岡本太郎の作品に土器、鹿の頭蓋骨、毛皮、石ころ・・・なんかごちゃまぜ。それなのにチラシ1枚で不思議と興味がわいてくる。“いのち”を軸に一つの世界へと昇華した國學院大学博物館の企画展「いのちの交歓 ―残酷なロマンティスム―」。2018年2月25日まで開催されていた斬新な展示のヒミツに前後編で迫ります!
企画展のチラシ
「いのちの交歓 ―残酷なロマンティスム―」とは一体?! 1枚のチラシから感じた疑問をまずは解決すべく、この企画展をキュレーションした学芸員の石井 匠さんにお話をうかがいました。
この石井さんのプロフィールがとても興味深い。元現代芸術の作家、考古学の研究者、神主の資格(自称ペーパー神主とか)を持つマルチな方でした。さらに『謎解き太陽の塔』(幻冬舎新書)の執筆や岡本太郎記念館で客員研究員をされている岡本太郎通。メキシコで行方不明になっていた「明日の神話」(渋谷駅設置)にも深く関わっていらっしゃったそうです。
後編ではトークセッションの司会をされている石井さんのお姿(遠景)も紹介しています。
岡本太郎作「座ることを拒否する椅子」。
(C)岡本太郎記念館
岡本太郎と國學院大学博物館とのつながりは、2016年に岡本太郎記念館で開催された「生きる尊厳 ―岡本太郎の縄文―」への協力がはじまりとか。岡本太郎は「縄文文化論」をはじめいくつもの日本文化論を著していて、縄文土器は日本の根源にある芸術だと語っています。今回のテーマ「いのちの交歓 ―残酷なロマンティスム―」は、岡本太郎の著書『神秘日本』の中から引用です。
================================================================
動物と闘い、その肉を食み、人間自体が動物で、食うか食われるか、互いにイノチとイノチの間をきりぬけ、常に生命の緊張を持続させながら生きて行く。このいのちの交歓の中に、動物と人間という区別、仕切りはなかった。あの残酷なロマンティスム。動物だけではない。自然のすべて、雨も風も、海も樹木も、あらゆるものと全体なのである。
岡本太郎『神秘日本』(中央公論社 1964年)
================================================================
「岡本太郎はこの短い文章に、縄文人がどういう生き方をしていたかを書いているんです」と石井さんは言います。
「人間と動物の関係性は、食うか食われるか。私たちも普段、動物や植物を食べていて、彼らを殺していのちを取り込んでいるのにも関わらず、その実感がない。それを岡本太郎はいのちの交わり、交歓、さらに残酷なロマンティスムと言っている。岡本太郎が感じていたものは何かを読み解くとともに、いのちとは何かということを考えながら、いろいろな収蔵品・作品の組み合わせを考えて、今回の展示になりました」と企画展の意図を教えてくださいました。
岡本太郎作品や土器、民具などと共に、現代作家の作品が多数展示されていることも気になるポイントです。
現代作品と展示法については「いのちの交歓、残酷なロマンティスムという単語にフィットする作家さんを選びました。それが結果的に画家、彫刻家、写真家、映像作家になって。実は岡本太郎はこれらの芸術ジャンルのすべてをやっているんですよね」。
「時間も場所も物も、何の脈略のないものをインスタレーション的に並べて、架空の神話的空間として2.5次元、4.5次元と名付けて展開しました。ベースにあるのは日本神話の古事記です。この展示で、何を感じ、どんな答えを出すかは、見た方にお任せしています(笑)」と石井さん。
なるほど!つまりこの展示は、私が持っている常識を超えた、今までに見たことがない空間が広がっているんだと納得。高まる胸を抑えながら、展示スペースへ足を踏み入れました。
ちなみに2.5次元といっても、アニメやマンガを表現した舞台とは違うのでご注意を。
東北の自然そして農村に宿る神々へ、いのちの豊饒を願って祈り踊る。東北を原点に活躍する画家・田中望の「モノおくり」。
(C)田中望
最初のスペースは2.5次元とされた「豊饒の間 死とともに汚物から生まれるいのち」。古事記でイザナミという女性の神様が、死んでいく過程でさまざまな汚物を出し、それが金属や粘土などの神様になっていく場面がベースです。
人間や非人間が、いのちの豊饒を願って歌い、踊り、祈っている。このスペースには岡本太郎絶筆となった絵画「雷人」も展示されていました。
目にドーンと飛び込んでくる岡本太郎作「豊饒の神話」。作品を背景に縄文人に食べられた鹿の角や骨、縄文時代の土器と土偶、古墳時代の武具、近代の民具が並ぶ2.5次元「豊饒の間」。
(C)岡本太郎記念館
2.5次元「豊饒の間」は岡本太郎と現代アーティストの作品、旧石器人から現代人まで、いのちの証が混在一体となっていた
(C)岡本太郎記念館 (C)田中望
岡本太郎が撮影した写真をスライド上映。岡本太郎は斜め45度に改造したカメラで、被写体の自然な表情を撮影していた
続いてのスペースは4.5次元とされた「石の間 この世とあの世、生と死の裂け目に鎮座する地球の贓物」。こちらも実際にはありえない次元で、ありえない空間として設定。中央には縄文時代の遺跡から出土した大きな石(流山市三輪野山貝塚)がご神体のように鎮座して、古代宗教の聖地のような神聖な雰囲気が漂っていました。ここはイザナミとその夫であるイザナギが死者の国と生者の国の境目、千引の岩を境に問答する場面が表現されていました。
大石を中心にした神秘的な4.5次元「石の間」。縄文人の頭蓋骨から、写真家・井賀孝や彫刻家・藤原彩人の作品まで、まるで古代の祭事に参加したような神聖な気持ちに。
(C)流山市教育委員会 (C)Ami Inoue (C)井賀孝
モニターには映像作家・井上亜美作「猟師の生活」「じいちゃんとわたしの共通言語」「まなざしをさす」が流れる。絵画は岡本太郎作「石と樹」、彫刻家・藤原彩人の磁釉陶が並ぶ
(C)Ami Inoue (C)岡本太郎記念館 (C)藤原彩人
「いのちに対する感情が、度し難いほど軽く希薄になっている」と危機感をお持ちの石井さん。
あまりにも斬新で感性的な展示でしたが、“いのち”について考えたのはいつだっただろう?自らを顧みながら見学しました。縄文時代から脈々と静かに伝えられてきた“いのち”のやりとりを感じながら、今を生きる私たちに “いのち”を結い直すきっかけを与えてくれるものでもありました。
後編ではトークセッションをレポートします!