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第20回京大変人講座をレポート!ヒトのダメさでAIを超える?25年の研究の末にたどり着いた人間の真理とは

2025年3月27日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

京都大学の人気講座「京大変人講座」が2月6日に吉田キャンパスで開催されました。京大変人講座とは、京都大学に受け継がれる「変人のDNA」を世に広く知ってもらうことを目的としたトークショー形式の公開講座です。ナビゲーターを務めるのは、大学客員教授や書家など幅広い分野で活躍する越前屋俵太さん。一般人の代表として、講師の先生に直球で質問し、面白おかしく私たち受講者の理解を手助けしてくれます。

 

第20回目となる今回のテーマは「ヒトのダメさでAIを超える!」。講師は、北陸先端科学技術大学院大学教授の西本一志先生です。西本先生の専門分野は、情報処理やヒューマンコンピュータインタラクション。コミュニケーションや楽器の演奏といったヒトの創造活動への支援を研究しています。しかし、昨今目覚ましい進化を遂げるAIをヒトのダメさで超えるとは、一体どういうことなのでしょうか?

 

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「創造活動の支援」は本当に支援になっているの?

本題に入る前に、今回はコロナ禍を経た2年5ヶ月ぶりの開催とあって、変人講座発起人の酒井敏先生も緊急登壇。2年前に京都大学を定年退職した酒井先生は現在静岡県立大学の副学長ですが、元京大生および京大の先生として人生の大部分を京大で過ごした筋金入りの“変人”です。挨拶の言葉として、イノベーションには変人の“あほなこと”(他の人とは違うこと、誉め言葉)が必要だと力強く訴えました。

ナビゲーターの越前屋俵太さんと変人講座発起人の酒井敏先生

 

ここから今回のゲスト、西本先生の登場です。西本先生が研究する「創造活動の支援」について「25年の紆余曲折を経て、『人間への歪んだ愛』に基づく、『ヒトのダメさ』を活かす研究に従事しています」と自己紹介するも、さっそく俵太さんが「全然わかりません(笑)」と突っ込み。講義は、西本先生が「ヒトのダメさを活かす研究」にたどり着くまでの紆余曲折の話から始まります。

 

最初に西本先生が取り組んだのは、創造活動を直接的に支援することでした。そのひとつが、音楽演奏の支援です。クラシック音楽のように、楽譜通りに曲を弾くことが求められる「再現演奏」の場合、演奏者の創造性を発揮できるのは、音の強弱など表情付けの部分のみ。しかし表情を付けるためには、まず楽譜通りに弾けるようにならなければなりません。


「これが面倒くさい」と西本先生。この面倒くささが、創造活動を阻んでいるといいます。そこで西本先生が作ったのが、「Coloring-in Piano」という新しい楽器。コンピュータで先にメロディーを入れておくことで、鍵盤のどこを叩いても順番に正しい音が出るというものです。これを使えば、楽譜通り弾けるようにならなくても、いきなり表情付けに取り組めて、めでたしめでたし…

創造活動の支援を研究する西本一志先生

 

と、思いきや、西本先生は研究を続けるうちに、「これでは支援になっていないのではないか」という疑問に突き当たります。

 

「我々研究者は、『支援によってヒトはさらに高みをめざすようになる』と期待して研究に取り組んでいます。ところが現実には、支援されるとヒトはそのレベルに満足して、『弾けたからもういいや』と高みをめざさなくなってしまうのです」そう悩んだ西本先生が思いついた考えは…

 

「支援のためにはむしろ妨害すべきでは」

 

これには俵太さんも驚き、会場からも笑いが。一体どういうことなのでしょうか。

西本先生のお話に突っ込む俵太さんとのやりとりに満員の会場には何度も大爆笑の渦が。筆者も終始、笑いっぱなしでした

 

支援のためにひたすら妨害!

西本先生が「妨害による支援」という考えに至ったのは、ある研究がきっかけだったといいます。それは夕食のだんらん促進を支援するために、家族それぞれがその日に撮った写真を食卓に映すというもの。開発したシステムは、食卓の上のプロジェクターから投影用の皿に写真を映し出し、皿をひっくり返すことで写真を次へ送るというなんとも使い勝手の悪いものです。このシステムで実際に会話が生じるのか、一般的なタッチパネル付きの液晶ディスプレイを使った場合とその効果を比較しました。すると、液晶ディスプレイでは子どもがひたすら自分の写真をめくり続けて食事が終わってしまったのに対し、皿の投影システムではいちいち皿をひっくり返して写真を次へ送らなければならないので、子どもがそれに手間取っているあいだに家族の会話が生まれたということです。つまり、システムの使いづらさがコミュニケーションにはプラスに働いたのです。

 

この結果から、「妨害ってイイかも!」と気づいたという西本先生。西本先生の「ひたすら妨害することで支援する」研究のスタートです!

 

まずは、妨害によるコミュニケーション支援の研究です。西本先生がヒントを得たのは「三尺三寸箸」という仏教の説話。三尺三寸(約1メートル)ものお箸を使って自分の口に食べ物を運ぶことはできませんが、人を思いやってお互いに食べさせ合えば、楽しく食事ができるというお話です。西本先生は、これを大皿料理の食事に応用。大皿料理を囲む食事は、取り分ける際にコミュニケーションが生まれやすい食事形式ですが、実際は自分の食べるものを取るだけで終わってしまうことが少なくありません。そこで、「自分で自分の料理を取れない」ことにより、強制的にやり取りを発生させるシステムを開発。

 

「食事をする人には全員、磁気センサーのついた手袋をしてもらいます。料理を取るためのトングには磁石が貼り付けてあるので、トングを持つと磁気センサーが反応して、自分の皿のふたが閉まるという仕組みです」

被験者全員がトングを持って全員の皿のふたが閉まるという自縄自縛的な実験映像が紹介されて、会場は大爆笑

 

「現代版三尺三寸箸。合コンでは盛り上がりそうですね」と西本先生。

 

続いては、妨害による公共活動の支援の研究です。西本先生の研究室では、メンバーのみんなが共有スペースのゴミを片付けないという問題が。そこで、共有スペースの汚さをメンバーの個人スペースに「滲み出させてやろう」と画策。共有スペースのテーブルの上にカメラを設置し、ゴミがテーブルを占めている面積の割合を数値化します。その割合に応じて、個人スペースのパソコンのデスクトップがゴミアイコンだらけに!

きれいに片付いていたデスクトップがゴミだらけに!

 

このゴミアイコン、共有スペースを片付けない限り、デスクトップのゴミ箱に捨ててもすぐにまた出現するとか。さて、このシステムで共有スペースはきれいになったのでしょうか。

「実際にしばらく使っていたのですが、すぐに役に立たなくなってしまいました。みんな賢くて、ゴミを縦に積むようになってしまったんです」

「縦に積むぐらいだったら捨てたらいいやん」。まさに俵太さんのおっしゃる通り…。

 

さらに、妨害による学習の支援についても研究。昨今、パソコンやスマホの普及で漢字を手で書く機会が大幅に減り、漢字が読めても書けない人が増えています。かといって、今さら手書きに戻ることはできません。そこで西本先生が提案するのは、漢字の字形を覚えられるパソコン用の漢字入力システム「Gestalt Imprinting Method」、略してG-IM(ゲシュタルトはドイツ語で形の意味)。かっこいい!

 

「このシステムで文章を入力していくと、時々間違った字形の漢字が出てきます。それに気づいて指摘すれば、正しい漢字に変わります。気づかずに間違った漢字が残っていたら、文章を保存できません。漢字ひとつひとつを注意深く見るので、めちゃくちゃ覚えられます」

例えばこういう紛らわしい漢字が時々表示される仕組み。さて、どちらが正しいでしょうか?

 

このように、妨害による支援についていろいろ研究してきた西本先生ですが、その結果わかったことは

 

「妨害による支援めんどくさい」

 

ということでした…

発想の転換!人のダメさを活用する

これまでの研究で、支援されたら怠ける、妨害されたら諦める、というどうしようもないヒトの姿を目の当たりにした西本先生は、結局人間とは「きわめて怠惰な葦である」という結論にたどり着きます。

「このままでは、人間はAIに負けてしまいます。AIは怠けないし諦めないし、疲れることもないからです」
万事休す—―しかし西本先生は、ここで発想を転換させます。

「こうなったらヒトのダメさを肯定して、それをうまく活用することでAIに勝とうじゃないか」

 

ここから西本先生は、人のダメさを活用するアイデア創造手段の研究に突入。そのためのアプローチとして取り入れたのが2段階ブレインストーミングです。ブレインストーミング(ブレスト)とは、与えられたテーマについてグループでアイデアを出し合い新しい発想を引き出す手法で、思いついたことを何でも提案することが大切です。しかし実際は、他人の目が気になって飛躍したアイデアは出にくいという問題があります。

 

この問題は、ブレストを2段階にすることで解決できると西本先生。その一つ目とは、

 

「酔っ払いのたわごとを活用する2段階ブレスト」

 

「本気でやってるんですか!?」と思わず俵太さん。
対する西本先生、「突飛なアイデアが出にくいのは固定観念に縛られているためで、これは飲酒でその束縛を外せないかというひとつの試みです」と至って真面目に返答。酔っ払うという人間のダメさを活用することで、AIが思いつかないような突拍子のないアイデアを出そうということのようです。

 

もっとも、酔っ払いの出すアイデアは飛躍的であるものの、そのままでは使い物になりません。そこで、酔っ払いの出したアイデアをもとに素面の人が発想するという2段階ブレストでよりよいアイデアの創出をめざします。

研究室の学生にお酒をふるまい、アイデアを出してもらった例。ここからまともなアイデアが創出されるのでしょうか…?

 

実験の結果、実用性はそこそこ維持しつつ、アイデアの新奇性が跳ね上がったということ。酔っ払い作戦成功です!

 

もう一つは、「子どもの無邪気さを活用する2段階ブレスト」です。これも考え方は酔っ払いと同じ。固定観念のない未熟な子どもにAIには出せないようなアイデアを出してもらい、大人がそれを見てブレストします。実験では「未来のテレビ」というテーマで子どもたちに絵を描いてもらって、そこから大人がブレストしたところ、やはり実用性がありながらも新奇性の高いアイデアが出されました。

確かに普通は「空飛ぶテレビ」なんて思いつきませんね…

 

ダメさはヒトの長所!

講座も終盤に差し掛かり、スライドには「本日の結論」の文字。果たして本日の結論とは。会場全体が、西本先生の言葉を待ちます。

 

西本先生「えー、ヒトはダメです」

 

これまでの支援研究は、ヒトが前向きで頑張るものだという前提で行われてきましたが、それは間違いだと西本先生。「ヒトは前向きじゃありません。ヒトは頑張りません。そういった人の実像を前提とした支援技術研究が必要なのです」

 

そしてヒトとAIを比較したとき、ヒトにあってAIにないものこそが、この「ダメさ」なのだといいます。ヒトのダメさを肯定的に捉え、ヒトの非合理性や非論理性を長所だと考えて活用すれば、AIに勝てるのではないでしょうか。

 

これが結論だと思いきや、さらにスライドに「本日のケツ結論」との文字が出現。
「おっ、これがほんまの結論ですね!」と俵太さん。
「ヒトのダメさで未来を創りましょう!」と西本先生がタイトル回収!

 

「みなさん、自分のダメなところを直さなければと思っているかもしれませんが、そのダメさはみなさんのとりえです」そう語りかけて、西本先生の講義は盛大な拍手で終了しました。

 

*********

 

 

今回特別に、登壇者の先生方にお話をお聞きする機会をいただきました。変人講座のB面をお届けします!

 

—―「変人講座」を始めようと思われたきっかけを教えてください。

 

酒井先生:今から十数年前にトップダウンの大学改革が起こって、京大の学風であるはずの自由がなくなってきたんです。変人が育つためには自由が必要なのですが、自由がなくなってきて、学生も真面目になってきた。曲がったキュウリは曲がったなりに育っていくのが京大だったのに、規格化が進んできています。そこに危機感を抱いたのがきっかけです。

 

—―俵太さんはどのようなつながりでナビゲーターに就任されたのですか。

 

酒井先生:人とは違った視点で本質的なところを突いてくるのがすごく面白くて、ナビゲーターを頼むなら俵太さんしかいないと思っていました。たまたま俵太さんがイベントで近くへ来るというので、訪ねて行ったんです。

 

俵太さん:酒井先生がいきなり「俵太さんですか」って声をかけてきて、「京大はいま変人が絶滅しそうなんです!」って(笑)。よくわからないから一回飲みに行きましょうと。

 

—―それで意気投合されたんですね。

 

俵太さん:京大の常識は世間の非常識などと言われますが、僕は世間では非常識と言われていました。それが京大に行ったらすごく普通で楽しかったんですよ。

 

酒井先生:俵太さんは、研究者が何を面白がっているのかがわかるから、ナビゲーターとして変人をうまく翻訳できるんです。

 

俵太さん:僕は先生たちが面白がっている世界に自分も入っていって理解したいんです。だから、知らないことを恥だと思っていなくて、どんどん先生に聞いていく。それが会場の皆さんの理解にもつながっているのだと思います。でもある時、本当に何言ってるかわからない先生がいて(笑)。会場のみなさんもわからないって顔してるので、先生に「先生はわかってますよね」って聞いたら、「僕もわからない」って(笑)。

 

西本先生:私の今日の講義も、最終的な結論は自分でもよくわかりません。

 

俵太さん:でもそのときピンと来たんです。研究や学問はわからない世界に突き進んでいくことなんだと。

 

酒井先生:講義というと、答えが出ていることを上から目線で教えるようなイメージがあると思いますが、違うんですね。そこを勘違いしている人も多いので、変人講座でくつがえしたいと思っています。

 

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変人講座の受講を終えて、筆者の心の中にもヒトのダメさを愛おしく思う感情が芽生えつつあります。折しも最強寒波に見舞われ、凍てついた夜でしたが、大爆笑と西本先生の歪んだ愛で身も心もぽかぽかしながら帰路につきました。

 

“変人たち”の“わからない世界”を垣間見ることができる濃厚な1時間半。真面目なイメージのある大学で、こんなオモロイ講座が行われていたとは。次回も楽しみです!

学問のわくわくを共有!研究者にあれこれ気軽に質問できる京大アカデミックデイに行ってみた

2025年1月7日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

「京都大学アカデミックデイ」は、京都大学の研究者と一般の参加者が学問のわくわくを共有する「対話型」のオープンなイベントです。参加者にとって最先端の科学知識や研究にふれることができる機会である一方で、研究者にとっては研究のヒントを得たり、自身の研究の社会における位置づけを知ることができたりする機会であり、お互いにメリットがある場となっています。

 

2011年度から毎年開催されてきましたが、2024年度は初の2回開催。1回目は9月21日に京都のまちなかにある地下街「ゼスト御池」と京都市役所本庁舎地下2階で、2回目は11月2日に京都大学百周年時計台記念館で、こちらは京都大学関係者の交流イベント「ホームカミングデイ」とのコラボ企画として開催されました。

 

ここでは、11月2日に京都大学のシンボル・百周年時計台記念館で開催された第2回目のイベントについて、いくつかの研究発表をピックアップしてご紹介します。

透明チップの上で臓器の機能を再現!

イベント会場は、記念館の2階にあるクラシカルな雰囲気の国際交流ホール。医療、生物、森林、地震、ビッグデータなどさまざまな分野の研究テーマを紹介するポスターの前に人々が集まって、研究者の話に耳を傾けたり質問したりしていました。

 

会場にはポスターによる研究紹介のほか、お茶の間気分で研究者との会話を楽しめるよう、ちゃぶ台と座布団が用意された畳のスペースや、研究者が紹介する書籍の展示コーナーも設置されています。

研究者が若い人にお勧めしたい本や自分の研究分野に進むきっかけとなった本などを紹介する「研究者の本棚」のコーナー

 

まずはタイトルのインパクトに惹かれて、工学研究科・横川隆司先生の研究室による「Let’s make 臓器!」という展示ポスターへ。「工学なのに臓器を作るの?」と思う人もいるかもしれませんが、こちらの研究室では半導体を作る微細加工技術を応用して、臓器の機能を再現できるような「生体模倣システム」を開発しようという医工連携の学際研究を行っているそうです。研究室のメンバーの大学院生さんに研究内容を解説していただきました。

さまざまな応用が期待できるミニ臓器

 

「いろいろな細胞になれるiPS細胞から臓器の細胞を作って培養すると、細胞同士が集まって、人工的なミニ臓器ができあがります。しかしこれだけでは、酸素や栄養を運ぶ血管が作られないため、ミニ臓器は大きく成長することはできません。また、とくに血液をろ過する腎臓や、血管と酸素などをやり取りする肺の場合、血管のないミニ臓器では体の中での実際の機能を再現するのは不可能です。そこで微細加工技術を用いて、透明の樹脂でできたチップの溝に血管の細胞を入れて、血管付きのミニ臓器を作ります」

 

体の中にある血管細胞は、細胞外マトリックスと呼ばれるゼリー状のゲルを“つなぎ”としてまとまり、血管を形作っています。このゲルと同じようなポリマー材料と血管内皮細胞をチップの溝に入れてやると、なんと勝手に血管が形成されるそうです。材料、細胞、チップ設計とまさに異分野融合です。

透明チップ。ゴムのように弾力がある

 

こうして作られた、生体での機能を再現できるミニ臓器は、いろいろな研究に使うことができるそうです。「たとえば創薬。腎臓は薬の成分を吸収したり排出したりする機能を持つため、ミニ腎臓を使って薬の効きやすさなどを調べることができるのではないかと期待されます。また、生体には使えないような高濃度の薬を試すことも可能でしょう」

 

そのほか、ミニ肺にウイルスを感染させて、細胞が受けるダメージやウイルス感染のメカニズムを調べる研究も行われています。

 

従来、このような薬や病気の研究には動物実験が行われてきましたが、世界の流れは動物実験を禁止する方向へ進んでいます。EUでは化粧品については既に動物実験が禁止されています。生体模倣システムの開発は、時代に合った動物にもやさしい研究だといえますね。

実はすごい!?さまざまな機能が発見されているRNA

続いて、iPS細胞研究所所属・齊藤博英先生の研究室によるポスター展示「RNA~生命を紡ぐ紐~」を見に行きました。RNAといえば、新型コロナのワクチンですっかり有名になったのではないでしょうか。また、2024年のノーベル生理学賞は「マイクロRNA」を発見した研究者が受賞したことから、RNAはいま話題の生体分子だといえるかもしれません。

RNAの新たな機能が明らかにされ、医療への応用も期待される

 

高校で生物学を履修した人はご存じかもしれませんが、生き物の設計図であるDNAから、生命活動に必要なタンパク質を作り出すときの中間物質となるのがRNAです。

 

「生体内でのRNAの働きは長いあいだ、このタンパク質合成の媒介しか知られていませんでした。しかし近年、RNAの新しい機能が次々と見つかっています」と、解説してくれた大学院生さん。この研究室では、これまで知られていなかったRNAの機能の医療応用や、生命の起源におけるRNAの役割に注目して研究しているのだそう。

 

「生命活動の基本はDNAからタンパク質を作ることなので、生命の起源はDNAかタンパク質ではないかとこれまで考えられていました。ところがRNAにはDNAのように自分を複製する機能や、生体内の化学反応を促進させるタンパク質の酵素のような働きがあることがわかりました。そこから、生命の起源はRNAだけで成り立っていたという『RNAワールド仮説』が提唱され、注目を集めています」

 

2020年に小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に持ち帰った小惑星リュウグウのサンプルの中に、RNAの部品となる物質が含まれていたことも、RNAワールド仮説を後押ししているそうです。

 

「ワクチンなどにDNAを使うと人の遺伝子に組み込まれてしまう可能性があるのですが、RNAではその心配がなく、より安全だといえます。そこで、遺伝子治療や再生医療にもRNAを使えないか、研究を進めています」

 

また、再生医療では皮膚の細胞からiPS細胞を作って、そこから目的の細胞に分化させますが、iPS細胞を作るときにマイクロRNAを使うとiPS細胞へ変化する細胞の割合が増え、効率がよくなるそうです。実はいろいろな機能を持っていたRNA、科学の新しい発見には心踊りますね。

RNAの実験操作が体験できるコーナー

合成生物学で環境保護に役立つセンサーを開発

最後にご紹介するのは京大の学生サークル「iGEM Kyoto」による「合成生物学」をテーマとした展示です。「合成生物学」とは、遺伝子組み換え技術を使って新しい機能を持つ分子や生物を作り、製品化もめざす学問。この合成生物学を盛り上げようと、iGEM  (The International Genetically Engineered Machine competition) と呼ばれる国際コンテストが毎年行われています。iGEM Kyotoは、コンテストへの出場を目的として活動を行う学生サークルで、薬、農、工、理学部などさまざまな学部の学生が所属しています。

 

iGEM Kyotoは毎年異なる課題に取り組んでいますが、2024年は「農業で使われる肥料を削減するセンサー」というプロジェクトでiGEMに出場し、ベストアグリカルチャー賞とベストハードウェア賞にノミネートされ、金賞を受賞しました。そのプロジェクトとはどのようなものなのでしょうか。リーダーを務める薬学部の学生さんが解説してくれました。

iGEM Kyotoの2024年のプロジェクト概要

 

「農業で肥料を使いすぎると、農地の生態系に悪影響を与えてしまいます。そこで、プロジェクトでは、肥料の使い過ぎを防ぐため、肥料に含まれる窒素化合物の濃度を測るバイオセンサーの開発に取り組みました」

 

バイオセンサーとは、生物が持つ優れた物質認識能を利用または模倣した化学センサーのことです。「これまでも、遺伝子組み換えした大腸菌などの細菌を使ったバイオセンサーの研究が行われてきましたが、遺伝子組み換えした細菌が万一流出してしまうと大問題になってしまいます。そこで、生きた生物は使わずに、生物の部品だけを利用する方法を検討しました」

 

では、今回の研究ではどのようなバイオセンサーを開発したのでしょうか。「細菌に窒素化合物が取り込まれると、それがきっかけとなってRNAが合成されます。細菌のシステムのこの部分だけを取り出してバイオセンサーとして利用し、合成されたRNAを調べれば、窒素の濃度がわかるという仕組みです。RNAはそのままでは見えないので、着色したり光らせたりするよう工夫しました」

このバイオセンサーの開発とともに、実際に土を採取して窒素濃度を測定するハードウェアも開発、作成されました。

 

生物のシステムだけを取り出して使うというのが面白いと思いました。測定装置まで作ってしまうところもすごいですね。

 

今回ご紹介した3つの展示はどれも生物寄りですが、もちろん会場では他にもさまざまな分野の研究紹介が行われていました。たとえば、無駄な熱エネルギーを有効利用できるような発光材料の開発研究や、地球の上空にある電離圏(電子とイオンが多数存在する大気の層のこと)の状態から大きな地震を予知する研究などなどです。

お土産にいただいたトートバッグとマスキングテープ

 

実はこの日、台風の影響であいにくの大雨だったのですが、それにもかかわらず多くの人が会場を訪れ、研究者と熱心にやり取りしていたのが印象的でした。普段はあまり接する機会のない研究者の方々との会話から、知的な刺激をいただいた一日でした。

 

 

レアな地球外物質を間近で見るチャンス!京都大学総合博物館の企画展「宇宙からの手紙 隕石の発見からはやぶさ2の探査まで」

2024年9月19日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

太陽系や銀河、ブラックホール…宇宙の大部分はいまだ謎に包まれています。そんな宇宙の謎を解くカギの一つが、地球に飛来する隕石です。京都大学総合博物館では、「宇宙からの手紙 隕石の発見からはやぶさ2の探査まで」と題し、隕石など地球外物質の研究を紹介する企画展が開催されています。地球外物質の実物も多数展示されているということで、宇宙を体感しに京都大学総合博物館を訪ねました。

世界中の地球外物質が大集合

自然史や文化史、技術史に関する260万点もの貴重な学術標本資料を収蔵する京都大学総合博物館は、京都大学の吉田キャンパス内にあります。東大路通に面した入口から館内に入り、エレベーターで企画展の開催されている2階へ。鑑賞にあたっては、今回の展示を企画された総合博物館助教の竹之内惇志先生が案内してくれました。

隕石はもちろん、岩石学、鉱物学などを専門とする竹之内惇志先生

 

「京都大学は地球外物質の研究者が多く、扱っている地球外物質の種類もさまざまです。2020年12月に小惑星探査機『はやぶさ2』が小惑星リュウグウから持ち帰ったサンプルの研究にも、京大の先生が多く関わっています。ちょうどその成果もまとまってきていますので、これを機に京大の地球外物質研究について発信しようというのが今回の企画です」と、竹之内先生(以下、発言はすべて竹之内先生)。

 

展示は4つのチャプターから構成されていて、展示の約3分の2を占めるチャプター1では地球外物質全般、チャプター2では地球外物質研究のあゆみ、チャプター3では鉱物学としての地球外物質の分析、チャプター4では隕石と人との関わりが紹介されています。

 

展示室に足を踏み入れると目に飛び込んでくるのが、ショーケースに並べられたさまざまな隕石。これだけ多様な地球外物質が一堂に会するのは国内外でも珍しいそうです。来てよかった…!

展示されているさまざまな地球外物質。色鮮やかな写真パネルは、薄切りの隕石を特殊な顕微鏡で写したもの

 

最初の一画には、比較として地球の鉱物も展示されています。

「地球の石も宇宙の石も、同じく太陽の周りをまわっている石ですから、本質的には似た成分をしています。大雑把にいうと、地球は『かんらん石』のマントルと、『鉄ニッケル合金』のコアからできています。隕石も同じで、主にかんらん石と鉄ニッケル合金で構成されています」

地球も太陽系の一員であることが実感できますね。

 

もちろん、地球の石と隕石それぞれが持つ特徴もあります。たとえば、地球ではありふれた岩石である花崗岩は、地球外では滅多に見ることができません。花崗岩が生成されるためには水と、「プレート」と呼ばれる地球表面を覆っている岩盤の運動が必要なのだそうです。

 

一方、宇宙空間の特徴のひとつが無重力。宇宙空間で岩石が溶けると、表面張力のため球体として固まります。そんな球体『コンドリュール』が隕石にはたくさん含まれています。

 

チャプター1に展示されたさまざまな地球外物質の中から、いくつかピックアップしてご紹介しましょう。

まずは46億年のロマン、「太陽系の始まりの物質」。太陽系にある物質は太陽の周りに集まったガスやチリから生まれたと考えられています。そのガスが冷えて太陽系ができる時に、一番最初に固体になった物質が『CAI』と呼ばれるもので、いくつかの隕石に含まれている様子が観察できます。隕石の研究ではいろいろなことについて調べますが、そのひとつが年代の分析で、CAIはおよそ45億6700万年前にできたものだと考えられています。

上の隕石の中の白くモヤモヤした部分が、太陽系始まりの物質。下は無重力のため球体となった成分を多く含む隕石

 

次に、天体の中心部分からやって来たと考えられる隕石。まるでレトロなガラスのような美しい格子模様が入っていますが、その成分は鉄とニッケルです。「ウィドマンシュテッテン構造」と呼ばれるこの模様は、100万年にマイナス1℃といったスケールの、気の遠くなるほどゆっくりした速さで冷やさなければできない構造で、人の手では絶対に作ることができません。

ウィドマンシュテッテン構造。幾何学的で複雑な模様が見える

 

そのほか、まるで太陽をぎゅっと固めたような、太陽とほぼ同じ成分をもつ隕石や、生き物の材料となったかもしれないアミノ酸などの有機物を豊富に含んだ隕石など、多種多様な地球外物質が展示されています。

太陽とほぼ同じ成分を持つ隕石(左)、有機物を豊富に含んだ隕石(右)

 

ところで、地球外物質というとすごくレアなイメージがありませんか。ところが実際は、とても身近にあるものだというので驚きです。昨年度には、京大博物館の建物の屋上で地球外物質を探す調査が行われ、約40年分降り積もった塵の中に、地球外から来た可能性が高い粒子が1個見つかったそうです。そのサイズは10~20ミクロン(1000分の1ミリメートル)。このような小さな地球外物質は「宇宙塵(うちゅうじん)」と呼ばれています。

 

「隕石、宇宙塵、探査機のリターンサンプル。これらが地球外物質研究の三本柱で、実はそれぞれが違う情報を持っているんですね。宇宙塵やリターンサンプルは数十ミクロンの小さな物質ですが、それらがどういう環境で作られたのか、作られてからどういう反応があったのかなど、太陽系の成り立ちに関する実にさまざまなことを教えてくれます」

隕石を30ミクロンほどの厚みの薄片にして、光を通して特殊な顕微鏡で見た姿

地球外物質は宇宙のどこから来るのか?

では、このような地球外物質は、どこから地球へ飛んでくるのでしょうか。

「太陽系の火星と木星のあいだには、小惑星がたくさん存在する『小惑星帯』と呼ばれる領域があります。はやぶさ2が探査したリュウグウも、もともとは小惑星帯にいた小惑星だと考えられていますね。地球外物質のほとんどは、この小惑星帯から飛来すると言われています。ただ不思議なのは、小惑星帯から来る地球外物質にはかつて氷を含んでいた証拠がみられます。氷が存在するのは、小惑星帯よりももっと外側の太陽から遠いところのはずなのですが、それがなぜ太陽に比較的近い小惑星帯にいるのでしょうか。

 

これについて、天体観測、天体力学など多方面の研究がたどり着いた仮説は、過去に太陽系の中で”かき混ぜ”が起こったということです。かつて、木星や土星はいまよりももっと太陽の近くをまわっていましたが、互いの重力の相互作用によって、太陽から離れる方向に移動していき、現在の位置に落ち着いたと考えられているのです。木星や土星のような巨大なガス惑星が外側へ動いたために、外側にあった小惑星が逆に内側へとやってきたんですね。ただこの仮説はまだまだ検証中で、今後また変わっていくかもしれません」

太陽系の惑星はずっと同じ位置にいたのではなかったのですね…!木星や土星が移動していったとは、話のスケールが大きすぎて驚きの連続です。

どれが隕石か見分けられるでしょうか?隕石にそっくりな地球の石もあります。反対に、隕石のプロである竹之内先生でもわからないような隕石らしくない隕石も混じっているとか

企画展の見どころ~日本初の隕石からリュウグウの粒子まで

地球外物質研究のあゆみを紹介するチャプター2では、日本で初めて科学的に分析が行われた「竹内隕石」や、京都大学総合博物館の目玉の一つともいえる「岡野隕石」が展示されています。岡野隕石は、今から120年前に兵庫県の岡野村(現在の丹波篠山周辺)に火の玉となって落ちた隕石です。この岡野隕石が当時の京都帝国大学にわたり、そこから京都大学の地球外物質研究が始まりました。

日本で一番最初に研究された竹内隕石(産業技術総合研究所 蔵)。竹之内先生と偶然同じ読みの名前とは、運命を感じますね

京都大学における地球外物質研究の記念すべき第1号となった岡野隕石

 

そして、もう一つの目玉といえるのが、はやぶさ2のリターンサンプル、小惑星リュウグウの粒子です。はやぶさ2について筆者は、2019年のリュウグウへのタッチダウンや2020年の地球へのサンプル投下を、リアルタイムでドキドキしながら見ていました。そのため、はやぶさ2が苦労してリュウグウから持ち帰った試料の実物を見ることができたのは、ことさら感慨深いものがあります。

はやぶさ2が小惑星リュウグウから持ち帰った資料

 

チャプター3の「鉱物の分析」からチャプター4の「隕石と人との関わり」へと進むと、冷たい光を放つ一振りの日本刀が!これぞ、幕末から明治時代に活躍した武人・榎本武揚が隕石から作らせた「流星刀」です。(流星刀は期間限定展示のため、9月1日に展示は終了しました。)隕石から作った刀剣なんて、かっこよすぎませんか。もっとも、隕石にはニッケルがたくさん含まれているため日本刀の材料には適しておらず、玉鋼を混ぜて隕石成分はかなり薄められているそうです。

 

「実は昔から、ツタンカーメンのナイフなどのように、武器や神具に隕石が使われていました。昔の人々が、それを宇宙から来た石だと認識していたかどうかはわかりませんが、鉄の精錬が難しかった時代には、隕石は使いやすい鉄として貴重な素材だったのかもしれません」

榎本武揚が隕石から作らせた流星刀(富山市科学博物館 蔵)

1866年に京都府曽根村に落下した「曽根隕石」。日本で6番目に大きな隕石で、重さは17.1㎏

 

「この展示を通して、地球外物質が実は身近な存在であること、最新の分析では非常に小さな物質からでも太陽系の成り立ちについてさまざまなことがわかるんだということが伝えられたらいいですね。そして本展示をきっかけに、この分野の研究者をめざす人が出てきてくれたらうれしいです」と竹之内先生。

 

地球外物質という「宇宙からの手紙」を通して、普段は手の届かない宇宙のスケールの大きさ、気の遠くなるような歴史が感じられたように思いました。それと同時に、私たち人類と隕石には昔から関わりがあったことをはじめて知りました。ぜひ京都大学総合博物館を訪れて、星空の向こうの宇宙に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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