餅のことは餅屋に聞くべし!
河原教授が開発した、冷凍食品の品質劣化を防ぐ「不凍タンパク質」。その噂を聞きつけて動いたのが、大阪府堺市に店を構える和菓子屋、「浜寺餅 河月堂」のご主人だった。冷凍餅はいかにして誕生したのか。私は大いなる疑問と期待を胸に、南海本線諏訪ノ森駅を下り、静かな住宅街の中を進んだ。こんな場所に和菓子屋なんてあるのか? と思いながら歩いていると、数分で見えてきた。河月堂だ!
ひっそりと佇む店の扉を開けると、優しそうなご主人が笑顔で出迎えてくれた。小ぢんまりとした空間ながら、目の前にはお餅やお団子、大福など、いろんな和菓子がズラリ。ご近所の常連さんと思われる奥様が、一人、また一人と訪れては、お目当ての品を買っていく。創業80余年とのことで、地域の人々に愛される、なかなかの繁盛店らしい。
ターゲットはアスリート!?
餅好きの心をくすぐるラインナップににわかにテンションが上がる中、私も本日のお目当てである、冷凍餅を発見。早速、なぜこの餅を作ろうと思ったのか、率直な疑問をぶつけてみた。
河月堂社長、前田昌宏さん
「うちは常連さんの中に、マラソン選手やトライアスロン選手がいらっしゃるんです。みなさん、お餅は炭水化物でエネルギー補給に良いからと、よく買いに来てくださいます。その時口々に、大会の時も簡単に保存・持ち運びができて、時間が経っても柔らかくて、手軽に食べられるお餅があったら良いのに……と言われていて。特に会場が遠方だと、移動日で中1日空いてしまい、食べようと思う頃には硬くなっているんですね。食べる前にレンジで温めたり焼いたりできれば良いんだけど、遠征先では難しい。それでよく、じゃあ冷凍して持って行ったら大丈夫かなぁ? って聞かれるのですが、やっぱり硬くなって食べられないよって。そんな中、堺市の広報の方から河原教授の『不凍タンパク質』の話を聞いて、もしかしたらと連絡を取ってみた」
なんと、冷凍餅の開発は、アスリートの一言がきっかけ。エネルギー補給に餅など、アスリートでもなければ運動なんて一切しない私にとっては、まったく考えも及ばなかった。河原教授も、このアスリート向けというコンセプトに、他にはない面白さを感じてくれたそうだ。
関大生数百人を巻き込む一大プロジェクトに
大学教授と和菓子屋店主。運命的な出会いを果たした二人は、アスリートのための手軽でおいしいエネルギー補給食として、冷凍して持ち運べ、自然解凍でモチモチの食感が楽しめる……そんな夢のお餅の開発に着手した。
まず、河原教授からご主人に「不凍タンパク質」が提供され、添加量なども伝授。それを受けてご主人が試作品をつくり、今度はその試作品を河原教授の研究室でデータ解析……。こうしたやり取りを繰り返し、夢は少しずつ形になっていった。これには、河原教授のゼミ生たちも数多く関わった。
さらに、ある程度まで出来上がってからは、試作品を関西大学の運動部に所属する学生約500人に配布。形状、味、価格などについてアンケート調査を行い、商品化に向けてブラッシュアップを図った。
また、商学部の学生を対象に、商品のネーミングを募集。約30名の応募の中から、「和neチャージ(わん・ちゃーじ)」と「6つのS(えす)」の2案が河原教授とご主人の目に留まり、商品名は双方を組み合わせた「和neチャージS(わん・ちゃーじ・えす)」に決まった。
多くの人を巻き込みながら突き進んだプロジェクト。始動から商品完成まで、この間わずか半年と言うから驚きである。
「大学や学生さんとのコラボは初めての経験でしたが、とても面白かったです。アンケートやネーミング募集では、固定概念に捉われない学生さんたちの自由な発想に触れられて、たくさんの刺激を受けました。それに、こうして産官学連携のプロジェクトに参加することで、河月堂は商品づくりに対して真面目に取り組んでいるということを、世間に印象付けられたんじゃないかと思います」と、ご主人は振り返る。今後もこうした取り組みを続けていきたいとのことだ。
「和neチャージS」は「大阪マラソンEXPO 2014」でも試食・販売。
満を持して冷凍餅を食す
完成した冷凍餅改め「和neチャージS」は、1個50g程の手の平サイズ。円形状で、平べったい。ご主人曰く、お餅らしい食感と風味にこだわり、もち米100%で作ったとのこと。キラリと光る、職人気質を垣間見る。これを一旦冷凍してから常温に移せば、なんと約1時間で自然解凍され、まるで作り立てのような食感に……!?
頭では理解しつつも未だ半信半疑のまま、いよいよ実食の時が来た。手に持った瞬間に感じる、想像以上の柔らかさ。一口食べて、さらに衝撃が走る。引っ張るとビヨーンと伸びの良さが見られ、噛めば程良いコシも! 大学教授と和菓子職人の技のコラボで、冷凍しても失われない、見事なとろーりモチモチ食感が実現している。
味は、プレーン、ハチミツ、きな粉の3種類。プレーンはほぼ味がしないのかと思いきや、ほんのり黒糖風味で、あっさりとした甘味の中にもコクのある味わい。砂糖ではなく黒糖を使ったのは、ビタミンとミネラルが豊富で、エネルギー補給というコンセプトにより適しているからだそうだ。ハチミツは、プレーンよりも高カロリーを望むトライアスロン選手の声から誕生。口の中に、優しい甘さが広がる。きな粉は、関大の運動部員アンケートの結果、運動後にプロテインを摂る人が多いと分かり、ラインナップに加えることに。このきな粉味のみ、疲労回復を促す還元型コエンザイムQ10が配合されているのもポイントだ。一通りおいしくいただいた結果、個人的には意外性もあって、プレーンが一番印象的だった。
ちなみに、「和neチャージS」はパッケージにもこだわりが。桜の花びらが舞っているのだが、これは「今後グローバルな展開も期待されるため、和のイメージを打ち出そう!」と考え作成された、河原教授の図案が基になっている。そして左下には「関西大学130周年」の記念ロゴのシールが貼られ、裏側には商品名を考案した学生二人の氏名が記載されている。産学連携商品らしく、大学のアピールにも抜かりがない。
多忙な現代人の救世主にも
機能面だけではなく、味も◎な「和neチャージS」。スポーツをする方にはもちろん、美味しく手軽に栄養補給したいという中高年にも人気らしい。さらに意外なところでは、新聞記者や消防士、警察官など、仕事の時間が不規則で、時に食事もままならないほど超多忙な人たちの心もわしづかみにしているとのこと。確かに、私もライターという職業柄、取材や原稿の〆切に追われ、昼も夜も食べ損ねることは珍しくない。そんな時、この「和neチャージS」があれば、どんなに救われるだろう……。会社の冷凍庫に備蓄されていたら、どんなに有難いだろう……。
取材を終えて帰り際、早速この後に訪れる激務に備えて、「和neチャージS」を購入させていただく。当然ながらまだカチコチだが、その硬さが愛おしい。溶ければまた、あの柔らかな幸せを味あわせてくれるのだ……。そんなことを思い頬を緩ませながら、小さく冷たい餅をそっと鞄に忍ばせ、河月堂をあとにした。