普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、よく知らない生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。
研究者たちはその生き物といかに遭遇し、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。もちろん、基本的な生態や最新の研究成果も。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。
第26回は「ハクビシン×増田隆一先生(北海道大学)」です。それではどうぞ。(編集部)
ハクビシン、その毛色はさまざま
ハクビシンは不思議な生息分布をした生き物である。関西・四国から東北にかけて広く生息しているけれど、中国地方ではほとんど見られず、九州と北海道(奥尻島を除く)にはまったく分布していない。しかし生息数が多い場所では、市街地にも顔を出すほどメジャーな存在だ。
そんな(場所によっては)身近な存在であるハクビシンには、長らく在来・外来論争が存在した。もとから日本に生息していたのか、人間によって持ち込まれたのか、意見が分かれていたのだ。その論争に決着をつけたのが、北海道大学大学院理学研究院で哺乳類を研究する増田隆一先生。
前述のとおり、奥尻島を除く北海道にハクビシンは生息していない。なぜあえて研究しようと思ったのだろう?
「東南アジアの研究者との共同研究で南国の動物も調べてきたんですが、タイで共同研究者の方に現地の自然環境とか動物園を案内してもらったときに、ハクビシンを見る機会がありました。それまで日本のハクビシンは写真で見たことがあったんですが、そのタイで見たハクビシンというのが、日本のハクビシンとずいぶん毛の色が違ったんです。タイの別の動物園で見ると、これもまた別種かと思うくらい見た目が違う。それ以来、ハクビシンが遺伝的多様性を獲得しつつ分布を広げて行った経緯が気になっていました。
私はイタチやキツネの研究もしていて、日本全国のいろんな動物園とか博物館から交通事故で持ち込まれた個体が標本として保存されているのを送ってもらうことがあります。そういうときに『最近ハクビシンの標本が増えてきたんですけど、なにか利用されませんか?』と聞かれることがあって、せっかくだからと送っていただいた各地のサンプルがだんだん蓄積されてきたので、日本全国のハクビシンのDNA解析に研究として取り組むことにしました」
なるほど、交通事故死したハクビシンの標本を有効活用できないかという提案がきっかけだったと。それにしても、日本とタイで毛の色がずいぶん違うというのはおもしろい。
ハクビシン、その毛色は地域によってさまざま。
左上:上野動物園のハクビシン 写真:photolibrary
左下:台湾のハクビシン(白鼻心)撮影 張仕緯博士・台湾農業部生物多様性研究所
右上:タイのハクビシン、タイ・ドゥジット動物園にて増田隆一撮影
右下:タイのハクビシン、タイ・カオキューオープン動物園にて増田隆一撮影
「ハクビシン(白鼻心または白鼻芯)はジャコウネコ科の動物で、おもに中国大陸の南部から東南アジアにかけた地域が生息地です。鼻から頭のてっぺんにかけて縦に白いストライプが入っていることから、日本ではこの名前で呼ばれています。
日本・台湾・ベトナムなどに生息しているハクビシンは、名前の通り明瞭なストライプが見られます。ところが、たとえばインドネシアのボルネオ島に生息するハクビシンは顔のストライプがなくて、ただ茶色っぽい顔をしています。かと思うとタイの動物園で見た個体は顔全体が白というか、グレーだったり。毛の色の多様性が非常に高い動物なんです」
地域によってはストライプが完全に消えてしまうということは、その模様には生存するうえではとくに意味はないということ?
「模様のもつはっきりとした意味は、ちょっとわからないです。ただ、ジャコウネコ科はさらに上位の食肉目という分類群に属するんですが、食肉目の動物には顔に模様をもつものが多いんです。身近なところだとタヌキとかアナグマとかアライグマなどです。理由はわかりませんが共通の祖先が顔に模様が入る遺伝子をもっていて、それを受け継いでいる可能性はあります」
顔の模様は仲間の証?(写真:photoAC)
東南アジアと東アジアの広い範囲に、いろいろな模様のバリエーションで生息しているハクビシン。日本にいること自体は不思議ではないような気もする。問題はいつ、どうやって日本にやってきたかということだ。
遺伝子を解析することで台湾から渡来したことを立証!
ハクビシンには外来種(人為的に持ち込まれた種)であるという説と在来種(人の手を頼らずに日本列島に到達し、定着した種)であるという説があったそうだけれど、まず外来種説にはどんな論拠があったのだろう?
「日本にいる在来の哺乳類、例えばニホンザル、ニホンイタチ、タヌキ 、キツネなどの化石は、更新世(今から約258万年前から約11,700年前までの期間。氷河の形成によって海面が下がり、日本列島と中国大陸が陸続きだった期間を含む)の後期までの地層から発見されています。それまでには大陸から渡ってきて、日本列島で生活していたはずなんです。しかしハクビシンの化石がみつかりません。また、現在日本にいるほとんどの哺乳類の骨は縄文時代の貝塚の跡から見つかるんですが、ハクビシンはこれにも見あたりません」
痕跡がいっさいないと。
「分布域も不自然です。大昔に日本にやってきたのであれば本州・四国・九州などでは一様に分布しているはずですし、事実在来種の動物の生息地域は連続的です。しかしハクビシンはポツポツと飛び石上に分布していて、最近になって生息地が広がっていっています。在来種と分布のパターンが違うじゃないかということも、外来種説を後押ししています」
近年分布域が拡大しているため、本州・九州全体に広がるのは時間の問題だとも言われるが、現状ハクビシンの分布域は在来種の動物に比べて局所的だ。環境省自然環境局生物多様性センターによる調査結果(2018年)より
たしかに、これは不自然。外来種説がかなり濃厚な気がするけれど、逆に在来種だとする根拠にはどんなものが?
「こちらは江戸時代の古文書に描かれたそれらしい動物の絵が根拠になっています。顔に縞模様があって、爪が出ていて、雑食性の動物だということが記載されています。ただ、ハクビシンという名前は書かれていません。古くからいた動物なのに、名前はついてないのか?という、この点には疑問が残ります」
うーん、在来種説の方はちょっと根拠として弱いような。そんな感じで分が悪い在来種説だけれど、増田先生が全国から集まったハクビシンの標本を遺伝子解析した研究によってついに決着がついたと。
「以前から台湾から渡来したとする説はあったんですが、遺伝子を解析することでそれが立証されたと考えています。
解析には、まずミトコンドリアDNAを使いました。通常、DNAというのは父親と母親の双方から半分ずつ子に渡されるのですが、ミトコンドリアDNAは例外的に100%母系、つまり母親からのみ渡されるため、家系を追跡するのに使われます。さらにミトコンドリアDNAは進化するスピードが非常に速い。近縁な集団同士でも違いを検出しやすいんです」
そんな都合の良いDNAがあるとは。
「最初に共同研究として日本と東南アジアのハクビシンを比べたんですが、両者は明らかに違いました。次に台湾のものと比較してみたところ、台湾西部と日本の関東地方、台湾東部と日本の中部・四国地方でそれぞれ同じタイプが見つかりました」
ミトコンドリアDNA解析によって導かれた台湾から日本への渡来ルート Masuda et al.(2010)および増田(2024)より
ミトコンドリアDNAを比較したところ、台湾西部と日本の関東地方、台湾東部と日本の中部・四国地方でそれぞれ同じタイプが見つかったという。
「このような結果から、日本のハクビシンは台湾から、それも少なくとも2つのルートで入ってきた可能性が高いと考えました。その後、ミトコンドリアDNAとは別のマイクロサテライトというDNAを使って全国の集団を調べました。これはミトコンドリアDNAと違って父親・母親の双方から受け継ぐ遺伝子です。その結果、中部・関東・四国の3つのグループが存在することがわかったんですが、台湾で見つかったグループがちょうどこの3つの中間の特徴をもっていました」
マイクロサテライトDNA解析からみた集団間の関係 Inoue et al.(2012)より
「それから遺伝子の多様性という点でも、日本の集団は台湾の集団よりもはるかに低いんです。これは台湾のある系統が少数日本にやってきて分散後、まだ日が浅いことの証拠だと考えられます。
私たちの研究室では日本在来の動物についても同じような方法で調査をしているんですが、こういうパターンを示す動物はほかにいません。日本列島に隔離されて長い年月が経過したものは、やはり大陸と比べて日本列島に特有の遺伝子の多様性を示すようになります」
DNAからそんなことまでわかるなんてすごい。いつどうやって持ち込まれたかまではわからないけれど、ハクビシンは外来種だと考えて間違いないようだ。
この研究については、増田先生の著書『ハクビシンの不思議: どこから来て、どこへ行くのか』(東京大学出版会)に詳しい。
外来種だとはわかったけれど......
台湾や東南アジアのような温暖な地域からやってきたにも関わらず、今日では青森(加えて、飛び地的に奥尻島)まで生息地を広げているハクビシン。意外に寒さに強いのだろうか?
「冬場は、おそらく民家の天井裏のような人の生活する場に近いところにいると思います。そういった場所は比較的暖かいですから。食べ物は人が出したゴミを漁ったりして、人に依存して生活することによって厳しい冬をしのいでいるんじゃないかと」
さすが、適応力が高い。日本の在来の生態系にも影響を与えそうだ。
「体のバランスをとるための長くて太い尾をもつハクビシンは樹上生活が得意です。対して、日本在来の動物で性質の近いものだとタヌキやアナグマが思い浮かびますが、これらは木登りが苦手なので、生息場所としては住み分けができてるのかなと。
ただ、ハクビシンは食肉目といいつつもっとも好んで食べるのは果実なんです。そして果実はタヌキやアナグマなども食べますから、食べ物の点では競合してしまうでしょうね」
長くて太い尾をもつハクビシンは樹上生活が得意。その能力を活かして、都会では電線を伝って移動することも。(写真:photoAC)
果物、好きなのか。農家からは害獣扱いされるのも納得かも。
「果物を食べる性質を利用して、東南アジアや台湾では特別なコーヒー作りもされていますよ。インドネシアの言葉でコピ・ルアクと言いますが、コーヒーの実をジャコウネコ科の動物に食べさせて、未消化で出てきた種(たね)をコーヒー豆として焙煎して利用するんです。使われる動物は主にジャコウネコの仲間で、ハクビシンが使われることもあります。腸内で起こる消化と発酵の作用で、マイルドで独特な風味がつくようです。
日本で真似するのは難しいかもしれませんが、果実を食べたハクビシンが遠くに行って、種の入った糞をすることで、植物の種子が広がることは考えられます。種子散布者といって、植物の分布や森林の範囲を広げる役割を生態系の中で果たす可能性はあるんです」
なるほど、在来の自然を守るという意味では外来種はいない方がいいけれど、定着してしまった以上は生態系における役割にも目を向ける必要があるということか。
「ここまで生息地が広がってしまった以上、ハクビシンを完全に駆除するということは難しいでしょうから、農作物や人家への被害を最小限におさえて共存していくしかないと思うんです。
それは研究の上でも同じことで、日本列島において現在進行形で分布を広げているハクビシンは貴重な知見を与えてくれます。かれらを研究することが、在来種の歴史やひいては日本列島の自然史を考えることにつながっていくんじゃないかと考えています」
【珍獣図鑑 生態メモ】ハクビシン
東南アジアから中国南部にかけて自然分布。日本には、台湾から人為的に持ち込まれたことが遺伝子解析により判明。ハクビシンという名は鼻に白いストライプがあることに由来するが、毛の色の多様性が高く、東南アジアに生息するグループではストライプのないものも。長くて太い尾をもち、樹上生活が得意。雑食だが、特に果物が大好き。