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  • date:2021.2.18
  • author:谷脇栗太

研究者の質問バトン(3):ネアンデルタール人はどうして絶滅したの?

質問に答えてくださった先生

近藤 修

東京大学 理学系研究科 生物科学専攻 生物学科 准教授

博士(医学)(東北大学)、修士(理学)(東京大学)。専門は古人類学・形態人類学。人骨の形態分析から人類の進化や人類集団の成長を研究している。研究対象は西アジアのネアンデルタール人、日本の縄文人など。

研究者の素朴な疑問を数珠つなぎに解決してゆく質問バトン。前回、麻布大学の菊水健史先生からおあずかりした質問は「ネアンデルタール人はどうして絶滅したの?」でした。

 

ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)は、約40万年前に出現し、約4万年前に絶滅したと考えられている化石人類。進化史上では私たちホモ・サピエンスと同じ時代を生きてきた「きょうだい」とも言える存在です。なぜホモ・サピエンスが現代まで生き残り、ネアンデルタール人が絶滅したのかという謎はこれまで多くの人を惹きつけてきたわけですが、最新の研究ではどんなことがわかっているのでしょうか。化石人類の姿に骨から迫る形態人類学の専門家、東京大学の近藤修先生にお聞きしました。

ネアンデルタール人絶滅の原因は混沌の中

――さっそくですが、ネアンデルタール人の絶滅の原因はどこまでわかってきているのでしょうか?

 

「はい、これはとても難しい質問ですね。ネアンデルタール人が絶滅した原因については研究が進むほどに混沌としてきています。さまざまな仮説が唱えられてはいますが、どれも十分な証拠がなくて、今後どういうふうに転がるか誰も予想できない状況だと思います」

 

――混沌……今回の謎はなかなか手強そうです。まずはこれまでどんな仮説が唱えられてきたのか教えていただけますか?

 

「これまで有力とされてきたのは氷河期の気候変動の影響で絶滅したという説ですが、これはあまり正しくないと考えています。氷河期の地球は5万年から10万年という周期で気温が上下しているのですが、ネアンデルタール人が絶滅したと考えられている約4万年前は最も寒い時期というわけではありませんでした。また、ネアンデルタール人は特に寒い時期にはより南の方に移動していたことがわかっています。気候変動には適応できていたんですね。

 

他には病原菌を絶滅の原因とする説もありますが、これにも具体的な証拠はありません。当時は現代ほど人口密度が高くなく、ダイナミックな人の移動もなかったので、ヨーロッパ全土から西アジアに至るネアンデルタール人の分布域すべてに感染が広がるかどうかに疑問が残ります」

 

――なるほど、天変地異による絶滅というシナリオはどうも決め手に欠けそうですね。

名称未設定のアートワーク 1

私たちの祖先がネアンデルタール人を追いやったのか?

――素人としては、私たちの祖先との生存競争がネアンデルタール人を絶滅に追いやったのではないかと想像してしまうのですが。

 

「ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の間に、絶滅につながるような激しい生存競争があったという証拠は見つかっていません。

 

ネアンデルタール人はヨーロッパを中心に分布し、ホモ・サピエンスはアフリカから進出して世界中に散らばっていったので、局地的には両者は接触していたでしょう。しかしこれも病原菌説と同じで、仮にある地域で両者の生存競争があったとしても、それが種全体の絶滅につながるとは考えづらいのです。せいぜいローカルな小競り合いにとどまっていたのではないでしょうか」

 

――ううむ確かに。戦争のような広範囲の衝突となると、もっと時代を下ってからでないと起こらなさそうですね。

 

「そして、もし仮に両者の間に生存競争があったとしても、ホモ・サピエンスがなぜ生き残ったのか説明できる根拠がありません。というのも現在の研究では、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの間には文化レベルの差はほとんどなかったと考えられているんです。ネアンデールタール人もホモ・サピエンスと同じように石器を使いこなしていましたし、最近の研究ではボディペイントを施し、原始的な装飾品を身につけていたこともわかっています。そうすると、私たちが持っている高い知能や抽象的な思考能力が、ホモ・サピエンス特有のものだと考えるのはちょっと無理がありますよね。

 

それどころか、単純に身体能力で比較した場合、ネアンデルタール人の方が筋肉量に恵まれていたと考えられています。なので、ホモ・サピエンスの方が狩猟の腕前が良かったからとか、喧嘩に強かったから生き残ったということは考えづらいのです」

 

――ホモ・サピエンスの方が能力的に優れていたから生き残ったのだと考えるのは、思い上がりと言えそうですね……。菊水先生のご質問にあった、ホモ・サピエンスが犬を家畜化していたことについてはどうでしょうか?

 

「はい。ホモ・サピエンスの遺跡からは、オオカミの骨やイヌ科の動物の骨が見つかっていて、イヌを狩りに連れて行ったり、あるいは留守を守らせたりしていたことは考えられます(ただし、これまで遺跡から見つかっているイヌ科の動物は、オオカミや現在の飼い犬とは遺伝的に別系統のようです)。ネアンデルタール人の遺跡からもオオカミの骨は見つかっていますが、これは家畜ではなく、集落を襲いに来たか何かの理由でネアンデルタール人に殺されたものでしょう。

 

イヌを家畜化したという点でホモ・サピエンスの方が効率的に食糧を確保できたと仮説を立てることもできます。ただし他の説と同じく、それがネアンデルタール人の絶滅につながったという証拠はありませんが……」


名称未設定のアートワーク

 

――まとめると、ネアンデルタール人の絶滅の理由につながるホモ・サピエンスとの決定的な違いよりはむしろ、両者に共通点が多かったことが明らかになってきているということでしょうか。

 

「そうですね。もちろんそれぞれの研究者は両者の違いを明らかにしようと取り組んでいるわけですが、その成果を絶滅の理由に結びつけるにはまだ早い段階だと私は考えています。現在はDNA解析などの技術を駆使して、個々のローカルな生活像を明らかにする方向で研究が進んでいます」

 

――絶滅という大きな謎は謎として、私たちの祖先やネアンデルタール人の実像に迫る研究が着々と進んでいるわけですね。DNA解析ではどんなことがわかっているのでしょうか?

 

「DNA解析によって、私たち現生人類の中にもネアンデルタール人の遺伝子が数パーセント含まれていることがわかりました。ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は、少なくとも一部で混血していたのです。ただし、それがどういった経緯だったのか、ネアンデルタール人の絶滅と関係するのかについては詳しくはわかっていません。遺伝子のパーセンテージの低さから言っても、両者の交配はあくまで例外的な出来事だったと考えるのが妥当でしょう」

 

――私たちの中にもネアンデルタール人の血が流れているのですね。なんだかネアンデルタール人が親戚やお隣さんのような身近な存在に思えてきました。

骨からわかる化石人類の姿

――近藤先生ご自身は、骨から人類学にアプローチされているということですが……?

 

「形態人類学といって、骨を調べることでホモ・サピエンスとネアンデルタール人の生物種としての共通点や差異、生活環境までさまざまなことを明らかにしようとしています。

 

わかりやすいのは体格の違いですね。ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の身長はほぼ同じでしたが、膝の関節の骨の断面積を比べるとネアンデルタール人の方が骨太なことがわかります。この断面積は体重と相関関係があるので、先ほども触れたようにネアンデルタール人の方が筋肉量が多かったのではないかと推測できるのです。

 

また、頭骨を見るとネアンデルタール人は鼻の周囲のパーツが大きく前にせり出しています。鼻腔や副鼻腔といった鼻の中の空間がホモ・サピエンスよりも広くなっていて、これは一説によると寒冷地に適応するため、吸い込んだ空気を温めるのに役立ったとも言われていますが、反対意見も出ておりはっきりとはわかっていません。

 

骨から生活の様子を垣間見ることもできます。腕の骨の筋肉のつき方を調べると、手指をどれだけ動かしていたのかが推測できます。この研究によると、ホモ・サピエンスもネアンデルタール人も同じように手先を器用に使っていたようです。

 

私が取り組んでいる研究では、ネアンデルタール人の胎児期からの成長過程を調査して、私たちと大きな差がないことがわかりました。妊娠期間や妊娠・出産時に母体にかかる負担も私たちと変わらなかったとすると、それを取り巻く生活サイクルや文化も似通っていたと想像できます」

 

――差異も共通点も、様々なことがわかるんですね。だけど、現代人でも体格は人それぞれバラバラですよね。化石になった人々の生物学的な傾向を見極めるのって大変ではないですか?

 

「はい。その点は、まさに私たち自身が物差しになるんです。寒冷地に住む人々と温暖な地域の人々の違い、栄養状態による違いなど、環境条件が骨格にどう影響するのかは現代の人々を調べることである程度把握することができます。化石人類の骨を比較する際にその環境による差異を差し引いてやると、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人という生物種としての差異を見極めることができるわけです」

 

――化石人類の研究は、私たち現代人をよく知ることと切り離せないわけですね。

近藤先生の研究のきっかけになった、シリア北部のデデリエ洞窟・中期旧石器時代の遺跡での発掘調査(写真はおそらく1993年)。最初に発見された人骨の記録をとっている近藤先生(左)、百々幸雄氏(右、当時は札幌医科大学教授)。

近藤先生の研究のきっかけになった、シリア北部のデデリエ洞窟・中期旧石器時代の遺跡での発掘調査(写真はおそらく1993年)。最初に発見された人骨の記録をとっている近藤先生(左)、百々幸雄氏(右、当時は札幌医科大学教授)

 

近藤先生の素朴な疑問は? 

――それでは最後に、近藤先生の抱えている素朴な疑問を教えていただけますか?

 

「人類学は人間の文化を理解することと切っても切り離せない学問です。そこで気になっているのが、宗教はどうして生まれたのか、ということです。調査を行う中で、古い時代の宗教的モニュメントであったり、宗教の戒律を大切に守って生活している現地の人であったり、様々な信仰の形を目にすることがあります。そうした信仰が生まれ、多様化してきた背景は何なのか、たとえば人間の精神性の進化というようなものと関わっているのかを知りたいですね」

 

――これはどこから手をつければいいのか、特大の謎を投げかけていただきました。「素朴」ほど厄介なものはないということに連載3回目にして気づきつつあります……。

 

とうわけで、次回は「宗教はどうして生まれたの?」という素朴な疑問に答えていただける研究者の先生を探してみたいと思います!

 

(つづく)

 

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