素晴らしいコンサートやイベントの舞台裏には、観客に気づかれることなく、感動と魅力的な音楽体験を演出する「仕掛け人」たちの活躍がある。
2016年に誕生した大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻は、音楽で人と社会をつなぐ「仕掛け人」の育成に取り組む、全国的にも珍しい大学教育プログラムである。学生たちは、音楽事業の企画・運営拠点として設置された学内プロダクション「epoch/c(エポック)」での実践的な学びを通じて、大学内外の人々と協働しながら、音楽を活用した様々なプロジェクトに携わっている。
そのひとつが、2020年1月24日に豊中市立文化芸術センター小ホールで開催された専攻主催コンサート「TAPたっぷりタップダンス!」である。このコンサートでは、前半の第1部に国内随一のタップダンサーと、ピアノ、サックス、ヒューマンビートボックスとのコラボレーション・ステージが、後半の第2部にホール全体が一体となってリズムを響かせるオーディエンス参加型のタップダンス・アンサンブルが展開された。こうした、タップダンスを様々な切り口で紹介する先鋭的な演出が試みられたコンサートは、どのように創り上げられたのだろうか。このコンサートの企画立案からプロデュースまでを手掛けた、巽美寿紀さんと吉川さくらさん(現在ミュージックコミュニケーション専攻4回生)に、その舞台裏を明かしてもらった。
吉川さん(左)と巽さん
厳しい企画コンペを通過した理由
巽さんと吉川さんは、2017年の春、この専攻へ進学した現役音大生である。「TAPたっぷりタップダンス!」は、3回生を対象とした有料コンサートの企画・運営について学ぶ必修授業の課題として、2人が提出した企画案であった。
「TAPたっぷりタップダンス!」のチラシ
「自分が行きたいと思える理想のコンサート、ただ演奏を聴かせるだけじゃなくて、観客の皆さんも参加できて何かを得られるコンサートを目指しました。第1部はショーだけど、第2部ではお客さんも一緒に参加できる。演出にはこの緩急を付けたかった」(巽さん)
授業では企画コンペが開催され、ここで選ばれた上位2組の企画だけが次のステップへと進むことができた。この企画コンペでは、学生が自身の企画書をもとに教員やコンサートホール関係者の前でプレゼンを行い、企画の斬新さや完成度などについて、専門的な評価を受ける。こうした厳しい競争を経て選ばれた「TAPたっぷりタップダンス!」の企画は、コンサートホールの音響特性を十分に考慮した点、そして、タップダンスと他ジャンルとのコラボレーションを目指した点が審査員の高評価につながったという。
「1回生の授業で豊中市立文化芸術センターを見学して、ホール担当者から、ホールの特徴や音の反響へのこだわりについて説明を受けたことがあったんです。この時から、どんな音ならホールで綺麗に響くのかをずっと考えていました。そんな中、素人がタップダンスに挑戦する企画をテレビで見たときに、タップダンスってカッコいいし素人でもできるところがすごいなと思って、この企画を提案しました。演出については、ずっとタップダンスだけを見せるのではなく、新たな刺激として、タップダンスと様々な音楽ジャンルとのコラボを展開させた方が面白いと思ったんです。そこで注目した音楽ジャンルが、クラシックとジャズとヒューマンビートボックスでした」(巽さん)
ヒューマンビートボックスは口やのどを使い、打楽器の音や様々な効果音を表現する奏法である。ピアノやサックスの演奏に、複雑なリズムを生み出すヒューマンビートボックスが加わることによって、視覚的にも聴覚的にも、ユニークかつ躍動感のあるタップダンス・ステージが企画された。
タップダンスとヒューマンビートボックス
半年以上をかけたコンサート制作
企画コンペ終了後、学生たちは半年以上をかけて、タップダンサーやミュージシャンへの出演交渉、ホールとの打ち合わせ、スケジュール管理、舞台演出、広報活動など、コンサート制作にかかわるあらゆる仕事に取り組んだ。教員や出演者たちのサポートを得て準備を進める中で、有料コンサートをプロと一緒に創り上けることの苦労も経験したという。
「タップダンスのリハーサルは、大学で広めの練習室を借りて、自分たちでタップダンス用の板を運んで準備しました。ホール関係者に加え、プロの出演者が8人もいるため、それぞれの要望を聞きながらスケジュールを組むのがとても大変でした」(吉川さん)
「チケットの売れ行きがあまり良くなかったときに、先生たちから広報が足りてないと強く指摘されてしまったんです。どうするのが効果的かなと考えて、フライヤー配布やインターネットでの広報に加えて、新たに専攻からプレスリリースを発表して、大手メディアからも情報を発信しました」(巽さん)
最後まであきらめなかった音響装置と舞台演出
コンサート制作の中で、2人が最も工夫を凝らした点が音響装置と舞台演出であった。音響については、ホールの音響特性を細かく分析し、タップ板の周りや内側に複数のマイクを設置することで、タップの音をすべての客席に美しく響かせることを目指した。当日のリハーサルでは、タップダンス用の音響設営のために長時間を割き、タップダンサーの協力を得ながらバランスの調整を行った。
舞台演出については、タップダンサーを目立たせるための平台設置に加え、ホールの内装と調和したシンプルな照明を採用し、観客が演奏に集中できる空間演出を目指した。当日の客席では、こうした学生たちの細部にわたる工夫によって、舞台上で繰り広げられるタップダンサーのダンスに注目しながら、ホール全体に軽やかに響くタップの音、そして生楽器とのコラボ演奏を全身で体感することができた。
第2部のタップダンス体験コーナーについては、タップダンサーと綿密な打ち合わせを経て、観客が達成感を得られるような工夫を行ったという。
「誰にでもできそうだけど、少し難しくて、できたときに達成感を得られるラインを探りました。お客さんがタップダンスに興味を持って、もう少しやってみたいと思えるような体験コーナーにしたかったんです。本番では皆さんがタップを踏んでくれて、会場全体がタップダンスでひとつになれる場が作れたのではないかなと思います」(吉川さん)
客席の床を爪先と踵で踏み鳴らす体験を、筆者はとても鮮明に記憶している。一見、簡単そうに思えたステップでも、実際に足を動かしてみると、上手く音を鳴らすことの難しさに気づく。しかし、舞台からの掛け声に合わせて丁寧にステップを刻んでいると、次第に客席のタップ音も、自分のタップ音も大きくなる。そして、自信が付いた頃には楽器の音も加わり、観客ではなく演奏者の一人として、ホールの一体感やリズムを生み出す快楽を存分に体感することができたのである。
学生たちが主体となって創り上げた初めての有料コンサートはホール全体を包む盛大な拍手でフィナーレを迎えた。集計した来場者アンケートによると、内容や学生の対応に大変満足した、レクチャーが楽しかった、次はタップダンスと自分の好きな音楽とのコラボレーションを企画してほしいなど、多くの好意的な意見が寄せられていた。
「コンサートをやり遂げたことで自信が付きましたし、チームで成長できたことを実感しています。これからも、お客さんの気持ちを動かせるような存在になりたいです」と、2人は語ってくれた。
音楽を専門とする大学は、地域の音楽文化振興において、その中心を担う社会的役割を期待されている。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻が実践する「音楽と社会」とをつなぐ取り組みは、その「仕掛け人」である学生たちの成長とともに、着実にその成果を積み重ねている。