハンコは日付け入りなので、入場記念にも。

 

テーブルには、日付け入りのハンコも。このハンコは、同建物の別階にあるクリエイション・スタジオ「KeMCo StudI/O(ケムコ・スタジオ)」の3Dプリンタで出力してつくられているそうです。毎日、日付を変えてつくっているので、行く都度、ちがう楽しさがあります。

ミュージアムで鑑賞する「虎」というと、屏風絵に代表される限られたイメージがほとんどでした。視野を広げると世の中にはいろいろな「虎」が潜んでいることに気づかされました。ユーモラスだったり、愛らしかったり。行って楽しめ、帰宅してからも自分の書き初めの「いいね」具合を見守れる、楽しい展示会でした。

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