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  • date:2020.11.19
  • author:岡田 正樹

化学鑑定研究×ドラマ『科捜研の女』:人気長寿ドラマを、科学捜査の専門家が「鑑定」する

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今回お話を伺った研究者

西脇芳典

高知大学 教育研究部 人文社会科学系 教育学部門 准教授

専門は分析化学・法化学・科学捜査。高感度X線分析を用いた科学捜査微細試料の非破壊分析などをテーマに研究を行っている。東京理科大学博士課程(理学研究科 化学専攻) 修了。2000年から2012年まで兵庫県警察本部刑事部科学捜査研究所 主任研究員。警察庁長官賞詞 (2009年) 、日本法科学技術学会奨励賞 (2013年)などを受賞。

映画や小説、アニメ、漫画…サブカルの世界を学問の視点で掘り下げるシリーズ第5弾。

今回のテーマは、科学鑑定×ドラマ『科捜研の女』。2020年10月からシーズン20(!)の放送がスタートした、大人気長寿ドラマである。

このドラマを科学捜査の専門家の視点で読み解いてみると、人気を支えている”秘密”が見えてきた。

 

※この記事は『科捜研の女』シーズン20第1話およびシーズン16第5話のネタバレを含みます。

『科捜研の女』を科学捜査のエキスパートが“拡大鮮明化”

テレビ朝日系木曜ミステリー『科捜研の女』は、1999年の初回放送以来、継続的に新シリーズを発表しつづけてきた、現役最長寿のドラマである。

主人公の榊マリコ(沢口靖子)は、京都府警科学捜査研究所の法医研究員。ほかの研究員や捜査官と連携し、さまざまな科学鑑定を駆使しながら事件の真相解明に奔走する。

 

この『科捜研の女』について解説していただくのは、高知大学准教授・西脇芳典先生だ。化学の捜査方法の開発を専門に研究しており、高知大学に赴任される前は兵庫県警科学捜査研究所の化学主任研究員を務めていた。いわばリアル「科捜研の男」として活躍してきた。

 

西脇先生には、2つのエピソードを題材にお話をしていただいた。1つは2020年スタートの新作、シーズン20の第1話「榊マリコになれなかった女/マリコに殺意20年!? 謎の逆恨み女と空飛ぶ女子高生!!」。

あらすじはこうである。「10年前に人を殺した」と京都府警に自首してきた星名瑠璃(大久保佳代子)。10年前、山岳部の練習中に女子高生・河合範子(里吉うたの)が滑落死したのは、自分が原因だというのだ。瑠璃は、自分が範子を死なせた証拠を探して欲しいと科捜研のマリコに迫る。しかしマリコが鑑定を進めると不可解な点が次々と浮かび上がってきた。瑠璃はなぜ10年経って自首してきたのか?瑠璃は本当に犯人なのか――

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そしてもう1つはシーズン16話「掃除の達人/殺人現場を消す女!掃除の達人vsマリコの大根おろし」。これは過去の放送話のなかでも人気回の1つ。オンデマンド配信もされているので今からでも視聴しやすい。さらに、西脇先生の専門に関わる鑑定が登場する。そのことからピックアップした。

こんなあらすじだ。山中で発見された川越礼司(ダンカン)の刺殺体。科捜研の鑑定の結果、殺人現場は「ピンク色のカーペットのある部屋」だと推定された。被害者の元妻は安積素子(熊谷真実)。「掃除の達人」として世に知られる人物だった。彼女の家に「ピンク色のカーペット」があることが判明。しかしマリコらが鑑定しても血液反応はまったく出なかった。ここは殺人現場ではないのか?それとも「掃除の達人」が殺人の証拠を「掃除」してしまったのか――

 

さあ、『科捜研の女』は、科学捜査の専門家の目にはどう映るのか?

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高知大学・西脇芳典准教授。元兵庫県警察本部科学捜査研究所主任研究員

分析機器の正確な使用とドラマ的演出の組み合わせの妙技

まず西脇先生に尋ねたのは、『科捜研の女』への率直な感想。

 

「非常によくできていると思います。いろいろな鑑定方法が登場しますが、分析機器が正しい用途で使用されています。アドバイザーがいるのでしょうが、それにしても制作するのは大変だろうと感心しています」

 

ドラマでは、鑑定を行うシーンになると音楽が切り替わり、分析機器とともに鑑定方法の名前がテロップで格好良く映し出される。劇中の見所の一つだが、単に格好良いだけではなかったのだ。

一方でドラマと実際との違いを見ていくのも楽しい。

 

「ドラマなので、当然ながら現実と違う描写はあります。例えば劇中での科捜研メンバーは5人ですが、実際には5人ではとても対応できません。各都道府県警察の規模によって人数は変わってくるものの、警視庁で100名程度、大都市のある県なら数十名、地方でも15名ほどでしょうか」

 

メンバーたちの業務内容に注目するのもおもしろいようだ。例えばシーズン20第1話では、滑落した範子が身につけていたカラビナの状態を調べるため、研究室で鑑定するだけでなく、マリコが現場に赴いてロープで断崖にぶら下がるシーンがある。また、山中に埋められたという凶器を探しにいったりもする。

 

「マリコたちは結構派手に動き回っていますが、毎日、大小様々な事件が発生しますので、実際の科捜研は地道にルーチンワークをこなす日々です。朝、研究所に行って、届いている物質を鑑定し、パソコンで鑑定書を作る。専門分野によって程度は異なりますが、ドラマほど現場には行きません。日々の業務が滞ってしまいますから。凶悪で社会的影響の大きい複雑な事件が起きても、並行して地味な作業や研究は続けなければいけません。でもそれではドラマにならないですね(笑)」

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科捜研メンバーたちの活動とは?

マリコが法医担当、ロタくん(渡部秀)が物理担当、日野所長(斉藤暁)が文書担当といったように、ドラマでは科捜研メンバーそれぞれに担当分野がある。実際の科捜研もほぼ同様で、法医、化学、物理、文書、心理に分かれている。

 

「法医はDNAや血液などを鑑定する専門家です。例えばシーズン20第1話に出てきた頭蓋骨照合は法医分野の鑑定です。劇中でもマリコが担当していましたね。ちなみに誰かわからない骨から実際の顔を当てるのは大変難しいと言われています。“骨と写真が同一人物だ”というよりは、“そう考えても矛盾はない”という感じになるでしょう。シーズン16第5話で言えば成傷器照合という傷口と凶器との照合を行う鑑定も法医の仕事です。

物理は非常に幅が広いです。ドラマに出てきたようなカラビナなどの耐久性を確認する荷重負荷鑑定は物理ですし、今回のエピソードには出ていませんが、自動車のスリップ痕を調べたり、火事の原因を調べたり、工場で起こった爆発や事故の現場原因探索をしたり、銃器を調べるのも物理です。捜査員と一緒に行動して現場に出向く機会がもっとも多いセクションかもしれません。

文書は筆跡や偽札などの鑑定を専門とする人たちです」

 

マリコは捜査員とともに被疑者の取り調べに立ち会ったりもしているが、これは誰が担当するのだろう。

 

「『科捜研の女』のメンバーたちは万能なので、他の専門分野にもちょくちょく手を伸ばしがちですが(笑)、実際は自分の専門外のことは基本的にはやってはいけません。鑑定には、高い専門性が求められるためです。取り調べや逮捕は捜査員の仕事ですから、科捜研メンバーは立ち会わないですね。ただし、心理セクションの研究員が容疑者に会うことはあります。ドラマにはこの分野にぴったり対応する人物は出てこないようですが、特定の質問をしたときに人がどんな生理反応を示すかというポリグラフ検査を行います。科捜研で唯一の文系分野です」

 

ちなみに劇中で亜美ちゃん(山本ひかる)が担っている映像データ解析は、物理分野の研究員や、科捜研以外の情報関係の部署が受け持つことが多いという。

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『科捜研の女』の鑑定は"絶妙なところ"で止めてある

西脇先生の専門は化学分野の鑑定。『科捜研の女』では宇佐見(風間トオル)が化学担当である。

 

「CCDカメラで被害者の腕時計を拡大しながら繊維片をピンセットで採取するシーンがありました。そこで採取した繊維片を鑑定するのは化学の研究員です。ちなみに、私が採取するなら目視で確認し、光学顕微鏡のもとで採ります。『科捜研の女』の特徴は、新しい機器による鑑定を前面に出しているということです。もちろんCCDカメラ付きピンセット自体は有用ですが、慣れている人にとっては目視と使い慣れた顕微鏡のほうが効率的だったりします。実際の科捜研では、新しい機械ばかり使うのではなく、もっと地味な方法も活躍しているし、重要な役割を果たしています。新しい機器は高機能で華やかで素晴らしいですが、しっかりした基本があって、初めてその能力が発揮されます。

また、着衣についたメガネのガラス片を採取していました。ガラス片の鑑定も化学分野の担当です。ドラマではかなり大きなガラス片がついていましたが、着衣に付着するには大きすぎるかなと思ました。着衣に付着するのは、実際には1mmの半分以下のような微細なものです。ドラマのような大きなガラス片なら鑑定は比較的容易ですが、微細なガラス片は非常に鑑定が難しい試料の1つです」

 

他の分野との連携作業になることもあるという。

 

「例えば第1話の後半で、発掘された骨を法医担当のマリコが調べ、下顎骨に付着していた繊維片を化学担当の宇佐美が鑑定していました。ああした連携はあり得ます」

 

さらにこのシーンには専門家から見て着目すべき点があるようだ。

 

「このドラマの信頼できるところは、危険な領域には踏み込んでいないということです。繊維鑑定というのはまさに私の専門なのですが、極めて難しいんですよ。事件・事故の衝撃で元の物質が破損して、犯罪現場に残ったり、被疑者・被害者の着衣などに付着したりします。そうした物質が鑑定試料になります。その試料が事件・事故と関わる物質から派生したものか、それとも異なるものなのかを明らかにすることを異同識別と言います。事件によっては、1本の単繊維片から、太さ、形状、色、材質などを調べて、異同識別をしていくことが求められてきます。ちなみに私はさらに単繊維からどこのメーカーがどんな製法で何年ころに製造していたものかなど、さらに突っ込んだ情報を特定できるようにするための科学捜査研究を大学で行っています。

対して劇中では、1本ではなく複数本の繊維から“材質は強化ナイロン”だったと述べるだけにとどめていました。シーズン16の第5話の繊維鑑定でも同様で、こちらでは“ポリエステルとアクリルの混紡”だったと言っていました。ある程度の鑑定試料量があるものから、材質を明らかにするだけなら比較的容易です。それ以上行くと方法も複雑で、つっこみどころも生まれやすい領域になるので、その手前で止めてちゃんと話を作っているのはうまいと思います」

西脇先生が用いているミクロトームという装置。繊維を切断し、精密な断面を作成することができる

西脇先生が用いているミクロトームという装置。繊維を切断し、精密な断面を作成することができる

 

西脇先生が得意とされる繊維断面の鑑定。極めて微細なサンプルを扱う

西脇先生が得意とされる繊維断面の鑑定。極めて微細なサンプルを扱う

 

「ドラマの繊維鑑定シーンで用いているのは化学合成繊維の材質の鑑定に有効な赤外分光分析という方法。綿、ウール、アルパカのような天然繊維の特定には生物顕微鏡検査のほうが有効です」とのこと。写真はアルパカ繊維断面の顕微鏡写真

「ドラマの繊維鑑定シーンで用いているのは化学合成繊維の材質の鑑定に有効な赤外分光分析という方法。綿、ウール、アルパカのような天然繊維の特定には生物顕微鏡検査のほうが有効です」とのこと。写真はアルパカ繊維断面の顕微鏡写真

科学捜査研究の醍醐味とは?

非常に地道で細かい分析を行う科学捜査。それを研究することの醍醐味についてお聞きした。

 

「社会の安全と安心に直接的に貢献できることです。日本は法治国家なので、捜査員の思い込みなどで罪が裁かれるのではなく、客観的な科学で罪の量刑が判断される必要があります。事件・事故は複雑巧妙化しています。科学捜査技術が向上していかなければ、犯罪を立証できず、有罪になるべきものが無罪になるということです。

私の研究テーマは『高感度化学分析を用いた犯罪捜査サンプルの高精度異同識別法の開発』です。特に、微細な犯罪捜査サンプルとして、繊維・自動車塗膜を研究対象にしています。昔から研究されている典型的な科学捜査サンプルですが、分析が難しく、やらなければならないことだらけです。例えば自動車の塗膜にしても、グローバル化によってあらゆるところで同じ材質が使われるようになっています。すると鑑定がより困難になる。

そうしたなかで進めている研究を一つ紹介すると、放射光X線分析があります。放射光を用いると繊維や自動車塗膜に含まれる微量な触媒、染料、顔料などを分析することができます。現在の警察鑑定では識別できないサンプルでも異同識別できるようにするための最先端科学捜査研究です。世界や日本の警察で採用される実用的な技術として確立したいと考えています。

欧米では非常にメジャーな、化学を用いた科学捜査研究ですが、日本の大学で実施している研究室はほとんどありません。これからの日本の治安維持の観点からも、ぜひ若い人に科学捜査研究に興味を持ってもらえるとうれしいです」

車の塗膜はすべて警察庁によってデータベース化されている。事件・事故現場に遺留した塗膜片を分析し、データベース照合して年式や車種などを割り出す。写真はすべて別の車種の塗膜の電子顕微鏡写真

車の塗膜はすべて警察庁によってデータベース化されている。事件・事故現場に遺留した塗膜片を分析し、データベース照合して年式や車種などを割り出す。写真はすべて別の車種の塗膜の電子顕微鏡写真

 

こちらは自動車のバンパー塗膜の断面。バンパー塗膜は車両ボディー上の塗膜より層厚が薄く(数µmのものもあるほど)、鑑定が難しいサンプル

こちらは自動車のバンパー塗膜の断面。バンパー塗膜は車両ボディー上の塗膜より層厚が薄く(数µmのものもあるほど)、鑑定が難しいサンプル

 

放射光実験施設である、高エネルギー加速器研究機構(KEK)フォトンファクトリー(PF)BL15A1に設置されている装置。写真では放射光X線分析によって繊維を分析している。ここで最先端科学捜査研究が実施されている

放射光実験施設である、高エネルギー加速器研究機構(KEK)フォトンファクトリー(PF)BL15A1に設置されている装置。写真では放射光X線分析によって繊維を分析している。ここで最先端科学捜査研究が実施されている

 

最後に『科捜研の女』の楽しみ方を尋ねてみた。

 

「やはり鑑定シーンが面白いです。ドラマで登場した鑑定を見て、この物質にこの鑑定を使うと何がどうわかるのか?なぜ証明できるのか?といった原理を調べてみるとドラマがもっと面白くなると思いますよ。例えばなぜ赤外線分光分析によって強化ナイロン材質だとわかるのかとか」

 

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西脇先生の口から繰り返し発せられた、実際の科捜研は「地味」だという言葉。『科捜研の女』は、そうした地道な仕事を、劇的なミステリー、そして人間ドラマとして仕立て直している。一方で、分析機器の用途は正確に描き、鑑定も「いい具合」で止めておくことで、科学的には暴走せず、科学捜査の専門家から見てもよく出来ていると感じられるようになっている。

このバランス感覚は、現在放送中のテレビ番組としては最長寿のドラマ『科捜研の女』の魅力を支えている大切な要素だろう。

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