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うさぎが住む島の意外な事実。人と自然のかかわりを、保全生態学を専門とする福島大学・兼子伸吾先生に聞く

2025年12月4日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

広島県の大久野島は、たくさんのうさぎたちが暮らす「うさぎの島」として知られる瀬戸内海の小さな島です。かわいらしいうさぎたちとのふれあいを求めて多くの観光客が訪れるこの島は、1929年から1944年までの約15年間、毒ガスが秘密裏に製造されていた場所でもあります。そうしたこの島の戦争の記憶と環境問題に焦点を当てた絵本『うさぎのしま』(世界文化社)に携わった福島大学の兼子伸吾先生に、DNA解析でわかったことや、人と自然とのかかわりについてお話を伺いました。(メイン画像写真提供:兼子伸吾)

実験動物の末裔?大久野島調査のきっかけとは

兼子先生が専門とするのは、保全生態学と分子生態学。それぞれどのような学問分野なのでしょうか。

 

「保全生態学は、生き物の生態を調べて保全に活かすという研究分野です。わかりやすい例として絶滅危惧種の保全や、生態系を管理するための外来生物対策があります。分子生態学は生き物のDNAから生態を調べる学問で、分子生態学で得られた情報はさまざまな生き物の保全や管理に有用なんです」と兼子先生。

 

もともとは人の管理によって維持されている里山や草地に生育する絶滅危惧植物を研究していた兼子先生ですが、最近は植物以外にも研究対象が広がってきたといいます。今回の大久野島でのうさぎの調査は、絵本作家で『うさぎのしま』の作者の一人である舘野鴻さんとの対談がきっかけだそう。

 

「新潟県にある『「森の学校」キョロロ』という科学館で舘野さんと対談する機会がありました。舘野さんとはウマが合って仲良くなり、いろいろな話をしました。アマミノクロウサギ(奄美大島・徳之島に生息する特別天然記念物のウサギ)の研究でおもしろい結果が出ていたので紹介したところ、舘野さんから、『大久野島の白いうさぎは実験動物の末裔なのかどうか調べられますか』と提案を受けたんです」

兼子先生が調査している里山の絶滅危惧植物ヒゴタイとミチノクフクジュソウ.ヒゴタイは広島県庄原市、ミチノクフクジュソウは福井県勝山市でそれぞれ撮影(写真提供:兼子伸吾)

 

以前から大久野島のうさぎの存在はなんとなく知っていた兼子先生ですが、研究の対象になるとはまったく思っていなかったそうです。しかし舘野さんの疑問を聞いて、やってみようということに。

 

毒ガス工場で実験に使われていたうさぎは終戦時に殺処分されたと伝えられており、現在大久野島に住むうさぎの祖先は、1970年代に小学校で飼育できなくなって放された8羽のうさぎだと言われています。果たして本当にそうなのでしょうか。大久野島のうさぎのルーツを調べる研究が始まりました。

“DNA鑑定”で大久野島のうさぎのルーツを探る

2023年9月にはじめて大久野島を訪れた兼子先生は、うさぎたちが駆け寄ってくる島の風景に、複雑な気持ちを抱いたといいます。

 

「うさぎたちは本当に可愛いです。でも、子うさぎがたくさんいるということは、たくさん生まれてたくさん死んでいるということが生態学者として容易にイメージできるわけです。また、かつて毒ガスを作っていたという島の背景も相まって、多くの死が関わる場所だという印象を受けました」

 

翌2024年の春、兼子先生は学生さんたちと島を再訪し、DNA分析のためのサンプルを採取。通常、DNA分析には筋肉や毛を採って、その細胞からDNAを抽出するのですが、大久野島のうさぎは触れてはいけないことになっているので、糞を集めることに。

 

「糞の中にも実はうさぎの細胞が残っています。筋肉や毛の細胞に比べると精度は落ちますが、今回260個以上の糞を採取し、その中の細胞のDNAを分析してうさぎたちの血縁関係を調べました。いわばDNA鑑定ですね」

 

大久野島でのフィールドワークの様子(写真提供:兼子伸吾)

 

DNAには、「マイクロサテライト遺伝子座」と呼ばれる繰り返し配列の領域があります。この繰り返し配列の長さの違いで、血縁関係の有無がわかるのです。これは人間の親子関係の調査や犯罪捜査で行われるDNA鑑定と同じだそうです。

 

大久野島のうさぎはもともと家畜のカイウサギであるため先行研究が豊富で、必要なDNAの情報はかなりの部分がわかっていると兼子先生。

 

「絶滅危惧植物などは先行研究がない場合がほとんどなので、まずDNAのどこを調べればいいのかというところから調べていかなければなりません。膨大なDNAの情報の中で、目的の分析に使うことができるところはごくわずか。そのわずかな場所を突き止めて、ようやく本当に知りたいことについての調査が始められます。その点、すでに蓄積されている情報を利用できるカイウサギは調べやすい動物ですね」

 

自然の動植物の調査は結果が出るまで数年かかることも珍しくありませんが、2023年からはじまった大久野島のうさぎの調査は、すでにある程度の結果が出ていると兼子先生はいいます。

島で起こった出来事が手に取るようにわかる

それでは、大久野島のうさぎのルーツについて、どのようなことが明らかになったのでしょうか。

 

「DNA分析の結果、島にはさまざまなうさぎの家系がいることがわかりました。もし、小学校で放した数羽のうさぎが祖先であるとか、あるいは実験動物の生き残りが逃げて増えたということであれば、今の島のうさぎはみんな親戚ですから、単調な家系になるはずです。でも実際にDNAを調べてみると、いろいろなタイプのDNAがあって、多様な家系であることがわかった。これは予想できていたことです。なぜなら、小学校で放されたうさぎは白うさぎと白黒のうさぎであることが新聞記事に書かれているのですが、島にはいま黒や茶色など多様な色のうさぎがいるからです。つまり、いろいろなうさぎがずっと捨てられ続けてきたことは間違いない。それがDNA分析に基づく科学的なデータでも示されたということです」

大久野島から持ち帰ったウサギの糞からDNAの抽出を行っているところ(写真提供:兼子伸吾)

マイクロサテライト分析の様子とその結果に基づく大久野島内のうさぎの血縁関係とその分布を可視化した図(写真提供:兼子伸吾)

 

さらに、うさぎの楽園のようにいわれる大久野島ですが、実際はうさぎがグループ同士で激しく争い合う厳しい世界だと兼子先生はいいます。

 

「うさぎたちは島の中でいくつかのグループを作っていますが、それはほかのうさぎを押しのけて場所を取ったり、追いやられて別のところに移ったりした結果なんですね。そうしたシビアな状況が解析から見えてきました。僕は島のうさぎの履歴を見てきたわけではなく、糞を拾ってDNAを調べただけですが、その結果からどのようなことが起こってきたのかが手に取るようにわかる。これは分子生態学の醍醐味の一つです」

実は厳しい縄張り争いが…!さまざまな毛色の大久野島のウサギたち(写真提供:兼子伸吾)

 

また兼子先生は、議論の土台となりうる科学的データを出すことも保全生態学の重要な役割であるといいます。小学校で放されたうさぎや実験動物の生き残りが大久野島のうさぎの起源だという話は、わかりやすく美しい物語です。しかしその物語ではカバーしきれない、人間が捨て続けたという事実に目をつぶるべきではないと兼子先生は指摘します。

 

「それを認めてはじめて、島のうさぎのために取れる対策があるはずです。島を訪れる人は、可愛いうさぎを見たいという気持ちだけで終わらずに、それをきっかけにしてより深くうさぎの置かれた状況のことを知ってほしいと思います」

実験動物となった白うさぎが島の歴史をたどる。いろいろな毛色のうさぎも描かれている。『うさぎのしま』近藤えり、たてのひろし著(世界文化社)

 

自然を素直に見る心が大切

さまざまな生き物の生態を研究対象とする兼子先生は、福島県の原発事故による帰宅困難区域のブタとイノシシについての調査も行っています。

 

「人が避難したあとに残された家畜のうち、ブタは野生のイノシシと交配できます。そのため帰還困難区域ではもうイノブタばかりになっているといった情報が広がっていました。でも、本当なのだろうかと思って調査を始めました」

 

大久野島のうさぎの調査と同じようにDNAを解析して、実際にどれくらいブタとイノシシが混じっているのかを調べたところ、巷で言われているほどブタの遺伝子はイノシシに入っていないことがわかりました。さらにいったんイノシシに入ったブタの遺伝子も、だんだん消えていっていることもわかりました。これらはとても重要な知見だと兼子先生はいいます。

 

「交配で生まれたのがたまたまこの地域で増えにくい系統だったということで、運がよかったといえます。たとえばアメリカではブタとイノシシの雑種が広がって、さまざまな被害が深刻だという研究もあります」

 

日本でも、京都のオオサンショウウオは中国のオオサンショウウオとの交雑が進んでしまい、純粋なオオサンショウウオは激減しています。幸い、今回の福島の事例ではイノブタがイノシシを駆逐して広まることはありませんでした。しかし、ある生物種にほかの種の遺伝子が人為的に浸透してしまった場合、どんなことが起こるか予測できないと兼子先生は危惧します。

 

大久野島のうさぎや福島のイノブタの研究を通じて、兼子先生は、生き物に関する“わかりやすい話”を鵜呑みにするのではなく、それが本当なのかよく考えることの大切さを伝えたいと話します。

 

「たとえば、メガソーラーが増えたからクマが山から出てくるようになったというようなことが言われますが、生き物の問題はそう単純ではありません。生き物の問題に関してはわかりやすい話、もしくは美しい話などが語られがちですが、生き物のふるまいには予想外のことが多く起こります。問題にきちんと対処するためには、実際に何が起こっているのかを正しく理解することが不可欠なんですね。“自然を素直に見る心”を育てなければならないのです」

「育てよう、自然を素直に見る心」。先生の知人の言葉だそう。「ずっと好きな言葉ですね」と兼子先生

 

私たちはよく、「自然との共生が大切」などといいます。しかし一般的に「共生」は互いに利益をもたらす関係をさすために美しい物語に回収されがちです。

 

「『共生』ではなく、いろいろ問題はあるけれど何とか同じ空間を使い合っている『共存』を使うようにしています」という兼子先生の言葉が印象に残りました。

 

 

(編集:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

より“よい”電池って?飲み物片手に研究者と心ゆくまで語り合える京都大学のイベント「学問のやどりぎ」へ行ってみた

2025年11月13日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

研究者の話を聞くことができる講座やイベントはいろいろありますが、たいていは壇上の先生と聴講者のように、研究者と参加者のあいだには何かしらの隔たりがあるものです。こうした垣根をなくし、研究者と参加者のより深い交流をめざしたのが、今回ご紹介する「学問のやどりぎ」です。

 

このイベントでは、京都の御池通にある共創施設「QUESTION」のカフェ&バーで、研究者と参加者が毎回異なる研究テーマについて語り合います。参加者の定員は20名、研究者と膝を突き合わせ、飲み物片手に気兼ねなく話が聞ける小ぢんまりとした集まりです。

電池の種類や歴史―まずは研究者が学問のたねをまく

第9回目となる今回のテーマは「電池はもっと“よい”ものになりますか?」。私たちの便利な生活に欠かせない「電池」について語り合います。最近、リチウムイオン電池が関係する発火事故のニュースをよく耳にしますが、より“よい”電池とはどのようなものなのでしょうか。

 

参加者と一緒に電池について考えるのは、次世代電池の研究・開発に取り組む京都大学工学研究科教授の安部武志先生と、同大学エネルギー科学研究科の高井茂臣先生。普段は先生と呼ばれるお二人ですが、学問のやどりぎは肩書、職業、性別といった個人を取り巻くあらゆるカテゴリーを取り払って学問を楽しむイベントであることから、イベントのあいだは安部さん、高井さんと“さん付け”で呼ぶことになっています。

安部武志さん(左)と高井茂臣さん(右)

本日の内容について書かれたおしながき

 

イベントでは、最初に研究者のお二人からたねとなるお話を提供していただきます。まずは高井さんから、電池の基礎知識と高井さんが取り組む全固体電池について説明がありました。

 

高井さん「アルカリ電池やリチウムイオン電池、燃料電池などは化学反応を起こして電気を取り出すので、化学電池と呼ばれています。基本的に化学電池はプラス極・マイナス極と電解液から成り、電解液の中をイオンが移動することで、プラス極とマイナス極で起こる化学反応の橋渡しをしているんですね。たとえばリチウムイオン電池ではリチウムイオン、燃料電池だと水素イオンが電極間を移動しています。

 

電解液の代わりに固体の電解質を使ったものが全固体電池で、僕が取り組んでいるのは固体電解質の開発です。イオンが動きやすい固体の電解質材料を探しています。

 

最近では液体の電解質よりも速くイオンが動く固体電解質も見出されていますが、一般的には固体中を動くイオンの速さは、イオンが自由に動ける電解液には到底及びません。それに多くの場合、液体の電解質を使った電池のほうが安価で性能もよいんです。ただ、電解液の電池には、火事の原因になりうる液漏れや、温度が低いと凍ってしまうという欠点もあります。そのため、たとえば低温下での使用といった特殊な用途には、固体電池のほうが優れていることもあるんですね」

全固体電池の特長について話す高井さん

 

続いて安部さんが、電池の歴史を紹介します。

 

安部さん「はじめて電池が作られたのは、1800年頃です。イタリアのボルタという人が亜鉛と銅を使った電池を開発しました。ボルタが自分の舌を亜鉛と銅で挟んでみたところ、電気が流れて、身体がびくっとしたというのが電池開発のきっかけだと言われています。それから約60年後の1859年に電気を貯められる鉛蓄電池ができ、さらに1899年に同じ蓄電池のニッケルカドミウム(ニッカド)電池ができました。

 

1990年にニッケル水素電池が、その1年後にリチウムイオン電池ができるんですが、こうした電気を貯められる電池のことを二次電池といいます。これに対してアルカリ電池のような使い捨ての充電できない電池が一次電池です」

 

安部さんは、二次電池の中でも次世代蓄電池として注目されている「フッ化物電池」の研究をしているのだそうです。

 

安部さん「リチウムイオンの場合はリチウムイオン(+)が、燃料電池の場合は水素イオン(+)が動くんですが、フッ化物電池はフッ化物イオン(-)が動くのが特徴的です。フッ化物電池は1回の充電で、リチウムイオン電池よりも長く作動できるんですね。また最近リチウムイオン電池の発火事故がよくニュースになっていますが、フッ化物電池は燃えにくいという利点もあります。

 

リチウムイオン電池に関して言うと、危ないのが急速充電です。あれは充電してるように見えて、実は充電できていないことがあります。リチウムイオンのマイナス極は鉛筆の芯と同じ黒鉛で、正しい充電反応ではその黒鉛の中にリチウムイオンが入らなければなりません。ところが急速充電では、リチウムイオンが黒鉛の中に入らず表面にリチウム金属として付着していき、突き出すように伸びていきます。それがプラス極に届くとショートして発熱し、燃えてしまうんです。

 

それから、100%充電しないことと0%まで使わないこと。20%から80%くらいで使えばスマホのバッテリーも長持ちします。だから寝てるあいだに充電するのはおすすめできません」

 

これには参加者のみなさんから「毎日寝るときに充電してしまってる…」との声が。さらに安部さんは、電池に関するお得情報を紹介。

 

安部さん「もし使い捨てのアルカリ乾電池をよく使っているのなら、エネループを買ってください。エネループは2000回くらい充電できるので、多分一生使えます。でもエネループをテレビなどのリモコンに使うのはだめ。リモコンはほとんど電気を使わないので、エネループの寿命が来る前に我々の寿命が来ちゃう。リモコンは安い乾電池でいいですよ」

気軽に質問!学問のたねをみんなで育てよう

身近な話題で場も温まり、参加者のみなさんからも質問が飛び出し始めました。


参加者「冷蔵庫に保存するといいって聞いたことがあるんですが」

 

安部さん「逆ですね。温度が低いと早く劣化します」

 

参加者「リチウムイオン電池に使われているリチウムはリサイクルできますか」

 

安部さん「できますが、リチウムを取り出すのにエネルギーがかかるので、コストの問題が生じます。一方でニッケル水素電池(コードレス掃除機、ハイブリッドカーなどに用いられる)はリサイクルできます」

 

参加者「リチウムをうまく取り出せる方法を見つけたらノーベル賞ものですか」

 

安部さん「ノーベル賞は取れませんね(笑)」

 

参加者「でも、リチウムも無尽蔵にあるわけではないですよね。どうするんですか」

 

安部さん「まあ無尽蔵ではないんですが、たとえば石油も昔からもうすぐなくなるといいつつ油田がどんどん見つかっているでしょ。それと一緒で、リチウムの塩湖も探せばまだあるんですね」

 

参加者のみなさんからは笑いが起こったり、「へ~!」と驚きの声が上がったり。質問はまだまだ続きます。

飲み物を片手に質問しやすい雰囲気

 

“よい”電池とはどんな電池?

話題は、今回のテーマである「“よい”電池」へと移っていきます。お二人が研究でめざす“よい”電池とはどんな電池でしょうか。

 

高井さん「たくさん電気を貯めることができる、早く充電・放電しても不安定にならない、値段が高すぎない、そんな電池を開発するのが一つの目標ですね。たとえばリチウムイオンが素早く中に到達できるような電極材料や、リチウムイオンが速く動いてたくさん電力を出すことができる固体電解質。そういった材料の観点から、“よい”電池を作るためのパーツを開発しています。

 

電池の作り方は、材料の種類だけでなく作り方によっても変わります。たとえばマンガンを使ったプラス極の材料(乾電池など)は、構造や性質を整えて、電池の質を高めるために焼いて作るんですが、焼くのは2回より1回のほうが性能がいいんですね」

 

参加者「実験室の温度や湿度でも性能は変わるんでしょうか」

 

高井さん「あるかもしれませんね。僕の研究室では普通の環境で実験していますが、扱う電池の種類によってはドライルームにすることもあります」

 

参加者「宇宙ステーションの無重力下で創薬研究が行われていますが、電池も宇宙空間で作るとよいものができたりしないでしょうか」

 

高井さん「どうでしょう、もしかしたら地上で作るよりいいのができるかもしれませんが、すごい値段になりそうですね(笑)」

 

安部さん「“よい”電池というのは結構難しい。カテゴリーに分けて考えると、たとえば電気自動車の電池なら、1回の充電で航続距離が長く、かつ豊富な資源を使ったもの。一方で家庭用の電池なら、安全でそこそこ充電できるようなものが“よい”電池ですね」

 

参加者「完全に安全な電池ってあるのですか」

 

安部さん「エネループや普通の乾電池など水系の電池は安全です。乾電池が燃えたって聞いたことないでしょ。燃えません」

 

参加者「今の技術だと電池は何年くらい持ちますか」

 

安部さん「たとえば電気自動車だと、3000サイクル以上、充電できるように設計してあるので、10年、20年は持ちますね。東芝が開発しているSCIBという電池が一番長持ちで、最適な電圧で動いているため全然劣化しません。すごい電池なんですがコストの課題もあり、太陽光発電の蓄電などに使われています」

 

参加者「電気自動車の電池はどこの国で作っているんですか」

 

安部さん「中国、韓国、日本ですね。圧倒的に量が多いのは中国です」

安部さん、高井さんの話にみなさん興味津々です

学問への好奇心が垣根を超える

さて、学問のやどりぎもそろそろ終盤へ。「電池の影響が波及する業界」や新しい電池についてのお二人の意見は――

 

安部さん「いま一番熱いのはデータセンターです。たとえばChatGPTに質問すると一気に電力ががんと上がるので、電力会社との契約電力を超えた部分を補う電池がどんどん必要になってきます」

 

高井さん「電池はどこでも使われているから、逆に影響がない業界というのは思いつかないですね」

 

参加者「今後、あっと驚くような電池が見つかる可能性はありますか」

 

高井さん「1859年の鉛蓄電池の発見以来、まったく違う電池というものはあまり見つかっていないので、誰かがあっと驚くことをすれば見つかるかもしれませんね。何かアイデアがあれば、こっそり教えてください(笑)」

 

このあともさまざまな質問が飛び出し、学問のやどりぎは好奇心いっぱいの参加者の皆さんの熱気に包まれたままお開きを迎えました。

 

自由な雰囲気の中、参加者から「リチウムの塩湖で泳げますか」といった飲み会らしい(?)質問が出たり、時計の電池の話からお互いの腕時計を見せ合ったり。まさにそこには一切の垣根はなく、飲み仲間で電池について盛り上がったというような居心地のよさが感じられました。

 

 

(編集者:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

小さくても可能性は無限大!藻類の魅力を武庫川女子大学の吉田昌樹先生に聞いてみた

2025年10月23日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

ミドリムシにイカダモ、ミカヅキモ。「そういえば理科の教科書に載っていたな」と思い出した方もいらっしゃるでしょう。今回の主役はこうした「微細藻類」です。最近、ガチャガチャになったりアクセサリーになったり、大阪・関西万博ではハローキティとコラボした展示が登場したりと、藻類の注目度は上がってきています。しかし、藻類の魅力はビジュアルのおもしろさだけではありません。実は、人に役立つさまざまな可能性を秘めたすごい生き物なんです。そんな藻類について、武庫川女子大学で藻類を研究する吉田昌樹先生にお話を伺いました!

空中にも飛んでいる!?藻類はどこにでもいる生き物

見た目がユニークで、人の役にも立つという藻類、そもそもどういった生物なのでしょうか。「光合成を行う生物のうち、主に陸上植物である種子植物、コケ植物、シダ植物を除いた残り全部を藻類と呼びます。水草のオオカナダモやマツモなどは“藻(も)”という名前がついているので紛らわしいですが、これらは一度陸に上がった植物がまた水の中で生活するようになったもので、藻類ではありません」と吉田先生。

 

藻類の中でも顕微鏡を使わないと見えない「微細藻類」が、吉田先生の研究対象です。藻類というと、食卓になじみのあるわかめや昆布が思い浮かぶかもしれませんが、こうした大型の海藻類はむしろ少数派で、小さな種類のものがメジャーだそう。「わかめや昆布も、最初は水中を漂う目に見えないほど小さな胞子から成長します。ですから“大きくなれる藻類”と言ったほうが正しいですね」と吉田先生は言います。

 

現在わかっている藻類は9万種弱で、地球上にはまだまだ未知の藻類が30万種から100万種いるといわれています。藻類は水の中にいるイメージがあるかもしれませんが、海や川だけでなく、森や山などさまざまな環境に生息しています。空中にもたくさんの藻類が飛んでいるというので驚きです。

「たとえば水を張ったバケツを外に置いておいたら、1週間くらいで水が緑色になりますよね。あれは空中を飛んでいる藻類が入って増えたためです。風に乗って単独で飛んでいることもあれば、鳥や動物、土埃にくっついていることもあります。とにかく藻類はそこら中にいます」

 

そんな藻類に吉田先生が惹かれるようになったのは、大学1年生のときの授業でした。「私の出身校である筑波大学はクラス担任制をとっているのですが、その担任の先生が藻類の研究者だったんですね。それで授業の一環で藻類を電子顕微鏡で見せてもらったところ、すごく形のかっこいい藻類が見られたんです。円石藻と呼ばれる仲間で、その変わった形に魅了されました」

吉田先生の心をつかんだ円石藻

トゲがあるものなど、不思議ないきもののような藻類たち

 

おいしい藻類を探せ!実はタンパク質が豊富な藻類

吉田先生が今取り組んでいる研究テーマの一つが、藻類の食料利用です。「近い将来、世界人口の増加に食料生産が追い付かなくなり、タンパク質が不足する『タンパク質クライシス』が訪れるといわれています。藻類はタンパク質源として、その解決策の一つになるかもしれません」

 

食物繊維が豊富な海藻のイメージからは意外ですが、実は藻類にはタンパク質が多く含まれています。乾燥した状態でのタンパク質の含有率は30%から40%、種類によっては60%を超えるものもあり、たとえば焼き海苔も重量の約40%はタンパク質だそう。“畑のお肉”と呼ばれる大豆のタンパク質含有率が30%くらいなので、大豆に匹敵、またはそれ以上のタンパク質が含まれていることになります。さらに「大豆は実の部分しか食べられませんが、微細藻類は丸ごと食べられるので無駄がないのもメリットです」と吉田先生。

 

もっとも、タンパク質の“質”に関してはまだ課題があるといいます。「タンパク質は、アミノ酸のバランスが重要です。人の成長や健康維持に欠かせない必須アミノ酸がどれくらい含まれているのか、消化はしやすいのか。そういった点で、まだ肉や卵には及びません。そのため、アミノ酸バランスのよい藻類を探しています。もう一つ大事なのは味ですね。栄養価が高くても、おいしくなければ食べてもらえませんから」

 

藻類は独特の風味があり、小さい割に味が強いそうです。吉田先生は培養した藻類を海苔のように加工したり、ほかのものと混ぜてハンバーグのようにしたりして自ら味見をし、おいしい藻類を探索しています。(※専門知識をもとに毒がないと判断したものを試食しています)

顕微鏡をのぞき1個1個の藻類を手作業で分離

吉田先生の研究は、藻類を採取するところから始まります。「研究機関から保有している藻類を譲ってもらうこともできますが、新しい藻類を手に入れたいので自分で野外に採りに行きます。海や川など水のあるところで採取するほか、たとえば陸上でもコンクリートやガードレールが緑色になっているところは藻類なので、見つけたら基本的にすべて採ります」。大学からすぐ近くにある甲子園浜へよく行くという吉田先生。同じ場所でも、水温や塩分濃度によって採取できる藻類はずいぶん異なるそうです。

外出先の水路で藻類を採集する吉田先生。水路の壁面に張り付いている藻類を綿棒で採取し、保管容器に入れて持ち帰るとのこと

 

藻類を採取して研究室に戻ると、藻類を一つひとつ分離するという大変な作業に取り掛かります。セルソーターという機械を使えば自動で分離できますが、吉田先生はあえて顕微鏡でのぞきながら細いガラス管を使って手で分けるというクラシック派。「手で分けると、自分の直感や経験をもとに気に入った藻類をダイレクトに取ることができます。機械を使った分離は簡単ですが、大事なものを見落としてしまう可能性も否定できません。また、藻類の中には壊れやすいものもあるので、手作業のほうが細胞を傷つけずに済むという利点もあります」

 

そうして一種類ずつに分けた藻類を培養し、性質や特徴を調べていきます。もっとも、簡単に培養できない種類も少なくなく、培養方法から考案していくこともあるそうです。

 

以前は藻類を燃料に利用する研究にも取り組んでいたという吉田先生。そう、藻類は燃料にもなるんです。「多くの藻類がつくる油は、サラダ油のように植物油に近い性質を持ち、バイオディーゼル燃料に変えることができます。ただし、その油には酸素が含まれているため、石油と比べると重量あたりのエネルギー量が少ないという弱点があります。そこで私は、藻類の中でも、石油と同じように炭素と水だけからから成る油を作る種類を見つけて、大量に培養するという研究をしていました。この藻類から取った油は軽油に性質が似ており、そのまま軽油に混ぜてディーゼルエンジンを動かすことができます」。

 

また、藻類から人工的に石油を作ってしまう方法もあるといいます。天然の石油は、土に埋もれたプランクトンなどの死骸が地中の熱や圧力を受け、長い時間をかけて変化したものですが、この自然のプロセスを人工的に再現するというもの。藻類に高温高圧をかけて適切な条件で処理すると、数時間で原油のようなものができるそうです。

独特の色味が生み出す意外なコラボレーション

食料にも燃料にも利用可能な藻類ですが、吉田先生の研究はこの二つにとどまりません。吉田先生のもう一つの研究テーマは、なんとアート。電子顕微鏡で観察できる姿かたちのおもしろさだけでなく、藻類の色には独特の深みや美しさがあるのです。「藻類を樹脂に混ぜて、塗料として利用する可能性を探っています。環境保全の観点からアートの世界でもできるだけ石油由来の塗料を減らそうという動きがあるのですが、植物の鮮やかな緑色をそのまま塗料にするのは難しいんですね。その点、藻類は赤、黄、青など鮮やかな色素を作ることが可能です」

 

同じ藻類でも、育て方によって何種類もの色素ができるといいます。とくに強い光を当てると、藻類は自分の身を守るために赤や黄色の色素を多く作ります。これは抗酸化作用が高いカロテノイド色素というものです。余談になりますが、藻類に作らせたルテインやアスタキサンチンなどのカロテノイド色素を使っている化粧品やサプリもたくさんあるそうです。

 

商品化にはまだ至ってはいませんが、アート作品の塗料としてはすでにデビュー済みであるという藻類の塗料。実際、赤や緑の藻類を樹脂に練り込んで木に塗った、発色の美しいオブジェがアート展に出展されたこともあります。「染料として使う場合は色素を抽出して、顔料として使う場合には藻類の細胞そのものを粒子として使えば、どちらの用途にも利用できます。本学の生活環境学部にはプロのデザイナーの先生もいますので、一緒に何かできないか検討しています」と吉田先生。藻類×アート、楽しみです!

アート作品のプロトタイプ。藻類の粉末をUVレジンに混合して固めたもので、ここから発展してタイル状のテクスチャが作られ、次の画像の展示品つながった

木のタイルを使ったアート展の様子。いろいろな藻類の組み合わせを試し、発色の良いものを使用した

種類と育て方を変えることで、藻類からさまざまな色を作ることができるという

 

食料やアートなど藻類のさまざまな活用について研究する吉田先生ですが、新しい藻類を探索するというスタンスは変わりません。「海や川などいろいろな場所で藻類を探してきましたが、これからは森の藻類も追っていきたいと考えています。この分野はあまり研究が進んでいないのですが、森には土の表面や水溜まり、木の表面や染み出した樹液など多様な環境がありますので、新しい藻類が見つかるのではないかと期待しています」

 

最後に、藻類のあらゆる可能性について、吉田先生はこんなふうに教えてくれました。「藻類はさまざまな環境にいて種類も多いので、詳しく研究していけば人の役に立つものがまだまだたくさん見つかると思っています。微細藻類は目に見えないため、集めたり増やして収穫したりする苦労がありますが、そのデメリットを補うだけの可能性が十分にある生き物です。皆さんにもぜひ関心を持っていただけたらと思います。藻類は本当にどこにでもいるので、採取して観察してみてください。夏休みの自由研究にもおすすめです。その中から、一緒に未知の藻類を探索してくれる研究者が育ってくれたらうれしいですね」

「観察には、スマホに取り付けるリーズナブルな顕微鏡でも十分ですよ」と話す吉田先生

 

水中から空中まで、どこにでもいる藻類。普段は風景の一部でしかない木や石の表面に顔を近づけて、目を凝らしてみてはいかがでしょうか。もしかしたら、これまで気づかなかった藻類の世界が広がっているかもしれません。

 

 

(編集者:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

原爆体験のトラウマと次世代への継承とは?心理学的研究に取り組む、広島大学の上手先生に聞いてみた

2025年7月15日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

原爆投下80年を迎える広島。2024年には、いまだ戦争のなくならない世界に向けて核廃絶を訴え続ける日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞して話題となりましたが、コミュニティ全体で体験したトラウマとその継承についての研究は、これまであまり行われてきませんでした。

 

トラウマとは、死に直面するといった極端なストレスをともなう体験による「心の傷」です。世界情勢が不安定ないまの時代、交通事故や暴力事件、戦争などのトラウマ体験は増加し、トラウマ体験をきっかけとするPTSD(さまざまな精神的な症状)も増えると予測されています。

 

広島大学大学院人間科学研究科の上手由香先生は、トラウマやPTSDの研究を専門とする心理学者です。臨床心理士として虐待を受けた経験のある人や事件や事故の被害者などの支援にも携わっており、トラウマや心の傷の回復について研究と実践の両軸で取り組んでいます。そんな上手先生の重要な研究テーマの一つが、「原爆体験の次世代への継承」。これまで、被爆が次世代に及ぼす遺伝的な影響については多くの研究が行われてきましたが、前述のとおり、心理的な影響については意外にもほとんど着目されてこなかったといいます。今回、上手先生にトラウマ体験の継承とはどのようなことなのか、今このテーマに取り組む意義などをお聞きしました。

連鎖しないトラウマ体験もある?

上手先生が、原爆の被爆体験が次世代にどのような心理的影響を与えているのかについて研究を始めるようになったのは、身近な経験がきっかけだったと言います。

 

「私の夫は広島出身なのですが、あるとき夫と義母との会話で、すでに亡くなっていた義父が被爆者だったという話が出ました。そこで、お義父さんはどこで被爆されたんですかと聞くと、二人とも知らないと言うんですね。近畿圏出身の私は被爆というのはとても大きな出来事だと思っていたので、夫と義母が義父の被爆体験にあまり関心がないのが意外でした」。そこにトラウマ研究の観点から興味を持ったと上手先生は話します。

 

「トラウマ体験は次世代にさまざまなかたちで影響を及ぼすことがあります。極端な例としては自身の子どもの虐待や家族への暴力などがあります」

 

トラウマの影響が次世代に及ぶ現象は、「世代間伝達」とも呼ばれます。たとえば、生き方や愛情表現、異性との関わり方などが、幼少期の親子関係や家庭環境を通じて、親から子、子から孫へと受け継がれることがあります。とくに日本では、第二次世界大戦が家庭環境に与えた影響が、現代の生きづらさや依存症などの背景要因のひとつになっている可能性があることが、心理学をはじめ、精神医学、社会学、歴史学などさまざまな分野で研究が進められています。(※ただし、こうした連鎖は必ず起こるものではなく、カウンセリングや周囲のサポートなどによって、その影響を和らげたり、断ち切ったりすることも可能です。)

 

「しかし、トラウマティックな体験をした被爆世代の子どもである夫は、何の影響も受けてなさそうに見えます。果たして被爆体験は次世代に何らかの心理的な影響を与えているのでしょうか。それを調べてみようと思いました」

(画像はイメージです)

 

被爆体験のトラウマが次世代に与える影響とは

そこで上手先生は、被爆2世を対象にしたインタビュー調査を実施(2016~2017年、15名、平均年齢56歳)。被爆の体験が家庭内でどのように伝えられてきたかという継承について質問したところ、詳しく話してくれたという回答もありましたが、まったく聞いていない、あるいは一部しか聞いていないという答えや、聞いてみたがはぐらかされたというパターンが多く、思っていた以上に継承されていない印象を受けたと上手先生は話します。

 

「たとえば入浴の際に親の体のケロイド跡を見て、これどうしたのと聞いてみたけれど答えてくれなかったので、聞いてはいけないように感じたという人もいました。トラウマ体験の特徴の一つは言葉にできないということです。本当につらい体験をした人ほど思い出すのもつらく、家庭内でも話せなかったのではないでしょうか」。親は話さず、子どもは聞けないという「二重の沈黙の壁」が存在すると上手先生は指摘します。

 

こうした「沈黙の継承」に対しては、親が亡くなった今、もっと話を聞いておけばよかったという後悔の声も聞かれました。

 

「私がこれまで調査の中で出会った被爆二世の方々の語りの中には、子どもの頃に家族から被爆体験を聞いたものの、当時は実感が伴わず、『そうだったんだ』とか『いつもの話だ』くらいに思っていたと言われることがあります。けれども、その後、自分が親になり、例えば自分の子どもの病気など命に関わるような状況に直面したときに、かつて聞いた家族の体験が初めてリアリティを持って蘇り、『こういうことだったんだと初めてわかった』、そんなふうに語られることがあります」

 

このように人生の経験を積み重ねることによってはじめて共感できる体験を、上手先生は「共感的追体験」と呼んでいます。この共感的追体験は、被爆2世がはじめて親とつながり、わかり合える大きなきっかけとなり、いろいろな意味で大事になってくると上手先生は考えています。共感的追体験が転機になり、被爆体験を後世に伝えなければならないという使命感が芽生え、平和活動に参加する人もいるそうです。

 

また、広島では多くの人が被爆2世、3世であるため、当たり前すぎて意識していなかったという人の多くが、出産や病気をきっかけに、被爆2世、3世としてのアイデンティティに対する認識が変化したこともわかりました。

 

平和への関心の強さやアイデンティティの変化は、次世代が被爆体験による負の影響を乗り越えるための重要な心理的動きである可能性も考えられるそうです。ただ、個人差や周囲の環境といったさまざまな要因があるため、「何がレジリエンス(回復)につながったのか示すことができればとは考えているのですが、安易に一言でまとめることはできません。多面的に検討する必要があります」と上手先生は付け加えました。

小さな声を伝え、平和教育にも生かしたい

さらに、オンラインでのアンケート調査も行われました(2018年、198名、平均年齢48.6歳)が、こうした調査では被爆2世、3世の人たちすべての声を拾えるわけではない点に注意が必要だと上手先生は言います。

 

「今回の調査に協力いただいた方々は、被爆2世、3世として偏見や差別も受けていないし、とくに困ったこともないといった人がほとんどでした。しかし、インタビューやアンケート調査では、声をあげにくい立場にある人や、つらい経験を語りにくい人々の声が届きにくいという傾向があります。実際に、調査のあと被爆2世の人たちのいろいろな会に参加してみると、直接的な放射線の影響で障がいが残ってしまった人や、がんになるのではないかという不安を抱く人、あるいは同じ被爆者の中でも、立場の違いに苦しんだり、周囲からの偏見や差別に悩んだ方など、今もなお苦しみを抱えている方々の存在が、あらためて浮かび上がってきました。

 

こうした届きにくい声にも耳を傾けられるよう、被爆2世本人だけでなく、支援などで関わってきた人たちにも対象を広げて、調査を続けている上手先生。さらに原爆だけでなく、沖縄や日本全体の戦争体験についても、違いや共通点を明らかにしたいと話します。

2025年5月、ニュージーランドのオークランド大学との共同研究で、被爆者や被爆二世、研究者、継承活動を行ってきた方々に合同でインタビューを行った

 

「戦後80年を迎えて、当事者の人たちはどんどんいなくなっています。しかし、戦争を体験した親世代が戦争のトラウマにより家庭内で暴力をふるっていた可能性も指摘されるようになり、暴力を受けた子ども世代の問題は続いています。親が亡くなられたことで、ようやく胸の内を言葉にできるようになった、という方もいらっしゃるでしょう。心身ともにネガティブな影響を受けずに生活できている人がいる一方、周囲からの差別や偏見などでつらい思いをしてきた人たちの声に耳を傾け、その背景にも目を向けていくことが、歴史と向き合うことの意味となるのではないでしょうか。原爆体験の次世代への継承や心理的影響について研究する心理学者は非常に少なく、誰も関心を向けなくなってしまうことは怖いと感じます。コツコツやり続けていき、後進に継承していかなければならないと思っています」

 

後進への継承の一つとして、上手先生が近年取り組んでいるのが平和教育です。
「いま、子どもたちに平和教育で、何をどこまで伝えるべきなのかが議論されています。たとえば広島の平和記念資料館には多くの修学旅行生が訪れますが、戦争のリアルで残酷な情報に接することで傷ついてしまう子どももいるため、子どものための展示が企画されています。こうした問題に、心理学の立場から役に立てればと考えています」

 

子ども向けの展示(対象は小学3年生~中学生)は、2028年に開設予定となっており、上手先生は被爆者、小中学校の校長、専門家といった11人で構成される有識者検討会議の一人として参加しています。

 

戦後80年が過ぎ、原爆や戦争体験を語る当事者が少なくなるなか、次世代がどう記憶を受け継ぐかが問われています。上手先生がふれた「共感的追体験」は、平和教育はもちろん、私たちが体験を知り、学ぶなかで、当事者がいなくなってもできることといえます。まずは知ろうとすることが、負の記憶を未来に生かす鍵になるのかもしれません。

 

 

(編集者:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

食べられても終わりじゃない! 胃の中から脱出するウナギのスゴ技について、長崎大学の長谷川先生と河端先生に聞いてみた

2025年6月24日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

物語の世界で「モンスターに飲み込まれるも脱出!」なんていうシーンにワクワクするも、「現実だったらありえないな…」と思ってしまいますよね。ところがいるんです、現実世界にも、食べられた後、しかも胃の中から生還する強者が。その強者とはニホンウナギ。捕食魚の胃の中からニホンウナギが脱出するレア映像の撮影に成功した長崎大学の長谷川悠波先生と、長谷川先生が学部4年生の時から指導教員として共に研究をされてきた河端雄毅先生のお二人に、ウナギの生態や脱出行動について詳しくお聞きしました。

 

【今回お話を伺った研究者】

◎長谷川 悠波/長崎大学 総合生産科学域(水産学系) 助教 (写真右)

長崎大学水産学部水産学科在学中に、ニホンウナギの稚魚が捕食魚に捕獲されても口外に脱出できることを発見。その後、同大大学院水産・環境科学総合研究科に進学して研究を続け、2024年に捕食魚の胃の中からニホンウナギの稚魚が脱出することを立証した。2023年4月より現職。

 

◎河端 雄毅/長崎大学水産学部 長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科 准教授(写真左)

動物の被食回避行動や動物の獲物追跡戦術など、「食う・食われる」の関係について、行動学の視点から研究を行っている。魚類がなぜ複数の異なる方向に逃げるのかを幾何学モデルで立証するなど、数々の研究成果を発表。2011年に長崎大学に着任し、2015年10月より現職。

 

出身地はマリアナ海溝、後ろ泳ぎが得意。ニホンウナギの知られざる生態

日本の川や湖で見られるニホンウナギですが、実は広い海域を旅する回遊魚で、生まれた場所は日本から遠く離れたフィリピン沖にあるマリアナ海溝です。「マリアナ海溝で生まれたニホンウナギは、海流に乗って日本の沿岸にたどり着きます。このときはまだレプトセファルスと呼ばれる幼魚で、透き通った平たい葉っぱのような形をしています。その後変態して、細長く透明なシラスウナギになり、沿岸から河口域に侵入すると、徐々に色素がついてクロコ、黄ウナギへと成長し、河川や河口域で生育します」と長谷川先生。この黄ウナギが、私たちが普段目にしているウナギです。そして数年後にはさらに姿が変化し、黒っぽい銀色の銀ウナギとなって川を下り、海を大回遊してマリアナ海溝に戻って産卵するそうです。

 

細長い形態から、ほかの魚類には見られない特徴があり、後ろ泳ぎが得意というのもその一つ。多くの人が魚と聞くと、アジやイワシといった形状を思い浮かべるはず。このような形状の魚は、胸びれを動かしてゆっくり後退することはできても、後ろ向きにハイスピードで泳ぐことはできません。しかしウナギは尻尾を振って前へ進むのと同じ要領で、首を振ることで後ろにも泳ぐことができ、むしろ後ろ泳ぎのほうが速く進めるそうです。

長谷川先生による、後ろ向きで泳ぐ「後方遊泳」のイメージ。ウナギは尻尾を大きく動かして、後退することがわかる

 

また、ウナギにもウロコはあるのですが、非常に小さいうえに皮膚の中に埋もれているので、体の表面はツルツル。背びれもほかの魚のようにしっかりとした構造をしていないため、周囲の摩擦を受けることなく前にも後ろにもヌルッと滑り出すことができます。ではこうした特徴を持つウナギは魚の獲物になってしまった後、どのように捕食魚の胃の中から脱出するのでしょう。

 

ウナギの稚魚はパワープレイで脱出!?実験でわかった行動の全貌

ウナギが捕食魚に食べられた後、脱出する行動の発見は偶然だったと、長谷川先生は振り返ります。「最初は、ウナギが後ろ泳ぎで捕食者をかわすのがおもしろいと思って研究していました。あるとき、同じ水槽にウナギと捕食魚であるドンコ(ハゼの仲間)を入れていたら、食べられたはずのウナギが水槽にいたのを見つけたんです。まさか食べられた後に脱出するとは想像しておらずびっくりしました」。実験・観察の結果、脱出行動が確認され、国際的な学術雑誌『Ecology』に取り上げられました。

ニホンウナギの稚魚が、捕食魚であるドンコのエラの隙間から抜け出す様子

 

ただこのときは、ウナギは捕食魚の口の中からエラに向って脱出しているのだろうと考えていたそうです。ところが、改めて実験をした結果、その仮説が覆されました。「X線を使って、ウナギが実際に捕食魚の中でどんな動きをして脱出しているのかを見た結果、意外にも胃まで達してから消化管内を遡るように脱出しているのがわかりました」と長谷川先生。

 

脱出経路の検証実験で使われたウナギは、成長過程ではクロコから黄ウナギにあたる体長7センチ程度の稚魚で、捕食魚にはこれまでの実験同様、ドンコが選ばれました。大学の近くの川まで長谷川先生が夜な夜な網を持って出かけ、ドンコを捕まえに行ったそうです。「ウナギの捕食魚に関しては、まだほとんどわかっていない状態だったので、ウナギと同じ河川内に生息している夜行性のドンコを使いました。ドンコは、目の前で動いている獲物がいれば基本的に何でも食べますから」

 

そうして挑んだX線による観察の結果わかったのは、ウナギはなんと、捕食魚の胃の付近まで飲み込まれた後、その消化管内を遡って脱出していたということです。ドンコに飲み込まれて胃に達したウナギは、尾部の先端を使って食道の方向を突っつき、徐々に後ろ向きで食道を遡っていきます。やがて尾部の先がエラからスルッと抜け出し、続いて体全体が出てきます。最後はドンコのエラのトゲにウナギの頭が引っかかってしまうので、とぐろを巻くようにして頭部を引き抜き、脱出完了というわけです。

 

ニホンウナギの稚魚が捕食魚であるドンコに飲み込まれた後、そのエラの隙間から脱出するまでの流れ。長崎大学のプレスリリースより引用

 

脱出には、食道方向に差し込む尾部の先端の細さや、尾部を押し込む力がポイントになっているのではないかと長谷川先生は話します。ウナギとよく似た形をしたウミヘビが、穴を掘るとき垂直方向に押し込む力を測定した別の実験によると、頭方向に押す力よりも尾部方向に押す力のほうが大きいのだそうです。

 

この脱出には、ウナギの「頭部後退運動」という動きが関係しているではないかと、河端先生が補足します。頭部後退運動とは、イモムシが体を伸ばしたり縮んだりするように、頭をキュッと引く動きで、ウナギが得意とする運動だといいます。

長谷川先生による後頭部後退運動のイメージ。異変に気づくとウナギは頭(●部分)を引いて体を縮め(色が淡い状態から濃い状態)、異変から遠ざかろうとする

 

「ウナギがいる水槽に叩くような激しい刺激を与えると、頭をキュッと引く頭部後退運動をするのですが、これも脱出行動に関係しているかもしれません。今回の映像でも頭を振る運動は見られなかったので、伸び縮みする動きが関係しているのではないかと思います」

 

バリウムを使ってX線でウナギの動きの撮影に成功

生物の「食う・食われる」の行動を研究する河端先生にとって、ウナギの稚魚の脱出行動の研究は、驚きの連続だと話を続けます。こうした行動生態学としての興味深さだけでなく、今回の研究では、X線というこれまで生物の行動観察に使われていなかった新しい手法を取り入れたことも画期的だと長谷川先生。脱出行動の観察にX線を使うのは河端先生の発案です。「ドンコに食べられたウナギの脱出行動をどうすれば観察できるか考えたときに、思いついたのがX線でした。運良く撮影装置を借りることができ、そのときは撮影装置さえあればすぐに撮れるだろうと思っていたのですが、とにかく難航しました」

 

予想に反してX線の撮影を難しくしたのは、まず、X線撮影装置の画角が非常に狭かったこと。撮影できる範囲が3cm四方ほどで、該当部分にウナギの稚魚が映り込まないという問題がありました。そこで、長谷川先生は実験用の水槽を自作することに。ドンコの体長と同じくらいの小さな水槽によってドンコの動きを制限することで、狭い撮影範囲と焦点を合わせやすくしようというものです。「大きさだけではありません。普通のプラスチックケースだとX線の透過を妨げてしまうため、アクリル板をぎりぎりまで薄くしました。この小さな水槽を大きな水槽内に設置して水を循環させるので、ドンコの健康面も心配ありません」

 

もう一つの問題は、ウナギの稚魚の骨が細すぎてX線に映らないことでした。ウナギの体に鉛の線を入れて撮影することも考えたそうですが、ウナギに悪影響を及ぼす可能性があるため断念。そこで、マウスの実験でX線を使ったことがあるという同じ長崎大学の栄養学の先生に相談したところ、バリウムなら生体にも無害だというアドバイスを得られました。

 

そうして、バリウムの濃度や注入量などを一から試行錯誤していったという長谷川先生。また細いウナギの稚魚にバリウムを注射器で注入するのは難しく、注射針の選定や技術の習得にも苦労があったといいます。X線でウナギの形が見えるように工夫を重ね、硫酸バリウムを水で溶かして直接、ウナギのお腹と尾部の2点に注入することで、問題をクリア。幾多の壁を乗り越えて、8か月後、ついに撮影に成功したのです。

 

ウナギの稚魚の想像を超えた脱出行動を、これまでにない手法でとらえた今回の研究は、生物学の国際的な学術雑誌『Current Biology』に掲載されたほか、さまざまな方面から反響があったといいます。「ウナギの脱出行動がよくわかる映像が撮れたため、一般のメディアにもたくさん取り上げていただきましたし、X線関連の学会誌の寄稿など、行動学以外の研究者からも声をかけていただきました」と長谷川先生。

 

もっとも、このX線による撮影手法を別の実験に応用する場合、一筋縄ではいかないと長谷川先生も河端先生も語ります。一番の難所はやはり、X線撮影装置の画角の狭さで、普通のサイズの魚を撮るのは容易ではありません。といって、小さい魚だと画角に入っても、今度はバリウムを注入するのが難しくなります。今回の成功は、ドンコとウナギの稚魚のサイズ感に、長谷川先生の工夫と努力が見事にハマった結果だといえるのかもしれません。

 

“食われる”から逃れる行動は未知が多い分野

魚やそのほかの動物の捕食回避行動を専門として研究してきた河端先生によると、捕食回避行動の研究者は、捕食する側の研究者に比べてずっと少なく、まだまだ興味深いテーマがたくさん眠っている分野なのだと言います。「その中でも形態や運動が特徴的なウナギは、逃避行動もとてもユニークなんです。ウナギ自体の研究者は多く、回遊や何を食べているかという研究は盛んにおこなわれているのですが、捕食回避の研究はほとんどされていません。でも捕食回避は生き残りに関わる重要なテーマなんです」

 

今回、思いがけない脱出行動が注目されたウナギですが、その生態にはまだまだ謎が多くあります。「ただ、ウナギに限らず、他の生き物についても、もしかしたらまだ調べられていないだけで、私たちが想像できないような行動をするものがいるかもしれません。今回の脱出行動ほどのインパクトはなくても、日々研究の中で、“何だこれ?”というような驚きに出会っていますから」

 

現在も、ウナギの捕食回避戦略の解明に取り組んでいる長谷川先生と河端先生。ウナギの発達と脱出行動の関係や、強酸性かつ無酸素状態にある捕食魚の消化器官に対するウナギの耐性について特徴的なデータが続々と出ているそうで、論文の発表が待たれます。「そのときに“おもしろい”と感じたテーマを今後も追求して、私たちが予想もできないような生き物たちの行動を発見したいですね」と河端先生。これを受けて、自分も“河端イズム”を継承しているという長谷川先生。「まずは自分が発見したこの脱出行動のすべてを明らかにしたいと思います。今回の映像のように、一般の方々にも興味を持っていただけるような研究を続けていきたいです」

 

 

(編集者:柄谷智子/ライター:岡田千夏)

第20回京大変人講座をレポート!ヒトのダメさでAIを超える?25年の研究の末にたどり着いた人間の真理とは

2025年3月27日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

京都大学の人気講座「京大変人講座」が2月6日に吉田キャンパスで開催されました。京大変人講座とは、京都大学に受け継がれる「変人のDNA」を世に広く知ってもらうことを目的としたトークショー形式の公開講座です。ナビゲーターを務めるのは、大学客員教授や書家など幅広い分野で活躍する越前屋俵太さん。一般人の代表として、講師の先生に直球で質問し、面白おかしく私たち受講者の理解を手助けしてくれます。

 

第20回目となる今回のテーマは「ヒトのダメさでAIを超える!」。講師は、北陸先端科学技術大学院大学教授の西本一志先生です。西本先生の専門分野は、情報処理やヒューマンコンピュータインタラクション。コミュニケーションや楽器の演奏といったヒトの創造活動への支援を研究しています。しかし、昨今目覚ましい進化を遂げるAIをヒトのダメさで超えるとは、一体どういうことなのでしょうか?

 

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まるで大奥! アリの奥深い生態と社会を「京大変人講座」でのぞきみ!

人気講座が進化した研究者の世界観に肉薄する有料コンテンツ。京都大学「変人オンデマンド」

「創造活動の支援」は本当に支援になっているの?

本題に入る前に、今回はコロナ禍を経た2年5ヶ月ぶりの開催とあって、変人講座発起人の酒井敏先生も緊急登壇。2年前に京都大学を定年退職した酒井先生は現在静岡県立大学の副学長ですが、元京大生および京大の先生として人生の大部分を京大で過ごした筋金入りの“変人”です。挨拶の言葉として、イノベーションには変人の“あほなこと”(他の人とは違うこと、誉め言葉)が必要だと力強く訴えました。

ナビゲーターの越前屋俵太さんと変人講座発起人の酒井敏先生

 

ここから今回のゲスト、西本先生の登場です。西本先生が研究する「創造活動の支援」について「25年の紆余曲折を経て、『人間への歪んだ愛』に基づく、『ヒトのダメさ』を活かす研究に従事しています」と自己紹介するも、さっそく俵太さんが「全然わかりません(笑)」と突っ込み。講義は、西本先生が「ヒトのダメさを活かす研究」にたどり着くまでの紆余曲折の話から始まります。

 

最初に西本先生が取り組んだのは、創造活動を直接的に支援することでした。そのひとつが、音楽演奏の支援です。クラシック音楽のように、楽譜通りに曲を弾くことが求められる「再現演奏」の場合、演奏者の創造性を発揮できるのは、音の強弱など表情付けの部分のみ。しかし表情を付けるためには、まず楽譜通りに弾けるようにならなければなりません。


「これが面倒くさい」と西本先生。この面倒くささが、創造活動を阻んでいるといいます。そこで西本先生が作ったのが、「Coloring-in Piano」という新しい楽器。コンピュータで先にメロディーを入れておくことで、鍵盤のどこを叩いても順番に正しい音が出るというものです。これを使えば、楽譜通り弾けるようにならなくても、いきなり表情付けに取り組めて、めでたしめでたし…

創造活動の支援を研究する西本一志先生

 

と、思いきや、西本先生は研究を続けるうちに、「これでは支援になっていないのではないか」という疑問に突き当たります。

 

「我々研究者は、『支援によってヒトはさらに高みをめざすようになる』と期待して研究に取り組んでいます。ところが現実には、支援されるとヒトはそのレベルに満足して、『弾けたからもういいや』と高みをめざさなくなってしまうのです」そう悩んだ西本先生が思いついた考えは…

 

「支援のためにはむしろ妨害すべきでは」

 

これには俵太さんも驚き、会場からも笑いが。一体どういうことなのでしょうか。

西本先生のお話に突っ込む俵太さんとのやりとりに満員の会場には何度も大爆笑の渦が。筆者も終始、笑いっぱなしでした

 

支援のためにひたすら妨害!

西本先生が「妨害による支援」という考えに至ったのは、ある研究がきっかけだったといいます。それは夕食のだんらん促進を支援するために、家族それぞれがその日に撮った写真を食卓に映すというもの。開発したシステムは、食卓の上のプロジェクターから投影用の皿に写真を映し出し、皿をひっくり返すことで写真を次へ送るというなんとも使い勝手の悪いものです。このシステムで実際に会話が生じるのか、一般的なタッチパネル付きの液晶ディスプレイを使った場合とその効果を比較しました。すると、液晶ディスプレイでは子どもがひたすら自分の写真をめくり続けて食事が終わってしまったのに対し、皿の投影システムではいちいち皿をひっくり返して写真を次へ送らなければならないので、子どもがそれに手間取っているあいだに家族の会話が生まれたということです。つまり、システムの使いづらさがコミュニケーションにはプラスに働いたのです。

 

この結果から、「妨害ってイイかも!」と気づいたという西本先生。西本先生の「ひたすら妨害することで支援する」研究のスタートです!

 

まずは、妨害によるコミュニケーション支援の研究です。西本先生がヒントを得たのは「三尺三寸箸」という仏教の説話。三尺三寸(約1メートル)ものお箸を使って自分の口に食べ物を運ぶことはできませんが、人を思いやってお互いに食べさせ合えば、楽しく食事ができるというお話です。西本先生は、これを大皿料理の食事に応用。大皿料理を囲む食事は、取り分ける際にコミュニケーションが生まれやすい食事形式ですが、実際は自分の食べるものを取るだけで終わってしまうことが少なくありません。そこで、「自分で自分の料理を取れない」ことにより、強制的にやり取りを発生させるシステムを開発。

 

「食事をする人には全員、磁気センサーのついた手袋をしてもらいます。料理を取るためのトングには磁石が貼り付けてあるので、トングを持つと磁気センサーが反応して、自分の皿のふたが閉まるという仕組みです」

被験者全員がトングを持って全員の皿のふたが閉まるという自縄自縛的な実験映像が紹介されて、会場は大爆笑

 

「現代版三尺三寸箸。合コンでは盛り上がりそうですね」と西本先生。

 

続いては、妨害による公共活動の支援の研究です。西本先生の研究室では、メンバーのみんなが共有スペースのゴミを片付けないという問題が。そこで、共有スペースの汚さをメンバーの個人スペースに「滲み出させてやろう」と画策。共有スペースのテーブルの上にカメラを設置し、ゴミがテーブルを占めている面積の割合を数値化します。その割合に応じて、個人スペースのパソコンのデスクトップがゴミアイコンだらけに!

きれいに片付いていたデスクトップがゴミだらけに!

 

このゴミアイコン、共有スペースを片付けない限り、デスクトップのゴミ箱に捨ててもすぐにまた出現するとか。さて、このシステムで共有スペースはきれいになったのでしょうか。

「実際にしばらく使っていたのですが、すぐに役に立たなくなってしまいました。みんな賢くて、ゴミを縦に積むようになってしまったんです」

「縦に積むぐらいだったら捨てたらいいやん」。まさに俵太さんのおっしゃる通り…。

 

さらに、妨害による学習の支援についても研究。昨今、パソコンやスマホの普及で漢字を手で書く機会が大幅に減り、漢字が読めても書けない人が増えています。かといって、今さら手書きに戻ることはできません。そこで西本先生が提案するのは、漢字の字形を覚えられるパソコン用の漢字入力システム「Gestalt Imprinting Method」、略してG-IM(ゲシュタルトはドイツ語で形の意味)。かっこいい!

 

「このシステムで文章を入力していくと、時々間違った字形の漢字が出てきます。それに気づいて指摘すれば、正しい漢字に変わります。気づかずに間違った漢字が残っていたら、文章を保存できません。漢字ひとつひとつを注意深く見るので、めちゃくちゃ覚えられます」

例えばこういう紛らわしい漢字が時々表示される仕組み。さて、どちらが正しいでしょうか?

 

このように、妨害による支援についていろいろ研究してきた西本先生ですが、その結果わかったことは

 

「妨害による支援めんどくさい」

 

ということでした…

発想の転換!人のダメさを活用する

これまでの研究で、支援されたら怠ける、妨害されたら諦める、というどうしようもないヒトの姿を目の当たりにした西本先生は、結局人間とは「きわめて怠惰な葦である」という結論にたどり着きます。

「このままでは、人間はAIに負けてしまいます。AIは怠けないし諦めないし、疲れることもないからです」
万事休す—―しかし西本先生は、ここで発想を転換させます。

「こうなったらヒトのダメさを肯定して、それをうまく活用することでAIに勝とうじゃないか」

 

ここから西本先生は、人のダメさを活用するアイデア創造手段の研究に突入。そのためのアプローチとして取り入れたのが2段階ブレインストーミングです。ブレインストーミング(ブレスト)とは、与えられたテーマについてグループでアイデアを出し合い新しい発想を引き出す手法で、思いついたことを何でも提案することが大切です。しかし実際は、他人の目が気になって飛躍したアイデアは出にくいという問題があります。

 

この問題は、ブレストを2段階にすることで解決できると西本先生。その一つ目とは、

 

「酔っ払いのたわごとを活用する2段階ブレスト」

 

「本気でやってるんですか!?」と思わず俵太さん。
対する西本先生、「突飛なアイデアが出にくいのは固定観念に縛られているためで、これは飲酒でその束縛を外せないかというひとつの試みです」と至って真面目に返答。酔っ払うという人間のダメさを活用することで、AIが思いつかないような突拍子のないアイデアを出そうということのようです。

 

もっとも、酔っ払いの出すアイデアは飛躍的であるものの、そのままでは使い物になりません。そこで、酔っ払いの出したアイデアをもとに素面の人が発想するという2段階ブレストでよりよいアイデアの創出をめざします。

研究室の学生にお酒をふるまい、アイデアを出してもらった例。ここからまともなアイデアが創出されるのでしょうか…?

 

実験の結果、実用性はそこそこ維持しつつ、アイデアの新奇性が跳ね上がったということ。酔っ払い作戦成功です!

 

もう一つは、「子どもの無邪気さを活用する2段階ブレスト」です。これも考え方は酔っ払いと同じ。固定観念のない未熟な子どもにAIには出せないようなアイデアを出してもらい、大人がそれを見てブレストします。実験では「未来のテレビ」というテーマで子どもたちに絵を描いてもらって、そこから大人がブレストしたところ、やはり実用性がありながらも新奇性の高いアイデアが出されました。

確かに普通は「空飛ぶテレビ」なんて思いつきませんね…

 

ダメさはヒトの長所!

講座も終盤に差し掛かり、スライドには「本日の結論」の文字。果たして本日の結論とは。会場全体が、西本先生の言葉を待ちます。

 

西本先生「えー、ヒトはダメです」

 

これまでの支援研究は、ヒトが前向きで頑張るものだという前提で行われてきましたが、それは間違いだと西本先生。「ヒトは前向きじゃありません。ヒトは頑張りません。そういった人の実像を前提とした支援技術研究が必要なのです」

 

そしてヒトとAIを比較したとき、ヒトにあってAIにないものこそが、この「ダメさ」なのだといいます。ヒトのダメさを肯定的に捉え、ヒトの非合理性や非論理性を長所だと考えて活用すれば、AIに勝てるのではないでしょうか。

 

これが結論だと思いきや、さらにスライドに「本日のケツ結論」との文字が出現。
「おっ、これがほんまの結論ですね!」と俵太さん。
「ヒトのダメさで未来を創りましょう!」と西本先生がタイトル回収!

 

「みなさん、自分のダメなところを直さなければと思っているかもしれませんが、そのダメさはみなさんのとりえです」そう語りかけて、西本先生の講義は盛大な拍手で終了しました。

 

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今回特別に、登壇者の先生方にお話をお聞きする機会をいただきました。変人講座のB面をお届けします!

 

—―「変人講座」を始めようと思われたきっかけを教えてください。

 

酒井先生:今から十数年前にトップダウンの大学改革が起こって、京大の学風であるはずの自由がなくなってきたんです。変人が育つためには自由が必要なのですが、自由がなくなってきて、学生も真面目になってきた。曲がったキュウリは曲がったなりに育っていくのが京大だったのに、規格化が進んできています。そこに危機感を抱いたのがきっかけです。

 

—―俵太さんはどのようなつながりでナビゲーターに就任されたのですか。

 

酒井先生:人とは違った視点で本質的なところを突いてくるのがすごく面白くて、ナビゲーターを頼むなら俵太さんしかいないと思っていました。たまたま俵太さんがイベントで近くへ来るというので、訪ねて行ったんです。

 

俵太さん:酒井先生がいきなり「俵太さんですか」って声をかけてきて、「京大はいま変人が絶滅しそうなんです!」って(笑)。よくわからないから一回飲みに行きましょうと。

 

—―それで意気投合されたんですね。

 

俵太さん:京大の常識は世間の非常識などと言われますが、僕は世間では非常識と言われていました。それが京大に行ったらすごく普通で楽しかったんですよ。

 

酒井先生:俵太さんは、研究者が何を面白がっているのかがわかるから、ナビゲーターとして変人をうまく翻訳できるんです。

 

俵太さん:僕は先生たちが面白がっている世界に自分も入っていって理解したいんです。だから、知らないことを恥だと思っていなくて、どんどん先生に聞いていく。それが会場の皆さんの理解にもつながっているのだと思います。でもある時、本当に何言ってるかわからない先生がいて(笑)。会場のみなさんもわからないって顔してるので、先生に「先生はわかってますよね」って聞いたら、「僕もわからない」って(笑)。

 

西本先生:私の今日の講義も、最終的な結論は自分でもよくわかりません。

 

俵太さん:でもそのときピンと来たんです。研究や学問はわからない世界に突き進んでいくことなんだと。

 

酒井先生:講義というと、答えが出ていることを上から目線で教えるようなイメージがあると思いますが、違うんですね。そこを勘違いしている人も多いので、変人講座でくつがえしたいと思っています。

 

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変人講座の受講を終えて、筆者の心の中にもヒトのダメさを愛おしく思う感情が芽生えつつあります。折しも最強寒波に見舞われ、凍てついた夜でしたが、大爆笑と西本先生の歪んだ愛で身も心もぽかぽかしながら帰路につきました。

 

“変人たち”の“わからない世界”を垣間見ることができる濃厚な1時間半。真面目なイメージのある大学で、こんなオモロイ講座が行われていたとは。次回も楽しみです!

 

 

(編集者:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

学問のわくわくを共有!研究者にあれこれ気軽に質問できる京大アカデミックデイに行ってみた

2025年1月7日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

「京都大学アカデミックデイ」は、京都大学の研究者と一般の参加者が学問のわくわくを共有する「対話型」のオープンなイベントです。参加者にとって最先端の科学知識や研究にふれることができる機会である一方で、研究者にとっては研究のヒントを得たり、自身の研究の社会における位置づけを知ることができたりする機会であり、お互いにメリットがある場となっています。

 

2011年度から毎年開催されてきましたが、2024年度は初の2回開催。1回目は9月21日に京都のまちなかにある地下街「ゼスト御池」と京都市役所本庁舎地下2階で、2回目は11月2日に京都大学百周年時計台記念館で、こちらは京都大学関係者の交流イベント「ホームカミングデイ」とのコラボ企画として開催されました。

 

ここでは、11月2日に京都大学のシンボル・百周年時計台記念館で開催された第2回目のイベントについて、いくつかの研究発表をピックアップしてご紹介します。

透明チップの上で臓器の機能を再現!

イベント会場は、記念館の2階にあるクラシカルな雰囲気の国際交流ホール。医療、生物、森林、地震、ビッグデータなどさまざまな分野の研究テーマを紹介するポスターの前に人々が集まって、研究者の話に耳を傾けたり質問したりしていました。

 

会場にはポスターによる研究紹介のほか、お茶の間気分で研究者との会話を楽しめるよう、ちゃぶ台と座布団が用意された畳のスペースや、研究者が紹介する書籍の展示コーナーも設置されています。

研究者が若い人にお勧めしたい本や自分の研究分野に進むきっかけとなった本などを紹介する「研究者の本棚」のコーナー

 

まずはタイトルのインパクトに惹かれて、工学研究科・横川隆司先生の研究室による「Let’s make 臓器!」という展示ポスターへ。「工学なのに臓器を作るの?」と思う人もいるかもしれませんが、こちらの研究室では半導体を作る微細加工技術を応用して、臓器の機能を再現できるような「生体模倣システム」を開発しようという医工連携の学際研究を行っているそうです。研究室のメンバーの大学院生さんに研究内容を解説していただきました。

さまざまな応用が期待できるミニ臓器

 

「いろいろな細胞になれるiPS細胞から臓器の細胞を作って培養すると、細胞同士が集まって、人工的なミニ臓器ができあがります。しかしこれだけでは、酸素や栄養を運ぶ血管が作られないため、ミニ臓器は大きく成長することはできません。また、とくに血液をろ過する腎臓や、血管と酸素などをやり取りする肺の場合、血管のないミニ臓器では体の中での実際の機能を再現するのは不可能です。そこで微細加工技術を用いて、透明の樹脂でできたチップの溝に血管の細胞を入れて、血管付きのミニ臓器を作ります」

 

体の中にある血管細胞は、細胞外マトリックスと呼ばれるゼリー状のゲルを“つなぎ”としてまとまり、血管を形作っています。このゲルと同じようなポリマー材料と血管内皮細胞をチップの溝に入れてやると、なんと勝手に血管が形成されるそうです。材料、細胞、チップ設計とまさに異分野融合です。

透明チップ。ゴムのように弾力がある

 

こうして作られた、生体での機能を再現できるミニ臓器は、いろいろな研究に使うことができるそうです。「たとえば創薬。腎臓は薬の成分を吸収したり排出したりする機能を持つため、ミニ腎臓を使って薬の効きやすさなどを調べることができるのではないかと期待されます。また、生体には使えないような高濃度の薬を試すことも可能でしょう」

 

そのほか、ミニ肺にウイルスを感染させて、細胞が受けるダメージやウイルス感染のメカニズムを調べる研究も行われています。

 

従来、このような薬や病気の研究には動物実験が行われてきましたが、世界の流れは動物実験を禁止する方向へ進んでいます。EUでは化粧品については既に動物実験が禁止されています。生体模倣システムの開発は、時代に合った動物にもやさしい研究だといえますね。

実はすごい!?さまざまな機能が発見されているRNA

続いて、iPS細胞研究所所属・齊藤博英先生の研究室によるポスター展示「RNA~生命を紡ぐ紐~」を見に行きました。RNAといえば、新型コロナのワクチンですっかり有名になったのではないでしょうか。また、2024年のノーベル生理学賞は「マイクロRNA」を発見した研究者が受賞したことから、RNAはいま話題の生体分子だといえるかもしれません。

RNAの新たな機能が明らかにされ、医療への応用も期待される

 

高校で生物学を履修した人はご存じかもしれませんが、生き物の設計図であるDNAから、生命活動に必要なタンパク質を作り出すときの中間物質となるのがRNAです。

 

「生体内でのRNAの働きは長いあいだ、このタンパク質合成の媒介しか知られていませんでした。しかし近年、RNAの新しい機能が次々と見つかっています」と、解説してくれた大学院生さん。この研究室では、これまで知られていなかったRNAの機能の医療応用や、生命の起源におけるRNAの役割に注目して研究しているのだそう。

 

「生命活動の基本はDNAからタンパク質を作ることなので、生命の起源はDNAかタンパク質ではないかとこれまで考えられていました。ところがRNAにはDNAのように自分を複製する機能や、生体内の化学反応を促進させるタンパク質の酵素のような働きがあることがわかりました。そこから、生命の起源はRNAだけで成り立っていたという『RNAワールド仮説』が提唱され、注目を集めています」

 

2020年に小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に持ち帰った小惑星リュウグウのサンプルの中に、RNAの部品となる物質が含まれていたことも、RNAワールド仮説を後押ししているそうです。

 

「ワクチンなどにDNAを使うと人の遺伝子に組み込まれてしまう可能性があるのですが、RNAではその心配がなく、より安全だといえます。そこで、遺伝子治療や再生医療にもRNAを使えないか、研究を進めています」

 

また、再生医療では皮膚の細胞からiPS細胞を作って、そこから目的の細胞に分化させますが、iPS細胞を作るときにマイクロRNAを使うとiPS細胞へ変化する細胞の割合が増え、効率がよくなるそうです。実はいろいろな機能を持っていたRNA、科学の新しい発見には心踊りますね。

RNAの実験操作が体験できるコーナー

合成生物学で環境保護に役立つセンサーを開発

最後にご紹介するのは京大の学生サークル「iGEM Kyoto」による「合成生物学」をテーマとした展示です。「合成生物学」とは、遺伝子組み換え技術を使って新しい機能を持つ分子や生物を作り、製品化もめざす学問。この合成生物学を盛り上げようと、iGEM  (The International Genetically Engineered Machine competition) と呼ばれる国際コンテストが毎年行われています。iGEM Kyotoは、コンテストへの出場を目的として活動を行う学生サークルで、薬、農、工、理学部などさまざまな学部の学生が所属しています。

 

iGEM Kyotoは毎年異なる課題に取り組んでいますが、2024年は「農業で使われる肥料を削減するセンサー」というプロジェクトでiGEMに出場し、ベストアグリカルチャー賞とベストハードウェア賞にノミネートされ、金賞を受賞しました。そのプロジェクトとはどのようなものなのでしょうか。リーダーを務める薬学部の学生さんが解説してくれました。

iGEM Kyotoの2024年のプロジェクト概要

 

「農業で肥料を使いすぎると、農地の生態系に悪影響を与えてしまいます。そこで、プロジェクトでは、肥料の使い過ぎを防ぐため、肥料に含まれる窒素化合物の濃度を測るバイオセンサーの開発に取り組みました」

 

バイオセンサーとは、生物が持つ優れた物質認識能を利用または模倣した化学センサーのことです。「これまでも、遺伝子組み換えした大腸菌などの細菌を使ったバイオセンサーの研究が行われてきましたが、遺伝子組み換えした細菌が万一流出してしまうと大問題になってしまいます。そこで、生きた生物は使わずに、生物の部品だけを利用する方法を検討しました」

 

では、今回の研究ではどのようなバイオセンサーを開発したのでしょうか。「細菌に窒素化合物が取り込まれると、それがきっかけとなってRNAが合成されます。細菌のシステムのこの部分だけを取り出してバイオセンサーとして利用し、合成されたRNAを調べれば、窒素の濃度がわかるという仕組みです。RNAはそのままでは見えないので、着色したり光らせたりするよう工夫しました」

このバイオセンサーの開発とともに、実際に土を採取して窒素濃度を測定するハードウェアも開発、作成されました。

 

生物のシステムだけを取り出して使うというのが面白いと思いました。測定装置まで作ってしまうところもすごいですね。

 

今回ご紹介した3つの展示はどれも生物寄りですが、もちろん会場では他にもさまざまな分野の研究紹介が行われていました。たとえば、無駄な熱エネルギーを有効利用できるような発光材料の開発研究や、地球の上空にある電離圏(電子とイオンが多数存在する大気の層のこと)の状態から大きな地震を予知する研究などなどです。

お土産にいただいたトートバッグとマスキングテープ

 

実はこの日、台風の影響であいにくの大雨だったのですが、それにもかかわらず多くの人が会場を訪れ、研究者と熱心にやり取りしていたのが印象的でした。普段はあまり接する機会のない研究者の方々との会話から、知的な刺激をいただいた一日でした。

 

 

(編集者:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

レアな地球外物質を間近で見るチャンス!京都大学総合博物館の企画展「宇宙からの手紙 隕石の発見からはやぶさ2の探査まで」

2024年9月19日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

太陽系や銀河、ブラックホール…宇宙の大部分はいまだ謎に包まれています。そんな宇宙の謎を解くカギの一つが、地球に飛来する隕石です。京都大学総合博物館では、「宇宙からの手紙 隕石の発見からはやぶさ2の探査まで」と題し、隕石など地球外物質の研究を紹介する企画展が開催されています。地球外物質の実物も多数展示されているということで、宇宙を体感しに京都大学総合博物館を訪ねました。

世界中の地球外物質が大集合

自然史や文化史、技術史に関する260万点もの貴重な学術標本資料を収蔵する京都大学総合博物館は、京都大学の吉田キャンパス内にあります。東大路通に面した入口から館内に入り、エレベーターで企画展の開催されている2階へ。鑑賞にあたっては、今回の展示を企画された総合博物館助教の竹之内惇志先生が案内してくれました。

隕石はもちろん、岩石学、鉱物学などを専門とする竹之内惇志先生

 

「京都大学は地球外物質の研究者が多く、扱っている地球外物質の種類もさまざまです。2020年12月に小惑星探査機『はやぶさ2』が小惑星リュウグウから持ち帰ったサンプルの研究にも、京大の先生が多く関わっています。ちょうどその成果もまとまってきていますので、これを機に京大の地球外物質研究について発信しようというのが今回の企画です」と、竹之内先生(以下、発言はすべて竹之内先生)。

 

展示は4つのチャプターから構成されていて、展示の約3分の2を占めるチャプター1では地球外物質全般、チャプター2では地球外物質研究のあゆみ、チャプター3では鉱物学としての地球外物質の分析、チャプター4では隕石と人との関わりが紹介されています。

 

展示室に足を踏み入れると目に飛び込んでくるのが、ショーケースに並べられたさまざまな隕石。これだけ多様な地球外物質が一堂に会するのは国内外でも珍しいそうです。来てよかった…!

展示されているさまざまな地球外物質。色鮮やかな写真パネルは、薄切りの隕石を特殊な顕微鏡で写したもの

 

最初の一画には、比較として地球の鉱物も展示されています。

「地球の石も宇宙の石も、同じく太陽の周りをまわっている石ですから、本質的には似た成分をしています。大雑把にいうと、地球は『かんらん石』のマントルと、『鉄ニッケル合金』のコアからできています。隕石も同じで、主にかんらん石と鉄ニッケル合金で構成されています」

地球も太陽系の一員であることが実感できますね。

 

もちろん、地球の石と隕石それぞれが持つ特徴もあります。たとえば、地球ではありふれた岩石である花崗岩は、地球外では滅多に見ることができません。花崗岩が生成されるためには水と、「プレート」と呼ばれる地球表面を覆っている岩盤の運動が必要なのだそうです。

 

一方、宇宙空間の特徴のひとつが無重力。宇宙空間で岩石が溶けると、表面張力のため球体として固まります。そんな球体『コンドリュール』が隕石にはたくさん含まれています。

 

チャプター1に展示されたさまざまな地球外物質の中から、いくつかピックアップしてご紹介しましょう。

まずは46億年のロマン、「太陽系の始まりの物質」。太陽系にある物質は太陽の周りに集まったガスやチリから生まれたと考えられています。そのガスが冷えて太陽系ができる時に、一番最初に固体になった物質が『CAI』と呼ばれるもので、いくつかの隕石に含まれている様子が観察できます。隕石の研究ではいろいろなことについて調べますが、そのひとつが年代の分析で、CAIはおよそ45億6700万年前にできたものだと考えられています。

上の隕石の中の白くモヤモヤした部分が、太陽系始まりの物質。下は無重力のため球体となった成分を多く含む隕石

 

次に、天体の中心部分からやって来たと考えられる隕石。まるでレトロなガラスのような美しい格子模様が入っていますが、その成分は鉄とニッケルです。「ウィドマンシュテッテン構造」と呼ばれるこの模様は、100万年にマイナス1℃といったスケールの、気の遠くなるほどゆっくりした速さで冷やさなければできない構造で、人の手では絶対に作ることができません。

ウィドマンシュテッテン構造。幾何学的で複雑な模様が見える

 

そのほか、まるで太陽をぎゅっと固めたような、太陽とほぼ同じ成分をもつ隕石や、生き物の材料となったかもしれないアミノ酸などの有機物を豊富に含んだ隕石など、多種多様な地球外物質が展示されています。

太陽とほぼ同じ成分を持つ隕石(左)、有機物を豊富に含んだ隕石(右)

 

ところで、地球外物質というとすごくレアなイメージがありませんか。ところが実際は、とても身近にあるものだというので驚きです。昨年度には、京大博物館の建物の屋上で地球外物質を探す調査が行われ、約40年分降り積もった塵の中に、地球外から来た可能性が高い粒子が1個見つかったそうです。そのサイズは10~20ミクロン(1000分の1ミリメートル)。このような小さな地球外物質は「宇宙塵(うちゅうじん)」と呼ばれています。

 

「隕石、宇宙塵、探査機のリターンサンプル。これらが地球外物質研究の三本柱で、実はそれぞれが違う情報を持っているんですね。宇宙塵やリターンサンプルは数十ミクロンの小さな物質ですが、それらがどういう環境で作られたのか、作られてからどういう反応があったのかなど、太陽系の成り立ちに関する実にさまざまなことを教えてくれます」

隕石を30ミクロンほどの厚みの薄片にして、光を通して特殊な顕微鏡で見た姿

地球外物質は宇宙のどこから来るのか?

では、このような地球外物質は、どこから地球へ飛んでくるのでしょうか。

「太陽系の火星と木星のあいだには、小惑星がたくさん存在する『小惑星帯』と呼ばれる領域があります。はやぶさ2が探査したリュウグウも、もともとは小惑星帯にいた小惑星だと考えられていますね。地球外物質のほとんどは、この小惑星帯から飛来すると言われています。ただ不思議なのは、小惑星帯から来る地球外物質にはかつて氷を含んでいた証拠がみられます。氷が存在するのは、小惑星帯よりももっと外側の太陽から遠いところのはずなのですが、それがなぜ太陽に比較的近い小惑星帯にいるのでしょうか。

 

これについて、天体観測、天体力学など多方面の研究がたどり着いた仮説は、過去に太陽系の中で”かき混ぜ”が起こったということです。かつて、木星や土星はいまよりももっと太陽の近くをまわっていましたが、互いの重力の相互作用によって、太陽から離れる方向に移動していき、現在の位置に落ち着いたと考えられているのです。木星や土星のような巨大なガス惑星が外側へ動いたために、外側にあった小惑星が逆に内側へとやってきたんですね。ただこの仮説はまだまだ検証中で、今後また変わっていくかもしれません」

太陽系の惑星はずっと同じ位置にいたのではなかったのですね…!木星や土星が移動していったとは、話のスケールが大きすぎて驚きの連続です。

どれが隕石か見分けられるでしょうか?隕石にそっくりな地球の石もあります。反対に、隕石のプロである竹之内先生でもわからないような隕石らしくない隕石も混じっているとか

企画展の見どころ~日本初の隕石からリュウグウの粒子まで

地球外物質研究のあゆみを紹介するチャプター2では、日本で初めて科学的に分析が行われた「竹内隕石」や、京都大学総合博物館の目玉の一つともいえる「岡野隕石」が展示されています。岡野隕石は、今から120年前に兵庫県の岡野村(現在の丹波篠山周辺)に火の玉となって落ちた隕石です。この岡野隕石が当時の京都帝国大学にわたり、そこから京都大学の地球外物質研究が始まりました。

日本で一番最初に研究された竹内隕石(産業技術総合研究所 蔵)。竹之内先生と偶然同じ読みの名前とは、運命を感じますね

京都大学における地球外物質研究の記念すべき第1号となった岡野隕石

 

そして、もう一つの目玉といえるのが、はやぶさ2のリターンサンプル、小惑星リュウグウの粒子です。はやぶさ2について筆者は、2019年のリュウグウへのタッチダウンや2020年の地球へのサンプル投下を、リアルタイムでドキドキしながら見ていました。そのため、はやぶさ2が苦労してリュウグウから持ち帰った試料の実物を見ることができたのは、ことさら感慨深いものがあります。

はやぶさ2が小惑星リュウグウから持ち帰った資料

 

チャプター3の「鉱物の分析」からチャプター4の「隕石と人との関わり」へと進むと、冷たい光を放つ一振りの日本刀が!これぞ、幕末から明治時代に活躍した武人・榎本武揚が隕石から作らせた「流星刀」です。(流星刀は期間限定展示のため、9月1日に展示は終了しました。)隕石から作った刀剣なんて、かっこよすぎませんか。もっとも、隕石にはニッケルがたくさん含まれているため日本刀の材料には適しておらず、玉鋼を混ぜて隕石成分はかなり薄められているそうです。

 

「実は昔から、ツタンカーメンのナイフなどのように、武器や神具に隕石が使われていました。昔の人々が、それを宇宙から来た石だと認識していたかどうかはわかりませんが、鉄の精錬が難しかった時代には、隕石は使いやすい鉄として貴重な素材だったのかもしれません」

榎本武揚が隕石から作らせた流星刀(富山市科学博物館 蔵)

1866年に京都府曽根村に落下した「曽根隕石」。日本で6番目に大きな隕石で、重さは17.1㎏

 

「この展示を通して、地球外物質が実は身近な存在であること、最新の分析では非常に小さな物質からでも太陽系の成り立ちについてさまざまなことがわかるんだということが伝えられたらいいですね。そして本展示をきっかけに、この分野の研究者をめざす人が出てきてくれたらうれしいです」と竹之内先生。

 

地球外物質という「宇宙からの手紙」を通して、普段は手の届かない宇宙のスケールの大きさ、気の遠くなるような歴史が感じられたように思いました。それと同時に、私たち人類と隕石には昔から関わりがあったことをはじめて知りました。ぜひ京都大学総合博物館を訪れて、星空の向こうの宇宙に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

 

 

(編集者:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

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