ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

第21回京大変人講座をレポート!チンパンジーとヒトの描く絵の違いからアートの起源を探る

2026年2月5日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

京都大学でトークショー形式の超人気公開講座が開催されているのを知っていますか。その名も「京大変人講座」。京都大学に連綿と受け継がれている「変人のDNA」(変人は誉め言葉です)を世に広く知ってもらうため、2017年にスタートしました。講座のナビゲーター兼ディレクターを務めるのは、大学客員教授や書道家など幅広い分野で活動する越前屋俵太さん。本来は先生が一人で話すところを、あえて一緒に登壇し、ゲストの「変人」な先生の専門的な話に質問やツッコミを入れて、我々一般人受講者の理解を面白おかしく手助けしてくれます。いわゆる専門的になりがちな研究者の話を一般人にわかりやすくトランスレーションするのが「京大変人講座」です。

 

11月19日に開催された第21回京大変人講座のテーマは「チンパンジーはなぜ絵を描くのか?!~芸術認知科学からみたアートの起源~」。講師は、京都芸術大学教授の齋藤亜矢先生です。齋藤先生は、京都大学理学部から京都大学大学院医学研究科を経て、東京藝術大学大学院美術研究科の博士課程修了という異色の経歴の持ち主。芸術認知科学の視点から、旧石器時代の洞窟壁画やチンパンジーとヒトが描く絵を題材にした研究などを行っています。そんな齋藤先生と、アートの起源を探ります。

ヒトとチンパンジーの違いとは

まず、先生の専門分野である「芸術認知科学」とはどんな学問なのでしょうか。「アートとは何かというテーマは、美学や芸術学、哲学など文系の学問で研究されることが多いのですが、それを科学の視点から研究しようというのが芸術認知科学です。とくにアートに関わる心の仕組みを知りたいと思っています」と齋藤先生。

講師の齋藤亜矢先生。異色の経歴については、講座後半で語られます

ナビゲーターを務める越前屋俵太さん

 

講義ではまずアートの起源として、インドネシアのスラウェシ島で見つかった4万5千年前の壁画や、スペイン・アルタミラ洞窟の1万8千年前の壁画などがスライドに映し出されました。これらは旧石器時代のホモ・サピエンスによって描かれたもので、ホモ・サピエンス以前の人類は絵を描かなかったといわれています。「なぜホモ・サピエンスだけが描いて、それ以前の人類は描かなかったのか。できることなら両者を比較して調べてみたいのですが、ホモ・サピエンス以前の人類は現存していません。そこで今生きている中で一番ヒトに近いものと比較しようと。それがチンパンジーなのです」と解説する齋藤先生に、「なるほど、今日のタイトルにつながるんですね」と俵太さんも納得。

人とチンパンジーは進化の過程で比較的最近になって別々の系統へと分かれたので、人だけに備わった特徴と共通して持っている特徴があるはず、と齋藤先生は話します

 

「研究では、実際にチンパンジーに絵を描いてもらいました」と齋藤先生。「ことばを覚えた天才チンパンジー」として知られ、かつて京都大学霊長類研究所で研究されたアイちゃんの描いた絵がスライドで紹介されます。アイちゃんの絵はカラフルな曲線が水性ペンで画面いっぱいに描かれた抽象画のような作品です。

チンパンジーのアイちゃんの作品

 

次にスライドが切り替わって別の4枚の絵が現れました。「この中でアイちゃんが描いた絵はどれでしょうか」と齋藤先生がクイズを出題。すべてチンパンジーが描いた絵だということですが、会場の多くの人が正解したように、アイちゃんの絵にはアイちゃんだとわかる特徴があり、そのほかの絵にもそれぞれの“画風”があることがうかがえます。

4頭のチンパンジーが描いた作品。アイちゃんは(B)。俵太さん「ジャンパ(C)はピカソ系ですね」。齋藤先生「パンちゃん(A)は色を重ねずに塗り分けて描く特徴があります」。(D)のポポちゃんは上下の往復線が作風

 

チンパンジーの絵にも個性はあるものの、どれも抽象表現という点では共通しています。ではなぜ写実的な絵は描かないのでしょうか。それを知る手がかりとして、齋藤先生は子どもが1歳から4歳までに描いた絵を映し出します。

子どもの絵の年齢による変化。俵太さん「最初のほうは『ヒト』って書いてなかったら、パンちゃんとかポポちゃんって言われてもわかりませんね」

 

「1歳では殴り描きだったのが年齢とともにまとまってきて、3歳くらいで顔などを描き表す『表象』が出てきます。その後、画面に構成が出てきたり、手足を描くようになったりと変化していきます」と齋藤先生。

 

同様にチンパンジーも子どもと大人では絵に進歩がみられますが、ヒトのように表象を描くようにはなりません。さらに研究では、片目が描かれていないチンパンジーの顔のイラストをチンパンジーに見せて、抜けた目を描くかどうかを調べる実験が行われました。その結果、アイちゃんもポポちゃんもパンちゃんも、顔に殴り描きをしたり、描かれてある目にしるしをつけたり、すでにある線をなぞったりするだけで、目を描き入れることはありませんでした。

 

一方でヒトは、2歳前半まではアイちゃんたちと同じく殴り描きをしたり、描かれてある目だけにしるしをつけたりしていましたが、2歳半を過ぎると足りない目を描き入れるようになります。「ここにチンパンジーとの違いがあって、ヒトは『ここに目があるはず』と想像できるんです」

 

丸があったら顔を描き入れてアンパンマンにしたり、平行線があれば線路を描いたり。ヒトは「見立ての想像力(パレイドリア:月の模様がウサギに見えるなどの心理現象)」をはたらかせることができると齋藤先生は説明します。

 

ここでもう一度、旧石器時代の壁画に戻ってみると、新たな発見が。写真ではなかなかわかりませんが、牛やイノシシなどの壁画は、洞窟の壁の出っ張りや亀裂を動物の体の一部に見立てて描かれているのだそうです。

よく見ると、壁の亀裂を動物の輪郭に見立てて描かれています

 

「いま見学できる洞窟のなかには、懐中電灯や当時のような石製のランプで壁画を見せてくれるところもあります。わずかな光で動物の姿が浮き上がり、光を当てる角度で影が動くんですね」と齋藤先生。俵太さんも「当時も同じような光景が見えていたのかもしれませんね」と感に堪えない様子です。

アートにおける言葉の功罪

では人類はパレイドリア(見立ての想像力)をどうやって手に入れたのでしょうか。「先ほどの子どもの絵の変化を見ると、表象を描くようになる2歳前半から後半にかけて、何かが起こっているんですね。それは、言葉の変化です。語彙が爆発的に増加するのが2歳後半ごろなんです」

 

言葉を持ったことで、ヒトは見たものに言葉のラベルをつけるようになります。猫を見たら、これまでの経験から得た三角の耳や丸い顔といった猫に関する知識(スキーマ)をもとに、猫だと判断してラベルをつけるといった具合です。そうすると、たとえば三角形が二つついた丸い形の雲を見たときにラベルをつけようとして、「猫みたいだな」というパレイドリアが起こるのです。つまり言葉を話すようになったときに人はパレイドリアを手に入れたのではないか、と齋藤先生は考えます。

パレイドリアで雲が猫のように見える

 

その反面、言葉を持ったことで人は物を大雑把に見るようになってしまったと齋藤先生は指摘します。「幼児は見たものではなく知っているものを描くんですね。子どもがよく描く絵に頭から直接手足が伸びた『頭足人』がありますが、これは、胴体という概念が子どもには難しくてよくわからないからです。大人も一緒で、アリの絵を描いてくださいと言われて、正しく描ける人は多くありません」

 

俵太さんも「僕も前にアリを描いたら、『ゴキブリ描いてるの?』って言われたことがありました(笑)。人は見ているようで意外と見ていないんですね」と相槌を打ちます。知らないと描けない。でも逆に描くということは、これまでぼんやりとしか見ていなかった世界をちゃんと見るということでもあるのです。

アーティストはチンパンジーに共感する

次に、絵を描くモチベーションは何でしょうか。それはヒトもチンパンジーも「おもしろいから」だと齋藤先生は答えます。「チンパンジーたち類人猿は、真っ白な紙に自分の行為で跡が残るのをおもしろいと認識していると考えられます。これは殴り描きをする1、2歳の時期の子どもも同じですね」

オランウータンのモリーちゃんもたくさんの絵を描いていたそうです

 

チンパンジーがおもしろいと感じているのは絵を描くプロセス。では表象を描くヒトにとってのおもしろさとは何でしょうか。それは見立てのおもしろさと頭の中のイメージを外に出すおもしろさといった内発的なおもしろさに加えて、ほかの人とイメージを共有でき、反応がもらえるといった外発的なおもしろさだと齋藤先生は説明します。

 

ところが、同じヒトでもアーティストはチンパンジーに共感する人が多いといいます。齋藤先生はピカソが絵を描く動画を紹介。ピカソによってキャンバスに描き表される絵は、花から魚、ニワトリのようなものへと次々に変化していきます。「見立ての想像力を使いながら、自分の描いたものを壊していく。ピカソはそのプロセスを楽しんでいるんですね。アートの本質は、実はプロセスなのではないでしょうか」

 

すでに頭の中にある物を外に出すのではなく、描いているうちに自分でもわからなかったものがわかってくる。それがクリエイティビティではないかと齋藤先生は言います。「ヒトは言葉を持ったことで見立ての想像力を手に入れ、絵が描けるようになりましたが、逆に言葉のラベルをつけて物事を枠組に当てはめて見るようになってしまった。その枠組みを壊して、新しい見え方に気づかせてくれるところにアートの本質があるのではないでしょうか」

おもしろいと思ったらどんどんチャレンジ

後半は齋藤先生の異色な経歴にスポットライトが当てられます。アートの起源を研究してきた結果、アートの本質にたどり着いた齋藤先生ですが、京都大学の理学部に入学したときからアートの起源を研究していたわけではありません。

 

理学部の頃はただおもしろいことを追い求めていたという齋藤先生が最初に取り組んだのは、ミルククラウンの研究。ミルクの液滴を落としたときにできる王冠型のアレです。「チンパンジーもなにも関係ないですね!」と俵太さんも思わずツッコミ。しかも齋藤先生の論文の共同研究者には、この変人講座の発起人である酒井敏先生(現 静岡県立大学副学長)の名前が。おもしろいと思ったことにどんどん飛び込んでいく齋藤先生、「勝手に(当時 京大に勤務していた)酒井先生の研究室に行って入り浸ってた」そうです。

サプライズで登場した酒井先生(右)

 

理学部1回生でミルククラウンの研究をした齋藤先生ですが、もともと霊長類学に興味があったということで、2回生からは屋久島やボルネオ島を皮切りにフィールドワークの日々。それがおもしろくてそのままフィールドワーカーになると思っていたところ、4回生のときに人生のターニングポイントとなる大事件が起こります。

 

「サルを追いかけている途中に足を滑らせてしまい、崖から落ちて背骨を骨折しました。2か月入院しましたが、命にかかわるような大きな出来事だったので、PTSDのようになってしまって。それで、悪夢を見たりだとか自分の体に起こる出来事を、サルの調査のために持ってきていたフィールドノートに書き出したんですね」

 

自らの状態を研究しているうちに、体と心の関係に興味がわいた齋藤先生は、医学研究科の大学院に進むことに。そこで認知機能などの研究をしていましたが、そのうち自分のやりたい研究との方向性の違いを感じて、行き詰ってしまったそうです。

 

「いろいろ調べてもしっくりくるところが見つからず、どうしようと焦ったときに、ゴリラの夢を見たんです」
「ゴリラの夢を見た?」びっくりする俵太さん。
「夢の中では自分がゴリラで、たくさんの荷物を持っていて、ちょっと歩くとそれを落とす。拾ってはまた落とす、どうしようと思っているところに、上のほうから優しい女性の声がして、『ゴリラの生き方はゴリラが決める?』―――」
一瞬の間をおいて、会場からは驚きの声と笑いが。

 

「ゴリラが決める?って聞かれてゴリラの私は『うん』と答えて、ほっとして目が覚めたんです。そこで、さっきまで自分がゴリラだと疑ってもいなかったことに気がついて、「自分」なんてそんなあいまいなものなんだと思って。それでとりあえず「いまの自分」が好きなものを考えてアートに行きつき、東京藝大に入りました」

 

驚きのエピソードの連続の末、いまに至る齋藤先生が大事にしているのは「体で考える」ということ。旧石器時代の人たちがなぜ絵を描いたのかを考えるために、旧石器時代の人たちみたいに狩猟や石器製作などを体験してみたいという齋藤先生に、「まさかどこかの洞窟にこもったりしないですよね」と俵太さん。さすがにそれは否定しつつも、カナダの先住民の長老に弟子入りしたという北海道大学の人類学者の狩猟に同行したりしているそう……

 

最後に、先生にとって研究とは何でしょうかと俵太さんが尋ねます。「アートとは何かと聞かれると、石ころを拾うみたいなものだと答えています。大人になったらその辺に転がっている石ころを気にすることはなくなりますが、価値がないと思われている石ころのなかから特別な石ころを見いだし、他人にもわかるように見せてくれるのがアートなんだろうなと。研究も自然の中でいいなとかおもしろいなと思うところまではアートと一緒ですが、そうして心の中に生じたビックリマークをクエスチョンマークに変えて探求するのが研究なんだと思います」

著作にも力を入れているという齋藤先生

 

受講前、チンパンジーに絵で負けていたらどうしようと思っていた筆者は、アイちゃんたちの絵を見て「勝った」と安心したのもつかの間、プロセスを楽しむという点で完敗してしまいました。それでも気を取り直して、心の中のビックリマークとクエスチョンマークを大事にしていきたいと思います。

 

「京大変人講座」、次回はどんな変人先生が来られるのでしょうか。おもしろいこと間違いなしなので、ぜひ受講してみてください!

 

(編集者:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

被子植物との出会いがきのこの運命を変えた? きのこの多様性の秘密を京都大学の佐藤博俊先生に聞いてみた

2026年2月3日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

みなさん、きのこはお好きですか? スーパーのきのこ売り場に行くと、シイタケやエノキダケ、マイタケにエリンギといろいろなきのこが手に入りますよね。きのこの仲間は非常に種類が多く、自然界に存在するきのこの多様さは、当然のことながらきのこ売り場の比ではありません。

 

きのこの仲間がなぜ多種多様になったのか、その疑問を解くカギは「被子植物との出会い」にあるといいます。京都大学の佐藤博俊先生に、新たにわかってきたきのこの多様性の進化についてお話をお伺いしました。

知っていましたか? きのこの正体

きのこの名前の由来は「木の子」。倒木や木の周辺に生えることから“木の子ども”という意味が語源ですが、もちろん本当の子どもではありません。ではきのことはいったい何者なのでしょうか。佐藤先生、答えて曰く、

 

「きのことは、菌類が胞子を飛ばすためにつくる『子実体』という繁殖器官の俗称です」

 

なんと、きのことは何らかの生物の種類ではなく、普段は目に見えない菌類が肉眼で見える大きさに作り上げた器官、つまり菌類の体の一部のことなのだそう。したがって、「きのこ科」や「きのこ目」といった名称はありません。また、ここでいう菌類とは細菌類ではなく、カビや酵母など真核生物である真菌類のこと。一般的に子実体をつくる菌類の仲間のことを「きのこの仲間」と呼んでいます。

お話をうかがった佐藤博俊先生

 

「ではきのこを作る菌類とは何かというと、菌糸と呼ばれる糸のような体の構造を発達させ、体の表面で消化吸収する能力を持った仲間で、大量の胞子を作って繁殖するという特徴を持っています。植物と混同されることが多いのですが、植物とはまったく違う生き物。植物のように光合成はできませんし、進化の上でも菌類と植物は近くありません。むしろ菌類が近いのは動物なんですね。菌類と動物は親戚みたいなものだと私は思っています」と佐藤先生。

 

野菜売り場に置かれていたり食物繊維が豊富だったりすることから、なんとなく植物に近いイメージがあるきのこですが、実は植物よりも私たちに近かったとは……。あまり動かないことや、細胞壁があることなど植物との共通点もありますが、水と光だけから炭水化物を作れる植物と違い、菌類も私たち動物もほかの生き物から炭水化物を摂取しなければ生存できません。

 

動物が消化器官で栄養を吸収するのに対し、きのこはどのように体の表面から栄養を消化吸収しているのでしょうか。これについて、きのこは栄養の取り方によって大きく3つのグループに分けられると佐藤先生は言います。

 

「一つ目は腐生菌と呼ばれる仲間で、おもに植物を腐らせて栄養を得る菌類です。菌類には特別な酵素があって、セルロースのような分解が難しい複雑な物質も、利用可能な炭水化物に分解して吸収することができます。もう一つは寄生するグループ。生きている生物から炭水化物を奪って生きています。それから、植物と共生している菌根菌。菌根菌は植物の根に共生して、植物が光合成で作った栄養をもらう代わりに、土の中に張り巡らせた菌糸で吸い上げた窒素・リンなどの養分や水分を植物に提供しているんですね。たとえばマツタケはマツの菌根菌です」

“あるきっかけ”がきのこの急速な多様化を促した

種の多様性が高いというきのこの仲間。実際に地球上にはどのくらいの種類のきのこが存在しているのでしょうか。

 

「きのこときのこ以外の菌類の区別は明確ではないので、まず菌類全体の種数についてお話しすると、150万から200万あるいは300万種くらいだと推定されています。どんな計算でこの数字が出てくるかというと、1種類の植物に何個くらい菌がついているかを調べて、それに全世界の植物の種数を掛け算したものですから、かなりどんぶり勘定です。このなかで、きのこの仲間は10万種前後だと思います」

 

なぜ、きのこの種類はこのように多様化したのでしょう。佐藤先生はその謎を解明するために、担子菌門ハラタケ綱菌類という仲間を対象に研究を行いました。ハラタケ綱は、マツタケ、シイタケ、エリンギなど、柄に傘のついた“きのこらしい”きのこのほとんどが属する大きなグループ。一方、高級食材として有名なトリュフは子嚢菌門チャワンタケ綱、触ると危険なカエンタケは子嚢菌門フンタマカビ綱のきのこで、ハラタケ綱以外のきのこには、ひとくくりにできる形の特徴はないのだそう。

バラエティ豊かなハラタケ綱菌類のきのこたち。「基本的には傘に柄がついてひだがあるいわゆるきのこらしい形をしていますが、そうでないものもあります」と佐藤先生

手の指のような形のカエンタケ。見つけても絶対に触ってはいけません!

 

今回の研究で、ハラタケ綱菌類の種多様化が、7000万年前から9000万年前の白亜紀後期に“あるきっかけ”によって急速に進んだ可能性が見えてきたと佐藤先生は話します。

 

「多様化が進むために重要な要素のひとつは、これまで狭いところにいた生物種が広い地域に進出することです。分布域が広がったあと、山や海によって地理的に分けられたり、あるいは気候変動で環境が変化したりすると、分断化が進んでそれぞれの地域のグループが別の種となっていきます。ハラタケ綱菌類が広域に進出して多様化するきっかけとなったのが、被子植物との出会いだったと私は考えています」

 

ジュラ紀の終わりから白亜紀の初めに登場した被子植物は、白亜紀後期になって地球上に広く繁栄しました。つまり、被子植物と出会って共生関係を結んだ菌類に、新天地へ進出できるチャンスが訪れたのです。とくに菌根菌は共生する植物の種類を選ぶ性質があるため、より種の多様化が進んだと佐藤先生。「広範囲に進出したあと森が分断して、共生関係にある植物が元の種から分かれていった場合、菌の選り好みが強ければ一緒に分かれていきます。一方、腐生菌のように相手がどの植物でもよければ別の植物に移ればよいので、多様化は菌根菌ほど進まないのです」

 

白亜紀後期には、通常の5倍から10倍の速度でハラタケ綱菌類の種多様化が進んだといいます。佐藤先生は、何千万年も前の大昔に起きた種の多様化について知るために、2つの方法を用いました。

 

一つは「分子系統樹」を使った方法です。分子系統樹とは、生物種間の遺伝情報の違いを調べて、生物の種がどのように枝分かれしてきたかを復元した樹木のような形の図のことです。佐藤先生は、ハラタケ綱菌類の遺伝子を調べて分子系統樹を作成。分子系統樹の中には枝分かれが密集している部分が見られ、多くの種が短期間に分岐したことを示していました。そこから、ある時期にきのこが急速に多様化したことがわかりました。

 

もう一つは、ハラタケ綱が進化の中で分岐して出現した年代と、現存するハラタケ綱の種数から推定する方法です。「分子系統樹の形から、より古い時代に生まれたグループほど現存する種数が多いことが想像できるかと思いますが、この方法は、『急速な種の多様化が起きたグループは、新しく生まれた割に現存の種数が多くなる』ことを利用したものです。化石の情報と分子系統樹の情報を総合すると、ハラタケ綱が分岐したおおよその年代がわかるので、現存する種数と比較して、ハラタケ綱が多様化したことが推測できます」

時間の経過に対する菌類の多様化進化速度の変化を表したグラフ。被子植物の出現後、菌根菌の多様化速度が上がっているのがわかります

 

菌類の研究はブラックボックスが多く、限られた情報から真実に迫っていかなければならないと佐藤先生。「菌類が肉眼で見ることが可能なきのこを作る期間は、1年間に1~2週間くらいしかありません。あとはずっと菌糸の状態なので、どのようにふるまっているのかよくわからないわけです。また化石もあまり残らないので、進化について手に入る情報もどうしても少なくなってしまいます」。こうした難しさから、きのこの多様性については、まだまだわからないことがたくさんあると佐藤先生はいいます。

違う種なのに見た目は同じ…人を惑わすきのこたち

日本ではきのこの研究者はあまり多くないそうですが、佐藤先生がきのこの世界に魅せられたきっかけは何なのでしょうか。

 

「三重県の田舎の出身なので、山できのこに触れる機会が多くあり、子どもの頃からきのこが好きなんです。きのこ狩りに行ったことも楽しい思い出として強く心に残っていますね。

 

小学生の時にきのこは不思議な生き物だと思い、よく知ろうと図書館できのこの図鑑や本を読んで調べていたのですが、実はまだきのこについてわかっていないことが多いんじゃないかって気づいたんです。本を書いている先生も、お茶を濁していることが多いなって。同じように好きだった植物の場合は本を読むといろいろなことがわかるのに、菌類のことは本で調べてもよくわからないんですね。そこから、じゃあ自分で研究しようと」

 

小学生の佐藤先生が出くわしたきのこの問題のひとつが、名前がついていないきのこが多いということ。この問題は、今なお解決されていないといいます。

 

「きのこは似て非なるものがとても多いんです。それを『隠蔽種』と呼び、パッと見ただけでは見分けがつかないんですね。しかも昔発見されて命名され、いまでは干しシイタケのようになっている乾燥標本と、目の前にあるきのこが同じかどうかを調べるとなると至難の業です。DNAを調べれば判別できるものの、100年以上も前の標本になると損傷がひどくてとてもDNAは採れません。その結果、名前を付けられずそのままになっている菌がたくさんあるんです」

 

たとえばあるきのこを調べたいと思って集めてくると、そのうちの9割が別の種だったというくらい、隠蔽種はたくさんあるそうです。しかしこうした隠蔽種の多さや菌糸のふるまいの見えにくさは、研究の難しさであると同時に面白さでもあると佐藤先生はいいます。「実際、きのこの研究は大変です。泥臭い作業もやらなければならない。でも簡単にわからないからこそ面白いし、やりがいも感じられるんだと思います」

 

きのこに対する佐藤先生の研究意欲は尽きません。「菌根菌の進化についてより詳しく調べたいと思っています。また、きのこにいろいろな形があることにも興味がありますね。典型的な傘と柄とヒダがあるようなきのこのほか、サルノコシカケのように硬いきのこやトリュフのような団子状、カエンタケみたいに枝分かれしているものなど、きのこの形も多様です。あとはなぜ毒キノコが進化したのか知りたい。きのこの毒ってスタイリッシュじゃないんですね。警戒色を持つわけでもないし、即効性のないものもある。つまり、生存することにあまり役立っていないんです。何のために毒をもつようになったのだろうと興味がわきます」

 

最後に、研究者の視点からおすすめのきのこを教えてもらいました。

「きのこはどれもおすすめではあるんですが…個人的にはイグチという仲間のきのこが好きですね。傘の裏がヒダではなくてスポンジ状になっているのが特徴です。大学院生のときから研究していて、いろいろな種類のものがあります。傷つけると色が変わるといった謎の挙動があるところも面白いし、美味しい種類も多い。美味しいというと、見た目は悪いですがムラサキヤマドリタケというきのこは美味しいですよ。

 

大学生のときは、きのこはスーパーで買わずにその辺で採って食べていましたね。きのこの食べ方については、私は鍋にして食べることが多いかな。イグチの仲間のハナイグチというきのこは美味しく、鍋に合います。ムラサキヤマドリタケは鍋向きではなくてパスタに入れるといいですね」

佐藤先生の推しきのこ、イグチにもいろいろな種類があります。左コオニイグチ、右上キクバナイグチ、右下アミアシオニイグチ

ムラサキヤマドリダケ。佐藤先生のおすすめの食べ方はパスタ

 

きのこを紹介するときの佐藤先生は本当ににこやかで嬉しそうで、先生のきのこ愛がひしひしと感じられました。皆さんも、野山や公園できのこを発見したとき、また食卓にきのこが並んだときは、きのこの不思議さ、面白さをぜひ思い出してみてください!

丁寧にきのこを採取する佐藤先生。きのこ愛が感じられますね!

 

 

(編集者:花岡正樹/ライター:岡田千夏)

天文学と歴史的建築群にワクワク! 京都大学の花山天文台特別公開に行ってみた

2026年1月8日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

京都・清水寺の裏山にたたずむ京都大学大学院理学研究科附属天文台・花山天文台。この歴史ある天文台は、全国にある京都大学の施設を公開するイベント「京大ウィークス」の一環として、毎年秋に一般公開されています。去年は大雨警報発令で残念ながら中止となりましたが、今年は雲一つない絶好のイベント日和! 宇宙と歴史を体感しに、花山天文台へ行って来ました。

 

今も愛され活躍する昔ながらの“手動”望遠鏡

特別公開では、敷地内にある本館、別館、太陽館、歴史館を自由に見学できるほか、太陽観察体験やミニ講演、4次元デジタル宇宙シアター(4Dシアター)の上映などプログラムも盛りだくさん。

1929(昭和4)年に建てられた花山天文台の本館

 

まずは、花山天文台の象徴ともいうべき直径9mのドームが輝く本館へ。この本館をはじめ別館、歴史館は昭和初期に建てられたもので、歴史的に貴重な建築群でもあります。そうした歴史の重厚感と天文台のドームという非日常性が相まって、本館はソワソワするような特別感のある空間が広がっています。レトロな雰囲気が漂う折り返しの多い階段を登ってドームにたどり着くと、空に向かってそびえる口径45cmの屈折望遠鏡の姿がありました。これは、国内の屈折望遠鏡では3番目の大きさだそうです。

 

ドームでは望遠鏡についてスタッフの方の解説を拝聴。1929年に花山天文台ができた当初には直径30cmのレンズを使った望遠鏡が設置されていましたが、1968年に第3代台長の宮本正太郎博士がもっと天体をよく見たいということで現在の45cm望遠鏡に換えられたのだそうです。「望遠鏡はレンズが大きいほどよく見えますが、屈折望遠鏡ではそのぶん筒の長さも長くなってしまいます。そのため、もともと30cm望遠鏡のために作られた設備での取り回しが難しくなってきました。そこで筒を切って鏡を入れて光を反射させ、筒の上部の接眼レンズから覗くという珍しい形の望遠鏡になりました」

45cm屈折望遠鏡。移動式の階段またはリフトで上がって、筒の上部にある接眼レンズから覗きます

 

接眼レンズまではかなりの高さがあるので、昔は移動式の階段、今は電動リフトで上がって観測します。そのリフトも古くなってしまったので、現在クラウドファンディングで支援をお願いしているそう※。1968年当時のままの望遠鏡は、いまも昔ながらにロープを手で引っ張って動かすのだと、実際に動かしてみてくれました。手動で望遠鏡を星の位置に動かした後は、おもりが落ちる力を利用した「重力時計」という仕組みで、星の動きを追尾します。「望遠鏡の命といえるレンズと鏡はほとんど劣化しないので、今もこの望遠鏡でいろいろな天体を見ることができます」とスタッフさんは言います。

※特別公開を開催した1週間後に、終了しました。多くの方々にご協力いただき、当初の目標を遥かに上回るご支援をいただきました!

 

前出の宮本正太郎博士はこの望遠鏡を使い20年以上にわたって火星をスケッチし、火星に吹く風を発見するなど大きな成果を上げました。三千枚を超える宮本博士のスケッチは、写真よりも詳細な火星の模様が描き込まれています。火星の大気のゆらぎによって写真ではぼんやりとした像としかとらえられないのに対し、宮本博士は長時間火星を見続けることで、大気の揺らぎが止まるわずかな瞬間を見極めていたのではないかとスタッフさん。まさに人間の目と脳のなせる技です。宮本博士のスケッチは、ドームの階下にある展示室に展示されています。

花山天文台が作られた1929年当時、日本にはドームを作る会社はなく、本館および別館のドームは川崎造船所(現 川崎重工)が船を作る技術で作りました

望遠鏡の架台には、約10年にわたり花山天文台を応援するためのチャリティーコンサートを開いた世界的音楽家の喜多郎さんのサインや、同じく世界的ロックバンド「クイーン」のギタリストで天文学者のブライアン・メイさんのサインがあります

花山天文台で一番高い場所に位置する本館ドームからは、天文台の全景はもちろんのこと、京都市南部や遠くは大阪の高層ビル群が望めます

 

別館と太陽館では太陽を観測

続いて、もうひとつのドームがある別館へ。別館は本館よりも小さく、こぢんまりしたドームへと至る狭くて急な階段を登っていくのは、まるで木の上に作った秘密基地に続く梯子を登っていくようで、ワクワクが止まりません。

こぢんまりとした別館の建物

 

別館のドームに設置されているのは、18cm屈折望遠鏡です。現在、太陽観測に使われているこの望遠鏡は、今から115年前の1910年に京都大学がハレー彗星観測のために購入したドイツのザートリウス社製のもの。あまりにも古いため今ではもう部品が手に入らず、壊れた部品は手作りして直しているのだそうです。

 

年季の入った18cm屈折望遠鏡ですが、今も現役で、毎秒1枚の間隔で太陽表面の撮影画像を取得し続けています。「太陽表面で起こる爆発が研究対象です。爆発で地球に到達する電磁波放射や高エネルギー粒子は電波障害やGPS障害を引き起こしますから、こうした障害を予測できるようにしたいと研究しています」とスタッフさん。太陽の撮影は今でこそデジタルですが、昔はフィルムカメラが使われていたため、ドームには隠し部屋のような小さな暗室もあります。まさに科学と歴史の面白さが一度に味わえる興味深い場所なのです。

18cm望遠鏡が取得し続ける太陽の画像データ

 

太陽の撮影のほか、別館では黒点観測も行われています。11.5cm望遠鏡でとらえた太陽の像を白い板に映し出し、そこに紙を重ねて黒点を写し取っていきます。黒点観測の歴史は古く、400年前のガリレオの時代がはじまりだといいます。花山天文台でも一日1枚黒点を観測・記録しており、この日は特別公開イベントということで、黒点のスケッチ体験に熱心に取り組む参加者の姿も見られました。

白い板に映し出された黒点をスケッチして黒点観測の体験をする参加者

 

花山天文台にあるもう一つの太陽観察施設が太陽館です。太陽館は、メインの建物に細長い部屋が飛び出したような変わった形をしていますが、実は建物全体が大きな望遠鏡になっています。別館では太陽の表面画像や黒点観測などいわば“見た目”の観測が行われているのに対し、太陽館で観測されているのは、太陽光の波長です。屋外にある2枚の鏡で反射させた太陽光を、望遠鏡の筒の部分にあたる細長い部屋を通して集め、「分光器」と呼ばれる機器でいわば虹のように光を波長ごとに分けます。波長を調べることで、太陽表面の温度や存在する元素などさまざまな情報がわかるのだそうです。

この2枚の鏡で太陽光を反射させて、望遠鏡の筒にあたる部屋に取り入れます

 

さらに、4次元デジタル宇宙シアター(4Dシアター)では、宇宙の旅のプログラムを鑑賞。3Dメガネによる立体映像(3次元)と時間の流れ(1次元)で4次元の宇宙空間を体験できます。プログラムでは天文アウトリーチ学生団体「あすちか」の学生さんの案内で、京都の夜空から宇宙へと飛び出し、地球から遠く離れた深宇宙へ。銀河の集まりである銀河団のさらに集まりである超銀河団が砂粒くらいに見える宇宙の果てまで気の遠くなるような旅をして、再び地球へと戻ってきました。

 

日本の天文学の発展に貢献

花山天文台での観測データを使った研究についてのミニ講演が行われるということで、会場である本館の図書室へ。ミニ講演を担当するのは、太陽物理学が専門の浅井歩准教授。

本棚に天文学の洋書が並ぶ図書室でのミニ講演

 

まず浅井准教授は花山天文台について紹介。「京大が持っている3つの天文台の一つで、太陽や月、火星、金星といった太陽系の天体観測で世界的な成果を上げています。また、アマチュア天文学の聖地ともいわれているほか、昨年度には日本天文遺産に認定されました」

 

浅井准教授が取り組んだ研究とは、太陽のエネルギーが放出される爆発現象「太陽フレア」についてのもの。別館の18cm望遠鏡で撮影された大きなフレアのデータを詳細に解析し、強いエネルギーが解放されている場所では磁場の強度がとくに強いということを突き止めました。「この論文を発表したとき、別館の18cm望遠鏡はすでに購入から90年が経っていて、国際会議で『90歳の望遠鏡で撮ったデータです』と紹介すると、拍手喝采が起こりました。それほど世界的にも珍しいことなのですが、望遠鏡が古くても良いデータは得られ、科学研究に役立てることができます」

 

講演後、浅井准教授に今回の特別公開についてお話を伺いました。花山天文台が設立された1929年当時、「大学の持ちものは選ばれたエリートのためのもの」という考えが根強かった中で、初代台長を務めた山本一清博士は、積極的に一般の人たちを迎え入れて天文学の啓蒙を推進したそうです。そのスピリットが今も根底にあり、年一回の特別公開が続けられていると浅井准教授。「山本博士の啓蒙活動が、それまでは海外から買うしかなかった望遠鏡の国産化の礎になったと聞いています。私のフレアの研究がうまくいったのも、そうした土壌で育った観測者の方が良いデータを取ってくれたからだと思っています」。特別公開の見どころについては、日本天文遺産に認定された建物や、スタッフみんなが頑張って取り組んでいる出し物などを楽しんでほしいと話しました。

歴史館に設置されている「子午環」と呼ばれる特殊な望遠鏡。歴史館には他にもさまざまな装置が展示されています

 

秋晴れの空の下、親子連れやシニア世代のご夫婦などさまざまな参加者の皆さんは、木々に囲まれた天文台の敷地を散策し、思い思いに施設や体験プログラムなどを楽しんでいるようでした。花山天文台特別公開は、天文学や歴史が好きな人にはとくにおすすめの一石二鳥のイベントです。また来年の特別公開まで待てない! という方には、土日公開 (有料)も開催されていますので、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

 

(編集者:稲田妃美/ライター:岡田千夏)

うさぎが住む島の意外な事実。人と自然のかかわりを、保全生態学を専門とする福島大学・兼子伸吾先生に聞く

2025年12月4日 / この研究がスゴい!, 大学の知をのぞく

広島県の大久野島は、たくさんのうさぎたちが暮らす「うさぎの島」として知られる瀬戸内海の小さな島です。かわいらしいうさぎたちとのふれあいを求めて多くの観光客が訪れるこの島は、1929年から1944年までの約15年間、毒ガスが秘密裏に製造されていた場所でもあります。そうしたこの島の戦争の記憶と環境問題に焦点を当てた絵本『うさぎのしま』(世界文化社)に携わった福島大学の兼子伸吾先生に、DNA解析でわかったことや、人と自然とのかかわりについてお話を伺いました。(メイン画像写真提供:兼子伸吾)

実験動物の末裔?大久野島調査のきっかけとは

兼子先生が専門とするのは、保全生態学と分子生態学。それぞれどのような学問分野なのでしょうか。

 

「保全生態学は、生き物の生態を調べて保全に活かすという研究分野です。わかりやすい例として絶滅危惧種の保全や、生態系を管理するための外来生物対策があります。分子生態学は生き物のDNAから生態を調べる学問で、分子生態学で得られた情報はさまざまな生き物の保全や管理に有用なんです」と兼子先生。

 

もともとは人の管理によって維持されている里山や草地に生育する絶滅危惧植物を研究していた兼子先生ですが、最近は植物以外にも研究対象が広がってきたといいます。今回の大久野島でのうさぎの調査は、絵本作家で『うさぎのしま』の作者の一人である舘野鴻さんとの対談がきっかけだそう。

 

「新潟県にある『「森の学校」キョロロ』という科学館で舘野さんと対談する機会がありました。舘野さんとはウマが合って仲良くなり、いろいろな話をしました。アマミノクロウサギ(奄美大島・徳之島に生息する特別天然記念物のウサギ)の研究でおもしろい結果が出ていたので紹介したところ、舘野さんから、『大久野島の白いうさぎは実験動物の末裔なのかどうか調べられますか』と提案を受けたんです」

兼子先生が調査している里山の絶滅危惧植物ヒゴタイとミチノクフクジュソウ.ヒゴタイは広島県庄原市、ミチノクフクジュソウは福井県勝山市でそれぞれ撮影(写真提供:兼子伸吾)

 

以前から大久野島のうさぎの存在はなんとなく知っていた兼子先生ですが、研究の対象になるとはまったく思っていなかったそうです。しかし舘野さんの疑問を聞いて、やってみようということに。

 

毒ガス工場で実験に使われていたうさぎは終戦時に殺処分されたと伝えられており、現在大久野島に住むうさぎの祖先は、1970年代に小学校で飼育できなくなって放された8羽のうさぎだと言われています。果たして本当にそうなのでしょうか。大久野島のうさぎのルーツを調べる研究が始まりました。

“DNA鑑定”で大久野島のうさぎのルーツを探る

2023年9月にはじめて大久野島を訪れた兼子先生は、うさぎたちが駆け寄ってくる島の風景に、複雑な気持ちを抱いたといいます。

 

「うさぎたちは本当に可愛いです。でも、子うさぎがたくさんいるということは、たくさん生まれてたくさん死んでいるということが生態学者として容易にイメージできるわけです。また、かつて毒ガスを作っていたという島の背景も相まって、多くの死が関わる場所だという印象を受けました」

 

翌2024年の春、兼子先生は学生さんたちと島を再訪し、DNA分析のためのサンプルを採取。通常、DNA分析には筋肉や毛を採って、その細胞からDNAを抽出するのですが、大久野島のうさぎは触れてはいけないことになっているので、糞を集めることに。

 

「糞の中にも実はうさぎの細胞が残っています。筋肉や毛の細胞に比べると精度は落ちますが、今回260個以上の糞を採取し、その中の細胞のDNAを分析してうさぎたちの血縁関係を調べました。いわばDNA鑑定ですね」

 

大久野島でのフィールドワークの様子(写真提供:兼子伸吾)

 

DNAには、「マイクロサテライト遺伝子座」と呼ばれる繰り返し配列の領域があります。この繰り返し配列の長さの違いで、血縁関係の有無がわかるのです。これは人間の親子関係の調査や犯罪捜査で行われるDNA鑑定と同じだそうです。

 

大久野島のうさぎはもともと家畜のカイウサギであるため先行研究が豊富で、必要なDNAの情報はかなりの部分がわかっていると兼子先生。

 

「絶滅危惧植物などは先行研究がない場合がほとんどなので、まずDNAのどこを調べればいいのかというところから調べていかなければなりません。膨大なDNAの情報の中で、目的の分析に使うことができるところはごくわずか。そのわずかな場所を突き止めて、ようやく本当に知りたいことについての調査が始められます。その点、すでに蓄積されている情報を利用できるカイウサギは調べやすい動物ですね」

 

自然の動植物の調査は結果が出るまで数年かかることも珍しくありませんが、2023年からはじまった大久野島のうさぎの調査は、すでにある程度の結果が出ていると兼子先生はいいます。

島で起こった出来事が手に取るようにわかる

それでは、大久野島のうさぎのルーツについて、どのようなことが明らかになったのでしょうか。

 

「DNA分析の結果、島にはさまざまなうさぎの家系がいることがわかりました。もし、小学校で放した数羽のうさぎが祖先であるとか、あるいは実験動物の生き残りが逃げて増えたということであれば、今の島のうさぎはみんな親戚ですから、単調な家系になるはずです。でも実際にDNAを調べてみると、いろいろなタイプのDNAがあって、多様な家系であることがわかった。これは予想できていたことです。なぜなら、小学校で放されたうさぎは白うさぎと白黒のうさぎであることが新聞記事に書かれているのですが、島にはいま黒や茶色など多様な色のうさぎがいるからです。つまり、いろいろなうさぎがずっと捨てられ続けてきたことは間違いない。それがDNA分析に基づく科学的なデータでも示されたということです」

大久野島から持ち帰ったウサギの糞からDNAの抽出を行っているところ(写真提供:兼子伸吾)

マイクロサテライト分析の様子とその結果に基づく大久野島内のうさぎの血縁関係とその分布を可視化した図(写真提供:兼子伸吾)

 

さらに、うさぎの楽園のようにいわれる大久野島ですが、実際はうさぎがグループ同士で激しく争い合う厳しい世界だと兼子先生はいいます。

 

「うさぎたちは島の中でいくつかのグループを作っていますが、それはほかのうさぎを押しのけて場所を取ったり、追いやられて別のところに移ったりした結果なんですね。そうしたシビアな状況が解析から見えてきました。僕は島のうさぎの履歴を見てきたわけではなく、糞を拾ってDNAを調べただけですが、その結果からどのようなことが起こってきたのかが手に取るようにわかる。これは分子生態学の醍醐味の一つです」

実は厳しい縄張り争いが…!さまざまな毛色の大久野島のウサギたち(写真提供:兼子伸吾)

 

また兼子先生は、議論の土台となりうる科学的データを出すことも保全生態学の重要な役割であるといいます。小学校で放されたうさぎや実験動物の生き残りが大久野島のうさぎの起源だという話は、わかりやすく美しい物語です。しかしその物語ではカバーしきれない、人間が捨て続けたという事実に目をつぶるべきではないと兼子先生は指摘します。

 

「それを認めてはじめて、島のうさぎのために取れる対策があるはずです。島を訪れる人は、可愛いうさぎを見たいという気持ちだけで終わらずに、それをきっかけにしてより深くうさぎの置かれた状況のことを知ってほしいと思います」

実験動物となった白うさぎが島の歴史をたどる。いろいろな毛色のうさぎも描かれている。『うさぎのしま』近藤えり、たてのひろし著(世界文化社)

 

自然を素直に見る心が大切

さまざまな生き物の生態を研究対象とする兼子先生は、福島県の原発事故による帰宅困難区域のブタとイノシシについての調査も行っています。

 

「人が避難したあとに残された家畜のうち、ブタは野生のイノシシと交配できます。そのため帰還困難区域ではもうイノブタばかりになっているといった情報が広がっていました。でも、本当なのだろうかと思って調査を始めました」

 

大久野島のうさぎの調査と同じようにDNAを解析して、実際にどれくらいブタとイノシシが混じっているのかを調べたところ、巷で言われているほどブタの遺伝子はイノシシに入っていないことがわかりました。さらにいったんイノシシに入ったブタの遺伝子も、だんだん消えていっていることもわかりました。これらはとても重要な知見だと兼子先生はいいます。

 

「交配で生まれたのがたまたまこの地域で増えにくい系統だったということで、運がよかったといえます。たとえばアメリカではブタとイノシシの雑種が広がって、さまざまな被害が深刻だという研究もあります」

 

日本でも、京都のオオサンショウウオは中国のオオサンショウウオとの交雑が進んでしまい、純粋なオオサンショウウオは激減しています。幸い、今回の福島の事例ではイノブタがイノシシを駆逐して広まることはありませんでした。しかし、ある生物種にほかの種の遺伝子が人為的に浸透してしまった場合、どんなことが起こるか予測できないと兼子先生は危惧します。

 

大久野島のうさぎや福島のイノブタの研究を通じて、兼子先生は、生き物に関する“わかりやすい話”を鵜呑みにするのではなく、それが本当なのかよく考えることの大切さを伝えたいと話します。

 

「たとえば、メガソーラーが増えたからクマが山から出てくるようになったというようなことが言われますが、生き物の問題はそう単純ではありません。生き物の問題に関してはわかりやすい話、もしくは美しい話などが語られがちですが、生き物のふるまいには予想外のことが多く起こります。問題にきちんと対処するためには、実際に何が起こっているのかを正しく理解することが不可欠なんですね。“自然を素直に見る心”を育てなければならないのです」

「育てよう、自然を素直に見る心」。先生の知人の言葉だそう。「ずっと好きな言葉ですね」と兼子先生

 

私たちはよく、「自然との共生が大切」などといいます。しかし一般的に「共生」は互いに利益をもたらす関係をさすために美しい物語に回収されがちです。

 

「『共生』ではなく、いろいろ問題はあるけれど何とか同じ空間を使い合っている『共存』を使うようにしています」という兼子先生の言葉が印象に残りました。

 

 

(編集:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

より“よい”電池って?飲み物片手に研究者と心ゆくまで語り合える京都大学のイベント「学問のやどりぎ」へ行ってみた

2025年11月13日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

研究者の話を聞くことができる講座やイベントはいろいろありますが、たいていは壇上の先生と聴講者のように、研究者と参加者のあいだには何かしらの隔たりがあるものです。こうした垣根をなくし、研究者と参加者のより深い交流をめざしたのが、今回ご紹介する「学問のやどりぎ」です。

 

このイベントでは、京都の御池通にある共創施設「QUESTION」のカフェ&バーで、研究者と参加者が毎回異なる研究テーマについて語り合います。参加者の定員は20名、研究者と膝を突き合わせ、飲み物片手に気兼ねなく話が聞ける小ぢんまりとした集まりです。

電池の種類や歴史―まずは研究者が学問のたねをまく

第9回目となる今回のテーマは「電池はもっと“よい”ものになりますか?」。私たちの便利な生活に欠かせない「電池」について語り合います。最近、リチウムイオン電池が関係する発火事故のニュースをよく耳にしますが、より“よい”電池とはどのようなものなのでしょうか。

 

参加者と一緒に電池について考えるのは、次世代電池の研究・開発に取り組む京都大学工学研究科教授の安部武志先生と、同大学エネルギー科学研究科の高井茂臣先生。普段は先生と呼ばれるお二人ですが、学問のやどりぎは肩書、職業、性別といった個人を取り巻くあらゆるカテゴリーを取り払って学問を楽しむイベントであることから、イベントのあいだは安部さん、高井さんと“さん付け”で呼ぶことになっています。

安部武志さん(左)と高井茂臣さん(右)

本日の内容について書かれたおしながき

 

イベントでは、最初に研究者のお二人からたねとなるお話を提供していただきます。まずは高井さんから、電池の基礎知識と高井さんが取り組む全固体電池について説明がありました。

 

高井さん「アルカリ電池やリチウムイオン電池、燃料電池などは化学反応を起こして電気を取り出すので、化学電池と呼ばれています。基本的に化学電池はプラス極・マイナス極と電解液から成り、電解液の中をイオンが移動することで、プラス極とマイナス極で起こる化学反応の橋渡しをしているんですね。たとえばリチウムイオン電池ではリチウムイオン、燃料電池だと水素イオンが電極間を移動しています。

 

電解液の代わりに固体の電解質を使ったものが全固体電池で、僕が取り組んでいるのは固体電解質の開発です。イオンが動きやすい固体の電解質材料を探しています。

 

最近では液体の電解質よりも速くイオンが動く固体電解質も見出されていますが、一般的には固体中を動くイオンの速さは、イオンが自由に動ける電解液には到底及びません。それに多くの場合、液体の電解質を使った電池のほうが安価で性能もよいんです。ただ、電解液の電池には、火事の原因になりうる液漏れや、温度が低いと凍ってしまうという欠点もあります。そのため、たとえば低温下での使用といった特殊な用途には、固体電池のほうが優れていることもあるんですね」

全固体電池の特長について話す高井さん

 

続いて安部さんが、電池の歴史を紹介します。

 

安部さん「はじめて電池が作られたのは、1800年頃です。イタリアのボルタという人が亜鉛と銅を使った電池を開発しました。ボルタが自分の舌を亜鉛と銅で挟んでみたところ、電気が流れて、身体がびくっとしたというのが電池開発のきっかけだと言われています。それから約60年後の1859年に電気を貯められる鉛蓄電池ができ、さらに1899年に同じ蓄電池のニッケルカドミウム(ニッカド)電池ができました。

 

1990年にニッケル水素電池が、その1年後にリチウムイオン電池ができるんですが、こうした電気を貯められる電池のことを二次電池といいます。これに対してアルカリ電池のような使い捨ての充電できない電池が一次電池です」

 

安部さんは、二次電池の中でも次世代蓄電池として注目されている「フッ化物電池」の研究をしているのだそうです。

 

安部さん「リチウムイオンの場合はリチウムイオン(+)が、燃料電池の場合は水素イオン(+)が動くんですが、フッ化物電池はフッ化物イオン(-)が動くのが特徴的です。フッ化物電池は1回の充電で、リチウムイオン電池よりも長く作動できるんですね。また最近リチウムイオン電池の発火事故がよくニュースになっていますが、フッ化物電池は燃えにくいという利点もあります。

 

リチウムイオン電池に関して言うと、危ないのが急速充電です。あれは充電してるように見えて、実は充電できていないことがあります。リチウムイオンのマイナス極は鉛筆の芯と同じ黒鉛で、正しい充電反応ではその黒鉛の中にリチウムイオンが入らなければなりません。ところが急速充電では、リチウムイオンが黒鉛の中に入らず表面にリチウム金属として付着していき、突き出すように伸びていきます。それがプラス極に届くとショートして発熱し、燃えてしまうんです。

 

それから、100%充電しないことと0%まで使わないこと。20%から80%くらいで使えばスマホのバッテリーも長持ちします。だから寝てるあいだに充電するのはおすすめできません」

 

これには参加者のみなさんから「毎日寝るときに充電してしまってる…」との声が。さらに安部さんは、電池に関するお得情報を紹介。

 

安部さん「もし使い捨てのアルカリ乾電池をよく使っているのなら、エネループを買ってください。エネループは2000回くらい充電できるので、多分一生使えます。でもエネループをテレビなどのリモコンに使うのはだめ。リモコンはほとんど電気を使わないので、エネループの寿命が来る前に我々の寿命が来ちゃう。リモコンは安い乾電池でいいですよ」

気軽に質問!学問のたねをみんなで育てよう

身近な話題で場も温まり、参加者のみなさんからも質問が飛び出し始めました。


参加者「冷蔵庫に保存するといいって聞いたことがあるんですが」

 

安部さん「逆ですね。温度が低いと早く劣化します」

 

参加者「リチウムイオン電池に使われているリチウムはリサイクルできますか」

 

安部さん「できますが、リチウムを取り出すのにエネルギーがかかるので、コストの問題が生じます。一方でニッケル水素電池(コードレス掃除機、ハイブリッドカーなどに用いられる)はリサイクルできます」

 

参加者「リチウムをうまく取り出せる方法を見つけたらノーベル賞ものですか」

 

安部さん「ノーベル賞は取れませんね(笑)」

 

参加者「でも、リチウムも無尽蔵にあるわけではないですよね。どうするんですか」

 

安部さん「まあ無尽蔵ではないんですが、たとえば石油も昔からもうすぐなくなるといいつつ油田がどんどん見つかっているでしょ。それと一緒で、リチウムの塩湖も探せばまだあるんですね」

 

参加者のみなさんからは笑いが起こったり、「へ~!」と驚きの声が上がったり。質問はまだまだ続きます。

飲み物を片手に質問しやすい雰囲気

 

“よい”電池とはどんな電池?

話題は、今回のテーマである「“よい”電池」へと移っていきます。お二人が研究でめざす“よい”電池とはどんな電池でしょうか。

 

高井さん「たくさん電気を貯めることができる、早く充電・放電しても不安定にならない、値段が高すぎない、そんな電池を開発するのが一つの目標ですね。たとえばリチウムイオンが素早く中に到達できるような電極材料や、リチウムイオンが速く動いてたくさん電力を出すことができる固体電解質。そういった材料の観点から、“よい”電池を作るためのパーツを開発しています。

 

電池の作り方は、材料の種類だけでなく作り方によっても変わります。たとえばマンガンを使ったプラス極の材料(乾電池など)は、構造や性質を整えて、電池の質を高めるために焼いて作るんですが、焼くのは2回より1回のほうが性能がいいんですね」

 

参加者「実験室の温度や湿度でも性能は変わるんでしょうか」

 

高井さん「あるかもしれませんね。僕の研究室では普通の環境で実験していますが、扱う電池の種類によってはドライルームにすることもあります」

 

参加者「宇宙ステーションの無重力下で創薬研究が行われていますが、電池も宇宙空間で作るとよいものができたりしないでしょうか」

 

高井さん「どうでしょう、もしかしたら地上で作るよりいいのができるかもしれませんが、すごい値段になりそうですね(笑)」

 

安部さん「“よい”電池というのは結構難しい。カテゴリーに分けて考えると、たとえば電気自動車の電池なら、1回の充電で航続距離が長く、かつ豊富な資源を使ったもの。一方で家庭用の電池なら、安全でそこそこ充電できるようなものが“よい”電池ですね」

 

参加者「完全に安全な電池ってあるのですか」

 

安部さん「エネループや普通の乾電池など水系の電池は安全です。乾電池が燃えたって聞いたことないでしょ。燃えません」

 

参加者「今の技術だと電池は何年くらい持ちますか」

 

安部さん「たとえば電気自動車だと、3000サイクル以上、充電できるように設計してあるので、10年、20年は持ちますね。東芝が開発しているSCIBという電池が一番長持ちで、最適な電圧で動いているため全然劣化しません。すごい電池なんですがコストの課題もあり、太陽光発電の蓄電などに使われています」

 

参加者「電気自動車の電池はどこの国で作っているんですか」

 

安部さん「中国、韓国、日本ですね。圧倒的に量が多いのは中国です」

安部さん、高井さんの話にみなさん興味津々です

学問への好奇心が垣根を超える

さて、学問のやどりぎもそろそろ終盤へ。「電池の影響が波及する業界」や新しい電池についてのお二人の意見は――

 

安部さん「いま一番熱いのはデータセンターです。たとえばChatGPTに質問すると一気に電力ががんと上がるので、電力会社との契約電力を超えた部分を補う電池がどんどん必要になってきます」

 

高井さん「電池はどこでも使われているから、逆に影響がない業界というのは思いつかないですね」

 

参加者「今後、あっと驚くような電池が見つかる可能性はありますか」

 

高井さん「1859年の鉛蓄電池の発見以来、まったく違う電池というものはあまり見つかっていないので、誰かがあっと驚くことをすれば見つかるかもしれませんね。何かアイデアがあれば、こっそり教えてください(笑)」

 

このあともさまざまな質問が飛び出し、学問のやどりぎは好奇心いっぱいの参加者の皆さんの熱気に包まれたままお開きを迎えました。

 

自由な雰囲気の中、参加者から「リチウムの塩湖で泳げますか」といった飲み会らしい(?)質問が出たり、時計の電池の話からお互いの腕時計を見せ合ったり。まさにそこには一切の垣根はなく、飲み仲間で電池について盛り上がったというような居心地のよさが感じられました。

 

 

(編集者:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

小さくても可能性は無限大!藻類の魅力を武庫川女子大学の吉田昌樹先生に聞いてみた

2025年10月23日 / この研究がスゴい!, 大学の知をのぞく

ミドリムシにイカダモ、ミカヅキモ。「そういえば理科の教科書に載っていたな」と思い出した方もいらっしゃるでしょう。今回の主役はこうした「微細藻類」です。最近、ガチャガチャになったりアクセサリーになったり、大阪・関西万博ではハローキティとコラボした展示が登場したりと、藻類の注目度は上がってきています。しかし、藻類の魅力はビジュアルのおもしろさだけではありません。実は、人に役立つさまざまな可能性を秘めたすごい生き物なんです。そんな藻類について、武庫川女子大学で藻類を研究する吉田昌樹先生にお話を伺いました!

空中にも飛んでいる!?藻類はどこにでもいる生き物

見た目がユニークで、人の役にも立つという藻類、そもそもどういった生物なのでしょうか。「光合成を行う生物のうち、主に陸上植物である種子植物、コケ植物、シダ植物を除いた残り全部を藻類と呼びます。水草のオオカナダモやマツモなどは“藻(も)”という名前がついているので紛らわしいですが、これらは一度陸に上がった植物がまた水の中で生活するようになったもので、藻類ではありません」と吉田先生。

 

藻類の中でも顕微鏡を使わないと見えない「微細藻類」が、吉田先生の研究対象です。藻類というと、食卓になじみのあるわかめや昆布が思い浮かぶかもしれませんが、こうした大型の海藻類はむしろ少数派で、小さな種類のものがメジャーだそう。「わかめや昆布も、最初は水中を漂う目に見えないほど小さな胞子から成長します。ですから“大きくなれる藻類”と言ったほうが正しいですね」と吉田先生は言います。

 

現在わかっている藻類は9万種弱で、地球上にはまだまだ未知の藻類が30万種から100万種いるといわれています。藻類は水の中にいるイメージがあるかもしれませんが、海や川だけでなく、森や山などさまざまな環境に生息しています。空中にもたくさんの藻類が飛んでいるというので驚きです。

「たとえば水を張ったバケツを外に置いておいたら、1週間くらいで水が緑色になりますよね。あれは空中を飛んでいる藻類が入って増えたためです。風に乗って単独で飛んでいることもあれば、鳥や動物、土埃にくっついていることもあります。とにかく藻類はそこら中にいます」

 

そんな藻類に吉田先生が惹かれるようになったのは、大学1年生のときの授業でした。「私の出身校である筑波大学はクラス担任制をとっているのですが、その担任の先生が藻類の研究者だったんですね。それで授業の一環で藻類を電子顕微鏡で見せてもらったところ、すごく形のかっこいい藻類が見られたんです。円石藻と呼ばれる仲間で、その変わった形に魅了されました」

吉田先生の心をつかんだ円石藻

トゲがあるものなど、不思議ないきもののような藻類たち

 

おいしい藻類を探せ!実はタンパク質が豊富な藻類

吉田先生が今取り組んでいる研究テーマの一つが、藻類の食料利用です。「近い将来、世界人口の増加に食料生産が追い付かなくなり、タンパク質が不足する『タンパク質クライシス』が訪れるといわれています。藻類はタンパク質源として、その解決策の一つになるかもしれません」

 

食物繊維が豊富な海藻のイメージからは意外ですが、実は藻類にはタンパク質が多く含まれています。乾燥した状態でのタンパク質の含有率は30%から40%、種類によっては60%を超えるものもあり、たとえば焼き海苔も重量の約40%はタンパク質だそう。“畑のお肉”と呼ばれる大豆のタンパク質含有率が30%くらいなので、大豆に匹敵、またはそれ以上のタンパク質が含まれていることになります。さらに「大豆は実の部分しか食べられませんが、微細藻類は丸ごと食べられるので無駄がないのもメリットです」と吉田先生。

 

もっとも、タンパク質の“質”に関してはまだ課題があるといいます。「タンパク質は、アミノ酸のバランスが重要です。人の成長や健康維持に欠かせない必須アミノ酸がどれくらい含まれているのか、消化はしやすいのか。そういった点で、まだ肉や卵には及びません。そのため、アミノ酸バランスのよい藻類を探しています。もう一つ大事なのは味ですね。栄養価が高くても、おいしくなければ食べてもらえませんから」

 

藻類は独特の風味があり、小さい割に味が強いそうです。吉田先生は培養した藻類を海苔のように加工したり、ほかのものと混ぜてハンバーグのようにしたりして自ら味見をし、おいしい藻類を探索しています。(※専門知識をもとに毒がないと判断したものを試食しています)

顕微鏡をのぞき1個1個の藻類を手作業で分離

吉田先生の研究は、藻類を採取するところから始まります。「研究機関から保有している藻類を譲ってもらうこともできますが、新しい藻類を手に入れたいので自分で野外に採りに行きます。海や川など水のあるところで採取するほか、たとえば陸上でもコンクリートやガードレールが緑色になっているところは藻類なので、見つけたら基本的にすべて採ります」。大学からすぐ近くにある甲子園浜へよく行くという吉田先生。同じ場所でも、水温や塩分濃度によって採取できる藻類はずいぶん異なるそうです。

外出先の水路で藻類を採集する吉田先生。水路の壁面に張り付いている藻類を綿棒で採取し、保管容器に入れて持ち帰るとのこと

 

藻類を採取して研究室に戻ると、藻類を一つひとつ分離するという大変な作業に取り掛かります。セルソーターという機械を使えば自動で分離できますが、吉田先生はあえて顕微鏡でのぞきながら細いガラス管を使って手で分けるというクラシック派。「手で分けると、自分の直感や経験をもとに気に入った藻類をダイレクトに取ることができます。機械を使った分離は簡単ですが、大事なものを見落としてしまう可能性も否定できません。また、藻類の中には壊れやすいものもあるので、手作業のほうが細胞を傷つけずに済むという利点もあります」

 

そうして一種類ずつに分けた藻類を培養し、性質や特徴を調べていきます。もっとも、簡単に培養できない種類も少なくなく、培養方法から考案していくこともあるそうです。

 

以前は藻類を燃料に利用する研究にも取り組んでいたという吉田先生。そう、藻類は燃料にもなるんです。「多くの藻類がつくる油は、サラダ油のように植物油に近い性質を持ち、バイオディーゼル燃料に変えることができます。ただし、その油には酸素が含まれているため、石油と比べると重量あたりのエネルギー量が少ないという弱点があります。そこで私は、藻類の中でも、石油と同じように炭素と水だけからから成る油を作る種類を見つけて、大量に培養するという研究をしていました。この藻類から取った油は軽油に性質が似ており、そのまま軽油に混ぜてディーゼルエンジンを動かすことができます」。

 

また、藻類から人工的に石油を作ってしまう方法もあるといいます。天然の石油は、土に埋もれたプランクトンなどの死骸が地中の熱や圧力を受け、長い時間をかけて変化したものですが、この自然のプロセスを人工的に再現するというもの。藻類に高温高圧をかけて適切な条件で処理すると、数時間で原油のようなものができるそうです。

独特の色味が生み出す意外なコラボレーション

食料にも燃料にも利用可能な藻類ですが、吉田先生の研究はこの二つにとどまりません。吉田先生のもう一つの研究テーマは、なんとアート。電子顕微鏡で観察できる姿かたちのおもしろさだけでなく、藻類の色には独特の深みや美しさがあるのです。「藻類を樹脂に混ぜて、塗料として利用する可能性を探っています。環境保全の観点からアートの世界でもできるだけ石油由来の塗料を減らそうという動きがあるのですが、植物の鮮やかな緑色をそのまま塗料にするのは難しいんですね。その点、藻類は赤、黄、青など鮮やかな色素を作ることが可能です」

 

同じ藻類でも、育て方によって何種類もの色素ができるといいます。とくに強い光を当てると、藻類は自分の身を守るために赤や黄色の色素を多く作ります。これは抗酸化作用が高いカロテノイド色素というものです。余談になりますが、藻類に作らせたルテインやアスタキサンチンなどのカロテノイド色素を使っている化粧品やサプリもたくさんあるそうです。

 

商品化にはまだ至ってはいませんが、アート作品の塗料としてはすでにデビュー済みであるという藻類の塗料。実際、赤や緑の藻類を樹脂に練り込んで木に塗った、発色の美しいオブジェがアート展に出展されたこともあります。「染料として使う場合は色素を抽出して、顔料として使う場合には藻類の細胞そのものを粒子として使えば、どちらの用途にも利用できます。本学の生活環境学部にはプロのデザイナーの先生もいますので、一緒に何かできないか検討しています」と吉田先生。藻類×アート、楽しみです!

アート作品のプロトタイプ。藻類の粉末をUVレジンに混合して固めたもので、ここから発展してタイル状のテクスチャが作られ、次の画像の展示品つながった

木のタイルを使ったアート展の様子。いろいろな藻類の組み合わせを試し、発色の良いものを使用した

種類と育て方を変えることで、藻類からさまざまな色を作ることができるという

 

食料やアートなど藻類のさまざまな活用について研究する吉田先生ですが、新しい藻類を探索するというスタンスは変わりません。「海や川などいろいろな場所で藻類を探してきましたが、これからは森の藻類も追っていきたいと考えています。この分野はあまり研究が進んでいないのですが、森には土の表面や水溜まり、木の表面や染み出した樹液など多様な環境がありますので、新しい藻類が見つかるのではないかと期待しています」

 

最後に、藻類のあらゆる可能性について、吉田先生はこんなふうに教えてくれました。「藻類はさまざまな環境にいて種類も多いので、詳しく研究していけば人の役に立つものがまだまだたくさん見つかると思っています。微細藻類は目に見えないため、集めたり増やして収穫したりする苦労がありますが、そのデメリットを補うだけの可能性が十分にある生き物です。皆さんにもぜひ関心を持っていただけたらと思います。藻類は本当にどこにでもいるので、採取して観察してみてください。夏休みの自由研究にもおすすめです。その中から、一緒に未知の藻類を探索してくれる研究者が育ってくれたらうれしいですね」

「観察には、スマホに取り付けるリーズナブルな顕微鏡でも十分ですよ」と話す吉田先生

 

水中から空中まで、どこにでもいる藻類。普段は風景の一部でしかない木や石の表面に顔を近づけて、目を凝らしてみてはいかがでしょうか。もしかしたら、これまで気づかなかった藻類の世界が広がっているかもしれません。

 

 

(編集者:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

原爆体験のトラウマと次世代への継承とは?心理学的研究に取り組む、広島大学の上手先生に聞いてみた

2025年7月15日 / この研究がスゴい!, 大学の知をのぞく

原爆投下80年を迎える広島。2024年には、いまだ戦争のなくならない世界に向けて核廃絶を訴え続ける日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞して話題となりましたが、コミュニティ全体で体験したトラウマとその継承についての研究は、これまであまり行われてきませんでした。

 

トラウマとは、死に直面するといった極端なストレスをともなう体験による「心の傷」です。世界情勢が不安定ないまの時代、交通事故や暴力事件、戦争などのトラウマ体験は増加し、トラウマ体験をきっかけとするPTSD(さまざまな精神的な症状)も増えると予測されています。

 

広島大学大学院人間科学研究科の上手由香先生は、トラウマやPTSDの研究を専門とする心理学者です。臨床心理士として虐待を受けた経験のある人や事件や事故の被害者などの支援にも携わっており、トラウマや心の傷の回復について研究と実践の両軸で取り組んでいます。そんな上手先生の重要な研究テーマの一つが、「原爆体験の次世代への継承」。これまで、被爆が次世代に及ぼす遺伝的な影響については多くの研究が行われてきましたが、前述のとおり、心理的な影響については意外にもほとんど着目されてこなかったといいます。今回、上手先生にトラウマ体験の継承とはどのようなことなのか、今このテーマに取り組む意義などをお聞きしました。

連鎖しないトラウマ体験もある?

上手先生が、原爆の被爆体験が次世代にどのような心理的影響を与えているのかについて研究を始めるようになったのは、身近な経験がきっかけだったと言います。

 

「私の夫は広島出身なのですが、あるとき夫と義母との会話で、すでに亡くなっていた義父が被爆者だったという話が出ました。そこで、お義父さんはどこで被爆されたんですかと聞くと、二人とも知らないと言うんですね。近畿圏出身の私は被爆というのはとても大きな出来事だと思っていたので、夫と義母が義父の被爆体験にあまり関心がないのが意外でした」。そこにトラウマ研究の観点から興味を持ったと上手先生は話します。

 

「トラウマ体験は次世代にさまざまなかたちで影響を及ぼすことがあります。極端な例としては自身の子どもの虐待や家族への暴力などがあります」

 

トラウマの影響が次世代に及ぶ現象は、「世代間伝達」とも呼ばれます。たとえば、生き方や愛情表現、異性との関わり方などが、幼少期の親子関係や家庭環境を通じて、親から子、子から孫へと受け継がれることがあります。とくに日本では、第二次世界大戦が家庭環境に与えた影響が、現代の生きづらさや依存症などの背景要因のひとつになっている可能性があることが、心理学をはじめ、精神医学、社会学、歴史学などさまざまな分野で研究が進められています。(※ただし、こうした連鎖は必ず起こるものではなく、カウンセリングや周囲のサポートなどによって、その影響を和らげたり、断ち切ったりすることも可能です。)

 

「しかし、トラウマティックな体験をした被爆世代の子どもである夫は、何の影響も受けてなさそうに見えます。果たして被爆体験は次世代に何らかの心理的な影響を与えているのでしょうか。それを調べてみようと思いました」

(画像はイメージです)

 

被爆体験のトラウマが次世代に与える影響とは

そこで上手先生は、被爆2世を対象にしたインタビュー調査を実施(2016~2017年、15名、平均年齢56歳)。被爆の体験が家庭内でどのように伝えられてきたかという継承について質問したところ、詳しく話してくれたという回答もありましたが、まったく聞いていない、あるいは一部しか聞いていないという答えや、聞いてみたがはぐらかされたというパターンが多く、思っていた以上に継承されていない印象を受けたと上手先生は話します。

 

「たとえば入浴の際に親の体のケロイド跡を見て、これどうしたのと聞いてみたけれど答えてくれなかったので、聞いてはいけないように感じたという人もいました。トラウマ体験の特徴の一つは言葉にできないということです。本当につらい体験をした人ほど思い出すのもつらく、家庭内でも話せなかったのではないでしょうか」。親は話さず、子どもは聞けないという「二重の沈黙の壁」が存在すると上手先生は指摘します。

 

こうした「沈黙の継承」に対しては、親が亡くなった今、もっと話を聞いておけばよかったという後悔の声も聞かれました。

 

「私がこれまで調査の中で出会った被爆二世の方々の語りの中には、子どもの頃に家族から被爆体験を聞いたものの、当時は実感が伴わず、『そうだったんだ』とか『いつもの話だ』くらいに思っていたと言われることがあります。けれども、その後、自分が親になり、例えば自分の子どもの病気など命に関わるような状況に直面したときに、かつて聞いた家族の体験が初めてリアリティを持って蘇り、『こういうことだったんだと初めてわかった』、そんなふうに語られることがあります」

 

このように人生の経験を積み重ねることによってはじめて共感できる体験を、上手先生は「共感的追体験」と呼んでいます。この共感的追体験は、被爆2世がはじめて親とつながり、わかり合える大きなきっかけとなり、いろいろな意味で大事になってくると上手先生は考えています。共感的追体験が転機になり、被爆体験を後世に伝えなければならないという使命感が芽生え、平和活動に参加する人もいるそうです。

 

また、広島では多くの人が被爆2世、3世であるため、当たり前すぎて意識していなかったという人の多くが、出産や病気をきっかけに、被爆2世、3世としてのアイデンティティに対する認識が変化したこともわかりました。

 

平和への関心の強さやアイデンティティの変化は、次世代が被爆体験による負の影響を乗り越えるための重要な心理的動きである可能性も考えられるそうです。ただ、個人差や周囲の環境といったさまざまな要因があるため、「何がレジリエンス(回復)につながったのか示すことができればとは考えているのですが、安易に一言でまとめることはできません。多面的に検討する必要があります」と上手先生は付け加えました。

小さな声を伝え、平和教育にも生かしたい

さらに、オンラインでのアンケート調査も行われました(2018年、198名、平均年齢48.6歳)が、こうした調査では被爆2世、3世の人たちすべての声を拾えるわけではない点に注意が必要だと上手先生は言います。

 

「今回の調査に協力いただいた方々は、被爆2世、3世として偏見や差別も受けていないし、とくに困ったこともないといった人がほとんどでした。しかし、インタビューやアンケート調査では、声をあげにくい立場にある人や、つらい経験を語りにくい人々の声が届きにくいという傾向があります。実際に、調査のあと被爆2世の人たちのいろいろな会に参加してみると、直接的な放射線の影響で障がいが残ってしまった人や、がんになるのではないかという不安を抱く人、あるいは同じ被爆者の中でも、立場の違いに苦しんだり、周囲からの偏見や差別に悩んだ方など、今もなお苦しみを抱えている方々の存在が、あらためて浮かび上がってきました。

 

こうした届きにくい声にも耳を傾けられるよう、被爆2世本人だけでなく、支援などで関わってきた人たちにも対象を広げて、調査を続けている上手先生。さらに原爆だけでなく、沖縄や日本全体の戦争体験についても、違いや共通点を明らかにしたいと話します。

2025年5月、ニュージーランドのオークランド大学との共同研究で、被爆者や被爆二世、研究者、継承活動を行ってきた方々に合同でインタビューを行った

 

「戦後80年を迎えて、当事者の人たちはどんどんいなくなっています。しかし、戦争を体験した親世代が戦争のトラウマにより家庭内で暴力をふるっていた可能性も指摘されるようになり、暴力を受けた子ども世代の問題は続いています。親が亡くなられたことで、ようやく胸の内を言葉にできるようになった、という方もいらっしゃるでしょう。心身ともにネガティブな影響を受けずに生活できている人がいる一方、周囲からの差別や偏見などでつらい思いをしてきた人たちの声に耳を傾け、その背景にも目を向けていくことが、歴史と向き合うことの意味となるのではないでしょうか。原爆体験の次世代への継承や心理的影響について研究する心理学者は非常に少なく、誰も関心を向けなくなってしまうことは怖いと感じます。コツコツやり続けていき、後進に継承していかなければならないと思っています」

 

後進への継承の一つとして、上手先生が近年取り組んでいるのが平和教育です。
「いま、子どもたちに平和教育で、何をどこまで伝えるべきなのかが議論されています。たとえば広島の平和記念資料館には多くの修学旅行生が訪れますが、戦争のリアルで残酷な情報に接することで傷ついてしまう子どももいるため、子どものための展示が企画されています。こうした問題に、心理学の立場から役に立てればと考えています」

 

子ども向けの展示(対象は小学3年生~中学生)は、2028年に開設予定となっており、上手先生は被爆者、小中学校の校長、専門家といった11人で構成される有識者検討会議の一人として参加しています。

 

戦後80年が過ぎ、原爆や戦争体験を語る当事者が少なくなるなか、次世代がどう記憶を受け継ぐかが問われています。上手先生がふれた「共感的追体験」は、平和教育はもちろん、私たちが体験を知り、学ぶなかで、当事者がいなくなってもできることといえます。まずは知ろうとすることが、負の記憶を未来に生かす鍵になるのかもしれません。

 

 

(編集者:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

食べられても終わりじゃない! 胃の中から脱出するウナギのスゴ技について、長崎大学の長谷川先生と河端先生に聞いてみた

2025年6月24日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

物語の世界で「モンスターに飲み込まれるも脱出!」なんていうシーンにワクワクするも、「現実だったらありえないな…」と思ってしまいますよね。ところがいるんです、現実世界にも、食べられた後、しかも胃の中から生還する強者が。その強者とはニホンウナギ。捕食魚の胃の中からニホンウナギが脱出するレア映像の撮影に成功した長崎大学の長谷川悠波先生と、長谷川先生が学部4年生の時から指導教員として共に研究をされてきた河端雄毅先生のお二人に、ウナギの生態や脱出行動について詳しくお聞きしました。

 

【今回お話を伺った研究者】

◎長谷川 悠波/長崎大学 総合生産科学域(水産学系) 助教 (写真右)

長崎大学水産学部水産学科在学中に、ニホンウナギの稚魚が捕食魚に捕獲されても口外に脱出できることを発見。その後、同大大学院水産・環境科学総合研究科に進学して研究を続け、2024年に捕食魚の胃の中からニホンウナギの稚魚が脱出することを立証した。2023年4月より現職。

 

◎河端 雄毅/長崎大学水産学部 長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科 准教授(写真左)

動物の被食回避行動や動物の獲物追跡戦術など、「食う・食われる」の関係について、行動学の視点から研究を行っている。魚類がなぜ複数の異なる方向に逃げるのかを幾何学モデルで立証するなど、数々の研究成果を発表。2011年に長崎大学に着任し、2015年10月より現職。

 

出身地はマリアナ海溝、後ろ泳ぎが得意。ニホンウナギの知られざる生態

日本の川や湖で見られるニホンウナギですが、実は広い海域を旅する回遊魚で、生まれた場所は日本から遠く離れたフィリピン沖にあるマリアナ海溝です。「マリアナ海溝で生まれたニホンウナギは、海流に乗って日本の沿岸にたどり着きます。このときはまだレプトセファルスと呼ばれる幼魚で、透き通った平たい葉っぱのような形をしています。その後変態して、細長く透明なシラスウナギになり、沿岸から河口域に侵入すると、徐々に色素がついてクロコ、黄ウナギへと成長し、河川や河口域で生育します」と長谷川先生。この黄ウナギが、私たちが普段目にしているウナギです。そして数年後にはさらに姿が変化し、黒っぽい銀色の銀ウナギとなって川を下り、海を大回遊してマリアナ海溝に戻って産卵するそうです。

 

細長い形態から、ほかの魚類には見られない特徴があり、後ろ泳ぎが得意というのもその一つ。多くの人が魚と聞くと、アジやイワシといった形状を思い浮かべるはず。このような形状の魚は、胸びれを動かしてゆっくり後退することはできても、後ろ向きにハイスピードで泳ぐことはできません。しかしウナギは尻尾を振って前へ進むのと同じ要領で、首を振ることで後ろにも泳ぐことができ、むしろ後ろ泳ぎのほうが速く進めるそうです。

長谷川先生による、後ろ向きで泳ぐ「後方遊泳」のイメージ。ウナギは尻尾を大きく動かして、後退することがわかる

 

また、ウナギにもウロコはあるのですが、非常に小さいうえに皮膚の中に埋もれているので、体の表面はツルツル。背びれもほかの魚のようにしっかりとした構造をしていないため、周囲の摩擦を受けることなく前にも後ろにもヌルッと滑り出すことができます。ではこうした特徴を持つウナギは魚の獲物になってしまった後、どのように捕食魚の胃の中から脱出するのでしょう。

 

ウナギの稚魚はパワープレイで脱出!?実験でわかった行動の全貌

ウナギが捕食魚に食べられた後、脱出する行動の発見は偶然だったと、長谷川先生は振り返ります。「最初は、ウナギが後ろ泳ぎで捕食者をかわすのがおもしろいと思って研究していました。あるとき、同じ水槽にウナギと捕食魚であるドンコ(ハゼの仲間)を入れていたら、食べられたはずのウナギが水槽にいたのを見つけたんです。まさか食べられた後に脱出するとは想像しておらずびっくりしました」。実験・観察の結果、脱出行動が確認され、国際的な学術雑誌『Ecology』に取り上げられました。

ニホンウナギの稚魚が、捕食魚であるドンコのエラの隙間から抜け出す様子

 

ただこのときは、ウナギは捕食魚の口の中からエラに向って脱出しているのだろうと考えていたそうです。ところが、改めて実験をした結果、その仮説が覆されました。「X線を使って、ウナギが実際に捕食魚の中でどんな動きをして脱出しているのかを見た結果、意外にも胃まで達してから消化管内を遡るように脱出しているのがわかりました」と長谷川先生。

 

脱出経路の検証実験で使われたウナギは、成長過程ではクロコから黄ウナギにあたる体長7センチ程度の稚魚で、捕食魚にはこれまでの実験同様、ドンコが選ばれました。大学の近くの川まで長谷川先生が夜な夜な網を持って出かけ、ドンコを捕まえに行ったそうです。「ウナギの捕食魚に関しては、まだほとんどわかっていない状態だったので、ウナギと同じ河川内に生息している夜行性のドンコを使いました。ドンコは、目の前で動いている獲物がいれば基本的に何でも食べますから」

 

そうして挑んだX線による観察の結果わかったのは、ウナギはなんと、捕食魚の胃の付近まで飲み込まれた後、その消化管内を遡って脱出していたということです。ドンコに飲み込まれて胃に達したウナギは、尾部の先端を使って食道の方向を突っつき、徐々に後ろ向きで食道を遡っていきます。やがて尾部の先がエラからスルッと抜け出し、続いて体全体が出てきます。最後はドンコのエラのトゲにウナギの頭が引っかかってしまうので、とぐろを巻くようにして頭部を引き抜き、脱出完了というわけです。

 

ニホンウナギの稚魚が捕食魚であるドンコに飲み込まれた後、そのエラの隙間から脱出するまでの流れ。長崎大学のプレスリリースより引用

 

脱出には、食道方向に差し込む尾部の先端の細さや、尾部を押し込む力がポイントになっているのではないかと長谷川先生は話します。ウナギとよく似た形をしたウミヘビが、穴を掘るとき垂直方向に押し込む力を測定した別の実験によると、頭方向に押す力よりも尾部方向に押す力のほうが大きいのだそうです。

 

この脱出には、ウナギの「頭部後退運動」という動きが関係しているではないかと、河端先生が補足します。頭部後退運動とは、イモムシが体を伸ばしたり縮んだりするように、頭をキュッと引く動きで、ウナギが得意とする運動だといいます。

長谷川先生による後頭部後退運動のイメージ。異変に気づくとウナギは頭(●部分)を引いて体を縮め(色が淡い状態から濃い状態)、異変から遠ざかろうとする

 

「ウナギがいる水槽に叩くような激しい刺激を与えると、頭をキュッと引く頭部後退運動をするのですが、これも脱出行動に関係しているかもしれません。今回の映像でも頭を振る運動は見られなかったので、伸び縮みする動きが関係しているのではないかと思います」

 

バリウムを使ってX線でウナギの動きの撮影に成功

生物の「食う・食われる」の行動を研究する河端先生にとって、ウナギの稚魚の脱出行動の研究は、驚きの連続だと話を続けます。こうした行動生態学としての興味深さだけでなく、今回の研究では、X線というこれまで生物の行動観察に使われていなかった新しい手法を取り入れたことも画期的だと長谷川先生。脱出行動の観察にX線を使うのは河端先生の発案です。「ドンコに食べられたウナギの脱出行動をどうすれば観察できるか考えたときに、思いついたのがX線でした。運良く撮影装置を借りることができ、そのときは撮影装置さえあればすぐに撮れるだろうと思っていたのですが、とにかく難航しました」

 

予想に反してX線の撮影を難しくしたのは、まず、X線撮影装置の画角が非常に狭かったこと。撮影できる範囲が3cm四方ほどで、該当部分にウナギの稚魚が映り込まないという問題がありました。そこで、長谷川先生は実験用の水槽を自作することに。ドンコの体長と同じくらいの小さな水槽によってドンコの動きを制限することで、狭い撮影範囲と焦点を合わせやすくしようというものです。「大きさだけではありません。普通のプラスチックケースだとX線の透過を妨げてしまうため、アクリル板をぎりぎりまで薄くしました。この小さな水槽を大きな水槽内に設置して水を循環させるので、ドンコの健康面も心配ありません」

 

もう一つの問題は、ウナギの稚魚の骨が細すぎてX線に映らないことでした。ウナギの体に鉛の線を入れて撮影することも考えたそうですが、ウナギに悪影響を及ぼす可能性があるため断念。そこで、マウスの実験でX線を使ったことがあるという同じ長崎大学の栄養学の先生に相談したところ、バリウムなら生体にも無害だというアドバイスを得られました。

 

そうして、バリウムの濃度や注入量などを一から試行錯誤していったという長谷川先生。また細いウナギの稚魚にバリウムを注射器で注入するのは難しく、注射針の選定や技術の習得にも苦労があったといいます。X線でウナギの形が見えるように工夫を重ね、硫酸バリウムを水で溶かして直接、ウナギのお腹と尾部の2点に注入することで、問題をクリア。幾多の壁を乗り越えて、8か月後、ついに撮影に成功したのです。

 

ウナギの稚魚の想像を超えた脱出行動を、これまでにない手法でとらえた今回の研究は、生物学の国際的な学術雑誌『Current Biology』に掲載されたほか、さまざまな方面から反響があったといいます。「ウナギの脱出行動がよくわかる映像が撮れたため、一般のメディアにもたくさん取り上げていただきましたし、X線関連の学会誌の寄稿など、行動学以外の研究者からも声をかけていただきました」と長谷川先生。

 

もっとも、このX線による撮影手法を別の実験に応用する場合、一筋縄ではいかないと長谷川先生も河端先生も語ります。一番の難所はやはり、X線撮影装置の画角の狭さで、普通のサイズの魚を撮るのは容易ではありません。といって、小さい魚だと画角に入っても、今度はバリウムを注入するのが難しくなります。今回の成功は、ドンコとウナギの稚魚のサイズ感に、長谷川先生の工夫と努力が見事にハマった結果だといえるのかもしれません。

 

“食われる”から逃れる行動は未知が多い分野

魚やそのほかの動物の捕食回避行動を専門として研究してきた河端先生によると、捕食回避行動の研究者は、捕食する側の研究者に比べてずっと少なく、まだまだ興味深いテーマがたくさん眠っている分野なのだと言います。「その中でも形態や運動が特徴的なウナギは、逃避行動もとてもユニークなんです。ウナギ自体の研究者は多く、回遊や何を食べているかという研究は盛んにおこなわれているのですが、捕食回避の研究はほとんどされていません。でも捕食回避は生き残りに関わる重要なテーマなんです」

 

今回、思いがけない脱出行動が注目されたウナギですが、その生態にはまだまだ謎が多くあります。「ただ、ウナギに限らず、他の生き物についても、もしかしたらまだ調べられていないだけで、私たちが想像できないような行動をするものがいるかもしれません。今回の脱出行動ほどのインパクトはなくても、日々研究の中で、“何だこれ?”というような驚きに出会っていますから」

 

現在も、ウナギの捕食回避戦略の解明に取り組んでいる長谷川先生と河端先生。ウナギの発達と脱出行動の関係や、強酸性かつ無酸素状態にある捕食魚の消化器官に対するウナギの耐性について特徴的なデータが続々と出ているそうで、論文の発表が待たれます。「そのときに“おもしろい”と感じたテーマを今後も追求して、私たちが予想もできないような生き物たちの行動を発見したいですね」と河端先生。これを受けて、自分も“河端イズム”を継承しているという長谷川先生。「まずは自分が発見したこの脱出行動のすべてを明らかにしたいと思います。今回の映像のように、一般の方々にも興味を持っていただけるような研究を続けていきたいです」

 

 

(編集者:柄谷智子/ライター:岡田千夏)

RANKINGー 人気記事 ー

  1. Rank1

  2. Rank2

  3. Rank3

  4. Rank4

  5. Rank5

PICKUPー 注目記事 ー

BOOKS ほとゼロ関連書籍

50歳からの大学案内 関西編

大学で学ぶ50歳以上の方たちのロングインタビューと、社会人向け教育プログラムの解説などをまとめた、おとなのための大学ガイド。

BOOKぴあで購入

楽しい大学に出会う本

大人や子どもが楽しめる首都圏の大学の施設やレストラン、教育プログラムなどを紹介したガイドブック。

Amazonで購入

関西の大学を楽しむ本

関西の大学の一般の方に向けた取り組みや、美味しい学食などを紹介したガイド本。

Amazonで購入
年齢不問! サービス満点!! - 1000%大学活用術

年齢不問! サービス満点!!
1000%大学活用術

子育て層も社会人もシルバーも、学び&遊び尽くすためのマル得ガイド。

Amazonで購入
定年進学のすすめ―第二の人生を充実させる大学利用法

定年進学のすすめ―
第二の人生を充実させる …

私は、こうして第二の人生を見つけた!体験者が語る大学の魅力。

Amazonで購入

フツーな大学生のアナタへ
- 大学生活を100倍エキサイティングにした12人のメッセージ

学生生活を楽しく充実させるには? その答えを見つけた大学生達のエールが満載。入学したら最初に読んでほしい本。

Amazonで購入
アートとデザインを楽しむ京都本 (えるまがMOOK)

アートとデザインを楽しむ
京都本by京都造形芸術大学 (エルマガMOOK)

京都の美術館・ギャラリー・寺・カフェなどのガイド本。

Amazonで購入

PAGE TOP