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  • date:2021.8.10
  • author:谷脇栗太

台湾への修学旅行をサポート! SNET台湾共同代表・赤松美和子先生に聞く「台湾との出会い方」

今回お話を伺った研究者

赤松 美和子

大妻女子大学 比較文化学部 准教授

2008年、お茶の水女子大学人間文化研究科 博士後期課程修了。博士(人文科学)。横浜国立大学、東京女子大学 非常勤講師、大妻女子大学 助教を経て2013年より現職。専門は台湾文学。2018年に日本台湾修学旅行支援研究者ネットワーク(SNET台湾)を設立、共同代表となる。編著書に『台湾を知るための60章』(明石書店)など。

日本人にとって最も馴染み深い「お隣さん」の一つである台湾。南国の気候とレトロな街並み、フレンドリーなイメージで海外旅行の定番になっているのはもちろん、台湾スウィーツもすっかり日本の若者の間で市民権を得ている。昨年は新型コロナウイルスへの対応で注目を集め、IT担当大臣オードリー・タンは日本でも一躍時の人に。最近どうも台湾が気になるぞ……という方も多いのでは。

 

台湾についてもっと知りたい。だけどどこから手をつければいいのか……と調べていたところ、見つけたのが「日本台湾修学旅行支援研究者ネットワーク(以下、SNET台湾)」。なんでも、台湾研究者が台湾への修学旅行をサポートする取り組みを行っているのだそう。一体どんな風に高校生に台湾を紹介しているのか、そこに台湾の今を知る鍵がありそう……ということで、共同代表の赤松美和子先生にお話を伺った。

初めての台湾との出会いをエスコートする 

早速ですが、どうして修学旅行をサポートする活動を始められたのでしょうか?

 

「地理的な近さや治安の良さもあり、台湾は修学旅行でもとても人気があります。2018年のデータでは、修学旅行で海外に行く高校生の3分の1にあたる5万7000人の行き先が台湾でした。しかし残念なことに、高校の歴史では台湾について学ぶ機会がほとんどありません。高校の先生たちも旅行会社の方もお忙しい中、事前学習にまでなかなか手が回らないのが現実です。

 

多くの高校生にとっては初めての海外旅行で、せっかく色々なことを学べるチャンスなのに、結果として人気の観光スポット、バスで移動しやすいコースを回るだけになってしまっている……そんなお話を台湾研究者仲間の洪郁如先生(一橋大学)、山﨑直也先生(帝京大学)からお聞きしました。それなら研究者として何かお手伝いできることがあるのではないかということで、台湾への修学旅行の事前学習やコース選定をサポートするために2018年に3人で立ち上げたのがSNET台湾です。実際の活動では、日本台湾学会に所属する研究者をはじめ、さまざまな方が協力してくださっています」

お話を伺った赤松美和子先生

お話を伺った赤松美和子先生

 

台湾といえば、中国との複雑な関係があり、日本とも関わりが深い親日国……こんなイメージで修学旅行に行くのは不十分でしょうか?

 

「確かに、『台湾は親日国だ』とよく言われますよね。インターネットで調べてみると、日本が台湾に近代化をもたらしたとか、台湾のためにダムを作ったという情報が出てきて、『だから台湾は日本に恩があり親日なんだ』と思ってしまう方もいらっしゃるようです。だけどそれらは、植民地時代にあくまで日本の都合で行われてきたことなんですよね。

 

実際、台湾の人は海外から来た人に対してフレンドリーなのですが、こちらが勘違いして上から目線で接しては失礼ですし恥ずかしいですよね。高校生には『親日台湾』というレッテルをとり払って、お互いのことをよく知り、尊敬しあえる『お友達』の関係を作ってほしい。そうすることで、台湾に限らず国際社会でいい関係を築くことができるようになります。そのための出会いのエスコートをしたいというのも、SNET台湾を始めた動機です」

 

う〜んなるほど。きちんと勉強していくことは相手への最低限の敬意を示すことでもあるわけですね。私も台湾に旅行に行ったことがあるんですが、恥ずかしながらその時はそこまで考えずに遊びまわっていました……。

 

「もちろん、日本に帰ってきてから勉強しても遅くはありませんよ! 私自身も初めは何もわからずに台湾の土を踏みましたから……。だからこそ、今の高校生にはその次のステップから始めてほしいと思ったりします」

出張講座で事前学習をサポート

具体的にはどんな取り組みをされているのでしょうか?

 

「設立当初から取り組んでいるのは、研究者による出張講座です。事前学習・事後学習の一環として高校に呼んでいただいて授業をするのですが、最近はオンライン講座がほとんどですね。その他、修学旅行に関して先生からの個別のご相談を受け付けたり、台湾に関する中高生への教育普及をテーマにした公開講座を開催したこともあります」

出張講座の様子。現在は主にオンラインで開催している

出張講座の様子。現在は主にオンラインで開催している

 

研究者の先生方から直接教わることができるのは、高校生にとっては貴重な体験ですよね。台湾についてほとんど知らない生徒さんも多いと思いますが、事前学習で工夫されていることはありますか?

 

「出張講座の形式は各校の要望に合わせています。例えば、こちらから一方的に授業をしても面白くないので、生徒さん達に事前に調べてきてもらった内容をプレゼンしてもらって、それに対して専門家としてアドバイスするという形もおすすめです。物価を調べるときに台湾元と中国元を混同してしまうような間違いもあるんですが、一生懸命調べてきてくれたのは偉いことなので、傷つけないように『両方知れてよかったね』とフォローしたり(笑)。

 

それと、高校生も知ってるような共通の話題を見つけるということも大切ですね。タピオカなんかがわかりやすいですが、PCなどのデジタル製品、ナイキのシューズ、化粧品など、意外と身の回りにたくさんある台湾製品を話題のとっかかりにしています。そういう点では、K-POPが大流行している韓国がうらやましいと同時に、もっと仲良くできればいいのに……とも思います」

 

台湾製品が身の回りに沢山あると知るだけでも、台湾を知る手がかりになりそうですね。ところで、昨年、今年とコロナの影響で修学旅行が中止になってしまった学校も多いのでは……?

 

「そうですね、残念ながら今は渡航できる状態ではないので、来年の春以降の計画のご相談が多いです。修学旅行の中止は決まったものの、『せっかくの国際交流の機会をなくしたくない』と先生が奮起されて、有志の生徒で英語でニュースレターを書いて台湾の高校生と交換し合うという取り組みをされている学校もあります。私たちはそんな生徒さんから質問をいただいて答えたりもしています。

 

それと、今はオンラインコンテンツをたくさん用意していて、今後はオンライン講義と組み合わせて事前学習を充実させたいと考えています」

 

高校でもSNET台湾でも、高校生のために今できることに取り組まれているんですね。

 旅行の計画に役立つオンラインコンテンツ

オンラインコンテンツでは、誰でも自宅で台湾について学べるそうですね。

 

「YouTube SNET台湾チャンネルでは、専門家が高校生に向けて台湾の基礎知識をレクチャーする『台湾修学旅行アカデミー』シリーズ、それに台湾の博物館の動画を翻訳して冒頭に簡単な紹介を付けた『おうちで楽しもう台湾の博物館』シリーズを公開しています」

 

実は、取材の前に『台湾修学旅行アカデミー』を拝見しました! 台湾の複雑な歴史・政治的背景が会話形式でよくわかり、勉強になりました。

「台湾修学旅行アカデミー」赤松先生のおすすめは、第1回の『台湾とは何か?』。ゲストは東京大学の松田康博先生

「台湾修学旅行アカデミー」赤松先生のおすすめは、第1回の『台湾とは何か?』。ゲストは東京大学の松田康博先生

 

「ありがとうございます! もう一つ、ぜひ見ていただきたいのは『みんなの台湾修学旅行ナビ』です。こちらは学びの目的に沿って旅行プランの組み立てをサポートするサイトになっています。現在およそ150のスポットが登録されていて、それぞれ解説や事前学習のヒントなどを掲載しています。歴史、文化、自然のほか、ジェンダー、民族、人権、エネルギー、SDGsといった社会的なテーマに関連したスポットやモデルコースを紹介しているのが特徴です」

 

テーマ設定がさすが2020年代だ……! 私もこれでコロナ明けの旅行プランを練ってみたいです。しかし、これだけの情報量だとかなり手がかかっているのでは?

 

「『みんなの台湾修学旅行ナビ』は、日本の文部科学省にあたる教育部に賛同していただいて実現しました。日本台湾学会の研究者の皆さんや、台湾の大学の先生方、台湾在住のライターさん、学芸員さんなど約50人に執筆していただいています。先生や生徒さんに改善点をヒアリングしていて、今後もバージョンアップしていく予定です。『みんなの』台湾修学旅行ナビですから、高校生に限らず、台湾旅行に行く際に活用していただけると嬉しいです!」

「みんなの台湾修学旅行ナビ」トップページ。堅苦しさは少しも感じさせないかわいいデザイン

「みんなの台湾修学旅行ナビ」トップページ。堅苦しさは少しも感じさせないかわいいデザイン

台湾に飛び込んで感じる、市民のエネルギー

学習テーマに文化や歴史だけではない社会的なテーマが並んでいるのは、それだけ台湾社会から学べることが多いということでしょうか?

 

「はい。台湾はこの20年で、ジェンダー平等、移民、若者の政治参加、環境エネルギー問題……と日本がまだまだ十分に取り組めていないさまざまな問題に積極的に取り組んできました。『みんなの台湾修学旅行ナビ』でもなるべくそうしたテーマに関係のあるスポットを掲載しています。

 

例えばLGBTというテーマでは、毎年10月の最終土曜日に開催される『台湾LGBTプライドパレード』を取り上げています。台湾はこうした市民運動をしている方々が本当に魅力的で、難しい問題を面白く説明してくれて、お話しするだけですごくエネルギーをもらえます。同じくナビで取り上げている『台湾同志ホットライン協会』は1998年に設立され、多様な性のあり方についての啓発活動を行っている団体です。LGBT当事者の子どもを持つ親御さんからの電話相談も受けていて、かつて自分の子どもで悩んだお父さん、お母さんたちがボランティアで相談員を買って出たりしています。専任の職員さんも沢山いるのですが、どうやって運営資金を調達しているのかを聞くと、年に一度パーティーを開くと、活動を支持する人々から沢山の寄付が集まるんだそうです。

 

台湾では『誰かが始めた活動を応援する』という文化が根付いているんです。現地の方々と直に接することで、高校生が何かを感じ取ってくれると嬉しいです」

「みんなの台湾修学旅行ナビ」より、台湾同志ホットライン協会のスポット紹介

「みんなの台湾修学旅行ナビ」より、台湾同志ホットライン協会のスポット紹介

 

ふむふむ。事例に学ぶだけでなく、ポジティブでエネルギッシュな空気に触れること自体が良い刺激になりそうですね。台湾のこうした空気はいつ頃からあるのでしょうか?

 

「昔からそうだったわけではなく、民主化が達成されてからここ20年の変化が目覚ましいですね。国際関係が不安定なこともあり、これから先、国をどうしたいかを自分自身の問題として考えて行動している人が多いです。もちろん、それぞれの人が持っている意見はさまざまですし、市民活動も決して良い面ばかりではないのですが、それでも思いを行動に表す人は尊重される気風があります。

 

次世代を育てるということにも熱心で、企業の社長さんが母校に奨学金を作ったという話もよく聞きます。選挙の時もそうですね。都市部に出てきている若者は実家に帰って投票することになるんですが、そのために市井の人々が寄付を出しあってバスを手配することもあるそうなんです。若者にチャンスを与えようという気風は学問の世界にもあって、私自身、初めて学会発表をさせてもらえたのは台湾の学会だったんですよ」

 

2014年には「ひまわり学生運動」が大きなニュースになりましたが、台湾の若者のアクティブさは大人の後押しもあってこそなんですね。私たち大人こそ、台湾から学べることがたくさんありそうです。

台湾を知ることで、日本やアジアが見えてくる

ところで、赤松先生ご自身は台湾のどんなところに魅力を感じておられるんですか?

 

「一番好きなのは、多様性に対する包容力ですね。私の専門である文学で言えば、テキスト自体が公用語の中国語だけでなく台湾語で書かれていたり、ときどき日本語や英語が出てきたりもします。台湾には先住民族の方々や、さまざまなルーツを持つ移民もたくさん暮らしていて、そんな多様性を文学も包摂してきたんです。作家自身も活動的で、夏休みに作家を囲んで文学ファンたちが集い、合宿を行う『文学キャンプ』という文化が根付いています。人と人が出会い、対話することで文学も前進してきました」

 

憧れの作家と過ごせる文学キャンプ、面白そうです! 文学がしっかり社会とつながっているんですね。

 

「そうですね。台湾はアジアで初めて同性婚を合法化した国ですが、台湾の文学や映画は30年前から同性間の関係を描いてきました。新しい作品が書かれたらすぐに研究の俎上に乗せられ、創作と研究が一緒に発展してきたのも台湾の特徴です。社会を動かすにはそうした言葉の力がとても大切です。私が台湾文学研究者だから感じるのかもしれませんが、ある意味、文学や映画が台湾社会を引っ張ってきたとも言えますね」

 

またいずれ、台湾文学や映画についてもお話を伺いたいです。最後に改めてお聞きしたいのですが、日本で台湾への注目が高まっている今、私たちはどんな視点で台湾について学べばよいでしょうか?

 

「多くの日本人に台湾が印象付けられた出来事といえば、2011年の東日本大震災で台湾から多くの義援金が送られたことでした。その時は『親日台湾』のイメージから抜け出すことはできなかったのですが、今回のコロナ禍で日本から見た台湾のイメージが変わりましたよね。台湾内部の政治体制にまで注目が集まったのは大きな変化だと思います。この機会にもう一歩踏み込んで、オードリー・タンの活躍の背景にある市民社会の方にも目を向けてほしいです。

 

そして、台湾から学べることがたくさんあるということはお話ししてきた通りですが、それでは日本はどうなのか、アジアの国々の関係はどうかというところまで視点を広げてみていただきたいです。台湾を知ることは、日本やアジアについてより深く感じ、相対化して考えられる機会になると思います。台湾に限らず、いろいろな国の人とお友達になれば見える世界が広がりますよ」

 

ありがとうございました!

 

 

 

定番の観光スポットをめぐるだけでは見落としてしまう台湾の魅力をたっぷり伺うことができた。また旅行に行ける日を楽しみに、あなただけの台湾旅行プランを考えてみてはいかがだろうか?

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