普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、よく知らない生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。
研究者たちはその生き物といかに遭遇し、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。もちろん、基本的な生態や最新の研究成果も。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。
第19回は「オシリカジリムシ×上野大輔先生(鹿児島大学大学院理工学研究科 准教授))」です。それではどうぞ。(編集部)
種よりも上の分類である属、さらにその上の科の新設は極めて異例!
字面を見た瞬間、「♪オシリカジリムシ~」とあの声真似で口ずさんでしまう方も多いでしょう。NHK「みんなのうた」で爆発的ヒットとなった、「おしりかじり虫」。架空のキャラクターだとお思いでしょうが、実は「オシリカジリムシ」という生き物が実在したんです!! …とはいえ、2021年5月に見つかった新種。その名づけ親が、鹿児島大学大学院 理工学研究科の上野大輔准教授です。
「私の専門は系統分類学で、なかでも甲殻類である寄生性のカイアシ類というグループを扱っているのですが、オシリカジリムシもその仲間です。カイアシ類すべてが寄生生物ではないものの、寄生生活をするカイアシ類はわかっているだけでも何千種類もいまして、その宿主生物もさまざま。オシリカジリムシの最初の1匹は、チワラスボという干潟や泥の中で暮らすハゼ類から見つかりました。別の研究科の大学院生が、『シリビレに何かついていました』と持って来てくれたんです」
シリビレに!? まさにオシリカジリムシだ! 発見したのは、農林水産学研究科の是枝伶旺さん。鹿児島県出水市を流れる小次郎川河口の干潟で15cmほどのチワラスボを採集したところ、付着する1.3 mmの「何か」に気づいたんだとか。寄生性の甲殻類といえば、以前、このコーナーでも紹介したフクロムシもそうでしたが…。
★フクロムシの記事はコチラ
「フクロムシが寄生するのはエビやカニといった甲殻類なんですが、カイアシ類は魚や貝、イソギンチャクやクラゲなど、種類ごとに利用する宿主生物も違います。寄生の仕方も種類ごとに変わっていて、イソギンチャクに寄生するものでも、表面にくっつくものもいれば、胃の中にコブのようなものをつくって暮らすものもいる。ものすごくいろんなところにいるのがカイアシ類です。探しづらいところに隠れているということもあり、かなりマイナーな生き物。あまり研究されていないので、一回調査に行くと必ず新種が何種類か採れるほどです」
鹿児島県内の干潟で発見された体調1.5 mm以下のオシリカジリムシのメス。メスは卵を体外にぶら下げていることが多いほか、その卵を作る部分(生殖節)が大きく発達しているのが特徴
あれ? ということは、オシリカジリムシの発見も、そんなに驚くべきことでもなかったのかしら…。って、いやいや、オシリカジリムシをくくるグループも存在しなかったから「オシリカジリムシ属」、さらにその上の「オシリカジリムシ科」まで新設されたってニュースに出てましたよ!? これって相当、珍しいことなんじゃ…。
「私も10年ほどカイアシ類の研究をしてきましたが、顕微鏡で確認したときに『これはなんだろう?』と思ったんですよね。新種だとはすぐ気づいたものの、顕微鏡の倍率を上げていくうちに、『これはものすごくやばいやつだ』と。心臓がバクバクしはじめ、一人で大興奮していました(笑)。新属かもしれないだけでなく、科もよくわからない。『まさか新科ってことはないだろう、いや、ひょっとすると新科かもしれない…』と、その後は家にも帰らず調べたんですが、今あるおよそ70の科に該当するものがなかったので、数時間後には『これは多分、新科だ!』と判断し、翌日には必要な資料をすべて調べ直してから、発表に向けて急いで論文執筆に取りかかりました」
研究室には20,000点を超える標本が並ぶ(5年前の調べより)。現在も増え続け、大部分が未記載種(新種)!
聞けば新種は100近く、新属も10ほどは発見されているという上野先生。それでも新科を発見されたことはなかったといいます。「新科だ!」と思われた夜は興奮で眠れなかった、なんてことも…。
「いや、そこまでは(笑)。一度寝て頭を働かせないと、時々とんでもない見落としをすることがありますからね。今までも『これは新属で、しかも新科だ…!』と思い込んで調べ直したら、1800年代などの非常に古い文献に載っていて、がっかりしたこともありますので(笑)。この先、引退するまで何十年か研究をすると思いますが、科のレベルで見つかるのはそうそうないこと。科を見つけたら研究者は誰しも色めき立ちますよ」
早く記載しないと! と、急ぎながらも確実に準備を進めたわけですね。発見されたのが2021年5月で、2022年1月には、イギリスの寄生虫学雑誌『Systematic Parasitology』のオンライン版に論文が掲載されたというから、素人ながら、かなりスピーディーな動きだったように感じます。
「ちょうどうちの学生が、海岸で採ってきた小さい貝に新種っぽいのがいると乗り気になって研究を進めていたら、先に韓国の研究者が新種だという論文を出してしまったところだったんですよね。新科でそれをされてしまっては、精神状態がどうにかなってしまいそうなので(笑)、ほかの仕事を全部放り投げて大慌てで進めました。おかげで発見から数カ月で発表できてラッキーでした」
鹿児島県下甑島で行われたタカエビ漁(深海底曳き網漁)の選別現場にて。深海魚、カニ、イソギンチャクなどの混獲生物を採集する現場では、1体ずつを調べる気の遠くなる作業!
さらに、採集された生物を観察・解剖し、カイアシ類を含む寄生生物を探索する
機会があれば名づけたいと長年、温めてきた「オシリカジリムシ」!
学名は、足の形が踊っているように見えることから、ギリシャ語でダンサーを意味する「コレフトリア」と、発見場所につながる八代海の別称、不知火海を組み合わせて、「コレフトリア・シラヌイ」と命名。「オシリカジリムシ」は、その和名です。「機会があれば名づけたいと、ずっと思っていた」と上野先生は振り返ります。
「私が大学院生の頃、『おしりかじり虫』が大流行していたんですよね。言葉的に完成度の高い響きだなぁと感じ、その頃、寄生虫の研究もしていましたので、いつかこの名前をつけられたらいいなと考えていました。とはいえ、何らかの生き物のオシリにカジリついている寄生生物はいっぱいいるので、新種ぐらいでは難しい。だけど今回、科もわからないような珍しいものが見つかり、唯一わかった手がかかりはシリビレにつくということだけ。これはもう、オシリカジリムシにするしかないなと」
そんなに長く温められていたとは! 命名するにあたってはもちろん、NHKや作者のうるまでるびさんらに確認を取られたそうですね。
「1個体目が採れた鹿児島県出水市の市長さんらが、『オシリカジリムシ』をえらく気に入ってくださって、あれこれ市民向けのイベントをしてくださったんですよ。秋にあった読書週間のイベントでは、うるまでるびさんまでお呼びくださり、対面でお話もできて…。ご本人も、『オシリカジリムシという響きは自信作だ』とおっしゃっていました」
確かに! インパクトも大きいし、親しみやすいし、興味がわいてくる名前です。
オシリカジリムシは古い形質を保ったまま、ひっそり生き延びてきた!?
オシリカジリムシは、これまでに見つかっているカイアシ類と、どこがどう違うのか。そもそも何千種類もいるって時点で、想像を絶するんですけど…。いったい何が珍しいのか、一般人でもわかるものなんでしょうか。
「説明も非常に難しいんですよね…。ちゃんとカイアシ類を知らないと、何がどう違うか説明できないぐらいの…。たとえばカニなら、あのハサミが1対ではなく3対あるようなイメージです。そんなカニが採れたら、カニではなさそうに思うでしょう? そういうレベルで形態も変わっていて、魚に寄生しているカイアシ類はたくさんいますが、それらとは似ても似つかぬ形をしています。魚ではなく貝やゴカイなどに寄生しているカイアシ類に近い。そういったものに寄生していたグループが進化して、宿主を魚に乗り換えたんじゃないかと考えられるほど違います」
体調3 mm程度のホヤノシラミ科の一種。ホヤに寄生するカイアシ類
鹿児島県三島村竹島港での野外調査にて。二枚貝に寄生する珍しいカイアシ類(多分新種)を発見したそう
小笠原諸島父島沖では水深25mまで潜り、さまざまな魚類や貝類に寄生するカイアシ類 (新種多数)を採取
なるほど! よくわからないながらも、今まで見つかっているものと全然違うことはわかりました。研究者からしてみたら、「魚にこんな形のカイアシ類が寄生するなんて!?」ってなビックリ度合いなんですね。そういえば、顎(アゴ)に特徴があるってことだったんですが…なんとなくのイメージででも教えてもらえたら…。
「たとえば、昆虫のクワガタムシは大顎が角みたいになっていて、オス同士で闘うための顎は1対あれば充分なので、進化の過程で他の部分は小さくなったり、なくなったりしていくのです。全部、比喩にはなってしまいますが、オシリカジリムシは、ほかの顎で用が足りているはずなのに、同じ役割をしていそうな顎がもう1対あります。専門用語で言うと大顎と顎脚(がっきゃく)が両方とも大きい状態で残っている。第一小顎、第二小顎といったものも、ちゃんと残っているということがかなり特殊です。要らないものは切り捨てられ、要るものを特殊化させて発達させることがトレンドですが、オシリカジリムシはちゃんと全部あるので、古い形質に近いかもしれません」
大顎や顎脚、第一小顎、第二小顎が残っているオシリカジリムシ
古い形質!?
「さらに、体の後ろの方に卵をつくる部分=生殖節も、多くの寄生カイアシ類は2節分が合体して大きい卵をつくれるようになっていますが、オシリカジリムシの場合、 卵をつくるところが1節分のままで、ものすごく小さい。
卵は体の前方で作っていて、卵の束に袋を被せて生み出しています。他の種では、次の節と癒合することが多いのですが、この種では癒合していません。そういう意味で原始的である可能性があります。
生き物は進化につれ古い形質に戻っていくこともありますが、あくまでも推測の域ながら、オシリカジリムシは古い形質を保ったまま残っているのではないかと考えています」
何それ、めちゃくちゃ興味深い! これまた推測の域にはなるんでしょうけど…なぜ古い形質を保ったまま残っているのか、想像されたりするんでしょうか。
「想像はいくらでもしています(笑)。そもそも今までチワラスボから寄生生物が見つかったことはなく、いないものだと思っていたんですよ。泥の中を動いていますから、体がこすられて、寄生しにくそうでもありますし…。そんななかオシリカジリムシは、かなり初期の段階で寄生に成功しちゃって、そのまま体を変える必要がなかったのかなと。全部推測ですけれども…そういった謎の多さが寄生生物に魅了される部分でもあります」
次第に増えてきた標本たち。DNA解析などで、謎の生態を明らかに!
オシリカジリムシはそもそも、なぜ魚のオシリ=シリビレをカジっているんでしょうか?
「魚の表面にくっつくために、振り落とされにくいヒレを選んでいるんだと思われます。最初の1匹はシリビレでしたが、背ビレについている個体もいまして、厳密にはシリビレか背ビレです。まだ正確に調べられていませんが、口の構造を見る限り、ノコギリのような歯があるので、表面にしがみつき、粘液や皮膚を削り取って食べているのだろうと思われます。チワラスボには虫刺されに似た赤い刺し痕が見つかることもあるんですが、断定はできないものの、オシリカジリムシがカジリついた痕なのではないかと」
おお、その後けっこう見つかったんですね!!
「とても珍しいものだったとわかってやる気が出たのか、発見者の是枝くんがチワラスボを探す際に見てくれるようになり、実は結構いるということがわかったんですよね。チワラスボ自体、日本の中だと実はそんなに分布域が限定されている珍しい生き物というわけではなく、割と広い範囲にいるのですが、ずっと泥の中にいて出てこない魚なので、見過ごされていたんでしょう。そもそも簡単に採れる魚ではないので、彼の執念がすごすぎます」
最初はメスの1個体だけだったのが、現状ではオスも含めて10個体以上、集まっているとのこと。近縁種から採れたものも何個体かいますが、すべてチワラスボの仲間なのだそうです。
「オシリカジリムシがどういう暮らしぶりをしているかなど、その生態についてはまだまったくわかっていませんが、これだけ標本が採れたので、DNAの研究も始めようかと思っています。寄生性のカイアシ類はあまり研究されておらず、DNA情報もまだ少ないですし、どういう進化をたどってきたのかを調べるのは時間がかかりそうです。しかしDNA情報を使って系統解析などをしてみれば、追々わかってくるのかなと思います」
体長は1cm程度あり、カイアシ類(コぺ)にしては大きなサメにのみ寄生するサメジラミ
トラギス類の眼球内に寄生するメダマイカリムシ(体長1 cm程度)。木の根のように発達した把握器を眼球に食い込ませる構造がイカリに似ていることから名付けられた
鹿児島県沿岸は、世界的にも多様な生物が暮らす海域で、これまでにも多くの新種が発見されてきました。今回、どの科に分類できなかったオシリカジリムシが発見されたことで、さらに珍しいものが見つかるのでは!? と期待がふくらんでいます。まだまだ謎だらけのオシリカジリムシ。これから解明されることばかりなんて、ワクワクです!
「未知の生物を誰よりも早く見つけたり、適切に分類されていないものに気づけたりして、『すごい発見をしたのではないか!?』、『これを知っているのはおそらく私だけ!』と思えるのが、何千種類もいる寄生性カイアシ類を研究する面白さでもあります。干潟に暮らす生き物には、さまざまな共生関係がありますが、人の目にふれない環境でもあり、明らかになっていないのも多い。オシリカジリムシの発見は、そのことを示唆する好例だったんじゃないでしょうか。これから保全も視野に入れつつ、研究を進めていきたいですね」
鹿児島県錦江湾で大量発生したタコクラゲを採集。クラゲから共生・寄生生物を探し出したそう
北海道サロマ湖で行われた完全結氷環境下での寒冷地潜水の練習の様子。この後、南極調査を予定していたが、コロナで中断しているそう
【珍獣図鑑 生態メモ】オシリカジリムシ
2021年5月に鹿児島県出水市の小次郎川河口干潟で採集された、ハゼ科魚類のチワラスボのシリビレから発見。カイアシ類の新種で、2022年に新設されたオシリカジリムシ科オシリカジリムシ属に分類される、寄生性の甲殻類。和名のオシリカジリムシは、NHKみんなのうた「おしりかじり虫」のキャラクターに由来。学名はコレフトリア・シラヌイ。体長1.3 mm程度。茶色がかった半透明の殻に覆われていて、ノコギリのような歯がある。大顎、顎脚、第一小顎、第二小顎などが残存。近縁な種が見つかっていないため、詳しい生態については、ほぼ不明。