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  • date:2022.5.12
  • author:山本直子

ノーベル物理学賞受賞、真鍋先生の研究を知ろう!東京大学の特別講義で振り返る、1960年代に地球温暖化の本質を解き明かした先見の明

「地球の気候はなぜ変化するのか?」――2021年、ノーベル物理学賞を受賞した米国プリンストン大学上級気象研究者の真鍋叔郎博士は約60年間、この壮大なスケールの問題に取り組んできました。

 

ノーベル賞を受賞した研究は、主に1960年代に行われたもの。当時はコンピュータの計算能力も限られていましたが、真鍋先生は工夫に工夫を重ね、確度の高い地球温暖化予測を可能にする物理モデルを作りました。このモデルは、現在の地球温暖化予測の基礎となり、結果的に世界中で温室効果ガスを削減する動きにもつながる、社会的な意義を持つものともなりました。

 

真鍋先生がご卒業された東京大学理学部・理学系研究科では先日、オンラインで臨時公開講演会を開催し、気候研究の第一線で活躍されている3人の研究者が真鍋先生の研究内容や、それを受けて発展した最新の研究動向について解説しました。

エッセンスだけを取り入れた物理モデル

「ノーベル物理学賞」と聞いただけで、文系の筆者はおののいてしまいますが、3人の先生方は一般にも分かりやすい講義をしてくださいました。

 

講演のトップバッターは、東京大学大気海洋研究所の渡部雅浩教授。現在90歳の真鍋先生よりちょうど40歳若く、真鍋先生と直接会話を交わして指導を受けた最後の世代とのこと。「温暖化の物理はどこまで分かったか?~真鍋さんの時代から現代まで~」というテーマで、真鍋先生の「一次元放射対流平衡モデル」や、それを受け継いだ現在の気候モデリング研究を紹介しました。

「1次元放射対流平衡モデル」渡部先生の講義スライドより 左図:ノーベル賞ウェブサイトより© Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences 右図:Syukuro Manabe and Robert F. Strickler, Thermal Equilibrium of the Atmosphere with a Convective Adjustment, Published 1968 by the American Meteorological Society.

「1次元放射対流平衡モデル」渡部先生の講義スライドより
左図:ノーベル賞ウェブサイトより© Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences
右図:Syukuro Manabe and Robert F. Strickler, Thermal Equilibrium of the Atmosphere with a Convective Adjustment, Published 1968 by the American Meteorological Society.

 

渡部先生によれば、「一次元放射対流平衡モデル」とは、温室効果による気温上昇予測の基礎となるものです。これを理解するためにはまず、「放射平衡」を理解しなければなりません。これは大気がない場合、地球が受ける太陽放射のエネルギーと、それを受けた地面からの赤外放射のエネルギーが釣り合うというものです。

 

ところが実際は、太陽と地表の間には水蒸気や二酸化炭素などを含む大気が存在し、それが太陽放射を透過するだけでなく、自らも赤外放射を上下に放出するという性質があるため、地面が受ける放射は大気がない場合よりも多くなり、これとバランスを取るために、地面からの赤外放射はより多くなるのです。この時の地表の温度差が、大気による温室効果です。

 

1960年代当時のコンピュータは計算能力に限界があったため、大気が活発に対流する対流圏で起こる複雑な事象をモデルに含めることはできなかったのですが、真鍋先生は対流を単純化して表し、地球の大気が最終的には1つの状態に落ち着くということを計算で示しました。

 

「エッセンスを見極めて単純化する」――真鍋先生の素晴らしさを述べるとき、多くの先生が口にしていることです。これは、どんな問題に取り組む際にもカギとなる姿勢なのかもしれません。

大気中の二酸化炭素濃度が2倍になると、地表の温度は…?

いったんこのモデルができると、いろいろなケースでこれを活用することができます。そこで、真鍋先生は「二酸化炭素が気温上昇に果たす役割はどのぐらいか?」を調べました。

 

真鍋先生の特徴的な研究手法のひとつに、「何かの役割を知りたければ、それを除いて計算して、結果を比較すればよい」というのがあるそうです。なるほど、シンプルで素晴らしい発想です。このときも、二酸化炭素の役割を知るために、大気中からオゾンを取り除いた後、二酸化炭素を取り除き、その差を計算して二酸化炭素が気温上昇に及ぼす影響を調べました。

 

その後さらに、「二酸化炭素の濃度を倍増するとどうなるか?」を調べたところ、「地上気温が約2.3度上昇する」という推定結果が出ました。これは、現在の精密な気候モデルで出された予想結果と、ほとんど変わらない数値です。2021年8月に「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が発表した「第6次評価報告書(AR6)」では、気温上昇は「3度」と予想されています。

スーパーコンピュータで進化した現在の気候モデリング研究

1960年代のコンピュータ能力の限界から、当時は全球の計算はできず、地球を短冊状に切り出した領域での計算となった。(渡部先生の講義スライドより) 図版:Syukuro Manabe and Kirk Bryan , Climate Calculations with a Combined Ocean-Atmosphere Model, Published 1969 by the American Meteorological Society.

1960年代のコンピュータ能力の限界から、当時は全球の計算はできず、地球を短冊状に切り出した領域での計算となった。(渡部先生の講義スライドより)
図版:Syukuro Manabe and Kirk Bryan , Climate Calculations with a Combined Ocean-Atmosphere Model, Published 1969 by the American Meteorological Society.

 

真鍋先生のノーベル賞受賞には、「大気海洋結合モデル」の構築と、それを用いた気候の再現・予測の研究も含まれています。

 

1960年当時、「大気モデル」と「海洋モデル」は別々に開発されていましたが、地球気候を理解するためには、両者を結合したモデルが必要です。真鍋先生はこれらを結合させ、3次元的なシミュレーションを行い、地球気候の基本構造を捉えることに成功したのです。ここでも、当時のコンピュータ能力の限界から、全球の計算はできず、地球を短冊状に切り出した領域での計算となりました。また、水蒸気や氷・雪、雲の集積などが気候に与える影響は含まれていません。

 

しかし、渡部先生は真鍋先生のモデルについて、「初期のモデルであっても、物理過程のエッセンスは正しく扱っていたために、現在のIPCC報告書にある多くの温暖化図の特徴がすでに見られます」と述べています。実際、眞鍋先生の計算結果は数十年を経た今、観測で検証が可能ですが、その図を見比べると驚くほど正確です。

 

こうした気候モデリングは真鍋先生の時代、大気・陸・海だけが含まれるものでしたが、年代を追うごとに炭素循環や動態植生など多様な要素が加わり、現在の「全球気候モデル(GCM)」に発展しています。スーパーコンピュータによりさらに細かいモデル計算が可能になったことで、解像度も大幅に向上し、超高解像度大気モデルは、人工衛星からの写真と見分けがつかないほどに。

 

さらに、何十通り、何百通りのシミュレーションができるようになったことで、渡部先生のグループでは現在、温暖化が豪雨などの極端な気象現象にどういう影響を与えているのかを研究しているそうです。

 

昨今の異常気象は私たちの生活にも直接的に大きな影響を及ぼしています。そのメカニズムや温暖化との関係が解明されれば、それを事前に予想し、対処することも可能になるでしょう。渡部先生たちの研究成果が期待されます。

気候モデリングは多様な要素を取り入れ、進化している。(渡部先生の講義スライドより) 図版:IPCCウェブサイトより https://www.ipcc.ch/report/ar3/wg1/technical-summary/

気候モデリングは多様な要素を取り入れ、進化している。(渡部先生の講義スライドより)
図版:IPCCウェブサイトより https://www.ipcc.ch/report/ar3/wg1/technical-summary/

 

過去、現在、未来…グローバルな環境の変化を研究

ノーベル賞受賞の研究以外にも、真鍋先生は数々の興味深い研究をされています。2番目に登壇された東京大学大気海洋研究所・地球表層圏変動研究センターの阿部彩子教授は、「気候シミュレーションで探る過去の『温暖化』の謎」と題する講演の中で、真鍋先生の、古気候研究について解説しました。

 

古気候研究の根底にある疑問は、「今起こっている気候変化は過去にも起こったのだろうか?」というもの。特に「地球はなぜ氷期から間氷期(現在)に移行したのか?」という疑問は多くの科学者が取り組んできた問題です。

 

いちばん最近の氷期最盛期は2万年前。われわれの祖先がマンモスを追っていた頃でしょうか。それ以降の気温上昇の要因としては、地球の軌道要素や自転軸傾斜などの天文学的要因、大気中の二酸化炭素濃度、氷床量(大地を覆う厚い氷の量)の変化などが考慮され、研究者の間で活発に議論が行われてきました。

氷期から間氷期への移行の要因を探るため、地球の日照時間、二酸化炭素濃度、氷床量の変化(海面水位)が計算された。(阿部先生の講義スライドより)

氷期から間氷期への移行の要因を探るため、地球の日照時間、二酸化炭素濃度、氷床量の変化(海面水位)が計算された。(阿部先生の講義スライドより)

 

真鍋先生は、「氷期はなぜ寒く、間氷期はなぜ暖かいのか?」という問題に取り組み、大気循環モデルを使って氷床と二酸化炭素の量を変更しながら、いろいろなコンビネーションで数値実験を行い、緯度毎に氷期の海面温度が何度低かったかを集計し、地質学的な観測結果と比較しました。その結果、北半球では氷床量、南半球では二酸化炭素濃度が気温の変化の主な要因となっていることを発見しています。

 

10万年周期で氷期と間氷期が繰り返されている原因は、未だにナゾ。しかし、真鍋先生が基礎を築いたモデルによる多くのシミュレーションの結果、天文学的要因に加え、氷床溶解と海洋深層循環(「熱塩循環」とも言う。全球を2000年ぐらいかけて一周する海の深層循環)と二酸化炭素の間のフィードバックがカギのようだ、ということが分かってきているそうです。

 

気の遠くなるようなスケールの研究ですが、それは意外と地道な計算の積み重ねで解かれているのですね。

阿部先生が書いた真鍋先生へのインタビュー記事(阿部先生の講義スライドより) 出典:日本気象学会機関誌「天気」第34巻第10号

阿部先生が書いた真鍋先生へのインタビュー記事(阿部先生の講義スライドより)
出典:日本気象学会機関誌「天気」第34巻第10号

 

阿部先生は、1980年代に米国に住む真鍋先生を訪ねてインタビューをしたこともあるそうです。そのとき真鍋先生は、長期間の環境変化の問いを解くことについて、「これはもうInterdisciplinary(学際的)な問題ですね。海洋学、地球化学、生物学と協力しあって、Virgin Territory(未開の領域)を切り開くのですから」と述べたとのこと。阿部先生はこうした多様な分野の知識を結集した「地球システムモデリングが必要」と締めくくりました。

地球の気候安定は、海のおかげ

続いて登壇した東京大学大学院理学系研究科・地球惑星科学専攻の東塚知己准教授は、Kirk Bryan博士が中心となって開発が進められ、真鍋先生も貢献した海洋モデルの構築について説明しました。

 

東塚先生はまず、海が気候に果たす役割を解説します。海洋は暖まりにくく、冷えにくい性質を持つことから、人為起源の温室効果気体の増加により余分に地球が吸収したエネルギーの9割以上を吸収しているといいます。「ほかの惑星に比べて地球の気候が比較的安定しているのは、海のおかげなのです」(東塚先生)

 

「大気モデル」は天気予報の需要もあり、いち早く開発が進みましたが、「海洋モデル」は遅れて開発され、真鍋先生が中心となって作り上げた「大気海洋結合モデル」の発展とともにあったそうです。真鍋先生は大気海洋結合モデルを用いて、大気中の二酸化炭素濃度を固定した場合と、毎年1%ずつ増加した場合の100年間のシミュレーションを行い、地表の温度がどのぐらい温暖化するのかを調べました。

 

その結果、陸地が多い北半球の高緯度ほど温暖化が顕著なこと、そして北大西洋の北部に比較的温暖化がゆっくりな場所が存在することを発見しました。これは温暖化により海洋深層循環(熱塩循環)が減速しているために起こるらしく、真鍋先生の研究によって、温暖化においては海洋も重要なファクターとなっていることがわかりました。

(東塚先生の講義スライドより) 図版:気象庁ウェブサイトよりhttps://www.data.jma.go.jp/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html

(東塚先生の講義スライドより)
図版:気象庁ウェブサイトよりhttps://www.data.jma.go.jp/cpd/data/elnino/learning/faq/whatiselnino.html

 

ところで、私たちは「気候変化」と「気候変動」を混同していますが、東塚先生によれば、この2つの定義は異なります。「気候変化」は、人間の活動など気候システムの外側の要因によって、気候の平均状態が長期的に変わること。地球温暖化はこの一部となります。

 

一方、「気候変動」は、何らかの内部要因により気候が標準的な状態(一般的に30年間の平均)からずれ、そのずれがある程度大きい場合を指すそうです。南米沖の海面水温が平年よりも高くなる「エルニーニョ現象」や、同水温が平年よりも低くなる「ラニーニャ現象」に伴う異常気象は、気候変動の一例です。

 

東塚先生は、将来気候予測の精度を高めるためには、「気候変化」だけではなく、「気候変動」の理解を深めることが必要との見方から、「地球温暖化が進むと、エルニーニョ現象が強くなるのか、またはラニーニャが強くなるのか?」という問いを立てて、両現象の特徴を理解することに取り組んでいます。

 

そのためには気候変動に影響を与えるさまざまな要因を取り入れた高精度のモデリングが必要。先生は最後に「今日の講演会を聞いて、将来私たちと一緒に気候の研究をやりたいという方が出てくれると、大変嬉しく思います」と若い人たちに呼びかけました。

「先見の明」より純粋な好奇心

同講演会では、真鍋先生の研究内容だけではなく、先生の人柄や研究姿勢が分かるエピソードが随所にちりばめられていました。

 

「正直言って、私がノーベル物理学賞をいただくとは、夢にも思っておりませんでした」

講演会の冒頭には、真鍋先生のビデオメッセージも披露されました。気候の研究がノーベル物理学賞を受賞したのは、今回が初めて。地球温暖化が人類の直面する共通課題としてクローズアップされる最中に受賞したことについて、真鍋先生も「大変有意義なことだと思います」と述べています。

 

講演の途中では、真鍋先生にゆかりのある研究者の方々もビデオメッセージを寄せました。真鍋先生と同年代である東京大学の松野太郎名誉教授は、1950年代後半、日本がIBMの当時最新のコンピュータを買って数値天気予報の準備をしていた頃のことを振り返ります。その時、アメリカのやり方をそのまま日本に持ち込もうとしていたことに対し、真鍋先生はそこに日本海から出る熱が考慮されていないことによる弱点に気づいて、その改善方法を考えていたといいます。

「常に先を見る……先見の明があるということで、本当にすごいな、と思いました」(松野先生)

 

二酸化炭素倍増実験についても、二酸化炭素問題が取り上げられていなかった1960年代に行われていたことから、「先見の明があった」との評価が多く聞かれます。

 

しかし、講演会の冒頭で真鍋先生の業績を紹介した東京大学理学系研究科・地球惑星科学専攻の佐藤薫教授によれば、「なぜこの時代に二酸化炭素倍増実験を行ったのでしょう?」という質問に対し、真鍋先生は「純粋に好奇心でしたよ」と答えたそうです。

 

一方、シカゴ大学の中村昇教授は学生時代、プリンストン大学に留学中、真鍋先生ご夫妻に「家族のように面倒を見てもらった」ことを語りました。そして、先生から教わった3つのことを挙げています。それは、①研究は楽しむべし、②複雑なモデルに頼りすぎることは慎むべし、③寄留者(特に留学生)はもてなすべし、というものでした。

 

真鍋先生のはきはきとした話しぶりや、こうしたエピソードから、先生の明るく大らかな人柄や、好奇心の赴くままに研究に没頭し、楽しまれていた様子が思い浮かびます。こういう姿勢は、どんなことにも必要なのかもしれません。自分の仕事や人生の中でも見習いたいものだと思いました。

 

今回の講演会を聞いて、長い時間軸の地球の歴史の中で、新参者である人類の活動が短期間に気候に及ぼした影響に驚くとともに、その原因を探り、気候を再現し、予測できるまでに至った英知にも驚かされました。真鍋先生が基礎を築いた将来気候予測をどう活かすのか、私たち一人一人の行動に託されています。

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