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  • date:2022.2.1
  • author:蔵麻子

京都工芸繊維大の村上久先生にイグ・ノーベル賞を受賞した「人混みでぶつからずに歩ける理由」を聞いてみた。

黄色の帽子を被った歩行者が右から左へ、赤色の帽子を被った歩行者が左から右へとそれぞれ移動。赤色の帽子を被った先頭の3人が歩きスマホの歩行者

今回お話を伺った研究者

村上 久

京都工芸繊維大学 情報工学・人間科学系助教

1987年生まれ、大阪府八尾市出身。専門は認知科学。神戸大学理学部で、独自の生命論研究で知られる郡司幸夫教授の研究室に入ったことをきっかけに、動物の群れの動きの研究に取り組むようになる。2015年3月神戸大学博士課程修了後、早稲田大学の研究員、神奈川大学の特別助教、東京大学先端科学技術研究センター特任助教を経て、2021年1月より現職。長岡技術科学大学の西山雄大講師、東京大学のフェリシャーニ・クラウディオ特任准教授、西成活裕教授との共同研究で2021年9月にイグ・ノーベル賞(動力学賞)を受賞した。

人は阿吽の呼吸で《予期》しあっている

都市にある大規模な交差点のように、大勢の人が行き交う通路では、対向して移動する二つの歩行者集団が、自然と列にわかれるなどの集団行動を行うことが知られています。私たちはこの現象をそういうものだと認識していましたが、改めて考えるとすごい能力!

 

これまでもこうした人の集団行動については物理学の面から多く研究されてきたのですが、生物がどのように情報を処理して行動しているのかを探る、認知科学の観点からアプローチしたのが、「人を笑わせ、考えさせる研究」を表彰するイグ・ノーベル賞で「KINETICS PRIZE(動力学賞)」を受賞した村上先生たちの研究です。ノーベル賞のパロディーで、奇妙な研究が多いイメージが強いイグ・ノーベル賞ですが、ちゃんと“真面目な”研究も受賞しているのです。

34歳の村上先生。人文系の本からもヒントを得ようとする文理融合な若手研究者。ファッションもオシャレです

34歳の村上先生。人文系の本からもヒントを得ようとする文理融合な若手研究者。ファッションもオシャレです

 

「僕らは今回、『歩行者たちが阿吽の呼吸で互いに《予期》しあうことで、対向者をスムーズに避けて進みながら自然に列に分かれる集団行動を促進させている』という仮説のもとに、1組27名の集団2組が横断歩道のような通路を対向する実験を行いました。障害のない状態での歩行と、《予期》の認知能力を邪魔する歩きスマホの3名を追加したいくつかのパターンの実験を行ったんです」

 

実験の動画があるんですね、見てみましょう!

黄色の帽子を被った歩行者が右から左へ、赤色の帽子を被った歩行者が左から右へとそれぞれ移動。赤色の帽子を被った先頭の3人が歩きスマホの歩行者

黄色の帽子を被った歩行者が右から左へ、赤色の帽子を被った歩行者が左から右へとそれぞれ移動。赤色の帽子を被った先頭の3人が歩きスマホの歩行者

 

「この動画データをもとに、僕らは歩行者一人ひとりの行動を細かく分析。歩きスマホの歩行者がいないケースに対して、歩きスマホで《予期》が阻害された場合は集団行動がうまく機能しないことがデータで実証できたことから、『歩行者同士が《互いに動きを予期し合う》ことが、集団全体の組織化を促進している』という結論を立証することができました」

 

ふむふむ、つまり私たちは、互いに空気を読むかのように行動しているから、横断歩道の人混みの中でもぶつからずに済んでいると? そもそも先生、《予期》とは何でしょうか。

 

「ちょっと難しくなりますが、この実験で言う《予期》について説明しますと、前提条件として《予測》と《予期》は別のものとして考えてみて欲しいんです。
まずここでの《予測》というのは、問題と回答を一対一で対応させるもの。経験則から精度を磨くもので、正解か不正解かの判別にはとても便利な未来推定方法ですが、前提状況や環境が変わると役に立ちません」

 

つまり、環境に変化がなく時間的にも余裕があるときには、情報を十分に集めて正確な<予測>を行うことができる、ということですね。

 

「それに対して《予期》とは、予測を行いながら、想定の外部をも取り込もうとするものだと考えています。想定外のことが起きても、それを瞬時に受け入れて行動を変化させるのが《予期》です」

 

《予測》だと、情報を集めて「こうだ!」と確信してから行動するのでタイムラグができてしまう。でも《予期》なら、それがない。

 

「実際、歩行者が群衆の中を歩いているときに、あれこれ予測しながら歩くような余裕はないですよね。《予期》により、意思決定と行動が不可分にダイナミックに結びつく情報処理ができているからこそ、僕らはスムーズな集団歩行を実現できているんです」

 

人は無意識のうちに互いに阿吽の呼吸で《予期》しあっているからこそ、歩きスマホの人のような阻害する人が入ると《予期》が機能しない。歩きスマホをする人に対して、普通に歩いている人も判断に迷って急にターンしたりとぶつかりそうになるし、後ろを歩く人の動きも乱れてくる、結果集団全体に影響が広がるということなんですね。面白い!

 

「そうでしょう? 僕がこの実験をしたのも、この《予期》と集団行動のダイナミックな関連性を、自分の目で見て確証を得たいと考えたからなんです」


動物の群れの動きの研究が、そもそもの始まりだった。

村上先生のお話を聞き、人間の認知機能ってすごいんだと改めて感じさせられた私。
先生がこの研究に取り組んだきっかけが気になります。

 

「僕は学生の頃から『動物の群れの行動』を研究していまして。沖縄に行って、数万匹の群れをつくるカニの行動を調べたりしていたのですが、今回の実験や研究も、その延長上にあるんですよ」

 

確かに動物の群れって、リーダーがいるわけでもないのに、群れがまるで一つの生き物のように振る舞いますよね、スイミーとか渡り鳥とか。

村上先生のHP(https://sites.google.com/view/hisashimurakami/)から。動物が群れる理由は「捕食者に対する防御」などが語られているものの、どうやって一糸乱れぬ動きをしているのかは謎のまま

村上先生のHPから。動物が群れる理由は「捕食者に対する防御」などが語られているものの、どうやって一糸乱れぬ動きをしているのかは謎のまま

 

「『動物の群れの行動』を研究する面白さって、生物の本質的な問題…ある種の社会性の起源であったり、一個人の身体性や心というようなものがどうやって立ち上がってくるのか、ということにつながってくるところなんですよね。それこそ、紀元前から考えられてきたけどまだ明確な答えがでていない問いにつながってくるから面白い。最近では画像解析の技術も進んでいますので、そうした本質的な問題を考えるにあたって、『動物の群れの行動』というのは非常に適した対象だと思っています」

 

人文系の研究からもヒントを得ようとする先生らしい学問姿勢ですね。でも今回、人間を対象にしたのはどうしてですか?

 

「学生時代から動物の集団を基本にいろんな研究をしてきました。でも人間の集団の研究もやってみたいなと思っていたところ、2018年に東京大学の先端科学技術研究センターの特任助教になりまして。そこで幸運にも、人間の集団に関する研究の第一人者である西成活裕教授の研究室に入ることができたんですね」

 

西成教授も、今回の研究メンバーのお一人ですね。

 

「はい。教授の研究室での縁で、今回の研究チームが生まれました。チームの中では僕が一番若手なんですが、着想から実験、分析までメインで取り組んだことから、研究の代表者としてアメリカの科学雑誌『サイエンス・アドバンシス』に論文を発表することに。それがイグ・ノーベル賞の受賞のきっかけとなったんです。連絡が来た時は、まさかと思ってすごく驚きました」

模造品で無効の「賞金10兆ジンバブエドル」と表彰盾。「盾はエアコンの風で飛ばされそうなほど頼りない」と村上先生(写真は京都工芸繊維大学のHPから)

模造品で無効の「賞金10兆ジンバブエドル」と表彰盾。「盾はエアコンの風で飛ばされそうなほど頼りない」と村上先生(写真は京都工芸繊維大学のHPから)


そういう受賞経緯だったんですね。でもそもそも、《予期》と集団行動の関係性という着眼点は、いつからお持ちだったんでしょうか。

 

「動物の群れの研究をしていたときからです。《予期》というか未来の情報を取り込んで相互作用をすることが、群れをつくるうえで非常に重要なファクターだとずっと考えていまして。最初は、それを数式で説明しようと、数理モデルをつくったりしたんですよ。それによってある種の面白い現象が説明できたりはしたんですが、《予期》のメカニズムや機能的な意味までは実験的には解き明かせなくて。

 

そこから数理モデルではなく、ダイレクトに実験で調べることをやるべきだな、と考えるようになりました。でも動物の群れではいい実験アイデアが浮かばず、保留となっていたんです。それが西成教授の研究室に入ったことで『人間が対象なら実験できるんじゃないかな』と着想を得たのが始まりでした」


私たちはどうやって《予期》をしているのか?

動物の群れの動きの研究から始まり、《予期》に注目して、イグ・ノーベル賞受賞の研究に至った村上先生。でもこうなると気になるのが、私たちはどうやって《予期》をしているのかということです。私は視線の動きじゃないかと推測するんですが、どうでしょう村上先生!

 

「いいえ、それが違うようなんです。実験の結果、自分がどこを見ているかは重要でも、相手の視線がどこを見ているかは《予期》に使われていないことがわかりつつあります。データを分析して裏付けも取れてきたので今論文にまとめているところです」

 

ええっ? では私たちは何をもって相手の動きを《予期》しているんでしょうか。

 

「いやぁ、それがまだ解明されていなくて、今まさに新たな研究テーマとしているところです。人間の集団での実験が切り口となりましたが、今後は動物の群れでの実験も構想しています。おそらく人間同様に、鳥や魚、カニなどの生物全般が何らかの《予期》を相互に行っているはずなんです」

 

他の学者による先行研究なんかもあるんですか?

 

「例えば1800年台にある鳥類学者が『鳥の群れはテレパシーを持ってるのでは』という学説を唱えています。流石に現代では《予期》=テレパシーとは考えませんけどね。けどそう思ってしまうほど全体として緊密な連携を見せる群れは、10年ほど前にも総合学術誌『ネイチャー』に、神経細胞の集まりである脳から立ち上がる意識の良いメタファーになるとする論文が掲載されました。そう簡単に答えが出る問題ではないのですが、いろんな学者の研究により理解は進んでいくと思います」

 

答えが出ちゃうとそれで終わりですから、と楽しそうに語る村上先生。今後もさまざまな実験や論文を通じて生体の集団行動の仕組みの謎をすこしずつ解き明かしていくロマンを追い続けていくんでしょうね、「わからない」ということを、ものすごくすごく嬉しそうに語っていらっしゃいますもの!

 

ちなみに、2021年1月より、京都工芸繊維大学の助教に着任されていますが、今後はこの環境で、どんな研究や周りの研究者との連携を行なっていく予定なんでしょうか。

 

「僕が所属しているのは情報工学・人間科学系の分野ですので、周りには認知科学の研究者はもちろん、がっつり脳科学をやってる先生や、ロボットを研究している情報系の先生もいて面白いんです。デザインや工芸との文理融合にも力を入れている大学なので、例えば集団の動きの原理がある程度説明できれば、建物や道路の建築・設計に役立つかもしれない。また、ロボットの集団行動を人間や動物の動きを参考にプログラミングするなどの話もありますね」

 

うーん、コロナ禍でコラボレーションが実現していないのが残念なところ。でも先生の頭の中では、さまざまなアイデアが浮かんで、早く動きたくて仕方がない模様。村上先生の、今後の動きに注目です。

 

『Science Advances』掲載の論文

イグ・ノーベル賞受賞のきっかけとなった『Science Advances』掲載の論文
「Mutual anticipation can contribute to self-organization in human crowds」(英語)
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abe7758


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