コロナ禍によりステイホームの時間が増えたことで、プラモデルの人気が高まっています。かつてガンプラやミニ四駆に熱中した30~60代の男性だけではなく、新たに始める人や20~30代の女性の購入も多いのだとか。そんな新聞記事を読んで「へー」と思い、これは詳しい人に話を聞かなければと思った次第だ。
そこで今回、『模型のメディア論 時空間を媒介する「モノ」』の著者である松井広志先生を取材。プラモデル人気の背景を伺うとともに、デジタル時代のモノの魅力について聞いてみた。
松井先生の著書『模型のメディア論 時空間を媒介する「モノ」』(2017年 青弓社)。日本社会のなかの模型について、歴史・現在・理論の3つの側面から解き明かした意欲作。この記事でのちほど取り上げる、模型の歴史についても詳しく紹介されています
このデジタル時代になぜプラモデルが人気なのか?
モノが売れない時代だ、なんて言われて久しい。ゲームはもちろん本や雑誌もオンライン化。何なら会議も取材もオンライン化…あらゆるモノがデジタル化しているのが今の時代だ。
松井先生、そんな今、なぜプラモデルというモノが人気なのでしょう?
「そうですね。私も模型専門店や大手家電量販店のプラモデル売り場をよく覗くのですが、人気商品の棚がガサッと空いていたりと、明らかに売れているのを肌で感じています。コロナ禍で製造や物流の問題で供給が間に合っていないという側面もあるとは思いますが、関係者の方に聞いても売れているのは間違いないようです」
売れている理由は、第一にコロナ禍で家にいる時間が長くなったからだと松井先生。
「巣ごもり需要で、一人で何かをつくる体験への需要が増えていますよね。プラモデルだけでなく、手芸人気でミシンが品薄になったり、紙の本やマンガの売り上げも増えたりしたとも聞いています。つまり一人で向き合うタイプのメディアへの欲望が顕在化したわけです」
「モノのメディア論」を提唱する松井先生によれば、「メディア」とは何かと何かをつなぐ媒介だという。例えばメディアと聞いて多くの人がまず思い浮かべるテレビやインターネットも、私たちと画面の向こうの世界をつなげる媒介=メディアだ。小説やマンガも読者と物語世界をつなげるメディアと考えるとわかりやすいだろう。そしてプラモデルなどのモノにもメディアとしての媒介作用があるのだ。
「今、『鬼滅の刃』や『名探偵コナン』のプラモデルが人気だったりするんですが、なぜ人気かというと、好きなアニメキャラクターのプラモデルをつくりながら、その世界観や好きなシーンに思いを馳せることができるからなんですね」
先生によれば、アニメキャラだけでなく、子どもの頃に虫取り網を持って走り回った人にはたまらない精巧な昆虫のプラモデル、またガチャでは公衆電話など昔懐かしのレトロな模型が老若男女を問わず人気なのだとか。それはフィクション世界だけでなく、過去の思い出にもプラモデルや模型が私たちをつないでくれるからなのだ。
とはいえこのソーシャルメディアが発達したデジタル時代に、一人で向き合うタイプのモノの人気が復活しているのはちょっと不思議だ。ソーシャルゲームが人気なのはわかるのだけど。
「その理由を考えるには、まず2010年代からのメディアの推移を振り返らないといけません。2010年代は、社会学の分野でもよく研究されているんですが《体験型消費》の時代でした。モノは売れなくても、ライブなどのイベント系は好調。音楽フェスやアイドルの握手会、アニメでもニコニコ動画のように感想を入力しながら共有し合う視聴体験が人気を集めていましたよね」
確かに。そういう《つながる体験》がもてはやされていたなあ。
「メディア論の考え方では、メディアはそれを通じて人がどのようなコミュニケーションやコミュニティを形成していくのかが重要です。この点に関していうと、2010年代は体験を大勢で共有するコミュニケーションが脚光を浴びた時代でした。そういう時代だったから、模型や手芸、読書といった一人で耽溺していくタイプのメディアはそこまで流行らなかったのかもしれません。ですがコロナ禍でメディアイベントが開催しにくいこと、一人で家にいる時間が長くなったことでモノに耽溺するニーズが復活してきた。大勢とつながることへの疲れや反動もあったのではないかと思います。私はゲームも研究対象としているのですが、コロナ禍では一人でコツコツやる系が人気です。プラモデルなどのモノのメディアへの人気が再燃しているのも同様の理由からだと考えています」
戦前の模型は未来とつながるメディアだった
模型をメディアとして捉える松井先生の視点はとてもユニークだ。でもなぜ模型をメディアとして研究したのかが気になる…やっぱり少年時代はかなりのプラモデル好きだったんでしょうか?
「そうですね、模型を研究対象とした理由のひとつは模型が好きだったからです(笑)」
ありがとうございます。乗っかってくれる先生のサービス精神が素敵です。
話を戻すと、先生が社会学者として活動を始めた約10年前は、博物館や教室などの《空間》を知識や情報を伝達したり、共有したりする媒介、つまりメディアとして捉えて研究しようというムーブメントがあったのだとか。
そうした研究や論文を目にしながら先生は「“何かを媒介している”というのがメディアの定義になるというのであれば、人にメッセージを伝えたり、人が何かを表現したりするモノもメディアになりうるのでは?」と考えるようになった。そこから「モノのメディア論」を展開するにあたり、模型を一つの事例にしようと考えたのだ。
「それまでの学術的な世界では、模型は単なるサブカルチャーの一つとして処理されていたと思います。でもメディアとして捉えることにより、テレビやSNSなどと並ぶ、社会的な存在になりえるのではないかと、私は考えました。メディアの根本的なところや、モノとメディアの関係性を問い直したい、というのが出発点でした。そこでまずは模型の歴史をたどり、模型がメディアになっていくさまを歴史からひも解こうと考えました」
先生によれば模型の歴史やメディア性は、戦前、戦中、戦後で転換していくという。
「1920~30年代の戦前の日本では、模型が理系的な素養を育てるものとして推奨されていました。日本が工業化していくうえで必要なエンジニアを育てるために、模型が活用されていたんですね。ゆえにこの時代の模型は空想科学を形にするクリエイティブなもので、科学が発展する未来と結びついたメディアでした。少年誌で模型の特集が組まれたりと、男子が取り組むものという規範が生まれたのもこの頃です」
「全国学生科学模型展覧会」の入選作品。鉄道模型や金庫、船など「自由に想像した新しい機械」の模型が並ぶ。これを木材と金属を加工してつくったなんて、昔の少年たちってすごい
(出典:「科学と模型」1937年7月号、朝日屋理科模型店出版部科学と模型社)
未来志向のクリエイティブなモノだった模型が、ミリタリーに寄っていったのは戦争が始まってからのこと。戦中になると、未来ではなく今すぐ役に立つことが重要となっていき、模型のあり方も即物的なものに変容していった。
「戦時中に設けられた国民学校では、模型航空教育という授業が行われていました。模型=兵器であり、模型は戦争に役立つ技術を育むものだと考えられるようになったんです。模型自体も戦艦や兵器をモチーフにしたものが中心になり、娯楽が少ない戦時中でも模型遊びなら許される風潮がありました」
なるほど。そういう時代があったから、模型が決定的に兵器と結びつくようになったのか。なんだかんだ言って、今も戦艦大和とか零戦とかミリタリー系の模型・プラモデルの人気は根強いですしね。
「そうですね。ただ戦後の1960年代ぐらいから模型の材料がプラスチックに変わり、プラモデルと呼ばれるようになってから、現在まで、徐々にではありますが模型が兵器やジェンダーから解放されるようになっていった…そのように長いスパンで捉えるのがよいと思います。そのターニングポイントは、やはりキャラクターモデル、特にガンダムのプラモデル(ガンプラ)だったのではないかと私は考えています」
模型=兵器から、フィクション世界とつながるメディアに
ガンダムは1979年から放映されたテレビアニメですよね。ガンプラは男子にめちゃくちゃ人気だったなあ…。
「模型の材料がプラスチックになり、より精巧な模型が簡単につくれるようになっていったことと、ガンダムというロボ兵器アニメがハマったんですね。ただガンダムは兵器というよりも、シリーズを重ねてキャラクター性が強い存在になっていきました。兵器としてはありえないプロポーションだったりもしますしね。そこから、模型と兵器との結びつきがだんだん溶けていったのではないかと。そして、キャラクター性の強いフィギュアへと変化していく傾向が生まれました」
ガンプラ以降も『新世紀エヴァンゲリオン』など、戦う兵器ではあるけれどロボットというより人間らしさが強いプラモデルが出てきましたよね。
「あと玩具メーカーの努力というべきか、2000年代に食玩やカプセル玩具がヒットするようになり、かわいらしいキャラクターや、ジェンダーや年齢を超えて人のコレクター魂を刺激する模型が増えてきました。私が勤める大学の女子学生たちも、カプセル玩具をよく買っていますよ」
食玩やカプセル玩具は、プラモデルと共通する技術を使いつつ、多くの人が手を出しやすい商品
ニッパーを使わず簡単につくれるプラモデルが増えたのも、ジェンダーレス化に役立っているのではないかと松井先生。
「模型には一人でできる手作業の楽しさとともに、模型を媒介に好きなモノの世界につながるメディア性があります。今後はそこをもっと深掘りしていきたいですし、食玩やカプセル玩具などの、もっとポップなものも研究対象にしていこうと考えています。そうすることで『モノのメディア論』を拡張していけるんではないかと」
なるほど。数百円で手軽に買えてしまう食玩やカプセル玩具がメディアとして私たちや社会にどんな影響を与えているのか…先生の次なる研究が待たれるところですね!
ところで先生はどんな模型の楽しみ方をしているんですか?
「プラモデルやカプセル玩具、100円均一で買った模型などを組み合わせて、ジオラマ的な見立てをつくることですね。これとこれの組み合わせが意外と面白いんじゃないかとか、そんなことを考えるのが意外と楽しくて」
先生によるガンダムと春の風景?おもしろいマッチング!©創通・サンライズ
ふむふむ。模型に限らず、自分の世界に耽溺できるメディアを持つことは、心を平穏に保つのに大切なのかもしれませんね。コロナ疲れ、デジタル疲れを癒して心豊かに過ごすのにも役立ちそう。 私も次の休みに何かコツコツ一人でつくってみようかなあ。模型を始めてみるのもアリかもしれない。