トップ画像:地球と月を襲った小惑星シャワーの想像図 Credit:Murayama/Osaka Univ.
月が知っていた8億年前の大事件
地球と月の歴史について、世界から注目を集める新たな発見があった。8億年前、地球と月に小惑星のシャワーが降り注ぐ天体衝突が起った可能性があることを、大阪大学大学院理学研究科・寺田健太郎教授のグループが突き止め、2020年7月、論文が英科学誌『ネイチャー コミュニケーションズ』に掲載されたのである。
天体衝突は、地球や太陽系の歴史に大きな影響を与えるトピック。6550万年前の天体衝突によって恐竜が絶滅したことは、最も知られている例の一つだ。地球と月への小惑星シャワーという大事件があったとなぜわかるのか、もしそれが起こったとして8億年前に地球はどうなった可能性があるのかについて、寺田先生にうかがった。
オンライン取材に応えてくださった寺田先生。背景にも宇宙を感じる・・・!
地球など太陽系の天体の歴史を調べるのに重要なのが、クレーターの存在だ。太陽系の天体では小惑星や彗星などが衝突する現象がよく起こり、ぶつかった衝撃で天体の表面にはクレーターができることが多い。地球のクレーターは、風化、火山活動、津波など自然現象によって削られるなどして、古いものほど消えてしまう。とくに、6~7億年より前のものはほぼ残っていない。これは、7億年前に地球が凍るスノーボールアースと呼ばれる現象が起こり、それが溶けていく際に表面を氷河が削り取ったことでクレーターが消えてしまったからだ。
「しかし、風化がほとんどない月にならそんな古いクレーターも残っています。そこで、月のクレーターに着目して、昔の地球に起こった天体衝突を調べることにしました」
恐竜絶滅時の30~60倍の衝撃に地球は?
注目したのは、クレーターの数密度(単位面積当たりの個数)が多い場所ほど古い時代にできたと考える「クレーター年代学」だ。天体の表面ができてから時間が経てば、それだけ何度も衝突にさらされてクレーターの数密度が高まるという年代測定法が50年ほど前に確立されている。「それを、クレーター自体の年代を推定するのに応用することを思いつきました」。
大きなクレーターは、できる時に穴の中から飛び出した物質が周囲に堆積する。これをイジェクタと呼ぶ。時間が経つとイジェクタの上にも小さなクレーターができていくのだから、大きなクレーターの周りにあるイジェクタ上の小さなクレーターの数を数えれば、数が多いほど古いクレーターだと推定できると考えたのだ。
月面にある直径20㎞以上のサイズのクレーター59個について、周囲の小さなクレーターの数を数えることにした。使ったのは、日本の月探査衛星「かぐや」が収集した高解像度画像データ。共同研究者でクレーター研究の第一人者である東京大学大学院理学系研究科・諸田智克准教授が解析した結果、59個のうち8個のクレーターの年代が一致していたことを突き止めた。
「この頃に、何か大事件、つまり、小惑星が砕けて月に相次いで降ってきたと解釈できます。それを、なぜ8億年前だと推定したのかというと、一つは、8個のクレーターの中にコペルニクスクレーターが入っていたからです」
コペルニクスクレーターは、直径93㎞の非常に大きなクレーター。アポロ12号がそのイジェクタを回収したと考えられ、その分析などからコペルニクスクレーターは8億年前にできたと多くの研究者が推定している。
コペルニクスクレーターの写真。周囲の緑の点々は、年代を導き出すためにカウントした直径0.1-1kmの微小クレーター。860個もあるという
本研究で形成年代を調べた直径20km以上のクレーター。赤丸はコペルニクスクレーターと同時期に形成されたクレーター
「しかし、それだけでは根拠が少し弱い。アポロ計画では、12号以外の探査機が月のさまざまな場所から月の砂を回収しています。それを分析すると、天体衝突で形成された8億年前と推定されるガラス玉(月に小惑星などがぶつかって飛び散ったり火山活動があったりして高温になった時に月の石が一瞬溶けて液体になり、それが固まってできたもの)が数多く見つかったという研究があります。コペルニクスクレーター以外の月の広域で、同時期に天体がぶつかった証拠が見つかっているわけで、これは、我々の研究結果と非常によく合っています」
クレーター年代学では、経過時間とクレーターの数密度には比例関係がある(クレーターが増える割合は一定)とされているが、寺田先生たちのチームは8億年前のある時期に集中的に降り注ぎ、その後は一定に戻ったという計算モデルに改良。それを使って計算し直したところ、59個のうち8個ではなく17個のクレーターが同時期にできたと推定できた。
これらのクレーター一つひとつについてぶつかった天体の大きさを計算し足し合わせてみると、総量2兆トンというすごい量が月に降り注いだと考えられるという。ここから地球に降った量を計算すると、恐竜を絶滅させた天体衝突の30~60倍にも匹敵する40~50兆トンとなる。当時の地球に与えた影響は相当なものだったことが推測できる。
ぶつかってきた小惑星は、8億年前という年代とその存在する場所から、小惑星族(類似の固有軌道要素を持つ小惑星の集団)の中でもオイラリア族だと推定されるという。「このオイラリア族は、最近注目されているのです。日本の宇宙探査機『はやぶさ2』が探査したリュウグウ、NASAのオシリスレックスが探査しているベンヌなど地球近傍小惑星の母天体候補と言われています。意外な形で、月のクレーターとリュウグウがつながりました」
『はやぶさ2』リュウグウ到着のイラスト (C)池下章裕
小惑星シャワーが生命の起源になった?!
この研究の面白いところは、さまざまな新しい研究のきっかけをはらんでいるところだ。その一つは、8億年前の小惑星シャワーで、地球に何が起こったのかである。
今のところ、隕石が落ちた証拠となるイリジウムの濃縮といった明確な証拠はない。しかし、スノーボールアースの直前に、海洋中のリンの濃度が4倍に急増し、生命の多様性を促した可能性を指摘する報告はあるという。小惑星シャワーで地球に降ったリンの総量は、現在の海のリンの10倍程度にもなる。「それで、生命活動が飛躍的に増えたという予想は成り立つ」という寺田先生。この観点で研究が進むかもしれない。
また、月が水を持ったのはいつからか、という問題解決の糸口になるかもしれない。近年の研究で月に水があることは確実視されており、最近は、水をいつから持っているのかに関心が移っているそうだ。「その原因が、この小惑星シャワーだったかもしれません。そんな考え方はこれまでなかったので、これを機に研究が発展してくれればうれしいです」
そして、月のクレーターとリュウグウの関係の解明である。2020年の冬に『はやぶさ2』がリュウグウからサンプルをもちかえるため、その年代測定により母天体の破砕年代が示されることが期待されている。もし、8億年前の衝突の証拠が見つかれば、月のクレーターとリュウグウなどの小惑星の関係がはっきりと示されるかもしれない。
海外のマスコミから取材が殺到
寺田先生の専門は、石の年代測定、とくに小さなものを測定する技術が世界的にも評価されている。アポロ計画で持ち帰られた月試料についても、分析し切れていなかった小さな月の砂を分析した。
月の砂の中には、大きさ0.1ミリ程度、髪の毛ほどのガラス玉がたくさん入っている。これを分析して、月に何かが衝突したり火山活動が起こったりした時期を特定する。
クレーターの専門家ではない寺田先生が、クレーターによる年代の割り出し方に新しい考えを導入できた秘密は、「直径93㎞などというクレーターを観測する非常にマクロな視点に、ミクロなものを分析する視点をかけ合わせたところに、新たな発見のきっかけが生まれた」(寺田先生)ことにありそうだ。
今回の研究についての反響は大きく、海外のマスコミからも取材が殺到したという。ニュースとして世界に報道されたことがうれしいと寺田先生は話す。
「月は最先端科学の入口として、一般の人でも興味があるところ。数千年の間、人々が見上げてきた月について、これまでわからなかったことを最初に見つけたと思うと興奮します。世界のどこかで誰かが、興味を持って月を見上げ、さらに科学の進展へとつながればと思います」
寺田先生はこれまでにも大きな反響を呼ぶ新発見をしている。『ネイチャー アストロノミー』に発表された、地球の酸素が月に届いているという研究成果もその一つだ。今年10月には、これを題材に科学絵本の出版を予定しているとか。
『ねえねえはかせ、かぐや姫はどうやって月に帰ったの? - 満月に吹く地球の風のおはなし 』大阪大学出版会・10月30日より発売予定
2018年発刊の『ねえねえはかせ、月のうさぎは何さいなの?』に続く2冊目で、先生自身が研究した最新の成果をかみくだいて子ども向けのお話に仕立てたという。
今回の『ネイチャー コミュニケーションズ』掲載の新発見をテーマに「3冊目も書きたい」と意欲まんまんだ。最先端の発見が絵本にもなってしまうところが月の不思議でありロマンであり、汲めども尽きない魅力ということだろう。寺田先生によれば、コペルニクスクレーターはデジカメでも写真が撮れるとのことなので、この秋はぜひ、8億年の昔を思ってパチっとやってみてください。