今やウナギは絶滅危惧種
江戸時代、夏にウナギが売れずに困ったウナギ屋から相談を受けた平賀源内の発案で、土用の丑の日にウナギを食べる習慣が生み出され、ウナギ屋が救われたというのは有名な話。しかし、それから何百年も経った現代、事態は180度変わっている。ウナギを食べようムードが高まりすぎた(?)故に、日本人が7割を消費しているとされるニホンウナギは、養殖の原料となる天然稚魚の乱獲が進行! さらに河川環境の悪化や海洋環境の変化なども影響して、漁獲量が激減! とうとう、2013年には環境省、2014年には国際自然保護連合(IUCN)によって、それぞれ絶滅危惧種に指定されている。
そんな状況を受けて、近畿大学がウナギの代わりとなる、“ウナギ味のナマズ”の養殖に成功したという。聞いた瞬間思ったのは、ナマズってイメージ的にかなりマズそう……。ていうか、ナマズって食べられるんだ!? で、ウナギ味って……どういうこと?
にわかには信じられない“ウナギ味のナマズ”の実態を確かめるべく、私は生みの親である、近畿大学農学部の有路昌彦准教授に話を聞いた。
ウナギの救世主、現る
近畿大学農学部 有路昌彦准教授
ウナギの危機を救うべく立ち上がった有路准教授。元々、ウナギの研究を専門にしていたのだろうか?
「いえ。私は養殖技術そのものではなく、事業化を図る水産経済が専門です。2009年に近畿大学に赴任してすぐ、養殖業者の方々との会合があったのですが、その当時ちょうどワシントン条約でヨーロッパウナギの規制が議論されていた頃で。同様にニホンウナギも資源が減っているので、『このままでは困る。なんとかならないか?』と、ウナギの養殖業者の方に相談されたんです」
江戸と平成、状況は真逆だが、まるで現代版・平賀源内みたいなストーリーである。
「そこで早速、私のゼミの学生たちと一緒に、資源が豊富な淡水魚の中で、ウナギに代わるものを探し始めました。ひとまず、フナ、コイ、ブラックバス、雷魚など、20種類ぐらいピックアップして蒲焼で食べてみたのですが、どれもマズかったです(笑)」
案の定、マズかったと。ここからどうやって、ナマズまで行き着いたのだろうか?
「実は、10年ぐらい前に琵琶湖を訪れたとき、地元の漁師の方に琵琶湖固有種のイワトコナマズの蒲焼きを食べさせてもらったことがあったんです。一般的にナマズというのは、脂質がほとんど無くて泥臭いものなのに、すごく美味しくて驚きましたね。生物学的には異なるものの、ウナギの蒲焼きに似ているなという印象でした。ただ、イワトコナマズはウナギよりも希少な幻の魚で、ウナギの代わりにはできません。でも、いくら探しても、他に代用できる魚が見当たらない……。そこで、もう一度その漁師の方の所へ出向いて、一般的なマナマズの味はどうなのか聞くと、あっさり『美味しいよ』と言われまして(笑)。試しにマナマズの蒲焼きを食べさせてもらったら、脂も乗っているし、泥臭さも無くて美味しい。このとき、もうマナマズ以外に代わりは無い! と確信しました」
マナマズであれば日本各地で生息しているし、マナマズ料理が郷土食になっている地域もあり、そこでは養殖も行われている。しかも、日本産のマナマズは種苗技術が確立されているため、卵から成魚という完全養殖が可能。養殖の原料に天然稚魚が必要なウナギと違って資源的な問題が無く、ウナギの代役としてもってこいだった。
ナマズはコントロールできる
マナマズに焦点を絞った有路准教授は、それから全国の天然・養殖マナマズを取り寄せ、食べ比べを行った。「それが、どれを食べても、驚くほどマズかったんです」
あまりのマズさに、もしかしたら琵琶湖で食べさせてもらったのはマナマズじゃなかったのかもしれない……と疑心暗鬼になった有路准教授。真相を確かめるべく、ゼミの学生たちを連れて琵琶湖へ行き、自らマナマズを獲って食べてみた。うん、やっぱり美味しい。さらに混乱した一行は、今度は大学の近くの川でマナマズを獲って食べてみた。うっ……。涙が出るほどマズかった。
「この経験から、マナマズは住んでいる場所によって、全然味が違うということが分かりました。ということは、生息環境をコントロールすることで、味を変えられるということ。ウナギのように脂が乗っていてこってり、泥臭さのない、いわゆる“ウナギ味のナマズ”を育てることが可能だと判明したのです」
こうして、ナマズのウナギ化プロジェクトは、一気に加速していった。
“ウナギ味のナマズ”誕生
ナマズをウナギ味にするためのポイント。それは、“水”と“餌”だ。
「文献調査の結果、ナマズ特有の泥臭さは、水中のバクテリアが原因だと分かりました。同じ養殖ナマズでも、川の水で育てるのと、井戸水で育てるのでは、全然違う。食べ比べたところ、バクテリアのいない井戸水で育った方は、泥臭くありませんでした」
マナマズはきれいな水の中で育てば美味しくなるということで、大きな技術的な進歩があった。これで、泥臭い問題は解決した。
「そして、脂質や味を左右するのは、やはり餌です。この餌については、何百種類と存在する海水魚や淡水魚用の既存ペレット(固形餌)の中から、数種類をピックアップ。基本的に淡白な味わいのナマズを、脂乗りが良くこってりとした味わいのウナギに近づけるべく、ひたすら調合を繰り返しました」
ウナギ味にするなら、ウナギと同じ餌を与えれば良いのでは? と思ったが、やはりそんな単純なものではないらしい。有路准教授は、マスやコイ、ブリなど、あらゆる養殖魚の刺身を買っては食べ、どのような餌を与えて育てるとどのような味になるのか、混ぜて食べるとどのような味になるのか、地道に追究し続けたという。
ちなみに、新しい餌を一から開発するのではなく、既存の餌を組み合わせることにこだわったのには理由がある。
「完全にオリジナルの餌を開発しようとすると、それだけで何年もの時間とコストがかかってしまいます。でも、既存のものを組み合わせるのなら、時間もコストも抑えられ、すぐにビジネスとして成立させることができます」
冒頭でも紹介した通り、有路准教授の専門は水産経済。と考えると、これは正に10年、20年後ではなく、今すぐにでも実現できる仕組みを考える専門家ならではの発想なのだと、いたく感心した。
「途中、脂乗りを良くしようとして、油分を多く含む餌を与えたところ、やりすぎで脂の塊のようなナマズが育ったこともありました。また、ウナギっぽくするには、程良い脂身のこってり味である上に、食感も重要。ウナギと違ってナマズは全く小骨が無いため、ウナギ特有の食感のメリハリが無いんですよ。そこで、身に弾力を持たせるようにして、噛み応えがありつつ、脂身の柔らかさも楽しめるように調整しました。試行錯誤の末に辿り着いたベストな調合の中身についてはヒミツですが、完成した餌は数種類あって、成長段階に応じて与える種類を変えていきます」
こうして味と食感の問題もクリアし、ナマズをウナギ味に育てる方法が確立された。実際の養殖には、鹿児島にあるウナギ&ナマズの養殖業者「牧原養鰻」が協力。2009年のプロジェクトスタートから6年後の2015年2月、とうとう理想通りの“ウナギ味のナマズ”を育て上げることに成功した。
ナマズがメジャーになる日も近い!?
うなぎ味のナマズを使った「ナマズの蒲焼き丼」
完成した“ウナギ味のナマズ”は、まず2015年5月に約1ヶ月間、奈良のウナギ料理店「うなぎの川はら」で試験販売された。見た目も風味も食感も、まるでウナギなナマズの蒲焼きは、評判上々。確かな手応えを得て、土用の丑の日である7月24日には、大阪・梅田と東京・銀座にある料理店「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」でも試験販売され、ほぼ100%「美味しい」「また食べたい」との反響を得た。
これほど完成度が高いとなると気になるのはその価格だが、この点においてはウナギと大きく異なる。ナマズはウナギを始めとした一般的な養殖魚に比べ、約3分の1の期間で成魚になるそう。成長が早く少ない餌で大きく育ち、さらに種苗単価も安いため、養殖コストはウナギに比べ圧倒的に低く抑えられる。結果、ナマズの蒲焼き重や丼は、ウナギよりはるかに安く提供できるのだ。
現在、“ウナギ味のナマズ”の試験販売は終了しているため、残念ながら一般の方々が食べることはできない。しかし、試験販売の成果を受け、有路准教授の下には水産商社や飲食店、スーパーなどから続々と、商品として扱ってみたいという声が届いているという。今後、供給拡大のための生産体制が整っていくと共に、少しずつ着実に“ウナギ味のナマズ”は広まっていくだろう。また、このナマズは天ぷらや鍋、刺身でも美味しくいただけるそうなので、さらに楽しみが広がるはず。近い将来、一般家庭の冷蔵庫にナマズがストックされているというのも、珍しくなくなるかもしれない。
気になる味については、こちら「ウナギ味のナマズ」は本当にウナギ味か!?実食体験レポ!をどうぞ!