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  • date:2020.8.11
  • author:谷脇栗太

銀河に満ちる「ダークマター」を探していたら、未知の素粒子を発見か!? 科学ニュースを神戸大学の先生に聞いてみた。

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今回お話を伺った研究者

身内賢太朗

神戸大学理学研究科 准教授

2002年、東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。京都大学大学院理学研究科助教を経て、2011年より現職。ダークマターの探索を専門とし、ダークマターの到来方向に感度を持つ「NEWAGE実験」を主導している。神戸大学大学院理学研究科物理学専攻のメンバーとともに国際共同実験「XENON」に参加。

2020年6月17日、ダークマターの探索実験で未知の素粒子「太陽アクシオン」発見か!? というニュースが駆け巡った。発表したのは「XENON1T(ゼノン1トン)」という装置でダークマターの探索実験を行う国際共同実験グループ(東京大学、名古屋大学、神戸大学が参加する、米国・ヨーロッパ・日本を中心としたグループ)。物理学に詳しくなくても、素粒子といえば「カミオカンデ」でニュートリノを観測した小柴昌俊さん、ニュートリノに質量があることを証明した梶田隆章さんなど、歴代のノーベル物理学賞受賞者を思い浮かべる方は多いのではないだろうか。

 

ノーベル賞につながるかもしれない大ニュースだが、どれだけスゴいことなのだろうか。そもそもダークマターって?

 

XENON実験に参加している神戸大学の身内賢太朗先生にお話を伺うと、極小の現象から宇宙の謎に迫る科学の最先端が見えてきた。

見えない宇宙の重さをはかる

「ダークマター」、あるいは「暗黒物質」。無性にワクワクする言葉の響きだが、宇宙の成り立ちに関わる超重要な、そして正体不明の物質なのだという。

 

「ダークマターは、宇宙全体の質量の5分の2を占める未知の物質です。存在することだけは知られていますが、直接観測されたことはなく、その正体は謎に包まれているんです。現代の科学が抱える最大の謎のひとつと言っていいでしょう」

 

と身内先生。観測できないものが、どうして存在するとわかるのだろうか?

 

「ハンマー投げの選手を思い浮かべてください。重い鉄球を遠くまで投げようとすると、当然速く回転する必要があり、選手も強い力で鉄球を引っ張らないといけませんよね。このように、質量を持った物体同士が万有引力で引き合いながら回転運動をするとき、その速度は互いの物体の質量によって決まります。こんなふうにして、地球の公転周期と公転半径から、太陽の質量を求めることができます。

 

同じように、私たちの銀河系について考えてみましょう。銀河には約1000億個の恒星が存在するので、銀河全体の重さは太陽の約1000億倍というふうに、ある程度計算で求めることができます。銀河の中心部は星が密集していて、外側にいくにつれて疎らになっていく(つまり、中心部が重く、辺縁部が軽い)ので、先ほどの例で考えると銀河の中心に近いほど回転速度が速く、外側にいくに従って遅くなると仮定できます。しかし、天文学者が実際に回転速度を観測してみると、銀河の外側でも回転速度はほとんど変わりませんでした。この仮定と実際に観測で得られた速度の差にあたる分、銀河には質量を持った目に見えない物体が満たされていると考えられます。この物体こそが、ダークマターなのです! 」

回転曲線

銀河の回転曲線観測の概念図。

 

「ダークマターは宇宙空間をあらゆる方向に自由に飛び回りながら、銀河全体をスッポリ包み込むようにして分布しています。その質量によって、銀河系がバラバラにならないようにつなぎとめる、砲丸投げのチェーンのような役割を果たしています」

銀河を取り囲むように分布するダークマターのイメージ(紫色)。ダークマターハローと呼ばれる(ハローhaloは太陽や月にかかる暈や、天使の後光などの意味)

銀河を取り囲むように分布するダークマターのイメージ(紫色)。ダークマターハローと呼ばれる(ハローhaloは太陽や月にかかる暈や、天使の後光などの意味)

 

目には見えないのに、銀河の重さとしてたしかに存在するダークマター。それをなんとか観測しようとしているのが身内先生であり、XENON実験なのだ。それでは、ダークマターを研究すると、一体どんなことがわかるのだろう。

 

「ダークマターは宇宙の歴史に深く関わっています。宇宙が進化する中で、ダークマターが濃く分布するところに銀河や星が生まれたと考えられているからです。ダークマターから星の材料になるような通常の物質が生まれたのか、あるいはその逆かはわかりませんが、ダークマターと通常の物質の間に何らかの相互作用があったと考えられるでしょう。その正体がわかれば、ビッグバン以降、宇宙がどのように進化してきたのかを明らかにする重要な材料になります」

 

なんと、ダークマターは宇宙の歴史を紐解く鍵だったのか。現在、その正体にどこまで迫れているのだろうか?

 

「現在のところ、ダークマターは未知の素粒子だと考えられています。その質量と、通常の物質との反応の仕方がわかれば、ダークマターの正体を突き止めたと言えるでしょう。

素粒子物理学の世界には1970年代に提唱された標準理論という理論体系があるのですが、ダークマターが未知の素粒子だとすれば、この標準理論が大きく塗り替えられることになります。現在は理論物理学者たちによって新たな理論が模索され、ダークマターの候補となる新たな素粒子についてもいくつもの仮説が立てられています」

 

宇宙の歴史から突然、素粒子の世界にクローズアップ。話のスケール感にクラクラしてきた。極大の世界と極小の世界がつながるのが物理学の最先端であり、その「わけのわからなさ」が身内先生がダークマター研究に惹かれる理由なのだそうだ。

銀河団(10の24乗メートル)からダークマター(10のマイナス24乗メートル)まで、物理学で扱う守備範囲はなんと50桁!

銀河団(10の24乗メートル)からダークマター(10のマイナス24乗メートル)まで、物理学で扱う守備範囲はなんと約50桁!

 

「地球や太陽は銀河の中を一方向に秒速200kmで進んでいますが、ダークマターも同じぐらいの速度で銀河の中をいろいろな方向に飛び回っていると考えられています。私たちの地球は、大雨の中で自転車をこぐみたいに、飛び交うダークマターの中を進んでいるんです。手のひらを広げると、毎秒10の5乗個ものダークマターが降り注いでいる計算になります。また、地球の公転方向や太陽系が銀河系の中を進む方向との関係で、降り注ぐダークマターは6月はやや多く、12月はやや少なくなる季節変動があると言われています」

 

ダークマターは今も地球に降り注いで、私たちの身体をすり抜けているのだ! 季節によって量が変動するという点も、意外と身近な存在に感じられる。俳句に詠むなら夏の季語になるのだろうか。

 

しかし、目にも見えず、触れることもできないものを一体どうやって観測するのだろう?

 

「ダークマターはとても小さいので大抵のものはすり抜けてしまいますが、通常の物質とぶつかることでビリヤードのように原子核を撥ねとばすことがあるはずです。この現象を観測するのが、XENON実験をはじめとした直接探索のねらいです」

ダークマターを見つける3つの方法

ダークマターの探索は、大きく3つの手法で行われているという。

 

「ひとつは『直接探索』、XENON実験のように、通常の物質にぶつかった際の現象を観測する方法です。続いて『間接探索』、これは銀河の中心などダークマターが密集している場所でダークマター同士が衝突して対消滅する際に発生する信号を観測しようとするもので、国際宇宙ステーションなどで行われています。最後に『加速器実験』。通常の物質同士を衝突させることで、ダークマターを生み出そうとするもので、スイスとフランスの国境地帯に跨る世界最大の加速器CERNなどで行われています。3つの手法で質量と物質との相互作用を明らかにしようというのが、ダークマター探索の全貌です」

 

 

どれもダークマターと通常の物質の相互作用に着目して、見えない相手を追い詰めようとしているわけだ。では、直接探索にあたる XENON実験は、具体的にはどんな方法を使っているのだろうか?

 

「XENON1Tは、樽のような容器の中に超高純度の液体キセノンを1トン満たした装置です。そこら中を飛び交っているダークマターがたまたまキセノンの原子核に当たって撥ねとばすと、ごくわずかな光を出します。これを超高精度の光センサー(光電子増倍管)で観測するのです。液体キセノンを使うのは、ダークマターの『的』となる原子核が大きく、かつ取り扱いやすいため。粒子同士の衝突で生じる現象を検出するという大まかな原理はニュートリノを観測するスーパーカミオカンデと似ていますが、XENON1Tはスーパーカミオカンデの1000分の1のエネルギーの反応でも捉えることができる感度を備えています。

 

実験は2016年から2018年までの2年間、イタリアのサングラッソ国立研究所の地下で行われました。その結果を精査してまとめたのが、みなさんがニュースでご覧になった発表です」

液体キセノン検出器の検出原理。ダークマターがキセノンの原子核を跳ね飛ばしたときに発生する微弱な光を、光電子増倍管でキャッチする

液体キセノン検出器の検出原理。ダークマターがキセノンの原子核を跳ね飛ばしたときに発生する微弱な光を、光電子増倍管でキャッチする

世紀の新発見か!? 導き出された3つの可能性

それではいよいよ、今回の実験の結果についてお聞きしてみよう。

 

「XENON1T装置では、ターゲットであるダークマターの他に、もともと検出器の中に含まれる放射性同位体など、既知の要因で引き起こされる現象が観測されることが予測されていました。しかし、実際に実験結果を見てみると、事前の予測を上回る量の『過剰な』事象が検出されたのです。この時点ではさまざまな要因が考えられますから、チームではそれらの可能性をひとつひとつ検証して潰していきました。結果として、今回『超過』として記録された反応の正体を3つの可能性に絞り込むことができました。

 

ひとつめは、液体キセノン中に含まれていた水素の放射性同位体、トリチウムの崩壊を検出した可能性です。トリチウムは自然界に存在する物質のため、この場合は大きな発見とは言えません。ただ、次の実験に活かせる貴重なデータとは言えるでしょう。

 

次に、未知の素粒子『太陽アクシオン』である可能性です。アクシオンは、標準理論を補完してより完全な理論を説明できる、パズルのピースのような素粒子として存在が予言されていました。実は、ダークマターの有力候補の一つでもあります。ただし、今回可能性が疑われているのは太陽で生成される『太陽アクシオン』という種類のもので、ダークマター候補とは異なります。それでも、もし太陽アクシオンならば最新の物理学を塗り替える大発見ですし、別種のアクシオンとしてダークマターが存在する可能性を示唆する非常にエキサイティングな結果になります。

 

最後の容疑者は、ニュートリノです。ニュートリノ自体はすでに知られている素粒子ですが、スーパーカミオカンデでも検出できないような微弱な反応を捉えることのできる検出器が、ニュートリノの新しい性質を捉えたのではないかという可能性が考えられます。

 

今回はダークマターの検出ではありませんが、太陽アクシオン、もしくはニュートリノの新しい性質が確認された場合、まさに世紀の大発見となるでしょう!」

XENON実験とダークマター探索のこれから

今回3つに絞られた可能性は、今後どのように検証されていくのだろうか? 実は、もうすでに次の実験の準備が着々と進められているという。

 

「引き続いて今年から開始するXENONnT(ゼノンNトン)装置による実験の準備を進めています。次は液体キセノンを4トンに増やして、より高精度の探索を行います。この実験で、先ほど挙げた3通りの可能性から真犯人を突き止め、さらに本命であるダークマターの検出を目指しています。

 

ダークマター探索は、装置の大型化によって年々精度が上がってきている状況で、先ほど少し触れた季節変動によってダークマターを特定しようとする実験が進められています。私はそれだけでは不十分だと考えていて、『NEWAGE実験』を立ち上げて研究を続けてきました。ダークマターが飛んできた方向を観測することで、より突っ込んだダークマターの性質を明らかにすることをめざしています。

 

実験装置が海外にあるXENON実験ではコロナの影響を受けて歯がゆい思いもしましたが、ダークマターの発見、そして詳しい性質の解明に向けて日々着実に歩みを進めています」

NEWAGE実験の写真

NEWAGE実験の検出器と身内先生

 

途方もなく大きな宇宙や銀河と、極小の素粒子。私たちを取り囲む謎と不思議に満ちた世界の一端を覗かせてもらった。いつか近い未来に「ダークマター発見!」のニュースが世界を駆け巡ることを期待しつつ、手のひらを広げて今も通り過ぎてゆくダークマターに思いを馳せてみてはいかがだろうか。

 


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