ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

  • date:2019.4.17
  • author:南 ゆかり

京大×ほとぜろ コラボ企画「なぜ、人は○○なの!?」

【第2回】なぜ、人は言葉だけではわかり合えないの!?

上原先生メイン

教えてくれた先生

上原 麻有子

京都大学文学研究科教授

専門は「近代日本哲学」。京都学派における翻訳の問題、西田幾多郎の身体論から考える身体としての顔、近代日本のおける女性哲学などを研究テーマとしている。

「朝まで生テレビ」な理由

♠ほとぜろ

最近、しょうもないことで家族と言い争いになりまして。お互いに相手の言葉を誤解して受け取っているのか、時々、通じないんですよ。

♦上原先生

確かに、不思議ですよね。お店で店員さんに言葉で伝えるとちゃんと望んだものを出してくれるし、外国の人を相手にした時でさえ上手く道案内をしてあげることもできるのに、家族のような身近な間柄でも「言葉が通じない」ということがよくあります。でも、それは当たり前のことなんです。

♠ほとぜろ

といいますと?

♦上原先生

言葉が通じる、通じないには、言葉の持つ階層のようなものが影響しています。言葉には、市場に出回っていてみんなが共有できるような意味で使われる次元があって、だから、お店で買い物をしたり、道案内をしたりできるわけですね。しかし、同じように日常的な言葉を使っている家族同士なのに通じないということもある。それは、買い物や道案内とは違う次元で言葉のやり取りをしているからです。たとえば、文学作品。小説でも詩でも、文学作品を読んだ人が言葉をどう理解するかと、著者がどう考えてその言葉を使ったのかは、同じではないかもしれません。また、文化が違うと、たとえば同じ「花」という言葉を受け取っても、日本や日本と似た気候にある西ヨーロッパ辺りの人と砂漠やその周辺に住む人とではまったく違ったイメージを持つそうです。

 

言葉はこのように、辞書では定義されない、観念的なもの、文化的な意味をたくさん組み込んで使われることがある。言葉を発する側と受け取る側が、そのような定義されていない意味を共有できなければ、言葉は通じないのです。

上原先生取材風景

上原先生は、やわらかな口調で言葉の不思議を教えてくれる

♠ほとぜろ

言い争いは、ある意味しょうがないのですね。少し安心します。家族同士だから通じるはずだと、より期待をしてしまっているのかもしれません。

♦上原先生

たとえ家族でも、人それぞれバックグラウンドや積んできた経験、またどのくらいいろんな言葉を蓄積してきたかも違うのでね。それに、日本には、古くから、長年の経験・生活を共有した間柄に通じる阿吽の呼吸というのがあります。家族なら、言葉よりむしろその方が通じる時もあるでしょう。

何通りもの言葉がある

♦上原先生

お互いの理解の問題だけでなく、言葉を生み出す過程の問題もあります。モノローグってご存知ですか?

♠ほとぜろ

独り言ですか?

♦上原先生

モノローグとは、もともと演劇の言葉で、舞台で役者が一人で語る、ということですが、言語学やなんかでは「一人の中のダイアローグ(対話)と理解されています。「こうしたほうがいいのかなあ」「自分では結論が出ないなあ」なんていろいろ悩んでいる状態、つまりは、自分の中にいろんな立場があってダイアローグしているということです。

 

人が何か考えるときは、何かを決めなければならないとか、ごちゃごちゃしているものを整理するとか、一つのものを引き出して結論にするとかのために考えるものですよね。その過程で人と話し合うこともありますが、第一段階は自分の中で一人で考えます。そうした考えている状態とは、モノローグだと思うのです。で、モノローグには、意識の働き具合によっていろんな段階があるんです。すごく意識の深い部分でもやもやしているようなまだ言葉には程遠いような段階がまずあって、次に比較的言葉がはっきりしてきて頭の中でぶつぶつとつぶやける段階になり、さらに目前に人がいてその人に説明しなければならないが一生懸命どう言えば一番よく理解してもらえるか、いろいろ考えて努力する段階を経て、やっと言葉となるわけです。意識の深みから、はっきりした認識へだんだんと上ってくるまでには、一本道ではありません。行きつ戻りつ迷いながら言語化します。

京大チャート2

♠ほとぜろ

そんなプロセスが、簡単に他人に理解できるわけないですよね。

♦上原先生

そうですね。それに、言葉にするということは一通りではないということです。なぜ、人が思いをうまく伝えられないかというと、言葉自身にたくさんの可能性があるからなんです。

言葉が戦争を引き起こす

♦上原先生

翻訳という行為は、まさにモノローグです。翻訳者は、外国語のテキストを読んで翻訳しようとしますが、テキストの部分によっては、何を言っているのか全くわからない、ということがあります。何度読んでもわからないので、著者の経歴や他で何を言っているかをいろいろ勉強する。最初は意識の深みにあって全く言葉にならないものが、だんだんリサーチしたり何度も何度も前後の文脈を読解しているうちに、その1フレーズが何を言っているかわかってくるというプロセスですね。

♠ほとぜろ

翻訳って、すごい大変な作業なんですね。

♦上原先生

そう。文化も時代も翻訳者から遠ければなおさらですね。漱石の『坊ちゃん』の翻訳なんかでも、駄洒落は日本語特有のものであり、翻訳できないのでしょう。原文とは全く異なる表現に置き換えられてしまっている。そんなケースもあるんです。

 

しかし、まだ『坊ちゃん』なら庶民の暮らしですが、聖書の翻訳となると神の言葉を理解しなければならないわけですから、もっと大変です。紀元前の昔、まずはヘブライ語からギリシャ語に訳され、そこからラテン語に訳され、さらにフランス語、英語、ドイツ語に訳され、その後、まったく違う文化圏の言葉である中国語や日本語などに訳されてきました。神の言葉をどう解釈するかはそれこそいろいろなので、聖書解釈、翻訳が原因で宗教戦争が起こったとも言われています。仏教もそう。教義がいろいろあるのは、解釈がいろいろだからですね。

聖書イメージ

「神の言葉」が書かれた『聖書』を翻訳するのは、とても大変な作業

たまには一緒に音楽を

♦上原先生

言葉がいかに複雑で難しいかということに関して、ある哲学者は、何かを明らかにしようとして話せば話すほど深みにはまってしまって、一番言いたいことは遠のいていく、というようなことを述べています。京都大学を拠点に1930年代に生まれた哲学者のグループ「京都学派」のある哲学者は、人と人とが一番通じるのは、言葉なしの直観によるものだと考えていました。直観したものには、いろいろな意味やなんかあらゆるものが完全に含まれていると。言葉を使うとそれらが分解・分析されていくが、結局は完璧には分析できない。言葉という形になってくるのは、一部でしかないというのですね。

♠ほとぜろ

直観とは、どんなものなのでしょうか。

♦上原先生

これは一筋縄では説明できませんが、いろんな次元の経験があって、日常的な経験の中にもそれはあるはずなんですね。たとえば、音楽を聴いたとき。同じ音楽を一緒に聴いてものすごく2人で感動したとしたら、そこにひょっとしたら、共通にわかり合えるものが生まれているかもしれません。その意味を言葉にして語ったりすると、互いの理解から離れていくのかもしれない。というのは、それぞれが完全に一致した意味を含んだ同じ言葉で説明することはたぶんできないからです。やはり、音楽を聴いてまず直観した状態というものこそが、お互いに最もよく理解しあえた状態ということになるのではないでしょうか。

 

♠ほとぜろ

そのこと自体は素敵ですが、言葉では伝わらない、わかり合えないとは、何か悲しいですね。

♦上原先生

実際、言葉がなければ人間は生きていけないでしょう。コミュニケーションはもちろんですが、言葉があるから思考やものづくりもできるのであって、その存在はやはり重要です。私の言っていることは悲観的かもしれませんが、「言葉は伝わらない」というのを前提にしておいたほうが気楽ということもありますよ。伝わらないってお互いにわかっていれば、そんなに怒ったり悲しんだりしなくてもうまく付き合えればいいと思えるし。また、わかり合えなくても、コミュニケーションを続けようという意志がある人同士なら努力を続けていけるでしょう。言語化する方法は何通りもあるのですから。

今回の   

人が言葉だけでわかり合えないのは、そもそも通じないのが言葉だから!

※先生のお話を聞いて、ほとぜろ編集部がまとめた見解です

◎上原先生が座長として登壇されるシンポジウム「アジア人文学の未来」が4月27日(土)に開催されます(詳細はこちら)。 ◎特設サイトTOPページに戻る⇒こちら

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