2022年8月6日から東京藝術大学大学美術館で開催されている、特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」を内覧会でひと足お先に鑑賞してきました!
宮内庁三の丸尚蔵館が収蔵する皇室の珠玉の名品に、東京藝術大学のコレクションを加えた本展。4つのテーマ「文字からはじまる日本の美」「人と物語の共演」「生き物わくわく」「風景に心を寄せる」に分けられ、82作品が展示されます。
アートの中心地・上野で美術館までの道のりも楽しむ
東京藝術大学大学美術館は、東京都台東区上野にあるキャンパス内に位置します。上野駅に降り立ち公園口から出ると、日本有数のコンサートホール、東京文化会館が目前に広がり、少し歩くと国立西洋美術館、その奥に国立科学博物館、さらに進むと東京都美術館、道路を隔てて東京国立博物館……上野恩賜公園や上野動物園も含め、見どころ満載なエリアです。
緑豊かで芸術あふれる美術館までの道のりで、本展覧会の看板を発見! 期待が高まります
そして、東京藝術大学大学美術館にたどり着くまでの道のりでも、すでにアートを楽しむことができます。「芸術の散歩道」として、東京藝術大学美術学部の卒業・修了作品から、東京都知事賞に選ばれた作品が展示されているので、ぜひ美術館までのお散歩もお楽しみください。
「芸術の散歩道」展示作品
日本の美術教育の原点に触れられる、美術大学ならではの展示
今回の展示は、序章「美の玉手箱を開けましょう」というテーマから始まり、ここでは、初めて「美術」を学問として捉えた、日本における美術教育最初期の様子を知ることができます。
東京藝術大学は、1887年に上野公園に設立された東京美術学校と東京音楽学校が包括され、1949年に創設されました。東京美術学校の設立に大きく貢献し、第2代校長も務め、日本で初めて日本美術史の講義を行ったのが岡倉天心です。本展覧会では、その日本美術史の講義ノートが展示されています。講義を聞いた学生たちは、熱心にメモを取り、清書も残したそうです。実際にノートを目にすると、学生たちの熱意や講義がいかに充実していたかが伝わってきます。
東京藝術大学蔵
岡倉天心(1863〜1913年)
本名は岡倉覚三。東京大学文学部卒業後、文部省に就職したのち、専修学校の教員を務める。アメリカ出身の東洋美術史家アーネスト・フェロノサと日本美術の調査を行い、1886年からは欧米の美術の視察に出向くなど、東京美術学校設立に尽力。美術史家、美術評論家として英文の著作も残した
岡倉は、「歴史は過去の事蹟を編集した記録であるから死物だとするのは誤りで、私たちの体内にあって活動しつつあるのが歴史なのだ」と訴えたそう。これが日本美術史学のはじまりなのです。日本初の美術学校の収蔵品だからこそ、このような“日本美術史の原点”に触れることができます。
「序章 美の玉手箱を開けましょう」の展示風景
『日本美術史』講義ノート (講述)岡倉天心・(筆記)原安民 明治24年(1891年) 東京藝術大学蔵 通期展示
東京藝術大学美術学部の前身、東京美術学校の創立に尽力した岡倉天心による日本美術史の講義を記録したノート
「教科書で見たことある!」重要な作品が目白押し
世代によって多少異なるかもしれませんが、筆者(アラサー)は「教科書で見たことある!」と興奮してしまう作品にいくつか遭遇しました。まず、16〜17世紀に描かれた《源氏物語図屏風》と江戸時代の《源氏物語画帖》。前者は、桃山時代を代表する絵師・狩野永徳の画風を引き継ぐ絵師らが制作したと伝えられているものです。『源氏物語』といったら、まさにこの絵図のような世界観が思い浮かびます。大きい作品なのでダイナミックさを感じますが、細部を見るととても繊細で、じっくり見入ってしまいました。
そして、《源氏物語画帖》(伝 土佐光則、宮内庁三の丸尚蔵館蔵、通期展示〈場面替えあり〉)はとにかく鮮やかで美しい色彩に心を奪われます。『源氏物語』の物語文の一部とその場面の絵画を小型の色紙に描いたこのような画帖は、近世初期に上層階級の婚礼道具の一つとして制作されたそうです。十二単の色合いや柄の一つひとつまで注目したくなります。
《源氏物語図屏風》伝 狩野永徳 桃山時代(16~17世紀) 宮内庁三の丸尚蔵館 9月4日までの展示
《源氏物語図屏風》展示風景。少し離れて全体を見渡しても、近づいて細部を見ても、作品の素晴らしさが伝わってきます
次に、国宝の《蒙古襲来絵詞》は、鎌倉時代に2度モンゴル軍が日本に攻め入った「元寇」を表した絵巻です。日本史で習ったことを目の当たりにした感覚になると同時に、「元寇」という言葉がそもそも懐かしい! 作者や描かれた背景などは謎が多いそうですが、こうして当時の戦の様子を見ることができる貴重な史料ですね。
《蒙古襲来絵詞》の展示。教科書で見たときに、元軍の武器「てつはう」や毒矢がこわいと感じたのを思い出しました
「かわいい」は時代を超えて
「生き物わくわく」では、鳥や犬猫、獅子などさまざまな動物の美術作品が展示されていて、動物好きの筆者はときめきました。作品のジャンルも絵画や木彫り、陶磁などと数多く、多様な角度から愛らしい動物たちを楽しむことができます。
「3章 生き物わくわく」の展示が始まります
まず心惹かれたのは、明治時代に制作された銅製の《鼬》と明治〜大正時代に制作された牙彫の《羽箒と子犬》。どちらもころんとしたフォルムと、自然体ながら愛くるしい表情がたまりません。《鼬》は、棚飾りとして伝わる明治天皇の御遺品だそうです。
《鼬》明治時代(19世紀) 銅、鋳造、彫金 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 通期展示
《羽箒と子犬》明治〜大正時代(20世紀) 牙彫 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 8月28日で展示終了
彫刻家・高村光雲の木彫りも見どころの一つ。《矮鶏置物》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵、8月28日で展示終了)と《鹿置物》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵、8月30日から展示)は、観察眼が鋭く写実的な高村の作品だけあって、それぞれの動物の特徴が細部まで丁寧に表されています。特に《矮鶏置物》は、矮鶏の羽の一枚一枚まで繊細に作り込まれていて、まるで生きているかのような見事さ。ずっと見ていても飽きません。
酒井抱一による江戸時代の作品《花鳥十二ヶ月図》は、その名の通り、12カ月それぞれのお花と鳥が描かれた連作です。写真のない時代に、動き回る鳥をここまで精緻に捉えて描くとは……日本の春夏秋冬を感じられ、大変味わい深いです。円山応挙による《牡丹孔雀図》(宮内庁三の丸尚蔵館蔵、8月30日から展示)も、華やかで見応えのある作品です。ほかにも、8月30日からは伊藤若沖の国宝《動植綵絵》の展示もはじまり、《梅花小禽図》、《桃花小禽図》、《向日葵雄鶏図》、《紫陽花双鶏図》など、鳥だけでも見逃せない作品が多数展示されます。
酒井抱一《花鳥十二ヶ月図》江戸時代 文政6年(1823) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 8月28日で展示終了
国宝の《唐獅子図屏風》もさすがの迫力です。右隻は狩野永徳によって桃山時代に描かれたもので、現在は屏風になっていますが、もともとは主人の座の背後を飾る床壁貼付だったそう。そして、屏風となった永徳の作品に添わせるために、ひ孫の常信が補作したのが左隻です。こちらは江戸時代に制作されたので、見比べてみても面白いですね。
狩野永徳(右隻)・常信(左隻) 国宝《唐獅子図屏風》(右隻は桃山時代(16世紀)、左隻は江戸時代(17世紀)) 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 8月28日で展示終了
異なる時代に描かれた同じ題材の作品、しかも作者が曽祖父とひ孫で見比べるというのは、とても興味深いです
最後に、山口素絢による1792年の作品《朝顔狗子図》を紹介したいと思います。「狗子」とは子犬のことですが、「いぬころ」あるいは「いぬっころ」と読まれていたそうで、しかも江戸時代の子どもたちは子犬を「ころころ」と呼んでいたとも言われています。「ころころ」と思わず呼びかけたくなるような、丸々したかわいい子犬が3匹描かれています。江戸時代の人たちも「いぬころ」と呼んで子犬を可愛がっていたかと思うと、いつの時代も人の心をつかむチャーミングさは変わらないのだなぁ……と親近感を覚えました。
難しいことは抜きにして、ひたすら「かわいい!」と楽しめるこちらの展示。時代を超えた普遍的なかわいさに心躍ります。
本レポートには紹介しきれない素晴らしい展示もたくさんあり、見応え抜群なので、ぜひ足を運んで実際に「日本美術をひも解いて」みてください。日本美術について、4つのテーマから多角的に理解を深めることができます。