日本で最も多くの化石が発掘されている県は、福井県だということを、みなさんご存知でしょうか? そして福井にある公立大学、福井県立大学には、恐竜の化石にかかわる研究を専門的に行う恐竜学研究所という研究機関が設置されています。
今回、この恐竜学研究所の今井拓哉先生が講師を務める特別企画講座「バーチャル・AI恐竜学のいまとこれから」が開催されると知り、オンラインで参加させてもらいました。講座の前半は化石の採掘にAI(人工知能)を活用する取り組みについてで、後半は恐竜を身近に感じてもらうための『福井バーチャル恐竜展』に関するお話でした。最新のテクノロジーを使って恐竜研究を推進したり、魅力を発信したりする先生の活動は、ワクワクするものばかりでした。
AIで岩石の中の化石を自動で識別や掘削するAIプリパレーターを開発中
「AIとは、知的行動を人間に代わってコンピューターに行わせる技術をいいます。たとえば、ドラえもんなど漫画やアニメによくでてくるようなロボットもAIで動いています」と今井先生。
ドラえもんのようなロボットが化石の発掘現場で活用されるのは、まだまだ先の話ですが、それでも化石の研究に、すでにAIは活用されているようです。その活用例のひとつに「絵や写真の判別」があります。果物や動物など、AIに多くの種類の絵や写真を学ばせることによって、「これは〇〇だ」と判別させるシステムがすでに開発されています。これに着目して、恐竜学を含む古生物学の研究者たちは、アンモナイトや微生物の分類をAIで行っているのだそうです。
今井先生が、現在、考えているのは化石の「クリーニング」へのAIの活用です。化石の「クリーニング」とは発掘した化石の周りについている岩石をきれいに落とす作業のことをいいます。
福井県で見つかる化石は年間で4,000点を超えるものの、発掘量の半分程度しかクリーニングできていない年もあり、「このままだとバックヤードに化石がたまる一方だ」と今井先生は言います。そこで、根本的な解決策として今井先生が共同研究者の芝原曉彦博士(地球科学可視化技術研究所)と考案されたのが、「AIプリパレーター」です。プリパレーターとは、化石の発掘からクリーニングなどを行う専門技師のことです。
膨大な発掘量にクリーニングが追いつかない現状
(提供:福井県立大学恐竜学研究所)
AIプリパレーターでは、まずは岩石をCTスキャンし、その画像データを読み込みます。すると、AIが化石とそれ以外を自動で識別して、この識別データをもとに自動で堀削を行います。AIプリパレーターが完成すれば、24時間稼働することができるので、人の技師と協働させることで、クリーニングの処理速度は大幅にアップするだろうと、今井先生は語ります。
岩石のCT画像から化石をAIで自動判別
(提供:福井県立大学恐竜学研究所)
しかし、実現に向けては課題もあります。「熟練の技師は、岩石の硬さによって掘削の力加減を変えていますが、AIプリパレーターは常に全力なんです。福井の岩石は非常に硬いので、ドリルが折れたり、火花が散ったりして非常に危険です」。
自動車工場の現場などでは職人の技をAIに学習させることがすでに始まっているそうですが、これを化石のクリーニングに転用することは現状では難しいようです。熟練の技、一朝一夕にはならず、というところでしょうか。しかし、なんとか職人の力加減をAIに学習させるべく、試行錯誤している段階だそうです。
バーチャル・リアリティは恐竜学をよりおもしろくする科学技術
続いて、バーチャル・リアリティの恐竜研究への応用について話題が移ります。
「バーチャル・リアリティ」を改めて定義すると「物質的には存在しないが、コンピューターなどによって存在するかのように表現された仮想現実」のこと。
「バーチャル・リアリティは現実の経験を上回ることはない、というのはよく言われることです。実際、においは作れないですし、触れないですし、雰囲気みたいなものは再現できません。
しかし、バーチャル・リアリティは現実がなしえない体験を可能にします。例えば、バーチャル・リアリティでは、人は飛べますし、重い物も持てます。宇宙にも過去にも地下にも行けます。これが、恐竜学ととても合うと思っています。バーチャル・リアリティは恐竜学をよりおもしろくする科学技術だと捉えています」と今井先生は力説します。
今井先生が実行委員のメンバーでもある『福井バーチャル恐竜展』という、恐竜の3Dモデルのバーチャル・リアリティ上での展示会がウェブ上で2021年から一般に公開されています。パソコンやスマホをから「いつでも・どこででも・気軽に」展示を見ることができます。
「福井バーチャル恐竜展」の会場入り口
背景はイタリアのベニスの街が設定されています。メタバーズプラットフォームであるバーチャルSNS"Cluster"(© 2017 Cluster, Inc.)版
解説パネルは今井先生が書かれたそうです。
フクイラプトル、フクイサウルスの骨格3Dモデルと生態復元モデルをはじめ、福井で見つかった恐竜6種類すべてが展示されています。
恐竜研究のこれから
バーチャル・リアリティで展示するメリットとして、「いつでも、だれでも学び、楽しめることです」と今井先生。地球上のどこからでも24時間参加することができて、自動翻訳や自動読み上げ機能などを使えば、言語の壁もなくなります。
化石の展示としてのメリットは、「大きな化石も小さな化石もちょうどいいサイズにできる」こと。例えば、小さな鳥であるフクイプテリクスの化石を細かい部分まで見るには拡大鏡が必要になりますが、バーチャル・リアリティでは「簡単な操作で拡大でき、よく見えます。もっと小さいプランクトンの化石も拡大して見ることができます」。
また「誰もが展示づくり・研究室づくりができる」、著作権・版権フリーの化石の素材さえ入手すれば、誰でも趣味で自分の博物館を作ることも可能だそう。「オリジナルの展示作りは学芸員実習や博物館学の講義でも役立てることができると思っています」とのことです。
魅力いっぱいのバーチャル・リアリティの展示ですが、問題点がひとつ。それは化石の3Dデータの権利問題です。化石そのものに所有権がある場合など、3Dデータの権利関係はいまだ整理されていないので、個人でバーチャル展示を作る場合などには注意が必要なんだそうです。
今井先生の講演が終わると、質疑応答の時間が設けられました。ここではその一部をご紹介させてもらいます。
「AIプリパレーターが普及すれば、化石のクリーニング技師の職を奪ってしまうのでは?」という質問には、「日本では化石のクリーニング技師がほとんどいません。アルバイトやボランティの方が多いので、逆にAIプリパレーターによって化石のクリーリングの作業所などが普及して雇用が新たに生まれる可能性があると思っています」とのこと。
「化石のAIプリパレーターには岩石掘削の強度の問題があるということでしたが、強度が関係ないボーリング(ドリルで地面に穴を空ける)掘削への応用事例は?」という専門的な質問も。「先行例は聞いたことはありませんが、地球物理学的な探査などで、地層の分布がどのようになっているのかを先に想定してボーリング掘削に応用することは可能なのではないかと思っています。もうひとつは鉱物の加工技術。ダイヤモンドやルビーが埋まっている岩石をきれいに加工するという技術に応用できるのではないかと考えています」とのことでした。
今井先生は、すべての質問に丁寧に答えられ、予定よりも時間がオーバーするほどの盛り上がりでした。
恐竜の研究の課題に、化石のクリーニングが発掘量が多くて追いつかない現実、それを克服するために最新テクノロジーのAIを使って取り組まれていることに、目からウロコでした。バーチャル・リアリティを使った展示がこれからどのように発展されていくのか興味津々です。