世界の大学!第10回:オランダの学生チームが開発する未来のオートモーティブ、「CO2を吸収する車」から「一生使える車」まで
2022年に学生チーム「TUエコモーティブ」が1年間で開発した「ZEM」 (写真:Bart van Overbeeke)
二酸化炭素(CO2)を吸収しながら走る車――2022年夏に発表された自動車「ZEM」は、世界中のメディアの注目を集めました。この斬新なアイデアを形にしたのは、オランダ南部にあるアイントホーフェン工科大学(TU/e)とフォンティス応用科学大学の学生チーム「TUエコモーティブ」。毎年メンバーを入れ替えながら、「世界初」の自動車を次々と生み出してきました。今年もすでに、8台目に当たる車の開発がスタートしています。どんな車が、どんなチームで作り出されているのか、現場を取材してきました。
CO2排出ゼロを目指したコンセプトカー「ZEM」
ホスト役となってくれたのは、TU/e工業デザイン科の修士学生で、ZEMのデザインチーフを務めたフィリップ・ファンフェーレンさん。まずは、彼らが昨年夏から今年にかけてお披露目してきたZEMを見せてくれました。
「この車はアメリカツアーにも行ったんです。13人のチームメンバーが全米各地の大学、企業、政府機関をZEMとともに巡り、プレゼンテーションを行いました。『ニューヨークタイムズ』とか『世界経済フォーラム』なんかが取り上げてくれて、信じられないぐらい嬉しかったですね」(ファンフェーレンさん)。
いちばん注目された点は、「ダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)」という技術を利用したCO2回収システム。走行中、空気をフィルターに通すことで、フィルター内の化学物質がCO2を捕え、ボンネット内に蓄積する仕組みになっています。
1年間に回収されるCO2は約2キログラム。これは1本の木が1年間に回収する量の10%に相当します。回収されたCO2は電気自動車の充電スタンドなどでタンクに回収し、ハウス栽培などに再利用する構想もあるそうです(ハウス内では植物の光合成のためにCO2が必要となります)。車がCO2を排出するだけでなく、吸収もすることで、「CO2排出ゼロ」に近づけたのです。
それだけではありません。ZEMは車の全ライフサイクル(製造から廃棄までの全工程)において、CO2の排出削減を考慮に入れています。
「多くの人は、DACに注目しますが、僕にとってはこの車がメタルなしで、再生プラスチックの3Dプリンティングだけで作られているところがいちばん画期的な点です。スクラップ後もまたリサイクル利用することができるんです。外装の塗料にも古いタイヤからのカーボンブラック(炭素からできた原材料)を使っていますし、内装にはパイナップルの繊維から作られたビーガンレザー(動物の皮を使わず、樹脂により革の見た目や質感を再現した素材)を使っています」と、ファンフェーレンさんは説明してくれました。
1年に1台を開発、完璧じゃないから軽快にできる
昨年開発されたZEMはTUエコモーティブによって開発された7台目の車に当たります。毎年夏休み前に新たなチームが編成され、翌年の7月にみんながあっと驚くような「世界初」の車をお披露目しているのです。これまでには、廃棄物で作られた車「Luca」や、外装や内装に植物素材を使った車「Lina」などが開発されてきました。
ファンフェーレンさんによれば、斬新なアイデアだけでなく、1年間で1台の車を開発するという、このスピードも大切な要素なのだとか。
「企業が開発する車だと、たくさんのテストやシミュレーションが必要ですけど、僕たちの車はそれをやらないので、もちろん壊れやすいです。でも、それが1年で新しい車を開発するためのトレードオフです。クオリティも、例えばボディにはプラスチックを溶接した跡が見えてしまっていますし、パーフェクトじゃない。でも、それが魅力的でもあり……“わびさび”ですよね(笑)」
チームではまず、20~30人のメンバーが集まって、大きな紙を広げ、「世界初のXXの車」を話し合います。「XX」に何を入れるか――新しい車のコンセプトを決めるのには、2カ月ほどの時間がかかるそうです。その後は役割分担をし、実際に作業が始まってからは、1週間に1度のミーティングで進捗状況を報告し合います。
「クリスマス前までに外装モデルやパッケージング(立体的な基本モデル)を作って、早い段階でモノコック構造(骨組みの代わりに、外板そのものに強度剛性を持たせる設計)のボディやシャシー(車台)をデザインしました。こういう大型のものを3Dプリンティングするのは大変で、何度か失敗しながら1カ月ぐらいかかりました。」
大学の先生やスポンサーからの口出しは一切なし。ときどきプロフェッショナルな機器を借りたり、アドバイスを得たりする程度で、すべては学生の自由な意思に任されています。
ただし、7月にはスポンサー企業に向けて車を発表するためのイベントが控えているため、締切は厳格です。ファンフェーレンさんによれば、ZEMはぎりぎりまで不具合があって、最終的にすべてがうまくいったのは、プレゼンテーションの1時間前だったとか。直前の1週間はものすごいプレッシャーの中、みんなで夜中まで作業をしていたそうです。
「あと1カ所何かがうまくいかなければ、車は完成しませんでした。すべてが終わった後、僕はもう、とにかく寝たかったです(笑)」
時給0ユーロ、取得単位ゼロ、多様な学部の学生が結集
TUエコモーティブのオフィスにも案内してもらいました。部屋の中はコンピューターや優勝カップなどが散乱、壁にはさまざまなデザインの車の写真やポストイットが貼ってあり、雑然とした学生らしい楽しさに満ちています。朝10時ぐらいから、すでに8人ぐらいのメンバーが集まって、コンピューターに向かったり、話し合ったりしていました。
TUエコモーティブに集まる学生たちは、大学の勉強とは別に、このプロジェクトに携わっています。趣味の集まりのようでもありますが、サークル活動ではなく、スポンサー企業もついてかなり本格的なプロジェクトです。
学生たちの中には、大学を1年間休んで「フルタイム」で同プロジェクトに参加している人も。パートタイムの人は、大学のコースに通いながら1週間に数回、来られるときに参加しています。もちろん、報酬も大学の単位ももらえませんが、同プロジェクトは学びが多く、就職活動の際にも有利に働くそうです。
ファンフェーレンさん自身は、フルタイムで参加していました。大学の修士課程では「世界はなにを必要としているのか?」を知るためにリサーチをしたり、理論を学んだりと、概念的なことに取り組んでいますが、このプロジェクトでは一から車を作るという「ハードスキル」を学びました。大学や学部、国籍を超えた多様な学生たちと知識や経験を交換できたことも、視野を広げる経験になったといいます。
「このプロジェクトに参加したのは、多くの人に出会えるし、多くのことを学べるから。でも、何よりも楽しいから!ここに来れば車好きがいっぱいいて、話をするのが面白いし、ビールを一緒に飲んだり、バーベキューを楽しんだりしたのも、みんないい思い出です」
8台目プロジェクトは「一生使える車」
現在TUエコモーティブが取り組んでいるのは、「一生使える車」。焦点となっているのは、車の使用期間を延長することです。部品によって耐用年数は違いますが、長く使えるものを維持・保守しながら、寿命の短いものだけを更新すれば、1台の車は全部をスクラップしなくても使い続けられるというコンセプトです。
具体的には、ドライブライン(動力伝達装置)、ステアリングシステム、ブレーキ、サスペンションといった耐久性の高い車の底部と、内装、カメラ、センサーなど、ライフサイクルの短い上部を分けて、車の上部だけを交換できるようにするのだそうです。
「車の名前はまだ公表されていませんが、コンセプトは3月に発表しました。今は部品を得るのにちょっと問題があったりしますが、なんとか進んでいます。すでにアセンブリー(組立て)も始まっています」
新たなコンセプトカーについて説明してくれたのは、TU/e機械工学部3年生のオーレリア・クリワットさん。同プロジェクトでは、機械エンジニアリングのリーダーを務めています。彼女はZEMのブレーキシステムを担当した経験があり、今年はなんと2年目。結構な労力を必要とするこのプロジェクトに2年連続で参加する人は珍しいそうです。
「なぜ2年連続で参加したのですか?」との問いに、クリワットさんは開口一番、「楽しいから!」と答えました。大学の勉強で得る知識以外に、実際に仲間と一緒に手を動かしながら車を作り、最後に物理的な結果が得られることは、この上ない喜びだといいます。
「一生使える車」は、今年7月27日にお披露目される予定。昨年のZEMに引き続き、8月にはアメリカツアーも計画されています。クリワットさんたちのフレッシュなアイデアがどのような形に結実するのか、今から完成が楽しみです。
Concept 2023 - TU/ecomotive (tuecomotive.nl)