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  • date:2025.8.26
  • author:谷脇栗太

世界の大学! 第15回:テルアビブ大学への留学生活で体験したイスラエルの社会。多様な人々が暮らす世界で分断を乗り越えるには?

私たちは、自分とは異なる場所や立場にいる人々のことをどれだけ想像できるでしょうか。ニュースでは日々さまざまな情報が流れてきますが、大きな出来事の背後にあるはずの市井の人々の生活や声に触れる機会はなかなかありません。

 

今まさに不安定な中東情勢の中心にあり、パレスチナへの占領・虐殺に国際的な非難が集まるイスラエルにも、多様な人々が暮らしています。そんなイスラエル・テルアビブ大学への留学経験をもち、イスラエル-パレスチナ問題に関心を寄せて発信を続けているのが、北村健祐さんです。今回は北村さんに、留学生活を通して知った社会の状況、国や宗教だけではくくれない多様な人々との交流について伺いました。

 

イスラエル国内はもちろん、重大な人道的危機に置かれているパレスチナや、その他さまざまな状況下を生きる人々へ想像を巡らせるためのひとつの視点としてお読みいただけると幸いです。

 

編集部より:

イスラエル-パレスチナ問題の歴史や2023年10月7日以降のイスラエル軍によるガザへの攻撃、西岸地区への入植問題については、以下の記事でも触れています。ぜひ併せてご一読ください。

抵抗、葛藤、そして誇りをビートに乗せて。パレスチナ・ラップについて慶應義塾大学の山本薫先生に教えてもらった。(2024/8/20公開)

また、各地の現在の状況については、各メディアの最新情報など多様な情報源を参照されることをおすすめします。

ユダヤ系、アラブ系、そして各地からの留学生が通う大学

北村さんは、2022年からテルアビブ大学に留学されたそうですね。どんな経緯でテルアビブ大学を選んだのでしょうか。

 

「2019年に高校を卒業後、一度はマレーシアの大学に進学したんですが、新型コロナウイルスの影響で思っていたよりも現地に滞在することができなくて。帰国して休学期間中に見つけたのが、イスラエルのテルアビブ大学でした。当時の僕は、イスラエルや中東の政治・情勢についてそんなに知識があったわけでもありませんでした。テルアビブ大学には留学生向けのリベラルアーツプログラムという多分野をまたいで勉強できるコースがあって、主専攻、副専攻、サブ教科を選択して履修することができるので、行きたい学部を決めかねていた僕に合っているんじゃないかと思ったんです。入学したのが2022年2月で、2023年8月から半年間の休学を挟み、2024年の2月からもう一度渡航し、現在はまた休学中で日本に戻ってきています」

お話を伺った北村健祐さん。写真はエルサレムにある岩のドームにて

 

テルアビブ大学は、イスラエルの中ではどんな位置づけの大学なんですか?

 

「イスラエルの経済的な首都、テルアビブにある公立大学で、僕の印象としては、日本でいう東京大学のような位置づけですね。一方、政治や信仰上の中心地であるエルサレム(※)にはヘブライ大学という大学があって、こちらが京都大学っぽいかなと。生徒数は3万人以上で、僕が通っていたプログラムでは2000人くらいの留学生を受け入れていました。

 

留学生の大部分は、世界各地から集まったユダヤ系の人々です。北米、南米、欧州、オーストラリア、アフリカと各大陸から人が集まっていて、いろんな国の話を聞くことができたのが印象深いです。非ユダヤ系の留学生は少数派で、僕も含めてアジア系が多かったですね。なぜそんなに世界各地から留学生が集まるかというと、コロンビア大学とデュアルディグリープログラム(2つの大学に在籍し、カリキュラムを履修・修了することで、両大学から学位を取得できる)を結んでいるからというのが大きな理由のようです。

 

留学ではなく現地の学生として、ユダヤ系はもちろんですが、アラブ系(パレスチナ系)の学生もたくさん通っているのがテルアビブ大学の特徴です。あと、男女比でいうと、僕の周囲であれば、女子学生が若干多いぐらいでしょうか」

(※エルサレムはユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地。1967年にイスラエルが全土を占領し、首都と宣言しているが、国際的には認められていない。現在も東エルサレムはパレスチナ人の居住地だが、イスラエルによる入植が進められていることが問題となっている)

 

いろいろなルーツや信仰をもつ人がいるんですね。

 

「イスラエルはユダヤ人国家と言われるとおり、ユダヤ系の人が多いのですが、人口の25%ほどはアラブ系が占めています。そのアラブ系の人々は、国の政策の上でも、実社会でも、さまざまな抑圧を受けやすい立場にあります。もちろん、テルアビブ大学も公立機関なので、イスラエル政府のもとで積極的に差別や占領・虐殺に加担してしまっている面があるのは確かです……。その一方で、国内では比較的リベラルな大学とも言われているのは、さまざまな思想や信仰、ルーツをもった人たちが実際に大学という場を作っていて、学問の自由を守っていこうという風土があるからではないか、と僕は感じています」

テルアビブ大学、キャンパス。「緑色をしたオウムの群れに毎日出会います」と北村さん

 

大学の自治、学問の自由の重みについて考えられます。そんなテルアビブ大学で、北村さんはどんなことを勉強されていたんですか?

 

「主専攻は哲学で、ギリシャから始まる西洋哲学を幅広く学んでいました。副専攻は中東研究で、アラブ諸国の歴史やアラブの春(2010年代に起こったアラブ諸国の民主化運動)、宗教と政治の関係などを学びました。それに加えて、心理学とユダヤ・イスラエル研究も履修していました。ユダヤ・イスラエル研究の授業では、やっぱり視点がイスラエル側に偏っているなと思うことはありました。けれど逆に、ユダヤ系の先生が中立的な立場でイスラエルの社会構造を教えてくれる授業もあって、そこでパレスチナ系マイノリティの人々について学ぶことができたのは良かったなと思います。

 

僕は最終的に選びませんでしたが、留学コースではその他、文学、ライフサイエンス、デジタルカルチャー・アンド・コミュニケーション、アントレプレナーシップ・アンド・イノベーションといった専攻があって、理系から人文・社会科学系まで幅広く学べるようになっていました」

宗教、ミサイル、日本とは異なる環境で暮らす

日本とは異なる点として宗教があると思います。ユダヤ教やイスラム教といった宗教は、大学の中でどのように扱われているのでしょうか。

 

「大学全体としては、ユダヤ教の祝日が休講になるなどユダヤ・フレンドリーな制度設計になっているのですが、学生や教職員の間ではそれぞれの文化を尊重する雰囲気がありました。イスラム教だと、ラマダン(断食月)が明けたときにキャンパス内でも盛大にお祝いをしますし、ユダヤ教ではハヌカという油と火のお祭りがあって、その象徴であるドーナツが無料で配られたりします。僕自身はユダヤ教徒でもイスラム教徒でもありませんが、どちらのお祭りにも参加していました。

 

街に出るとキリスト教徒の方もいて、韓国系のプロテスタントの方がご自宅で開かれている教会に特にお世話になりました。ご飯を食べさせてもらったり、体調を崩して心細いときに泊めてもらったり……。イスラエルは物価がものすごく高くて、日本の学食のように安く食べられる場所もなかったので、宗派を問わずそういう方々にとても助けられました」

 

そのように聞くと、心温まりますね……。

ユダヤ教の祝日・ハヌカのときに、キャンパスで配られた無料のドーナツ

 

「ただやっぱり、僕自身が非ユダヤ系というマイノリティだったので、いろいろな場面で疎外感は感じました。とても残念ですが、キャンパス内でもアラブ系・パレスチナ系の人に対する偏見もありますね。僕の友達にヒジャブをつけたアラブ系女性がいるんですが、学生なのに清掃員さんと間違えられることがありました。宗教やジェンダーと職業、社会階層みたいなものが、人々の意識の中でなんとなく結びつけられているんです……。

 

そして、当然ながら治安の面ではとても不安定です。ミサイルが飛んできたり、身近な場所でテロが起こったりすることもしばしばありました。イランからのミサイル攻撃は事前に通告があって、ニュースで『今夜はシェルターで過ごしてください』と注意喚起があるんです。ミサイルだけでなく、『殺人ドローン』なんて聞いたこともないような言葉がニュースで流れてきたり……。建物や家屋にはシェルターの設置が義務付けられていて、寮の地下シェルターで過ごしたりもしました。だけど、いつの間にか感覚が麻痺して、普通の日常として受け入れていましたね」

 

感覚が麻痺してしまうというのはとても恐ろしいことですね……。一方で、日本に住んでいても、イスラエル軍によるガザ地区の人々への虐殺行為や、封鎖によって引き起こされている飢餓に関する報道が毎日のように流れてきます。こんな状況は一日も早く終わってほしい、と改めて思います。

 
パレスチナ、ヨルダン川西岸地区にて。小さな展示会で見かけたガザ出身のアーティストの作品

パレスチナ、ヨルダン川西岸地区にて。小さな展示会で見かけたガザ出身のアーティストの作品

「イスラエルにいる意味」が変化していった

イスラエルや中東に関する知識をあまり持たずに渡航されたということでしたが、大学生活の中で変化していったことは?

 

「留学生活のなかで『イスラエルにいることの意味』が大きく変わっていったと思います。最初はイスラエルに対して農業や科学技術が発達した国というポジティブなイメージしかなかったけれど、留学を通していろいろな暗い面も見えてきて……。僕がちょうど日本に一時帰国していた2023年の10月7日にハマスの越境攻撃があって、それに続いてイスラエル軍のガザ地区への侵攻が報じられるようになりました。イスラエルによるパレスチナ占領政策の問題について自分から勉強するようになったのはそれからです。今も勉強中で、まだまだ偉そうに話せる立場ではないのですが……。

 

近年のイスラエル国内では、独裁政権に対する批判の声がとても高まっています。日本とは真逆で政治の話をすることをためらわない空気があるので、世界のあちこちから来た友達といろいろなことを話しましたし、独裁政権に反対するデモや、パレスチナへの占領・虐殺に反対するデモにも参加しました。そうした活動に対する政府の締め付けも強くて、逮捕者が出ることもあります。

 

学生団体が企画している現地訪問に参加して、ヨルダン川西岸地区や東エルサレムに住んでいるパレスチナの人々にもできる限り会いに行きました。東エルサレムで書店を営んでおられるパレスチナ人の方にお話を伺ったんですが、その方も留学を経験されていて、パレスチナが国際的に独立国と認められていないため出国の際の書類の手続きがものすごく大変だったと聞き、自分がいかに特権的な立場にいるのかを痛感しました……」

イスラエル、テルアビブの街頭にて。ネタニヤフ首相の写真の下に書かれているのは「!סכנה=danger!」

イスラエル、ナザレ。共産主義系のコミュニティが開催する反戦デモで「Stop the Genocide = 虐殺をやめろ」のプラカードを掲げる人々

 

日本からだと、イスラエル、ガザ、あるいはアメリカや他のアラブ諸国といった国・地域間の大きな括りでの情報に触れることがほとんどです。実際にそこに住む人と話をするのはとても大切だと感じます。

 

「僕にとっては、イスラエルにいながら大学の内外でいろいろな立場の人と話す機会があったのは本当に幸いでした。宗派やルーツを問わず、平和な共存をめざしている人はイスラエル国内にもたくさんいて、大学構内でもそうしたデモや集会が毎日のように行われています。もちろん日本からでも、報道される情報をもとに自分で考え、占領や虐殺をしっかり批判していくのは非常に大切なことだと思います。

 

これは一年目にルームメイトだったユダヤ系アメリカ人の友人からの受け売りなのですが、イスラエル側、パレスチナ側という対立軸が作られてしまっている状況で、人道の側、不必要な分断を許さないという側に立って連帯しなければいけないんじゃないでしょうか。その友人とは今も大親友で、この前は日本まで遊びに来てくれたんですよ」

大学の寮から徒歩15分ほどの、とあるビーチで見た夕陽

分断を乗り越えるために、話し、考え続ける

留学生活を通して社会の歪みや暴力を間近に感じつつも、「振り返ってみると、思い出すのは楽しかったことばかりなんです」と北村さん。地中海を望む浜辺で夕陽を見ながら、友達といろいろなことを話したのが印象に残っている、と話してくれました。

 

異なる立場、異なる場所にいる人のことを思い、目の前の人との対話を続けることで、なんとかこの分断の時代を終わらせることができれば……そう願わずにはいられません。

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