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  • date:2019.11.12
  • author:増田 ひとみ

猫は自分の名前を聞き分ける!話題のネコ学特別講座@慶應義塾大学

2019年9月、慶應義塾大学日吉キャンパスで、自然科学研究教育センター講演会「猫は自分の名前を聞き分ける―ネコとヒトのコミュニケーション―」が開催されました。これは先に英学術誌で発表されて話題になった、伴侶動物の対ヒト認知能力に関する研究をはじめ、さまざまな調査や報告、情報等も紹介しながら、ネコについてより深く総合的に学ぼうというもの。参加者の熱気に満ちた会場で、最新ネコ学を聴講してきました。

会場となった日吉キャンパス来往舎2階の大会議室。収容人数90名の会議室に130名以上の参加者が集まった

会場となった日吉キャンパス来往舎2階の大会議室。収容人数90名の会議室に120名以上の参加者が集まった

意外に新しいネコの認知科学

昨今のブームもあり、何かと話題の“ネコ”ですが、実は、その知性に関わる研究が日本で始まったのは、ほんの10年ほど前。意外に新しい分野でもあって、その動向は各方面から注目されています。

 

今回の講演者、上智大学総合人間科学部心理学科の齋藤慈子(さいとう・あつこ)准教授は、いわば先駆けともいえるその道のスペシャリストです。

 

「今日はいろいろと比較対象とするためにイヌの家畜化の歴史や、私たちの研究以外で分かったさまざまな認知についても、ご紹介していきたいと思っています」

冒頭、比較認知科学や発達心理学などがご専門の齋藤先生らしい挨拶があって、約1時間半の講演がスタート。「イヌとネコの家畜化の歴史」「ヒトとの共存によるネコの変化」「イヌとネコの対ヒト社会的認知能力」という3つのテーマでお話を伺いました。

講演会冒頭には、齋藤先生のお子さんと飼い猫がスライドに。ネコは、ヒトの子どもに対しては、絶対に手を出さない寛容さがある、といったエピソードも紹介

講演会冒頭には、齋藤先生のお子さんと飼い猫がスライドに。ネコにもよるが、ヒトの子どもに対して手を出さない寛容さがある、といったエピソードも紹介

伴侶動物の起源と家畜化の歴史

近年、ペットは家族同然の身近な存在として「伴侶動物」と呼ばれます。その最も代表的な動物がイヌとネコ。学術的には、そうした伴侶動物も家畜の一種に含まれます。

 

家畜化の歴史は、最古の家畜といわれるイヌの方が、ネコより早く始まりました。イヌの家畜化は、まだヒトが狩猟採取生活を送っていた5万年~1万5000年前のこと。ネコがヒトと共存し始めたのは、およそ1万年前。いわゆる農耕が始まった時代といわれます。

 

イヌの祖先種にあたるオオカミには、群れで生活する習性や雑食性などの特徴があります。社会性も高かったオオカミは、早い時期にその一部が分かれ、家畜化してイヌとなり、猟犬や牧羊犬など、ヒトと一緒に働く家畜として長い歴史を歩むこととなりました。

 

一方、現代のネコたちの祖先種に最も近いと考えられているのが「リビアヤマネコ」。その特徴には、群れをつくらない「単独性」「なわばりの形成」「特化した肉食性」などがありますが、実は、これらはいずれも家畜化の障害となるものです。

 

では、もともと家畜化しにくい特徴を持っていたネコが、なぜヒトに飼われるようになったのでしょう?

そのきっかけとなったのが、農耕生活の始まりと、それに伴う定住化でした。農耕が始まると、ヒトが穀物を蓄え、そこに集まってきたネズミを狙ってネコも集まってくる。そうした流れから、ネコとヒトとの共存も始まることとなったのです。

 

ヒトにとってもネコはネズミ捕り。有能なハンターであり益獣でした。だから野生のままでよかったし、家畜とするには障壁となる餌の問題も、自分でネズミを獲って食べるネコに限っては、かえって好都合でした。

イヌに対しては、家畜化が進む過程で繁殖等も管理され、積極的な人為淘汰でさまざまな多様性がもたらされました。しかし、ネコに対しては、そうしたことはほとんどなく、各々勝手に繁殖し、ずっと自由に生きてきた。だから結局、飼育はされても完全な家畜化には至らず、ネコの行動にはいまも野生が残っているんですね。

ネコの社会性とゴロゴロの使い分け

毛の色など家畜化に伴う見た目の変化は、現代のネコの中にも見られます。ただし、ネコの場合はほとんどが自然淘汰によるもの。血統書付きのネコのようなごく一部の稀なケースを除けば、たいていはネコ同士の自然な営みから生み出されたもので、それが代々続いて今ある姿になったと推察されます。とはいえ、そんなネコたちにも、ヒトとの暮らしの中で変わってきたことがあります。

 

例えば、その生活スタイル。農耕でネズミの数が増えると、ネコたちは同じなわばりに複数頭棲み、「群れ」を作るようになりました。群れのメスたちは、子殺しに来るオスやカラスなどの天敵から子ども守るために、交替で巣に残って子供の面倒を見たり、おっぱいをあげ合うなど、メスたちが共同保育する事例も報告されています。

 

ネコはもともと単独性ですが、群れの成熟とともに社会性が備わって、身体のなめ合い、こすりつけ合いといった、ネコ同士のやり取りも見せるようになります。よくネコはゴロゴロ喉を鳴らしますが、これももともとは赤ちゃんがおっぱい中に母ネコに向かって鳴らしていたもの。それがいまでは、互いの親和的な関係を表すために大人がゴロゴロしあうようになった。これもまた、ネコならではのユニークな進化の一例といえるでしょう。

 

ネコは、ヒトと暮らす中で、ヒトに対する社会性も発達させてきました。例えば、ネコ同士の挨拶行動として知られる尾をあげて身体を擦りつける動作は、ヒトに対してもよく行われます。

それからニャーという鳴き声ですが、実はネコ同士ではそうは鳴きません。鳴くとしても子ネコが母ネコに鳴くだけで、大人になると全然鳴かない。ところが、ネコはヒトにはニャーと鳴くんですね。このニャーは、おそらくヒトに対するコミュニケーションだろうといわれています。

 

興味深いのは、ネコが人に対して発するゴロゴロのこと。実は彼らのゴロゴロには、ご飯がほしいときなどの要求ゴロゴロと、気持ちいいよ、うれしいよと気持ちを伝えるときのゴロゴロの2種類があるのですが。その2つの音は、音響学的には少し違っているそうなのです。

 

さらに、要求ゴロゴロの音には人間の赤ちゃんの泣き声と類似した効果があるともいわれており、もしかすると、私たちはそれを聞いて「なんとかしなきゃ!」という思いに駆られて、ネコたちのいいように動かされてしまっているかもしれません。

ごろごろ~

ごろごろ~

イヌとネコの対ヒト社会的認知能力

このように、ネコにも猫独自のコミュニケーション方法があります。ネコを飼っている方はお分かりになると思いますが、彼らは意外に賢くて、人間のこともよくわかっている。ただ、それをストレートに訴えかけてくることはないので、非常にわかりにくいんですね。

 

齋藤先生ら研究グループが取り組んでいるのは、そうしたネコが持っている人に対するさまざまな認知能力を、実験によって明らかにしていくこと。実験には、人間の赤ちゃんの心理や行動を調べる際に用いられるテスト方法等を応用し、多様な条件下でネコに音声や言葉、表情、ポーズなどの刺激を与え、どんな状況のとき、どんな反応を示すか、データをとりながら検証していきます。

 

ここでは実例として2つほどご紹介します。

【実験1:ネコは飼い主の声を聞き分けるか?】

4種類の他人の声と飼い主の声で、連続してネコの名前を呼んだとき、ネコの反応がどう変わるかをテスト。人間の乳幼児にも使用される「馴化(じゅんか)-脱馴化法」を応用した方法。

最初は、いきなりスピーカーから声が聞こえてネコが驚き、反応が強く出るが、2人目、3人目と他人の声が続くと次第に慣れて刺激に対する反応が低くなる。次の4番目に飼い主の声で名前を呼ぶと、脱馴化し再び反応が強く出る。この結果から、ネコは飼い主の声を聞き分けていると判断できる。

 

【実験2:ネコは自分の名前を聞き分けるか?】

同じく「馴化-脱馴化法」を用いて、飼いネコが「自分の名前」と「他の一般名詞」、「同居猫の名前」を区別し、聞き分けているかを検証。

① 飼い主の声で、ネコの名前と同じ長さの単語を4種類聞かせ、その後、ネコの名前を呼ぶと反応するか?

→  反応する。明らかに4つの単語と自分の名前を区別している。

 

② 飼い主の声で、同居する猫の名前を4種類聞かせ、その後、ネコの名前を呼ぶと反応するか?

→  一般家庭に飼われているネコは反応する。ただし猫カフェのネコでは反応が見られない。猫カフェでは他のネコの名前と自分の名前が区別できない可能性が。

 

③ ①と同じテストを、多頭飼育の環境下にあるネコで行う。

→  一般家庭で1頭飼い(または少数頭飼育)されている①の条件に比べて反応は薄いが、自分の名前を呼ばれた際には、脱馴化の反応があった。

 

④ 飼い主ではなく、見知らぬ人の声に対する反応を見る。

→  見知らぬ人の声では、飼い主のほど高い反応は見られないが、区別できていることがわかった。

聞こえてるにゃ

聞こえてるにゃ

 

他の実証実験により、現段階で以下のようなこともわかっています。

・イヌもネコも、特定の人物に愛着を持つ

・イヌもネコも、知っているヒトと知らないヒトを区別する

・イヌもネコも、飼い主の声を聞くと飼い主の顔を思い浮かべる

・イヌもネコも、ヒトが見ていることを敏感に察知する 

・イヌもネコも、ヒトが見ているか見ていないかで行動が変わる 

・イヌもネコも、目の前に不明物があると飼い主の顔を見て、その表情を伺う

・イヌもネコも、指差しだけで餌の場所を探し出すことができる

・イヌもネコも、ヒトの言語音を弁別・理解する

・イヌは、エサが取れなくて困ったときにヒトに目線を送る

・ネコは、ヒトが自分を見ていないときの方が、ヒトを長く見ている。

・イヌは、ヒトを模倣する

・ネコは、ヒトが見ていると瞬きの頻度が増える

・ネコは、ヒトの目線だけで餌箱の場所を探し出せる

 

最後に面白い話をご紹介しますと、ヒトとネコが直接ふれ合っている時間をトータルで比較すると、ネコからのアプローチで触れ合っている時間の方が、ヒトきっかけで始まる接触時間より、実は長いのだそうです。たしかに、ヒトからネコにじゃれついても、相手にしてくれないことの方が多いですよね。

 

つまり、ネコとヒトのコミュニケーションにおいては、主体はやっぱりネコにある。ヒトが愛するネコたちに振り回されている感じが、ここからもわかる気がします。

 

ネコは内に秘めた知性もヒトに対する愛情も持っているけれど、わかりにくくて、その示し方もイヌとは全然違う。ここ最近、一部には「ネコのイヌ化」を指摘する声もありますが、それでもやっぱりネコにはネコらしくあってほしい。それが「元来のネコ好き」という齋藤先生の偽らざる想いなのだとか。

 

なお、齋藤先生も参加しているネコ研究集団「CAMP NYAN TOKYO」では、猫を飼っている方で、調査やアンケートにご協力いただける方を募集中とのこと。よかったらぜひご登録を!

ネコ研究集団「CAMP NYAN TOKYO」

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