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  • date:2023.6.1
  • author:谷脇栗太

女性たちはなぜ戦地へ? 大阪公立大学女性学研究センター講演会「女性兵士が問いかける地平」で戦争とジェンダーを考える

戦争とジェンダーと聞いて、あなたはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか?

真っ先に想像するのは、兵士として戦地に赴くのは男性で、女性は男性不在の家を守る、あるいは、戦地で負傷者の看護など後方支援の役割を担う……というイメージではないでしょうか。世の中ではジェンダー平等の考え方が少しずつ広がっている一方で、戦争というイメージや実際の軍隊のなかでは、依然として強烈な男女二元論が温存されているようです。

 

そんななかでも、兵士として戦地に赴く女性たちがいます。女性たちはどうしてその道を選び、どんな体験をしてきたのでしょうか。そこに平和で平等な社会を実現するためのヒントはあるのでしょうか。2023年4月15日に大阪公立大学女性学研究センターと日本ナイル・エチオピア学会の共催で開催された講演会「女性兵士が問いかける地平―エチオピア、ルワンダ、ソ連、ウクライナの事例から」をレポートしました。

 増加する女性兵士

世界の女性兵士を取り巻く状況はどうなっているのでしょうか。各地域についての報告に先立って、大阪公立大学女性学研究センター主任の内藤葉子先生(現代システム科学研究科 教授)が趣旨説明を行いました。

 

戦争の問題はジェンダーの視点抜きには考えられない、と内藤先生は言います。というのも、冒頭に挙げたように戦争や軍国主義は社会における男女二元論的な考え方を強化することに加えて、女性はとくに戦時性暴力の被害者になりやすいなど、戦争の影響を受けやすい立場にあるからです。女性兵士はとくにそうしたジェンダー規範の影響を強く受ける存在ですが、一方で、二元論的な考え方を揺るがせる存在でもあります。ジェンダー研究者の間では、女性兵士は男性中心の軍国主義的な価値観を揺るがせうる存在となるのか、それとも女性が軍隊というシステムに取り込まれるだけなのか、議論がなされてきたそうです。

 

近年、女性兵士は世界的に増加傾向にありますが、その背景には2000年に国連安保理決議1325号が採択されたことがあるそうです。耳慣れない用語ですが、これは「紛争予防、解決、和平プロセス、平和構築のあらゆるレベルの意思決定に女性の参加を要請する」という取り決めなのだそう。この取り決めに従って、国連が紛争地に派遣するPKOでは多くの女性隊員が戦後の平和構築に貢献しています。一方、武器を手に取り戦線に立つ女性も増加しました。政治的な意図をもって女性兵士を称揚するような言説からは距離を置きつつも、女性兵士を一括りにして論じるのではなく、個別の実態を知ることが大切だと内藤先生は指摘します。

 

女性兵士が置かれた個別の状況とはどんなものなのでしょうか。そこには地域ごとにさまざまな歴史や社会背景があるようです。

 旧ソ連とウクライナ、女性兵士たちの現実

一人目の発表者は、大阪経済大学の橋本信子先生(経営学部 准教授)。橋本先生の専門は東欧の地域研究で、今回はソ連とウクライナにおける女性兵士の事例を発表しました。

 

戦地に赴いた女性については古くから記録が残っていますが、本格的に女性が戦争に参加しはじめたのは第二次世界大戦からだと橋本先生。なかでもソ連軍の女性兵士は当時80万人もいたといわれ、後方支援だけでなく戦闘や破壊工作にも参加していたそうです。意外なのは、彼女たちが志願兵だったということ。なぜ多くの女性が戦争への参加を決意したのでしょうか。

 

社会主義国であるソ連では当時、男女平等に国の役に立つべきだという意識が非常に高められていたそうです。そうしたなかで航空士として頭角を現し、若い女性の憧れの的になったのがマリア・ラスコーヴァという女性でした。1941年に勃発した独ソ戦では、ラスコーヴァが率いた女性だけの飛行機部隊に若い女性が殺到します。こうした女性兵士の増加に当初は積極的ではなかったソ連軍も、男性兵士の人員不足を補うとともにジェンダー平等を内外にアピールするため活発に女性を動員するようになります。

 

しかし、女性兵士の現実は厳しいものでした。負傷や戦死の危険にさらされることはもちろん、軍隊内でセクハラを受け、帰還したあとも周囲から性的に乱れた人として差別的な扱いを受けるなど、戦中、戦後にわたって苦しい立場に置かれたそうです。さらに、戦後の社会は女性に対して多くの子どもを生み育てることを一番に期待したため、男性と同じように戦争での功績を評価されることは稀でした。一部のエリート的な女性兵士の回顧録は例外として、無名の女性兵士が体験した辛い現実に光が当てられるようになったのは80年代に入ってからのことだそうです。

 

元女性兵士たちは戦争で受けた心身の傷を誰にも顧みられず、さらに反動のように「女性らしさ」を押し付けられるという二重の苦しみを負っていました。社会の大きな流れのなかで簡単にかき消されてしまう声をすくい上げることがいかに大切かを考えさせられます。

 

ソ連崩壊を経て、かつてのソビエト的なものへの反感から退役軍人への敬意は薄くなっていきますが、現在のプーチン政権下では再び愛国主義が盛り上がり、セクハラや差別に屈しない「強い女性兵士像」が描かれるようになっているといいます。

橋本信子先生

橋本信子先生

 

ソ連崩壊によって誕生したウクライナではどうでしょうか。

他の旧ソ連国と同じく、ウクライナももともと家父長制が強く、雇用や政治への参加などさまざまな面で男女間の格差が大きい国です。そんなウクライナでは近年、女性兵士の地位が見直されてきているといいます。

 

ウクライナでは、親露派の大統領に抗議するため人々が決起した2013年のマイダン革命ののち、ロシアからの支援を受けた東部分離派とウクライナ軍との戦闘が激化しました。このときに自国の独立を守るために戦線に向かう女性が増加しましたが、ここでも女性は戦闘員にはなれず、給与面でも男性と差があったといいます。結果として、多くの女性は軍の正規の戦闘員ではなく自衛団の一員として戦地に赴いたり、後方支援部隊として登録して戦闘に参加したりと、モチベーションの高さとは裏腹に後ろ盾の弱い状態で危険な戦闘に身を投じることになります。

 

ある女性は、マイダン革命がきっかけで自衛団に入団し東部の戦闘に参加するものの、脳を損傷して後遺症を負うことになりました。しかし正規の戦闘員ではないため軍からの補償が不十分で、失業手当や友人らの支援を得て生活しているそうです。

 

こうした状況を受けて女性兵士の地位の改善を求める運動が展開され、2016年に法改正が実現します。新しい法律では、軍で女性が就くことのできる職種や役職が拡大され、正式に戦闘にも参加できるようになりました。国連安保理決議の方針とも合致するこうした変化を、ウクライナの世論やジェンダー問題の研究者は肯定的に受け止めているといいます。

 

「ただ、それは進歩と捉えていいのでしょうか。私は留保したいと思います」と橋本先生。ソ連の例を見ると、高い志を持って戦地に向かった女性を待っていたのは、戦後の大きな揺り戻しでした。今後のウクライナではどうでしょうか。また、女性が戦地に赴くことは、社会全体が軍事化していく流れにつながるともいえます。大きな流れのなかで誰かが切り捨てられていく状況を注視していく必要がある、と発表を締めくくりました。

エチオピア、抑圧された日常を逃れて兵士になった女性たち

続いての発表者は上智大学の眞城百華先生(総合グローバル学部 教授)。眞城先生が取り上げたのは、1975~1991年のエチオピア内戦における、ティグライという地域の女性兵士の状況です。当時、エチオピアでは軍事政権に対抗していくつもの解放戦線が戦闘を展開していました。そのうちのひとつ、ティグライ人民解放戦線(TPLF)は、欧米の思想に触れたエリート学生たちを中心として1975年に結成。武器を手に取り軍事政権と戦ったなかには、2~3万人の女性兵士がいたそうです。

 

彼女たちが戦線に参加した背景には、TPLFが当時のアフリカとしては先進的な女性解放運動の側面をもっていたことが関係しています。農村居住者が大半をしめるティグライでは厳格な家父長制が根強く、女性は重い労働負担を負い、父親や配偶者の所有物のように扱われていました。TPLFはこうした農村を軍事政権から守るかわり、女性の財産権の保障や教育の向上、政治への参加といった当時としては先進的な考え方を持ち込み、浸透させていったそうです。それまで抑圧されていた女性たちは積極的にTPLFの活動に参加し、兵士として志願して戦闘に加わるようになりました。眞城先生が行った聞き取り調査では、女性兵士になった理由として「家父長的慣習やジェンダー規範から逃亡し、開放されたかったから」と答える女性が非常に多かったそうです。実際にTPLFの部隊内では性暴力の禁止や男女平等が徹底されていたようで、「兵士となって初めて男女平等を経験した」と証言する女性もいるほど。TPLFという場が女性たちにとっていかに魅力的だったかがわかる反面、日常よりも戦場が救いとなるような当時の状況を思うと胸が痛みます。

 

1984年にはTPLFの内部にティグライ女性兵士協会が設立され、ティグライ社会の女性問題に対する「10の約束」が公表されます。このように、女性兵士は戦闘だけでなく、女性解放のために自ら声を上げる存在になっていきました。

 

軍事政権の打倒後、TPLFは国政政党のひとつとして政治に関わり、女性解放を推進していきます。一方で、エチオピア国軍として部隊に残ることができたのはTPLFのなかでも男性兵士だけで、ほとんどの女性兵士は職を失うことになりました。また、エチオピアでも先のソ連と同じような揺り戻しがやってきて、元女性兵士に対する蔑視や家父長制の強化が見られるそうです。

 

エチオピアでは2020年から新たな内戦が勃発し、TPLFは再び反政府勢力となっています。眞城先生はこのことで元女性兵士たちから新たな証言が出てくるかもしれないとしつつ、「女性が解放闘争に参画したことでその社会のジェンダー規範がどう変わったのか、その女性たちが変革主体としてどう評価されているのかをこれからも検証していかなければなりません」と締めくくりました。

眞城百華先生

眞城百華先生

ルワンダ、軍事化する社会とアイデンティティに葛藤する若者たち

最後は、愛媛大学の近藤有希子先生(法文学部 講師)がルワンダにおける軍事化の進行と若い女性の選択について発表しました。

 

長い間フトゥとトゥチの人びと間で抗争が繰り返され、1994年には大虐殺で100日間に50万人が犠牲になったルワンダですが、内戦集結後はトゥチ系の政権によってエスニシティ(民族主義)の否定と男女格差の是正が進められ、現在では下院議員のじつに61.3 %を女性が占める国となっています。こう聞くと聞こえはいいもの、実際のところはトゥチに偏った権力構造の隠蔽と対外的なアピールのための施策にとどまっているのではないかと近藤先生は指摘します。

 

また、ルワンダでは近年、軍事化が進行しているといいます。都市部では銃を持った軍人が巡回し、国家の政策に異を唱えるような言論を取り締まることができる法律が制定されました。さらに、社会的に弱い立場にある人々や学生、教師らに対して思想教育を含む「再教育キャンプ」が実施されるなど、軍国主義の空気は人々の生活の中に入り込んでいます。

 

発表では、近藤先生の友人であるAさんとRさんの事例が取り上げられました。2人はそれぞれルワンダ東北部と南西部の農村に暮らすフトゥの若い女性で、ともに軍隊に志願した経験があります。彼女たちが軍隊に入ろうとした理由には、ルワンダ社会の変化も関係しているようです。

 

農業が盛んなルワンダでは、従来、父から息子へ土地を分け与える形で経済が営まれてきました。しかし近年では人口の急増により土地不足が加速し、農村は危機的な状況に。若者はむしろ貨幣経済での成功を夢見て、都市に集まる傾向にあるそうです。女性の財産権を保証する法整備と相まって、若い世代では経済的に自立した「強い女性」への憧れが生まれているといいます。

 

当時学生だったAさんは、近藤先生に対して「軍に入れば強くなってユキのボディーガードにもなれる」と言い、またRさんは「私が貧しいままだと、恋人は他のお金持ちの子をつかまえるかも」と志願の動機をもらしたそうです。こうした言葉の端々から、自立した強い女性への憧れと、経済的な苦境が彼女たちを軍隊という選択に向かわせたことが見て取れます。一方で、家族や恋人は彼女たちが軍隊に入ることをあまり良く思っていないようで、そこには「女の子なのに」という言葉がつきまといます。そのためAさんは、恋人に対して軍隊ではなく警察に入るのだと嘘をつきます。

 

もうひとつ注目すべきは、Aさんが近藤先生に対して「自分はトゥチの血筋だ」と出自を偽っていたという話です。トゥチが優遇される社会で、彼女たちはジェンダーだけでなく民族的アイデンティティにも葛藤を抱えているのです。

 

結局、2人が軍に入隊することはなかったそうです。個人にとっては自分の人生を歩むための積極的な選択だったとしても、農村部の若者が行き詰まった現状を打開するために軍に入隊するという社会構造自体が大きな問題をはらんでいる、と近藤先生。

 

現状からなんとか抜け出したいという希望を持った若者が軍事化に絡め取られていく。もしそれが自分の友人だったら、どんな顔でその前途を応援すればいいのか……遠い国の話ではなく、今ここにいる私たちにも突きつけられている問題のように感じました。

近藤有希子先生

近藤有希子先生

女性兵士という存在が問いかけるもの

3名の発表を受けた同志社大学の秋林こずえ先生(グローバル・スタディーズ研究科 教授)のコメントが印象的でした。秋林先生も参画するフェミニスト平和運動では、冒頭に挙げた国連安保理決議1325号の採択に尽力してきたそうです。そのねらいは、ジェンダー二元論を強化する軍事主義に対抗して、ジェンダー平等をめざすことで世界の紛争をなくそうというものでした。けれど現実には、多くの女性を戦地に送り込み、社会全体の軍事化を加速させる方向に作用してしまっています。

 

そこで秋林先生は問いかけます。女性兵士という存在は、社会のジェンダー規範を変える前に軍事主義に取り込まれてしまったのか。それとも、女性が軍の中に入ることで、ジェンダー二元論や軍事主義を揺るがすような兆しは見えたのだろうか?

 

この投げかけに対する橋本先生、眞城先生、近藤先生の回答は、一時的なジェンダー平等の機運の高まりはあるかもしれないが、女性兵士という存在が社会全体を変えられるかどうかには疑問がある、というものでした。眞城先生は、「女性兵士に担わせるにはあまりにも重すぎるテーマなのでは」としたうえで、女性兵士がいるような状況がなぜ生まれたのかを議論するきっかけを作っていければ、と答えました。

 

 

近年、日本では戦争について語ることや、戦争を知っている人の話に耳を傾けることが難しくなってきているように思います。その一方で、日本社会を巡る状況はむしろ「戦前」に近づいているのではないか、という声も聞かれます。人を抑圧する社会がいかに戦争へと向かっていってしまうのか、そこで人々はどんな体験をしてきたのか、今こそ知り、語っていくべきことだと思いました。

 

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