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  • date:2025.1.16
  • author:(有)鐵五郎企画

南極地域観測隊の食事をクローズアップ! 東京農業大学「食と農」の博物館で実感した、食べることは生きること

日本から直線距離で約14,000km離れた南極大陸。日本の約37倍ある広い陸地のほとんどは厚い氷に覆われ、凍てつく世界が広がります。そんな極寒の過酷な環境で暮らす南極地域観測隊を支えてきた「食」にスポットをあてた企画展「南極飯!」が、現在、東京農業大学「食と農」の博物館で開催されています。キャッチーな展示名に好奇心をくすぐられ、大学近くにある博物館へ。本展を企画した同大学学術情報課程准教授・田留健介先生にアテンドいただきながら巡ってきました。

 

自身の“南極体験”が企画展のはじまりに

東京農業大学「食と農」の博物館は、常設展示や多様なコンセプトの企画展示、イベントなどを通じて、食と農の「今まで」「今」「これから」を発信するとともに、食と農に関する知識や情報を広く提供しています。

開催中の「南極飯!」は企画展示で、田留先生の“南極体験”がその発端だったといいます。田留先生は、2020年に第61次南極地域観測隊に抜擢され、南極のプリンセス・エリザベス基地(ベルギー)で約1ヶ月半を過ごしました。陸上生物調査隊として、氷点下の中で朝から夕方まで調査を続ける日々だったといいます。

南極地域観測隊員時の田留先生

 

「個人差もありますが、極寒の中では1日の消費カロリーが通常の約1.5~2倍必要になるといわれ、調査をしているだけでエネルギーがどんどん消費されます。すると、調査中にガクンと疲れて、急激に指先や体が冷え、『食べないと命に関わる』と危険を感じる場面に幾度か遭遇しました。そうした場合、すぐにチョコレートなどの甘味を口に入れて少し休憩すると血がめぐり、徐々に体温が上がっていくのがわかるんですね。食べることは、生きることに直結していると、自分の体を通して痛感しました。この経験から得た『食べることの大切さ』を、多面的なアプローチで発信する企画展をと考えたのが『南極飯!』です」と田留先生。

 

本展は南極での食事情を中心に、南極の自然などを含む7つのパートで構成されています。ここでは、筆者が気になった「南極の大自然&生きもの」と「南極飯!」パートの展示内容をピックアップしてお届けします。


南極の大自然&生きものを体感!

まずは、「南極の大自然&生きもの」パートから。雄大な南極の自然を写した巨大な写真パネルが出迎えてくれます。

迫力ある巨大パネル

 

「南極は太古の地球がそのまま残った未知の大陸。本当に美しいです」と田留先生。真っ白な氷と真っ青な空のコントラストを見ていると、原始の世界に誘われるようです。パネルの先で待っていたのは、南極の生きものたちの剥製です。思わず「かわいぃ」と声が漏れたウェッデルアザラシの子や、世界最大のペンギンであるコウテイペンギン、その次に大きいオウサマペンギンもいて、実際の大きさや色などを観察できる貴重な展示に。

ウェッデルアザラシの子の剥製

コウテイペンギンの剥製

 

本展は、「大人だけではなく子どもたちにも親しみを持ってもらえるように意識しました」と田留先生。オウサマペンギンの剥製は、南極観測船の窓から見ている気分が味わえるように展示するなど、楽しい仕掛けもありました。

氷上のペンギンを極観測船から見ることをイメージした展示

 

「南極にこんな生きものが!」と驚いたのが、地衣類です。地衣類とは、菌類と藻類が共生関係を結んでできた複合生物で、これまでに400種以上が確認されており南極の陸上生物の中で一番の種類の多さだとか。

地衣類の一種「オオロウソクゴケモドキ」

 

田留先生は地衣類を専門に研究しており、南極の内陸部にあたるセール・ロンダーネ山地で地衣類やコケ類のサンプリングを行ったそう。「岩や石の隙間に隠れるように生えているんです。南極の強風や乾燥に耐えられる場所なんでしょうね。極限環境下で生き延びるための工夫を垣間見た気がしました」と話します。他にも、全長2m近くにもなる巨大魚であるライギョダマシの剥製標本や、エビに似たナンキョクオキアミの液浸標本など、南極の海に生息する生きものにも触れられる充実した展示内容となっていました。


南極飯の「進化」と「変わらないもの」

南極でさまざまな観測を行うためには、健康維持が最も大きな課題の一つであり、同行する調理隊員の作る食事が観測隊員を支えています。企画展の「南極飯!」パートでは、1957年の第1次観測隊員が食べていたカレーやけんちん汁、生姜焼きなどを含めた50食以上の南極飯が食品サンプルでズラリと展示されていました。

 

サンプルを俯瞰して見ると、日本の家庭料理が多いことに気付きます。「非日常の南極で何ヶ月間も生活をする時、どれだけ“日常”を確保できるかが重要になります。慣れ親しんだ味は、日々精神的な安らぎを与えてくれ、翌日の観測へのモチベーションにもつながります。極限環境の南極で『ああ、食べたい』と求める味は、60年以上前から今も変わっていません」と田留先生。

第1次観測隊員が食べていた南極飯

 

そんな中、第1次観測隊員の「おどろき飯」を発見! なんと、南極に生息するオオトウゾクカモメを巨大な焼き鳥にして食べていたというのです(現在は国際的な取り決めにより、オオトウゾクカモメをはじめとする南極の野生生物を捕獲し食べることは禁止されています)。

 

オオトウゾクカモメは翼を広げると約130cmほどになり、南極大陸と周辺の島のみで繁殖するカモメです。カモメの焼き鳥…。なかなか想像しがたい味ですが、第1次観測隊員の中野征紀氏の著書『南極越冬日記』によると、「酒と砂糖、醤油タレに1日漬け込むと美味になる」とのこと。巨大な焼き鳥を再現した食品サンプルと一緒に写真を撮れるフォトスポットも設置されていました。

串の長さは約50cm。巨大な焼き鳥です

 

調理隊員が作る「変わらない味」がある一方で、昨今は食品加工の技術革新により南極に持ち込める食材も進化し、食事の幅が広がっているといいます。冷凍食品や真空パックの保存食の進歩は著しく、特に軽くて持ち運びが便利なフリーズドライ食品は多数開発されており、野外観測時の強い味方として活躍しているそうです。

食品メーカーが開発した各種フリーズドライ食品


南極で生野菜は「ぜいたく飯」

観測隊員は、越冬隊と夏隊に分かれており、越冬隊員は1 年を通して南極に滞在します。田留先生は夏隊の一員として参加されましたが、それでも滞在後半になると生野菜や果物、牛乳、卵などが恋しくなったそう。「いわゆる長期保存ができない食材は、南極では『ぜいたく飯』なんです」と田留先生。技術が進み、長期常温保存ができる牛乳や豆腐なども開発されていますが、「新鮮さ」は格別なおいしさだと教えてくれました。

キャベツの千切りや牛乳など、日常では当たり前の食材が南極では「ぜいたく飯」に

 

そうした中、農業技術の革新によって南極基地内で水耕栽培ができるようになりました。日本の観測拠点となる昭和基地では、リーフレタスやルッコラ、クレソンなど「生野菜」が栽培され、観測隊員の食事に貢献しているといいます(南極環境保護法に基づき、出発前に環境省に確認申請を行ったうえで種子等を持ち込んで栽培)。現在は、プチトマトやきゅうり、イチゴの栽培も進められているそう。さらに農業技術が進めば、南極で多彩な野菜が育つ日も夢ではないかもしれません。

昭和基地での水耕栽培の様子を再現した展示が“農大”っぽいですね

 

末来の科学を支えるのは、おいしいごはん

丁寧かつわかりやすく展示をアテンドしてくれた田留先生。観測隊員時に使用していたご自身の装備一式とともに

 

南極で起こる環境変動は地球全体に大きな影響をもたらすことから、今後の地球環境変動の予測の要だとされています。今この瞬間にも、私たち人類と地球の未来に向けて、南極では多くの観測隊員によってさまざまな観測や研究が進められています。田留先生は最後にこう話してくれました。「観測隊員の命を支えているのは、ご覧いただいたような“おいしいごはん”です。つまり、南極においては、まぎれもなく食が未来の科学を支えています」

 

食べることは、生きること――。食が未来の科学を支えている――。気軽な気持ちで鑑賞に臨んだ筆者ですが、思わぬ学びを得ることができた見応えのある企画展でした。2025年3月29日(土)まで開催しているので、ぜひ足を運んでみてください。

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