コロナ禍で楽器を始めた人が多いという。私もそのひとり。始めた楽器は、お祭りの「ピーヒャラ、ピーヒャラ」という音色でおなじみの日本の笛、篠笛(しのぶえ)だ。
本来は竹製だが、初心者向けに作られたプラスチック製の笛は2000円前後と手頃な値段で入手できると知り、あまり深く考えずに購入。とりあえず音が出るだけで楽しいけれど、篠笛本来の音に触れたいと思い、プロの篠笛奏者をゲストにむかえて篠笛の魅力を紹介するトークイベント「和の響き~篠笛の魅力に迫る!」(主催:大阪音楽大学、アートエリアB1)を聞きに行った。“お祭りの笛”というイメージが強いが、実際のところはどのようなものだろう。
イベントを企画し、カフェマスター(ファシリテーター)をつとめたのは大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻3年生の大谷慎太郎さん。大谷さんは子どものころから和太鼓を叩いていて、篠笛はともに演奏することが多かったことから今回のイベントを企画した。
ゲストは篠笛奏者の新見美香(しんみ みか)さん。新見さんは篠笛歴15年で、演奏活動のほか篠笛教室の開催や和太鼓チームの指導、作曲など「現代に響く和の音色」をテーマに活動している。
新見美香さん(撮影のため、マスクを外しています)
上の写真はこの日、新見さんが持参した篠笛。篠笛は細い竹に穴をあけたシンプルな構造の横笛で、さまざまな長さや太さのものがある。
人生を変えた一音
中学・高校時代は吹奏楽でフルートを吹いていた新見さんが篠笛と出会ったのは、和太鼓に合わせる笛の演奏を頼まれたことがきっかけだった。実はフルートと篠笛は音を出す仕組みが似ている。どちらも最初は音を出すのもひと苦労で「スー」とか「フー」とか自分の呼吸音しか出ないが、フルートを吹ける人は篠笛の音もすぐに出せることが多い。
篠笛の演奏を「楽しそう」と気軽に引き受けた新見さんだったが、思いどおりの音を出すのはなかなか難しく、生来の負けん気に火がついた。そのころ出会ったのが、横笛奏者の出口煌玲(こうれい)氏の演奏だった。
出口氏が演奏する曲を聞いたとき、最初の一音で衝撃が体を走り、涙が頬を伝った。
「風がふわっと吹いて、切なさ、はかなさ、いろんな感情が揺れ動く」……、それまでモヤモヤしていたものがパンとはじけて「自分の道を見つけた」と確信した。自分も一音でこんな世界をつくれる奏者になりたい。
言葉では言い表せない「あの一音」を追い求めて、吹き続けているという。
相手に合わせて千変万化する笛
篠笛は古くから地域のお祭りや神楽、獅子舞のお囃子など、人々の生活に身近なところで演奏されてきた。音の高さや音階などは地域により、また笛の作り手によりさまざまなものがあり、時代が下ると唄(うた)や三味線、また西洋音楽が入ってくると西洋の楽器に合わせやすい笛が求められるようになって、現代ではそうした篠笛もつくられている。
写真のいちばん上と下の笛は、古くからある日本の笛。7つの指穴が均等に並んでいる(西洋音楽とは異なる音階となる)のに対し、間にある3本は、よく見ると穴の大きさや並び方が均一ではないのがわかる。西洋の音階に合うよう調律された笛だ。
こうした笛は、下の図のように管の太さや長さの異なる12種類がつくられている。西洋の音階は1オクターブの中に12の半音があり、それぞれの調に合わせやすくするためだ。
篠笛を紹介する新見さん。管が細く、短いほど高い音になる。
例えばハ長調(ドレミファソ…)の曲なら、上のスライド画像の「8本調子」とよばれる笛、半音低い調なら、「7本調子」の笛、……と、笛を持ちかえることでさまざまな調の曲を演奏できる。篠笛は穴をふさぐ指を少しずらすなどして半音を出すこともできるが、あまりにも半音が多いと演奏しづらいため、笛を持ちかえることが多いそうだ。
新見さんはいくつかの笛で民謡や盆踊り、獅子舞のお囃子などを吹きながら、笛による音のちがいを紹介してくれた。
こうした笛がつくられたことで、和楽器とだけでなく洋楽器などとも合わせやすくなり、篠笛の登場シーンは広がっている。ポップスや洋楽、歌謡曲も吹けるし、15年前に最初の一音で新見さんに衝撃を与えた曲は、篠笛とウッドベースによる共演だった。
ジャズで演奏されるウッドベースと和の音色との融合は「篠笛にもこんな表現があるのか」「自由に演奏していいんだ」という別の発見も新見さんにもたらしたそうだ。
吹いているのではなく、「会話」している
本格的にこの道に進むと決意した新見さんが、その後出口氏のすべての演奏会に足を運び、師事してわかったことは、笛を吹いているのではなく、音を通して「会話」しているということだった。
このイベントでも、そんな「会話」を聴かせてもらった。今回のイベントでカフェマスターをつとめた大谷さんによる和太鼓とのセッションだ。
お腹に響くような和太鼓のビートと、のびやかな高音でうたう篠笛。演奏曲は和太鼓集団『鼓童』の提供楽曲だが、実は大部分が即興演奏だったとのこと。丁々発止の掛け合いだ。
このほか、新見さんのオリジナル曲や他の篠笛奏者による演奏も動画で紹介してもらった。陽気なお囃子から郷愁をさそう旋律、映画のワンシーンが思い浮かぶような情感たっぷりの演奏まで、篠笛の表現や音色は思っていた以上に多彩だ。
ピロピロと澄んだ音が篠笛の持ち味だが、個人的には演奏者が吹きこんだ息が笛の音になる前の呼気やかすれ気味の音、空気のゆらぎのようなものも音楽の一部となるところが、とても日本らしい感じで、いいなあと思う。
新見さんは「篠笛はくらしの身近にあったものなので、できれば小学校で(リコーダーを習うように)篠笛を吹いてもらえたら…」と願っている。演奏の喜びと聴く楽しみ(踊る楽しみも?)に寄りそって響く篠笛の世界、これからも注目したい。