ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

  • date:2023.7.11
  • author:伊東 孝晃

日常生活に潜む要因への気づきを。メンタル不調の乗り切り方と、頼りにしたい医療機関の検索ツールについて関西大学の廣川空美先生に聞いてみた。

今回お話を伺った研究者

廣川空美

関西大学社会安全学部 教授

1999年関西学院大学の大学院文学研究科博士課程前期課程心理学専攻修了(文学修士)、2003年関西学院大学大学院で博士(心理学)取得、2008年岡山大学大学院で博士(医学)取得。2000年より岐阜大学医学部の公衆衛生学教室の助手、岡山大学大学院の医歯薬学総合研究科衛生学教室の助手、福山大学人間文化学部の講師を経て、梅花女子大学看護保健学部で教授を務める。2022年より関西大学社会安全学部に教授として着任。

心の不調を感じる時、皆さんはどんな対処法を取っているだろうか。休養したり、趣味にうちこんだりして気晴らしをする人もいるだろう。それでも改善しない場合は、心の専門医を受診するという方法もある。だが、心療内科や精神科の受診にはハードルの高さを感じる人も多いようだ。

そのハードルが少しでも低くなるよう、必要なときに症状に合った専門医を検索できるWebサイトを作成したのが、健康心理学と職場のメンタルヘルスを専門とする関西大学教授の廣川空美先生だ。

 

心に不調をきたした際、自分のせいと思い詰める人は多く、頼れる人がいないことで症状を悪化させるケースも少なくない。こういった問題に適切に対応するため、発症の理由やかかるべき医療機関を知っておくことは、当人だけでなく家庭や学校、職場など周囲の人々にとっても課題であるといえる。

本記事では廣川先生に、このWebサイトの活用法、また心の不調との向き合い方について、くわしい話をお聞きした。

廣川先生

廣川先生

 

 廣川先生が作成に携わったWebサイト「大阪府版 事業場のメンタルヘルスこころの健康専門家ガイド」

廣川先生が作成に携わったWebサイト「大阪府版 事業場のメンタルヘルスこころの健康専門家ガイド」

日常生活に潜むメンタルヘルス不調の要因

特定の人がなるものと思われがちなメンタルヘルス不調だが、その要因は「普段の生活習慣に潜んでいる」と廣川先生は言う。

「抑うつ状態と睡眠の不調には、とても高い関連があります。生活サイクルの変化に体がついてこなくなって、それを克服しようとしてエナジー系のドリンクを飲むことにも注意が必要です。ドリンクに含まれるカフェインで頭や体を無理に覚醒させることで、不調の状態を悪化させる可能性があります。

大学生であれば、ゲームなどに没頭して昼夜が逆転してしまい、その影響でメンタル不調を引き起こすという事例も見受けられます。もう少し年齢の高い男性であれば、アルコールの摂取状況も判断材料の一つになってきます」

 

睡眠に何らかの不調を感じている人は少なくない (出典:厚生労働省 (2022) 令和4年度 健康実態調査結果)

睡眠に何らかの不調を感じている人は少なくない (出典:厚生労働省 (2022) 令和4年度 健康実態調査結果)

 

対人関係がメンタルヘルスに及ぼす影響も大きい。社会人として働く中、周囲と調和をはかれず心を病むケースは多いが、その要因が子どもの頃の体験にまで遡ることもあるという。

「親子間の関係はメンタルヘルスの問題において根幹をなしていることがあります。近年は児童虐待の相談件数が20万件を超えていますが、虐待など逆境体験のある人はメンタルヘルスになんらかの問題が生じることがあり、幅広い若年層のフォローについてもしっかり考えなくてはいけません」

 

廣川先生は、何気ない会話の中で、メンタルヘルスの不調を確認するきっかけとして、普段の生活習慣について尋ねるようにしている。

「明らかに調子が悪そうな人には、まず睡眠の状況を尋ねます。仕事や学業などでつまずいていてうまくいっていないと感じている人は、自分を責めてしまう人が多いのですが、うまくいっていない内容について問いただすよりも、普段の生活の状況を尋ねてみます。特に自分が十分な睡眠を取れていないことに気づいてほしい。その上で受診を勧めますが、抵抗を感じるならかかりつけ医の受診を勧めます。かかりつけの医師から専門医への受診を促してもらえる可能性があるからです。

薬で症状が抑えられているなら、仕事や生活に支障をきたすことがかなり減るでしょう。早い段階で不調に気づき、専門的な治療につながることでずいぶんと楽になるケースは多いので、まずは、しんどい時に自分の症状を的確にキャッチすることが重要です」

 

メンタルヘルスの不調に対して専門的な医療機関にかかったことがない場合、受診すべきボーダーラインは見極めが難しく、症状を悪化させるケースも多い。

廣川先生が作成したWebガイドは、キーワードの入力、もしくは「うつ病・抑うつ状態」「双極性障がい」「統合失調症」といった疾病、エリアなどの項目にチェックを入れて検索するだけで大阪府下のメンタル系の医療機関を表示し、自分に合った医療機関を見つけることができる。精神科の受診そのものに高いハードルを感じている人にとっては、こういった手軽な操作感は心の負担の軽減に繋がることだろう。

Webガイド 検索画面 https://osakas.johas.go.jp/kokoro/

Webガイド 検索画面 https://osakas.johas.go.jp/kokoro/

 

医療機関を受診する際、大きな課題となるのが家族や職場との距離感だ。

「受診していることを勤務先や家族に知られたくないケースが多々あります。これまで受診したことがなく躊躇している人にとっても、こういった検索サイトが足がかりになればと思います。

ただ、主治医の先生との相性などデリケートな側面もあるので、私たちとしては、『ここで受診すれば大丈夫!』という言い方はしません。あくまで、たくさんある選択肢の中から自分に合ったものを見つけやすくするためのツールとして使っていただけたらと思っています」

長年の調査から導き出した医療機関の検索Webガイド

日本では、厚生労働省による「産業保健活動総合支援事業」が2014年にスタートし、事業場(*)の健康相談に対する幅広い窓口が設けられるようになった。(*経済活動の場所ごとの単位。事務所、店舗、学校、病院、工場など)

 

近年では産業医や産業看護師がメンタルヘルスに対する知見を広げるようになってきたが、事業場から専門の医療機関への橋渡しの道筋は、明確には確立されていない。今回、制作されたWebガイドは、メンタルヘルスの疾患を抱えた社会人にとっては、まさに光明ともいえる道標だが、その制作背景には、廣川先生が長年向き合ってきた研究の歴史があった。

 

「岡山大学の医歯薬学総合研究科に助手として在籍していた頃、メンタルヘルスに関する医療機関のマップを作って、医院の雰囲気や臨床心理士の有無などの情報を載せるという研究に携わりました。その後、着任した福山大学でも同様のマップ作成を行い、福山市医師会のホームページで検索できるようにしました(現在は閉鎖されています)」

廣川先生

廣川先生

 

2010年より地元・関西で教鞭をとるようになった廣川先生は、大阪産業保健総合支援センター(以下、大阪産保)にも相談員として在籍。2013年には大阪産保の研究事業として大阪の事業場におけるメンタルヘルス対策と職場復帰支援のサービス提供に関する状況調査を実施した。この際に集積された情報が現在のWebガイド作成の基盤となった。

今後の社会とメンタルヘルスとの向き合い方

廣川先生が作成したWebガイドは、現時点で多くの医療機関や事業場に活用されている。しかし、今後、社会全体でメンタルヘルスに対する理解を深めるには、さらなる取り組みが必要であると語る。

廣川先生

廣川先生

 

「多くの人が持つメンタルヘルスへの抵抗感を払拭し、受診へのハードルを下げるには、世間の捉え方が今よりもライトになることが大前提。その上で厚生労働省が打ち出している『心の健康づくり計画(*)』を立てるといったガイドラインを企業や私たちが可視化し、安心して相談できる窓口を作っていかなければと思います」(*従業員の精神面における健康を守る取り組みに必要とされている施策。労働安全衛生法に基づき、策定が義務付けられている)

 

事業場においてメンタルヘルスの不調で休職・離職した場合、復帰支援へのサポートも大きな課題だ。

「職場復帰・社会復帰に向き合う際、ハードルとなるのが症状の再燃です。いったん改善が見られた場合でも人間関係や仕事のストレスなど、さまざまな要因がトリガーとなって症状を繰り返してしまうことも少なくありません。

 

現在、メンタルヘルスの問題は企業の利益に直結するものとして、医療系だけでなく、経済・経営の研究者からも注目が集まっています。小規模で産業医が在籍していない企業でも人事労務の方が熱心に勉強しているところもありますし、大手企業もメンタルヘルスに対するフォローを徹底する方向にどんどんシフトチェンジしています。今後、日本は労働人口が減っていく一方なので、こういった取り組みを進めて人的資本を大切にすることがトップに求められるかと思います」

 

今後のWebガイドの展開については広報活動に注力し、認知度を高めることが大きな課題と語る。医療機関と大阪産保、事業場の連携から、さらに広いネットワークの形成が期待される。

 

「調査時に開催した研修会に参加された企業などへ、Webガイドを活用していただくための声掛けを行っています。他にも独自で研究を行っている機関はあるので、いずれは連携を取っていきたい。そういった点と点が線で繋がり広がっていくことによって、メンタルヘルスに対する理解や対応は、今後、さらに改善されていくかと思います」

 

時代とともに移り変わってきたメンタルヘルスとの向き合い方。理解が追いついていない時代であれば、「心の弱さは自分の問題」「根性がない」など、心無い声が聞かれることも多かったが、廣川先生のWebガイドのような対応策が示されるようになった現代は、メンタルヘルスの不調が決して特殊な疾患ではないと認知される上で過渡期と言えるだろう。これらの取り組みの充実によって、当事者たちの心の負担が軽減されることを願ってやまない。

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