ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

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  • date:2024.12.19
  • author:岡本晃大

ほとんど0円大学10周年記念、初のリアルイベント「珍獣Night」開催レポート

去る2024年11月2日、大阪・天満橋にて、ほとんど0円大学の10周年を記念した初の一般向けイベント「珍獣Night」が開催された(オンラインも同時開催)。

生き物の研究に心血を注ぐ研究者にその魅力を語っていただくほとゼロの人気コーナー、珍獣図鑑。過去にお話を伺った方の中から、ナマコ研究の一橋和義さん(東京大学)、アリ研究の後藤彩子さん(甲南大学)、変形菌研究の増井真那さん(慶應義塾大学)の三人をお招きして、「生物にとって〈私〉とは何か?」というテーマで存分に対談していただこうというのである。

 

ナマコ、アリ、変形菌というチョイス、「珍獣Night」なのに全然“獣(けもの)”じゃない!と、はじめ見た時は首を捻ったのだが、はたしてこれがどうテーマに繋がっていくのだろう?

珍獣図鑑でも記事を書かせていただいているライター・岡本が、一般の参加者に混じって聴講してきた。

場所は京阪天満橋駅から徒歩5分のイベントスペース、MOTON PLACE。

開演時間が近づくにつれて席が埋まっていき、小学生から大人まで幅広い年齢層の参加者で会場は狭いほどに。互いに面識はなくても、珍獣好きの絆で結ばれた仲、珍獣の輪だ。

まず、それぞれの生き物のおさらい

花岡編集長、続いて司会進行役の編集部・谷脇氏のあいさつもそこそこに、ナマコ、キイロシリアゲアリ、変形菌についてのおさらい講義が始まった。このイベントは間に休憩時間を挟んだ二部構成で、前半がこの三本立てのミニ講義なのだ。

まずはナマコ研究の一橋さん。

 

一橋さんは、専門分野である音楽療法の研究を進める中で得た「ヒトのような複雑な耳や脳を持たないナマコを使えば音(振動)が身体に与える影響を単純化して観察できるのでは?」という着想からナマコの音(振動)受容の研究に入ったという。

 

▶珍獣図鑑(18):省エネだけど意外に大胆! ナマコの生き方「なまこも~ど」のススメ
https://hotozero.com/knowledge/animals_018/

 

音楽からナマコ研究に入った、というところからして只ならぬなにかを感じさせる一橋さんだが、その活動は純粋な研究だけにとどまらない。ひときわ異才を放つのが、ナマコの生態を啓発するために一橋さん自らが作詞作曲した唱歌『なまこも〜ど』だ。

『なまこも〜ど』の歌詞。右上に載っているのは記念品のアクリルキーホルダー。キーホルダーは他にもキイロシリアゲアリや変形菌のものがあったが、筆者は偶然にもナマコを引き当てた。

 

受付で歌詞カードを渡されたときから「歌うのか?やっぱり歌うのか?」とドキドキしていた。一橋さんが「ではせっかくなのでみんなで歌いましょう」と言ったときは「やはりきたか!」と内心手を叩いた参加者も多かったことだろう。

歌い始めてみると、これが意外にハイテンポな曲調でついていくのが大変だったけれど、その分サビの「なまなまなまなまこも〜ど」のところでは一際みんなの声が大きくなったのが印象的だった。

「キャラが濃い二人に挟まれてます」と話し始める後藤さん。会場からは笑いが。

 

ナマコの歌でほぐれた会場の空気を引き継ぐのが、後藤さんのキイロシリアゲアリ研究のお話だ。

アリの女王は、生涯一度の交尾の際に受け取った精子を使って、10年以上にわたって卵を産み続ける。どうしてそんなことができるのだろう?というのがメインの研究テーマ。

 

▶珍獣図鑑(14):交尾は生涯一度きり。なのに10年以上産卵を続ける女王アリの秘密にせまる
https://hotozero.com/knowledge/animals014/

 

会場には後藤さんの研究室で飼育しているキイロシリアゲアリも登場。プラケースに入れて回覧され、参加者の目を楽しませてくれた。

研究室で飼育されているキイロシリアゲアリが来場!

アリたちの様子はYouTubeでも配信中。

 

後藤さんの「眠れない夜に見てください」という締め台詞に、またしても会場からは笑い声が上がる。

最後は変形菌研究の増井さん。多種多様な変形菌の形態を写した美しい写真には、ときおり歓声が上がった。実は今回のテーマ「生物にとって〈私〉とは何か?」にもっとも近いところで研究をしている人である。

 

変形菌は二つの個体が合体して一つの個体になることができるけれど、同じ種類でも合体できるものとできないものがある。変形菌がどうやって自己と他者を区別しているのか?そもそも自分とか他人ってどんなものなのか?を探ることが増井さんの研究テーマだ。

 

▶珍獣図鑑(10):アメーバ状からキノコのように変身! だけど菌類じゃなく動物でも植物でもない、不思議でカワイイ単細胞、変形菌
https://hotozero.com/knowledge/knowledgeanimals_010/

 

究極的な目標は「生き物にとって自己とは何かを理解すること」

 

各10分程度の短い講義だったけれど、聴いた人の好奇心は大いに刺激されたようだ。講義の後には、参加者・オンライン視聴者の両方から盛んに質問が寄せられていた。

そしてトークセッション「生物にとって〈私〉とは何か?」へ

5分休憩を挟んで、一旦頭を落ち着かせてからトークセッションへと流れ込む。ここからが珍獣ナイトの本番だ。

 

「生物にとって〈私〉とは何か?」というテーマの意図。編集部・谷脇氏が「珍獣図鑑」の取材を通していろいろな生き物について知るうちに、我々人間が今日営んでいるこの生き方、自分というもののとらえ方も、無限にある可能性の一つに過ぎなかったのでは?と感じたことに一端があるという。

 

その発想に一際強い影響を与えたのが、増井さんの変形菌研究だ。変形菌は自分の情報を含ませた粘液をまとうことで自己を細胞膜の外まで拡張し、また粘液によって混ざり合える相手(自己)と混ざり合えない相手(他者)を見極めているのではないかと増井さんは考えた。このようにユニークな方法で自他の区別をする変形菌は、生物の自他境界を考察する上でうってつけな素材なのだ。

「生物にとっての自分とは、細胞膜や皮膚によって外界と隔てられた領域のことです。しかし我々がメガネを自分の体の一部だと感じることがあるように、生命には自他の境界を外へ外へと広げていく性質があるんじゃないでしょうか。僕の場合だと、自分が大好きな変形菌を貶されると、自分が傷つけられたような気がします。これだって自己が拡張していると言えるのかもしれない」

 

これに対して後藤さんのアリ研究は「社会の中の自分」「集団の中の自分」について考えるきっかけを与えてくれる。

「私」は自分一人のことであり、個人であり、それが寄り集まって社会になると我々はごく当たり前に考えている。だがアリの社会を観察していると、そうではない、いわば「私たち」という集団を基底にした生き方が見えてくる。それが一番顕著に表れるのが、女王アリであり生殖の仕組みなのである。

「アリはコロニー全体で一個体のようなもの。自分では繁殖しない働きアリは、繁殖能力のある女王アリを世話することで遺伝子を後世に残そうとします。真社会性昆虫という名前とは裏腹に、人間の社会とはかなり違うんです。仕事に疲れたサラリーマンが上司を女王アリに、自分を働きアリに例えることがよくあるけど、あれは間違いです」

 

生き物を見ることを通して人間を相対的に捉える、そうすることで何か見えてくるものがあるのではないか。生きるヒントが見つかるのではないか。ナマコ、アリ、変形菌という人間からかなり遠そうな生き物をわざわざ選択した理由も、ここにあった。

 

生きるヒント!これは是非とも聞いて帰りたい。貴重な知見を与えてくれたのは、一橋さんのナマコ研究だ。

誰しも「私」を発端とした悩みに苦しまされることが多いものだ。というか、「私」から発せられる対人関係や自己実現の欲求こそが人間のストレスの源泉と言ってもいいだろう。ナマコには脳がない。脳がないとはいえ、身体を持っている以上は外界からストレスを受けることは人間と変わらない。しかしその対処法には参考にすべき点があるという。

「人間がストレスで体調不良になるのと同じで、ナマコもストレスで溶けてしまいます。でもナマコには脳がない。ひたすらモグモグ(※砂や泥に含まれる食べ物を口に運ぼうと触手を動している様子)している。あえて言うなら、動くことが考えること。私たちも悩んでる間もとにかく手を動かすことが大事かなと」

 

生き物を観察しているとき、「人間とはどこが違うのだろう?」と考えながら見てしまうのは誰しも同じのようだ。研究している生き物の「私」観について語る研究者たちの話題は尽きることがない。

参加者からも「人間にとっての『私』は文化によって変わるものなのかもと思っていたけれど、生き物全体にまで視野を広げることでさらに自由な見方ができるような気がする」といった声が上がった。

 

ほとゼロの第1回リアルイベント「珍獣ナイト」、「私って何なんだろう?」という、誰しも抱くが普段は意識することのない壮大なテーマの余韻を参加者の胸に残しての幕引きとなったのだった。人間にとっての一番の珍獣は、他ならぬ人間なのかもしれない。

閉会した後もあちこちで議論の火は燃え続ける。

 

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