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  • date:2025.1.21
  • author:伊東 孝晃

ジェンダー目線で広告観察。その「らしさ」はどこから来たのか、大阪樟蔭女子大学のセミナーで考える

大阪樟蔭女子大学では、化粧やファッションに関する講演「樟蔭ファッションセミナー」が年に2回開催されています。2024年11月、第42回目のセミナーでは、写真やジェンダー表象に関する文筆活動、ワークショップの開催、翻訳業務など多方面にわたって活動する小林美香氏が登壇。「ジェンダー目線の広告観察:その『らしさ』はどこから来たの?」と題し、さまざまな広告に見られる男らしさ・女らしさの表現について、社会背景と照らし合わせながら解説されました。

「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO」から男らしさに関する作品を紹介

小林氏はかねてから国内外の学校・機関でワークショップやレクチャーを行うことでジェンダーの価値観・固定観念を分析し、さまざまなメディアへの寄稿でその問題点を指摘してきました。2023年には著書『ジェンダー目線の広告観察』を上梓。「消費者がジェンダーに関する認識をどのようにして日常生活に刷り込まれているか」という点に着目し、大きな反響を呼んでいます。

広告表現の現状についてさまざまな事例を紹介した小林氏

 

2010年頃から独自の視点で広告について研究を重ねてきた小林氏。今回のセミナーでは小林氏が特に注目しているという“男らしさ”の表現に焦点を当てて展開。まずは小林氏がキュレーターとして参加し、2024年10月に行われた展覧会「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO」について言及し、「男らしさをどのようにして表現すれば鑑賞者とのコミュニケーションが図れるか」というテーマで制作された作品を紹介しました。

 

現代美術家・高田冬彦氏の映像作品では、スーツに身を包んだビジネスマン風の男性6人がお互いの服をハサミで切り合うというシュールでシアトリカルな世界を表現。写真家・甲斐啓二郎氏の作品は全国で行われている裸祭りなどを撮影した写真が組み合わせた映像で、それぞれが捉える男らしさが提示されました。 

6人の男性がお互いのスーツを切り合う高田冬彦氏の映像インスタレーション作品 「Cut Suits」(2023)

 

2つの作品を紹介した理由について小林氏は、「男性がスーツに身を包むことで個性を消すという現代的なスタンス、その対照として祭りの中で活気づく古来より継承されてきた伝統的な姿を比較することで男らしさが社会の中でどのように受け入れられているかを考えるきっかけにしたかった」と語っていました。

日本の祭りにおける男らしさを記録した写真家・甲斐啓二郎氏の作品 「綺羅の晴れ着」

 

現代の広告業界におけるジェンダー表現のあり方

続いて、広告業界においてジェンダー表現がどのように取り扱われているかという現状が紹介されました。

本題に入る前の導入として、2023年の広告売上が史上最高となる7.3兆円を突破(「電通報」調べ)したことや、その内訳がテレビ・ラジオ・新聞・雑誌の4大メディアの総計を凌ぐほどのWeb広告のシェアの増加、広告のパーソナライズ化や、人々の関心を集めることが経済的な価値を生み出すアテンションエコノミーと呼ばれる現象が顕著になっていることなどが紹介されました。

 

広告におけるジェンダーのあり方について、「トランスジェンダーやバイナリージェンダーという性の多様化が認知されている現代においても、歴史的に構成されてきた男性・女性という性別二元論を教え込む装置として機能している」と小林氏は語ります。

 

まずはビール会社の広告で、スーツ姿の男性が居酒屋でジョッキを傾けるバージョンと女性アイドルが満開の桜の下で乾杯をしているバージョンを比較し、モデルの選出や光の当て方など、細かい部分に至るまで男女別の層を意識した演出が行われている事例が紹介されました。

照明や色使いでターゲットを明確に示したビール会社の広告

 

コロナ禍以後の特徴として、美容整形や矯正歯科の医師が自信満々な笑みを浮かべて腕組みしている広告が数多く見られるようになり、小林氏はSNSでこういった写真に「#クリニック院長ドヤ顔」とハッシュタグを付けて投稿しているとのこと。

医療関係者でも抵抗を感じるというこれらの広告ですが、急増の背景には「医師という職業の権威性や人の上に立つ立場であることを感じさせる意図がある」と小林氏は語ります。

介護関連の広告では女性が穏やかな表情で看護をしているものが多いという対照例を挙げ、小林氏は「従来的な表現によるコントラストの付け方でジェンダーの役割が固定化されていることに問題意識を持つべき」という考えを示します。

医師自ら登場し、自身に満ちた表情を見せるパターンが多い医療関係の広告

 

スーツを着た男性が登場する缶コーヒーの広告では、「スーツ=仕事ができる男性」というイメージがありながら、1991年から30年の間にスーツの着用率が75%減少しているという実情(※)を紹介 。他にも犯罪や暴力を抑止するポスターには険しい表情の中年男性、癒やしや爽やかさを求める広告には若い女性が多く起用されるといった事例が挙げられました。

※引用元…… https://www.wwdjapan.com/articles/1179492

強面=犯罪抑止という観点で制作されることが多い啓発ポスター

 

このような記号的な広告表現が更新されない現状に対して小林氏は、「危機感がありつつも、その型からなかなか抜け出せない現実がある」と述べ、レスリー・カーン氏の著書『フェミニスト・シティ』から、男性基準で計画された都市について論じた一文「私たちの都市は石やレンガやガラス、コンクリートに刻み込まれた家父長制である」を紹介。小林氏は「日本の公共空間ではポスターやビルボード、デジタルサイネージに家父長制が塗り込められている」と見解を述べ、また、どのような角度から分析すれば現状を変えられるかを考え、表現方法を更新するための提案を行っていきたいと展望を語りました。

近年の広告表現で注目すべき4つの“男らしさ”トピック

後半では「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO」の資料展示の中から、特に目を引いた“男らしさ”の記号的な表現を、「大谷翔平崇拝」「毛穴が概念ごと消失した世界の男性」「背景高層ビルおじさん」「ロボットのように量産される男性」という4項目のトピックに分けて紹介。

 

大谷翔平氏については、出演しているさまざまな広告での表現方法を解説。大谷氏が出演する広告では、人々がその姿を見たがっているという願望を叶えるべく身体の向きは真正面、そこに本人手書きのメッセージを添えるパターンが多いことが指摘されました。CM動画においてはライティングや演出が神仏を拝むかのような神々しさで作られており、2021年の東京オリンピック以降、顕著になったアスリート崇拝を象徴するものであるとされています。

 

こういった広告表現に対し小林氏は、「私たちが広告の出演者だけでなく、演出方法も含めて情報を受け取っている」と指摘。その点を理解したうえで広告を受け止める必要があると語っています。

真正面から立体的なライティングをすることにより神々しさを感じさせる大谷翔平氏の広告

 

「毛穴が概念ごと消失した世界の男性」という項目でも大谷氏が出演した美容液の広告を引用し、カリスマ視された大谷氏が毛穴すら存在しないという偶像として祭り上げられていると語っていました。また、大谷氏を起用した広告では、男性に訴求するための手法として「自分を超える」「自分と向き合う」といった求道的なキャッチコピーが多いことも挙げられました。

 

「背景高層ビルおじさん」については、ノームコアやオフィスカジュアルが台頭している現代においても男らしさ=スーツという典型的なパターンが残っているとし、ドイツのアパレルブランド、ヒューゴ・ボスの広告を紹介。繁華街の高層マンションに暮らし、早朝トレーニング後、シャワーを浴びてスーツに着替え、出勤する男性=成功者という図式が、時代が変わっても繰り返し社会の中で刷り込まれている点を指摘。日本においてもさまざまな広告で同様の表現が頻繁に使用されており、こういったイメージの捉え方に大差はないといいます。

ヒューゴ・ボスなどに見られる「スーツ=できる男」の表現

 

このイメージの延長として、「ロボットのように量産される男性」についても触れ、高スペックで一定基準を満たした男性をロボット化=脱人格化し、コピー&ペーストで増殖させるのも男らしさの表現の一種であると紹介。

 

このような手法は第一次世界大戦の徴兵ポスターから用いられ、国家が企業に置き換えられているが、世界各国で組織や国家が破綻している現在においては矛盾があると小林氏は語ります。

コピー&ペーストで増殖するパターンも男らしさの表現の一つ

 

小林氏は、これらの表現において女性がセットにされていることを指摘。女性スタッフがセクシーな衣装で登場する脱毛クリニックの広告を事例に挙げ、「できる男は女性からサービスしてもらえる」といった連想をさせるなど、女性が男性のケアや奉仕をする役割として固定化されていることが大きな問題であるとしています。こういった広告はゾーニングされたデジタル広告などで特によく見られ、若年層の目に触れる可能性を危険視していました。

インターネット上でよく見られる性的表現が強い美容関連の広告

 

1980年代から一向に変化がない男らしさの表現方法は、更新させることに多大な労力が必要とされます。しかし、変えようがない状況には背景があるとし、変えさせたくなかったのは誰であるのか、そしてその理由がなんであるのかということまで考える必要があると小林氏は語ります。また、周囲の人と「こういった表現、よく見るよね」など、話し合って気づきを得ることが、次世代の表現を生み出すステップになると期待を込めていました。

 

講演の締めくくりに、小林氏は尊敬する2人の人物の言葉を紹介しました。

ひとつは、経済学者ピーター・ドラッカーの「コミュニケーションは受け手が決める。(Communication depends on the recipient.)」という言葉。受け手が与えられた情報を受け止め、どのように行動を変えてフィードバックするかということにコミュニケーションの価値があるとし、情報を受け取る=見るというプロセスも重要なものであると指摘しています。

2つ目は、アメリカの公民権運動に携わった作家ジェームス・ボールドウィンの言葉です。ジェームスは「教育の目的は、人の中に自分で世界を見る能力を作り出して、自分で決断できるようにすること」、さらには「直面したからといってすべてを変えられるわけではない。だが、直面しなければ何一つ変えられない」と言います。これらの言葉からは、変えようがない大きな問題であっても、それを認識し、直面しなければ変化は起こせないということ、そしてそのための教育の必要性が浮かび上がってきます。

 

小林氏の言葉から、私たちが普段なにげなく見ている広告に多くの疑問や矛盾が潜んでいることを知ることができました。意識しなければ流れてしまいそうな膨大な情報の中、ほんの少し立ち止まって表現のあり方を見つめ直すことで、固定化されたジェンダー表現や社会の風潮を変えられる可能性があると感じられました。

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