映画や小説、アニメ、漫画…サブカルの世界を学問の視点で掘り下げるシリーズ第2弾。
今回は、現代に蘇った恐竜が大騒動を巻き起こすSF映画の金字塔『ジュラシック・パーク』の楽しみ方を、古生物学の研究者に聞いてみた。
恐竜のイメージを刷新した傑作!
1993年公開の『ジュラシック・パーク』。スティーブン・スピルバーグがメガホンを取り、生命の力強さを描き出した不朽の名作だ。シリーズ化され、2021年に最新の第6作の公開を控えているが、その原点が本作である。簡単にあらすじをおさらいしておこう。
恐竜を研究する古生物学者のグラントは、発掘調査のスポンサーである実業家ハモンドに招かれ、二人の学者とともに南米コスタリカ沖のヌブラル島を訪れる。そこは、遺伝子技術によって蘇った恐竜たちが闊歩するテーマパーク「ジュラシック・パーク」だった。ハモンドの孫である2人の子供たちも加わり、生き生きと動きまわる恐竜たちに目を見張る一行だったが、恐竜の胚の略奪を目論むライバル会社の陰謀によってパークのセーフティシステムがダウン。獰猛な肉食恐竜たちが待ち受けるパークで恐怖のサバイバルに巻き込まれてゆく。
この映画の魅力は何と言っても、特殊撮影技術と最新のCGを駆使して“リアル”に描かれた恐竜たちの姿だ。しかし、公開から30年近くが経過し、その間に恐竜の姿や生態についてはどんどん新発見や新説が発表され、恐竜は羽毛に覆われていた、なんて話も耳にする。
ここで、福井県立大学恐竜学研究所の柴田正輝先生にご登場いただこう。ズバリ、恐竜研究者は『ジュラシック・パーク』のことをどんな風に見ているんですか?
「『ジュラシック・パーク』公開当時、私は大学に入学する前後の年齢でしたが、それまでの恐竜のイメージを一気に刷新した衝撃的な映画だったことを覚えています。それまで一般的な恐竜のイメージといえば、巨大なトカゲであったり、あるいはゴジラのように直立してノシノシ歩く怪獣であったりといったイメージが主流でした。『ジュラシック・パーク』によって、実は恐竜は俊敏に動くことができ、頭も賢く、現代の生物と変わらないような生活をしていたということが映像として広く一般の方にも広まりました」
インターネットも普及していない時代、専門書でしか触れられなかったような当時の最新の恐竜像を一般の人にも広めたという意味で、映画の力は大きかったようだ。でも、専門家としては映画の中での不正確な描写が気になったりしてしまうのでは?
「もちろん誇張された演出もありますが、大枠ではきちんと研究者の監修のもとで当時の最新の学説を取り入れているので、特にシリーズ1作目の本作に関しては研究者の間でも高く評価されていると言っていいと思いますね」
そう聞いて、本作のファンとして少しホッとした。それでは、一体どんなところに当時の最新の研究成果が描かれていたのだろうか?
鳥の賢さは恐竜ゆずり? 当時最新の学説で描かれた恐竜の姿
『ジュラシック・パーク』で特に印象的なのは、恐竜の賢さだ。ヴェロキラプトルという肉食恐竜がやすやすと人間の施設に侵入し、群れで狩りを行うシーンは子供心にちょっとしたトラウマになっている。恐竜は知能が高かったというのも、当時の研究成果として分かっていたことなのだろうか?
「恐竜の生態を考える際に、現生の生物が参考になります。従来、恐竜は爬虫類と近縁だと考えられていましたが、研究によってむしろ鳥類に近かったということがわかっています。なので、現在の鳥にできることは恐竜もできたのではないか、と考えられるわけです。ヴェロキラプトルの属するドロマエオサウルス類は特に鳥に近く、身体のわりに脳が大きかったことが化石からもわかっています」
なるほど、現在の鳥類だとカラスの知能の高さなどはよく知られている。そういえば、映画の中でも主人公のグラント博士は「恐竜は鳥の祖先なんだ」ということを言ってまわりを驚かせていた。
「恐竜が鳥に進化したということは今でこそ一般によく知られていますが、80年代に盛んに議論された、当時としては新しい学説でした。羽毛の生えた恐竜の化石が発見されたのが1995年なので、映画はちょうどこの説が立証されていく過渡期のタイミングですね。ヴェロキラプトルをはじめとする小型の獣脚類は、現在の研究では全身が羽毛に覆われていたと考えられています。1993年の時点では羽毛のなかったヴェロキラプトルも、2015年の続編『ジュラシック・ワールド』ではさすがに羽毛姿で描かれるかと期待しましたが、最初の設定をそのまま引き継いだ姿になっていましたね」
シリーズを通して活躍する人気恐竜ヴェロキラプトルは、実際はもっと小型で全身が羽毛に覆われていたと考えられている
当時最新の学説が今では当たり前になって、さらに新しい事実がわかってきているというわけだ。最近ではティラノサウルスにも羽毛が生えていたという説も聞くが、そうするとパークのラスボス的存在であるティラノサウルスのイメージがだいぶ変わってしまうような……。
「現在の研究では、恐竜は恒温動物で、体温を一定に保つために羽毛を発達させたと考えられています。ただ、ティラノサウルスのように身体が大きいと、保温よりもむしろ熱を逃がす方が重要になります。ゾウにあまり毛が生えていない理屈と同じですね。また、近年になってティラノサウルスの皮膚の化石も見つかっていて、そこには羽毛の痕跡は見られませんでした。これらのことから、少なくとも成長したティラノサウルスには羽毛は生えていなかったか、生えていたとしても痕跡程度のものだったと考えられます。なので、ティラノサウルスは映画で描かれている姿に近かったかもしれません」
一時期は羽毛に覆われたティラノサウルスの復元図が流行したが、その後、2015年に鱗に覆われた皮膚の化石が見つかっている
ちなみに、劇中でも恐竜は恒温動物として描かれているが、これも当時としては新しい学説だったという。それまではワニやトカゲのような変温動物とする考え方もあったのだ。代謝率の大きい恒温動物だからこそ、長時間走り続けたり、活動的に動きまわることができたと考えられている。
もし恐竜が変温動物だったら、もう少し地味な映画になっていたかもしれない
「気になる描写は他にもいろいろとあるのですが、そもそも恐竜の姿や生態は科学的に確かな証拠があること以外は仮説に過ぎませんから、作り手の裁量で補う余地が大きい題材なんです。たとえば恐竜の皮膚の色や鳴き声などは、科学的にある程度の推測はできるものの、実際に確認することはできないので、映画でどんなふうに表現しても嘘にはなりません。そんな中でどの仮説を採用するのか、あるいはフィクションとして大胆に演出してしまうのかというところも見所ですね」
科学的な研究成果を踏まえつつ、最終的にはクリエイターの自由な想像力で作られたもの。そう割り切った上で、映画の中の間違い探しを楽しんでみるのもいいかもしれない。
恐竜を蘇らせることは可能か?
次は誰もが気になる疑問について聞いてみたい。映画では中生代の琥珀(化石化した天然樹脂)の中に閉じ込められた蚊から恐竜の遺伝子を取り出し、クローン技術で恐竜を再生させていたが、実際にそんなことは可能なのだろうか?
「近年は恐竜の化石から骨格だけでなくタンパク質が見つかったり、琥珀の中から恐竜の尻尾が見つかったこともあります。しかし、タンパク質の構造が残っていたとしても、何千万年も前の遺伝子は壊れてしまっているため、現在の技術では恐竜の遺伝情報を復元することは不可能ですね。ただし、科学技術が進めば可能性はゼロではないと思います。
それとは別のアプローチで恐竜の再生に挑戦した例もあります。それは、鳥を先祖返りさせるという方法。ニワトリの遺伝子を操作することで、恐竜に近い形質を復元しようとするものです。こうした研究は進化の過程を知るのには役立ちますが、本物の恐竜の遺伝子情報がわからない限りは、恐竜そのものを復活させる研究とは言えないでしょうね」
そんな発想があったとは! それではもし仮に、どうにかして未来の技術で恐竜が蘇ったとすると、柴田先生はどんなパークに行ってみたいですか?
「恐竜が蘇ってしまったら我々の仕事がなくなってしまうので、それは勘弁してほしいですが(笑)、私が研究している福井の恐竜を実際に見てみたいですね。福井の恐竜は1億2000万年ほど前、アジアで恐竜が多様化した時期のものです。その後、アジアの恐竜が北米に渡って、ティラノサウルスやトリケラトプスといったお馴染みの恐竜に進化したんです。福井で発見された5種類の恐竜は、見た目こそ派手ではありませんが、恐竜の進化の過程を解き明かす上ではとても重要な存在なんですよ」
ジュラシック・パークを体感したいなら、恐竜王国・福井に足を運んでみよう。福井駅前にある、柴田先生も発見に携わった「フクイティタン」のロボット。「実際にはこんなに首は上がらなかったはずですが、大きく見せるための『演出』です(笑)」
ロマン溢れる古生物学の魅力
映像やセリフのあちこちに恐竜研究の成果がちりばめられた『ジュラシック・パーク』。実際に映画をきっかけにして古生物学の道に進んだという人も多いのではないだろうか。
「世界的な恐竜研究者の中にも、ゴジラに影響を受けたという人は何人かいらっしゃいますね。これからの若い研究者ならば『ジュラシック・パーク』に影響を受けているかもしれません。恐竜だけではなく、古生物学者という職業についても描かれていますしね。発掘には予算が必要なので、スポンサーの頼みをしぶしぶ受けてしまうという設定もリアルだと思いました(笑)」
そんなところまでリアルだったとは……! では、古生物学を研究することの魅力はどんなところにあるのだろう?
「古生物学というのは、ひとつひとつ確実な証拠を積み重ねて仮説を立てていく探偵のような仕事です。生きている恐竜を見ることができないので、今日お話ししたことも大部分は仮説にすぎません。新たな証拠が見つかれば仮説は簡単に覆ってしまうこともあり、そんな大発見に立ち会えるかもしれないところが魅力のひとつです。
もうひとつは、現場で化石や地質を見るだけで、何千万年、何億年前の環境や生物を頭の中で思い描けてしまうことですね。他の研究者と地層を見ながら『ここは川がこう流れて、こんな植物があって……』と議論できるのはとても楽しいです」
古生物学者には地層が『ジュラシック・パーク』に見えているのか! 羨ましい……。
内モンゴルの発掘現場で、プロトケラトプスの頭骨を持つ柴田先生。
最先端の映画は、科学の進歩を記すマイルストーン
仮説が日々塗り替えられていく古生物学の世界。30年前に当時の最先端を描いた『ジュラシック・パーク』は、そこから現代の恐竜研究がどれだけ進歩したかというマイルストーンとして見ることができるわけだ。
最後に、先生にとっての『ジュラシック・パーク』の楽しみ方とは?
「頭の中で描いていた恐竜の姿を映像で再確認することは、研究者にとっても良い刺激になります。ですが、研究に役立てようと思いながら観ているわけでもありません。この描写はあの学説をもとにしているな、とか、この登場人物はあの研究者をモデルにしているな、とか、今回はどんな恐竜が出てくるのかな、とか、現在の学説と食い違うところも含めてそんな見方で楽しんでいますね。古生物学を学べば、『ジュラシック・パーク』に限らず、それより古い恐竜映画ももっともっと楽しく観れるようになりますよ」