「キラキラネーム」という言葉が登場して久しいですが、音でもなんとなくキラキラした感じがしたり、カワイイと感じる響きってある気がします。音からなんらかの意味やイメージを連想するのは、どういう現象なのでしょう。「かわいい」イメージと結びつく音について研究している関西大学の熊谷学而先生にお話を伺ってきました。
大きい、小さい? 音とイメージの結びつき
熊谷先生の専門分野は音声学や音韻論とよばれるもの。例えば大きいテーブルと小さいテーブルがあり、片方に「mal(マル)」片方に「mil(ミル)」と言う名前をつけるとすると、英語を母語とする人は大きいテーブルの方にmal、小さいテーブルの方にmilと名づける人が多く、日本語を母語とする人も同じような傾向を示すそうです。ある音が特定の意味やイメージと結びついている「音象徴」とよばれるものの一例です。
「かわいい」というイメージについて考えるとき、例えば動物や赤ちゃんを見たときなど主に視覚的な情報からかわいいと感じることが多いですが、音からも「かわいい」と感じることってあるのでしょうか?
熊谷先生が音声学の観点から調べたところ、「両唇音(りょうしんおん)」とよばれる音がかわいいイメージと結びついているとわかってきたそうです。両唇音とは「パパ」「ママ」などパ行やマ行に代表されるもので、上唇と下唇を閉じて開くときに出る音。赤ちゃんが最初に獲得する音としても知られています。
実際にどんな実験で調べたのか、少し体験させてもらいました。
パラペルとタラテルだと、パラペルがかわいい。バルベンとダルデンだと、…迷いますね。強いて言えばバルベンでしょうか。
熊谷先生によると、こちらの音声は下のように表記されます。
左側の列(パラペル、バルベン…)に含まれている赤字が「両唇音」。[ ]で表されているのは音声を表す記号で、[p]がパ行、[b]がバ行、[m]がマ行。[Φ]は見慣れない記号ですが、「フ」を表すときの記号です。一番下[w]がワ行。
この5つ[p][b][m][Φ][w]が日本語で両唇音と言われるものですが、それぞれの右側に表示された単語(タラテル、ダルデン…)は、この赤字で示した文字(両唇音)の音が両唇音ではない音(緑字)に置き換えられています。
「音の違いが赤字(両唇音)だけなので、赤字を含む方を選べば、『赤字(両唇音)にはこういう性質があるだろう』ということができます」(熊谷先生)
実験結果をみてみますと……。
どの両唇音も、かわいいと判断された割合が70パーセント前後になっています。
ちなみに両唇音の比較対象とされた音(下表の音声表記、緑字)は「歯茎音(しけいおん)」「硬口蓋音(こうこうがいおん)」とよばれるもの。日本語で「タタタタタ」と言うとき舌があたるところが歯茎で、ここで出す子音(タ行、ダ行、ナ行、サ行)は歯茎音。一番下の[j]は音声記号では「ヤ」をあらわす記号で、歯茎よりももう少し喉の奥に近い、硬口蓋とよばれるところで発音する音(硬口蓋音)です。
なぜ両唇音がカワイイと感じるのか
それにしても、なぜこういう結果になるのでしょうか。熊谷先生によると「明確な答えはまだ出ていない」としながらも、二つの仮説を教えてくれました。
「両唇音は赤ちゃんが早期に獲得する音なので、赤ちゃんのイメージと重なってかわいいイメージが印象づけられているのではないか、と考えているんです。ただ、そのことを直接的に説明するのはまだ難しいと思います」
感覚的にはすごく納得できる説明ですね。もう一つ、唇をすぼめる仕草との関係も考えているそうです。「アヒル口」というものが流行っていたことがありますが、性的に魅力的に見える、唇をすぼめる仕草とリンクしているのではないかというもの。
音象徴が先にあって可愛く見えているのか、可愛い仕草だから音に可愛いイメージがついているのか。鶏と卵の関係のようなもので、「今のところは『こんなことが言える(かもね)』ぐらい」だそうです。
赤ちゃん用オムツの商品名を考える人の頭の中
かわいく聞こえる音の研究は、もともとは赤ちゃん用オムツの商品名の研究から始まりました。「ムーニー」「メリーズ」「マミーポコ」……、赤ちゃん用オムツの商品名には両唇音がよく使われています。
「日本で販売されているオムツが500とか1000とかあれば一般化できるんですが、せいぜい6~7個だと思います。それだと一般化しにくいので、架空の名前を使って実験しました」
実在するオムツに入っている両唇音はパ行とマ行のみ。これらの共通要素は両唇音ということですが、すべての両唇音([p][b][m][Φ][w])が赤ちゃん用にふさわしいという一般化が成り立つのかどうか。
それを調べるために、架空の名前から赤ちゃん用オムツにふさわしいものを選ぶ実験を行ったところ、パ行とマ行以外の両唇音も赤ちゃん用オムツとしてふさわしい、と半数以上の人が判断した結果となりました。「実在するオムツの商品名だけでは説明できない音象徴の一般化という点で、面白いと思ってるんです」と熊谷先生。
実在するオムツの商品名からはパ行[p]とマ行[m]だけが赤ちゃん用オムツにふさわしいと選択されそうに思いますが、それ以外の両唇音も選択されたというのは意外な結果です。
これについて熊谷先生は「実験に参加した日本語話者は、パ行[p]とマ行[m]が両唇音であるという特徴を抽出し、“両唇音=赤ちゃん用オムツ”という一般化を行ったと考えられます」と解説。そして、「両唇音」→「赤ちゃん」→「かわいい」というつながりがあるのではないかと考えたのが、「かわいい」イメージを持つ音の研究を始めるきっかけとなったそうです。
解説する熊谷先生
それにしても、オムツのメーカーなどで商品名を考える人たちは、感覚的にこういう名前を付けているのでしょうか。言語学者がこう言っているから、パ行とかマ行の音を入れよう、というのではなく?
「私は、感覚的に付けているんじゃないかと思っています。もちろん音がすべてじゃないと思いますよ、商品名の決定って。ただ音も可能性としては入っていて。
でもネーミングを行っている人も、その効果を言語学の観点から説明することはできないと思います。わたしたちは日本語を難なく使っているけれども、その音のルールを説明しろと言われても、説明できない。でも使えている。つまり頭の中にルールがある」
その無意識的な知識がどうなっているのか、それを解明するのが熊谷先生のような言語学者ということになります。
両唇音だけ? かわいいイメージの音
ところで、かわいいイメージにつながるポイントって、両唇音だけなのでしょうか。
熊谷先生の実験によると、両唇音のほか、「無声音」「共鳴音」も、かわいいというイメージとつながるそうです。
両唇音についてはこれまで説明いただいた通りですが、「無声音」「共鳴音」とは、どういうものなんでしょう。
「子音の中で、声帯振動がある音は有声音、声帯振動がない音は無声音と呼ばれています。無声音は、有声音と比べて、周波数が高い音だと考えてください。
実は、周波数が高い音には小さいイメージがあると以前から言われています。一方、周波数が低いものは大きいとか重いイメージがある、と」
「動物でも、敵意があるときは低い音を出すけど、怯えているときは高い声を出す。高い声は『私はあなたを脅かそうとしていません』と自分を小さくみせるメッセージを出しているとか、そのように指摘する学者もいます」
なるほど。では、かわいいイメージにつながるもう一つのポイント、「共鳴音」とは?
「音は、音の出し方から「共鳴音」と「阻害音」との二つに大きく分けることができます。共鳴音は、空気が口から出て行くときに、唇や舌であまり邪魔されずに出てくる音。阻害音というのは、邪魔されて出てくる音なんですよ」
両唇音で、かつ無声音(高周波数)なのがパ行。両唇音で、かつ共鳴音なのが、マ行。ラ行の音も共鳴音で、やはり「かわいい」と判断されやすいとのこと。
ちなみに男の子の名前と女の子の名前を分析すると、女の子の名前は共鳴音が多く、男の子の名前は阻害音が多いそうです※。
※出典:『「あ」は「い」より大きい!?—音象徴で学ぶ音声学入門』(川原 2017)
例えば熊谷先生の名前は学而(ガクジ)で、[g][k][dʑ]と、全部阻害音です。一方、例えば「ルナ」ちゃんの場合、すべて共鳴音。「あくまでも傾向なんですけど、こういう音がかわいいと判断されているのは、女の子の名前に多いからなのかな、と今のところ考えています」
えっ? 「かわいい音だから、女の子の名前によく使われている」ではなく?
「それも、鶏と卵の関係と同じでして。共鳴音が女の子の名前に使われている傾向があるから共鳴音を含んだ名前がかわいい(と判断されやすい)、という仮説はなりたつんですが、逆に、共鳴音がかわいいイメージを持つから、女の子の名前に多用されるという仮説もなりたちます」
なぜそうなるかを解明したり、検証したりするのは難しいんですね。
先生はこのほか、他の言語(英語、中国語、韓国語)でかわいいと感じる音や、アイドルのニックネームなどについても研究しているとのこと。他言語についての研究では、例えば英語のcute と日本語の「かわいい」が示すものが完全に一致しないなど、言語間のちがいが浮き彫りになったりするそうです。
ふだん特に意識することがありませんでしたが、わたしたちの頭の中にある音にまつわるルールには、人の生理的な感覚、文化や言語間のちがい、動物との共通性など、たくさんの秘密が隠されているように感じました。