ピアノやギター、バイオリン。日本の琴や太鼓や琵琶。これらの楽器に共通しているのは、「木」が使われているということ。
なぜ多くの楽器に木が使われ、人はその音を心地よく感じるのでしょう。木の音を通して未来の森林を考えようという講座「⽊の⾳から⼈と地球の未来を考える」(オンライン配信)が京都大学生存圏研究所の公開講座「サステナブルな未来を創る新しい材料のはなし」の第4回として行われ、視聴してみました。講師は森林科学を専門とする仲井一志先生(京都大学⽣存圏研究所特定准教授)です。
楽器の適材適所
楽器の中でもピアノなどは身近で触れることが多かったのですが、何の木が使われているのか意識したことはほとんどありませんでした。どんな木が使われているのでしょう。
講座スライドより。今回の講座では、主にヨーロッパの楽器について紹介されました。
ピアノに使われているのはスプルース(トウヒ)、エボニー(黒檀)、マホガニー、メープル(カエデ)など。このほかにも、ギターにはローズウッド、リコーダーにはツゲやサクラなど、さまざまな木が使われています。
こうした木が使われるようになったことについて「もともとは身近で手に入りやすい木を鳴らし、響きのよいものが楽器に使われるようになったのでしょう」と仲井先生。ヨーロッパの楽器はヨーロッパで入手できる木材から作られていましたが、大航海時代の幕開けとともに使われる木材の構成ががらりと変わり、世界中の木が使われるようになります。
世界には約7万種の樹木種があり、そのうち楽器に使われている木の種類は約70種類。全体からみるとわずかなようですが、「これほど多くの種類を組み合わせて使っているのは楽器業界ぐらい」なのだそうです。
実際にどのように木を組み合わせているのか、バイオリンを例に見てみると……。
講座スライドより。画像はバイオリンの名器として知られるストラディバリウス。
表板に使われるのはスプルースというマツ科の木(『ハリーポッター』でよく出てくる森林はこの木だそうです)。軽くてよく鳴るという特徴があり、バイオリンは表板から音を広げるため、鳴りやすい性質をもつスプルースは適材です。
裏側や側面に使われているのはメープル(カエデ)で、弦を張った黒い部分はエボニー(黒檀)。エボニーは水分を吸収してもふくらみにくいという特性があり、弦をおさえる演奏者の汗がつきやすいこの部分に適しています。
鳴りやすさや硬さなど、木の種類ごとの性質を表したのが下の2つの表(緑枠内)です。
講座スライドより。(枠内緑字は、ほとんど0円大学編集部による追記)
表には、クラリネットの管体などに使われるアフリカン・ブラックウッド、バイオリンの表板などに使われるヨーロッパスプルース、マリンバ(木琴)に使われるホンジュラスローズウッドなど6種類の木材の、音速(振動が伝わる速さ)や減衰のしやすさ、硬さなどが示されています。硬くて重く鳴りやすいアフリカン・ブラックウッド、軽くてやわらかく鳴りやすいスプルース、硬くて重いが鳴りにくいエボニーなど、それぞれの木の特徴が見てとれます。
「やわらかく、鳴りやすいスプルースは振動を伝える音響材として優秀と言えます。楽器用の木材と言うと硬くて重い木材が良いと思われるかもしれませんが、必ずしもそういった木材だけが楽器に使われているわけではなく、楽器がどのように音を発するかを考えたうえで、それぞれの特徴を生かすよう用途によって使い分けられていることがわかると思います」。適材適所というわけですね。
なぜ心地よい? 木の音色
木の音というと、やわらかみのある、心地よい音というイメージです。なぜ心地よく感じるのかを一言でいうと「木は異方性を持つからです」と仲井先生。
異方性とは聞きなれない言葉ですが、ある方向には強く、ある方向には大きくしなるというように、方向によって強度などが変わる性質のこと。木は森林の中で上に伸びていくため、タテ方向に強い性質があるのはわかりますが、この性質が、木の音色にどう関係しているのでしょう。
講座スライドより
音色は、音が出た瞬間(「ポン」とか「コン」とか)がいちばん大事だと思っていたんですが、仲井先生によると「音がどのように消えていくか」も、非常に重要なのだそうです。
音が鳴るとはどういうことかというと、まず振動の入力(木をたたくなど)があり、木が振動し、鳴ります(振動が空気に伝わる)。
振動の大きさは入力したときがピークで、そのあとは減衰していきますが、減衰のしかたに注目すると、木は異方性があることにより振動時の音の損失が大きく、金属などと比べると高音が減衰しやすい性質があります。高音が消え、低音がよく響くと人はそれを「あたたかい音」ととらえ、心地よく感じるのだそうです。
クラリネットとごま油の意外な関係
楽器に使われる木は、当然、どこかの森林で育っているわけですが、これまで楽器と森林とを結びつけて考えたことはほとんどありませんでした。楽器と森林とはどのような関係があるのでしょう。
仲井先生によると、全世界の産業用木材(丸太原木)の生産量は年間約40億㎥(人口一人当たりに換算すると0.5 ㎥ぐらい)。消費される丸太原木は数億~20億㎥で、そのうち楽器製作に使われる量は、日本の楽器メーカーであるヤマハの場合、年間約8万㎥。全体からみると大きな量ではありませんが、なんの問題もないわけではなさそうです。
仲井先生が例として挙げたのは、クラリネットやオーボエの管体に使われるアフリカン・ブラックウッドという木です。タンザニアの森林で育つ硬く黒い木で、豊かな響きを生み出しますが、生長に時間がかかる貴重材で減少傾向にあり、国際自然連合のレッドリストで準絶滅危惧種に分類されています。
講義スライドより。仲井先生は数年前からタンザニアの森林保全モデル構築などに携わっています。
タンザニアでは林業より農業の優先度が高く、意外にも私たちの食卓にも上るごま油ともかかわりがあります。世界有数のゴマ生産国であるタンザニアではゴマが高い値段で売れるため、ゴマの作付面積はここ15年で5倍に増加。ゴマ栽培のために焼き畑が進み、食糧需要が森林を圧迫しているのです。
森林資源を楽器にも、他の用途にも使いたい。でも、森林の近くで暮らす人たちの生活も大切です。
「食糧需要との共存がカギの一つ」と言う仲井先生は、「楽器の新しい材料開発や、手に入りやすい木材に置き換えるイノベーションも必要だと思います。ただこの講座では、高品質な木材が育つよう森を適切に管理し、伐採して有効に使い、産業として原産地域に利益をもたらす持続可能なモデルを推奨したい」。
木は50年、100年と、人間の経済活動とは異なる時間軸で生長します。仲井先生はタンザニアでブラックウッドの植林も計画的に進めていますが、これが楽器に姿を変え、音を響かせるのは50年以上先のことになります。
調査の様子
(左)育成中の苗木 (右)育てた苗木を植えつけ
楽器の材料開発にも携わってきた仲井先生は「楽器の材料という観点でいうと、木は人工的に再現することが本当に難しい。楽器は木材の価値を最大限に高められるものなので、価値のある材料を次世代にも使ってもらいたい。楽器を通して木を見て森を見て、未来の森林を考えるきっかけにしてもらえたら」と語りました。
講座を視聴後、オーケストラの演奏を聞きに行く機会があり、今まで意識することのなかった楽器の「木」に意識を向けて聞いてみました。一目で木でできているとわかるバイオリンやチェロなどがずらりと並んだステージ。ホールの天井や壁を覆う木の反響板。耳を傾けていると、木や森が音を奏でているような心持ちがして、音楽は自然の恵みでもあったと気づきました。