今年6月、探査機はやぶさ2のミッションによって採取された小惑星リュウグウのサンプル解析結果に世界が湧いた。アミノ酸を含む有機物が見つかったというのだ。生命の起源に迫る大発見か!?
しかし正直なところ、宇宙に浮かぶ岩の塊(?)から生命の源となる物質(???)が見つかったと言われても、壮大すぎてなんだかあまりピンとこない。そもそもどうしてリュウグウという小惑星に行く必要があったんだっけ。もうすこし順を追って整理する必要がありそうだ。
そこで今回、解析結果を発表した岡山大学(三朝)の研究チームの代表者、中村栄三先生にお話を伺うことができた。地球惑星物質化学が専門の中村先生がリュウグウのサンプルから描き出したのは、生命誕生の遥か前に始まるひとつの天体の進化の歩みと、その背後に広がるダイナミックな宇宙の姿だった。
リュウグウには太陽系のもとになった物質の痕跡が残っていた
まずは簡単なおさらいから。はやぶさ2プロジェクトは、地球を含む太陽系の起源や進化、さらには生命の起源となった物質を解明する一大国家プロジェクトだ。2018年6月に小惑星リュウグウに到着した探査機はやぶさ2は、1年以上にわたって膨大な量の観測を行い、2地点からのサンプル採取に成功。2020年12月にサンプルを搭載したカプセルを見事地球に送り届けた。そのサンプルはJAXAによる全体的な分析の後、詳細な分析のために国内の8つの研究チームに分配された。中村先生率いる岡山大学のチームはそのうちの1つだ。
お話を伺った中村栄三先生
そもそも、小惑星を探査することがどうして太陽系や生命の起源を知ることにつながるのだろうか?
「宇宙には星雲というガスとダストの集まりが分布しています。そこにあるとき超新星爆発などの衝撃でゆらぎが生じて回転を始めます。そうしてできたのがプロトソーラーネビュラ(原始太陽系星雲)で、やがてその中心に太陽が、周りに惑星が形成されます。
太陽系が形成される過程で、太陽から近い地球や火星よりも内側では、太陽系のもとになった星雲由来の物質は熱で溶けて、互いに混ざり合っていきます。反対に太陽から遠いところ、火星と木星の間に分布する小惑星帯や、さらにそれよりも外側では、原始的な太陽系を形成していた物質の痕跡が現在に至るまで残っていると考えられます。そうしたものを物質科学的に分析することで、太陽系がどのように進化してきたのかがわかるわけです」
つまり、太陽系の起源を知るためには、太陽から遠いところで生まれた、なるべく冷たい天体からサンプルを持ってくればいいということになる。小さくて熱を溜め込みにくい小惑星はうってつけのターゲットだ。さらに、小惑星にもいろいろな種類があるらしい。
「2010年にはやぶさがサンプルを持ち帰ったイトカワは、Sタイプと呼ばれる岩石質の小惑星でした。Sタイプは高温下でできた物質からなる小惑星のため、本来含まれていたはずの水素や炭素、窒素などがほとんど抜けてしまっていました。それに対してはやぶさ2が探査したリュウグウはCタイプと呼ばれる小惑星です。黒っぽい外見をしていることが特徴で、太陽系の元となった物質的特徴を残していると考えられています。
ところで、このCタイプ小惑星に由来すると考えられる隕石はこれまで地球上にわずかながら降ってきていて、そこからアミノ酸などの有機物や水といった生命のもとになりうる物質が見つかっていました。しかし一度地上に落ちた隕石ですから、有機物が宇宙由来のものなのか、地上に落ちてから付着したものなのか見分けがつきませんでした。今回のミッションでは、リュウグウから直接持ち帰ったサンプルを調べることで、本当に宇宙に有機物が存在するのかを確かめることも重要な課題でした」
左:はやぶさ2が撮影したリュウグウ(JAXA, 東京大, 高知大, 立教大, 名古屋大, 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研)
右:赤い線がリュウグウの現在の軌道(ISAS/JAXA)。小惑星イトカワ同様、地球に接近する軌道を持つ小惑星であるが、リュウグウの元となる天体は木星よりも外側で生まれたと考えられる。
なるほど、太陽系の起源と生命の起源という2つの大きなテーマがここでつながるのか。そんな前提を踏まえて、リュウグウのサンプルを解析することでどんなことがわかってきたのだろうか。
「これから順を追ってお話ししますが、太陽系46億年の歴史の中でリュウグウが現在に至るまでどのように進化してきたのかを見ることができました。さらにいえば太陽系が生まれるよりも前、星雲や星間物質の解明にもつながりそうな印象です。これまで宇宙の進化は天文学、つまり望遠鏡を使った観測によって探究されてきましたが、今回の成果はそこに物質科学が合流する大きな一歩になるでしょう。
その中で、アミノ酸を含む有機物が宇宙に存在することを確認できたことは大きな成果です。しかし、それを生命の起源が解明されたかのように煽り立てるのは早計でしょう。そもそも、人類はまだ実験室の中で生命を生み出すことすらできていませんよね。今回の発見は、生命の起源を議論する上で基準となるひとつの『ものさし』をつくったようなものです」
太陽系ができる以前の星々の世界に手が届きそうだと聞くと、なんともワクワクする話だ。一方、まだスタート地点に立ったばかりとはいえ、生命の起源の解明にも期待せずにはいられない。
はやぶさ2がもたらした観測データから、解析のためのシナリオを描く
今回の解析成果について、中村先生は「これまで隕石を対象に行われてきた研究とは根本的に違う」と強調する。一体どういうことだろうか。
「重要なのは、探査機が実際にリュウグウまで行って、宇宙空間からも小惑星表面からも詳細な観察を行い、膨大な観測データと貴重なサンプルを届けてくれたということです。私はまずこのミッションの成功に100点満点で1万点をあげたいと思います。そして我々解析チームは、手元のサンプルを解析するだけでなく、そのミッションの成果にきちんと応えないといけないのです」
はやぶさ2が成し遂げたのは、例えるなら新大陸発見に匹敵する偉業というわけだ。そこから持ち帰った混じりけのないデータやサンプルなのだから、とても重い意味があるのがわかる。このことは科学的にも重要だ。落ちてきた隕石を解析するのとは違い、リュウグウにもう一度行けば再び同じ場所からデータやサンプルを取ってくることができる。つまり再現性が担保されているのだ。
はやぶさ2から送られてきたあらゆるデータをサンプル解析に活かすために、中村先生のチームはサンプルが届くよりも前から動き出していた。リュウグウの詳細な色や形、自転速度などさまざまな情報もとに仮説論文をまとめたのだ。
「はやぶさ2から送られてくる観測データを見ると、リュウグウは表面が比較的白っぽく、内部は比較的黒い色をしていることがわかります。これは、リュウグウに大量の有機物が含まれていて、表面だけが宇宙線や太陽光にさらされて風化しているためだと考えました。それに加えて、特徴的な『そろばん玉』のような形がどのようにできたのかを物理計算でシミュレーションしました。その結果浮かび上がってきたのが、リュウグウはもともと氷を大量に含む彗星の核だったというシナリオです」
リュウグウからサンプルを採取するタッチダウンの様子。一度目(TD1)は表面から、二度目(TD2)は銅製の重りを落として飛び散った内側の破片を採取した(JAXA及びArakawa et al., 2020より)。TD1で探査機が燃料を噴射した跡やTD2でできたクレーター(右下の赤い丸)は、内側が剥き出しになり周囲より暗い色をしていることがわかる(JAXA提供)。
リュウグウ内部は、瓦礫を集積したような構造(ラブルパイル)になっている。これまでの通説では、ラブルパイル天体はもととなる2つの天体がぶつかって砕け散り、破片が再び集まることで形成されると考えられてきた。彗星に由来するという中村先生の仮説は斬新だ。十数名からなる中村先生のチームでは2年間かけてシミュレーションを繰り返しつつ、このシナリオを検証するために必要な分析機器と環境を揃え、分析技術を向上させていったというから、その徹底ぶりに驚かされる。
そしていよいよ手元に届けられた16粒のリュウグウの欠片。1粒数ミリ程度しかないサンプルを、光学顕微鏡や電子顕微鏡による観察から化学分析まであらゆる手段で解析した。中村先生はそのときのことを振り返り「データが出るたび意外な結果の連続で、たまらなかったですよ」と目を輝かせる。
リュウグウのサンプルの外観(PMLウェブサイトより)
謎に満ちたリュウグウのかけらを読み解く
サンプルからリュウグウの成り立ちがどんなふうにわかるのか。ここで、サンプルの断面を拡大した一枚の電子顕微鏡画像を見てみよう。
走査型電子顕微鏡による画像。多面体状の大小の粒は磁鉄鉱(Magnetite)、その周りを薄暗い色の粘土鉱物(Phyllosilicate)がとりまいている(Nakamura et al., 2022より)
「信じられないぐらい綺麗でしょ?」と中村先生。たしかに、まるでゲームや映画に出てくる異世界の風景だ。サッカーボールのような多面体は磁鉄鉱の粒だという。「だけどおかしいと思いませんか?」と中村先生は続ける。「大きな粒、中ぐらい、小さな粒がありますが、それぞれ同じぐらいのサイズ同士が寄り集まっているんです。結晶ができる際にどうしてこんな偏りが生じたのか、最初はとても悩みました。結晶が集まっている領域のサイズが10ミクロン程度ととても小さいので温度や圧力に偏りがあったとも思えません」
中村先生が頭を悩ませた末にたどり着いた結論は、次のようなもの。「このような構造は流体が関係していないとできようがありません。粘土鉱物の隙間に金属を含んだ水が流れ込み、凍ったり融けたりを繰り返すなかで、それぞれ違う時期に大小の結晶ができたと考えられます。私たちはそうした時間経過のひとつの断面を見ているのです」。
一見して不思議な断面も、理屈を突き詰めていくことでだんだんと読み解けるようになってくる。これが解析の一番面白いところだと中村先生。もうひとつサンプルの顕微鏡画像を見てみよう。
こちらは透過型電子顕微鏡による画像(Nakamura et al., 2022より)
白い球体のようにみえるのが先ほどの磁鉄鉱(Magnetite)。左の方には黒い粒のような有機物(nano-OM)が確認できる。それらを取り囲む灰色がかった部分は水を含んだ珪酸塩鉱物の層、つまり粘土鉱物だ。粘土鉱物をよく見てみると、しゃかしゃかした糸状だったり、それが丸まったような毛糸玉状だったりする箇所がある(Phyllosilicate nodule)。中村先生によると、これらがもともと星雲を構成していたダストの核だったものだという。
「もともと、この1ミクロンほどの“毛糸玉”を核として、そのまわりを有機物を含む氷が覆っていました。それらが集まり、氷が溶けたり凍ったりを繰り返すうちに反応が進み、磁鉄鉱などの鉱物が形成されます。やがて氷が蒸発して、現在のように空隙のある状態になったのです」。それでは、氷が溶けたり凍ったりを繰り返す状況とはどんなものだったのか? その話はまた後ほど。
画面越しとはいえ、太陽系ができる前の宇宙のチリを目にしていると思うとなんとも言えない不思議な気持ちになってこないだろうか。
ところで、ニュースで話題になった有機物についてはどんなことがわかったのだろうか。下の図の右は、リュウグウの地下から採取したサンプル内に分布する有機物を示したものだ。さまざまな有機物が全体にまんべんなく分布している様子からは、星雲のチリ由来の単純な有機物が流体に溶け粘土鉱物と化学反応を起こし、複雑な有機物へと進化してきたことがわかるという。
左のグラフは、リュウグウのサンプル(青い棒グラフ)と、有機物を含む代表的な隕石であるオルゲイユ隕石(ピンクの棒グラフ)とで検出されたアミノ酸の量を比較したものだ。おおよそ似通った結果になっているが、チロシン(Tyr)だけはオルゲイユ隕石からしか見つかっていない。これはオルゲイユ隕石から見つかったアミノ酸に、地上で付着したアミノ酸が混入してしまっているためと思われる。
サンプルに含まれる有機物の解析結果(Nakamura et al., 2022)
アミノ酸は宇宙で進化していた。リュウグウのような天体がまさにその進化のゆりかごだったというわけだ。
ただし、リュウグウから発見されたアミノ酸を地球上の生命と関連づけて論じるにはまだ課題が残っていると中村先生。というのも、アミノ酸のような分子には、ほとんど同じ構造で左右が反転した2つの種類が存在するが、地球上の生物を構成するのはどういうわけかこのうち片方のアミノ酸だけに偏っているのだ。リュウグウのアミノ酸にも同じような偏りが見られれば生命の起源との関わりが一層濃厚になってくるのだが、今回の解析ではその結果はまだ出ていない。続報を待つことにしよう。
解析結果が示すリュウグウ46億年の歩み
ここに紹介した解析結果はほんの一部だ。研究チームではサンプルごとの元素含有量や含まれる同位体比などを詳細に分析し、その結果を総合的に読み解いていくことで、リュウグウがこれまでに辿った壮大な時間を解き明かしていった。中村先生のチームがまとめたリュウグウの来歴は以下の通りだ。
1.宇宙を漂う小さなダストのまわりに水素や酸素などがくっついて、さまざまな元素を含む氷ができる。そこに恒星からの強烈な紫外線が当たり、光反応によって単純な有機物ができる。
2. 太陽系の形成とともにそれらの粒が集まって、大きな氷天体ができる。
ここで、これまで見てきたように鉱物や有機物が進化するには、氷を融かす熱が必要だ。ダストの中に含まれる放射性核種(26Al)が崩壊し、安定な核種(26Mg)に変わるときに発する熱がその役割を果たした。
3.放射性核種の崩壊熱により、天体の内側から氷が融けてゆき、ダストは水との反応によって変質し粘土鉱物になる。
4. 崩壊熱を使い切り、温度が下がって外側から内部に向かって再び凍ってゆく。この過程で水に溶け込んでいた元素が結晶化して、炭酸塩物や磁鉄鉱などが形成される。
リュウグウの元になった氷天体(c)の温度の変遷。天体が小さいと十分な熱が得られず(a, b)、天体の形成タイミングが遅れると燃料となる放射性核種が不足する(z)ため、氷が融けず物質進化が促されない(PMLウェブサイトより)
リュウグウの元になった氷天体内における水質変質プロセス:氷→水→氷と内部の状態が変化することで鉱物が形成された(PMLウェブサイトより)
氷天体が小さすぎると十分な崩壊熱を得られないので、この時点で直径数十kmほどの大きさがあるはずだ。直径900メートルほどのリュウグウと比べるとまだまだ大きすぎるので、なにか大きな力が加わって氷天体が壊れたと考えられる。
そこでまたひとつのストーリーが浮かび上がる。太陽系ではある時期、木星や土星の公転軌道が太陽に近づくことがあったそうだ。その巨大な引力に振り回されて、氷天体同士がぶつかって壊れたのかもしれない。
5.一度遠くに飛ばされた氷天体の破片が、最近になって超新星爆発などで弾かれて太陽系の内側の軌道に入ってくると、太陽の熱で氷が蒸発し、長い尾を引く彗星になる。
6. 氷が蒸発して鉱物や有機物といった固体だけが残る。さらに内部の水蒸気が吹き出すことで内側から崩壊し、回転しながら小さく収縮していく。その結果、そろばん玉の形をした現在のリュウグウの姿になる。
リュウグウの起源と進化(PMLウェブサイトより)
凍ったり融けたり、砕けたり彗星になったり。ちいさな岩の塊のように見える小惑星がこんなにも壮大な道のりを歩んできたとは驚きだが、このシナリオならば磁鉄鉱の謎や有機物の来歴などいろいろなことに説明がつきそうだ。見事なシナリオに感動していると、「それはもちろん、多岐にわたる研究を重ねて、その結果すべてに整合性をもたせていったからですよ。納得のいく答えが出ないと夜もぐっすり眠れませんから」と中村先生。カッコよすぎる。
新たな科学「物質天文学」がここからはじまる
研究は今後どう展開していくのだろうか。
「これまで、天文学の成果として星が生まれてから死ぬまでのサイクルがわかってきており、物理学でもその理論的な解明が進んでいます。そうした研究の積み重ねに対して、リュウグウは物質としてたくさんの情報を残してくれていました。その貴重な情報をつなぎ合わせていくことで、我々は星雲の状態を物質科学的に提示することができるでしょう。天文学と物質科学がひとつになった『物質天文学』というものができていくのではないかというのが、今私が感じていることです。
もちろん、生命の起源も気になっています。今回の解析で生命の材料は宇宙にあたりまえに存在するということがわかったので、次は地球以外の天体に生命が存在するかどうかが問題になります。ですから、まず火星に生命がいたかどうかをはっきりさせたいですね。
解析結果を論文として発表した直後にカナダのエドモントンから欧州のテレビ番組に出演しまして、そこで『宇宙に生命はいると思うか?』と聞かれました。私の答えは一言、『Why not?(もちろん)』です。ここに私たちがいるわけですから、ほかの天体にいないと考えるほうが不自然です」
生命の材料が宇宙にあるのならば、案外すぐに宇宙生命体が見つかるのでは……誰もがそんな想像をしてしまうぐらい、リュウグウのサンプル解析結果には大きなインパクトがあった。中村先生はプロジェクトを次のように総括する。
「宇宙の成り立ちにしても生命の起源にしても、研究者は今後、哲学的に何を求めるのかを問われるのではないでしょうか。そうした問いを世間に投げかけ、次の世代の研究者を育てていく意味でも、はやぶさ2とリュウグウは大きな牽引役になったと思います。
同時にこれは国家プロジェクトですから、私たち研究者は引き続き、国民に対して成果を報告する責任を果たしていく必要があると思っています」
はやぶさ2が持ち帰ったリュウグウのサンプルは、まだまだ沢山の驚きをもたらしてくれそうだ。