ふだん耳にするさまざまな音楽。最新のヒット曲もなつかしのメロディも、ルーツをたどると様々な時代や国の音楽から影響を受けているようです。そうした音楽のまじり具合のようなものに興味があり、京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センターのオンラインセミナー「民俗/民族音楽とポピュラー音楽」を視聴しました。
民俗/民族音楽*とポピュラー音楽との結びつきについて、主に東ヨーロッパや北欧の事例から考えるという内容で、講師に齋藤桂先生(日本伝統音楽研究センター講師)、伊東信宏先生(特別ゲスト・大阪大学教授)を迎えて行われました。
*「民族音楽」がある民族の音楽文化全体を指すのに対し、「民俗音楽」は集団・共同体に口頭伝承によってはぐくまれてきた伝統音楽を意味するものとされる。
講師プロフィール
伊東先生(写真左)の専門は中欧・東欧音楽史と民俗音楽研究。著書に『バルトーク-民謡を「発見」した辺境の作曲家』(中公新書)、『東欧音楽夜話』(音楽之友社)など。本セミナーで紹介する「東欧演歌」に関する著書も近日中に刊行予定。
齋藤先生(同右)の専門は音楽学、日本音楽史。著書に『〈裏〉日本音楽史:異形の近代』(春秋社)、『1933年を聴く:戦前日本の音風景』(NTT出版)など。
どこか演歌っぽい? 東欧の民俗的ポップ音楽
長い祈りを思わせるような男性の歌声。エキゾチックな響きにシンセサイザーのような音が重なり、女性ボーカルが張りのある声で歌い出す。アルメニアの歌手シルショによる曲<プレゴメシュ>はこんな風にはじまります。
東ヨーロッパ諸国では1990年前後の東欧革命で社会主義から資本主義へと体制が変わってから、民俗音楽とポップ・ミュージックを融合させた音楽が大流行。伊東先生はそうしたジャンルを「東欧演歌」と呼んでいます。
<プレゴメシュ>シルショ(アルメニア)2012年
イントロで流れる歌はアルメニアの古い民謡だそうです。曲中でもそのメロディが使われていますが、全体にシンセサイザーが多用された今どきの音楽という感じ。一方、歌手の服装、風景などからは、民族的な匂いがたちこめています。ちなみに曲名の<プレゴメシュ>とは、水牛を扱うときのかけ声とのこと。
続いて紹介されたのが、下の曲です。
あれっ、これは日本っぽい…、と思ったら、坂本冬美さんの曲でした。はじまりは雅楽のような音色で、そこに三味線、笛などの和楽器、ドラムやベースの電子音、坂本さんのコブシのきいた歌唱がまじり合って、全体に演歌調のポップという印象。映像には、着物や桜といった日本的なモチーフがテンコ盛りです。
伊東先生は「この2曲はまったく同じものなんじゃないかと思います」と解説。旋律やリズムが似ているというわけではありませんが、どちらも民俗/民族的な音楽をポピュラー音楽のスタイルに融合させているという構造が同じです。そこに注目するとおもしろいものが見えてくるのではないか、と「東欧演歌」という言葉を使いはじめたとのこと。
一方で「こうしたことは古くから試みられてきたことでもあります」と、ハンガリー出身の作曲家バルトークによる<ルーマニア民族舞曲>(1915年)と、その原曲で、1912年にバルトークが現在のルーマニアで録音したロマの演奏なども紹介。2曲を聴き比べると、バルトークがロマの音楽をピアノで忠実に再現していたことがわかります。
「東欧演歌」はこうした試みの現代版と言えるようですが、ポップ音楽というワクを共有しているためか、どことなく演歌っぽく聞こえるのがおもしろいところです。
ヘヴィメタルで民謡を
ポピュラー音楽と民俗音楽の結びつきの別の例として、齋藤先生より紹介されたのがヘヴィメタルと民謡や民俗(調)音楽を融合させた「フォーク・メタル」です。
ふだんヘヴィメタルを聞くことがない私はこうしたジャンルが存在することすら知らなかったのですが、フォーク・メタルは2000年代から音楽ジャンルとして確立されているそうです。視聴するまではどんな音楽か想像もつきませんでしたが、とにかくインパクトがあったのが、スイスのエルヴェイティというバンドのライブ映像です。
腕にタトゥーを入れたシンガーがしゃがれ声で叫んでいるのは、ヘヴィメタルのイメージ通り。違うのは、フィドル(ヴァイオリン)、ホイッスル(笛)、ハーディガーディ(ヴァイオリンに似た形の擦弦楽器)といった民族楽器が、ベースやギター、ドラムなどとまったく対等にハードな音楽を演奏しているところです。
<Nil>エルヴェイティ(スイス)2014年
ライブ映像ということもあって、ものすごい盛り上がり。「手になじんだ楽器で大好きなメタルを演奏した」という雰囲気で、音楽ジャンルの越境はこんなふうに自然に行われてきたのだと思いたくなりますが、実際はそう単純でもないようです。
齋藤先生によると、60年~70年代から民族音楽への関心がサブカルチャーの一つとして定着し、ハードロックと民謡を合わせたり、アイルランドのバンドが民謡をアレンジした曲を作ったりといった試みがあったとのこと。
特に北欧ではキリスト教化される前の自国文化や音楽への興味が強く、反キリストを標榜するバンドが数多く登場。反キリスト的な歌詞をノルウェーの民謡にのせた曲(<Oppi Fjellet>Storm)では、「自分たちはノルウェー人であることを誇りに思っている、おれの気持ちはキリスト教のバカ者達には解らないだろう」と歌われています。
また、意外なことですが、ハードロックはギターで単旋律を弾くだけで曲になるという点で、民謡と相性が良いのだそうです。
こうした流れの中で「フォーク・メタル」という言葉が90年代から使われ始め、イングランド出身のスカイクラッドなど、カルト的な人気を誇るバンドが登場。ジャンルの型のようなものができて、その典型の一つが、先ほどの(ライブ映像の)エルヴェイティということになるそうです。
(写真右)FOLK METALのロゴ入りシャツで解説する齋藤先生
フォーク・メタルの特徴として、民俗楽器や民謡風の音階(「ヘキサトニック」と呼ばれる)などがあります。
セミナー資料より
こうした共通性から「曲だけを聞いていると、(どこの国の曲かわからないけど)どことなく『ヨーロッパ民謡調』に聞こえる」と齋藤先生。この辺りは、先ほどの東欧演歌と重なるものを感じます。
この後、日本伝統音楽研究センター所長の細川修平先生も交え、北欧神話が音楽に与えた影響などの話題でディスカッションが行われました。
音楽と国家
最後に伊東先生より紹介されたのが、ヨーロッパ各国が参加する毎年恒例の歌合戦「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」の2022年の優勝曲<Stefania>です。ウクライナ民謡とヒップホップをミックスしたウクライナのバンドによる曲で、公式のミュージックビデオでは爆撃で廃墟になった町(ブチャ)で、焼け跡に取り残された子どもを抱いて運ぶ女性兵士が映し出されています。
伊東先生は「現代においても、音楽とか民族音楽がすぐに国家の問題と結びつきうることについて、それなりの覚悟をもって受け止めないといけない」と、このビデオを紹介した意図を話しました。感情を深く揺さぶる音楽だからこそ、そうした側面は知っておいてよさそうです。
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今回のセミナーでは、自分のまったく知らなかった音楽がたくさんあったことに驚きましたが、伝統的な音楽や楽器は、それが自国のものでなくてもどこか懐かしい感じを受けます。
東欧演歌にしてもフォーク・メタルにしても(そして日本のポップ調演歌にしても)、影響力の強い「西側の音楽」に対し、自分たちのよさを失うまいとする抵抗と融和のような関係がおもしろく感じられました。