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がん細胞もやっつける?ナチュラルキラー細胞(NK細胞)と運動の関係について明治大・鈴井先生に聞いてみた

2024年9月12日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

コロナ禍を経験する中で、人体の免疫システムについての仕組みに興味を持った方も少なくないだろう。そんな免疫システムの中で注目されているのがナチュラルキラー細胞(NK細胞)である。名前の通り、がん細胞や細菌やウイルス感染により変性した細胞を殺す力が強く、がん治療にも役立つのではないかと期待されている。映画『パッチ・アダムス』のようなホスピタルクラウンの活動によって免疫機能に笑いが良い影響をもたらす可能性があるといった報道などにおいても、その背景にNK細胞の存在があると知ってさらに興味が湧いてくる。そこで、今回は、そのNK細胞と運動の関係を研究する鈴井先生に話を聞いた。

免疫の仕組みとNK細胞の役割とは?

免疫システムは、私たちの身体の中で細菌やウイルスを見つけると攻撃し、身体の状態を健康に保つ仕組みのこと。そこで活躍するさまざまな免疫細胞の中でも、異常な細胞を攻撃、破壊するのが、NK細胞だ。運動することによっても反応があり、鈴井先生は研究を進めているという。

 

——先生の専門分野とナチュラルキラー細胞に関心を持った理由ついて教えてください。

 

「私は、ナチュラルキラー細胞(以下、NK細胞)をはじめとした免疫細胞が運動中にどのような動態となっているのかを研究しています。留学先のトロント大学の博士課程の大学院生たちと一緒に実験を進める中で、NK細胞が運動に対してビビットに反応することが分かり、運動と免疫の関連で研究するならば、NK細胞がおもしろいと思い、今の研究活動に至っています。実はそのトロント大学の大学院生に免疫測定のトレーニングをしたのは、私の前に研究員だった日本人の新開省二教授(現女子栄養大学)だったというのもなにかの巡り合わせを感じます」

 

——そもそも、免疫細胞の仕組みとはどのようなものなのでしょうか?

 

「免疫機構には大きく分けて『自然免疫』と『獲得免疫』というシステムがあります。

 

まず『自然免疫』から説明します。私たちの身体の最初の大きなバリヤーは、皮膚表皮の角質になります。鎧のような角質層は病原体をブロックする強い武器です。これに対して、口腔内や気道、性器などの粘膜では角質層がないために細菌、ウイルスなどの病原体の侵入が容易になりますが、代わりに粘液に存在する分泌型抗体やリゾチーム(酵素の一種)が防御しています。

 

皮膚が傷ついたり、感染力が強い病原体が入ってきたりすると表皮下に存在していた樹状細胞やマクロファージといった外敵そのものを食べる大食細胞が駆けつけて食べてしまいます。また、損傷を受けた皮膚の細胞やマクロファージは『この細胞が壊れたよ』といったシグナルとなる物質を放出し、白血球の一種である好中球やNK細胞を呼び寄せていきます」

 

——NK細胞は白血球の一つなのですね。それがどういった動きをするのでしょう。

 

「この白血球の中で、最初に反応し外敵の攻撃に加担するのが、好中球です。この好中球は白血球の中で1番大きい分画(それぞれの種類が全体の中で占める割合のこと)で、樹状細胞やマクロファージと同様に外敵を食べる食細胞です。また、好中球は外敵を食べるだけではなく、活性酸素を作り出して外敵である病原体をやっつけるのですが、自分で出した活性酸素で自身も死んでしまいます。

 

その後に呼び出される白血球がNK細胞です。NK細胞の役割は感染してしまった細胞を、除去や攻撃することです。これらの免疫機構を、どんな外敵が入ってきてもすぐ対応できる免疫なので『自然免疫』と呼びます」

——では「獲得免疫」とはどういう仕組みなのでしょうか。

 

「自然免疫では樹状細胞やマクロファージ、好中球といった食細胞が活躍しましたが、獲得免疫ではリンパ球が主役になります。リンパ球には、T細胞とB細胞があり、T細胞は、さらにヘルパーT細胞、キラーT細胞という種類に分かれます。NK細胞もリンパ球の仲間ですが、獲得免疫には、強くは関わりません。

 

自然免疫で最初に活躍した樹状細胞は同時に獲得免疫でもトップバッターの機能を果たします。食べたものが病原になるかどうかを判断して、病原になる場合は分解して一部(ペプチド)を細胞外に提示します。これを抗原提示といいます。簡単に言えば、犯人を見つけて、この人が犯人ですよと知らせるような働きです。抗原提示はリンパ節に移動して行われ、リンパ節ではこの抗原を認識したリンパ球が活性化していきます。

 

ここでの司令官はヘルパーT細胞です。活性化したヘルパーT細胞はキラーT細胞に病原体や感染細胞の殺傷を、B細胞に抗体をつくる抗体産生の命令を出します。命令を受けたB細胞は分裂増殖して、今回特定した病原体に対する専用の武器である抗体を大量に作り出します。抗体ができると一気に外敵を攻撃できるようになります。そうすると病原体はやられてしまい、免疫活動も収束します。

 

この病原体がなくなった後も、ヘルパーT細胞とB細胞に記憶が残り記憶細胞となります。この記憶によって同じ病原体が侵入してきた場合にはすぐに攻撃できるように備えができます。これが『獲得免疫』で、一度かかった病気にはかからなくなるという古典的な免疫の意味の元となった反応になります。また、この仕組みを使った治療法がワクチンです。

 

NK細胞は自然免疫の役割として、病原体の抗原刺激を受けなくても活性化することができ、自分の細胞の変性を探って、例えばがん細胞などを攻撃して倒すといった役割を担っています」

——免疫細胞のいろいろな仕組みに私たちは守られていると。

 

「免疫システムは警察に例えられることがよくあります。マクロファージは門番として外敵の侵入を見張っています。樹状細胞は犯人である病原体を捕まえて、その情報を司令官に伝える刑事です。その刑事の情報で犯人の仲間を追跡・逮捕する命令を出す司令官がヘルパーT細胞で、実行する捜査員がキラーT細胞、犯罪組織を壊滅する機動隊を生み出しているのがB細胞、NK細胞は街を巡回して見守っているおまわりさんといったイメージです」

 

——わかりやすい例えですね一方、「免疫を鍛える」「免疫力をアップ」といった表現を一般的によくみるのですが、それは適切でないと警鐘を鳴らす医療関係者などもいるようです。これはどういうことなのでしょうか?鈴井先生のお考えも教えていただけますか。

「免疫は、外敵や変性細胞に対して正しく機能すれば良いものであって、上げれば上げるほど良いというものではありません。免疫細胞には活性化のためのアクセルスイッチと、抑制化のためのストップスイッチがあり、それらの押し具合のバランスによって活性が調節されています。活性化の刺激となるサイトカイン(炎症、傷の治癒など、体の様々な働きを調整するタンパク質)や抗体などでスイッチを押してみようと試みる研究はこれまでもありました。

 

しかし、強制的に活性化した実験では、自分の正常な細胞までやっつけてしまうといった自己免疫疾患的な状態になるという結果が多いのです。警察組織に権力を持たせ過ぎてしまうと、逮捕する必要のない人まで捕まえてしまうリスクが起こりやすくなるのと同様です。こうした研究データからも『免疫を上げる』とか『免疫力アップ』のように上げるほど良くなるといった意味の表現は、あまり適切ではないなと感じています」

NK細胞を適正に機能させるためには

——NK細胞の適正に機能させるために自身でできることはありますか?

 

「この問いはなかなか明確な答えを出すのが難しいですね。ただ、運動時の血液中はNK細胞の数(濃度)が急激に増えることはわかっています。

強い運動と弱い運動で比較した実験結果。左側の強い運動で急激にNK細胞の濃度が増加していることがわかる

 

そのため、運動中では、NK細胞が変性細胞を殺す力は非常に強くなっています。しかし、運動を終えると、その値は安静時よりも下回ります。この状態は、30分〜2時間程度続き、運動強度が高いほど長くなります。

 

一方で血中での細胞濃度は下がっていても、計算上ではNK細胞1個あたりの変性細胞を殺す力の値に変化はないということも分かっています。こうしたデータは、運動中・運動後に数や割合の値が変動しても、NK細胞の質的な力はそれほど変わっていない可能性を示唆しています。

 

現在も、運動とNK細胞の明確な関係は明らかになっていないため、運動後一時的に値が落ちること自体が身体にとって悪いことなのかは分かりません。私は、新しく生まれてくるようなターンオーバー(新陳代謝)の刺激になっているのではないかと考えています。

強い運動を1回実施しただけで免疫が下がる可能性があるというオープンウインドウ仮説(Pedersen & Ullum, Med Sci Sports Exerc,1994)というものがあります。しかし、もしそうであれば、大学の体育会やトップアスリートの合宿所は、病人だらけになってしまいます。私は細胞1個1個の性質や能力が変わらないのであれば、問題ないと考えています。

オープンウインドウ仮説を示した図

 

ただし、オーバートレーニングのように、高強度のトレーニングを長期間続けた場合にはNK細胞1個あたりの殺傷能力は下がってしまうことがあります。このとき、いくつかの活性化スイッチの数も低下してしまいます。つまり、一回の運動ではおこらない質的な変化が生じます。このような状態で、もし病原体などと接触することがあれば、感染しやすくなるという可能性はあるでしょう。

上段の1回の運動では1個当たりの殺傷能力(図では傷害活性)は下がっていないが、下段の強いトレーニングを長期間続けた場合のデータでは低下

 

オリンピック選手などのトップアスリートは、最高のパフォーマンスを目指して、オーバートレーニングになるかならないかのギリギリの部分で勝負していますから、風邪を引きやすいという説も、あながち間違いではありません。ただ、一般の人が1回1回の運動中・運動後のNK細胞の変動で一喜一憂する必要はないのも確かです」

運動によって細胞にも変化が(画像はイメージ)

 

——一般の人がそこまで細かく意識することはない、ということなのですが、やはり運動は免疫システムに良い影響を与えるのでしょうか。また、そうであれば、どんな運動をするのが良いのでしょうか?

 

「運動習慣が、免疫機能に良い影響を与えるのは確かだと思います。新型コロナ感染症でも運動をよくやっている人の重症化率が低かったことが報告されています。免疫の主役となる白血球を含めた血液細胞が生み出される場所は骨髄です。筋肉を鍛えると骨も鍛えられますので、そうした面でも良い効果はあると考えられます。

 

また、筋肉を鍛えることは、グルタミンというアミノ酸を体内で産生する能力を強化することにも繋がります。グルタミンはグルコースとともに、白血球、特にリンパ球のエネルギー源になります。グルタミンは肝臓と筋肉で産生されるので、筋肉の量を維持することは、免疫細胞にとっても良いことなのです。

 

これに関連して、興味深い実験結果があります。がん細胞を植え付けたマウスはそのままであれば痩せ細って死んでしまいますが、筋肉が萎縮しないような薬剤を投与して筋肉を維持させると、死なずに生きながらえるといったことが確認できたそうなのです(Zhou, et al., Cell, 2010)。

 

私は、この研究結果を見たときに、筋肉を維持することでグルタミンを合成するシステムや骨量の維持、すなわち造血機能が維持できるから、免疫システムも活性化されがん細胞も抑制できているのではないかという仮説が思い浮かびました。あくまで推測なのですが、高齢者が運動をして筋肉を鍛える意義も、そうした理由が含まれているかもしれません。

 

免疫に良い影響を与える適切な運動強度についても、まだ分かっていませんが、おそらく運動強度は有酸素運動でよく言われる『やや辛い』くらいの強度が必要だと考えます。それは、NK細胞は、アドレナリン・ノルアドレナリン(緊急事態に備え、闘争か逃走の身体反応を促すホルモン)に対応して出てくるので、弱すぎる強度だと、それほど大きな刺激にならない可能性があるからです」

 

——運動以外にも「笑い」が免疫機能に良い影響を与えるといった話も近年よく耳にするようになりました。「笑い」も自身で取り組むことができそうな活動だと思いますが、この「笑い」とNK細胞の関係についても教えてください。

 

「NK細胞も含めた免疫細胞には、幸福感や鎮痛効果をもたらすといわれているβ-エンドルフィンという物質に反応するレセプター(鍵穴のように情報を受け取って細胞の反応を決めるタンパク質)があります。したがって、笑いが免疫に良い刺激となるのは確かです。

 

ただ、NK細胞の活性は、運動と同様に興奮作用で数が増えているだけで、細胞1個1個の活性が上がっている訳ではないと考えられます。悲しみや怒りといったネガティブな感情での反応についても、同様に実験データを蓄積していく必要があると思っています」

今後取り組みたいこととNK細胞の研究へ進んだ理由

——先生が今後研究したいと考えていることについてお聞かせください。

「運動がNK細胞のターンオーバーの刺激になっているかどうかを検証していきたいですね。少し難しい話になりますが、白血球は細胞膜表面の分子の発現(CD分類という国際分類法で細胞膜上に表出している糖タンパクに結合するモノクロール抗体の種類で判断する。数字は住所や名前のような意味になる)で決定します。T細胞はCD3という抗体に結合する分子を発現しているのでCD3+細胞、B細胞はCD19+細胞という具合です。NK細胞は、CD3は発現していなくて、CD16とCD56を発現しているのでCD3-CD16+CD56+細胞になります。

 

NK細胞のCD56には暗く発現している(CD56分子の発現が少ない)ものと、明るく発現している(CD56分子の発現が多い)ものという2つの分画があります。暗いほうが主分画で明るい細胞のほうが圧倒的に少ないのですが、高強度のトレーニングを行うと明るい細胞が多くなってきます。

 

この2つの分画は両方とも成熟細胞(特定の役割を持つように成長し、分化した細胞のこと)であるという考え方が主流なのですが、明るい細胞が暗い細胞の前の段階で、成熟して変化するという可能性が示されています。高強度トレーニングの明るい細胞の増加が、ターンオーバーに関わっているのではないか、という点を確かめていきたいですね。加えて、細胞上の活性化スイッチと抑制化スイッチの変化についても注目していきたいです」

 

——ところで、先生は学部は経営学部を卒業されていますが、その後なぜ免疫研究の道に進まれたのでしょうか。

 

「経営学部から研究の道へ進んだのは、アメフトの同好会でキャプテンをしていて、トレーニングメニューを考えることが楽しくなったからです(笑)。当時(80年代)はエアロビクスやテーピング、ストレッチなどスポーツ科学が進んだ時代でもあったので、より興味が湧き、筑波大学大学院の体育学研究科に進学しました。一浪して大学院に合格する前から池上晴夫教授の運動生理学研究室で研究生をし、修士課程に入学後は伊藤朗教授の運動生化学研究室に所属して免疫に近い血液の生理学を学ぶ事になりました。

 

就職後、しばらく実験的な研究から離れますが、トロント大学の客員研究員として運動生理学で権威であるロイ・J・シェパード教授に師事し客員研究員として本格的に免疫の研究をはじめ、帰国後は順天堂大学の奥村康教授のもとで研究に参加させてもらうようになって現在に至っています」

 

——最後に、読者に向けてメッセージはありますか?

 

「コロナ禍を経験し、外出を控え、運動しない人も増えてしまったように思います。運動は、NK細胞も含めた免疫機能に対して良い刺激になりますので、私の話が運動を含めた身体活動を再開するきっかけになってもらえるとうれしいです」

 

***

 

鈴井先生のお話を聞いて、免疫システムを私たちの身体の中で起こる細胞レベルの動態として知ることができたと思う。NK細胞については、まだ研究で解明されていないことも多いようだが、細菌、ウイルス、がん細胞といった現代社会が抱える医療問題を解決するような発見も期待できる研究分野であることも伝わってくる。そうした側面も含めて、身体について細胞生化学レベルの教養を身につけリテラシーを高めていくことが大切だと感じた取材であった。

 

 

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