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  • date:2024.4.25
  • author:中野祐子

煩悩を世のための、人のため、自分の幸せのために。 龍谷大学トークイベント「煩悩とクリエイティビティ」をレポート

「煩悩」とは、「人を悩まし煩わせる心の作用」を意味する仏教用語。欲望や欲求、怒り、悲しみ、妬みといったネガティブなものとして考えられていますよね。そんな煩悩をポジティブなものに転換し、幸せな毎日や新しい価値創造に活かす方法を学ぶ「煩悩とクリエイティビティ」というトークイベントを龍谷大学の同窓会組織・龍谷大学校友会が開催。煩悩まみれの筆者が聴講しました。

絶望からの怒り、苦しみという煩悩を元に起業

「煩悩とクリエイティビティ」は2021年からスタート。各界で活躍するクリエイターと、龍谷大学の教員が語り合うトークイベントを中心に、音声番組の配信や体験型イベントなどを行っています。

 

第7回目を迎えた今回のゲストは、日本最大規模のクラウドファンディングサービスを運営する株式会社CAMPFIRE(キャンプファイヤー)、ネットショップ作成や出店サービスを行う株式会社BASE(ベイス)など多数の会社を設立・経営するシリアルアントレプレナー(連続起業家)の家入一真さん。龍谷大学の入澤崇学長と語り合います。

 

家入さんは、2008年JASDAQ市場最年少(当時)の29歳で上場を達成し、2021年Forbes JAPAN「日本の起業家ランキング 2021」の第3位に選出されました。CAMPFIREやBASEを利用したことがある方がたくさんいらっしゃるでしょう。筆者もBASEで買い物をした経験があります。

 

トークイベントは、家入さんの講演からスタートしました。家入さんは、高校時代から仏教に関心を持ち、2019年に浄土真宗での得度(出家)を果たされたそう。IT業界の寵児と呼ばれる方がなぜ得度を?そこにはご自身の壮絶な体験が理由にありました。

 

家入さんは中学生の時にいじめを受け、引きこもりに。しかし、絵が得意だったことから一念発起して画家になるため東京藝術大学への進学をめざすも、親御さんが大変な交通事故に遭われ、自己破産に追い込まれたことで、夢を断念されたというのです。

 

「どうして自分だけがこんな目に遭うのか。絶望の中、就職するも会社生活に馴染めず……。自分で稼ぐしかないと、怒りや悲しみ、苦しみなどを生きる力に変えていきました」

自分が人生を通じて何がしたいのか=“人生のミッション”を30代前半で言語化したという家入さん

自分が人生を通じて何がしたいのか=“人生のミッション”を30代前半で言語化したという家入さん

 

家入さんは、引きこもり時の拠り所だったインターネットの知識を活かし、2003年、個人向けサーバーホスティングサービスを提供する株式会社paperboy&co.(現GMOペパボ)を創業しました。ご自身の不遇を憂いながらも起業のパワーにした、まさに煩悩とクリエイティビティです。ただ、成功後の家入さんは、この煩悩に囚われてしまい、欲望のままの生活を続けた結果、なんと無一文に。大切な方を次々と亡くされこともあって、再度自分を見つめ直し、CAMPFIREなどを起業されました。この時、道標になったのが、もともと関心のあった仏教の教えです。

 

「事業の立ち上げを紐解くと、自分のつらい体験、怒り、劣等感、つまり煩悩が起因し、ゼロから1を作り出せたのだと思います。起業とは、自分こそがやる意義のあることを見つけること。そのためには、徹底して自分固有の煩悩に向き合うことが必要です。経営や自分の人生のためにも得度に至りました」

仏教の教えを、家入さんなりに自分の経営や人生に意味づけ、活かし、起業のアドバイスなどにものっているという

仏教の教えを、家入さんなりに自分の経営や人生に意味づけ、活かし、起業のアドバイスなどにものっているという

「空」〜煩悩に執着しないことで見えてくる自らの在り様

家入さんの講演後は、入澤学長とのトークセッションです。

 

仏教文化学を専門とし、生家の寺院の住職も務める入澤学長は、得度された家入さんとのトークを楽しみにされていたそう。そして家入さんの話を受け、こんな心の内を話されました。

 

「私も高校生の一時期、進路などに悩み、通学できなくなりました。家入さんが画家の夢を断念されたように、私はシナリオライターになる夢を諦めたことで、無念さに苛まれた経験もあります。これら私の煩悩や若き日にインドを巡ったことなどが仏教の道へと導いてくれました」

 

教育者、仏教家である入澤学長も悩み苦しんでおられたとは。さらに入澤学長は、家入さんが講演で語られた半生や起業についての感想と見解を述べられました。

 

「家入さんが煩悩を見つめ、ゼロから1を作り出したことは、煩悩に執着しないという仏教の思想『空(くう)』に通じると思います。煩悩との対峙は、社会の中で生きていくために大切です。弱さや至らなさを排除して強くなろうとするのではなく、素直に受け止め、冷静に考えることで、自分にとって意義あるものが見えてくるはずです」

 

煩悩から『空』の境地に至り、自らの有り様を見出す。なかなか難しい……。家入さんも悩み、葛藤したといいます。

 

「起業後、私は『成功おめでとう』と称賛されましたが、あまりうれしくなくて。本当は画家になりたかったのにというコンプレックスに苛まれていたからです。しかし、それを見つめ直すことで、自分はキャンバスではなく、社会に絵を描く表現者であり、ここに意義があると思えるようになりました」

 

煩悩を一つクリアしても、また違う煩悩に苛まれるのは人の常。その都度、入澤学長がおっしゃったように素直に受け止め、冷静に考えることが必要なのですね。

「少欲知足」〜多くを望まず自分の意義をつねに意識

煩悩をクリエイティブな力に転換し、経営者の道、教育と仏教の道を邁進されるお二人ですが、それを今の世の中で成し遂げるためにはどうすればいいのかというテーマに対談は展開していきました。

 

というのは、AIの台頭などもあり、便利さが加速する現代社会では、例えば物欲という煩悩がネットショッピングなどによって簡単に満たすことができます。それゆえに目の前にある快楽に溺れたり、一方で猛スピードで押し寄せる情報に翻弄され、何を求めて生きているのか、わからなくなることも。煩悩をじっくりと見つめ、クリエイティビティを育む時間や環境がないといっても過言ではありません。こうした状況を踏まえて、家入さんは次のように語られました。

 

「私のミッションは、インターネットを通じて、誰しもが声を上げられる世界。さまざまな活動ができる世界をつくることです。経営においては『自分が闘う敵を見誤らない』ことを重視しています。クラウドファンディングは、何百万円、何千万円、集まったという数字が注目されますが、CAMPFIREの目的は、個人の小さなプロジェクトを一つでも多く応援することです。競合他社や他の起業家の動きも気になりますが、それらに勝つための戦略ばかり実行していると、本当にやるべきことから逸脱してしまいます。私は『誰かに手紙を書くように』と表現するのですが、具体的に喜ばせたい人の顔を思い浮かべながら事業内容を考え、『自分がやる意義がないもの』『ユーザーの顔が見えないもの』には手を出しません」

 

家入さんのお話を受けて、入澤学長は「少欲知足(しょうよくちそく)」という仏教の教えを語られました。

 

「仏教という教団が2500年も続いているのは、お釈迦様が『少欲知足』を説かれたからです。欲しいものを貪るように求めても欲は次々に出てきて、ついには自分が求めているものを見失います。だからこそ、『欲は少なく、足るを知る』が重要なのです。

 

大学を持続させるには経営という要素も必要で、入学者数や大学ランキングといった数字が気にならないといっては嘘になります。しかし、大学や教育の本質は経営ではありません。大学の魅力や学びたい内容があるから学生さんに選ばれることが何より大切なので、本学の教職員は一丸となって魅力創出に力を尽くしています。これも数字という煩悩に囚われないクリエイティビティですよね」

 

自分の意義や本質をぶらさない。欲深くならず、足元を見据えて仕事などに取り組む。そうすれば世の中に惑わされることなく、クリエイティビティを育んでいけるのでしょう。入澤学長がおっしゃる「少欲知足」と共に、ライターを稼業している筆者は、「喜ばせたい人に手紙を書くように」という家入さんのクリエイティブも参考になります。

経営や事業の本質について語り合う家入さんと入澤学長

経営や事業の本質について語り合う家入さんと入澤学長

 

「利益衆生」〜お釈迦様の教えはSDGsの先駆け

続いて、家入さんから2018年に現代の駆け込み寺として設立されたシェアハウス「リバ邸」についてのお話がありました。

 

「CAMPFIREやBASEは個人の活動のエンパワーが目的ですが、失敗してしまう方もおられます。それで、失敗や挫折が許容される『やさしい社会』の形成をめざし、学校や会社などの組織、社会からこぼれ落ちてしまった人たちが輝き、支え合う居場所として『リバ邸』を設立しました。もちろん、私自身の失敗も居場所創出のきっかけになっています」と家入さん。

 

今はインターネットやSNSを通じて、誰しもがフリーランスやインフルエンサーなど個人として活躍できます。一方、炎上をはじめ、見えない大多数が失敗や自己責任を糾弾することも問題になっています。

 

「先ほど申した『少欲知足』にも通じるのですが、私は家入さんの取り組みは、お釈迦様が説かれた『利益衆生(りやくしゅうじょう)』であり、『誰一人取り残さない』というSDGsにつながっていると思います。この教えは生きとし生けるものに利益や恵みを授けるという意味で、自分の利益や欲求だけを追求していては会社などの経営も、社会も成り立っていきません。私は仏教の土俗的信仰について研究しているのですが、古代のインドも日本も民衆は『少欲知足』『利益衆生』に倣い、誰もが支え助け合って生きてきました」

 

だからこそ、世界規模での問題が山積する今が「仏教の出番」と入澤学長は訴えました。

「自省利他」〜煩悩から幸せを生み出すクリエイティブ活動

対談の最後に、家入さんはトークイベントの参加者や聴講者にメッセージを送られました。

 

「人生は一人ひとり違うし、誰もが一冊の本にできるストーリーがあると思いますが、ドラマチックなことはそう起こりませんよね。今いる場所で今日できることを積み重ねていくことで自分の本が完成していくので、1ページ1ページ描いけばいいと思います。その際、一日を振り返って悪かったことは反省したり、よかったことは明日に活かしたりすることが煩悩を活かすクリエイティブな活動といえるのではないでしょうか」

 

これを受けて入澤学長が次のように語り、トークイベントを締めくくりました。

 

「家入さんのメッセージは、自らを省みて、他者を思い幸福を願って行動する、社会に尽くす意味の『自省利他(じせいりた)』です。反省というとネガティブな印象ですが、自省利他はポジティブでクリエイティビティなこと。『なんでこんな失敗ばかりするんだろう』というレベルからステップアップして、徹底して自分と向き合えば、囚われている煩悩に気づき、自己刷新につながるのです。そうすれば、周りの人たちの支えがあってこその自分だと感じ取れる。ならば周りのことを思い行動したいという、当たり前のことに自然とつながっていきます」

 

聴講して印象的だったのは、家入さんも入澤学長も自省利他によって煩悩をクリエイティブな力に変えて、世のため、人のために活かす「やさしさ」にあふれていることでした。多くの人が仏教思想をインストールしてより良い社会を。お二人の目標に微力ながらお手伝いできるよう、今日から自省利他を習慣にしたいです。

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