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世界の大学!第10回:オランダの学生チームが開発する未来のオートモーティブ、「CO2を吸収する車」から「一生使える車」まで

2023年5月23日 / コラム, 海外大学レポート

2022年に学生チーム「TUエコモーティブ」が1年間で開発した「ZEM」 (写真:Bart van Overbeeke)

 

二酸化炭素(CO2)を吸収しながら走る車――2022年夏に発表された自動車「ZEM」は、世界中のメディアの注目を集めました。この斬新なアイデアを形にしたのは、オランダ南部にあるアイントホーフェン工科大学(TU/e)とフォンティス応用科学大学の学生チーム「TUエコモーティブ」。毎年メンバーを入れ替えながら、「世界初」の自動車を次々と生み出してきました。今年もすでに、8台目に当たる車の開発がスタートしています。どんな車が、どんなチームで作り出されているのか、現場を取材してきました。

CO2排出ゼロを目指したコンセプトカー「ZEM

ホスト役となってくれたのは、TU/e工業デザイン科の修士学生で、ZEMのデザインチーフを務めたフィリップ・ファンフェーレンさん。まずは、彼らが昨年夏から今年にかけてお披露目してきたZEMを見せてくれました。

「この車はアメリカツアーにも行ったんです。13人のチームメンバーが全米各地の大学、企業、政府機関をZEMとともに巡り、プレゼンテーションを行いました。『ニューヨークタイムズ』とか『世界経済フォーラム』なんかが取り上げてくれて、信じられないぐらい嬉しかったですね」(ファンフェーレンさん)。

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ZEMのデザインチーフを務めたフィリップ・ファンフェーレンさん。プロジェクトを離れた今は、修士論文に取り組んでいる。(写真:筆者撮影)

 

いちばん注目された点は、「ダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)」という技術を利用したCO2回収システム。走行中、空気をフィルターに通すことで、フィルター内の化学物質がCO2を捕え、ボンネット内に蓄積する仕組みになっています。

1年間に回収されるCO2は約2キログラム。これは1本の木が1年間に回収する量の10%に相当します。回収されたCO2は電気自動車の充電スタンドなどでタンクに回収し、ハウス栽培などに再利用する構想もあるそうです(ハウス内では植物の光合成のためにCO2が必要となります)。車がCO2を排出するだけでなく、吸収もすることで、「CO2排出ゼロ」に近づけたのです。

ZEMのボンネット内に回収されたCO2を充電スタンドのタンクに集める構想。(資料:TU/ecomotive)

ZEMのボンネット内に回収されたCO2を充電スタンドのタンクに集める構想。(資料:TU/ecomotive)

 

それだけではありません。ZEMは車の全ライフサイクル(製造から廃棄までの全工程)において、CO2の排出削減を考慮に入れています。

「多くの人は、DACに注目しますが、僕にとってはこの車がメタルなしで、再生プラスチックの3Dプリンティングだけで作られているところがいちばん画期的な点です。スクラップ後もまたリサイクル利用することができるんです。外装の塗料にも古いタイヤからのカーボンブラック(炭素からできた原材料)を使っていますし、内装にはパイナップルの繊維から作られたビーガンレザー(動物の皮を使わず、樹脂により革の見た目や質感を再現した素材)を使っています」と、ファンフェーレンさんは説明してくれました。

1年に1台を開発、完璧じゃないから軽快にできる

昨年開発されたZEMはTUエコモーティブによって開発された7台目の車に当たります。毎年夏休み前に新たなチームが編成され、翌年の7月にみんながあっと驚くような「世界初」の車をお披露目しているのです。これまでには、廃棄物で作られた車「Luca」や、外装や内装に植物素材を使った車「Lina」などが開発されてきました。

2019年に開発された「Luca」は、「廃棄物を抱きしめろ!」というコンセプトだった。(写真:TU/ecomotive)

2019年に開発された「Luca」は、「廃棄物を抱きしめろ!」というコンセプトだった。(写真:TU/ecomotive)

 

ファンフェーレンさんによれば、斬新なアイデアだけでなく、1年間で1台の車を開発するという、このスピードも大切な要素なのだとか。

「企業が開発する車だと、たくさんのテストやシミュレーションが必要ですけど、僕たちの車はそれをやらないので、もちろん壊れやすいです。でも、それが1年で新しい車を開発するためのトレードオフです。クオリティも、例えばボディにはプラスチックを溶接した跡が見えてしまっていますし、パーフェクトじゃない。でも、それが魅力的でもあり……“わびさび”ですよね(笑)」

 

チームではまず、20~30人のメンバーが集まって、大きな紙を広げ、「世界初のXXの車」を話し合います。「XX」に何を入れるか――新しい車のコンセプトを決めるのには、2カ月ほどの時間がかかるそうです。その後は役割分担をし、実際に作業が始まってからは、1週間に1度のミーティングで進捗状況を報告し合います。

 

「クリスマス前までに外装モデルやパッケージング(立体的な基本モデル)を作って、早い段階でモノコック構造(骨組みの代わりに、外板そのものに強度剛性を持たせる設計)のボディやシャシー(車台)をデザインしました。こういう大型のものを3Dプリンティングするのは大変で、何度か失敗しながら1カ月ぐらいかかりました。」

ZEMのルーフにはソーラーパネルが搭載されており、太陽光で発電もできる(写真:Bart van Overbeeke)

ZEMのルーフにはソーラーパネルが搭載されており、太陽光で発電もできる(写真:Bart van Overbeeke)

 

大学の先生やスポンサーからの口出しは一切なし。ときどきプロフェッショナルな機器を借りたり、アドバイスを得たりする程度で、すべては学生の自由な意思に任されています。

ただし、7月にはスポンサー企業に向けて車を発表するためのイベントが控えているため、締切は厳格です。ファンフェーレンさんによれば、ZEMはぎりぎりまで不具合があって、最終的にすべてがうまくいったのは、プレゼンテーションの1時間前だったとか。直前の1週間はものすごいプレッシャーの中、みんなで夜中まで作業をしていたそうです。

「あと1カ所何かがうまくいかなければ、車は完成しませんでした。すべてが終わった後、僕はもう、とにかく寝たかったです(笑)」

時給0ユーロ、取得単位ゼロ、多様な学部の学生が結集

TUエコモーティブのオフィスにも案内してもらいました。部屋の中はコンピューターや優勝カップなどが散乱、壁にはさまざまなデザインの車の写真やポストイットが貼ってあり、雑然とした学生らしい楽しさに満ちています。朝10時ぐらいから、すでに8人ぐらいのメンバーが集まって、コンピューターに向かったり、話し合ったりしていました。

オフィスの壁に貼られていた「引用」や「必要なものリスト」(写真:筆者撮影)

オフィスの壁に貼られていた「引用」や「必要なものリスト」(写真:筆者撮影)

 

TUエコモーティブに集まる学生たちは、大学の勉強とは別に、このプロジェクトに携わっています。趣味の集まりのようでもありますが、サークル活動ではなく、スポンサー企業もついてかなり本格的なプロジェクトです。

 

学生たちの中には、大学を1年間休んで「フルタイム」で同プロジェクトに参加している人も。パートタイムの人は、大学のコースに通いながら1週間に数回、来られるときに参加しています。もちろん、報酬も大学の単位ももらえませんが、同プロジェクトは学びが多く、就職活動の際にも有利に働くそうです。

TUエコモーティブのオフィス。火曜日朝10時の光景。(写真:筆者撮影)

TUエコモーティブのオフィス。火曜日朝10時の光景。(写真:筆者撮影)

 

ファンフェーレンさん自身は、フルタイムで参加していました。大学の修士課程では「世界はなにを必要としているのか?」を知るためにリサーチをしたり、理論を学んだりと、概念的なことに取り組んでいますが、このプロジェクトでは一から車を作るという「ハードスキル」を学びました。大学や学部、国籍を超えた多様な学生たちと知識や経験を交換できたことも、視野を広げる経験になったといいます。

「このプロジェクトに参加したのは、多くの人に出会えるし、多くのことを学べるから。でも、何よりも楽しいから!ここに来れば車好きがいっぱいいて、話をするのが面白いし、ビールを一緒に飲んだり、バーベキューを楽しんだりしたのも、みんないい思い出です」

8台目プロジェクトは「一生使える車」

現在TUエコモーティブが取り組んでいるのは、「一生使える車」。焦点となっているのは、車の使用期間を延長することです。部品によって耐用年数は違いますが、長く使えるものを維持・保守しながら、寿命の短いものだけを更新すれば、1台の車は全部をスクラップしなくても使い続けられるというコンセプトです。

具体的には、ドライブライン(動力伝達装置)、ステアリングシステム、ブレーキ、サスペンションといった耐久性の高い車の底部と、内装、カメラ、センサーなど、ライフサイクルの短い上部を分けて、車の上部だけを交換できるようにするのだそうです。

8台目を作っている今年のチーム。右端が機械エンジニアリングのリーダー、オーレリア・クリワットさん

8台目を作っている今年のチーム。右端が機械エンジニアリングのリーダー、オーレリア・クリワットさん

 

「車の名前はまだ公表されていませんが、コンセプトは3月に発表しました。今は部品を得るのにちょっと問題があったりしますが、なんとか進んでいます。すでにアセンブリー(組立て)も始まっています」

新たなコンセプトカーについて説明してくれたのは、TU/e機械工学部3年生のオーレリア・クリワットさん。同プロジェクトでは、機械エンジニアリングのリーダーを務めています。彼女はZEMのブレーキシステムを担当した経験があり、今年はなんと2年目。結構な労力を必要とするこのプロジェクトに2年連続で参加する人は珍しいそうです。

「なぜ2年連続で参加したのですか?」との問いに、クリワットさんは開口一番、「楽しいから!」と答えました。大学の勉強で得る知識以外に、実際に仲間と一緒に手を動かしながら車を作り、最後に物理的な結果が得られることは、この上ない喜びだといいます。

「一生使える車」は、今年7月27日にお披露目される予定。昨年のZEMに引き続き、8月にはアメリカツアーも計画されています。クリワットさんたちのフレッシュなアイデアがどのような形に結実するのか、今から完成が楽しみです。

2023年7月に発表予定の「一生使える車」のコンセプトビデオ(TU/ecomotive) Concept 2023 - TU/ecomotive (tuecomotive.nl)

2023年7月に発表予定の「一生使える車」のコンセプトビデオ(TU/ecomotive)

Concept 2023 - TU/ecomotive (tuecomotive.nl)

 

テレビでも話題!「テレイート」で味わう味覚の未来を明治大学リバティアカデミーで学ぶ

2022年7月19日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

コンピュータ画面に映るチョコレートの画像を舐めたら、甘い味がする――『ドラえもん』の一場面のようなことが、すでに現実化しているのを皆さんはご存知でしょうか?

私たちはコロナ禍でもテレワークをしたり、VR(仮想現実)で仲間と会ったり、3Dプリンターで家にいながらモノを調達したりできるようになりましたが、離れていても味覚を伝達できる技術もすでにあるのです。

この「テレワーク」ならぬ「テレイート」を社会に広めようと、日夜研究を重ねている明治大学総合数理学部の宮下芳明教授のオンライン講座が『明治大学リバティアカデミー 2022年度特別企画講座』として開催されると聞き、今回は拝聴させてもらいました。

離れても、味を伝送したい。

2020年、コロナ禍で外出制限が出されると、海外はおろか、近所の行きつけの店にすら足を運べない状況になってしまいました。当時、メディアを賑わせていたのは、「テレワーク」という言葉。自宅にインターネットとコンピュータがあれば、遠隔で容易に仕事をすることができます。

一方、私たちの生活に遠隔で味覚を味わうという習慣は、まだありません。宮下先生は10年ぐらい前からその研究を進めており、研究レベルではすでに味覚を伝送する技術は存在しているのに、まだ実用化されていないのが現状です。

宮下先生は外出制限されるようになった2020年以降、「テレイート」を社会に広げるための実用的なデバイスの開発に取り組んでいます。

「味覚地図」はない!「味蕾」が受け取る基本五味

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テレイートの研究を説明する前に、まず、私たちが味覚を感じるしくみを知らなければなりません。講義スライドでは、「味覚地図」にバッテンが付いているイラストが示されています。「味覚地図」とは、舌のどの部分で甘みや苦みを感じているかを示したものです。

「今ではこうした『地図』は存在せず、舌の表面にある『有郭乳頭』の中にある『味蕾(みらい)』ですべての基本味を感知することが分かっています」(宮下先生)

昭和時代に「味覚地図」を見て育った筆者にとっては、新情報。学び続けて情報をアップデートしていくことの大切さを実感しました。

舌が味を感じる「基本五味」とは、「甘味」「旨味」「苦味」「酸味」「塩味」の5種類。「辛味」は「味覚」ではなく「痛覚」、そして「渋味」というのは口内粘膜への刺激や苦味と酸味などの味覚受容体が刺激された結果、感じるものだといいます。

ほかにも実際に私たちが飲食物を味わうときには、口内の香りや歯ごたえ、喉ごしなども含まれるほか、同じ「辛い」でもわさび、とうがらし、ショウガの辛さは違っていたり……と、かなり複雑ですが、先生の味覚研究では、この基本五味がベースとなっています。

イタリアの食材で麦茶を味わうには…?

さて、講義ではここでクイズが出されました。

「麦茶+牛乳+砂糖=?」

これらを混ぜ合わせた味は、何の味になるでしょうか?

 

正解は「コーヒー牛乳」。これは、『ハイブリッド・レシピ』(都甲潔著、飛鳥新社)という先生お気に入りの本からのレシピで、飲食物の味覚評価のための測定器である「味センサ」を使うと、「麦茶+牛乳+砂糖」と「コーヒー牛乳」は同じ値になるのだそうです。

実は麦茶とコーヒーの味は似ているらしく、宮下先生が幼少時、家族でイタリアに住んでいた当時は、料理研究家のお母様がエスプレッソの二番煎じを薄めて麦茶の代わりにしていたとのこと。「僕はそれを麦茶だと思って飲んでいました(笑)」

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筆者も講義視聴後、早速薄めたコーヒーを試してみたところ、それはまさしく麦茶の味。「プリン+醤油=ウニ」「アボカド+醤油=マグロ」などもよく知られていますが、このように異なる物質でも、人にとって同じ味として感じられるのは面白い現象です。

味のトリックとも言えるこの事象は、「味の再現」に応用されます。宮下先生がその際に使用したのは純物質です。

「塩化ナトリウムなどの純物質は、世界中どこでも手に入るし、同じ味です。これとデジタル技術を使って味を再現できたらいいな、と思いました」

電気を使って塩味増強、薄味の病院食を美味しく

味の再現には、「電気味覚」も応用されます。電気には味があることが分かっており、これはイタリアの物理学者ボルタの電池発明にも貢献したそうです。そして、1950年代に発明されたのが「電気味覚計」。何ミリアンペアの電気まで感じられるかを測ることで、その人の「味覚閾値(それぞれの味を感じさせるに必要な濃度の最小値)」を知ることができます。

これを飲食物の味を変えるデバイスに変えられないだろうか?――宮下先生がこう考えたのは約10年前。それから研究を重ね、2013年にはこのデバイスを使った塩味の増強に成功します。それを使えば、薄味の病院食も塩分を加えることなく濃い味に感じさせることが可能になります。

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2021年にはこの功績が学界から表彰され、現在はキリンホールディングス株式会社とともに、箸型の製品を開発中。その箸の先端には金属が入っていて、箸に接続された腕時計のような装置から微弱な電気を流すことで、舌についたナトリウムイオンを引き離したり寄せ集めたりするのを繰り返します。これにより、塩分を足すことなく、塩味を通常よりも強く感じられるというのです。

「もう効果は実証されているので、これを早く社会に届けたいですね」

しかし、塩味の増強だけではテレイートは実現しません。そこで先生は、「Norimaki Synthesizer(のりまきシンセサイザー)」という新たなデバイスを開発しました。

「のりまきシンセサイザー」と「味センサ」、音声・映像メディアをヒントに発展

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のりまき型のかわいいデバイス。どんな機能が盛り込まれているのでしょうか?

「簡単に言えば、5つのイオンを電気で動かすことによって、基本五味のバランスを変えるということですね。味センサを連携させて、そこで測定された値に沿った味を感じさせるように、ゲル(のりまきの“具”の部分)の中のイオンを調整する仕組みになっています」

 

先生の目標はこの製品のプロトタイプをつくるだけに留まりません。これをテレビやラジオに匹敵する「メディア」に昇華させ、社会に普及させるのが目的です。

ここで先生が参考にしたのは、すでに発展・普及している映像・音響メディアでした。マイクで録音した音がスピーカーで出たり、カメラで録画した映像がディスプレイに映ったり……というように、映像・音声メディアには、「情報入力」と「出力」のペアがありますが、先生の開発した味覚提示デバイスの場合、「いわば味センサがカメラ、のりまきシンセサイザーがテレビの関係になるわけです」

 

このペアを使ってどんなことに応用できるか?――例えば、音響では「イコライザ」で低音を強くしたりする音の調整が可能ですが、「味のイコライザ」を作って、酸味の苦手な人には酸味を抑えるなど、味のパーソナライズを可能にすることができます。

また、テレビでは音響と映像が一体化されているように、ディスプレイに映った食べ物を舐めると、その食べ物の味がするという、視覚と味覚の一体化も、複数のゲルを使って実現しました。

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しかし、これらのアプリケーションを作っている間に、「もっとシンプルなことを思いついた」と宮下先生は言います。味の伝送デバイスは、さらに進化します。

メディアを賑わせた「ドラえもん」の世界

「そういえば、液体を混合して再現する、もっとシンプルなものを誰も作っていないな、と思ったんですね。それで、2021年に『液体噴霧混合ディスプレイ』を作りました」

液体噴霧混合式のディスプレイは、さまざまな飲食物を味センサで測定し、その値をもとに、プリンターがインクを混ぜ合わせるように、スプレーで液体を混ぜ合わせて味を再現するというもの。それを人が衛生的に舐められるように、巻き取り式のシートや使い捨てトレイにプシュッと液体を噴霧する仕組みになっています。

 

宮下先生は、これを使ったアプリケーションも開発。「味見できるメニュー」「ソムリエ訓練アプリ」「味見できる料理アプリ」「味覚クイズ」などなど、楽しいアイデアがたくさん生まれています。これらを紹介した動画が放映されると、講義の視聴者からは「マジですげ~!」「感動です」というテキストや拍手の絵文字が寄せられました。

遠隔でも味覚をお届け!「ドラえもん」の世界を体現する「TTTV」(画像:YouTube動画より)

遠隔でも味覚をお届け!「ドラえもん」の世界を体現する「TTTV」(画像:YouTube動画より)

【総務省 異能vation】TTTV: 味わうテレビ、誕生。 (宮下芳明) - YouTube

 

この味覚デバイスは話題を呼び、国内のみならず海外のメディアでも取り上げられています。英BBCには動画ストリーミングサービスの「NETFLIX(ネットフリックス)」をもじって「味のサブスクリプションサービス“NETLICKS(「リック」は「舐める」の意味)”を可能にする」と紹介されました。

飲食物の「ジャケ買い」は過去の話に…?

まさに『ドラえもん』の世界を体現したこのデバイス、まだまだ使い道がありそうです。

例えば、飲食品の広告。これまでは視聴覚だけで味を表現してきましたが、そこに味覚を取り入れることが可能になります。レコードを視聴せずに買う「ジャケ買い」がほぼなくなったように、飲食物も試食・試飲せずにお取り寄せすることがほぼなくなる日が来るのかもしれません。

ほかにも宮下先生は、プロの味を再現する「調理家電」ならぬ「調味家電」の開発も進行中。私たちの未来の食生活の可能性が広がります。

 

石のお金、飛脚、かわらばん――人間の歴史をふり返ると、「昔はこんなに不便で非効率なことをやっていたんだ!」と思われることは数多く存在します。今、私たちが「普通」だと思っている食生活も、後から考えてみると笑えるのかもしれません。

「未来の人たちが今の人を見返したとき、クスッと笑うことがないかな……と、想像してみるのは、すごくおススメです!」

先生の講義で頭が耕された今、身の回りのアレコレがちょっとだけ変わって見えるようになった気がしました。

 

ノーベル物理学賞受賞、真鍋先生の研究を知ろう!東京大学の特別講義で振り返る、1960年代に地球温暖化の本質を解き明かした先見の明

2022年5月12日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

「地球の気候はなぜ変化するのか?」――2021年、ノーベル物理学賞を受賞した米国プリンストン大学上級気象研究者の真鍋叔郎博士は約60年間、この壮大なスケールの問題に取り組んできました。

 

ノーベル賞を受賞した研究は、主に1960年代に行われたもの。当時はコンピュータの計算能力も限られていましたが、真鍋先生は工夫に工夫を重ね、確度の高い地球温暖化予測を可能にする物理モデルを作りました。このモデルは、現在の地球温暖化予測の基礎となり、結果的に世界中で温室効果ガスを削減する動きにもつながる、社会的な意義を持つものともなりました。

 

真鍋先生がご卒業された東京大学理学部・理学系研究科では先日、オンラインで臨時公開講演会を開催し、気候研究の第一線で活躍されている3人の研究者が真鍋先生の研究内容や、それを受けて発展した最新の研究動向について解説しました。

エッセンスだけを取り入れた物理モデル

「ノーベル物理学賞」と聞いただけで、文系の筆者はおののいてしまいますが、3人の先生方は一般にも分かりやすい講義をしてくださいました。

 

講演のトップバッターは、東京大学大気海洋研究所の渡部雅浩教授。現在90歳の真鍋先生よりちょうど40歳若く、真鍋先生と直接会話を交わして指導を受けた最後の世代とのこと。「温暖化の物理はどこまで分かったか?~真鍋さんの時代から現代まで~」というテーマで、真鍋先生の「一次元放射対流平衡モデル」や、それを受け継いだ現在の気候モデリング研究を紹介しました。

「1次元放射対流平衡モデル」渡部先生の講義スライドより 左図:ノーベル賞ウェブサイトより© Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences 右図:Syukuro Manabe and Robert F. Strickler, Thermal Equilibrium of the Atmosphere with a Convective Adjustment, Published 1968 by the American Meteorological Society.

「1次元放射対流平衡モデル」渡部先生の講義スライドより
左図:ノーベル賞ウェブサイトより© Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences
右図:Syukuro Manabe and Robert F. Strickler, Thermal Equilibrium of the Atmosphere with a Convective Adjustment, Published 1968 by the American Meteorological Society.

 

渡部先生によれば、「一次元放射対流平衡モデル」とは、温室効果による気温上昇予測の基礎となるものです。これを理解するためにはまず、「放射平衡」を理解しなければなりません。これは大気がない場合、地球が受ける太陽放射のエネルギーと、それを受けた地面からの赤外放射のエネルギーが釣り合うというものです。

 

ところが実際は、太陽と地表の間には水蒸気や二酸化炭素などを含む大気が存在し、それが太陽放射を透過するだけでなく、自らも赤外放射を上下に放出するという性質があるため、地面が受ける放射は大気がない場合よりも多くなり、これとバランスを取るために、地面からの赤外放射はより多くなるのです。この時の地表の温度差が、大気による温室効果です。

 

1960年代当時のコンピュータは計算能力に限界があったため、大気が活発に対流する対流圏で起こる複雑な事象をモデルに含めることはできなかったのですが、真鍋先生は対流を単純化して表し、地球の大気が最終的には1つの状態に落ち着くということを計算で示しました。

 

「エッセンスを見極めて単純化する」――真鍋先生の素晴らしさを述べるとき、多くの先生が口にしていることです。これは、どんな問題に取り組む際にもカギとなる姿勢なのかもしれません。

大気中の二酸化炭素濃度が2倍になると、地表の温度は…?

いったんこのモデルができると、いろいろなケースでこれを活用することができます。そこで、真鍋先生は「二酸化炭素が気温上昇に果たす役割はどのぐらいか?」を調べました。

 

真鍋先生の特徴的な研究手法のひとつに、「何かの役割を知りたければ、それを除いて計算して、結果を比較すればよい」というのがあるそうです。なるほど、シンプルで素晴らしい発想です。このときも、二酸化炭素の役割を知るために、大気中からオゾンを取り除いた後、二酸化炭素を取り除き、その差を計算して二酸化炭素が気温上昇に及ぼす影響を調べました。

 

その後さらに、「二酸化炭素の濃度を倍増するとどうなるか?」を調べたところ、「地上気温が約2.3度上昇する」という推定結果が出ました。これは、現在の精密な気候モデルで出された予想結果と、ほとんど変わらない数値です。2021年8月に「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が発表した「第6次評価報告書(AR6)」では、気温上昇は「3度」と予想されています。

スーパーコンピュータで進化した現在の気候モデリング研究

1960年代のコンピュータ能力の限界から、当時は全球の計算はできず、地球を短冊状に切り出した領域での計算となった。(渡部先生の講義スライドより) 図版:Syukuro Manabe and Kirk Bryan , Climate Calculations with a Combined Ocean-Atmosphere Model, Published 1969 by the American Meteorological Society.

1960年代のコンピュータ能力の限界から、当時は全球の計算はできず、地球を短冊状に切り出した領域での計算となった。(渡部先生の講義スライドより)
図版:Syukuro Manabe and Kirk Bryan , Climate Calculations with a Combined Ocean-Atmosphere Model, Published 1969 by the American Meteorological Society.

 

真鍋先生のノーベル賞受賞には、「大気海洋結合モデル」の構築と、それを用いた気候の再現・予測の研究も含まれています。

 

1960年当時、「大気モデル」と「海洋モデル」は別々に開発されていましたが、地球気候を理解するためには、両者を結合したモデルが必要です。真鍋先生はこれらを結合させ、3次元的なシミュレーションを行い、地球気候の基本構造を捉えることに成功したのです。ここでも、当時のコンピュータ能力の限界から、全球の計算はできず、地球を短冊状に切り出した領域での計算となりました。また、水蒸気や氷・雪、雲の集積などが気候に与える影響は含まれていません。

 

しかし、渡部先生は真鍋先生のモデルについて、「初期のモデルであっても、物理過程のエッセンスは正しく扱っていたために、現在のIPCC報告書にある多くの温暖化図の特徴がすでに見られます」と述べています。実際、眞鍋先生の計算結果は数十年を経た今、観測で検証が可能ですが、その図を見比べると驚くほど正確です。

 

こうした気候モデリングは真鍋先生の時代、大気・陸・海だけが含まれるものでしたが、年代を追うごとに炭素循環や動態植生など多様な要素が加わり、現在の「全球気候モデル(GCM)」に発展しています。スーパーコンピュータによりさらに細かいモデル計算が可能になったことで、解像度も大幅に向上し、超高解像度大気モデルは、人工衛星からの写真と見分けがつかないほどに。

 

さらに、何十通り、何百通りのシミュレーションができるようになったことで、渡部先生のグループでは現在、温暖化が豪雨などの極端な気象現象にどういう影響を与えているのかを研究しているそうです。

 

昨今の異常気象は私たちの生活にも直接的に大きな影響を及ぼしています。そのメカニズムや温暖化との関係が解明されれば、それを事前に予想し、対処することも可能になるでしょう。渡部先生たちの研究成果が期待されます。

気候モデリングは多様な要素を取り入れ、進化している。(渡部先生の講義スライドより) 図版:IPCCウェブサイトより https://www.ipcc.ch/report/ar3/wg1/technical-summary/

気候モデリングは多様な要素を取り入れ、進化している。(渡部先生の講義スライドより)
図版:IPCCウェブサイトより https://www.ipcc.ch/report/ar3/wg1/technical-summary/

 

過去、現在、未来…グローバルな環境の変化を研究

ノーベル賞受賞の研究以外にも、真鍋先生は数々の興味深い研究をされています。2番目に登壇された東京大学大気海洋研究所・地球表層圏変動研究センターの阿部彩子教授は、「気候シミュレーションで探る過去の『温暖化』の謎」と題する講演の中で、真鍋先生の、古気候研究について解説しました。

 

古気候研究の根底にある疑問は、「今起こっている気候変化は過去にも起こったのだろうか?」というもの。特に「地球はなぜ氷期から間氷期(現在)に移行したのか?」という疑問は多くの科学者が取り組んできた問題です。

 

いちばん最近の氷期最盛期は2万年前。われわれの祖先がマンモスを追っていた頃でしょうか。それ以降の気温上昇の要因としては、地球の軌道要素や自転軸傾斜などの天文学的要因、大気中の二酸化炭素濃度、氷床量(大地を覆う厚い氷の量)の変化などが考慮され、研究者の間で活発に議論が行われてきました。

氷期から間氷期への移行の要因を探るため、地球の日照時間、二酸化炭素濃度、氷床量の変化(海面水位)が計算された。(阿部先生の講義スライドより)

氷期から間氷期への移行の要因を探るため、地球の日照時間、二酸化炭素濃度、氷床量の変化(海面水位)が計算された。(阿部先生の講義スライドより)

 

真鍋先生は、「氷期はなぜ寒く、間氷期はなぜ暖かいのか?」という問題に取り組み、大気循環モデルを使って氷床と二酸化炭素の量を変更しながら、いろいろなコンビネーションで数値実験を行い、緯度毎に氷期の海面温度が何度低かったかを集計し、地質学的な観測結果と比較しました。その結果、北半球では氷床量、南半球では二酸化炭素濃度が気温の変化の主な要因となっていることを発見しています。

 

10万年周期で氷期と間氷期が繰り返されている原因は、未だにナゾ。しかし、真鍋先生が基礎を築いたモデルによる多くのシミュレーションの結果、天文学的要因に加え、氷床溶解と海洋深層循環(「熱塩循環」とも言う。全球を2000年ぐらいかけて一周する海の深層循環)と二酸化炭素の間のフィードバックがカギのようだ、ということが分かってきているそうです。

 

気の遠くなるようなスケールの研究ですが、それは意外と地道な計算の積み重ねで解かれているのですね。

阿部先生が書いた真鍋先生へのインタビュー記事(阿部先生の講義スライドより) 出典:日本気象学会機関誌「天気」第34巻第10号

阿部先生が書いた真鍋先生へのインタビュー記事(阿部先生の講義スライドより)
出典:日本気象学会機関誌「天気」第34巻第10号

 

阿部先生は、1980年代に米国に住む真鍋先生を訪ねてインタビューをしたこともあるそうです。そのとき真鍋先生は、長期間の環境変化の問いを解くことについて、「これはもうInterdisciplinary(学際的)な問題ですね。海洋学、地球化学、生物学と協力しあって、Virgin Territory(未開の領域)を切り開くのですから」と述べたとのこと。阿部先生はこうした多様な分野の知識を結集した「地球システムモデリングが必要」と締めくくりました。

地球の気候安定は、海のおかげ

続いて登壇した東京大学大学院理学系研究科・地球惑星科学専攻の東塚知己准教授は、Kirk Bryan博士が中心となって開発が進められ、真鍋先生も貢献した海洋モデルの構築について説明しました。

 

東塚先生はまず、海が気候に果たす役割を解説します。海洋は暖まりにくく、冷えにくい性質を持つことから、人為起源の温室効果気体の増加により余分に地球が吸収したエネルギーの9割以上を吸収しているといいます。「ほかの惑星に比べて地球の気候が比較的安定しているのは、海のおかげなのです」(東塚先生)

 

「大気モデル」は天気予報の需要もあり、いち早く開発が進みましたが、「海洋モデル」は遅れて開発され、真鍋先生が中心となって作り上げた「大気海洋結合モデル」の発展とともにあったそうです。真鍋先生は大気海洋結合モデルを用いて、大気中の二酸化炭素濃度を固定した場合と、毎年1%ずつ増加した場合の100年間のシミュレーションを行い、地表の温度がどのぐらい温暖化するのかを調べました。

 

その結果、陸地が多い北半球の高緯度ほど温暖化が顕著なこと、そして北大西洋の北部に比較的温暖化がゆっくりな場所が存在することを発見しました。これは温暖化により海洋深層循環(熱塩循環)が減速しているために起こるらしく、真鍋先生の研究によって、温暖化においては海洋も重要なファクターとなっていることがわかりました。

(東塚先生の講義スライドより) 図版:気象庁ウェブサイトよりhttps://www.data.jma.go.jp/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html

(東塚先生の講義スライドより)
図版:気象庁ウェブサイトよりhttps://www.data.jma.go.jp/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html

 

ところで、私たちは「気候変化」と「気候変動」を混同していますが、東塚先生によれば、この2つの定義は異なります。「気候変化」は、人間の活動など気候システムの外側の要因によって、気候の平均状態が長期的に変わること。地球温暖化はこの一部となります。

 

一方、「気候変動」は、何らかの内部要因により気候が標準的な状態(一般的に30年間の平均)からずれ、そのずれがある程度大きい場合を指すそうです。南米沖の海面水温が平年よりも高くなる「エルニーニョ現象」や、同水温が平年よりも低くなる「ラニーニャ現象」に伴う異常気象は、気候変動の一例です。

 

東塚先生は、将来気候予測の精度を高めるためには、「気候変化」だけではなく、「気候変動」の理解を深めることが必要との見方から、「地球温暖化が進むと、エルニーニョ現象が強くなるのか、またはラニーニャが強くなるのか?」という問いを立てて、両現象の特徴を理解することに取り組んでいます。

 

そのためには気候変動に影響を与えるさまざまな要因を取り入れた高精度のモデリングが必要。先生は最後に「今日の講演会を聞いて、将来私たちと一緒に気候の研究をやりたいという方が出てくれると、大変嬉しく思います」と若い人たちに呼びかけました。

「先見の明」より純粋な好奇心

同講演会では、真鍋先生の研究内容だけではなく、先生の人柄や研究姿勢が分かるエピソードが随所にちりばめられていました。

 

「正直言って、私がノーベル物理学賞をいただくとは、夢にも思っておりませんでした」

講演会の冒頭には、真鍋先生のビデオメッセージも披露されました。気候の研究がノーベル物理学賞を受賞したのは、今回が初めて。地球温暖化が人類の直面する共通課題としてクローズアップされる最中に受賞したことについて、真鍋先生も「大変有意義なことだと思います」と述べています。

 

講演の途中では、真鍋先生にゆかりのある研究者の方々もビデオメッセージを寄せました。真鍋先生と同年代である東京大学の松野太郎名誉教授は、1950年代後半、日本がIBMの当時最新のコンピュータを買って数値天気予報の準備をしていた頃のことを振り返ります。その時、アメリカのやり方をそのまま日本に持ち込もうとしていたことに対し、真鍋先生はそこに日本海から出る熱が考慮されていないことによる弱点に気づいて、その改善方法を考えていたといいます。

「常に先を見る……先見の明があるということで、本当にすごいな、と思いました」(松野先生)

 

二酸化炭素倍増実験についても、二酸化炭素問題が取り上げられていなかった1960年代に行われていたことから、「先見の明があった」との評価が多く聞かれます。

 

しかし、講演会の冒頭で真鍋先生の業績を紹介した東京大学理学系研究科・地球惑星科学専攻の佐藤薫教授によれば、「なぜこの時代に二酸化炭素倍増実験を行ったのでしょう?」という質問に対し、真鍋先生は「純粋に好奇心でしたよ」と答えたそうです。

 

一方、シカゴ大学の中村昇教授は学生時代、プリンストン大学に留学中、真鍋先生ご夫妻に「家族のように面倒を見てもらった」ことを語りました。そして、先生から教わった3つのことを挙げています。それは、①研究は楽しむべし、②複雑なモデルに頼りすぎることは慎むべし、③寄留者(特に留学生)はもてなすべし、というものでした。

 

真鍋先生のはきはきとした話しぶりや、こうしたエピソードから、先生の明るく大らかな人柄や、好奇心の赴くままに研究に没頭し、楽しまれていた様子が思い浮かびます。こういう姿勢は、どんなことにも必要なのかもしれません。自分の仕事や人生の中でも見習いたいものだと思いました。

 

今回の講演会を聞いて、長い時間軸の地球の歴史の中で、新参者である人類の活動が短期間に気候に及ぼした影響に驚くとともに、その原因を探り、気候を再現し、予測できるまでに至った英知にも驚かされました。真鍋先生が基礎を築いた将来気候予測をどう活かすのか、私たち一人一人の行動に託されています。

「メタバース時代」のインターネットは速度1000倍へ、オランダ・アイントホーフェン工科大学の光工学研究

2021年12月14日 / この研究がスゴい!, 大学の知をのぞく

「ピーゴー、ギュインギュイン」――インターネットが一般に普及し始めた90年代前半、私たちは電話線をコンピュータに繋いで、こんな変な音を聞きながら、パソコンがインターネットに接続されるのを待っていたものだ。テキストや画像が送られてくるのにも、相当の時間がかかっていた。

 

あれから30年。今や大容量・高速度のインターネットが普及し、私たちは当たり前のようにスマホで動画をストリーミング視聴している。さらに、現在注目を集めているオンライン仮想共有空間「メタバース」の発展により、コミュニケーションや生産活動の場はますます「リアル」から「オンライン」に移行しようとしている。

 

こうした新時代のアプリケーションを支えるため、「未来のインターネット」に取り組んでいるのが、オランダ南部に位置するアイントホーフェン工科大学(TU/e)。同大学はヨーロッパ屈指のハイテク集積地にあり、光工学の分野で世界をけん引している。

 

次世代のインターネットはどのようなものになるのか、そして、それが実現した未来はどんな世界になるのか、電気工学科のOded Raz准教授にお話を伺った。

電気ベースのインターネットの限界

 「データコミュニケーションを使って、今よりエキサイティングなアプリをつくるためには、もっと高速のインターネットが必要です。伝統的に私たちは”電気”を使ってきましたが、それには限界があって、これ以上飛躍的にインターネット速度を上げることはできません。その限界を超えるために、 “光”を使うのです」

 

Raz先生によれば、次世代インターネットの主役は「光」。しかし、「光通信」はすでに存在しているのでは?

 

「そうですね。1980年代、最初のジェネレーションのインターネットでは、大陸間のコミュニケーションにサテライト(衛星)を使っていましたが、今は光をグラスファイバーに通すことで何千キロメートルも移動させる、光通信が可能になりました。

 

今や光ファイバーは大陸間、都市間、地域間を結び、家の中まで接続され、インターネットの速度は『キロバイト(KB)』から『ギガバイト(GB)』へと、100万倍に高まりました」

 

100万倍!

 

「私たちは想定できるすべての技術を使って、今の技術にたどり着いたんです。今、私たちがやっている研究は、そのアップデートです。スピードを1MB(メガバイト)から10MBにするファーストステップは簡単でしたが、次のステージに行くのはものすごい努力が必要です。そこで必要となる“新しいトリック”を求めて、TU/eだけでなく、世界中の大学でさまざまな研究が行われています」

データセンターをサステイナブルに

光と電気の集積回路をテストするための特別な針と組み合わせた顕微鏡システム。

光と電気の集積回路をテストするための特別な針と組み合わせた顕微鏡システム。

 

TU/eが取り組む「新しいトリック」のひとつは、データセンターのコンピュータを電気ではなく、光で結ぶこと。私たちは「クラウド」上、つまり多くのコンピュータが1カ所に集められた「データセンター」とパソコンをインターネットで繋いで、必要なアプリやファイルを持ってくることでいろいろな作業をしているが、そのデータセンター内の一部のコンピュータを「光コンピュータ」に替えようとしているのだ。

 

「基本的な考え方は、電気の代わりにできるだけ光を使って、より効率的な演算をするということです。同じ量のエネルギーを使って、もっとたくさんの演算処理をもっと速くできるようにしたいのです」

 

この研究の背景には、電力問題もある。現在、データセンターを稼働させるために使われる電力量は、世界の電力消費の約5%。これは急速な勢いで伸びており、このままでいくと、その割合は30~50%に高まる可能性があるという。

 

「だから、電力消費量を抑えるようなテクノロジーが必要なのです。コンピュータ内の相互接続の際、光を電気シグナルに変換することなく光のままで送ることができれば、データセンター内の多くのエネルギーを節約することができるほか、伝達速度も飛躍的に高まります」

光と電気のICを組み合わせて120Gb /秒の送信機を作成

光と電気のICを組み合わせて120Gb /秒の送信機を作成。

光ベースのICチップ

データセンターのコンピュータが電気ではなく、光ベースで結ばれる――筆者の頭の中では、コンピュータ回線の中で渦巻く多くのワイヤーがなくなり、レーザー光線が飛び交う未来的な光景が広がる。

 

「その通りです。電気のワイヤーはなくなって、光が信号を伝達するのです。それは特殊なグラスファイバーまたは光集積回路(PIC)の内部で行われます」

 

TU/eではそれを可能にするための光相互接続、光信号処理、光スイッチなどが研究されているほか、現在の半導体ベースの集積回路(IC)に代わるPICの開発も進められている。半導体が電子の流れを変えるのと同様、PICでは光子(フォトン)の運動を操作することで、光が演算処理を行うことを可能にするのだ。

光をソフトウエアで制御

文系の筆者は、この辺で頭が痛くなってきた。しかし、この最新技術はエンジニアの間でもとっつきにくいものらしく、Raz先生はそれをもっとアクセスしやすいものに変えることを目指している。

 

「私が今、情熱を持って取り組んでいるのは、光の演算処理ができるチップを製作した後、プロパティを変更するということです。

 

今はクリーンルームでレーザーをつくる際、特定の色のレーザーに特定の機能を加えるやり方ですが、これは効率的な作り方ではありません。なぜなら、ちょっとずつ違うデバイスのために、ちょっとずつ違う機能を加えようとしたら、いちいちレーザーを設計しなおして、クリーンルームで作業をしなければならないからです。

 

私のアイデアは、これを“ジェネリック”にすること。クリーンルームでのプロセスを終えた後に、ソフトウエアを使ってクリーンルームの外からレーザーをコントロールすることです」

「未来のインターネット」実現のため、光を使った通信技術の研究に励むOded Raz准教授。

「未来のインターネット」実現のため、光を使った通信技術の研究に励むOded Raz准教授。

 

ソフトウエアを使って光を制御する……難易度が非常に高そうだ。

 

「すごく大きなチャレンジですが、私はクレージーなわけではありません。すでにそのようなことは成熟したテクノロジーである電気では起こっているからです。

 

TV、パソコン、スマホ……私たちが使っている電気製品の中には、半導体シリコンでつくられたチップが入っていますよね。40~50年前、これらのシリコン部品は1つ1つの機能に分かれていて、それを合わせて多機能のデバイスをつくっていました。でも40年ぐらい前、一つのシリコンICに多機能を持たせることが考案されました。

 

このフレキシビリティによって、1つのチップを使って、ソフトウエアで自分のほしい機能を盛り込むことができるようになったのです。はじめはみんな『すごくコストがかかるし、難しい』と言っていましたが、今や全チップの30%はこのテクノロジーを基礎にしています」

データセンター向け「光スイッチング」の典型的な実験テーブル。 黄色のワイヤーはすべてグラスファイバーでできており、光フィルター(右上)を高度な電子マイクロコンピュータに接続している。

データセンター向け「光スイッチング」の典型的な実験テーブル。 黄色のワイヤーはすべてグラスファイバーでできており、光フィルター(右上)を高度な電子マイクロコンピュータに接続している。

 

なるほど、PIC製造後にソフトウエアで機能を制御できるようになれば、エンジニアにもとっつきやすそうだ。

 

「これにより、製造されたPICのほとんどすべてが使用可能になる日にも近づくでしょう。

 

TU/eでは今、シリコンに代わる『リン化インジウム』という材料を使ったウエハ(ICチップの材料となる円形の薄い板)をつくっていて、その上でレーザーもだんだんよく機能していますし、レーザーがどのぐらい意図したように動いているか、クオリティの測定方法も改良されています。

 

最終的にはシリコンのIC並みに、100%正常に、安定的に動くことを目指していますが、PICに関しては今のところまだ20~50%の間といったところです。

 

私たちのグループはこれが機能するとの仮定の下で研究を進めていて、すでに製造後に制御可能なチップのプロトタイプを作りました。それはうまくいきましたが、プログラミングをもっと簡単にしなければなりません」

「どこでもドア」が現実に

電子接続(緑色の回路)と光学接続(下からの金属部分)を備えたPICに向けられた顕微鏡(左)と、それを組み合わせたカメラシステム。

電子接続(緑色の回路)と光学接続(下からの金属部分)を備えたPICに向けられた顕微鏡(左)と、それを組み合わせたカメラシステム。

 

PICや光コンピュータが実用化されるまでもう少し時間がかかりそうだが、それが実現した場合、インターネットの速度はどの程度速くなるのだろうか?

 

「光を使えば、数テラバイト(TB)/秒(1秒間に1兆回の演算処理をするスピード)までいくと想像できます。これは現在、屋内通信用に使用されている最高のシステムの約1000倍に当たります」

 

現在の1000倍速いインターネット……いまひとつ実感が湧かないが、どんなことができるようになるのだろうか?

 

「例えば、今はVR(仮想現実)でニューヨークのイリュージョンを見て、そこにエンパイアステートビルがあったとしても、実際にはニューヨークにいないことが分かります。それはビデオグラフィックであることが分かるからです。

 

でも、今より100倍性能のいいパワーコンピュータで、1000倍速いインターネットを使ってこれを見ると、スクリーンとリアルの見分けはつかなくなります。

 

そうしたら、バケーションにバハマに飛ぶなんていうこともなくなるでしょうね。南国の温かい気温や、海の香りを感じられるような仕掛けや、砂浜の砂を指先で感じられるようなセンサーも開発されるかもしれません。

 

今流行ってきている「メタバース」でも、本当にリアルで会っているような感覚でコミュニケーションできるようになりますよ」

 

まるで「どこでもドア」!

 

「ほかにも、次世代のインターネットが実現すれば、医療システムも大幅に変わるでしょう。座るだけで呼吸、血圧、汗などを測定して、診断や薬の処方をしてくれる椅子ができたりするかもしれません。もう医者に診てもらわなくてもよくなるんです。もちろん、車の自動運転も普通になるでしょう。

 

これら未来のアイデアの背景にある1つの共通事項は、莫大な量のデータに基づいているということ。そして、そのデータを瞬時に送受信できる通信が求められているということです。やることは山積みです。次世代インターネットの研究者としてでやるべきことは、何年も尽きることはないでしょうね」

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過去30年間のインターネット技術の改良により、劇的に変わった私たちの生活は、これから30年でまた大きな変化を見せるだろう。

 

今は光ベースの通信が冒険的に思えるが、「光線なしでインターネットをつなげていた時代があったんだ!」という日も来るだろう。そして、それは意外と近い未来に実現するのかもしれない。次世代インターネットのパイオニアの挑戦は続く。

京都アカデミアウィークで学ぶ、平等院鳳凰堂「1000年の時空を超える、極楽浄土への憧れ」

2021年12月7日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

私たちは死後、どこに行くのでしょうか?――テクノロジーが発展した今でも、このナゾは解けていません。来世があるならば、願わくば安らかに極楽浄土で過ごしたいと思うのが人の常。1千年前の京都でも、人々は来世の極楽浄土に思いを馳せ、それを絵画や彫刻や建築の形で具現化しようとしました。その最たるものが京都の宇治市に建立された「平等院鳳凰堂」です。

 

京都大学・工学研究科の冨島義幸教授は、十数年にわたる研究の中で、平等院鳳凰堂の空間や芸術に込められた人々の思いを読み解いてきました。10月に開催された「京都アカデミアウィーク」の最終日、15日に行われた冨島先生の講義で、平安時代にタイムトリップしてきました。

 

※「京都アカデミアウィーク2018」「京都アカデミアウィーク2019」とあわせてお楽しみください

「京都アカデミアウィーク」で講義する京都大学の冨島義幸教授。同イベントは10月11~15日、東京・新丸の内ビルディングの会場とオンラインで開催された。

「京都アカデミアウィーク」で講義する京都大学の冨島義幸教授。同イベントは10月11~15日、東京・新丸の内ビルディングの会場とオンラインで開催された。

 

どうすれば極楽浄土に行けるのか?

穏やかに座る阿弥陀如来の前には池があり、その周りには美しい楼閣や宮殿。そして阿弥陀如来を取り巻く菩薩たちが音楽を奏でたり、花を撒いたり――平安時代の人々にとって、阿弥陀仏のいる極楽浄土に行くのは悲願でした。どうすれば、死後、この理想の世界にたどり着くことができるのでしょうか?

極楽浄土の様子を描いた『当麻曼荼羅』。ⓒ浄土院

極楽浄土の様子を描いた『当麻曼荼羅』。ⓒ平等院浄土院

 

極楽浄土に行くための方法が盛んに研究される中、最もポピュラーだったのは念仏でした。念仏には口で唱える「口称念仏」のほか、心の中で極楽浄土を思い浮かべる「観想念仏」というのがあります。

 

この「観想念仏」を可能にするために、『観無量寿経』や『当麻曼荼羅』では、テキストや絵解きの形で、極楽浄土が丹念に描かれました。そして、それが建築の形に結実したのが、1053年に藤原頼通により建てられた平等院鳳凰堂なのです。

 

国宝にも指定されている有名すぎるこの建築、さぞ研究しつくされているのかと思いきや、冨島先生によれば、「実は分からないことだらけ」。どんな謎が隠されているのでしょうか?

 

鳳凰堂の池に込められた意味

極楽浄土を建築の形で具現化した平等院鳳凰堂。ⓒ平等院

極楽浄土を建築の形で具現化した平等院鳳凰堂。ⓒ平等院

 

平等院鳳凰堂の前に広がる池。冨島先生によれば、これは単に美観を意識してつくられただけではなく、重要な意味が込められています。そこには、当時の人が考えた、極楽浄土に行くためのプロセスが含まれていると考えられます。

 

当時の人たちは、念仏により功徳を積んだ人のところには、阿弥陀如来が菩薩たちを引き連れ、雲に乗ってお迎えにやってくると考えていました。それは「来迎図」などの絵画や、雲に乗った仏の彫刻の形で、盛んに表現されています。

 

ここで注目したいのは、お迎えに来た観音の手に乗っている蓮の花。これは「蓮台」と呼ばれるもので、死者の魂はこの台に乗せてもらって、極楽浄土に行くことができると考えられていたのです。

 

死者の魂を乗せた後、この蓮台の花弁はいったん閉じますが、極楽浄土の池の上で再び花開きます。これは死者の魂が極楽浄土で生まれ変わるという「化生(けしょう)」を意味しています。

 

『当麻曼荼羅』を祀った京都・当麻寺では、演者が蓮台を捧げながら練り歩く、「練供養(ねりくよう)」も行われています。平安時代から人々はこういうものを見ながら、極楽浄土に行くためのイメージを高めていたのでしょう。

 

平等院鳳凰堂の前に広がる池でも1067年、後冷泉天皇が池に設置された仮屋から鳳凰堂をお参りしたという記録が残っており、この池が「化生」を疑似体験するのに大きな役割を持っていたと考えられます。 

 

鳳凰堂最大のナゾ

さて、講義はいよいよ本題に入り、われわれ受講者たちはスライドと冨島先生のお話を通じて、本堂の中に進んでいきます。するとそこには、本尊の阿弥陀如来の周りを取り囲むように壁や扉があり、そこには「九品(くほん)来迎図」が描かれています。

 

「九品」というのは、生前の行いにより、極楽浄土に行く際に分けられる九つのランクで、功徳が多い方から「上品上生」「上品中生」「上品下生」「中品上生」……「下品下生」となっています。本堂では、本尊に向かって正面に「上品」、右側に「中品」、左側に「下品」の来迎図が順番に描かれています。

鳳凰堂の堂内。本尊をぐるりと取り囲む壁や扉に「九品来迎図」が描かれている(講義スライドより)。

鳳凰堂の堂内。本尊をぐるりと取り囲む壁や扉に「九品来迎図」が描かれている(講義スライドより)。

 

ここで問題なのが、本尊の後ろ側にある「仏後壁」の大きな壁画。この壁画は前面と背面の二面から成っており、順番からいうと「中品下生」と「下品下生」が描かれていることが想定されますが、いずれの面も剥落は激しく、そこに描かれた風物はほとんど見ることができません。学術界ではここに何が描かれているかが論争の的となっており、冨島先生もこれを「鳳凰堂最大のナゾ」と称しています。

 

これまでは「中品下生」と「下品下生」が背面に並んで描かれ、前面には別のテーマの絵が描かれているとの説が有力でしたが、冨島先生は前面に「中品下生」、背面に「下品下生」が描かれているのではないか、と考えます。前面にかろうじて残された画像を他の絵画と比較しながら検証していくと、そこには、当時考えられていた現世と極楽浄土を取り巻くランドスケープが浮き上がります。

 

現世と極楽浄土をつなぐ風景 

そのランドスケープは、現世と極楽浄土の間に山と海が横たわるというものでした。金戒光明寺にある「地獄極楽図」などでもその世界観が見られます。そこでは、現世と極楽浄土を隔てる海の波は荒く、得体の知れない怪物がおり、自分で渡ることは到底できそうにありません。しかし、念仏により功徳を積んだ「行者」には、阿弥陀仏や観音たちのお迎えがあり、ここを「大願船」で渡ることができると考えられていました。

宇治川から平等院鳳凰堂を望む。宇治川を海、対岸を極楽浄土と見立てていたと推測される(講義スライドより)。

宇治川から平等院鳳凰堂を望む。宇治川を海、対岸を極楽浄土と見立てていたと推測される(講義スライドより)。

 

冨島先生は、鳳凰堂の「仏後壁前面画」にも現世と極楽浄土、そしてその間に山と海が描かれているとの見方を示しています。さらに、冨島先生によれば、平等院そのものの位置にもこの風景を読み取ることができます。それは、傍らを流れる宇治川を海になぞらえ、平安京側を「此岸=現世」、平等院側を「彼岸=極楽浄土」に見立てる、というものです。

 

平安時代の貴族が宇治川を渡って平等院を参る際、橋を使わずに、わざわざ船で渡ったとの記録も残っており、貴族が極楽往生を疑似体験していたことが考えられます。冨島先生によれば、平等院鳳凰堂が建てられたことで、このランドスケープに特別な意味が与えられたのです。

 

絵から飛び出した阿弥陀仏

参拝者を迎える阿弥陀如来と菩薩たちは、絵から飛び出たお迎えの仏そのものかもしれない。ⓒ平等院

参拝者を迎える阿弥陀如来と菩薩たちは、絵から飛び出たお迎えの仏そのものかもしれない。ⓒ平等院

 

「ナゾの壁画」に現世と極楽浄土を結ぶ風景が描かれていたとすると、そこには現世の「行者」を迎えに来る阿弥陀如来や菩薩の姿も描かれていてもおかしくありませんが、実際にその証拠は見つかりません。しかし、冨島先生は、本堂に座っておられる阿弥陀仏、そしてその周りの壁に点在する「雲中供養菩薩像」たちがお迎えの仏そのものなのではないか、と考えています。

 

「“飛び出す絵本”ですね。まさに絵の中から飛び出してきて、お参りする私たちを取り巻くかのように、菩薩たちがいる」(冨島先生)。

 

「雲中供養菩薩像」が踊ったり、音楽を奏でたりしている場所は極楽浄土である、との解釈がこれまでの通説となっていましたが、冨島先生によれば、その姿、メンバー構成、そして仕草などから、これは「来迎の仏」の可能性が高い。中央に坐する阿弥陀についても、その光背にうねる雲のモチーフが「来迎図」の阿弥陀を彷彿とさせます。

 

千年の時を超えて伝わる人間の祈り

「雲中供養菩薩像・北25号」は、そのポーズや手に持った蓮台から、「観音」であることが分かる。ⓒ平等院

「雲中供養菩薩像・北25号」は、そのポーズや手に持った蓮台から、「観音」であることが分かる。ⓒ平等院

 

壁を舞う雲中供養菩薩像の中でも、特に重要なカギを握っているのが「北25号」。冨島先生が学生時代に見た時、「本当に感激した」というこの小さな仏像は、片膝を突き、片膝を立て、片手で「蓮台」を掲げ、もう片方の手をそれに添えています。この手に載せられた「蓮台」――死者の魂を載せる大切な台――は、その木目から一木で彫られたことが分かります。

 

ほかの寺の仏像では、時を超えてこの蓮台が失われ、後世につくられたものが後から添えられたりしていますが、この「雲中供養菩薩像・北25号」には、一木から絶妙のバランスで掘られた蓮台がしっかりとその手にくっついており、その像が観音であるということを、今の私たちに伝えています。

 

「執念とも言えるつくり手の思いが伝わる……これこそ奇跡なんじゃないでしょうか」(冨島先生)。

 「雲中供養菩薩像・北25号」の手にしっかりとくっついた蓮台。一木で彫られた絶妙なバランスで、失われることなく1千年の時空を乗り越えた。ⓒ平等院

「雲中供養菩薩像・北25号」の手にしっかりとくっついた蓮台。一木で彫られた絶妙なバランスで、失われることなく1千年の時空を乗り越えた。ⓒ平等院

 

つまり、冨島先生の説をまとめると、「仏後壁前面画」には「中品下生」の来迎図のランドスケープが描かれている。そして、その前に鎮座する阿弥陀如来と、壁に漂う菩薩たちはその絵から飛び出るような形で、お参りする私たちに立体的な体験を与えている――。

 

しかし、なぜ「中品下生」だけがこれだけクローズアップされているのでしょうか?冨島先生は、この平等院鳳凰堂を建てた藤原頼通が、自らを「中品下生」に位置付けていたのではないか、と考えます。頼通のような有力な貴族がなぜ、「中品下生」ランクなのか?ナゾはさらに深まりますが、冨島先生はそれが、当時の貴族の心の葛藤を示していると指摘します。

 

「地獄に堕ちる恐怖を抱きながらも、上品上生を望むのは憚られる……来世を巡る彼らの心の葛藤が、この空間に現れているのです」(冨島先生)。

 

受講を終えて……

冨島先生の講義は、普段の忙しく騒がしい生活から離れ、時を隔てて変わらぬ人間の本質に思いを馳せる、静かで豊かな時間でした。思えば、筆者が最後に平等院鳳凰堂を訪れたのは、高校の修学旅行の時。平等院鳳凰堂に込められた深い意味を知った今、京都に飛んで行きたくなりました。

 

先生の「飛び出す絵本」説はかなり斬新で、異論も多いそうですが、筆者はその空間体験に引き込まれる思いでした。当時栄華を誇った藤原氏が、謙虚にも来世では「中の下」ぐらいのレベルを望み、斬新な芸術により、これまでにないリアルな観想念仏を求めたと考えると、彼らの存在がグッと身近になるのも不思議です。


皆さんも平等院鳳凰堂の「飛び出す仏たち」を前に、平安時代にタイムトリップしてみるのはいかがでしょうか?特に、ミュージアムに展示されている「雲中供養菩薩像・北25号」の手元の蓮台は必見。それを見る時、私たちは1千年の時を超えて、当時の人々の思いに寄り添うことができるかもしれません。

世界の大学!第9回: 日本語ペラペラは当たり前!ライデン大学日本研究の学生に見る、本当の「学ぶ力」とは?

2021年10月26日 / コラム, 海外大学レポート

江戸時代、長崎の平戸や出島を通じて交易を始めた日本とオランダ。その後、シーボルトが出島からオランダのライデンに帰ったことから、ライデンは西洋における日本研究の中心地となりました。世界で初めて日本研究の学科が設置されたのもライデン大学だと言われています。そこで非常勤講師を務める鈴木隆秀さんは、大学3年生(日本の大学4年生に当たる)を対象に「Business Japanese(ビジネス日本語)」を教えています。大学1年生で40%近くが落第するという厳しいオランダの大学で、鈴木さんが見た教育の本質を探ります。

 

授業は100%日本語、習慣や考え方をディスカッション

――9月から新学期が始まりましたね。

 

コロナの影響で昨年度は大学の授業がすべてオンラインでしたが、この新学期で初めて対面授業が再開されています。やっとキャンパスライフが始まって、大学の街であるライデンは賑やかさを取り戻していますね。

 

――ライデンの大学について教えてください。

 

学士号が取れるという意味でいうと、オランダの大学は「WO(研究大学)」と実務のための教育に主眼が置かれている「HBO(高等職業教育機関)」に分けられます。「Universiteit」と名前がついている、いわゆる研究大学はオランダに14校あるそうですが、その中でもライデン大学は1575年に設立された最も古い大学です。

『大鏡』より大学の建物に刻まれた菅原道真の短歌。

『大鏡』より大学の建物に刻まれた菅原道真の短歌。

シーボルト時代の1830年植樹のケヤキ。丁寧に手入れされています。

シーボルト時代の1830年植樹のケヤキ。丁寧に手入れされています。

 

1575年というと日本では織田信長が鉄砲を導入したとして有名な「長篠の戦い」があった年です。その後、シーボルトが長崎の出島からライデンに移ったことが当地の日本研究の礎となったと言われています。大学附属の植物園には、今もシーボルトの時代に植えられたケヤキやフジなどが元気に枝を伸ばしていますよ。

 

また、幕末には西周や津田真道が幕府の留学生としてライデン大学で学んだこともよく知られています。西周は日本への帰国後に「哲学」「知識」「科学」「芸術」などの言葉を創り出した人物ですが、もしかしたらそれはライデン大学で学んだことに端を発しているのかもしれない、なんて考えると、ライデン大学と日本にはただならぬ結びつきがあるようにも感じられます。

 

現在はというと、医学部や法学部などに日本からの研究者が来ていたり、博士課程、修士課程、各学部に在籍している日本人がいたり、日本各地の大学からの交換留学生もよく見かけます。日本人の教員も案外いて、人文学部のキャンパスでは日本語を耳にするのもめずらしいことではありません。

ライデン大学のシンボル「アカデミーヘボウ」。1447年に建設された修道院を改装された建物。

ライデン大学のシンボル「アカデミーヘボウ」。もともとは1447年に建設された修道院。

 

――鈴木さんがライデン大学に勤められたきっかけは?

 

日本では18年間テレビ局に勤務し、番組制作や広告枠を販売する営業、報道記者を経験しました。その後2016年にオランダのライデンに移住したんですが、しばらくして、ライデン大学で開講していた「Business Japanese」の担当講師に応募してみないか、と声をかけてもらって履歴書を提出したのがきっかけです。私自身、大学時代に日本文化と日本語を専攻していたこと、またそれまでの社会経験を評価してもらったのかなと想像しますが、大学時代、日本語の先生になりたかった夢がこのような形で叶うとは思ってもいなかったので、不思議なご縁を感じました。

 

――鈴木さんが担当されている「Business Japanese」はどんな講座ですか?

 

授業の内容は大きく2つに分かれていて、一つは実務的な語学のパートですね。例えば、敬語の使い方や仕事の電話で使う日本語などというものです。もう一つは、日本人の仕事における行動様式や考え方を理解してもらうパートです。

例えば「サービス残業」や「根回し」などという言葉をキーワードにして、最近の記事を読んで、日本人がどんな考えでその行動を取っているのかとディスカッションしたり、さまざまな見方を紹介したりしています。毎回、「その考え方は理解できる」とか「よくわからない」とかいろいろな反応があって、それは私もやりがいを感じる部分ですね。オランダ人の学生にしてみれば、日本はやはり「東洋の不思議な国」なのかなと感じさせられることも多いです。

授業風景

授業のひとコマ。この日のディスカッションのテーマは「サービス残業」。

授業の一コマ。この日のテーマは「サービス残業」。

 

――何人ぐらい、どんな人たちが受講していますか?

 

約60人の学生が3つのグループに分かれて受講しています。あくまで語学の講座なので、1つのグループが大きくなりすぎないように設定されています。学生の顔ぶれもさまざまですよ。ストレートで大学に入ってきている人は全体の3割くらいじゃないかと思います。オランダの場合、小学校で留年するケースもよくあるので、数年ずれている人もいますし、中学高校で大学進学コースでない学校に進んだ人が、やはり大学で勉強したいと回り道してきて、20代後半で大学3年生を迎えているという方も少なくないんですね。退職して大学に入り直しているような方も毎年1人くらいはいますね。日本研究の学生は、マンガや歴史、料理などがきっかけで日本に興味を持つ人が多いようです。

 

――授業は英語とかオランダ語になるんですか?

 

私が大学で担当している講座は、全て日本語で授業をしています。3年時の私の授業を受けるまでに、多くの学生は日本語がペラペラになっているんですよ。授業では実際の記事などを参照しながら、例えば「年功序列」とか「板挟み」のような、オランダ人の学生にはわかりにくいような言葉も当たり前のように使っています。

 

私は大人向けのカルチャースクールでもいくつかの日本語クラスを担当しているんですが、一般的な日本語のクラスと比べて、また外国語としての日本語であることを考えると「Business Japanese」の授業はかなりハードルが高いと思います。大学として単位を出す正規の講座なので、当然と言えば当然なのですが。私自身は、相手が日本語学習者だからといってあまり手加減することなく、なるべく自然に聞こえるような日本語を話すように努めています。

 

ライデン大学では、講座の全ての授業が終わると、講師に学生からの授業評価が届く仕組みになっているんですが、実務的でよかったと評価してくれる方もいれば、日本語の説明が難しくてわからないという評価もあって、毎年その成績表をもらっては一喜一憂しています。

板書もすべて日本語。授業が白熱すると、身振りが大きくなりがちになるという鈴木先生。

板書もすべて日本語。白熱すると、身振りが大きくなりがちと鈴木さん。

今学期はじめての授業では、着物のジャケットで登壇。

今学期最初の授業では、着物のジャケットで登壇。

 

1年で約40%がドロップアウト、詰め込み勉強は自分で。

――ゼロから始めて、3年生でそこまで日本語ができているのはすごいですね。

 

日本語の知識がゼロだった人たちがたった3年で大人となんとか議論ができるレベルに到達する、というのはそれだけ家で勉強しているんだと思います。日本研究の学生は1年生の段階で、ひらがな・カタカナは1か月でマスターさせられて、漢字もかなりの数を覚えなければなりません。ものすごく詰め込まれていると思うのですが、その詰め込みは学びの前提であって、大学のカリキュラムはさらに高度な学びのために構成されているとも感じます。

私自身はオランダにもう5年もいるのに、英語もオランダ語もあまり上達していないので、その点からもオランダの学生は本当にすごいなと、心から尊敬しています。

 

――進級もかなり厳しいんでしょうか?

 

1年生の時点で40%近くがドロップアウトすると聞いています。授業についてこれないと容赦なく「さよなら」なんですよね。おそらく卒業できないであろう学生を放置しておくと、本人にとっても大学にとっても不幸な結果を招くので、早めに軌道修正できるように、との配慮から取られている措置だと聞いたことがあります。これはライデン大学に限らず、オランダの大学ならどこに行ってもその傾向があると思います。1年で落第してしまった学生は、専攻を変えたり、大学を中退したりすることになるようです。

 

私の講座は3年生向けなので、卒業間近という段階ですが、それでもテストに合格しない人を通すわけにはいきません。オランダの大学では「テストは6割取れれば合格」という考え方があって、100点満点のテストでは55点を取れれば四捨五入して6割に達するので合格ですが、54点だと失格です。追試もありますが、そこで53点、54点だとかわいそうですが、どうしようもないんですね。残念ながらテストに合格できない学生も毎年何人か出てきます。そういう方は留年して、翌年また受講しに来ます。

留年した学生の中には、年度の初めに「今年は絶対に卒業したいので、どうしたら単位が取れるかアドバイスをください」などとメールを送ってきたりして、目の色を変えて課題に取り組む学生を毎年複数見かけます。そういう方々はきちんと合格して卒業していきますよ。

ビジネスジャパニーズの授業風景

ビジネスジャパニーズの授業を受ける日本研究専攻の3年生たち。

日本研究専攻3年生のみなさん。

 

――学生がみなさん優秀なんですね。

 

卒論のテーマを聞くと、そう感じますね。例えば、「日本の高齢者の万引き」について書いた学生がいたり、日本企業で女性が直面する「ガラスの天井」について書いた学生がいたり。オランダ人の大学生ですよ(笑)。日本人の大学生でもそこまで調べたら大したもんだ、というテーマをオランダ人の学生が当たり前のように取り上げていることに、いつも驚かされます。ちなみに「高齢者の万引き」をテーマにした方は、日本研究と同時に法律の「犯罪学」を専攻していて、それぞれの専攻をうまく掛け合わせた卒論を書いていたようです。このように「法学と日本研究」、「日本研究と薬学」など、二つの専攻を学ぶ「ダブルメジャー」の学生もよく見かけます。

 

「やりたい」を尊重するオランダの教育

――何のために大学に行くのか。

 

日本では「まずは大学を出てから」みたいなところがあるじゃないですか。大学に行くこと自体が目的になっている、というんでしょうか。オランダの場合は「大学を出たから偉い」という価値観はあまりないと思います。社会でも他人を評価する意味合いで「あの人はどこどこの大学を出ている」ということはほとんど聞かないですし、実際にそれで評価が上がったり下がったりすることもあまりないと思います。

 

日本では本人がやりたいかやりたくないかにかかわらず、「いい大学に行かせたい」という親の願望や「いい大学に行かないと」という周りからのプレッシャーが強いような気がするんですが、オランダでは「あなたはどうしたいの?大学に行きたいんだったら、何年かかっても応援するよ」「行きたくないのに行ってもしょうがないよね。それなら止めよう」と個人の意思を尊重する価値観の方が強いように思います。

親が子どもに期待するのはどこの国でも同じだと思いますが、「僕は勉強したい」「僕は働きたい」という意思はあくまで個人のもの、というのがオランダでの一般的な認識ではないかと思います。

人文学部のキャンパス「LIPSIUS」の内観。

人文学部のキャンパスLIPSIUSのエントランス。

「LIPSIUS」のカフェで人気のクロケットとパン。

LIPSIUSのカフェで人気のクロケットとパン。

デンハーグのキャンパスのカフェではビールが飲めるという。

デン・ハーグキャンパスのカフェではビールが飲めるという。

 

――オランダは「子どもの幸福度が高い」と日本では注目されていますが、それをライデン大学の学生に感じることはありますか?

 

勉強方法というか、学習環境が小学校・中学高校・大学で大きく変わることもあって、子ども時代の幸福度の高さを大学生に感じるかと言われてもあまりピンと来ないというのが正直なところです。

オランダの小学生はほとんど宿題がないし、休みもたくさんあるし、すごく自由で子どもらしい時間を過ごせる時期だとされているんですね。日本でよく注目されているのは、オランダのこの初等教育の部分ですが、これが中学高校になると状況は一変します。とくに大学進学コースの「ヒムナジウム」に行けば、英語、ドイツ語、フランス語のほかに、ギリシャ語やラテン語もあります。

 

オランダの中学高校に通っている日本語補習校の中学生たちに聞くと、中学高校の6年間はみんな本当に大変で、寝る間もないんだと言いますよ。日本でよく言われるオランダの「宿題のない世界」というのは小学校の間だけで、その後はかなり大変なようです。大学に行くようになって、ようやく自分のやりたいことがある程度自由にできるようになるので、大学での勉強が厳しくてもやりがいをもって打ち込めるんじゃないでしょうか。

 

――中学、高校は意外と詰め込み教育なんですね。

 

そう聞きます。ただ、幸福度の高さ、との関連であえて言うなら、12歳まで小学校で自由にやってきて、自主的にやりたいことをやるという姿勢は、あとあと効いてくるような気がします。中学高校でみっちり詰め込まれた後で「はい、じゃあここからは自由ですよ」と言われた時に、すぐに動き出せるというか。「どうしていいか分からない」みたいなことにはならないんじゃないでしょうか。やってみて「ちょっと違うな」と思えば自分で変えられるので、大学で専攻を変えるのがめずらしいことではないというのも、こういうところからきているのかもしれないですね。

 

それから、子ども時代に「焦らされていない」ことが、大学生になって生きてくるのかもしれません。小学校での留年がめずらしいことではなく、「一浪」とか「一留」とかいう言葉もありませんし、何歳までに就職しなくちゃいけない、という世間のプレッシャーもありません。焦らされているとやっぱり、「やりたいことを見つけなきゃ」とか「卒論どうしよう」とか思ってしまうものですが、誰も尻を叩いていない。やりたいことを見つけるのはあくまで自分だということで、オランダでは、自分でやりたいことを見つけられるかどうかが何より大事なのではないかなと思います。

人文学部のキャンパス前には自転車がぎっしり並ぶ。

キャンパス前には自転車がぎっしり並ぶ。

 

――自主性がすごく重んじられている感じですね。

 

卒論のテーマにしても、自分で見つけてくるわけですよね。先生に「何の卒論を書いていいか分からないです」みたいな人は少ない印象です。私の講座でも、最初に「卒論でやりたいテーマは何ですか」なんて聞くと、全員がはっきり答えられるんですよ。「自民党の権力」とか、「かんざしのデザイン」とか、「東京裁判の考察」とか、みんな持っているんです。「分かりません」ということがほとんどないんです。そういうのを見つけるのが大学での学びであって、それを目的に来ているんだ、という意志を感じますよね。

 

――日本研究の卒業生の進路は?

 

あまり把握していないんですが、人それぞれですね。オランダの大学は3年制で、早ければ4年で修士が取れるので、修士課程に進む学生も多いです。

 

日本企業に就職する人は毎年数人いるかいないか、だと思います。もちろん成績や日本語力にもよりますが、卒業生を思い浮かべてみると、大使館で働く人とか、日本との取引をつくって自分で起業している人とか、日本の大学院に留学する人とか、十人十色です。

日本に全然関係のない会社に勤める人も多いですよ。それを聞くと、「せっかくそこまで日本語を勉強したのにもったいない」などと思うのですが、「いやいや、日本語はただ好きでやっていただけだから」みたいなことを学生に言われると、私はまだまだ「自分の知識やスキルを貨幣価値に置き換えて、それを最大化するのが当然」というような、悪しき効率主義に染まっているんだなと感じます。

 

年齢もさまざま、紆余曲折を経た学生のみなさんが好きなことを積極的に、ただしハイペースで高度な内容を要求されながら、厳しい環境で学んでいる姿を見ると、「学力」ではなく「学ぶ力」や「学ぼうとする力」こそが大事で、それが巡り巡って社会にもたらす効果は大きいと感じます。それはライデン大学で日本語や日本文化を学んだから何かに役立てる、というような短絡的なことではなくて、「学ぶこと」そのものに価値を見出し、学びの経験や応用を通じて広く社会に還元していくというか、つまるところ、より大きな視野で「学び」の価値を最大化することにつながっているのかなと思います。これはオランダの社会に、「学びたい」という一人ひとりの思いを見守り育んでくれる懐の深さがあるからこそ実現できていることのようにも見えます。

私の長男は今年、オランダの小学校に通い始めたばかりですが、これからどのように学んでいくのかとても楽しみです。私自身も日本語、オランダ語、そしてオランダの社会について、もっともっと学んでいくつもりです。

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