「88円の食パン一斤で何日も過ごしている」「親の収入も減り、仕送りを頼めない」。
新型コロナウイルス感染拡大抑止のため4月に発令された緊急事態宣言。この命を守る措置が一方で多くの大学生を窮地に陥れました。龍谷大学では学生を救うため食による支援を実施。コロナ禍の中での取り組みや思いを教員、学生、協賛企業の三者に伺いました。
とにかく食べる物を。大学の資源をフル活用
学生を困窮させた理由は、施設や店舗の休業、外出自粛でアルバイトができなくなり、収入が途絶えたことです。とくに一人暮らしの学生にとっては死活問題。SNSに発信される悲痛な叫びに、龍谷大学は危機対策本部を設置。4月下旬、全学生に新型コロナによる生活の影響を調査すると、食への不安が最上位に上がりました。
コロナ禍で学長補佐として学生支援特別推進室長の職に就いて、学生支援の陣頭指揮にあたった政策学部・深尾昌峰教授は、非営利組織における社会課題解決を専門とする支援のスペシャリストです。
「支援方策では、新入生向けのオンライン新歓イベントなども展開しましたが、“食べられない”という学生の命をつなぐため、当面の食材を提供する支援を最優先しました」
「4~5月は青白い顔をした学生もいて、かなりシビアな状況だった」と話す深尾教授
食材は1週間分の昼・夕食を1日あたり500人分相当用意。保存の利くパスタやレトルト食品が品切れ、仕入れ先が休業中と、調達には苦労があったそうです。
「本学と連携協定を結ぶ滋賀県東近江市から提供いただいた1トンの米や農学部の実験農場で獲れた農作物など、大学の資源を活用することで、5月2日には深草・大宮・瀬田の3キャンパスで総勢469名に食材を配布できました」
食材配布時の様子。食材を求める学生の列ができた
入澤学長も食材を手渡し
後日実施した学生アンケートによれば、食材を受け取ると、空腹に耐えきれず帰り道で野菜を丸かじりした学生もいたとか。いつでも好きなものを食べられることがあたりまえの若者がまるで戦時中のような窮状だったとは。不測の事態とはいえ、やるせなさや憤りを感じてしまいます。
食材と一緒にレシピも用意して学生をサポート
卒業生も協力。支援がつながっていく
この食支援は、「ご縁=#5en」と表し、龍谷大学のホームページやSNSで発信。メディアにも取り上げられ、滋賀県、京都生協、フランス屋製菓株式会社ほか多数の企業・団体から野菜、冷凍食品、飲料、お菓子、日用品が寄贈されるなど、支援の輪がどんどん広がっていきました。
その一つが大阪王将などを展開する株式会社イートアンドホールディングス。6月9日、深草キャンパスにて、大阪王将羽根つき餃子など500食分の冷凍食品を社員さんが学生に直接配布しました。
同社取締役兼株式会社大阪王将代表取締役社長・植月 剛さんは、実は社会学部の卒業生。Webでお話を伺うと、提供側でもつながりがあったとか。
WEB取材に応えてくださった植月さん
「今回のご協力は、弊社とご縁があり、機内食用の冷凍食品を先に寄贈されていたピーチ・アビエーション様からのお話がきっかけです。弊社はCSR活動に力を入れているのですが、母校を手助けできたのは格別でした」
決して一人ではない!学生に「安心」も届ける
深草・大宮・瀬田の3キャンパスで延べ25回、6,000人近くの学生に合計約52,500食分を提供した(初回は無償、緊急事態宣言解除後は1,000円)食支援プロジェクト。配布スタッフとして200名の学生を直接雇用、日払いで手当てを支給することで経済的に支援したことも特筆すべき点です。学生スタッフは、寄贈された大量の食品を学生1人分に分ける作業や、暑い時期は保管にも気をつかうため、そのような裏方の作業でも活躍しました。
支援なら食費や生活費を支給すれば?振り込めば早いのでは?との意見もあると思いますが、食材を直接渡すことは、授業もバイトもなく、孤立していた学生と顔を合わせる機会となり、悩みを聞いたり、励ましたりできますよね。
食材提供を受け、スタッフとして配布にも携わった法学部4回生・弓場竣平さんも「まかない付きの居酒屋のバイトがなくなり、困っていたので、すぐに食べられる物も自炊に使える食材もいただけて助かりました。それにスマホで友だちと交流していたものの、家で一人という状況に落ち込んだ時もあったのですが、配布の際、教職員の方や学生と直接話せることが食べ物や手当て以上にうれしく、人とのつながりが支えとなることに改めて気づきました」といいます。
三重県の実家に戻ることもできずにいた弓場竣平さん。栄養バランスがよいものを受け取れたこともよかったという
学生たちに大打撃を与えた新型コロナですが、だからこそ新たな気づきがあったよう。前出の植月さんも「不測の事態になったとしても、なにか視点を変えることで新たな可能性も見えてくるはず」とメッセージを送ってくれました。
また深尾教授は「今回の食支援では、休校中にも関わらず、学長をはじめ、多くの教職員が集結し、一丸となって調達や仕分けに汗を流しました。学生のためならここまでできる大学なんだと誇りに感じました」と感慨もひとしお。
「支援の大原則は困っている人に寄り添うこと。新型コロナの場合、安易に近づけませんが、『つながり』は欠かせません。誰もが経験したことがない状況の中、多くの人が弱者となります。学生アンケートをみていると、“みんな我慢してるんだからわがままを言ってはいけない”と思ってしまっていたり、食支援を受け取りにきたことで“久しぶりに人としゃべった”と、それまで孤立していた学生の姿が浮き彫りになってきました。さまざまな想像力を働かせた支援が必要です」。
深尾教授、弓場さん、学生支援特別推進室の職員のみなさんと
西本願寺境内の教育施設・学寮を起源とする龍谷大学。仏教の精神に基づき、他者への思いやり、公共性を大切にしてきたことも血の通う支援を成し遂げた要因でしょう。一向に終息しない新型コロナですが、人とつながり、支え合うことが想定外の難局を乗り越える力となることを学びました。